GINAと共に

第198回(2022年12月) インドの性暴力被害、10年たってもまるで改善せず......


 2017年に公開した「GINAと共に」「インド女性の2つの「惨状」」で、インドの女性の悲惨な実情を紹介しました。同国では性暴力(レイプ)の被害が絶えず、"日常化"していると言えるほどです。

 そのコラムでは執筆直前に報道された3つの性被害事件を紹介しました。

Case#1:2017年5月、インド北部グルグラムで、9か月の赤ちゃんと一緒にバスに乗った女性が、同乗していた3人の男性にレイプされ、赤ちゃんが走行中にバスの外に放り出されて死亡

Case#2:2017年6月、インド北東部のビハール州で16歳の少女が電車のなかで集団レイプされ、さらに電車から捨てられて重体を負った(その後の経過は不明)

Case#3:2017年6月、35歳の女性がグルグラム発(Greater Noida行き)のバス中で3人の男に8時間にわたりレイプされた

 このコラムを書いた2017年7月、世界中のサイトを検索して「インドのレイプ事情」を調べてみました。私が知らないだけで世界には同様か、あるいはそれ以上に悲惨な地域もあるのかもしれませんが、世界第2位の人口を有し先進国に加えられることが増えてきたこの国が、これだけひどい問題を放置していることに強い違和感を覚えます。

 今回はそのインドの性暴力事情の続編となります。

 インドの性暴力問題が全国規模で取り上げられ、海外からも注目されるようになったのは、2012年の「ニルバーヤ事件(Nirbhaya case)」がきっかけと言われています。この事件、Wikipediaで紹介されているだけでなく、日本のウィキペディアにもページがありました。しかもよくまとまった文章が載せられています。
ニルバーヤ事件のあらましをWikipediaから抜粋すると以下のようになります。

 2012年12月16日、デリーで理学療法士の実習生の23歳女性が友人の男性と(おそらく小さな)バスに乗車しました。そのバスには運転手を含めて6人が乗っていました。2人が乗り込むと、バスはルートをそれました。友人の男性は暴力をふるわれ、女性は6人全員からレイプの被害に遭いました。レイプの内容は凄まじいもので、女性は全身に傷を負いました。バスから放り出された二人は通行人に発見され病院に運ばれました。女性は極度の重症で、高度な医療を受けるためにシンガポールの病院に搬送されましたが数日後に死亡しました。

 Wikipediaによると、2015年3月4日に英国BBCがニルバーヤ事件を取材したドキュメンタリー番組を放映しました。また、インド系カナダ人の映画監督Deepa Mehtaは『Anatomy of Violence(暴力の解剖学)』というニルバーヤ事件に基づいた作品を2016年に公開しました。

 さて、2022年12月16日でニルバーヤ事件から10年が経過したことになります。この10年でインドの女性の窮状は改善されたのでしょうか。

 法律は変えられました。ニルバーヤ事件から数か月後、インド政府は性暴力に関する法律を全面的に見直し、レイプに対する懲役刑が大幅に延長されました。しかし、The Telegraphによると、実態はほとんど変わっていません。

 2016年の「The National Family Health Survey(全国家族健康調査)」で、インド国内のレイプの99%以上が報告されず、インドの少女の47%が幼少期に何らかの性的虐待を受けていることが分かりました。「India's National Crime Records Bureau(インド国家犯罪記録局)」に報告されている2021年の全国のレイプ事件の件数は31,677件です。しかも、これは氷山の一角(the tip of an iceberg)だと考えられています。

 同紙が報じている最近の4つのレイプ事件を紹介しましょう。

・ムンバイの42歳の女性が、男性グループに自宅でナイフを突きつけられ集団レイプされ、タバコを性器に押し付けられ重症化し入院

・テランガナ州の留学生が、大学教授に誘拐されレイプされた

・行方不明の13歳の少女の遺体がハリヤーナ州北部のヒサール市の水道タンクで発見された。遺体にはレイプされた痕跡があった

・グジャラートの有名なレスリングチャンピオンが100人以上の女性をレイプしたことを認めた

 大学教授が教え子を誘拐して強姦というような事件は他国でもあるのかもしれませんが、やはり現代の先進国の視点からみれば異常だと言わざるをえません。

 では、なぜこのように女性が蔑視されているのでしょうか。インドの階級社会に問題があるのは間違いありません。インドはカースト制が有名ですが、男女間も厳密に"区別"されています。女性は「不浄」な存在とされ、料理を作ったり運んだりすることが宗教上禁止されています。女性は男性の「所有物」とみなされ、そのため男性は誘いを断った女性の顔面に硫酸をかけても(アシッド・アタック)、たいした罪に問われず社会から糾弾されることもないのです(冒頭の過去のコラム参照)。

