GINAと共に

第205回(2023年7月) 変わってしまったタイのPEP/PrEP

 先月の「GINAと共に」(「大麻のせいでタイはもはや「微笑みの国」などではない」)で、2022年6月に事実上の大麻全面自由化に踏み切ったタイは、それまでのタイから大きく変わってしまったことを述べました。そのことを自分で確認することも1つの目的とし、先日(2023年7月)、私自身がバンコクを訪問してきました。大麻の話は後述することにし、まずは「変わってしまったHIVのPEP/PrEP」について説明しておきましょう。

 日本では厚生局との様々なやり取りを経た後、私が院長を務める谷口医院ではそれまで日本製しか扱っていなかったHIVのPEP及びPrEPで用いる抗HIV薬を2021年より安い輸入品に切り替えました。これにより大幅に費用が下がり、大勢の人たちがPEP/PrEPとして抗HIV薬を入手することができるようになりました。

 しかし、例えば、タイ滞在中にPEPが必要になったとき(コロナ前まではたくさんの相談が寄せられていました)、あるいは安さを求めてPrEPをタイで購入したいときなどにはタイで抗HIV薬を処方してもらえるのは非常にありがたいわけです。それが、今年(2023年)の1月以降は困難になってきています。正確には、現在もタイでPEP/PrEPの処方を受けることは日本人でもできるのですが、以前のように簡単に安くはできなくなってしまったのです。

 説明しましょう。タイでHIVのPEP/PrEPの処方を受けるには昨年(2022年)12月までは次の3つの方法がありました。

#1 バンコクのAnonymous Clinicを受診する
#2 バンコクを中心にいくつか存在する外国人をターゲットにしたPrEP専門クリニックを受診する
#3 エイズ専門医のいる公的医療機関を受診する

 このなかで圧倒的にお勧めなのは#1のAnonymous Clinicでした。このクリニックはタイ赤十字が運営しているHIV専門クリニックで、治療の他、PEP及びPrEPにも対応してもらえました。PEPについては、日本でアクシデントに遭ってからでもタイに渡航すれば驚くほど安く受けることができたのです。2018年の「タイの医療機関~ワクチン・HIVのPEPを中心に~」で紹介したように、1日あたりのPEPの費用は標準的な方法でわずか18.75バーツ、当時のレートで60円未満です。日本で先発品を使った場合、1日あたり約1万円ですからこの差には凄まじいものがありました。

 では、2023年1月以降のタイでのPEP/PrEPはどうなっているかというと、#1の方法が使えなくなりました。正確に言えば「タイのエイズ専門医の処方箋がなければ処方は不可能」とされたのです。つまり、上記#3を経なければならなくなったのです。例えば、レイプの被害に遭ったような場合、緊急事態ですから#3の手続きを踏んで、その場で薬を処方してもらうことはできます。

 しかし、エイズ専門医のいる病院を受診するのがかなり大変です。間違いなく長時間待たねばなりません。手続きも、読み書きも含めてタイ語ができれば問題ありませんが、英語だけの場合、医師以外は英語を話せないのが普通ですからかなり大変です。日本人を含めた外国人がよく使う高級病院にはエイズ専門医がいませんから初めから選択肢に上がりません。

 #2はどうかというと、この方法なら処方を受けることができます。よって現実的にはこの方法に頼るしかないわけですが、この場合は費用が安くありません。PEPとしてどのような薬剤を使うかにもよりますが、おそらく総額で5~6万円前後(薬は28日分)、つまり日本と同じ程度の費用がかかることが予想されるのです。もちろん、この程度の金額でPEPが可能なら実施するしかないわけで(実施すればHIV感染を防げるのですから)このような選択肢があるのはありがたい話ですが、昔ほどは得ではなくなったのは事実です。

 PrEPの場合は、面倒くさい#3を考える人はほとんどいないと思います。必然的に#2となるわけで、バンコクとチェンマイのいくつかのクリニックに直接問い合わせをしてみました。たいてい、どこのクリニックもツルバダの後発品1ヵ月(30日分)の薬代が990~1,400バーツでした。これだけを聞くとそう高くはないのですが、薬代に加えていろいろと費用がかかってきます。診察代(500バーツのところが多かったです)はいいとして、検査代がかかると言うのです。HIVの検査代については「自分は無料の検査場で調べた」と言ってみたところ(私は医師であることを伏せて問い合わせをしました)、「当院でも調べるのがルールだ」とたいてい言われるのです。HIV以外にもいろいろと検査が必要だと言われ、ざっと計算してみると一月あたり3,000~3,500バーツほどかかるようなのです。

 ひと昔前のタイを知る人なら「それでも安いんじゃないの?」と感じるかもしれませんが、円安・バーツ高を計算に入れねばなりません。以前のように「バーツx3=円」というわけにはいかず、現在は最低でも4.1をかけなければなりません。つまり3~3千5百バーツというのは、日本円でいえば13,000円前後を覚悟しなければならないのです。これなら日本で処方を受ける方が結果として安くつきます。1錠あたりではまだタイの方が安いですが、日本では(少なくとも谷口医院では)必要なければ検査は省略しますし、HIVの検査は基本的には保健所などの無料検査を実施してもらっています。

