GINAと共に

第199回(2023年1月) 薬物で堕ちていく米国

 米国のどちらの政党を支持するかと問われたとして、私の周囲ではほとんどが民主党なのですが、なかには共和党と答える日本人も少なくないでしょう。実際、トランプ元大統領の熱心な"信者"も少なくないと聞きます。

 では「米国のように(事実上)誰もが銃を所持できる社会が望ましい」と考える日本人はどれだけいるでしょう。ゼロではないでしょうが、共和党の熱狂的な支持者であったとしても誰もが銃を持てる社会を歓迎するという人はそう多くないでしょう。なにしろ2022年のマスシューティング(こんな言葉が存在するのがおかしいと私は思いますが、定義は「4人以上(自分を含まない)をその場で銃殺した事件」です)の件数はなんと735件、平均すると毎日2件以上起こっている計算となります。今年(2023年)になってからは、1月6日、バージニア州の小学校で6歳の男児が銃を発砲し、25歳の女性教師が重症を負いました。

 かつては大勢の日本人が米国を「憧れの国」と考えていました。いえ、今もかなり多くの日本人は米国が大好きなのではないでしょうか。しかし、こんなにも命が軽視されている国を我々は目標としてきたのでしょうか......。

 さて、今回は「大麻」の話。大麻は過去に何度も取り上げています。医療用大麻はもちろん、娯楽用大麻も世界的に解禁されてきているという話を繰り返ししました。最後に大麻をメインに取り上げたのは2021年4月「これからの「大麻」の話をしよう~その4~」でしたから、およそ2年ぶりになります。冒頭で銃の話題を取り上げたのは「米国では銃と同じように大麻が社会に浸透しすぎていて取り返しのつかないところにまで来ている」と指摘したいからです。

 6歳の小学生男児が25歳の女性教師を銃で撃つのも明らかに狂っていますが、では、小児が大麻を摂取するような社会はどうでしょうか。米国ではすでにそんな社会になってしまっています。もちろん、小児が水パイプを使ったり、ジョイント(タバコのように巻いたもの)を吸ったりするわけではありません。ほとんどが大麻入りの食品を口にしてしまう偶発的な"事故"です。

 医学誌「Pediatrics」によると、2017年から2021年の間に、小児が大麻入りの食品を誤って摂取したと報告されたケースは合計7,043件です。注目すべきはその増加ぶりで、2017年には207件だったところ、2021年には3,054件と1375%も増加しています。ほとんど(97.7%)は住宅内で起こっています。22.7%は入院治療を必要としました。

 GINAと共に第97回「これからの「大麻」の話をしよう」でお伝えしたように、米国で娯楽用大麻が最初に解禁となったのは、2012年のコロラド州とワシントン州でした。その後次々と多くの州で合法化されるようになり、2022年11月にはメリーランド州とミズーリ州で合法化が決まりました。現在は合計21の州(*1)とワシントンDC、それにグアムでも合法化されています。

 すでに半数近くの州で娯楽用大麻が認められているのです(医療用大麻は50州中38州で合法です)。これからも認可される州が増えるのは間違いないでしょう。いえ、居住している州では違法であったとしても、ほとんどの人が隣の州に出れば合法となるわけですから、合法化される州が増えなくても米国に住んでいて大麻を摂取できないなんてことはすでにないわけです。

 先に少し述べたように、"従来の"大麻吸入法としては水パイプとジョイントが一般的です。それ以外にも「食品に入れる」という方法も以前からありましたが、この場合大量の大麻が必要となりますから、余程供給量が豊富な地域でなければ困難です。一方、安くて供給量の多い地域ではこういう摂取法が以前から普及していました。たとえばプノンペンには「ハッピーピザ」と呼ばれる大麻が大量に入った名物(?)ピザがありますし、インドのバラナシで通称「バングラッシー」と呼ばれているラッシーにも大量の大麻が含まれています。

 他方、違法である国では当然仕入れ値が高くなるわけですから、効率の悪い経口摂取ではなく、効果的に摂取できる「吸入」が好まれるわけです。もしも日本で大麻を食品に混ぜて摂取すれば、それは非常に"もったいない"わけです。

 米国ではすでに多くの州で合法化されているのですから、すでに大麻は立派な「商品」です。販売して利益が出れば税金を払わねばなりませんし、大麻販売会社としてはたくさん売って利益を出さねば倒産してしまいますから、マーケティングに力をいれ、ライバル会社に勝たねばなりません。このような状態になると何が起こるか。各社はコストパフォーマンスを競い、また味覚でも勝負します。すると、値段はどんどん安くなり、吸入のような面倒くさい製品よりも、大麻を含んだ食品の販売に力を注ぐようになります。

