GINAと共に
第193回(2022年7月) 中絶禁止の米国よりも中絶が困難な日本の現状
2022年7月23日、WHO(世界保健機関)はモンキーポックス(サル痘)に対して、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(Public Health Emergency of International Concern)」、いわゆる「緊急事態宣言」を発令しました。
現時点でモンキーポックス感染者の99%はMSM(男性と性行為をもつ男性)と報道されていますが、米国では小児及びシスジェンダーの女性への感染者も確認されています。ストレートの男女に感染者が増え始めるのも時間の問題でしょう。女性に感染し妊娠すれば(あるいは女性が妊娠してから感染すれば)母子感染のリスクも出てきます。
今回のテーマはモンキーポックスではなく「中絶」です。2022年6月24日、米国では歴史を大きく転換させる中絶に関する判決が出ました。まずは米国の中絶に関する歴史を整理してみましょう。
・1973年、米国最高裁判所が「中絶は合憲」との判決を下した。裁判を起こしたのは「ロー」という名前(仮名)の女性。中絶手術を受けたことで罪を問われていたために「中絶禁止は違憲だ」と訴えを起こしていた。この判決(ロー判決)を「ロー対ウェイド事件」とも呼ぶ。
・ロー判決により、米国では「妊娠24週目までの中絶手術」は合法と認められた。
・1992年、「ロー判決を覆すかもしれない」と言われていたケイシー訴訟と呼ばれる訴訟があった。当初の予想に反して、判決(ケイシー判決)はロー判決を踏襲するもので、依然中絶は合法であることが確認された。
・ロー判決の主役の中絶した女性ローは、後にプロライフ派(中絶反対派のこと、賛成派をプロチョイス派と呼ぶ)に転じた。ロー裁判を起こしたのも自分の意思ではなく、プロチョイス派の弁護士にかつがれただけだ、と言い出した。2005年にはロー判決の最高裁判決の見直しを求める申し立てをおこなった。
・2022年5月3日、米国のメディア「POLITICO」が、「ロー判決は覆る」とする内容の最高裁で用いられる草稿を入手しスクープした。これはサミュエル・アリートという最高裁判事が2022年2月に執筆したもの。
・POLITICOが入手した草稿は「ドブス対ジャクソン・ウイミンズ病院(Dobbs v. Jackson Women's Health Organization)」の裁判に対するもので、判決は6月24日に出されることになった。
・2022年6月24日、POLITICOの報道の通り、米国最高裁判所はロー対ウェイド事件を覆し「人工中絶は憲法上の権利ではない」とした。
中絶が禁止となると考えなければならない問題のひとつは「レイプの被害時にどうするのか」です。私が院長を務める太融寺町谷口医院(以下、谷口医院)でも、年に数人から数十人の女性が「緊急避妊希望」で受診されます。パートナーとの性交渉時にコンドームが破損した、という場合もありますが、多いのは「レイプの被害」です。ちなみに、この場合はHIVの曝露後予防(PEP)も緊急避妊と同時におこないます。
緊急避妊は100%成功するものではありません。谷口医院の歴史でも過去15年半で、きちんと緊急避妊の薬を飲んだのにもかかわらず失敗(妊娠)した女性が2人います(ちなみに失敗した2例はいずれもヤッペ法で、LNG法での失敗例はゼロ)。
米国の判決は、正確には「妊娠6週以降の中絶禁止」ですから「緊急避妊」が禁止されるわけではありません。ですが、緊急避妊は100%成功する保証はありませんし、早さが勝負の緊急避妊は治療(薬の内服)が遅れれば失敗(妊娠)してしまいます。妊娠が確定するのはだいたい5週目以降ですから「6週以内」となると、「妊娠発覚時にすでに6週目になっていた」といったことも起こり得ます。また、医療機関に容易にアクセスできない場合はリスクが上がります。そして、私が恐れていたことがすでに起こっていました。
米国最高裁判所がロー対ウェイド事件を覆す判決を出してからまだ1週間もたっていない6月30日、オハイオ州の10歳の少女がインディアナ州に移動して、レイプで妊娠した胎児の中絶手術を受けました。オハイオ州では最高裁判所の判決を受け、中絶手術が違法とされ、そのため少女は州を出なければならなくなったのです。
私はタイで母子感染によりHIVに感染した子供たちをたくさんみてきました。彼(女)らは生まれたときから身体が小さかったり、どこかに傷害を抱えていたりします。タイでは最近になってようやく妊娠12週以内であれば中絶手術が合法となりましたが、以前は違法でした。そのため母子感染した可能性があると分かっていながら出産するしかなかった女性が少なくなかったのです。ちなみに日本では21週目と6日目までなら合法です。
中絶に反対する人たちは「生まれてくる赤ちゃんの権利」といった言葉を持ち出しますが、その赤ちゃんの感染症のリスクを考えているのか、私には大いに疑問です。レイプで妊娠したその赤ちゃんがHIV陽性ということも当時のタイでは実際にあったのです。
おそらく多くの日本人が米国最高裁のロー判決を覆したこの判決を疑問に感じているのではないでしょうか。では、21週と6日目までの中絶が合法の日本は世界からどのように思われているのでしょう。女性の権利を大切にしている民主的な国家と思われているのでしょうか。実際はその逆です。日本の法律には世界から理解しがたい点があるのです。その最大の理由は、日本では中絶に「配偶者の同意が必要なこと」です。
2022年6月14日のWashington Postの記事「日本では中絶は合法だがほとんどの女性は配偶者の同意が求められる(In Japan, abortion is legal ? but most women need their husband's consent)」によると、現在、中絶の際に配偶者の同意が必要なのは日本以外に10か国(シリア、イエメン、サウジアラビア、クウェート、赤道ギニア、UAE、台湾、インドネシア、トルコ、モロッコ)ありますが、G7では日本のみです。韓国も過去には配偶者の同意が必要でしたがこの規則は2020年に撤廃されています。「国連女性差別撤廃委員会(The U.N. Committee on the Elimination of Discrimination Against Women)」は、日本に対し配偶者同意の撤廃を求めています。また、日本では、現在安全性が確立されて世界の多くの地域で使われている経口中絶薬がいまだに許可されていません。
こういったルールが強制された結果、何が起こるでしょう。母親による嬰児殺害です。同記事によれば、2018年に1歳未満の乳幼児を殺害した事件は28件、うち7人は生まれたその日に殺されています。また、2022年に母親が新生児を公共の場に遺棄した事件は、6月の時点で少なくとも6件あります。
私自身はこれらの事件を直接知っているわけではありませんが、過去に谷口医院の若い未婚の女性の患者さんが嬰児殺害で逮捕されたことがあります。警察から電話がかかってきて私自身も事情聴取されました。谷口医院の患者さんが事件の加害者ということは時々あるのですが、通常私は事件の詳細を聞きません。聞くべきでないような気がするからです。
しかし、このときは警察官にこの女性がどのような罪で逮捕されたのかを聞かずにはいられませんでした。その理由は、真面目で何事にも一生懸命なその女性が刑事事件を起こすとは到底思えなかったからです。警察官から嬰児殺害と聞いて「彼女なりにいろんなことを考えてそうする以外に方法はなかったのだろう」と感じました。おそらく嬰児殺害に至った女性のほとんどは配偶者がいない未婚の状態で、誰にも相談できなかったのではないでしょうか。
ところで、「未婚だから配偶者の同意が得られず中絶できない」は正しいのでしょうか。そんなことはありません。2013年、厚労省は「未婚の場合は配偶者の同意は不要」との見解を公表しています。ちなみに2021年3月には、「夫からDVを受けるなど婚姻関係が実質破綻し、同意を得ることが困難な場合、本人の同意だけでよい」との見解も示しています。