 ところで、タイではどうしてこんなにもPEP/PrEPの処方がややこしくなったのでしょうか。それは2023年1月にタイ政府が「エイズ専門医以外は抗HIV薬を処方できない」というルールをつくったからです。これにより、民間の良心的なクリニックにタイ政府が安く供給するHIV薬が行き渡らなくなりました。上述の#2の外国人をターゲットにしたクリニックは独自で海外から輸入したものを扱っているのです。

 しかし、予防(PEP/PrEP)については冷たい対応を取り始めたタイ政府もHIV陽性者に対してはこれまでどおりの優しい方針を維持しています。Anonymous Clinicには連日、治療を求めたタイ人及び(日本人も含めた)外国人が薬の処方や定期検査の目的で受診しています。

 Anonymous Clinicのプライスリストによると、ツルバダの後発品は今も1錠15バーツです(2023年4月20日現在)。この円安・バーツ高下でも1錠60円台です。「慌ただしくて忙しない日本を離れタイでゆっくりと働きながらHIVの治療も受けたい」、という日本人のHIV陽性者にとっては依然ありがたい国なのです。

 最後に、今回私が数日間のみですがタイに久しぶりに滞在して驚いたことが2つありますのでそれらについて述べておきましょう。

 1つは「日本人がいない」ことです。7月だというのに往路のタイ航空はガラガラで、復路は満席に近かったのですが8割以上がタイ人でした。スクンビッド通りではアソークのあたりに行ってみましたが、観光客やバックパッカーの日本人はゼロでした。さらに驚くべきことに、久しぶりにカオサンロードに行ってみると、店頭の看板やメニューから日本語がほとんどなくなっているのです。そして、やはり日本人の姿はゼロ。さらに両替屋が表示している表記には日本円がなく、20年以上タイを見てきた私からは信じられない光景でした。

 もう1つの驚いたことはやはり大麻ショップの多さでした。前回も述べたように、タイでは以前から大麻は比較的簡単に入手できたのは事実です。しかし実際に手に入れるには、例えばヤワラーの裏通りでウロウロしている怪しげなプッシャーを探さねばならないという"ハードル"があったわけです。

 ところが、現在は、日本人の一流駐在員が通勤で通るような大通り沿いに、しかも24時間営業の大麻ショップが並んでいるのです。「クリニック」と称して、大麻を販売しているところもあります。表のガラスには「不眠、痛み、抑うつ状態などに有効......」ともっともらしいことが書かれています。カオサンロードではざっと見ただけで大麻ショップが10軒以上あり、さらに屋台でも大麻が売られていました。ある屋台で店員(老婆)に、「このネタ、吸わせてもらえるの?」と試しに聞いてみると、「マイペンライ」と言って少量の"クサ"をつまんで小皿に取りすぐに火をつけようとするのです。もちろん「マイアオクラップ!(要りません!)」と言ってすぐにやめてもらいましたが(私は日本では違法だからという理由以前に基本的に大麻に反対です)、この雰囲気だと「ちょっとくらいいいか」と考えてしまう人の方がずっと多いと思います。

 HIVのPEP/PrEPが困難となり、為替の利点がなくなり、そしてごく簡単に大麻が入手できるようになったタイが元に戻ることはないでしょう。「古き善き時代」のタイは、我々中年以降の世代にとってはすでに過去のノスタルジーに過ぎません。そんななかで、GINAは、そして私自身はどのような行動を取るべきなのか。支援を求めている人がいる限り、活動はこのまま続けますが将来的には矛先を替えるべきなのかもしれません。

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第204回(2023年6月) 大麻のせいでタイはもはや「微笑みの国」などではない 

 そこにいるだけで癒される、と日本人を含む世界中の人々を魅了してきた「微笑みの国タイ」はもうなくなってしまったのかもしれません。原因は大麻です。

 もっとも、もともとタイは大麻には"寛容"で、以前から大麻目的でタイを渡航する人は(日本人も含めて)少なくありませんでした。「疑えば射殺」という無茶苦茶な薬物対策がとられていた2000年代前半のタクシン政権の頃でさえも、覚醒剤には厳しくとも大麻はそうではありませんでした。

 とはいえ、2000年代前半の当時は大麻で逮捕され塀の中での生活を余儀なくされていた日本人もいました。通常、大麻の個人使用だけなら、警察に見つかったとしても1万バーツほどをその場で警察官に渡せば見逃してもらえることが多かったようですが、そのような交渉が"下手な"日本人、あるいはあまりにも大量に販売していたような場合はそれなりに厳しい処罰がありました。