 では、この国の政治家たちは何をしているのでしょうか。インドの政治家は大半が男性であり、現在の与党の議員の90%以上が男性です。

 日本でも政治家のセクハラ発言がときおり報道されていますが、インドではそんな日本のセクハラオヤジ達も真っ青の発言があります。2021年、野党のある国会議員が女性に対し「レイプが避けられないときは、横になって楽しんでください」と発言したのです。また、現在4人の国会議員は女性への暴力で起訴されています。

 「夫婦間レイプ(Marital rape)」という言葉があります。文字通りの意味です。The Telegraphによると、現在夫婦間レイプが合法な国が世界で32か国あり、インドはその筆頭になります。「ニルバーヤ事件の後、レイプに対する法改正がおこなわれた」のは事実ですが、そもそも根本がまったく解決していないわけです。

 ちなみに、日本はその32か国には入っていませんが、夫婦間のレイプは加害者には(ときには被害者にも)「罪」の意識がないことがしばしばあります。内閣府の男女共同参画局によると、2021年の総選挙での当選者に占める女性の割合は9.7%です。偶然にもインドとほぼ同じです。

 世界経済フォーラムの「Global Gender Gap Report 2022(男女格差指数2022)」によると、男女平等の国のランキングで、インドは135位(0.629)、日本は116位(0.650)と、日本はなんとかインドよりは上位にいます。ちなみに、韓国99位、中国102位、フィリピン19位、タイは79位です。

 HIVを含む性感染症の予防には「正確な知識」が必要ですが、暴力が支配する世界ではその知識を声に出しても空しく響くだけです。女性蔑視の考え方を変えねばなりません。2020年の時点で、インドのHIV陽性者は230万人、南アフリカ共和国に次いで世界第2位です。

記事URL

第197回(2022年11月) HIVのPrEP(曝露前予防)を安易に始めてはいけない

 「毎日1錠の薬を飲むだけでHIVには感染しない」「毎日飲まなくても性行為の前後に4錠飲むだけで感染を防げる」というのは非常に魅力であり、私が院長を務める太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にもほぼ毎日HIVのPrEPに関する問い合わせがあります。

 しかし、誰もが気軽に始められる予防法ではありません。過去のコラム「PrEPについての2つの誤解」で述べたように、B型肝炎ウイルスのワクチンは接種しておくべきですし、オンデマンドPrEP(性行為の前後に合計4錠だけ飲む方法)は、ストレートの男性や女性では効果が期待できません。ゲイの男性であっても米国FDAは推奨していないことは知っておくべきです。

 今回は私が患者さんを診察していて気付いた新たな危険性を紹介したいと思います。実際に受診した2人の事例を紹介しましょう(ただしプライバシー確保の観点から詳細にはアレンジを加えています。あなたの周りに似たような人がいたとしてもそれは偶然と考えてください)。

 1人目は「PrEPのせいで急性腎不全を起こし入院を余儀なくされた」40代の男性です。男性は東京のクリニックでPrEPの処方を1年ほど前から受けていました。本当は谷口医院での処方を希望していたのですが、他府県に住んでいて2時間近くかかるために東京のオンライン診療を利用していたそうです(谷口医院でもオンライン診療を実施していることは知らなかったそうです)。

 倦怠感と微熱が取れず、谷口医院を受診しました。近くの医療機関を受診しなかったのは、数年前にも同様のことがあり、そのときも結局谷口医院で診断がつき、治療を受けたことがあったからだと言います。

 容態はあきらかにおかしく、採血をすると腎臓の機能が大幅に悪化していました。比較的全身状態は落ち着いていましたが、結局翌日から入院することになりました。腎臓が悪くなった原因としてPrEP(ツルバダの後発品)内服以外には考えられず、ただちにPrEPを中止してもらいました。すると、入院後特に何もしていないのに日に日に腎臓の数字は改善し、10日後にはほぼ正常値に戻り事なきを得ました。

 結果的にはよかったのですが、腎機能障害はある程度進行するともう元には戻せません。あと1週間受診が遅れ、そしてPrEPを継続していれば......、と考えると恐ろしくなります。

