GINAと共に
第207回(2023年9月) 「ジャニー喜多川性加害事件」で誰も言わないこと
今年(2023年)の3月より報道が過熱し、ついにジャニーズ事務所が謝罪会見を開くことになったいわゆる「ジャニー喜多川性加害事件」は、同事務所所属のタレントをCMなどに起用しない大手企業が出てくるなど波乱を呼んでいます。社長が東山紀之氏に交代し会見で釈明したものの過去の出来事を根掘り葉掘り執拗に聞き出そうとするメディアもあり、当分の間この話題は続きそうです。しかし、一連の報道をみていてどこかに違和感を覚えないでしょうか。私にはメディアを含む世論に"ズルさ"が感じられます。では、どこにそのズルさがあるのか。まずはこの事件の経緯を、各メディアの報道を参照しながら時間軸で振り返ってみましょう。
************
1964年:ジャニー喜多川氏(以下「ジャニー氏」)によるタレントへの猥褻行為に対する裁判が東京地裁でおこなわれた。被害者たちはジャニー氏に「それが自分たちにとって最高の手段であるのだ」と説き伏せられ真実を語らず、東京地裁は「証拠がない」として性加害を認定しなかった。しかし被害者の一人は後に「あの証言は偽りで、性的虐待はあった」と語った
その後も『週刊サンケイ』や『女性自身』が、ジャニー氏が所属タレントにわいせつ行為をはたらいていたことをスクープした(詳細は「The HEADLINE」の記事「ジャニー喜多川氏に向けられた具体的な性加害疑惑 = 約60年にわたる証言の歴史」に詳しい)
1981年:『週刊現代』が1981年4月30日号で発表した記事「たのきんトリオで大当たり 喜多川姉弟の異能」で、ジャニー氏に体を触られたという匿名の元タレント証言を紹介
1988年:「フォーリーブス」のメンバーだった北公次氏が『元フォーリーブス北公次の禁断の半生記』を出版し、ジャニー氏から受けた性被害について語った
その後、中谷良著『ジャニーズの逆襲』、平本淳也著『ジャニーズのすべて―少年愛の館』、豊川誕著『ひとりぼっちの旅立ち - 元ジャニーズ・アイドル 豊川誕半生記』などいわゆる暴露本が80年代後半から90年代にかけて次々と刊行された
1999年:『週刊文春』がジャニーズ事務所に関する特集記事「ホモセクハラ追及キャンペーン」を掲載し、ジャニー氏が所属タレントにわいせつ行為をはたらいていることを告発した。するとジャニー氏は週刊文春を「名誉棄損」で訴えた
2002年3月27日:東京地裁の一審判決。週刊文春が「敗訴」しメディアに大きく報道された。週刊文春には880万円の損害賠償が命じられた。週刊文春はこれを不服として東京高裁に控訴した
2003年7月15日:東京高裁の二審判決。一審の判決が覆され、ジャニー氏による所属タレントへの性加害が認定された。しかしメディアはほとんど報道しなかった。ジャニー氏はこの認定を不服として最高裁に上告した
2004年2月24日:最高裁はジャニー氏の上告を棄却し二審の判決が確定。これにてジャニー氏の性加害が最高裁に認められた。しかしメディアはほとんど報じなかった
2019年:ジャニー氏が他界。享年87歳。大規模な「お別れ会」が開催された。当時首相の安倍晋三氏は業績を称賛し人徳を讃える弔電を送った。しかし、海外メディアはジャニー氏の性加害を糾弾する報道をおこなった
2023年3月:英BBCがジャニー氏の性加害に焦点をあてたドキュメンタリー番組を放送。これが世界中のメディアで取り上げられ注目度が急増した。週刊文春は再度ジャニー氏の性加害の特集記事を組んだ。被害に遭った元ジャニーズのタレントが次々と実名で当時の被害を公表
4月12日:元ジャニーズのタレント、カウアン・オカモト氏が日本外国特派員協会で記者会見を開き、ジャニーズ事務所に所属していた15歳から退所までにジャニー氏から15-20回の性暴力を受けたと公表
9月7日:ジャニーズ事務所が記者会見を開く。社長の藤島氏がジャニー氏の性加害について謝罪。引責辞任し新たな社長に東山紀之氏が就任したと発表した
9月12日:サントリー社長で経済同友会の代表幹事、新浪剛史氏が「ジャニーズのタレントを起用することは、子供への虐待を認めることで、国際的に非難の的になる」との見解を述べ、サントリーのCMにジャニーズ事務所所属のタレントを起用しないことを発表。その後、東京海上、トヨタ自動車、第一三共ヘルスケア、日本航空、日本生命など大手企業も同様の旨を発表した
************
さて、これまでは元ジャニーズのタレントが赤裸々に実情を語っても、名だたる雑誌(週刊文春が立役者であることは否定しませんが、私の印象でいえば今はなき『噂の真相』の方がインパクトがありました)がスクープ記事を発表しても、「売名行為だ」「単なる週刊誌ネタだ」などと大手メディアやジャニーズファンは相手にしていなかったわけです。
それが手のひらを返したように大手メディアの記者たちは一斉にジャニーズ事務所を叩き始めました。BBCの報道という"外圧"がなければ動けない日本のメディアには幻滅させられます。そして、際立って目立つのが一部の記者の豹変ぶりです。
記者たちは上から目線で正義を振りかざし、記者会見では遠慮のかけらもない詰問を繰り返しました。報道によると、最も物議を醸したのが東京新聞の望月衣塑子記者です。望月記者は東山紀之新社長に対して10分以上に渡り「Jr.たちに自身の陰部をさらして『俺のソーセージを食え』と言った。やられた方は覚えている」「忘れているのかもしれないが、ある種の加害を連鎖的にやってしまったのではと感じる」「ご自身がJr.に加害をしていたとしたら、それを今どう感じるのか」などと追及しました。東山氏は「覚えていないことも本当に多い。したかもしれないし、していないかもしれないというのが本当の気持ち」と答えたそうです。
これに対し、社会学者の古市憲寿氏は週刊新潮の連載コラムで「望月記者の質問は、下品な野次馬精神と暴走した正義感が、最悪の形で入り交じっていた」と極めて厳しい表現を使って望月記者を非難しました。
私自身も望月記者がこのような無神経極まりない質問をしたと聞いて唖然としました。もしも私がジャーナリストなら、「まあ、僕達もある程度はそういった出来事があったのは知っていたわけですが......」という前置きから質問をします。なぜって、このような"出来事"があったことは周知の事実だったのですから。
もっと言えば、"被害者"を生み出したのはジャニーズ事務所だけではありません。同事務所では男性が被害に遭ったわけですが、他の組織に目を向ければ女性の被害者だっていくらでもいるはずです。芸能の世界というのはそういうところだと、私は誰から教わったかは覚えていませんが、少なくとも高校を卒業する頃には知っていましたし、ほとんどの人がそうでしょう。
もっとも、ジャニーズファンの女性にはこういう話は通じませんでした。何年か前にジャニーズファンを公言する20代のある女性看護師にジャニー氏の性加害についてどう思うか聞いてみたところ、「えっ、先生(私のこと)、そんな話本当に信じているんですか?」と取りつく島もありませんでした。
さらに、現在のことはおいておくとして、90年代以前にこのような"被害"が横行していたのは何も芸能界だけではありません。具体的な業界名を挙げるのは避けますが、上下関係の厳しい職場であれば、こういったことは日常茶飯事、とまでは言いませんが珍しいことではなかったわけです。
もちろん、苦痛を訴える被害者が存在するわけですから加害者は許されるべきではありません。しかし、日本は元々男性どうしの性行為には寛容な文化を持っていますし(江戸時代の社会や風俗を学べばすぐに分かることです)、2017年に性犯罪に関する刑法が改正されるまで「強制性交等罪」の被害者は女性のみとされていました。尚、この法律改正は110年ぶりだそうです。さらに、日本の性交同意年齢は明治時代から現在も13歳のままです。源氏物語の光源氏が若紫に夢中になるのはたしか若紫がまだ10歳くらいの頃だったはずです(そういえば「光GENJI」もジャニーズでした......)。