 ただし、このような大麻のヘビーユーザーというのはカオサンロードやヤワラーと呼ばれる中華街にたむろしている不良日本人がほとんどであり(参照:「悲しき日本の高齢者~「豊かな青春、惨めな老後」~」(2016年6月))、短期の"健全な"旅行者はほとんどが大麻などとは縁がなかったはずです。まして企業の駐在員が大麻に手を出すなど聞いたことがありませんでした。

 ところが、(当然ながらこのような事件は現地の新聞では報道されませんが)GINAに寄せられるタイ人及びタイ在住の日本人からの情報によると、すでに今まではあり得なかったような話にあふれています。例えば、大手企業の日本人駐在員が大麻に手を出し出勤しなくなってしまい解雇されたとか、若い日本人の女性が短期旅行で大麻に手を出して、キマった状態で路上で動けなくなり警察に補導されたとか、そんな話が無数にあるのです。

 これまでタイにそれなりに関わって来た私からみれば、「駐在員が大麻に手を出す」ということは、ちょっと形容のしようがないくらい大きな問題です。私の知る範囲で言えば、駐在員の人たちはヤワラーやカオサンで"沈没"している不良外国人はもちろん、いわゆるバックパッカーに対してもかなり"下"にみていました。タイの日本人社会は"階級社会"なのです。

 もちろん、私はこれを皮肉を込めて言っています。悪く言えば、駐在員の人たちのいくらかはプライドが高くとっつきにくいところがありました。ですが、その一方で「不良日本人とは違う」という自負が彼らにはありました。大麻でいえば「自分たちはそんなものに手を出すはずがない」という感じで、実際私は駐在員が大麻に手を出したという話をつい最近までは一度も聞いたことがありませんでした。もっとも、(駐在員でなく)「現地採用」の日本人のなかには「大麻にハマって解雇......」、という話はチラホラとありましたが。

 2022年6月、タイ政府は規制薬物のリストから大麻を除外し、家庭栽培や医療目的での使用を解禁しました。嗜好用大麻は依然違法ですが、実際はほとんど野放し状態だと聞きます。ヤワラーではもちろん、カオサンロードで路上で吸入していても咎められないそうです。パッポン、ナナ、ソイカウボーイあたりのバーやカフェでもごく簡単に入手でき、ピザなどの食べ物に入ったものも誰でも注文できると聞きます。そして、ついに日本人の駐在員御用達のタニヤでも簡単に入手できるようになったとか。

 日本人駐在員の"態度"も大きく変わっているようです。大麻にうしろめたさがなくなり、解雇されるのを待つのではなく「日本に帰されたら大麻が吸えなくなる」という理由で、自分から退職してタイで生活する方法を模索する日本人が増えているという噂もあります。また、大麻目的でタイに移住することを決めた日本人夫婦も少なくないと聞きます。

 私がHIV/AIDS問題をきっかけにタイに関わり始めたのは2002年ですからすでに20年以上たちます。上述したようにその当時から大麻にハマる日本人の話はしばしば聞いていましたが、まさか誇り高き駐在員までもがこれほど簡単に大麻にはまる時代が訪れるとは夢にも思っていませんでした。

 ここまでくればよほどの強い精神力がなければ、そのつもりではなくても「一度くらい......」という気持ちがでてくる人が大半でしょう。それに、タイに行くと言うと「どうせ大麻目的なんでしょ」と他人から思われるようになるでしょう(というより、もうなっています)。私自身も医師として、「タイ渡航≒大麻」と考えないわけにはいかなくなってきています。最近、私が院長をつとめる太融寺町谷口医院では、タイに渡航するという患者さんにはほぼルーチンで大麻の注意点の話をしています。

 では、私自身がタイ渡航者に「大麻はダメですよ」と言っているかというと、そのような「絶対ダメ」というような言い方はしていません。私が何を言おうが大麻に手を出す人は出すからです。それに、「大麻は安全」と信じている人に大麻の危険性を理解してもらうのはものすごく困難です。

 そもそも「アルコールがよくて、なんで大麻がダメなんですか?」という質問に対し、合理性のある説明をすることができません。では、私自身が大麻(嗜好用大麻)に賛成しているかというと、本サイトや他のメディアで繰り返し述べているように、少なくとも若者の摂取には反対しています。その理由をここで改めて述べるよりは、今回は私が直接知っている2人の大麻ユーザーの話をしましょう。両者とも私が個人的にタイで知り合った日本人の男性です。

【事例1】30代男性

友達に誘われサムイ島に旅行したのをきっかけにタイにどっぷりはまる。日本で夜勤のアルバイトをしてお金がたまればタイで数か月のんびり、という生活を繰り返すようになった。大麻は初めてタイに来たときに勧められ、すぐに常習化。ただし、日本にいるときは吸いたいとは思わず依存しているわけではなかった。しかし、ふと「日本でも試してみたい」と思うようになり、帰国前日に、大麻草をアルミにくるみそれをコンドームに入れて、そのコンドームを飲み込むという方法で日本に「持ち帰る」ようになった。あるとき、日本に戻る機内で立てなくなった。コンドームが破損し大麻が急激に体内に吸収されたのはあきらかで着陸後も座席から立ち上がれなかった。成田空港内の診療所を受診させられ、薬物摂取を疑われた。しかし、レントゲンでは何もうつっておらず(医師が見逃した?)事なきを得た......。