 ところで、この男性はPrEPの処方をオンライン診療で受けている医療機関から「どこかで採血してもらって腎臓の機能をチェックするように」、という指示を聞いていなかったのでしょうか。男性によると、「初回に聞いたような気がするが、それからは一切腎臓の話はなかった。だからそんなに重要なものとは考えていなかった」とのことです。

 この男性はPrEPを開始しだして徐々に腎臓の機能が低下したのでしょうか。そういう場合もありますが、急激に倦怠感が出現したことから考えて、ある日突然悪化し始めた可能性が高そうです。というのは、予防ではなくHIVの治療でツルバダを内服していて、最初の1~2年は何の問題もなく、突然腎機能低下が始まるケースがしばしばあるからです。

 ちなみに谷口医院では、PrEPを実施している人には、最初の1年間は3か月に一度、それ以降は半年に一度程度採血をおこない腎機能をチェックしています。

 そして、副作用に注意しなければならないのは腎臓だけではありません。もうひとりの事例を紹介しましょう。今度は20代の女性で、職業はセックスワーカーです。最近まで東京に住んでいたためにHIVのPrEPを東京のクリニックで受けていたそうです。この度、"拠点"を替えることを決めて大阪にやってきたと言います。

 この女性は先述の男性と異なり、HIVのPrEPは腎機能障害のリスクがあることを知っていました。そこで定期的にそのクリニックで血液検査を受けていたそうです。谷口医院を初めて受診したとき、「そろそろ検査しなければならない時期です」と話したため、採血をおこないました。結果、腎機能は正常でした。ところが血中蛋白濃度が6.2mg/dLに低下していたのです。

 6.2mg/dLというこの数値、治療をしなければならないレベルではありません。もしもPrEPを実施していなければ「蛋白質が豊富なものを食べましょう」といった食事指導で経過観察となります。問題はこの女性の体形です。身長が約160cmなのに対し、体重は45kg程度しかありません。この女性にとっては理想の体型かもしれませんが、筋肉量は明らかに少なそうです。

 いったいこの女性の何が問題なのか。これだけ痩せている女性はまず間違いなく骨量も低下しています。そして、このまま月日が経てばやがて骨折や骨粗しょう症のリスクを抱えることになります。その状態でHIVのPrEPをおこなえば何が起こるか。ますます骨折や骨粗しょう症のリスクが上昇するのです。

 ならば蛋白質をプロテインパウダーで摂ればいいか、というと、まったくそうではありません。プロテインパウダーは腎臓を傷めることが多々ありますし、蛋白質が多ければ骨が丈夫になるわけでもありません。骨を強くするには、それ相応の負荷をかけねばなりません。つまり、運動をして筋肉量そしてある程度体重を増やしていかねばならないのです。

 HIVの(予防ではなく)治療をおこなうとき、抗HIV薬の副作用として骨が脆くなり骨粗しょう症のリスクが上がることは必ず伝えます。PrEPの場合も抗HIV薬を継続して内服するのですから、必ずこの副作用については伝えておかねばなりません。ところが、不思議なことに、この女性だけではなく「これまでは他院でPrEPを処方してもらっていた」という人のほとんどがこのリスクについて聞いていない、というのです。

 では、HIVのPrEPのせいでどれくらい骨が脆くなるか(特に
痩せていれば)を数字でみてみましょう。医学誌「International Journal of STD & AIDS」2022年10月11日号に掲載された論文「HIVのPrEPに対するTDF/FTC療法における骨量減少のレトロスペクティブ分析(A retrospective analysis of bone loss in tenofovir-emtricitabine therapy for HIV PrEP)」によると、ツルバダでHIVのPrEPを実施している7,698人のうち、3%に骨減少症/骨粗鬆症(osteopenia/osteoporosis)が認められました。

 体重ごとにも評価されていて、標準体重(BMI 18.5-24.9)の場合、骨量が低下していたのは2.92%でした。そして、体重が少なければさらにリスクが上昇します。やせ型(BMI<18.5)の場合、標準体重の人に比べてなんとリスクは3.95倍にも上昇します。逆に、体重過多の場合(BMI 25-29.9)は標準体重に比べてリスクは0.82倍と減少します。肥満(BMI ≥30)の場合は0.43倍とさらにリスクが低下します。

 一般に肥満は健康上よくないのですが、ひとつだけ「いいこと」があります。それは「骨が強くなること」です。つまり、骨の"立場"からみれば、体重が多いほど(それが筋肉であっても脂肪であっても)その体重が負荷となり丈夫な骨がつくられるのです。