誤解のないように言っておくと私はジャニーズ氏の罪に寛容になるべきだと言っているわけではありません。辛い目に遭った被害者が存在するわけですからジャニーズ事務所は社会的なけじめをつけなければなりません。また、被害者に対してはすでに成人しているとはいえ心のケアも必要でしょう。
私はタイのエイズ施設で、10代前半どころか、もっと幼い年齢で大人たちに弄ばれてHIVに感染した子供たちをたくさんみてきました。なかには物心がつかないくらいの幼いときに複数の男性にレイプされ、自分の性的アイデンティティに混乱している男児もいました。
ジャニー氏性加害問題をうやむやにしてはいけないのは自明です。ですが、まるで天下をとったかのように正義を振りかざすメディアの記者には辟易とさせられます。「以前から薄々気付いていたわたし達にも責任はあるんですが......」という記者が出てくることを望みます。
************
1964年:ジャニー喜多川氏(以下「ジャニー氏」)によるタレントへの猥褻行為に対する裁判が東京地裁でおこなわれた。被害者たちはジャニー氏に「それが自分たちにとって最高の手段であるのだ」と説き伏せられ真実を語らず、東京地裁は「証拠がない」として性加害を認定しなかった。しかし被害者の一人は後に「あの証言は偽りで、性的虐待はあった」と語った
その後も『週刊サンケイ』や『女性自身』が、ジャニー氏が所属タレントにわいせつ行為をはたらいていたことをスクープした(詳細は「The HEADLINE」の記事「ジャニー喜多川氏に向けられた具体的な性加害疑惑 = 約60年にわたる証言の歴史」に詳しい)
1981年:『週刊現代』が1981年4月30日号で発表した記事「たのきんトリオで大当たり 喜多川姉弟の異能」で、ジャニー氏に体を触られたという匿名の元タレント証言を紹介
1988年:「フォーリーブス」のメンバーだった北公次氏が『元フォーリーブス北公次の禁断の半生記』を出版し、ジャニー氏から受けた性被害について語った
その後、中谷良著『ジャニーズの逆襲』、平本淳也著『ジャニーズのすべて―少年愛の館』、豊川誕著『ひとりぼっちの旅立ち - 元ジャニーズ・アイドル 豊川誕半生記』などいわゆる暴露本が80年代後半から90年代にかけて次々と刊行された
1999年:『週刊文春』がジャニーズ事務所に関する特集記事「ホモセクハラ追及キャンペーン」を掲載し、ジャニー氏が所属タレントにわいせつ行為をはたらいていることを告発した。するとジャニー氏は週刊文春を「名誉棄損」で訴えた
2002年3月27日:東京地裁の一審判決。週刊文春が「敗訴」しメディアに大きく報道された。週刊文春には880万円の損害賠償が命じられた。週刊文春はこれを不服として東京高裁に控訴した
2003年7月15日:東京高裁の二審判決。一審の判決が覆され、ジャニー氏による所属タレントへの性加害が認定された。しかしメディアはほとんど報道しなかった。ジャニー氏はこの認定を不服として最高裁に上告した
2004年2月24日:最高裁はジャニー氏の上告を棄却し二審の判決が確定。これにてジャニー氏の性加害が最高裁に認められた。しかしメディアはほとんど報じなかった
2019年:ジャニー氏が他界。享年87歳。大規模な「お別れ会」が開催された。当時首相の安倍晋三氏は業績を称賛し人徳を讃える弔電を送った。しかし、海外メディアはジャニー氏の性加害を糾弾する報道をおこなった
2023年3月:英BBCがジャニー氏の性加害に焦点をあてたドキュメンタリー番組を放送。これが世界中のメディアで取り上げられ注目度が急増した。週刊文春は再度ジャニー氏の性加害の特集記事を組んだ。被害に遭った元ジャニーズのタレントが次々と実名で当時の被害を公表
4月12日:元ジャニーズのタレント、カウアン・オカモト氏が日本外国特派員協会で記者会見を開き、ジャニーズ事務所に所属していた15歳から退所までにジャニー氏から15-20回の性暴力を受けたと公表
9月7日:ジャニーズ事務所が記者会見を開く。社長の藤島氏がジャニー氏の性加害について謝罪。引責辞任し新たな社長に東山紀之氏が就任したと発表した
9月12日:サントリー社長で経済同友会の代表幹事、新浪剛史氏が「ジャニーズのタレントを起用することは、子供への虐待を認めることで、国際的に非難の的になる」との見解を述べ、サントリーのCMにジャニーズ事務所所属のタレントを起用しないことを発表。その後、東京海上、トヨタ自動車、第一三共ヘルスケア、日本航空、日本生命など大手企業も同様の旨を発表した
************
さて、これまでは元ジャニーズのタレントが赤裸々に実情を語っても、名だたる雑誌(週刊文春が立役者であることは否定しませんが、私の印象でいえば今はなき『噂の真相』の方がインパクトがありました)がスクープ記事を発表しても、「売名行為だ」「単なる週刊誌ネタだ」などと大手メディアやジャニーズファンは相手にしていなかったわけです。
それが手のひらを返したように大手メディアの記者たちは一斉にジャニーズ事務所を叩き始めました。BBCの報道という"外圧"がなければ動けない日本のメディアには幻滅させられます。そして、際立って目立つのが一部の記者の豹変ぶりです。
記者たちは上から目線で正義を振りかざし、記者会見では遠慮のかけらもない詰問を繰り返しました。報道によると、最も物議を醸したのが東京新聞の望月衣塑子記者です。望月記者は東山紀之新社長に対して10分以上に渡り「Jr.たちに自身の陰部をさらして『俺のソーセージを食え』と言った。やられた方は覚えている」「忘れているのかもしれないが、ある種の加害を連鎖的にやってしまったのではと感じる」「ご自身がJr.に加害をしていたとしたら、それを今どう感じるのか」などと追及しました。東山氏は「覚えていないことも本当に多い。したかもしれないし、していないかもしれないというのが本当の気持ち」と答えたそうです。
これに対し、社会学者の古市憲寿氏は週刊新潮の連載コラムで「望月記者の質問は、下品な野次馬精神と暴走した正義感が、最悪の形で入り交じっていた」と極めて厳しい表現を使って望月記者を非難しました。
私自身も望月記者がこのような無神経極まりない質問をしたと聞いて唖然としました。もしも私がジャーナリストなら、「まあ、僕達もある程度はそういった出来事があったのは知っていたわけですが......」という前置きから質問をします。なぜって、このような"出来事"があったことは周知の事実だったのですから。
もっと言えば、"被害者"を生み出したのはジャニーズ事務所だけではありません。同事務所では男性が被害に遭ったわけですが、他の組織に目を向ければ女性の被害者だっていくらでもいるはずです。芸能の世界というのはそういうところだと、私は誰から教わったかは覚えていませんが、少なくとも高校を卒業する頃には知っていましたし、ほとんどの人がそうでしょう。
もっとも、ジャニーズファンの女性にはこういう話は通じませんでした。何年か前にジャニーズファンを公言する20代のある女性看護師にジャニー氏の性加害についてどう思うか聞いてみたところ、「えっ、先生(私のこと)、そんな話本当に信じているんですか?」と取りつく島もありませんでした。
さらに、現在のことはおいておくとして、90年代以前にこのような"被害"が横行していたのは何も芸能界だけではありません。具体的な業界名を挙げるのは避けますが、上下関係の厳しい職場であれば、こういったことは日常茶飯事、とまでは言いませんが珍しいことではなかったわけです。
もちろん、苦痛を訴える被害者が存在するわけですから加害者は許されるべきではありません。しかし、日本は元々男性どうしの性行為には寛容な文化を持っていますし(江戸時代の社会や風俗を学べばすぐに分かることです)、2017年に性犯罪に関する刑法が改正されるまで「強制性交等罪」の被害者は女性のみとされていました。尚、この法律改正は110年ぶりだそうです。さらに、日本の性交同意年齢は明治時代から現在も13歳のままです。源氏物語の光源氏が若紫に夢中になるのはたしか若紫がまだ10歳くらいの頃だったはずです(そういえば「光GENJI」もジャニーズでした......)。