2020年6月2日、愛知県西尾市の公園で市の職員がポリ袋に入れられた男児の遺体を発見しました。4日後に元看護学生の女性が逮捕されました。男児の父親は小学校の同級生。報道によると、その男性は中絶同意書にサインすることを約束したものの、その後連絡がつかなくなりました。女性は受診した病院で「男性の同意書がないと中絶ができない」と言われ、さらに複数の医療機関に交渉するも、そのすべてから断られたのです。
日本では厚労省が許可しているのにもかかわらず、医療者や医療機関が中絶に配偶者(胎児の父親)の同意書を強制しているのです。これが女性の権利を踏みにじる行為と言えば言い過ぎでしょうか......。
現時点でモンキーポックス感染者の99%はMSM(男性と性行為をもつ男性)と報道されていますが、米国では小児及びシスジェンダーの女性への感染者も確認されています。ストレートの男女に感染者が増え始めるのも時間の問題でしょう。女性に感染し妊娠すれば(あるいは女性が妊娠してから感染すれば)母子感染のリスクも出てきます。
今回のテーマはモンキーポックスではなく「中絶」です。2022年6月24日、米国では歴史を大きく転換させる中絶に関する判決が出ました。まずは米国の中絶に関する歴史を整理してみましょう。
・1973年、米国最高裁判所が「中絶は合憲」との判決を下した。裁判を起こしたのは「ロー」という名前(仮名)の女性。中絶手術を受けたことで罪を問われていたために「中絶禁止は違憲だ」と訴えを起こしていた。この判決(ロー判決)を「ロー対ウェイド事件」とも呼ぶ。
・ロー判決により、米国では「妊娠24週目までの中絶手術」は合法と認められた。
・1992年、「ロー判決を覆すかもしれない」と言われていたケイシー訴訟と呼ばれる訴訟があった。当初の予想に反して、判決(ケイシー判決)はロー判決を踏襲するもので、依然中絶は合法であることが確認された。
・ロー判決の主役の中絶した女性ローは、後にプロライフ派(中絶反対派のこと、賛成派をプロチョイス派と呼ぶ)に転じた。ロー裁判を起こしたのも自分の意思ではなく、プロチョイス派の弁護士にかつがれただけだ、と言い出した。2005年にはロー判決の最高裁判決の見直しを求める申し立てをおこなった。
・2022年5月3日、米国のメディア「POLITICO」が、「ロー判決は覆る」とする内容の最高裁で用いられる草稿を入手しスクープした。これはサミュエル・アリートという最高裁判事が2022年2月に執筆したもの。
・POLITICOが入手した草稿は「ドブス対ジャクソン・ウイミンズ病院(Dobbs v. Jackson Women's Health Organization)」の裁判に対するもので、判決は6月24日に出されることになった。
・2022年6月24日、POLITICOの報道の通り、米国最高裁判所はロー対ウェイド事件を覆し「人工中絶は憲法上の権利ではない」とした。
中絶が禁止となると考えなければならない問題のひとつは「レイプの被害時にどうするのか」です。私が院長を務める太融寺町谷口医院(以下、谷口医院)でも、年に数人から数十人の女性が「緊急避妊希望」で受診されます。パートナーとの性交渉時にコンドームが破損した、という場合もありますが、多いのは「レイプの被害」です。ちなみに、この場合はHIVの曝露後予防(PEP)も緊急避妊と同時におこないます。
緊急避妊は100%成功するものではありません。谷口医院の歴史でも過去15年半で、きちんと緊急避妊の薬を飲んだのにもかかわらず失敗(妊娠)した女性が2人います(ちなみに失敗した2例はいずれもヤッペ法で、LNG法での失敗例はゼロ)。
米国の判決は、正確には「妊娠6週以降の中絶禁止」ですから「緊急避妊」が禁止されるわけではありません。ですが、緊急避妊は100%成功する保証はありませんし、早さが勝負の緊急避妊は治療(薬の内服)が遅れれば失敗(妊娠)してしまいます。妊娠が確定するのはだいたい5週目以降ですから「6週以内」となると、「妊娠発覚時にすでに6週目になっていた」といったことも起こり得ます。また、医療機関に容易にアクセスできない場合はリスクが上がります。そして、私が恐れていたことがすでに起こっていました。
米国最高裁判所がロー対ウェイド事件を覆す判決を出してからまだ1週間もたっていない6月30日、オハイオ州の10歳の少女がインディアナ州に移動して、レイプで妊娠した胎児の中絶手術を受けました。オハイオ州では最高裁判所の判決を受け、中絶手術が違法とされ、そのため少女は州を出なければならなくなったのです。
私はタイで母子感染によりHIVに感染した子供たちをたくさんみてきました。彼(女)らは生まれたときから身体が小さかったり、どこかに傷害を抱えていたりします。タイでは最近になってようやく妊娠12週以内であれば中絶手術が合法となりましたが、以前は違法でした。そのため母子感染した可能性があると分かっていながら出産するしかなかった女性が少なくなかったのです。ちなみに日本では21週目と6日目までなら合法です。
中絶に反対する人たちは「生まれてくる赤ちゃんの権利」といった言葉を持ち出しますが、その赤ちゃんの感染症のリスクを考えているのか、私には大いに疑問です。レイプで妊娠したその赤ちゃんがHIV陽性ということも当時のタイでは実際にあったのです。
おそらく多くの日本人が米国最高裁のロー判決を覆したこの判決を疑問に感じているのではないでしょうか。では、21週と6日目までの中絶が合法の日本は世界からどのように思われているのでしょう。女性の権利を大切にしている民主的な国家と思われているのでしょうか。実際はその逆です。日本の法律には世界から理解しがたい点があるのです。その最大の理由は、日本では中絶に「配偶者の同意が必要なこと」です。
2022年6月14日のWashington Postの記事「日本では中絶は合法だがほとんどの女性は配偶者の同意が求められる(In Japan, abortion is legal ? but most women need their husband's consent)」によると、現在、中絶の際に配偶者の同意が必要なのは日本以外に10か国(シリア、イエメン、サウジアラビア、クウェート、赤道ギニア、UAE、台湾、インドネシア、トルコ、モロッコ)ありますが、G7では日本のみです。韓国も過去には配偶者の同意が必要でしたがこの規則は2020年に撤廃されています。「国連女性差別撤廃委員会(The U.N. Committee on the Elimination of Discrimination Against Women)」は、日本に対し配偶者同意の撤廃を求めています。また、日本では、現在安全性が確立されて世界の多くの地域で使われている経口中絶薬がいまだに許可されていません。
こういったルールが強制された結果、何が起こるでしょう。母親による嬰児殺害です。同記事によれば、2018年に1歳未満の乳幼児を殺害した事件は28件、うち7人は生まれたその日に殺されています。また、2022年に母親が新生児を公共の場に遺棄した事件は、6月の時点で少なくとも6件あります。
私自身はこれらの事件を直接知っているわけではありませんが、過去に谷口医院の若い未婚の女性の患者さんが嬰児殺害で逮捕されたことがあります。警察から電話がかかってきて私自身も事情聴取されました。谷口医院の患者さんが事件の加害者ということは時々あるのですが、通常私は事件の詳細を聞きません。聞くべきでないような気がするからです。
しかし、このときは警察官にこの女性がどのような罪で逮捕されたのかを聞かずにはいられませんでした。その理由は、真面目で何事にも一生懸命なその女性が刑事事件を起こすとは到底思えなかったからです。警察官から嬰児殺害と聞いて「彼女なりにいろんなことを考えてそうする以外に方法はなかったのだろう」と感じました。おそらく嬰児殺害に至った女性のほとんどは配偶者がいない未婚の状態で、誰にも相談できなかったのではないでしょうか。