 件の女性のBMIは約17.5しかありません。この女性はしばらくセックスワーカーを続けると言いますが、この体重で長期間骨をイジメ続けるのでしょうか。そういった話をすると、結局PrEPは中止することになりました。

 骨が脆くなり、骨折したり骨粗しょう症を発症したりしてからではもう遅いのです。「そんな話は聞いていなかった」と言ってPrEPを処方した医師に責任をとってもらおうと思っても後の祭りです。

 HIVのPrEPには他にも中止しなければならない副作用が起こり得ます。始めるのなら、PrEPだけでなく日頃からHIVの「治療」を実施している経験豊富な医師の元でおこなうべきです。

記事URL

第196回(2022年10月) 「許される性依存症」とセックスワーカー

 性依存症について過去に何度か取り上げました。チャーリー・シーンのHIVのカミングアクトを取り上げたコラム「欺瞞と恐喝と性依存症」では、他にもマイケル・ダグラス、エディ・マーフィー、タイガー・ウッズなども性依存症と診断されていることを紹介しました。

 実際に私が診た患者さんやその家族については、2013年のコラム「性依存症という病」で詳しく述べました。このコラムに登場したすべての男性は性依存症の診断がつけられるのではなか、という私見を述べました。

 しかし、「フーゾク通いがやめられなくて借金した」「他の複数の女性との関係が発覚しパートナーを傷つけた」というのは家庭が崩壊する恐れがありますから「病気」と呼んでいいでしょうが、「性感染症のリスクを考えずにセックスしてしまう」までは病気とは呼べないのではないか、という考えもあります。

 前述のコラムで、私は「フーゾク通いが度を越してサラ金に借金をしている夫」の妻から相談を受けたエピソードを紹介しました。そのために、この女性は頭痛やめまいといった様々な症状が出現していました。我々医師は目の前で苦痛を訴える患者さんを放っておくことはできず、苦痛に原因があるのならその原因にアプローチすることを考えます。よって、この夫をなんとかして性依存症から脱却させる(フーゾク通いをやめさせる)方法を考えねばなりません。

 ではこの男性にパートナーがおらず、そして収入の多くをフーゾクにつぎこんだとしても無借金の場合はどうでしょうか。

 おそらくそういう男性(女性はほとんどいないと思います)もそれなりにいるのではないでしょうか。ここでは私が過去にバンコクで知り合ったOさんの話をしたいと思います。

 当時40代半ばのOさんはかなり整ったルックスで、英語のみならずタイ語もそれなりに話します。ちょっと理屈っぽい物の言い方が気になりますが、知的レベルは相当高いことが分ります。

 Oさんは一年のうち3か月くらい関東地方の工場の深夜勤務で資金を稼ぎ、そのお金を持って渡タイし、残りの9ヶ月はタイで買春を満喫するというライフスタイルをもう何年も続けているそうです。

 言うまでもなく買春にはそれなりのコストがかかります。日本で3か月働いたくらいでそんなお金が捻出できるのか、というのが気になりますが、それが「できる」と言います。どうも、Oさんは相当な倹約家(というより、「ケチ」という表現の方が正しいでしょう)で、タバコを1本単位で友達に販売するようなことをしていました。住んでいたのは「台北ホテル」という、当時"不良日本人"がたむろしていた安宿です(私自身もこのホテルに泊まったことがあります。参考「悲しき日本の高齢者~「豊かな青春、惨めな老後」~」

 買春が趣味というか、もはや"生きがい"と呼んでもいいようなOさんが過去にタイで買春した人数は600人を超えると言います。そういった「人数」を自慢のように話す男性は他にもいますが、Oさんの場合、驚かされるのは「そのすべてを覚えている」というのです。それだけではなく、専用ノートをつくって、その女性の年齢、およその身長・体重・胸のサイズ、セックスの良し悪しを記録しているのです。興味深かったのは、その「セックスワーカー情報」に女性の出身県を書いていたことです。出身県は東北地方が圧倒的に多く、「シーサケート県のノックちゃんは......」という感じで、"思い出"を話していました。

 驚いたのはそれだけではありません。Oさんのその買春専用ノートには"別冊"があったのです。これはいわば"写真集"で、これまでに買春したセックスワーカーの写真を貼っていました。通常、(もしも私がセックスワーカーなら)身元は隠したいですから、客に写真を撮られることを拒むと思うのですが、Oさんにはそう言わせない"魅力"があるのかもしれません。