誤解のないように言っておくと私はジャニーズ氏の罪に寛容になるべきだと言っているわけではありません。辛い目に遭った被害者が存在するわけですからジャニーズ事務所は社会的なけじめをつけなければなりません。また、被害者に対してはすでに成人しているとはいえ心のケアも必要でしょう。
私はタイのエイズ施設で、10代前半どころか、もっと幼い年齢で大人たちに弄ばれてHIVに感染した子供たちをたくさんみてきました。なかには物心がつかないくらいの幼いときに複数の男性にレイプされ、自分の性的アイデンティティに混乱している男児もいました。
ジャニー氏性加害問題をうやむやにしてはいけないのは自明です。ですが、まるで天下をとったかのように正義を振りかざすメディアの記者には辟易とさせられます。「以前から薄々気付いていたわたし達にも責任はあるんですが......」という記者が出てくることを望みます。
第206回(2023年8月) 多くの日本人は差別されたことがないのでは?
私が「HIV/AIDSに本格的に関わりたい」と思ったのは、初めてエイズの患者さんを診たときで、本サイトで繰り返し紹介しているタイのロッブリー県のWat Phrabhatnamphu(パバナプ寺)です。2002年、当時のタイでは抗HIV薬がまだ使われておらず「HIV感染=死の宣告」でした。
また、正確な知識が知られておらず、「HIVは空気感染する」などと今では考えられないようなことが世間では信じられていて、感染者からは「食堂に入るとフォークを投げつけられて追い出された」「バスから引きずりおろされた」「石を投げられ村から追放された」「家族からも見放された」といった声を繰り返し聞きました。
なぜ私は「HIV/AIDSに本格的に関わりたい」と考えたのか。「もうすぐ薬が手に入るようになるから死から救える」と思ったのも理由のひとつですし、「さまざまな痛みや絶望感などを取り除きたい」と考えたのも事実です。ですが、一番大きかったのは「このような差別からこの人たちを救いたい」という強い気持ちが心の底から湧いてきたからです。
それ以来「HIV陽性者に対する差別を許してはならない」ということを私はいろんなところでもう20年以上主張し続けています。その私の意見を聞かされた人たちはほぼ全員が同意してくれて、それはありがたいのですが、ごく一部の人を除いて、私と同じようにNPO法人を立ち上げる人はいませんし、差別について他人に繰り返し説くようなことはしません。
では、なぜ私は「差別を許せない」とこれほどまでに強く思い続けているのか。実はこの答えは今も分かりません。「私もひどい差別を受けたことがあるから」というのであれば理解しやすいのですが、私自身は人格や人間性を否定されるほどの被差別体験はありません。ならば、私はエイズ患者のようにひどい差別を受けた人たちに対して感情移入しすぎているのでしょうか。その答えは分かりませんが、私が差別に対して「敏感」なのは間違いなさそうです。
私は医師ですから、日頃患者さんから差別を受けたという辛い話を聞く機会が少なくありません。HIV陽性者の人から聞くことも多く、「会社に知られて退職させられた」「家族が理解してくれず縁を切られた」といった話を聞くと、哀しみと怒りが入り混じった複雑な気持ちになって、この感情はなかなかおさまりません。
HIVだけではありません。身体的な障害、知的あるいは精神的な障害のせいで差別を受けた人からも話を聞きます。また、あまり語られることはないかもしれませんが、普通に仕事や勉強をしている慢性疾患を有している人たちも、なかなか他人には理解してもらえないような差別に苦しんでいることがあります。慢性疾患とは、糖尿病(特に1型糖尿病)、関節リウマチ、潰瘍性大腸炎、アトピー性皮膚炎などです。
セクシャルマイノリティに対する差別はこれまでさんざん当事者の人たちから話を聞いてきたこともあり、私自身はストレートでありますが、その苦しみの一部は理解できるつもりです。女性差別についても、特に性被害の話を聞いたときにはある種の被差別感をわずかではありますが分かるようになってきました。
「差別はなくならない」あるいは「差別をするのが人間だ」、さらには「誰もがどこかで差別をしている」という人もいます。こういった考えについてはここでは深入りしませんが、こういう表現を聞いたときに私がいつも感じるのは「あなた自身は本当の差別に苦しんだことがあるのですか?」ということです。
というのは「差別はどこにでもある」と言う人は数多くいますが、私は日本人の(特に日本人男性の)大半は差別されたと自覚した経験がないのでは?と感じるからです。それはそれで"おめでたいこと"であって、幸せなのかもしれず、そのまま人生を終わるならそれでいいのかもしれません。よって、そういった人たちに私がこのようなことを言うのは「余計なお世話」なのかもしれませんが、「あなたが気付いていないだけで、あなたもいつ嫌な思いをするかもしれないし、実際すでに差別されてますよ」と言いたくなることがあります。
それをよく感じるのが「タイで偉そうにしている日本人(ほとんどが中年男性)を見たとき」です。短パン、ビーチサンダルなどのラフな格好で、タイ人の男女に偉そうに話している日本人をしばしば見かけます。あきらかにタイ人は困っているのにそんなことには目もくれず無茶なことを言うのです。彼らが「タイ人は日本人よりも劣っている」と考えていることが態度や言葉からよく分かります。
他方、欧米に長く住んでいた人たちと話をすると、多かれ少なかれ被差別的な体験をしていることが分かります。紳士・淑女の国々ではビジネスの現場で差別を受けることはさほどないかもしれません。ですが、例えば夜の街で「ジャップ」と日本人を卑下する言葉を吐かれ、ひどい場合は「国へ帰れ」とか「消えろ」などと言われた体験のある人も少なくありません。
日本人の女性は世界中どこに行ってもよくモテるためにパートナー探しに不自由しません。ですが、よくよく聞いてみると、相手の男性から差別的な発言をされたりモノのような扱いを受けたりしたことがあるという女性が少なくありません。「(西洋人の彼が)日本人の私を選んだのは私が愛されているからではなく日本人(もしくはアジア人)に対するフェティシズムからだ」というような話を、これまで私は何人かの日本人女性から聞きました。実際、そういう西洋の男性たちは、次から次へと日本人(またはアジア人)をパートナーに選び、複数のアジア人女性と交際しているとか。
「差別がなくならない」ことには私も同意します。私自身は激しい差別を受けたことはありませんが、海外では、上述した例のように、バーやクラブなどで「白人男性から差別的なまなざしを向けられた......」と感じたことは何度かあります。
西洋人から日本人が差別的な扱いを受けたという話はコロナ禍以降に急増しました。なかには「差別されることが辛くなって帰国した」という人もいます。いまだにバブル時代を引きずって「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を信じているおめでたい人もいますが、もはや世界は日本をそんなに優れた国とは思っていません。たしかに、かつてのタイを含めたいくつかのアジア諸国では日本人というだけでチヤホヤされていた時代がありましたが、すでに遠い過去の話です。
差別がなくならない理由のひとつは、おそらく人間は「他者との差」を意識せずにはいられない生き物だからでしょう。「あなたと私はここが違う」だけでは差別になりませんが、「あなたと私を比べると私の方が"上"だ」と考えるから差別が生まれるわけです。それが背の高さであったり、学歴であったり、病気の有無だったり、けんかの強さであったり、収入や試算の差であったり、国籍や人種の違いであったりするわけです。