【事例2】40代男性

バックパッカーとして世界を放浪し、最終的にタイに"沈没"した。大麻はインドですでに覚えていたが依存しているわけではなかった。タイが気に入りタイで仕事をしようと考え、タイ語の勉強も始めていた。あるときヤワラーにたむろするディーラーから「ヤーバー」(覚醒剤)を入手して摂取した。こちらも依存するとは考えなかったのだが、ヤーバーを摂取しタイ語の勉強をすると極めて効率よく覚えられることに気づき頻回に使うようになった。覚醒剤のおかげでタイ語はかなり上達し(英語はそれ以前からかなりできていた)、日系企業に現地採用で就職した。ところが覚醒剤が止められなくなり、無断欠勤が増え......。

 どちらの男性も現在消息不明です。事例1の男性はその後も「密輸」を繰り返していたようです。事例2の男性は詳細を端折りましたが、すでに幻聴に苦しみ、タイで長年つるんでいた友人たちとの関係も破綻していました。二人とも一流大学卒で、コミュニケーション能力が高く、人が集まってくるようなリーダー型の好青年です。

 先述したように大麻はアルコールやたばこよりも依存性が少なく、また疾患につながるリスクが高いわけではありません。アルコールのように肝炎を起こしませんし、たばこほどの発がんリスクもありません。「健康が大事だからアルコールやたばこはやりません。大麻だけにしています」と嘯く嗜好用大麻の支持者もいます。そして実際、大麻と上手に付き合っている人が多いのは事実です。ですが、それは「その時点では」です。

 上記の2人の日本人男性も「ある時期までは」大麻による弊害はまったくなかったのです。

参考:

第178回(2021年4月) 「これからの「大麻」の話をしよう~その4~」
毎日新聞「医療プレミア」2023年3月20日「大麻 海外で進む「嗜好用」の解禁 日本はどうするか」

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第203回(2023年5月) 薬物で堕ちていく米国~覚醒剤編~

 2023年1月のコラム「薬物で堕ちていく米国」では、米国では麻薬の他にも様々な依存性のある薬物が蔓延し、なかでも大麻は、急増した結果、小児の誤嚥事故も相次ぎ、大きな問題となっていることを紹介しました。今回は覚醒剤の話をします。

 従来、覚醒剤はさほど米国では流行していませんでした。なぜ覚醒剤は米国ではさほど人気がなかったのか。その理由は(私の分析によると)2つあります。

 1つは米国人の「性格」です。そもそも覚醒剤は麻薬や大麻のような多幸感をもたらすわけではなく「ハッピーになるためのドラッグ」という面はありません。覚醒剤がきまると、頭がスッキリとし、寝なくても平気になります。食欲も湧きません。ではこのようなドラッグ、どのような人が求めるのでしょうか。

 例えば深夜も走る長距離ドライバーのように「仕事に使いたい」という人がいます。実際、覚醒剤が日本でまだ合法だった頃、長距離ドライバーの何割かは眠気覚ましに「ヒロポン」に頼っていたようです。徹夜で勉強しなければならないときにもうってつけで、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)のある患者さんは覚醒剤のことを「テスト前の飛び道具」と表現していました。戦中には神風特攻隊が出撃に出る前に気合をいれるために摂取していたという話もあります。つまり、覚醒剤とは興奮系のドラッグであり、「もっと頑張らねば!」と考える真面目な(?)日本人にこそ向いている薬物ともいえるわけです。

 では「仕事」や「勉強」以外には使われていないのかといえば、そういうわけではなく、もうひとつ大きな用途は「セックス」です。覚醒剤がキマると理論的には勃起不全になると思われます。実際、そのような訴えもあり、覚醒剤をキメてのセックス時にはバイアグラ(などのED改善薬)が欠かせない」という患者さんもいました。ただ、少々の勃起不全があったとしても、寝ずに一心不乱にセックスに没頭することが快楽を増強させるそうです。パートナーと共に覚醒剤をキメてのセックスから得られる快感は他に替わるものがなくやめられないと言う人もいます。三日三晩ほとんど飲まず食わずでセックスに耽溺する人たちもいるとか...。

 ちなみに2014年には、通称「岩手のブラックジャック」と呼ばれていた(らしい)岩手医科大のW教授が外国人女性と逢瀬を重ね、その女性に覚醒剤を注射していたことが「週刊文春」により報道されました(ただしW教授自身が摂取していたのかどうかは不明)。

 ここまでをまとめておくと、覚醒剤はセックスでの興奮度を上げるという一面はあるものの基本的には「仕事」や「勉強」で使いたいと考える日本人に人気があり米国ではそうではなかった、というのが米国で覚醒剤が流行らなかった1つ目の理由です。