 さて、では私がそんなOさんに否定的な印象を持ったのかというと、不思議なことにそのような感覚は沸きませんでした。当時の私は、複数のエイズ施設をボランティアなどで訪問していて、セックスワークでHIVに感染した男女の患者さんをたくさん知っていました。Oさんのようなセックスワーカーの顧客はある意味で彼(女)らの"敵"のはずです。にもかかわらず、私はOさんの証言を興味深く聞き、ある種の好感さえもってしまったのです。

 日本人で最も有名な性依存症の男性といえば、2015年に発覚した横浜市立中学校の元校長でしょう。Wikipediaによると、この校長は1988年から合計65回フィリピンに渡航し、10代から(なんと)70代の女性合計12,660人を買春していました。宿泊していたホテルに1回で何人も持ち帰るという行為を1日に3-5回おこない、女性には一律2,600円を渡していました。さらに「写真撮影」もおこない、これまでに合計147,600枚もの写真をアルバムに保管していたのです。

 この事件を聞いたときに私が真っ先に思い出したのがOさんです。そして、「Oさんに対して私は反感を持つどころか、どこかで好感を持ってしまったように、きっとこの校長も、直接話をすれば憎しみの感情が沸かないのではないか」と感じました。

 この校長は妻と3人の子供がいると報道されていましたから、家族は大変傷ついたでしょうが、それ以外の誰に迷惑をかけたでしょうか。セックスワーカーのなかには未成年もいましたから、それは法律上の罪にはなりますが、誤解を恐れずに言えば、未成年のセックスワーカーも収入を得、それが生活の糧になっていたわけです。レイプとは異なります。

 売買春の議論には様々なものがあります。「働く権利」を求めるセックスワーカーも少なくありません。ということは互いに同意のもとの売買春であれば(未成年や人身売買の問題はありますが)、罪にならず誰も困らないわけです。

 私自身はGINA設立以来、「性感染症のリスクを負ってまで売買春をすべきでない」と言い続けていますが、「性感染症のリスクを背負って売買春をする」という人にはそれ以上何も言うことがありません。

 では、「許されない性依存症」とはどのようなものでしょうか。

 最近、4回目の逮捕が報じられた東京の40代の美容外科医は、自身が院長を務めていたクリニックの女性スタッフ2名に睡眠薬を飲ませてレイプし、さらに全身麻酔で眠っている自院の複数の患者をレイプしていたことが発覚しました。さらに、その画像を保存してあったことが報道されています。

 自分の部下2人に睡眠薬を飲ませ、患者には麻酔で眠っている間にレイプをはたらき、それを写真撮影、というのは極めて異常で悪質です。罪としては「連続強姦罪」となるのでしょうが、法律以前の問題で、世間はこの医師を許さないでしょうし、医療の世界に戻るの不可能です。

 この事件を聞いて私が感じたことは、「そんなバカなことをせずに、バンコクのOさんや横浜の校長先生を見習えばよかったのに......」というものです。

 上述したように、このコーナーで最初に私が性依存症について書いてから9年が経過しました。この間、大勢の性依存症の人たちを診察室で診てきました。また、GINAのサイトから相談メールをたくさんいただきました。

 今の私が思うことをまとめると、「性依存症の人は(それが病気かどうかは別にして)それを自覚すべき。そして次におこなうべきことは、その性行為により傷つく人がいないかを確認すること。現実的には性行為の対象の多くはセックスワーカーに向かわざるを得ない」となります。

 性依存症の人が存在する限り、セックスワーカーという職業は社会から求められているのかもしれません。

記事URL

第195回(2022年9月) タイのコロナの終焉とタイ人の死生観

 タイの新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)が間もなく"終焉"します。

 まずは過去2年9ヶ月のコロナに関するタイの歴史を私の記憶をたどってまとめてみます。

 タイでコロナ第1号の患者が報告されたのは2020年1月、その後すぐにかなり厳しい外出制限(ロックダウン)が敷かれました。外国人の場合、出国はできても再入国は認められず、いつ戻って来られるのかはまったくわからない状態でした。国内でも県境を越えることが容易でなくなり、検問が始まりました。

 海外に在住しているタイ人に対しては、2020年3月(だったと記憶しています)から、「Fit-to-Fly certificate」と呼ばれる、いわゆる「健康証明書」を海外の医療機関で搭乗前に取得すれば帰国が認められるようになりました。