ところで、「未婚だから配偶者の同意が得られず中絶できない」は正しいのでしょうか。そんなことはありません。2013年、厚労省は「未婚の場合は配偶者の同意は不要」との見解を公表しています。ちなみに2021年3月には、「夫からDVを受けるなど婚姻関係が実質破綻し、同意を得ることが困難な場合、本人の同意だけでよい」との見解も示しています。
2020年6月2日、愛知県西尾市の公園で市の職員がポリ袋に入れられた男児の遺体を発見しました。4日後に元看護学生の女性が逮捕されました。男児の父親は小学校の同級生。報道によると、その男性は中絶同意書にサインすることを約束したものの、その後連絡がつかなくなりました。女性は受診した病院で「男性の同意書がないと中絶ができない」と言われ、さらに複数の医療機関に交渉するも、そのすべてから断られたのです。
日本では厚労省が許可しているのにもかかわらず、医療者や医療機関が中絶に配偶者(胎児の父親)の同意書を強制しているのです。これが女性の権利を踏みにじる行為と言えば言い過ぎでしょうか......。
第192回(2022年6月) 逮捕される小児愛者は氷山の一角
「性指向」というのは人によって大きく異なるものです。同性に対して「ときめく」のは現在多くの国で異常とみなさなれなくなりましたが、数十年前までは先進国でさえ、良くて「病気」、悪ければ「犯罪」の扱いでした。英国の天才作家オスカー・ワイルドも同性愛で有罪となり、牢獄で時を過ごし、晩年には誰からも見向きもされず孤独に死んでいったと言われています。
ストレートの場合、性指向がある程度大人の女性に向かえば誰からも咎められないわけですが、小児となると話は変わってきます。ただし、その「境界」がどこにあるかについては、時代や文化に影響を受けます。前回紹介した私がタイで知り合ったM君のように、相手が14歳の少女であれば日本でなら犯罪行為となります。タイでも厳密には違法ですが、14歳の少女を置屋で買春し客が逮捕されることは(少なくとも2000年代前半のタイでは)なかったのです。
日本でこのようなことをやれば大問題で、場合によっては実名で報道されることもあります。最近、13歳の女子への淫行で逮捕された香川県の三豊総合病院の35歳の医師は実名で報道されネット上に写真が拡散されました。ただ、この医師が罪を犯したのは事実であり、二度と医療の世界に戻れないのは確実でしょうが(名前を変えない限りはネット検索ですぐにバレます)、本質的にも罪か、と問われれば話は少し複雑です。
例えば、私がタイのエイズホスピスで診ていたある中年女性の患者さんは最初の出産が14歳だと言っていました。正式に入籍はしていないものの(タイではこういう話が珍しくありません)、その子の父親は夫(husband)だったと言います。おそらく日本でも大昔には13~14歳くらいで結婚、出産するケースはいくらでもあり、それが犯罪とみなされることはなかったでしょう。ただし、2000年代前半のタイでも、江戸時代の日本でも、例えば2歳の子供に性的虐待を加える者がいたとすれば重い罪に問われたに違いありません。
最近、ドイツで史上最悪と呼んでもいいような小児愛者(ペドファイル)の男が逮捕されました。Marcus R.という名の44歳のこの白人の男、ベビーシッターを装い子供に接触し性的虐待をおこない、その様子を写真やビデオにおさめ、同じ"趣向"をもつ者に送信していたことが発覚し逮捕されました。写真やビデオから、これまでに33人の被害者が特定されたことが2022年5月30日に当局から発表されました。一番幼い被害者はなんと生後1か月です。
報道によると、この男に犯罪歴はなく、捜査当局の調べによると10人の男子と2人の女子に性虐待を続け、現在18件の虐待で告発されています。あるメディアはこの男性の顔写真を大きく掲載しています。これだけでかでかと顔写真を掲載され、しかも世界中で閲覧されているわけですから、この男が社会復帰するのは相当困難でしょう。ただ、この男、とても44歳には見えないほど幼く、優しそうな整った顔つきをしています。だから小児を取り込むのに長けているのでしょうが、「プロのベビーシッターです」と言われれば多くの人が信用するのではないでしょうか。
実はドイツでは以前から小児への性虐待があまりにも多いことが問題となっています。ただ、こういった犯罪の国際比較のデータは見当たらず、ドイツだけが多いのかどうかは分かりません。また、見つからなければ数字には上がってこないわけですし、どの程度の行為が性虐待になるかについての明確な基準はありません(少なくとも国際基準はありません)。したがって、仮にすべての犯罪が露呈し、国際的に同じ基準が採用されて調査されたとすれば、ドイツよりも日本が多い、ということになるかもしれません。
2022年5月30日、トルコのメディア「TRT WORLD」が「ドイツ、2021年の児童虐待事件が増加(Germany reports rise in child abuse cases in 2021)」という記事を掲載しました。記事によると、2021年のドイツでの小児への性虐待の件数は15,500以上に昇り、これは前年から6.3%増加しています。ドイツ連邦刑事庁(Federal Criminal Police Office)長官によると、この数字は警察が把握している数字のみであり、実際の犯罪件数はずっと多いに違いないそうです。当局は、学校のクラスに1~2人程度が性的虐待の被害者となっているとみています。
このトルコのメディア、なぜかドイツの小児愛事件を詳しく報じており、2020年6月には「小児性愛者の容疑者3万人以上を警察が追っている(Germany investigating 30,000 suspects over paedophilia)」という記事を載せています。また、同じ時期に「ドイツ当局は過去数十年に渡り親の保護が受けられない男子を小児愛者と住まわせていた(For decades German officials handed over vulnerable children to paedophiles)」という驚くような記事も掲載しています。
トルコ人がなぜドイツのこのような事件に関心を持つのかが分かりませんが、ドイツ語の読めない私にとって、このメディアはありがたい存在です。ドイツには「Deutsche Welle (DW)」という信頼できる英字新聞があるのですが、こちらは"かたすぎる"というか、三面記事的な話題は好まれないようで、ペドフィリア/ペドファイルの記事はあまり掲載されません。
日本とドイツを比べてみましょう。ドイツの人口は日本のおよそ3分の2で約8000万人です。そのドイツの年間での警察が把握している小児の被害者が先述したように15,500人です。一方、日本では厚労省が数字を発表しています。令和2年度の児童相談所による児童虐待相談対応件数のうち性的虐待は2,245人で、前年より168人(約8%)増えています。
日本とドイツを比較すると人口あたりで考えれば小児の性的虐待の被害者は、日本はドイツの10分の1ほどになります。では、日本はドイツほどペドファイルが多くなく子供が安心できる国なのかと問われれば、そういうわけではないと思います。
なぜなら、報道を読むと、ドイツではインターネットを解析して容疑者を特定し逮捕しているからです。先述のベビーシッターを装っていたペドファイルもネットから足がついています。そしてこの男と"情報交換"をしていた他の同類の容疑者もネットを解析することで逮捕に至っています。他方、日本では児童相談所に届けられて性的虐待が判明したケースがカウントされています。言うまでもなく、日本の統計の取り方では実態が隠れてしまっているわけです。
では、抵抗できない脆弱な子供たちを守るにはどうすればいいのでしょうか。理想の対策ではありませんが、「罪を重くする」はひとつの現実的な対処法でしょう。例えば小児愛で逮捕されると重刑を課すだけではなく、インターネットに顔をさらすようにするのです。先述のMarcus R.もメディアを通して世界中に写真が拡散しました。