 もうひとつの理由は「米国では以前からコカインの流通量が多い」というものです。主な原産地が南米のコカインは地理的な要因から米国で大量に消費されています。コカインは覚醒剤と同じ"方向"に働きます。つまり興奮系のドラッグです。やはり眠くならず、またセックスでの興奮度を上げると聞きます。つまり、興奮系のドラッグを求めるならコカインが簡単に入手できるために、わざわざ覚醒剤を手に入れる必要がなかったわけです。

 ではコカインが覚醒剤よりも圧倒的に人気があった米国で覚醒剤が流行り出したのはなぜなのでしょうか。答えは「ADHDの治療としての覚醒剤の流通量が飛躍的に増えた」からです。

 ADHD(注意欠如・多動症)は10年ほど前から日米を含む世界各国で患者数が急激に増えています。「精神疾患の患者数が急激に増えるのはおかしい。過去には診断されていなかっただけで実際には昔から多かった」という意見があります。また、「いや、そうではなく現在過剰に診断がつけられているから見かけの数字が増えているのであって、実際の患者数はこんなに多くない」という声もあります。

 私自身は「過剰診断があるのは間違いないが増えているのもおそらく事実だ」と考えています。谷口医院のコラム「「発達障害」を"治す"方法」でも述べたように発達障害は"増えて"います。

 「病気があるなら薬で治療すればいい」という考えはあるときには正しいのですが、場合によっては間違いです。なぜなら、ADHDを含めて「薬は使わなければそれにこしたことはない」からです。ところが現在、ADHDの薬は日本でも米国でも大量に処方されています。

 日本ではADHDの治療薬は3種類が使われています。商品名でいえば「コンサータ」「ストラテラ」「インチュニブ」の3種です。以前は「リタリン」という薬が処方されており、これは「もろに覚醒剤」と考えて差支えありません。コンサータはこのリタリンをマイルドにしたようなものと考えてOKです。ということは、コンサータはやはり覚醒剤の一種と考えるべきであり、当然依存性があります。

 これに対し、ストラテラとインチュニブは一応「依存性はない」とされています。私としてはその考えに少し疑問があるのですが、その話には今回は立ち入らず米国の話をしましょう。

 米国も(日本と同様)、ADHDの過剰診断が問題になっています。そして、日本でもコンサータの大量処方が問題視されていますが、米国は日本の比ではありません。より依存性の高いアデロール(Adderall)という薬が大量に出回っているのです。

 アデロールは覚醒剤類似物質というよりも覚醒剤(アンフェタミン)そのものです。上述したコンサータ、あるいはリタリンよりもさらに"純正の"覚醒剤に近い、ではなく「覚醒剤そのもの」です。よって、ものすごく依存性の高い薬物です。そして、FDAによると昨年(2022年)よりそのアデロールが供給不足となっています。

 上記FDAの報告によると、供給不足の原因は製造会社の製造過程にあるとされていますが、需要が急増しているのも大きな要因です。要するにADHDの(診断をつけられる)患者が急増しているのです。報道によると、ADHDの診断を簡単につけられアデロール(≒アンフェタミン)を処方される小学生も少なくないようです。

 アデロールが供給不足になるとどうなるか。火を見るより明らかです。いったん覚醒剤の"魅力"を知ってしまった人たちはなんとしても手に入れようとします。いかがわしい地域や裏稼業の人物に近づかなくても、この時代、インターネットがあれば違法薬物など簡単に入手できます。

 すると、アンフェタミン(またはメタンフェタミン)の純度の高いものを求めるようになります。覚醒剤には耐性があるからです。今後、覚醒剤依存症の諸症状、なかでも幻聴に襲われる人たちが続出し、他人に危害を加えるような犯罪が増加するでしょう。特に銃による犯罪が急増するのではないかと私はみています。

 これまで繰り返し述べてきたように、米国は麻薬汚染が深刻で人口減が生じているほどです。大麻合法化が普及したことにより、子供の中毒事故が相次いでいます。ケタミン、マジックマッシュルームが合法化され、ついにはMDMAもその仲間に加わりそうです。そして、覚醒剤は今述べたとおりです。

 GINAはHIV/AIDSに関する誤解・偏見を取り除き予防の啓発をすることをミッションとしています。薬物について繰り返し取り上げてきたのは、最初はマイルドな薬物しか使用していなかったとしても、そのうちに注射による摂取が始まり、その後注射針の使いまわしでHIVに感染するケースが増えるからです。そして、その代表的な「注射を使う薬物」が麻薬と覚醒剤です。米国の覚醒剤使用者急増がHIV感染増加につながるのは間違いないと私はみています。

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第202回(2023年4月) トランス女性を巡る複雑な事情~後編~

 日本ではコロナの第1波がようやく終息したばかりで先の不安が国全体に広がっていた2020年6月11日、BBCはトランスジェンダーの歴史に残るであろうある記事を掲載しました。