極端に卑屈になる必要はありませんが、おしなべて言えば世界でみれば日本人は"下"に見られることが少なくなく、差別されているのが現実です。それを認識することで、差別がなくならないのは事実だとしても、「差別が馬鹿らしいこと」が理解できるのではないでしょうか。そして、それができれば自分が"下"にみていた人に敬意がもてるようになるかもしれません。
私の場合、タイのエイズ患者さんから多くの悲惨な話を聞いて、それに耐えてきたことに敬意を払うようになり、そして自分が医師で目の前の人が患者なのは自分が単に運がいいだけのことであって、目の前の患者さんより優れているわけでもなんでもないということがよく分かりました。それを理解したとき、「世の中の差別がなくならないのだとしたら私は『差別をする人』を差別してやろう」と考えるようになったのです。
また、正確な知識が知られておらず、「HIVは空気感染する」などと今では考えられないようなことが世間では信じられていて、感染者からは「食堂に入るとフォークを投げつけられて追い出された」「バスから引きずりおろされた」「石を投げられ村から追放された」「家族からも見放された」といった声を繰り返し聞きました。
なぜ私は「HIV/AIDSに本格的に関わりたい」と考えたのか。「もうすぐ薬が手に入るようになるから死から救える」と思ったのも理由のひとつですし、「さまざまな痛みや絶望感などを取り除きたい」と考えたのも事実です。ですが、一番大きかったのは「このような差別からこの人たちを救いたい」という強い気持ちが心の底から湧いてきたからです。
それ以来「HIV陽性者に対する差別を許してはならない」ということを私はいろんなところでもう20年以上主張し続けています。その私の意見を聞かされた人たちはほぼ全員が同意してくれて、それはありがたいのですが、ごく一部の人を除いて、私と同じようにNPO法人を立ち上げる人はいませんし、差別について他人に繰り返し説くようなことはしません。
では、なぜ私は「差別を許せない」とこれほどまでに強く思い続けているのか。実はこの答えは今も分かりません。「私もひどい差別を受けたことがあるから」というのであれば理解しやすいのですが、私自身は人格や人間性を否定されるほどの被差別体験はありません。ならば、私はエイズ患者のようにひどい差別を受けた人たちに対して感情移入しすぎているのでしょうか。その答えは分かりませんが、私が差別に対して「敏感」なのは間違いなさそうです。
私は医師ですから、日頃患者さんから差別を受けたという辛い話を聞く機会が少なくありません。HIV陽性者の人から聞くことも多く、「会社に知られて退職させられた」「家族が理解してくれず縁を切られた」といった話を聞くと、哀しみと怒りが入り混じった複雑な気持ちになって、この感情はなかなかおさまりません。
HIVだけではありません。身体的な障害、知的あるいは精神的な障害のせいで差別を受けた人からも話を聞きます。また、あまり語られることはないかもしれませんが、普通に仕事や勉強をしている慢性疾患を有している人たちも、なかなか他人には理解してもらえないような差別に苦しんでいることがあります。慢性疾患とは、糖尿病(特に1型糖尿病)、関節リウマチ、潰瘍性大腸炎、アトピー性皮膚炎などです。
セクシャルマイノリティに対する差別はこれまでさんざん当事者の人たちから話を聞いてきたこともあり、私自身はストレートでありますが、その苦しみの一部は理解できるつもりです。女性差別についても、特に性被害の話を聞いたときにはある種の被差別感をわずかではありますが分かるようになってきました。
「差別はなくならない」あるいは「差別をするのが人間だ」、さらには「誰もがどこかで差別をしている」という人もいます。こういった考えについてはここでは深入りしませんが、こういう表現を聞いたときに私がいつも感じるのは「あなた自身は本当の差別に苦しんだことがあるのですか?」ということです。
というのは「差別はどこにでもある」と言う人は数多くいますが、私は日本人の(特に日本人男性の)大半は差別されたと自覚した経験がないのでは?と感じるからです。それはそれで"おめでたいこと"であって、幸せなのかもしれず、そのまま人生を終わるならそれでいいのかもしれません。よって、そういった人たちに私がこのようなことを言うのは「余計なお世話」なのかもしれませんが、「あなたが気付いていないだけで、あなたもいつ嫌な思いをするかもしれないし、実際すでに差別されてますよ」と言いたくなることがあります。
それをよく感じるのが「タイで偉そうにしている日本人(ほとんどが中年男性)を見たとき」です。短パン、ビーチサンダルなどのラフな格好で、タイ人の男女に偉そうに話している日本人をしばしば見かけます。あきらかにタイ人は困っているのにそんなことには目もくれず無茶なことを言うのです。彼らが「タイ人は日本人よりも劣っている」と考えていることが態度や言葉からよく分かります。
他方、欧米に長く住んでいた人たちと話をすると、多かれ少なかれ被差別的な体験をしていることが分かります。紳士・淑女の国々ではビジネスの現場で差別を受けることはさほどないかもしれません。ですが、例えば夜の街で「ジャップ」と日本人を卑下する言葉を吐かれ、ひどい場合は「国へ帰れ」とか「消えろ」などと言われた体験のある人も少なくありません。
日本人の女性は世界中どこに行ってもよくモテるためにパートナー探しに不自由しません。ですが、よくよく聞いてみると、相手の男性から差別的な発言をされたりモノのような扱いを受けたりしたことがあるという女性が少なくありません。「(西洋人の彼が)日本人の私を選んだのは私が愛されているからではなく日本人(もしくはアジア人)に対するフェティシズムからだ」というような話を、これまで私は何人かの日本人女性から聞きました。実際、そういう西洋の男性たちは、次から次へと日本人(またはアジア人)をパートナーに選び、複数のアジア人女性と交際しているとか。
「差別がなくならない」ことには私も同意します。私自身は激しい差別を受けたことはありませんが、海外では、上述した例のように、バーやクラブなどで「白人男性から差別的なまなざしを向けられた......」と感じたことは何度かあります。
西洋人から日本人が差別的な扱いを受けたという話はコロナ禍以降に急増しました。なかには「差別されることが辛くなって帰国した」という人もいます。いまだにバブル時代を引きずって「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を信じているおめでたい人もいますが、もはや世界は日本をそんなに優れた国とは思っていません。たしかに、かつてのタイを含めたいくつかのアジア諸国では日本人というだけでチヤホヤされていた時代がありましたが、すでに遠い過去の話です。
差別がなくならない理由のひとつは、おそらく人間は「他者との差」を意識せずにはいられない生き物だからでしょう。「あなたと私はここが違う」だけでは差別になりませんが、「あなたと私を比べると私の方が"上"だ」と考えるから差別が生まれるわけです。それが背の高さであったり、学歴であったり、病気の有無だったり、けんかの強さであったり、収入や試算の差であったり、国籍や人種の違いであったりするわけです。
極端に卑屈になる必要はありませんが、おしなべて言えば世界でみれば日本人は"下"に見られることが少なくなく、差別されているのが現実です。それを認識することで、差別がなくならないのは事実だとしても、「差別が馬鹿らしいこと」が理解できるのではないでしょうか。そして、それができれば自分が"下"にみていた人に敬意がもてるようになるかもしれません。
私の場合、タイのエイズ患者さんから多くの悲惨な話を聞いて、それに耐えてきたことに敬意を払うようになり、そして自分が医師で目の前の人が患者なのは自分が単に運がいいだけのことであって、目の前の患者さんより優れているわけでもなんでもないということがよく分かりました。それを理解したとき、「世の中の差別がなくならないのだとしたら私は『差別をする人』を差別してやろう」と考えるようになったのです。
第206回(2023年8月) 多くの日本人は差別されたことがないのでは?