イギリスの有名なペドファイルにRichard Huckleがいます。この男はWikipediaでも紹介されているほど悪名高く、写真も世界中に広がっています。興味深いのは、この男、収監されているときに仲間の囚人に性的暴行を加えられ、首を絞められ、刺殺でとどめを刺されたことです。ちなみに、Richard Huckleをレイプして殺害した囚人Paul Fitzgeraldもイギリスのメディアで顔をさらされています。
では、罪を重くして犯罪者の顔をさらすことで小児への性的虐待は減少するのでしょうか。私はそれでは不十分であり、抜本的な解決にはならないと思っています。では、どうすればいいか。近いうちに私見を述べたいと思います。
最後に、性的虐待の結果、HIVに感染させられる小児も少なくないことを改めて強調しておきたいと思います。私自身、そういう子供たちをタイでみてきました。
ストレートの場合、性指向がある程度大人の女性に向かえば誰からも咎められないわけですが、小児となると話は変わってきます。ただし、その「境界」がどこにあるかについては、時代や文化に影響を受けます。前回紹介した私がタイで知り合ったM君のように、相手が14歳の少女であれば日本でなら犯罪行為となります。タイでも厳密には違法ですが、14歳の少女を置屋で買春し客が逮捕されることは(少なくとも2000年代前半のタイでは)なかったのです。
日本でこのようなことをやれば大問題で、場合によっては実名で報道されることもあります。最近、13歳の女子への淫行で逮捕された香川県の三豊総合病院の35歳の医師は実名で報道されネット上に写真が拡散されました。ただ、この医師が罪を犯したのは事実であり、二度と医療の世界に戻れないのは確実でしょうが(名前を変えない限りはネット検索ですぐにバレます)、本質的にも罪か、と問われれば話は少し複雑です。
例えば、私がタイのエイズホスピスで診ていたある中年女性の患者さんは最初の出産が14歳だと言っていました。正式に入籍はしていないものの(タイではこういう話が珍しくありません)、その子の父親は夫(husband)だったと言います。おそらく日本でも大昔には13~14歳くらいで結婚、出産するケースはいくらでもあり、それが犯罪とみなされることはなかったでしょう。ただし、2000年代前半のタイでも、江戸時代の日本でも、例えば2歳の子供に性的虐待を加える者がいたとすれば重い罪に問われたに違いありません。
最近、ドイツで史上最悪と呼んでもいいような小児愛者(ペドファイル)の男が逮捕されました。Marcus R.という名の44歳のこの白人の男、ベビーシッターを装い子供に接触し性的虐待をおこない、その様子を写真やビデオにおさめ、同じ"趣向"をもつ者に送信していたことが発覚し逮捕されました。写真やビデオから、これまでに33人の被害者が特定されたことが2022年5月30日に当局から発表されました。一番幼い被害者はなんと生後1か月です。
報道によると、この男に犯罪歴はなく、捜査当局の調べによると10人の男子と2人の女子に性虐待を続け、現在18件の虐待で告発されています。あるメディアはこの男性の顔写真を大きく掲載しています。これだけでかでかと顔写真を掲載され、しかも世界中で閲覧されているわけですから、この男が社会復帰するのは相当困難でしょう。ただ、この男、とても44歳には見えないほど幼く、優しそうな整った顔つきをしています。だから小児を取り込むのに長けているのでしょうが、「プロのベビーシッターです」と言われれば多くの人が信用するのではないでしょうか。
実はドイツでは以前から小児への性虐待があまりにも多いことが問題となっています。ただ、こういった犯罪の国際比較のデータは見当たらず、ドイツだけが多いのかどうかは分かりません。また、見つからなければ数字には上がってこないわけですし、どの程度の行為が性虐待になるかについての明確な基準はありません(少なくとも国際基準はありません)。したがって、仮にすべての犯罪が露呈し、国際的に同じ基準が採用されて調査されたとすれば、ドイツよりも日本が多い、ということになるかもしれません。
2022年5月30日、トルコのメディア「TRT WORLD」が「ドイツ、2021年の児童虐待事件が増加(Germany reports rise in child abuse cases in 2021)」という記事を掲載しました。記事によると、2021年のドイツでの小児への性虐待の件数は15,500以上に昇り、これは前年から6.3%増加しています。ドイツ連邦刑事庁(Federal Criminal Police Office)長官によると、この数字は警察が把握している数字のみであり、実際の犯罪件数はずっと多いに違いないそうです。当局は、学校のクラスに1~2人程度が性的虐待の被害者となっているとみています。
このトルコのメディア、なぜかドイツの小児愛事件を詳しく報じており、2020年6月には「小児性愛者の容疑者3万人以上を警察が追っている(Germany investigating 30,000 suspects over paedophilia)」という記事を載せています。また、同じ時期に「ドイツ当局は過去数十年に渡り親の保護が受けられない男子を小児愛者と住まわせていた(For decades German officials handed over vulnerable children to paedophiles)」という驚くような記事も掲載しています。
トルコ人がなぜドイツのこのような事件に関心を持つのかが分かりませんが、ドイツ語の読めない私にとって、このメディアはありがたい存在です。ドイツには「Deutsche Welle (DW)」という信頼できる英字新聞があるのですが、こちらは"かたすぎる"というか、三面記事的な話題は好まれないようで、ペドフィリア/ペドファイルの記事はあまり掲載されません。
日本とドイツを比べてみましょう。ドイツの人口は日本のおよそ3分の2で約8000万人です。そのドイツの年間での警察が把握している小児の被害者が先述したように15,500人です。一方、日本では厚労省が数字を発表しています。令和2年度の児童相談所による児童虐待相談対応件数のうち性的虐待は2,245人で、前年より168人(約8%)増えています。
日本とドイツを比較すると人口あたりで考えれば小児の性的虐待の被害者は、日本はドイツの10分の1ほどになります。では、日本はドイツほどペドファイルが多くなく子供が安心できる国なのかと問われれば、そういうわけではないと思います。
なぜなら、報道を読むと、ドイツではインターネットを解析して容疑者を特定し逮捕しているからです。先述のベビーシッターを装っていたペドファイルもネットから足がついています。そしてこの男と"情報交換"をしていた他の同類の容疑者もネットを解析することで逮捕に至っています。他方、日本では児童相談所に届けられて性的虐待が判明したケースがカウントされています。言うまでもなく、日本の統計の取り方では実態が隠れてしまっているわけです。
では、抵抗できない脆弱な子供たちを守るにはどうすればいいのでしょうか。理想の対策ではありませんが、「罪を重くする」はひとつの現実的な対処法でしょう。例えば小児愛で逮捕されると重刑を課すだけではなく、インターネットに顔をさらすようにするのです。先述のMarcus R.もメディアを通して世界中に写真が拡散しました。
イギリスの有名なペドファイルにRichard Huckleがいます。この男はWikipediaでも紹介されているほど悪名高く、写真も世界中に広がっています。興味深いのは、この男、収監されているときに仲間の囚人に性的暴行を加えられ、首を絞められ、刺殺でとどめを刺されたことです。ちなみに、Richard Huckleをレイプして殺害した囚人Paul Fitzgeraldもイギリスのメディアで顔をさらされています。