 「J・K・ローリング、トランスジェンダーのツイートへの批判に反応(JK Rowling responds to trans tweets criticism)」というタイトルのこの記事、非常に示唆に富んでいるために少し詳しく紹介しましょう。この記事が報道している出来事は、歴史に残る"事件"と呼んでもいいと私は思うのですが、なぜか日本のメディアはほとんど取り上げていません。当事者(と呼んでいいかどうかわかりませんが)日本のセクシャルマイノリティの人たちもこの話題にはあまり触れていないような気がします。J・K・ローリング(以下、単に「ローリング」)は言うまでもなく『ハリーポッター』の作者で、世界中の大勢の人々に影響を与える人物です。これほどの有名人による「物議を醸す発言」であるのにもかかわらず、なぜか日本ではあまり注目されていません。

 事の発端は、「devex」という「開発」に主眼をおいた米国のメディアです。このメディアに2020年5月28日「オピニオン: 月経のある人のためにより平等なコロナ後の世界を作る(Opinion: Creating a more equal post-COVID-19 world for people who menstruate)」という記事が掲載されました。内容は、「月経関連で苦労や不衛生を強いられている女性が世界にはたくさんいる。そういう人たちが安心して過ごせる世界をつくらねばならない」という内容のもので、取り立てて問題を起こすようなものではありません。

 ローリングが反応したのは「月経のある人(people who menstruate)」という表現に対してです。現在のポリティカル・コレクトネスを考慮した風潮では、「女性=月経がある」わけではありません。なぜなら、トランス男性は「月経があるけれど性自認は男性」ですし、トランス女性は「月経がないけれど女性」だからです。ローリングのTwitterの全文を紹介しましょう。

'People who menstruate.' I'm sure there used to be a word for those people. Someone help me out. Wumben? Wimpund? Woomud? (「月経のある人」? そういう人たちを指す単語が昔はあったんじゃなかったっけ? 誰か私が思い出すの助けて。たしか、Wumben? Wimpund? Woomud?)

 私の解釈が正しければ、ローリングは「月経のある人」などとまどろっこしい言い方をするメディアを皮肉っています。つまり、「初めから『女性(=woman)』と言えばいいものを、なんでそんな言い方をするのだ。最近はポリコレだらけでみんながwomanと言わないから、womanという言葉を忘れてしまったよ」と厭味を言っているわけです。

 このローリングのTweetに非難が殺到しました。「womanという言葉にはトランス女性も含めなければならないのは当然だ。にもかかわらず、ローリングは『月経のある人=woman』と言っている。ローリングは月経のないトランス女性を女性と認めない発言をした!」という批判が世界中で巻き起こったのです。

 最近では批判されるとすぐに謝罪文を出す者が多いなか、ローリングは今もこのTweetの文章を撤回していません。そして、自身への批判に対する反論をブログで公開しました。このブログには、自身がDVの被害で辛酸を舐めなければならない時期があったこと、自身のトランスジェンダーとの関わりなどが細かく述べられています。さらに、「トランスジェンダーの人たちは生物学的な性別を変えることができない」と表明して解雇された研究者を支持していることも述べました。

 ローリングはまた別のTweetもしています。ここで一部を紹介します。

I know and love trans people, but erasing the concept of sex removes the ability of many to meaningfully discuss their lives. It isn't hate to speak the truth.(私はトランスの人たち知っていて愛しています。けど、セックス(性別)の概念を取り払ってしまえば、大勢の人たちが自分の人生について有意義に話し合うことができなくなるのではないでしょうか。真実を話すことはヘイトスピーチではありません」

 しかしローリングがいかに反論しようが、「ローリングはトランスフォビア(トランスジェンダーを嫌う人)」という烙印がすでに押されてしまっています。さらに、ハリー・ポッターの出演者からも批判されています。

 「ハリー・ポッター」シリーズでHermione Granger役を演じたEmma Watsonは、上述のBBCの記事で「トランスジェンダーの人たちは、その人たちがそうだと言ったままの人たちであって、彼(女)らのアイデンティティーに対して疑問を持たれたり、違うと言われたりすることなく生きる権利がある」とローリングを批判するコメントを表明しています。

 また、「ハリー・ポッター」で主役を演じたDaniel Radcliffeは、BBCの別の記事で、「トランスジェンダーの女性は女性であり、これに反する発言はすべてトランスジェンダーの人たちのアイデンティティーや尊厳を奪うものだ」と述べ、ローリングの意見に反対を表明しています。

 BBCのこの記事のタイトルは「エディ・レッドメイン、J・K・ローリングのトランスジェンダーに関するツイートに反対(Eddie Redmayne speaks out against JK Rowling's trans tweets)」です。エディ・レッドメインはこのサイトでも過去に少し紹介した映画『リリーのすべて』の主演を演じた俳優で、『リリー......』は世界初の性別適合手術を受けたトランス女性の実話に基づいた映画です。