私が「HIV/AIDSに本格的に関わりたい」と思ったのは、初めてエイズの患者さんを診たときで、本サイトで繰り返し紹介しているタイのロッブリー県のWat Phrabhatnamphu(パバナプ寺)です。2002年、当時のタイでは抗HIV薬がまだ使われておらず「HIV感染=死の宣告」でした。
また、正確な知識が知られておらず、「HIVは空気感染する」などと今では考えられないようなことが世間では信じられていて、感染者からは「食堂に入るとフォークを投げつけられて追い出された」「バスから引きずりおろされた」「石を投げられ村から追放された」「家族からも見放された」といった声を繰り返し聞きました。
なぜ私は「HIV/AIDSに本格的に関わりたい」と考えたのか。「もうすぐ薬が手に入るようになるから死から救える」と思ったのも理由のひとつですし、「さまざまな痛みや絶望感などを取り除きたい」と考えたのも事実です。ですが、一番大きかったのは「このような差別からこの人たちを救いたい」という強い気持ちが心の底から湧いてきたからです。
それ以来「HIV陽性者に対する差別を許してはならない」ということを私はいろんなところでもう20年以上主張し続けています。その私の意見を聞かされた人たちはほぼ全員が同意してくれて、それはありがたいのですが、ごく一部の人を除いて、私と同じようにNPO法人を立ち上げる人はいませんし、差別について他人に繰り返し説くようなことはしません。
では、なぜ私は「差別を許せない」とこれほどまでに強く思い続けているのか。実はこの答えは今も分かりません。「私もひどい差別を受けたことがあるから」というのであれば理解しやすいのですが、私自身は人格や人間性を否定されるほどの被差別体験はありません。ならば、私はエイズ患者のようにひどい差別を受けた人たちに対して感情移入しすぎているのでしょうか。その答えは分かりませんが、私が差別に対して「敏感」なのは間違いなさそうです。
私は医師ですから、日頃患者さんから差別を受けたという辛い話を聞く機会が少なくありません。HIV陽性者の人から聞くことも多く、「会社に知られて退職させられた」「家族が理解してくれず縁を切られた」といった話を聞くと、哀しみと怒りが入り混じった複雑な気持ちになって、この感情はなかなかおさまりません。
HIVだけではありません。身体的な障害、知的あるいは精神的な障害のせいで差別を受けた人からも話を聞きます。また、あまり語られることはないかもしれませんが、普通に仕事や勉強をしている慢性疾患を有している人たちも、なかなか他人には理解してもらえないような差別に苦しんでいることがあります。慢性疾患とは、糖尿病(特に1型糖尿病)、関節リウマチ、潰瘍性大腸炎、アトピー性皮膚炎などです。
セクシャルマイノリティに対する差別はこれまでさんざん当事者の人たちから話を聞いてきたこともあり、私自身はストレートでありますが、その苦しみの一部は理解できるつもりです。女性差別についても、特に性被害の話を聞いたときにはある種の被差別感をわずかではありますが分かるようになってきました。
「差別はなくならない」あるいは「差別をするのが人間だ」、さらには「誰もがどこかで差別をしている」という人もいます。こういった考えについてはここでは深入りしませんが、こういう表現を聞いたときに私がいつも感じるのは「あなた自身は本当の差別に苦しんだことがあるのですか?」ということです。
というのは「差別はどこにでもある」と言う人は数多くいますが、私は日本人の(特に日本人男性の)大半は差別されたと自覚した経験がないのでは?と感じるからです。それはそれで"おめでたいこと"であって、幸せなのかもしれず、そのまま人生を終わるならそれでいいのかもしれません。よって、そういった人たちに私がこのようなことを言うのは「余計なお世話」なのかもしれませんが、「あなたが気付いていないだけで、あなたもいつ嫌な思いをするかもしれないし、実際すでに差別されてますよ」と言いたくなることがあります。
それをよく感じるのが「タイで偉そうにしている日本人(ほとんどが中年男性)を見たとき」です。短パン、ビーチサンダルなどのラフな格好で、タイ人の男女に偉そうに話している日本人をしばしば見かけます。あきらかにタイ人は困っているのにそんなことには目もくれず無茶なことを言うのです。彼らが「タイ人は日本人よりも劣っている」と考えていることが態度や言葉からよく分かります。
他方、欧米に長く住んでいた人たちと話をすると、多かれ少なかれ被差別的な体験をしていることが分かります。紳士・淑女の国々ではビジネスの現場で差別を受けることはさほどないかもしれません。ですが、例えば夜の街で「ジャップ」と日本人を卑下する言葉を吐かれ、ひどい場合は「国へ帰れ」とか「消えろ」などと言われた体験のある人も少なくありません。
日本人の女性は世界中どこに行ってもよくモテるためにパートナー探しに不自由しません。ですが、よくよく聞いてみると、相手の男性から差別的な発言をされたりモノのような扱いを受けたりしたことがあるという女性が少なくありません。「(西洋人の彼が)日本人の私を選んだのは私が愛されているからではなく日本人(もしくはアジア人)に対するフェティシズムからだ」というような話を、これまで私は何人かの日本人女性から聞きました。実際、そういう西洋の男性たちは、次から次へと日本人(またはアジア人)をパートナーに選び、複数のアジア人女性と交際しているとか。
「差別がなくならない」ことには私も同意します。私自身は激しい差別を受けたことはありませんが、海外では、上述した例のように、バーやクラブなどで「白人男性から差別的なまなざしを向けられた......」と感じたことは何度かあります。
西洋人から日本人が差別的な扱いを受けたという話はコロナ禍以降に急増しました。なかには「差別されることが辛くなって帰国した」という人もいます。いまだにバブル時代を引きずって「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を信じているおめでたい人もいますが、もはや世界は日本をそんなに優れた国とは思っていません。たしかに、かつてのタイを含めたいくつかのアジア諸国では日本人というだけでチヤホヤされていた時代がありましたが、すでに遠い過去の話です。
差別がなくならない理由のひとつは、おそらく人間は「他者との差」を意識せずにはいられない生き物だからでしょう。「あなたと私はここが違う」だけでは差別になりませんが、「あなたと私を比べると私の方が"上"だ」と考えるから差別が生まれるわけです。それが背の高さであったり、学歴であったり、病気の有無だったり、けんかの強さであったり、収入や試算の差であったり、国籍や人種の違いであったりするわけです。
極端に卑屈になる必要はありませんが、おしなべて言えば世界でみれば日本人は"下"に見られることが少なくなく、差別されているのが現実です。それを認識することで、差別がなくならないのは事実だとしても、「差別が馬鹿らしいこと」が理解できるのではないでしょうか。そして、それができれば自分が"下"にみていた人に敬意がもてるようになるかもしれません。
私の場合、タイのエイズ患者さんから多くの悲惨な話を聞いて、それに耐えてきたことに敬意を払うようになり、そして自分が医師で目の前の人が患者なのは自分が単に運がいいだけのことであって、目の前の患者さんより優れているわけでもなんでもないということがよく分かりました。それを理解したとき、「世の中の差別がなくならないのだとしたら私は『差別をする人』を差別してやろう」と考えるようになったのです。