では、罪を重くして犯罪者の顔をさらすことで小児への性的虐待は減少するのでしょうか。私はそれでは不十分であり、抜本的な解決にはならないと思っています。では、どうすればいいか。近いうちに私見を述べたいと思います。
最後に、性的虐待の結果、HIVに感染させられる小児も少なくないことを改めて強調しておきたいと思います。私自身、そういう子供たちをタイでみてきました。
第191回(2022年5月) 小児性愛者は悪人か
私がM君と出会ったのは2004年の夏、タイ国のエイズホスピス「Wat Phrabhatnamphu」でした。「エイズに興味がある」とのことで、夏季休暇を利用したM君はこのホスピスまで一人でやって来たのです。
当時私はそこでボランティア医師として働いていましたから、日本人がやって来れば、それがどのような目的であったとしても、挨拶をして世間話程度はします。なぜか初対面から妙にウマのあったM君と私はその日の夜に食事を共にすることにしました。
中部地方出身のM君は30代半ば、タイに住んで3年目になると言います。シーラチャー(パタヤ近郊の日本企業が多いエリア)の日系企業で現地採用として働いているそうです。英語とタイ語はかなり上手で、タイ語のレベルはちょっと他に類をみないほどです。
実は、ウマが合ったと私が感じたのはタイ語の勉強に対する考えが一致していたからです。多くの日本人はタイ文字が面倒くさいと言って文字を覚えずに会話から入ります。たしかに、冠詞も時制もなく、動詞(や形容詞)の語尾が変化せず、名詞の単数複数もないタイ語は(本当は発音と声調がすごく複雑なのですが)ちょっと勉強しただけで少しくらいなら会話ができるようになります。
ですが、それでは上達がすぐにとまります。これは英語をアルファベットの知識がないまま勉強することを考えればすぐに理解できることだと私は思うのですが、なかなか他の日本人から同意を得られません。それどころか、文字はいまだに読めないのに驚くほど会話ができるようになる日本人(ほとんどが女性)もいます。ですが、M君は私とほぼ同じ意見でした。
そのM君がタイにはまりタイ語を必至で勉強した理由、それは「女性」です。タイの女性と仲良くなるためにタイ語を死ぬ気で勉強したそうです。しかし、「タイ人の彼女はつくる気がない」と言います。なぜなのでしょう。
M君は「極度のロリコン」だと言います。よくも初対面の私にそんなことが言えるな、と思いましたが、この独特の人懐っこさがM君の魅力なのでしょう。ただし、念のために聞いてみると「そのようなことは誰にも話していない」と言います。私に話してくれたのは「一緒に仕事をするわけではないし、医師だから」とのことでした。
M君は「小学5年生くらいの女子が最高」と言います。ここまで話してタガが外れたのか、相槌すらたいしてうっていない私に対して、ひとりで「理想の女性像、というよりは理想の女子像」について語り始めました。さらに調子にのったM君は「少女を買いに行きましょう」と言い出す始末です。
そろそろ潮時だ、と私は判断しましたが、「先生(私のこと)は表でビールを飲んでいてくれたらいいですから......」などと言って引き下がろうとしません。こういうシチュエーション、つまり一緒に女性を買いに行こうと言われた状況は、過去の私の人生で何度かあるのですが、もちろん拒否しますし、その時点で交友関係が終了することもあります。しかしこのときは、なぜかM君の"情熱"にほだされ、結局M君に付いていくことになりました。
実はこのとき私には"免疫"がありました。2018年のコラム「忘れられないおぞましい光景」で述べたように、すでに私はタイ北部で少女売春の現場を目撃していました。そのときにタイ風の置屋について学んでいました。ドアをあけるとテーブルと椅子がありビールやジュースを飲めます。テレビの他、ジュークボックスもありました。いわば表はバーで、奥や2階に買春部屋があるのです。
M君はバイタクをつかまえ、上手なタイ語で何やら交渉しています。M君もそういった置屋がこの土地ではどこにあるかは知らないと言います。ただ、このようにバイタクのドライバーに交渉すればどこの土地に行っても、そういった場所、つまり置屋が集まっている場所に連れて行ってくれるそうなのです。
到着したところはまさに置屋通りという感じのところで店が5~6軒あります。北タイのときと異なるのは、どの店もドアなどなく、いわばオープンバーのような感じで、テーブルに椅子、そしてジュークボックスがおいてあります。もうひとつ、タイ北部の店と異なるのは、セックスワーカーの女性がそのあたりのテーブルでたむろしていることです。男性客は気に入った女性を見つけて声をかけ、"交渉"が成立すると奥の「部屋」に女性と共に消えていくシステムのようです。
女性たちの年齢はM君が理想とする"小学5年生"ではありません。まだあどけない未成年だと思わしき女性もいますが子供と呼べるほどではありません。ここでM君は思いもよらない行動に出ました。その5~6軒あった置屋のなかで、平均年齢が一番若そうな店に入りジュースを注文しました。M君はお酒が飲めません。私にはビールを買ってくれました。そして、最年長の女性(セックスワーカーではなくおそらく経営者)に何やら交渉しています。
M君は「一番若い女性を......」と言ったそうです。待つこと約20分。一人の女子を後ろに載せた一台のバイクが到着しました。その女子こそがM君が"注文"した女性です。驚いたというかなんというか......。年齢はおそらく小学6年生くらいで、セーラー服よりもランドセルが似合いそうな少女です。M君に目をやるともはや私には見向きもしません。その女子を連れて奥の部屋に消えていきました。
残された私はひとりでビールを飲む以外にすることがなくなりました。何人かの女性(セックスワーカー)と、M君が交渉した経営者らしき中年女性が何度か話しかけてきましたが、私のタイ語のレベルでは気の利いた会話ができませんし、もちろん女性を買う気などありません。そのうち、「この日本人はケチだ」と思われたのか誰も寄って来なくなりました。
しばらくして、満面の笑みを浮かべたM君が奥の部屋から戻ってきました。M君によると、そのあどけない女子は14歳だったとのこと。私が「もっと若いように見えた」と言うと、実はM君、"注文"したときに「一番若い女性を買いたい」ではなく「一番若く見える女性を買いたい」と交渉したことを教えてくれました。M君によると、タイでは北タイ以外では小学生のセックスワーカーはいないとのことでした。
ここで私はM君に、少し前に経験した過去のコラムで紹介した北タイでの"経験"について話しました。M君はそういった施設の存在は知っていると言います。「知っているからこそ行かない」のだそうです。同じ理由で「カンボジアにも行かない」と言います。カンボジアは90年代後半から2000年代前半のしばらくは、少女売春の聖地のようなところで、世界中からペドファイル(小児愛者)が集まっていました。
M君の理屈はこういうことです。自分がペドファイルであることは承知している。少女とセックスをしたいという欲求は抑えられない。しかしそれは犯罪であり少女を傷つけることはできない。だから少女が買えてしまうようなところには行かない。しかしそれでは満足できないから代わりに若く見える女性を買っている、とのことです。
M君は犯罪者ではなく「理性の男」だったのです。その日のM君との会話はとても楽しく、M君をタイ語の先輩と仰ぎ、私もタイ語の勉強に励むことを決意しました。「一番若い」ではなく「一番若く見える」をサラっと言ってみせ、経営者の中年女性がすぐに電話でバイクのドライバーを手配したとき、M君はとても格好よく見えました。それを伝えたとき、M君は少しはにかみ、とても感じのいい笑顔を見せてくれました。
M君とはこの場で解散することにし、私はバイタクをつかまえ定宿の名前をドライバーに告げました。その日の乾いた夜風は妙に心地よく、ドライバーにつかまりながらM君との会話を反芻していました。
そしてその時ようやく気づきました。14歳でも犯罪だ!