 そのエディ・レッドメインはローリングのTweetに対し、「トランスジェンダーのコミュニティを代弁するつもりはないが、自分にとって大切なトランスジェンダーの友人や仲間たちは、アイデンティティーを疑問視されることにくたびれている。そういう疑問はえてして暴力や虐待につながるんだ」と反論しています。尚、エディ・レッドメインの実際の性自認・性的指向について断言することはできませんが、英国の女優Hannah Bagshaweと結婚して二人の子供がいるそうです。

 ここからは私見を述べます。Emma Watson、Daniel Radcliffe、エディ・レッドメインの3名のコメントをよく読むと、いずれも話を短絡化しすぎていないでしょうか。つまり、「自分の性自認は自分で決めるべきものであって、他人からとやかく言われる筋合いはない」という単純な主張をしているだけです。

 これは「性自認の認識は個人の自由」という観点からみれば一見正しそうですが、しかしそれは「真実を話している」ことが条件となります。もしも、「自分の性自認は女性だ」と言っている「トランス女性に見える人」が、虚偽を述べており、本当は「単に女装癖があるだけで性自認は男性、性的指向は女性」であったとすれば誰が見抜けるでしょう。あるいは、実際に性自認が女性のトランス女性であっても、性的指向が女性(つまりレズビアンのトランス女性)であったとき、世間はこのトランス女性が女子トイレを使うことを手放しで歓迎するでしょうか。

 TERF(ターフ)と呼ばれるフェミニストの人たちがいます。「Transgender Exclusionary Radical Feminist」の略で、和訳すると「トランスジェンダーを排他する急進的なフェミニスト」となるでしょうか。要するに、「生物学的な男性として生まれた人は男性であり、性別適合術を受けようがトランス女性は<女性>ではない」と考える人たちのことです。

 TERFに対し、TRAと呼ばれるグループもあります。こちらは「Transgender Rights Activist」の略で、TERFを批判しトランスジェンダーの人たちを擁護するグループです。

 前回述べたように、私自身は2004年にタイの施設でトランス女性の人たちと仲良くなってから、彼女らの性自認が女性であることを疑わず、常に彼女たちの味方でいるつもりでいました。ですが、「女装癖のあるストレートの男性」「レズビアンで暴力的なトランス女性」の話を聞くにつれ、TERFに同意することはないにせよ、無条件で「トランス女性(と主張する女性)は女性」という考えに疑問を持つようになってきました。

 トランス女性(と主張する女性)が女子トイレを使ってもいいか、という問いに答えるのは簡単ではありません。

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第201回(2023年3月) トランス女性を巡る複雑な事情~前編~

 私がトランスジェンダーの人たちの世界に本格的に関わり始めたのは2004年、タイのエイズ施設でした。2年前の2002年にその施設を訪問したときには、タイでは抗HIV薬がまだ使われておらず、HIV感染は「死へのモラトリウム 」を意味していましたが、2004年には抗HIV薬が広く普及し始めていて、比較的元気な患者さんも少なくありませんでした。

 そのなかに、個人的に仲良くなったトランス女性の人たちが何人かいました。"彼女"たちと話せば話すほど、"彼女"たちが「女性」であることがよく分かりました。性別適合手術(gender-affirming surgery)(当時はまだ性転換手術「sex-change operation」と呼ばれていました)を実施している「女性」も、していない「女性」もいました。

 当時の私は、「"彼女"たちの性自認(gender identity)は「女性」なのだから当然それを尊重しなければならない」と考えていました。"彼女"らには(希望すれば)女性トイレを使う権利があり、誰も"彼女"らを男性のように扱うべきではないと考えました。

 しかし、現在はその考えに少し「疑問」を持っています。そのような疑問を持つようになった事例を紹介しましょう。ただし、この事例は数年前に太融寺町谷口医院(以下、谷口医院)で経験した実例ですが、極めてプライベートな内容を含んでいることもあり、事実にやや変更を加えています。ただし、本質は何ら変わっていません。

 2010年代後半のある日、「離婚を考えている」という40代のある女性患者から相談を受けました(その女性の病気については伏せておきます)。離婚を考える理由は「夫が警察に逮捕されたから」というものでした。長い人生のなかで配偶者が逮捕(誤認逮捕も含めて)されるという経験はそう珍しくはないでしょう。それだけで離婚を考えると言うにはそれなりの理由があるはずです。40代のその夫が逮捕された理由は「建造物侵入の疑い」だそうです。問題はここからでした。

 夫が侵入したのは「映画館の女子トイレ」で、そのトイレを利用していた女性に見つかり映画館の職員が警察に通報したそうです。こういうケース、「誤って入ってしまった」という言い訳ができますし、実際にその可能性もなくはないでしょうから、逮捕には確実な「物証」が必要です。てっきり私は盗撮していたところを現行犯で抑えられたのかと思ったのですが、事実はそうではありませんでした。逮捕されたこの男性、「女装」していたというのです。