また、正確な知識が知られておらず、「HIVは空気感染する」などと今では考えられないようなことが世間では信じられていて、感染者からは「食堂に入るとフォークを投げつけられて追い出された」「バスから引きずりおろされた」「石を投げられ村から追放された」「家族からも見放された」といった声を繰り返し聞きました。
なぜ私は「HIV/AIDSに本格的に関わりたい」と考えたのか。「もうすぐ薬が手に入るようになるから死から救える」と思ったのも理由のひとつですし、「さまざまな痛みや絶望感などを取り除きたい」と考えたのも事実です。ですが、一番大きかったのは「このような差別からこの人たちを救いたい」という強い気持ちが心の底から湧いてきたからです。
それ以来「HIV陽性者に対する差別を許してはならない」ということを私はいろんなところでもう20年以上主張し続けています。その私の意見を聞かされた人たちはほぼ全員が同意してくれて、それはありがたいのですが、ごく一部の人を除いて、私と同じようにNPO法人を立ち上げる人はいませんし、差別について他人に繰り返し説くようなことはしません。
では、なぜ私は「差別を許せない」とこれほどまでに強く思い続けているのか。実はこの答えは今も分かりません。「私もひどい差別を受けたことがあるから」というのであれば理解しやすいのですが、私自身は人格や人間性を否定されるほどの被差別体験はありません。ならば、私はエイズ患者のようにひどい差別を受けた人たちに対して感情移入しすぎているのでしょうか。その答えは分かりませんが、私が差別に対して「敏感」なのは間違いなさそうです。
私は医師ですから、日頃患者さんから差別を受けたという辛い話を聞く機会が少なくありません。HIV陽性者の人から聞くことも多く、「会社に知られて退職させられた」「家族が理解してくれず縁を切られた」といった話を聞くと、哀しみと怒りが入り混じった複雑な気持ちになって、この感情はなかなかおさまりません。
HIVだけではありません。身体的な障害、知的あるいは精神的な障害のせいで差別を受けた人からも話を聞きます。また、あまり語られることはないかもしれませんが、普通に仕事や勉強をしている慢性疾患を有している人たちも、なかなか他人には理解してもらえないような差別に苦しんでいることがあります。慢性疾患とは、糖尿病(特に1型糖尿病)、関節リウマチ、潰瘍性大腸炎、アトピー性皮膚炎などです。
セクシャルマイノリティに対する差別はこれまでさんざん当事者の人たちから話を聞いてきたこともあり、私自身はストレートでありますが、その苦しみの一部は理解できるつもりです。女性差別についても、特に性被害の話を聞いたときにはある種の被差別感をわずかではありますが分かるようになってきました。
「差別はなくならない」あるいは「差別をするのが人間だ」、さらには「誰もがどこかで差別をしている」という人もいます。こういった考えについてはここでは深入りしませんが、こういう表現を聞いたときに私がいつも感じるのは「あなた自身は本当の差別に苦しんだことがあるのですか?」ということです。
というのは「差別はどこにでもある」と言う人は数多くいますが、私は日本人の(特に日本人男性の)大半は差別されたと自覚した経験がないのでは?と感じるからです。それはそれで"おめでたいこと"であって、幸せなのかもしれず、そのまま人生を終わるならそれでいいのかもしれません。よって、そういった人たちに私がこのようなことを言うのは「余計なお世話」なのかもしれませんが、「あなたが気付いていないだけで、あなたもいつ嫌な思いをするかもしれないし、実際すでに差別されてますよ」と言いたくなることがあります。
それをよく感じるのが「タイで偉そうにしている日本人(ほとんどが中年男性)を見たとき」です。短パン、ビーチサンダルなどのラフな格好で、タイ人の男女に偉そうに話している日本人をしばしば見かけます。あきらかにタイ人は困っているのにそんなことには目もくれず無茶なことを言うのです。彼らが「タイ人は日本人よりも劣っている」と考えていることが態度や言葉からよく分かります。
他方、欧米に長く住んでいた人たちと話をすると、多かれ少なかれ被差別的な体験をしていることが分かります。紳士・淑女の国々ではビジネスの現場で差別を受けることはさほどないかもしれません。ですが、例えば夜の街で「ジャップ」と日本人を卑下する言葉を吐かれ、ひどい場合は「国へ帰れ」とか「消えろ」などと言われた体験のある人も少なくありません。
日本人の女性は世界中どこに行ってもよくモテるためにパートナー探しに不自由しません。ですが、よくよく聞いてみると、相手の男性から差別的な発言をされたりモノのような扱いを受けたりしたことがあるという女性が少なくありません。「(西洋人の彼が)日本人の私を選んだのは私が愛されているからではなく日本人(もしくはアジア人)に対するフェティシズムからだ」というような話を、これまで私は何人かの日本人女性から聞きました。実際、そういう西洋の男性たちは、次から次へと日本人(またはアジア人)をパートナーに選び、複数のアジア人女性と交際しているとか。
「差別がなくならない」ことには私も同意します。私自身は激しい差別を受けたことはありませんが、海外では、上述した例のように、バーやクラブなどで「白人男性から差別的なまなざしを向けられた......」と感じたことは何度かあります。
西洋人から日本人が差別的な扱いを受けたという話はコロナ禍以降に急増しました。なかには「差別されることが辛くなって帰国した」という人もいます。いまだにバブル時代を引きずって「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を信じているおめでたい人もいますが、もはや世界は日本をそんなに優れた国とは思っていません。たしかに、かつてのタイを含めたいくつかのアジア諸国では日本人というだけでチヤホヤされていた時代がありましたが、すでに遠い過去の話です。
差別がなくならない理由のひとつは、おそらく人間は「他者との差」を意識せずにはいられない生き物だからでしょう。「あなたと私はここが違う」だけでは差別になりませんが、「あなたと私を比べると私の方が"上"だ」と考えるから差別が生まれるわけです。それが背の高さであったり、学歴であったり、病気の有無だったり、けんかの強さであったり、収入や試算の差であったり、国籍や人種の違いであったりするわけです。
極端に卑屈になる必要はありませんが、おしなべて言えば世界でみれば日本人は"下"に見られることが少なくなく、差別されているのが現実です。それを認識することで、差別がなくならないのは事実だとしても、「差別が馬鹿らしいこと」が理解できるのではないでしょうか。そして、それができれば自分が"下"にみていた人に敬意がもてるようになるかもしれません。
私の場合、タイのエイズ患者さんから多くの悲惨な話を聞いて、それに耐えてきたことに敬意を払うようになり、そして自分が医師で目の前の人が患者なのは自分が単に運がいいだけのことであって、目の前の患者さんより優れているわけでもなんでもないということがよく分かりました。それを理解したとき、「世の中の差別がなくならないのだとしたら私は『差別をする人』を差別してやろう」と考えるようになったのです。
第206回(2023年8月) 多くの日本人は差別されたことがないのでは?