当時私はそこでボランティア医師として働いていましたから、日本人がやって来れば、それがどのような目的であったとしても、挨拶をして世間話程度はします。なぜか初対面から妙にウマのあったM君と私はその日の夜に食事を共にすることにしました。
中部地方出身のM君は30代半ば、タイに住んで3年目になると言います。シーラチャー(パタヤ近郊の日本企業が多いエリア)の日系企業で現地採用として働いているそうです。英語とタイ語はかなり上手で、タイ語のレベルはちょっと他に類をみないほどです。
実は、ウマが合ったと私が感じたのはタイ語の勉強に対する考えが一致していたからです。多くの日本人はタイ文字が面倒くさいと言って文字を覚えずに会話から入ります。たしかに、冠詞も時制もなく、動詞(や形容詞)の語尾が変化せず、名詞の単数複数もないタイ語は(本当は発音と声調がすごく複雑なのですが)ちょっと勉強しただけで少しくらいなら会話ができるようになります。
ですが、それでは上達がすぐにとまります。これは英語をアルファベットの知識がないまま勉強することを考えればすぐに理解できることだと私は思うのですが、なかなか他の日本人から同意を得られません。それどころか、文字はいまだに読めないのに驚くほど会話ができるようになる日本人(ほとんどが女性)もいます。ですが、M君は私とほぼ同じ意見でした。
そのM君がタイにはまりタイ語を必至で勉強した理由、それは「女性」です。タイの女性と仲良くなるためにタイ語を死ぬ気で勉強したそうです。しかし、「タイ人の彼女はつくる気がない」と言います。なぜなのでしょう。
M君は「極度のロリコン」だと言います。よくも初対面の私にそんなことが言えるな、と思いましたが、この独特の人懐っこさがM君の魅力なのでしょう。ただし、念のために聞いてみると「そのようなことは誰にも話していない」と言います。私に話してくれたのは「一緒に仕事をするわけではないし、医師だから」とのことでした。
M君は「小学5年生くらいの女子が最高」と言います。ここまで話してタガが外れたのか、相槌すらたいしてうっていない私に対して、ひとりで「理想の女性像、というよりは理想の女子像」について語り始めました。さらに調子にのったM君は「少女を買いに行きましょう」と言い出す始末です。
そろそろ潮時だ、と私は判断しましたが、「先生(私のこと)は表でビールを飲んでいてくれたらいいですから......」などと言って引き下がろうとしません。こういうシチュエーション、つまり一緒に女性を買いに行こうと言われた状況は、過去の私の人生で何度かあるのですが、もちろん拒否しますし、その時点で交友関係が終了することもあります。しかしこのときは、なぜかM君の"情熱"にほだされ、結局M君に付いていくことになりました。
実はこのとき私には"免疫"がありました。2018年のコラム「忘れられないおぞましい光景」で述べたように、すでに私はタイ北部で少女売春の現場を目撃していました。そのときにタイ風の置屋について学んでいました。ドアをあけるとテーブルと椅子がありビールやジュースを飲めます。テレビの他、ジュークボックスもありました。いわば表はバーで、奥や2階に買春部屋があるのです。
M君はバイタクをつかまえ、上手なタイ語で何やら交渉しています。M君もそういった置屋がこの土地ではどこにあるかは知らないと言います。ただ、このようにバイタクのドライバーに交渉すればどこの土地に行っても、そういった場所、つまり置屋が集まっている場所に連れて行ってくれるそうなのです。
到着したところはまさに置屋通りという感じのところで店が5~6軒あります。北タイのときと異なるのは、どの店もドアなどなく、いわばオープンバーのような感じで、テーブルに椅子、そしてジュークボックスがおいてあります。もうひとつ、タイ北部の店と異なるのは、セックスワーカーの女性がそのあたりのテーブルでたむろしていることです。男性客は気に入った女性を見つけて声をかけ、"交渉"が成立すると奥の「部屋」に女性と共に消えていくシステムのようです。
女性たちの年齢はM君が理想とする"小学5年生"ではありません。まだあどけない未成年だと思わしき女性もいますが子供と呼べるほどではありません。ここでM君は思いもよらない行動に出ました。その5~6軒あった置屋のなかで、平均年齢が一番若そうな店に入りジュースを注文しました。M君はお酒が飲めません。私にはビールを買ってくれました。そして、最年長の女性(セックスワーカーではなくおそらく経営者)に何やら交渉しています。
M君は「一番若い女性を......」と言ったそうです。待つこと約20分。一人の女子を後ろに載せた一台のバイクが到着しました。その女子こそがM君が"注文"した女性です。驚いたというかなんというか......。年齢はおそらく小学6年生くらいで、セーラー服よりもランドセルが似合いそうな少女です。M君に目をやるともはや私には見向きもしません。その女子を連れて奥の部屋に消えていきました。
残された私はひとりでビールを飲む以外にすることがなくなりました。何人かの女性(セックスワーカー)と、M君が交渉した経営者らしき中年女性が何度か話しかけてきましたが、私のタイ語のレベルでは気の利いた会話ができませんし、もちろん女性を買う気などありません。そのうち、「この日本人はケチだ」と思われたのか誰も寄って来なくなりました。
しばらくして、満面の笑みを浮かべたM君が奥の部屋から戻ってきました。M君によると、そのあどけない女子は14歳だったとのこと。私が「もっと若いように見えた」と言うと、実はM君、"注文"したときに「一番若い女性を買いたい」ではなく「一番若く見える女性を買いたい」と交渉したことを教えてくれました。M君によると、タイでは北タイ以外では小学生のセックスワーカーはいないとのことでした。
ここで私はM君に、少し前に経験した過去のコラムで紹介した北タイでの"経験"について話しました。M君はそういった施設の存在は知っていると言います。「知っているからこそ行かない」のだそうです。同じ理由で「カンボジアにも行かない」と言います。カンボジアは90年代後半から2000年代前半のしばらくは、少女売春の聖地のようなところで、世界中からペドファイル(小児愛者)が集まっていました。
M君の理屈はこういうことです。自分がペドファイルであることは承知している。少女とセックスをしたいという欲求は抑えられない。しかしそれは犯罪であり少女を傷つけることはできない。だから少女が買えてしまうようなところには行かない。しかしそれでは満足できないから代わりに若く見える女性を買っている、とのことです。
M君は犯罪者ではなく「理性の男」だったのです。その日のM君との会話はとても楽しく、M君をタイ語の先輩と仰ぎ、私もタイ語の勉強に励むことを決意しました。「一番若い」ではなく「一番若く見える」をサラっと言ってみせ、経営者の中年女性がすぐに電話でバイクのドライバーを手配したとき、M君はとても格好よく見えました。それを伝えたとき、M君は少しはにかみ、とても感じのいい笑顔を見せてくれました。
M君とはこの場で解散することにし、私はバイタクをつかまえ定宿の名前をドライバーに告げました。その日の乾いた夜風は妙に心地よく、ドライバーにつかまりながらM君との会話を反芻していました。
そしてその時ようやく気づきました。14歳でも犯罪だ!