 日本人を含む外国人が再びタイに入国できるようになったのは2020年7月頃でした。ただし、誰もが入国できるわけではなく、申請して許可を取らねばなりませんでした。駐在員及びその家族の場合は比較的スムースに許可が出ましたが、現地採用の場合はそうではありませんでした。駐在員は再入国できて現地採用はできない、というタイでよく見聞きする「駐在とゲンサイの差別」がコロナによってももたらされたのです。

 「なんとかならないか」と私が不条理を感じたのは「配偶者がタイ人」という日本人です。入籍していない、例えば「内縁の妻」という関係なら分からなくもありませんが、正式に籍を入れている場合でも日本人はタイ入国の許可がなかなかおりなかったのです。

 興味深いことに、その一方で「手術予定者」は簡単に許可をもらえました。「手術」というのは性別適合手術(性転換手術)や美容外科の手術です。どう考えても、手術予定者よりも配偶者がタイ人の日本人の方が先だろ、と思えますが、このあたりは「やっぱりタイ......」という感じです。

 その後、申請が通りやすくなり、そのうちに現地採用者やタイの大学に留学する人たちにも許可がおりるようになりました。不思議なのは、同じ現地採用組でもビザが比較的簡単におりる場合とそうでない場合があって、このあたりのからくりは今もよく分かりません。

 しかし、外国人であれば、駐在員であろうが、手術予定者であろうが、あるいは現地採用組であっても、渡航72時間前のPCR検査は必ず求められていました。

 そして2022年4月1日、ワクチン接種を完了していれば渡航時のPCR検査が不要になりました。さらに7月1日、渡航前の「事前申請」が廃止され、これにより単なる旅行者であっても、ワクチンさえ接種していれば(あるいはPCR検査を受ければ)コロナ前の頃のように簡単に入国できるようになったのです。ただし、そうはいっても「緊急事態宣言(state of emergency)」下であることは変わっていません。外国人は入国時にコロナの検査を受けることを義務付けられ、感染すれば隔離される政策は維持されたままでした。

 そしてついにコロナが"終焉"する日がやってきます。来たる2022年9月30日、「緊急事態宣言」が解除され、コロナ前の世界が戻って来ることが決まったのです。報道によると、タイは国として「ワクチン接種証明書」を不要とし、入国者の検査を終了します。感染しても軽症であれば隔離されなくなります。

 さて、ここで「疑問」が出てきます。タイでもオミクロン株以降は全体では「軽症化」していますから、若者の大半はこの「終焉」を歓迎しているに違いありません。特に外国人を顧客にしている人たちは、これで経済が復活すると考えているはずです。

 では、この政策に反対する人はいないのでしょうか。例えばタイの医療者はどのように考えているのでしょうか。

 9月18日、米国CBSの番組「60 Minutes」で、バイデン大統領が「コロナは終わった(the pandemic is over)」とコメントしたことが放送されました。放送直後から全米でこの発言に対する反対コメントが飛び交いました。翌日には、コロナ後遺症に悩む人たちがホワイトハウスに集合し抗議をおこないました。医師たちはSNSを使って反対意見を表明しました。

 一方、タイではそのような動きが聞こえてきません。現地の英字新聞にもそういった記事は見当たりませんし、私が個人的に交流のあるタイ人に聞いてみても「コロナが終わることはみんなが歓迎している」と言います。タイ人の医療者に聞いてみても「自分の知る限り、緊急事態宣言の終焉に反対している医師はいない」と言います。

 しかし、タイにも高齢者はもちろんいますし、免疫能の低下した疾患の罹患者や免疫抑制剤を使用している人、つまりコロナの重症化リスクが高い人もいます。日本や米国に比べると、重症化リスクを有する人の割合は高くありませんが、それでも、完全にコロナ前の社会に戻せば、こういった人たちが感染し重症化するリスクは上昇します。ちなみに、タイの平均年齢は39.0歳、日本は世界第一位の48.6歳です。

 日頃、コロナの重症化リスクが高い人たちを診ている医療者がなぜ反対の声を上げないのか......。それはタイ人の死生観に関係があると私は思います。過去の「GINAと共に」で、結核で他界した10代の女性の話をしました(「第127回(2017年1月)こんなにもはかない命・・・」)。もしも日本で10代の女子が結核で死亡となると、少なくない人たちが長期に渡り悲しみに暮れ、その気持ちを表明するでしょうが、タイではそうではありません。