私が「HIV/AIDSに本格的に関わりたい」と思ったのは、初めてエイズの患者さんを診たときで、本サイトで繰り返し紹介しているタイのロッブリー県のWat Phrabhatnamphu(パバナプ寺)です。2002年、当時のタイでは抗HIV薬がまだ使われておらず「HIV感染=死の宣告」でした。
また、正確な知識が知られておらず、「HIVは空気感染する」などと今では考えられないようなことが世間では信じられていて、感染者からは「食堂に入るとフォークを投げつけられて追い出された」「バスから引きずりおろされた」「石を投げられ村から追放された」「家族からも見放された」といった声を繰り返し聞きました。
なぜ私は「HIV/AIDSに本格的に関わりたい」と考えたのか。「もうすぐ薬が手に入るようになるから死から救える」と思ったのも理由のひとつですし、「さまざまな痛みや絶望感などを取り除きたい」と考えたのも事実です。ですが、一番大きかったのは「このような差別からこの人たちを救いたい」という強い気持ちが心の底から湧いてきたからです。
それ以来「HIV陽性者に対する差別を許してはならない」ということを私はいろんなところでもう20年以上主張し続けています。その私の意見を聞かされた人たちはほぼ全員が同意してくれて、それはありがたいのですが、ごく一部の人を除いて、私と同じようにNPO法人を立ち上げる人はいませんし、差別について他人に繰り返し説くようなことはしません。
では、なぜ私は「差別を許せない」とこれほどまでに強く思い続けているのか。実はこの答えは今も分かりません。「私もひどい差別を受けたことがあるから」というのであれば理解しやすいのですが、私自身は人格や人間性を否定されるほどの被差別体験はありません。ならば、私はエイズ患者のようにひどい差別を受けた人たちに対して感情移入しすぎているのでしょうか。その答えは分かりませんが、私が差別に対して「敏感」なのは間違いなさそうです。
私は医師ですから、日頃患者さんから差別を受けたという辛い話を聞く機会が少なくありません。HIV陽性者の人から聞くことも多く、「会社に知られて退職させられた」「家族が理解してくれず縁を切られた」といった話を聞くと、哀しみと怒りが入り混じった複雑な気持ちになって、この感情はなかなかおさまりません。
HIVだけではありません。身体的な障害、知的あるいは精神的な障害のせいで差別を受けた人からも話を聞きます。また、あまり語られることはないかもしれませんが、普通に仕事や勉強をしている慢性疾患を有している人たちも、なかなか他人には理解してもらえないような差別に苦しんでいることがあります。慢性疾患とは、糖尿病(特に1型糖尿病)、関節リウマチ、潰瘍性大腸炎、アトピー性皮膚炎などです。
セクシャルマイノリティに対する差別はこれまでさんざん当事者の人たちから話を聞いてきたこともあり、私自身はストレートでありますが、その苦しみの一部は理解できるつもりです。女性差別についても、特に性被害の話を聞いたときにはある種の被差別感をわずかではありますが分かるようになってきました。
「差別はなくならない」あるいは「差別をするのが人間だ」、さらには「誰もがどこかで差別をしている」という人もいます。こういった考えについてはここでは深入りしませんが、こういう表現を聞いたときに私がいつも感じるのは「あなた自身は本当の差別に苦しんだことがあるのですか?」ということです。
というのは「差別はどこにでもある」と言う人は数多くいますが、私は日本人の(特に日本人男性の)大半は差別されたと自覚した経験がないのでは?と感じるからです。それはそれで"おめでたいこと"であって、幸せなのかもしれず、そのまま人生を終わるならそれでいいのかもしれません。よって、そういった人たちに私がこのようなことを言うのは「余計なお世話」なのかもしれませんが、「あなたが気付いていないだけで、あなたもいつ嫌な思いをするかもしれないし、実際すでに差別されてますよ」と言いたくなることがあります。
それをよく感じるのが「タイで偉そうにしている日本人(ほとんどが中年男性)を見たとき」です。短パン、ビーチサンダルなどのラフな格好で、タイ人の男女に偉そうに話している日本人をしばしば見かけます。あきらかにタイ人は困っているのにそんなことには目もくれず無茶なことを言うのです。彼らが「タイ人は日本人よりも劣っている」と考えていることが態度や言葉からよく分かります。
他方、欧米に長く住んでいた人たちと話をすると、多かれ少なかれ被差別的な体験をしていることが分かります。紳士・淑女の国々ではビジネスの現場で差別を受けることはさほどないかもしれません。ですが、例えば夜の街で「ジャップ」と日本人を卑下する言葉を吐かれ、ひどい場合は「国へ帰れ」とか「消えろ」などと言われた体験のある人も少なくありません。
日本人の女性は世界中どこに行ってもよくモテるためにパートナー探しに不自由しません。ですが、よくよく聞いてみると、相手の男性から差別的な発言をされたりモノのような扱いを受けたりしたことがあるという女性が少なくありません。「(西洋人の彼が)日本人の私を選んだのは私が愛されているからではなく日本人(もしくはアジア人)に対するフェティシズムからだ」というような話を、これまで私は何人かの日本人女性から聞きました。実際、そういう西洋の男性たちは、次から次へと日本人(またはアジア人)をパートナーに選び、複数のアジア人女性と交際しているとか。
「差別がなくならない」ことには私も同意します。私自身は激しい差別を受けたことはありませんが、海外では、上述した例のように、バーやクラブなどで「白人男性から差別的なまなざしを向けられた......」と感じたことは何度かあります。
西洋人から日本人が差別的な扱いを受けたという話はコロナ禍以降に急増しました。なかには「差別されることが辛くなって帰国した」という人もいます。いまだにバブル時代を引きずって「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を信じているおめでたい人もいますが、もはや世界は日本をそんなに優れた国とは思っていません。たしかに、かつてのタイを含めたいくつかのアジア諸国では日本人というだけでチヤホヤされていた時代がありましたが、すでに遠い過去の話です。
差別がなくならない理由のひとつは、おそらく人間は「他者との差」を意識せずにはいられない生き物だからでしょう。「あなたと私はここが違う」だけでは差別になりませんが、「あなたと私を比べると私の方が"上"だ」と考えるから差別が生まれるわけです。それが背の高さであったり、学歴であったり、病気の有無だったり、けんかの強さであったり、収入や試算の差であったり、国籍や人種の違いであったりするわけです。
極端に卑屈になる必要はありませんが、おしなべて言えば世界でみれば日本人は"下"に見られることが少なくなく、差別されているのが現実です。それを認識することで、差別がなくならないのは事実だとしても、「差別が馬鹿らしいこと」が理解できるのではないでしょうか。そして、それができれば自分が"下"にみていた人に敬意がもてるようになるかもしれません。
私の場合、タイのエイズ患者さんから多くの悲惨な話を聞いて、それに耐えてきたことに敬意を払うようになり、そして自分が医師で目の前の人が患者なのは自分が単に運がいいだけのことであって、目の前の患者さんより優れているわけでもなんでもないということがよく分かりました。それを理解したとき、「世の中の差別がなくならないのだとしたら私は『差別をする人』を差別してやろう」と考えるようになったのです。