 これが加速するとどうなるか。味をよくします。報道によると、パイナップル、グレープフルーツ、シリアルミルク、さらにはストロベリーチーズケーキ、マンゴー、クッキー・アンド・クリームといったフレーバーの大麻もすでに商品化されています。

 興味深いことに、娯楽用大麻が早くから合法化されていたカリフォルニア州、マサチューセッツ州、ニュージャージー州、ニューヨーク州、ロードアイランド州などでは、フレーバー付きタバコ製品は禁止されています。 にもかかわらず米国は(おそらくすべての州で)大麻のフレーバーは禁止されていないのです。

 先に紹介した医学誌「Pediatrics」の別の論文には、米国の小児の電子タバコや液体ニコチンの誤嚥事故について報告されています。論文によると、小児がこれらタバコ製品を誤嚥するのは年間2,000~2,500件程度です。ということは、(大麻は2021年に3,054件ですから)小児の大麻誤嚥事故はタバコのそれを凌いでいることになります。

 これには驚かされますが、当然といえば当然かもしれません。GALLUPの2022年8月26日の報告によると、現在米国人の11%が喫煙しているのに対し、大麻を使用しているのは16%、すでにタバコを上回っているのです。過去の摂取状況を比べてみても、調査によればタバコは3分の1に喫煙歴があるのに対し、大麻は48%とほぼ2人に1人です。成人がすでにタバコよりも大麻に馴染みがあるわけですから、自宅に置いてあるこれらを小児が誤嚥する事故もタバコよりも大麻が多いのは当然と言えます。しかも甘くておいしい味がついているのですから。

 尚、このような悲劇はカナダでも起こっています。報道によると、2022年10月ハロウィンのパーティで大麻入りキャンディを誤って食べた11歳の女子が救急搬送されました。尚、カナダは2018年に全国で娯楽用大麻が合法化されています。

 大麻以外の依存性のある薬物の米国の状況をみてみましょう。2019年5月にデンバーでマジックマッシュルームが合法化されたことは過去のコラム「デンバーでマジックマッシュルームが合法化」で述べました。さらに、カリフォルニア州の一部やオレゴン州全域でも合法化されたことも別のコラム「マジックマッシュルームは精神疾患の治療薬となるか」で紹介しました。

 麻酔薬としても使われるケタミンは幻覚をみることに加え強い抗うつ作用があります。2019年からはEsketamineという製品名の鼻スプレータイプが米国とカナダで処方されています。現在は錠剤タイプもあります。米国では処方されるのに医師と対面する必要はなく、オンライン処方で入手可能です。Washington Postの取材に答えたある医師はすでに3千人に処方しているそうです。安全性についても問題がないようで、この医師は「乱用しそうなのは(3千人中)2人のみ」と述べています。
 
 The Economistによると、米国では今年(2023年)中にMDMAがFDAに承認される可能性があります。また、New York TimesによるとLSDも精神症状の治療薬として登場する可能性があります。過去に散々述べたように(例えば「本当に危険な麻薬(オピオイド)」)、米国では麻薬汚染が深刻で、CDCによると、2021年に米国で薬物の過剰摂取による死亡者は推定107,622人で、2020年の推定93,655人から約15%増加しています。

 かつて大勢の日本人にとって憧れの国だった米国はこんなにも変わり果ててしまったのです......。

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*1 21の州は次の通りです。合法化された順です。
コロラド州、ワシントン州、アラスカ州、オレゴン州、(ワシントンDC)、カリフォルニア州、メイン州、マサチューセッツ州、ネバダ州、ミシガン州、バーモント州、(グアム)、イリノイ州、アリゾナ州、モンタナ州、ニュージャージー州、ニューヨーク州、バージニア州、ニューメキシコ州、コネチカット州、ロードアイランド州、メリーランド州、ミズーリ州

ちなみに、医療用大麻はほとんどの州で合法化されていて、現時点(2023年1月)で認められていないのは次の12州だけです。
アイダホ州、ワイオミング州、ウィスコンシン州、アイオワ州、ネブラスカ州、インディアナ州、ケンタッキー州、テネシー州、ノースカロライナ州、サウスカロライナ州、アラバマ州、ジョージア州、