 タイ人の性格や考え方には今でも度々驚愕しますが、私が最も驚かされるのは「死生観」です。バンコクの料理屋で働くタイ人夫婦と知り合ったことをきっかけに、私は長年その家族(大家族です)の他のメンバーとも仲良くしています。ある日、この夫婦の妻の兄と母親から日本にいる私に電話がかかってきました。そして、妹(母親の娘)の娘(母親の孫)が小学校に入学したという話を始めました。

 「祝い金をくれ」ということかな、と思って話を聞いていると、やはりその通りだったのですが、電話の終わりの方で「そう言えば妹(その子の母親)は交通事故で死んだ」と言うのです。それもつい最近の話だと言います。ならば電話をしてきてまず私に伝えるのは妹の死だろう!と思うわけですが、これがタイ人なのです。しかも、あまりの突然の知らせに言葉をなくしている私に対し「マイペンライ、〇〇(その妹の名前)サバーイ・ナ(大丈夫、妹は元気だ)」と言うのです。

 マイペンライは「大丈夫」「問題ない」「気にしない」などの意味で、どのタイ人も口癖のように日に何度も使う言葉で、日本人が最も早く覚えるタイ語と言ってもいいでしょう。しかし、身内の死に対しても使うとは......。それに「サバーイ」が分かりません。死んだのに元気って、いったい何を言っているのでしょうか。もしかして、と思って「彼女は天国で元気にしているってこと?(カオ・サバーイディー・ティー・サワン・マイ?)」と尋ねてみると、やはり「そうだ」とのこと。

 私はタイ人の知らない人の葬式に参加したことがあります。故人と面識がない私がなんで?と思いましたが、人が多い方が故人も喜ぶとのことで、故人の知り合いに連れていかれました。そんなものか、と思って参加すると、日本の葬式との違いに愕然としました。タイ人は仏教徒ですから葬式はお寺でおこないます。さすが「微笑みの国」と呼ばれているだけあり、葬式でも泣いている人は皆無で、みんな勝手な会話を楽しんでいるようです。大きな笑い声が聞こえるな、と思って振り返ると、すでに酒盛りが始まっています。その後は飲めや歌えやの大宴会。そのうち博打まで始まり、子供たちはおもちゃの奪い合いをしています。

 どうもタイ人というのはある意味で「死」を恐れていないようです。仏教が教える輪廻転生を信じているからかもしれませんが、とにかく生きている間に「タンブン」(徳を積むこと)をたくさん行えば来世で利益を得られると言います。

 そういう死生観を有しているのなら、コロナに感染してもそれを「運命」と受け止められるのでしょうか。私がタイ人と親しくなってから20年以上が経ちます。これまで多くのタイ人とたくさんの会話をしてきましたが、いまだに私にはタイ人がよく分かっていません。

 ただ、どこかで「そんなタイ人がうらやましい」と感じているのは事実です......。

記事URL

第194回(2022年8月) セックスパートナーの適正人数は?

 「みなさん、セックスパートナーの数を制限してください!」と、もしも厚労大臣が国民へのメッセージとして記者会見で発表したとすれば、あなたはどのように感じるでしょうか。

 日本を含む一夫一妻制の国では、結婚すればパートナーが一人であることが求められますし(既婚者と性交渉をもてば罪に問われる可能性があります)、未婚であったとしても複数のパートナーがいることを堂々と宣言している人はごく少数ですし、黙っているだけで実はこっそり......、という場合はそれなりにはあるでしょうが、それでも厚労大臣が国民に向けてメッセージを送らねばならないほど多くはないと考える人が多数ではないでしょうか。

 ですが、これは米国CDC(疾病予防管理センター)が正式に表明している国民へのメッセージです。米国CDCだけではありません。WHO(世界保健機構)も世界中の市民に対して同じメッセージを発信しています。

 これらのメッセージはモンキーポックス(サル痘)の感染を防ぐために当局が一般市民に宛てたものです。モンキーポックスを予防するための指針としてCDCが発表している内容をもう少し詳しくみてみましょう。

・感染の可能性を減らすためセックスパートナーの数を制限してください

・(バーなどにある)奥の部屋、サウナ、セックスを目的としたクラブ、プライベートおよびパブリックのセックスパーティなど、複数のパートナーと匿名で性的接触がもてる場所で感染しやすくなります