また、正確な知識が知られておらず、「HIVは空気感染する」などと今では考えられないようなことが世間では信じられていて、感染者からは「食堂に入るとフォークを投げつけられて追い出された」「バスから引きずりおろされた」「石を投げられ村から追放された」「家族からも見放された」といった声を繰り返し聞きました。
なぜ私は「HIV/AIDSに本格的に関わりたい」と考えたのか。「もうすぐ薬が手に入るようになるから死から救える」と思ったのも理由のひとつですし、「さまざまな痛みや絶望感などを取り除きたい」と考えたのも事実です。ですが、一番大きかったのは「このような差別からこの人たちを救いたい」という強い気持ちが心の底から湧いてきたからです。
それ以来「HIV陽性者に対する差別を許してはならない」ということを私はいろんなところでもう20年以上主張し続けています。その私の意見を聞かされた人たちはほぼ全員が同意してくれて、それはありがたいのですが、ごく一部の人を除いて、私と同じようにNPO法人を立ち上げる人はいませんし、差別について他人に繰り返し説くようなことはしません。
では、なぜ私は「差別を許せない」とこれほどまでに強く思い続けているのか。実はこの答えは今も分かりません。「私もひどい差別を受けたことがあるから」というのであれば理解しやすいのですが、私自身は人格や人間性を否定されるほどの被差別体験はありません。ならば、私はエイズ患者のようにひどい差別を受けた人たちに対して感情移入しすぎているのでしょうか。その答えは分かりませんが、私が差別に対して「敏感」なのは間違いなさそうです。
私は医師ですから、日頃患者さんから差別を受けたという辛い話を聞く機会が少なくありません。HIV陽性者の人から聞くことも多く、「会社に知られて退職させられた」「家族が理解してくれず縁を切られた」といった話を聞くと、哀しみと怒りが入り混じった複雑な気持ちになって、この感情はなかなかおさまりません。
HIVだけではありません。身体的な障害、知的あるいは精神的な障害のせいで差別を受けた人からも話を聞きます。また、あまり語られることはないかもしれませんが、普通に仕事や勉強をしている慢性疾患を有している人たちも、なかなか他人には理解してもらえないような差別に苦しんでいることがあります。慢性疾患とは、糖尿病(特に1型糖尿病)、関節リウマチ、潰瘍性大腸炎、アトピー性皮膚炎などです。
セクシャルマイノリティに対する差別はこれまでさんざん当事者の人たちから話を聞いてきたこともあり、私自身はストレートでありますが、その苦しみの一部は理解できるつもりです。女性差別についても、特に性被害の話を聞いたときにはある種の被差別感をわずかではありますが分かるようになってきました。
「差別はなくならない」あるいは「差別をするのが人間だ」、さらには「誰もがどこかで差別をしている」という人もいます。こういった考えについてはここでは深入りしませんが、こういう表現を聞いたときに私がいつも感じるのは「あなた自身は本当の差別に苦しんだことがあるのですか?」ということです。
というのは「差別はどこにでもある」と言う人は数多くいますが、私は日本人の(特に日本人男性の)大半は差別されたと自覚した経験がないのでは?と感じるからです。それはそれで"おめでたいこと"であって、幸せなのかもしれず、そのまま人生を終わるならそれでいいのかもしれません。よって、そういった人たちに私がこのようなことを言うのは「余計なお世話」なのかもしれませんが、「あなたが気付いていないだけで、あなたもいつ嫌な思いをするかもしれないし、実際すでに差別されてますよ」と言いたくなることがあります。
それをよく感じるのが「タイで偉そうにしている日本人(ほとんどが中年男性)を見たとき」です。短パン、ビーチサンダルなどのラフな格好で、タイ人の男女に偉そうに話している日本人をしばしば見かけます。あきらかにタイ人は困っているのにそんなことには目もくれず無茶なことを言うのです。彼らが「タイ人は日本人よりも劣っている」と考えていることが態度や言葉からよく分かります。
他方、欧米に長く住んでいた人たちと話をすると、多かれ少なかれ被差別的な体験をしていることが分かります。紳士・淑女の国々ではビジネスの現場で差別を受けることはさほどないかもしれません。ですが、例えば夜の街で「ジャップ」と日本人を卑下する言葉を吐かれ、ひどい場合は「国へ帰れ」とか「消えろ」などと言われた体験のある人も少なくありません。
日本人の女性は世界中どこに行ってもよくモテるためにパートナー探しに不自由しません。ですが、よくよく聞いてみると、相手の男性から差別的な発言をされたりモノのような扱いを受けたりしたことがあるという女性が少なくありません。「(西洋人の彼が)日本人の私を選んだのは私が愛されているからではなく日本人(もしくはアジア人)に対するフェティシズムからだ」というような話を、これまで私は何人かの日本人女性から聞きました。実際、そういう西洋の男性たちは、次から次へと日本人(またはアジア人)をパートナーに選び、複数のアジア人女性と交際しているとか。
「差別がなくならない」ことには私も同意します。私自身は激しい差別を受けたことはありませんが、海外では、上述した例のように、バーやクラブなどで「白人男性から差別的なまなざしを向けられた......」と感じたことは何度かあります。
西洋人から日本人が差別的な扱いを受けたという話はコロナ禍以降に急増しました。なかには「差別されることが辛くなって帰国した」という人もいます。いまだにバブル時代を引きずって「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を信じているおめでたい人もいますが、もはや世界は日本をそんなに優れた国とは思っていません。たしかに、かつてのタイを含めたいくつかのアジア諸国では日本人というだけでチヤホヤされていた時代がありましたが、すでに遠い過去の話です。
差別がなくならない理由のひとつは、おそらく人間は「他者との差」を意識せずにはいられない生き物だからでしょう。「あなたと私はここが違う」だけでは差別になりませんが、「あなたと私を比べると私の方が"上"だ」と考えるから差別が生まれるわけです。それが背の高さであったり、学歴であったり、病気の有無だったり、けんかの強さであったり、収入や試算の差であったり、国籍や人種の違いであったりするわけです。
極端に卑屈になる必要はありませんが、おしなべて言えば世界でみれば日本人は"下"に見られることが少なくなく、差別されているのが現実です。それを認識することで、差別がなくならないのは事実だとしても、「差別が馬鹿らしいこと」が理解できるのではないでしょうか。そして、それができれば自分が"下"にみていた人に敬意がもてるようになるかもしれません。
私の場合、タイのエイズ患者さんから多くの悲惨な話を聞いて、それに耐えてきたことに敬意を払うようになり、そして自分が医師で目の前の人が患者なのは自分が単に運がいいだけのことであって、目の前の患者さんより優れているわけでもなんでもないということがよく分かりました。それを理解したとき、「世の中の差別がなくならないのだとしたら私は『差別をする人』を差別してやろう」と考えるようになったのです。