 しかし、女装自体は罪とは言えません。では、なぜこの男性が逮捕されたのか。本来男性は女子トイレに入ってはいけないという規則があります(これを文章にした法律は知りませんが)。その規則を破り、建物に入ったのだから「建造物侵入」という罪が適用されるのだそうです。

 しかし、その男性が「男性」だと誰が決めたのだ、という問題があります。この男性の性自認は「女性」という可能性は充分にあるでしょう。しかし、このケースは戸籍が男性であるだけではなく、日常生活は男性として社会人をしており、さらに結婚して妻がいるわけですから「自分は女性です」と言っても通じないでしょう。

 結局、この男性は警察署まで連行されたものの、誰にも直接的な危害は加えていないこと、反省の意思を見せていること、速やかに妻が身元引受人として署にやって来たことなどから罪には問われなかったそうです。ですが、妻の立場からすれば自身の夫に女装趣味があったことを知り、ショックを隠しきれません。私のところに相談に来た時点で、すでに「夫とはその後別居している」と話されていました。

 さて、逮捕されたこの男性の「罪」はどう考えればいいのでしょうか。私自身はその男性と面識がなく尋ねたわけではありませんが、「自分は女性だから女性トイレを使う権利がある」と訴えるかもしれません。

 2021年5月27日、東京高裁は「トランス女性の職員に女子トイレ使用の制限を課した職場の対応は違法ではない」との判決を下しました。

 この職員は、生物学的性は男性、性自認が女性、つまりトランス女性で、女性として日常生活を営んでいました。それを職場(経済産業省)にカミングアウトし、一部のトイレ(職場から近いトイレ)の女子トイレ使用の許可を職場から得ていました。しかし、他の場所のトイレではそれが認められず、これが争点となっていました。

 この判例、高裁ではたしかに「職場の対応は違法ではない(件の職員は女子トイレを使ってはいけない)」という判決が出ましたが、一審では職員の主張が認められています。この事件は大きく報道され、世論も二分しました。

 セクシャルマイノリティ当事者及びそれを支持するいわゆる「アライ」と呼ばれる人たちの多くは、トランス女性の職員を擁護し「女子トイレを使うのは当然の権利」と主張します。一方、いわゆる保守的な男女は「トランス女性が女子トイレを使うと、そのトイレを利用するストレートの女子が安心できない」という理由で、トランス女性の女子トイレ利用に反対します。

 ここで再び、私に相談してきた女性の夫に話を戻しましょう。もしも経産省の職員の女子トイレの使用を認めるなら女装癖のある男性の使用も認めなけれなならない、ということにならないでしょうか。

 もちろん二人にはいくつもの「違い」があります。経産省の職員は事前に職場に自身の性自認について説明し、性別適合手術を受ける予定があることも伝えています。日常生活は「女性」として過ごしています。他方、女装癖の男性は日頃は男性として過ごし、家庭では「夫」の役割をこなし実際妻も子供もいます。

 したがって、「日頃女性として生活しているトランス女性は女子トイレを用いることができて、普段は男性として過ごし、一時的に女性用の化粧を施し女性のファッションを身にまとっている女装癖のある男性は女子トイレを使えない」という理論は一見成り立つように見えます。

 ですが、両者とも生物学的にはペニスが付いています。もしかするとトランス女性は日頃から女性ホルモンの注射をしているのかもしれませんが、それは見た目には分かりません。両者をよく知っている人がいたとすれば区別はできるのかもしれませんが、では、この両者を知らない人がいきなり対面したとして二人を区別できるでしょうか。そもそも区別することに意味があるのか、という問題もあります。

 例えば、あなたがストレートの女性だとして、映画館のトイレを利用しようとすると、背丈も格好も同じような2人のトランス女性(と主張する女性)がいたとしましょう。1人は日頃から「女性」として日常を過ごしていて、もう一人はそうでなかったとしても、そんなこと瞬間的に分かるはずがありません。さて、そのときあなたは「あなたは日頃女性として過ごしているからここ(女子トイレ)を使ってOK。でもあなたは単なる女装癖だから出て行って!」と言えるでしょうか。そもそも見ず知らずの2人をあなたに裁く権利があるのでしょうか。

 問題はまだあります。例えばあなたが女子トイレに入って、その直後にトランス女性が入って来たとしましょう。身体は大きいですが、振舞や仕草は女性そのもので特に違和感はありません。そのトランス女性はあなたが入った個室の横の個室に入りました。さて、もしもこのトランス女性の性的指向(sex orientation)が「女性」だったなら、つまりこのトランス女性がレズビアンであったとすればどうでしょう。一応補足しておくと、レズビアンの女性によるストレートの女性に対する性暴力(レイプ)というのはそう珍しいことではありません。では、見ず知らずのそのトランス女性を「レズビアンかもしれない」と考えることが正しいのでしょうか......。

 次回に続きます。

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