・コンドームは、肛門、口、陰茎、膣を保護できる場合がありますが、発疹は体の他の部分に発生することがありますから、コンドームだけでは防ぎきれません

・グローブ(手袋)は膣または肛門に指を挿入する際に有用ですが、全面を覆うように着用しなければならず、外すときには表面に触れないように慎重にしてください

・キスや唾液交換(exchanging spit)は避けてください

・他人と共に自慰行為をするときは距離を置いてお互いに触れないようにしてください

・対面での接触がないヴァーチャルセックスがお勧めです

・できるだけ肌と肌の接触を減らして、発疹のある部分を衣服で覆ったままセックスしてください。

  これらがCDCのサイトに堂々と書かれていることに驚く人がいるかもしれません。ちなみに、「パブリックのセックスパーティ」というのは行政がセックスパーティを開いているという意味ではありません。おそらく「プライベートのセックスパーティ」は知り合いだけの"パーティ"で、「パブリックのセックスパーティ」はSNSなどで参加者を募集したものだと思います。

 それにしても、セックスパートナーの人数を制限せよ、セックスパーティに参加するな、膣や肛門に指を入れるときはグローブを使え、唾液交換は避けよ、などなど、これを行政が発言するところに日本との違いを感じます。ちなみに日本の厚労省のサイトには「予防」として次の2つが書かれているだけです。

・天然痘ワクチンによって約85%発症予防効果があるとされている

・流行地では感受性のある動物や感染者との接触を避けることが大切である

 セックスパートナーの人数の話をしましょう。CDCが国民に向けて勧告しなければならないほど米国では複数のセックスパートナーを持つのが一般的なのでしょうか。しかも「一人にしなさい」ではなく「制限しなさい(Limit your number of sex partners)」ですから3人以上のセックスパートナーがいることを前提としているようです。

 実はこの答えは「主としてゲイに向けたメッセージ」だからです。要するに、ストレートに比べるとゲイはセックスパートナーをたくさん持っていることが多いのです。ただし、ここは解釈にちょっと注意が必要で、すべてのゲイの人たちが複数のパートナーを持っていたりセックスパーティを楽しんでいたりするわけではありません。ですから、「ゲイだから」という理由でセクシャルアクティビティが高いと決めつけるようなことは避けねばなりません。

 ですが、私の経験上、それはGINAで関わった大勢のゲイも太融寺町谷口医院のゲイの患者さんも踏まえて、ゲイ及びバイセクシャルはストレートに比べて、少なくとも「平均セックスパートナー数」は圧倒的に多いと言えます。生涯パートナー、というか「生涯に性交渉を持った人数」でも圧倒的な差があります。ストレートの男性で、生涯で性行為を持った人数が100人を超える人はそう多くないと思います。ですが、ゲイの場合、すでに20代で経験人数1000人以上という人がザラにいます。ただし、繰り返しますがすべてのゲイではありません。互いに忠誠を誓い数年あるいは数十年にわたりパートナーは互いに一人だけ、というゲイカップルも少なくないことは忘れてはいけません。

 周知のように、モンキーポックスは性的接触で簡単に感染します。クラブのダンスフロアで皮膚と皮膚が触れただけで感染した事例も報告されていることからも分かるように(イギリス人米国人)、感染力は極めて強いと認識しなければなりません。

 「セックスパートナーの適正人数は1人にすべきか複数持ってもよいのか」、についてはいろんな観点からの考察が必要となりますが、モンキーポックスの感染予防でいえば「少なければ少ないほど安全」ということになります。

 そして、決してゲイだけが注意をすればいいわけではありません。これはクラブで肌が触れ合うだけでも感染するほど感染力が強いのだからストレートも日常生活での感染に気を付けるべき、という意味だけではありません。CDCの上記の勧告をよく読むと、「膣」という言葉も2回登場しています。セックスパートナーの人数を制限すべきなのはストレートでも同じだというわけです。

 最後に、性感染症の患者さんを診察していて私がいつも感じていることを紹介しておきます。それは「性行為をもつ人数が多いほど性感染症のリスクが上昇するのは全体としては事実だが、個別にみるとそうでもない」ということです。相当ハイリスクな行為をとっているのに感染しない人もいれば、その逆に、例えば「生まれて初めてのオーラルセックスで感染したHIV陽性者」もいます。残念ながらこの患者さんとは連絡がつかなくなりました......。

 「一度くらいはいいだろう......」そのような思いが悲劇につながり得ることは覚えておいた方がいいでしょう。

記事URL