第190回(2022年4月) フロリダが変わり果てたのはなぜか
個人的な話になりますが、私はアメリカ大陸(北米も中南米も)に行ったことがありません。これは誰に話しても相当珍しがられるのですが、事実です。「そんなにアメリカが嫌いなのですか?」と問われることもあるのですが、決してそういうわけではありません。米国の地図を見ながら「どこを巡ろうかな......」とまだ見ぬ土地を空想し、勝手に「全米の素敵な街トップテン」を決めることもあるほどです。決して米国が嫌いなわけではなく、米国への想いを聞いてくれる人がいるなら一晩でも話し続けることができます。
そんな私が「米国で1か所だけ行けるとすればどこに行きたいか」と尋ねられたなら、迷わずマイアミと答えます。ニューヨーク、シカゴ、シアトル、ポートランド、サンフランシスコ、カリフォルニアなど定番の都市も捨てがたいのですが、私の頭のなかでは昔からマイアミは別格の存在なのです。
その起源ははっきりしないのですが、10代の頃に聴いた「マイアミ・サウンド・マシーン」のサウンドとテレビドラマ「マイアミ・バイス」の影響は間違いなくあります。暖かい気候、まぶしい日差し、エメラルドグリーンの海、幻想的な夕陽、洒落たカフェ、陽気な人々、などが私がマイアミと聞いて想起するイメージです。
マイアミを舞台にした映画には名作がたくさんあります。007の「ゴールドフィンガー」「カジノロワイヤル」にもマイアミでのシーンがありますし、「白いドレスの女」「フェイク」「エニイ・ギブン・サンデー」などもそうです。最近ではアカデミー賞を獲った「ムーンライト」も後半はマイアミが舞台になっています。
もちろん私も年を重ね、マイアミが私が10代の頃に描いていたパラダイスからはほど遠いことは分かっています。貧困地区やスラムが問題となり、凶悪犯罪が増え続け、全米で最も危険な街と呼ばれていることも知っています。先述のアカデミー賞受賞作の「ムーンライト」も、恵まれない黒人を描いたドラマです。しかし、例えばこの「ムーンライト」の最後の方のシーンで、主人公のシャロンとケヴィンが再開するレストランなどは私のイメージするマイアミに一致します。ちょっと物悲しい哀愁漂う雰囲気もまた私にとってはマイアミの魅力なのです。
話を進めましょう。私が、そのマイアミを含むフロリダ州が「ちょっとおかしい......」と感じ始めたのは「ムーンライト」が日本で公開される少し前の2016年です。
2016年6月12日未明、フロリダ州オーランドのナイトクラブ「パルス」にイスラム教徒の29歳の男が侵入し銃を乱射、この男を含む合計50人が死亡しました(男はその場でSWATに射殺)。「パルス」はセクシャルマイノリティ(LGBT、以下は「マイノリティ」で統一)のミーティングスポットで、犯人の男の父親は「息子はマイノリティを嫌悪していた」と証言しています。ただし、犯人の男はゲイだったという記事もあります。
きちんとした数字は見たことがありませんが、フロリダではマイノリティの比率が多いという話を聞きます。「ムーンライト」もゲイカップルのラブストーリーです。一般に、マイノリティが多い地域は、リベラルが多く、民主党が強いと言われています。カリフォルニアやシアトルはその代表でしょう。
私の印象としてはマイアミとオーランドを抱えるフロリダ州もそんなリベラルな地域の一つだったのですが、ここ数年で大きく変わっています。今やフロリダ州は「保守王国」のひとつとなってしまいました。きっかけ、というか決定的になったのは2016年の大統領選挙でしょう。フロリダではヒラリー・クリントンが破れ、トランプが勝利しました。
パームビーチというのはマイアミの北に位置する富裕層の別荘地かつリゾート地として有名な街です。この街には「マー・ア・ラゴ」と呼ばれる豪華な建物があります。この建物は米国国定歴史建造物のひとつですが、現在の所有者はトランプ前大統領です。そして、報道によると、トランプはマー・ア・ラゴを「サザン・ホワイトハウス」と呼び、最近はこの豪邸で過ごす時間が多いそうです。2020年の大統領選挙で敗れてからは地元のニューヨークに居づらいのかもしれません。
話を進めましょう。そのフロリダ州で「教育における保護者の権利(Parental Rights in Education)」という名の法案が議会を通過し、2022年3月28日、デサンティス知事は法に署名しました。Independentによると、7月1日より法が施行されます。
この法の何が問題なのかというと、子供にマイノリティについての話をすることを禁じているからで、リベラルの間では「ゲイと言わないで法(Don't say gay bill)」と呼ばれています。もちろん少なからず反対運動が起こっていて、ディズニーも社を挙げて反対しているのですが(ちなみに「ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート」はオーランドにあります)、すでに法が施行されることが決まっています。
まずは、どのような法案なのかをThe Washington Postの報道からみていきましょう。
この法のポイントは3つあります。1つは「幼稚園から小学校3年生まで、マイノリティに関する教師の指導や教室での話し合いを禁止」しています。話し合いを禁止しているわけですから、「人間はストレートだけではない」という当たり前のことを口にすることができなくなります。
2つ目は「保護者はこの法に違反した学校や教師を訴えることができて、学校(行政)は罰金を支払う」ことになります。これを危惧した学校のなかには、すでにマイノリティ関連の書籍を図書館から取り除いているところもあるそうです。
3つ目は「子供が学校でカウンセリングを受けたときには保護者に伝えなければならない」という規則が設けられたことです。例えば、子供が自分の「性」について自宅で話しづらいときに、学校で相談すれば、学校はそれを保護者に伝えなければならなくなります。親の言うことに違和感を覚えるからこそ子供は学校で相談するわけです。この規則により、「親に"告げ口"されるなら誰にも相談できない」と子供が考えるようになるのは明らかです。
「この法は悪法とまでは言えないのでは?」と感じる人もいるでしょう。アイデンティティがはっきりしない年齢の子供に余計なことを吹き込んでほしくない、と(保守的な)親が考えるのは当然かもしれません。
ですが、この法を擁護する人たちには"悪意"があります。デサンティス知事の報道官クリスティーナ・プショウ(Christina Pushaw)がとんでもないツイートをおこないました。しかも、悪意に満ちた内容で、もちろんリベラルから批判を浴びているのにも関わらず、本人は、そしてデサンティス知事も、まったく意に介していないのです。なんと、今もこのツイートは取り消されておらず、これを書いている2022年4月24日現在も読むことができます。
彼女のツイートを訳すと、「リベラルの人たちは『ゲイと言わないで法』なんて呼んでいるけど、それは正確じゃないわ。より正確には『反グルーミング法』よ」となります。
グルーミング(grooming)は、アンチ・マイノリティの人たちがマイノリティを揶揄するときに最近よく使う言葉です。グルーミングとは元々は動物が自身や他の個体に対しておこなう毛づくろいのことです。それが派生し、大人が子供を性の対象とするために手なずけることを指すようになりました。本来は、マイノリティに限らず、ストレートのペドフィリア(小児愛者)も含めての意味のはずですが、反マイノリティの人たちは「マイノリティは小児の性を搾取するペドフィリアだ」と決めつけているわけです。
こんなことを言いだす女性が知事の報道官をしていて、更迭されるどころか、そのツイートが消されもしないフロリダ州。グロリア・エスティファン(マイアミ・サウンド・マシーンのヴォーカリスト)やマイアミ・バイスの主役の2人の刑事に「What happened in Miami?(マイアミでいったい何が起こったの?)」と聞いてみたくなります。
そんな私が「米国で1か所だけ行けるとすればどこに行きたいか」と尋ねられたなら、迷わずマイアミと答えます。ニューヨーク、シカゴ、シアトル、ポートランド、サンフランシスコ、カリフォルニアなど定番の都市も捨てがたいのですが、私の頭のなかでは昔からマイアミは別格の存在なのです。
その起源ははっきりしないのですが、10代の頃に聴いた「マイアミ・サウンド・マシーン」のサウンドとテレビドラマ「マイアミ・バイス」の影響は間違いなくあります。暖かい気候、まぶしい日差し、エメラルドグリーンの海、幻想的な夕陽、洒落たカフェ、陽気な人々、などが私がマイアミと聞いて想起するイメージです。
マイアミを舞台にした映画には名作がたくさんあります。007の「ゴールドフィンガー」「カジノロワイヤル」にもマイアミでのシーンがありますし、「白いドレスの女」「フェイク」「エニイ・ギブン・サンデー」などもそうです。最近ではアカデミー賞を獲った「ムーンライト」も後半はマイアミが舞台になっています。
もちろん私も年を重ね、マイアミが私が10代の頃に描いていたパラダイスからはほど遠いことは分かっています。貧困地区やスラムが問題となり、凶悪犯罪が増え続け、全米で最も危険な街と呼ばれていることも知っています。先述のアカデミー賞受賞作の「ムーンライト」も、恵まれない黒人を描いたドラマです。しかし、例えばこの「ムーンライト」の最後の方のシーンで、主人公のシャロンとケヴィンが再開するレストランなどは私のイメージするマイアミに一致します。ちょっと物悲しい哀愁漂う雰囲気もまた私にとってはマイアミの魅力なのです。
話を進めましょう。私が、そのマイアミを含むフロリダ州が「ちょっとおかしい......」と感じ始めたのは「ムーンライト」が日本で公開される少し前の2016年です。
2016年6月12日未明、フロリダ州オーランドのナイトクラブ「パルス」にイスラム教徒の29歳の男が侵入し銃を乱射、この男を含む合計50人が死亡しました(男はその場でSWATに射殺)。「パルス」はセクシャルマイノリティ(LGBT、以下は「マイノリティ」で統一)のミーティングスポットで、犯人の男の父親は「息子はマイノリティを嫌悪していた」と証言しています。ただし、犯人の男はゲイだったという記事もあります。
きちんとした数字は見たことがありませんが、フロリダではマイノリティの比率が多いという話を聞きます。「ムーンライト」もゲイカップルのラブストーリーです。一般に、マイノリティが多い地域は、リベラルが多く、民主党が強いと言われています。カリフォルニアやシアトルはその代表でしょう。
私の印象としてはマイアミとオーランドを抱えるフロリダ州もそんなリベラルな地域の一つだったのですが、ここ数年で大きく変わっています。今やフロリダ州は「保守王国」のひとつとなってしまいました。きっかけ、というか決定的になったのは2016年の大統領選挙でしょう。フロリダではヒラリー・クリントンが破れ、トランプが勝利しました。
パームビーチというのはマイアミの北に位置する富裕層の別荘地かつリゾート地として有名な街です。この街には「マー・ア・ラゴ」と呼ばれる豪華な建物があります。この建物は米国国定歴史建造物のひとつですが、現在の所有者はトランプ前大統領です。そして、報道によると、トランプはマー・ア・ラゴを「サザン・ホワイトハウス」と呼び、最近はこの豪邸で過ごす時間が多いそうです。2020年の大統領選挙で敗れてからは地元のニューヨークに居づらいのかもしれません。
話を進めましょう。そのフロリダ州で「教育における保護者の権利(Parental Rights in Education)」という名の法案が議会を通過し、2022年3月28日、デサンティス知事は法に署名しました。Independentによると、7月1日より法が施行されます。
この法の何が問題なのかというと、子供にマイノリティについての話をすることを禁じているからで、リベラルの間では「ゲイと言わないで法(Don't say gay bill)」と呼ばれています。もちろん少なからず反対運動が起こっていて、ディズニーも社を挙げて反対しているのですが(ちなみに「ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート」はオーランドにあります)、すでに法が施行されることが決まっています。
まずは、どのような法案なのかをThe Washington Postの報道からみていきましょう。
この法のポイントは3つあります。1つは「幼稚園から小学校3年生まで、マイノリティに関する教師の指導や教室での話し合いを禁止」しています。話し合いを禁止しているわけですから、「人間はストレートだけではない」という当たり前のことを口にすることができなくなります。
2つ目は「保護者はこの法に違反した学校や教師を訴えることができて、学校(行政)は罰金を支払う」ことになります。これを危惧した学校のなかには、すでにマイノリティ関連の書籍を図書館から取り除いているところもあるそうです。
3つ目は「子供が学校でカウンセリングを受けたときには保護者に伝えなければならない」という規則が設けられたことです。例えば、子供が自分の「性」について自宅で話しづらいときに、学校で相談すれば、学校はそれを保護者に伝えなければならなくなります。親の言うことに違和感を覚えるからこそ子供は学校で相談するわけです。この規則により、「親に"告げ口"されるなら誰にも相談できない」と子供が考えるようになるのは明らかです。
「この法は悪法とまでは言えないのでは?」と感じる人もいるでしょう。アイデンティティがはっきりしない年齢の子供に余計なことを吹き込んでほしくない、と(保守的な)親が考えるのは当然かもしれません。
ですが、この法を擁護する人たちには"悪意"があります。デサンティス知事の報道官クリスティーナ・プショウ(Christina Pushaw)がとんでもないツイートをおこないました。しかも、悪意に満ちた内容で、もちろんリベラルから批判を浴びているのにも関わらず、本人は、そしてデサンティス知事も、まったく意に介していないのです。なんと、今もこのツイートは取り消されておらず、これを書いている2022年4月24日現在も読むことができます。
彼女のツイートを訳すと、「リベラルの人たちは『ゲイと言わないで法』なんて呼んでいるけど、それは正確じゃないわ。より正確には『反グルーミング法』よ」となります。
グルーミング(grooming)は、アンチ・マイノリティの人たちがマイノリティを揶揄するときに最近よく使う言葉です。グルーミングとは元々は動物が自身や他の個体に対しておこなう毛づくろいのことです。それが派生し、大人が子供を性の対象とするために手なずけることを指すようになりました。本来は、マイノリティに限らず、ストレートのペドフィリア(小児愛者)も含めての意味のはずですが、反マイノリティの人たちは「マイノリティは小児の性を搾取するペドフィリアだ」と決めつけているわけです。
こんなことを言いだす女性が知事の報道官をしていて、更迭されるどころか、そのツイートが消されもしないフロリダ州。グロリア・エスティファン(マイアミ・サウンド・マシーンのヴォーカリスト)やマイアミ・バイスの主役の2人の刑事に「What happened in Miami?(マイアミでいったい何が起こったの?)」と聞いてみたくなります。
第189回(2022年3月) HIVのPEPは極めて優れた「夢の治療薬」
私が院長をつとめる太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)をスタートしたのは2007年1月です。それまでは大学病院(大阪市立大学医学部附属病院)の総合診療科に勤めていて、そこでの診療もそれなりにやりがいはあったのですが、同時に不満もありました。
不満とは「やりたいことができない」です。元々私が総合診療科医を目指したのは、タイのエイズ施設でのボランティアの経験がきっかけです。このサイトで繰り返し紹介したロッブリー県にある(当時は)「世界最大のエイズホスピス」と呼ばれていたWat Phrabahatnamphuで出会った欧米の総合診療科医の影響を受け、彼(女)らが自分のロールモデルとなり、いつしか「こういった医師たちのようにどのような症状も診る医師になりたい」と考えるようになったのです。
私はそういった彼(女)らの診療への姿勢に感銘を受け、帰国後に母校の大阪市立大学医学部の総合診療科の門を叩きました。当時は、総合診療医という概念がまだ日本にはほとんどなく、大学としてもそんなに力を入れていたセクションではなかったのですが、私は「これが自分の進む道だ」と確信していたのです。
大学病院の総合診療科では「どこに行っていいか分からない」という彷徨える患者さんがたくさん受診され、そういう人たちの診察は私がやりたかったことではあるのですが、診断がついて治療方針が決まればそれで「終わり」で、別の医療機関に紹介しなければなりませんでした。私としては「また困ったことがあればいつでも来てくださいね」と言いたかったわけですが、大学ではそれができません。
そういった不満が重なるにつれ「自分のやりたいことを実践するには自分で開業するしかない」と考えるようになりました。開業してやりたかったことはたくさんあります。全体としては「患者さんのすべての症状を聞く」「薬や検査を最小限にする」「メール相談を受ける」などです。具体的な診療内容としては、とてもここには書ききれないほどたくさんあったのですが、「HIVの相談」はそのなかの重要なひとつでした。
当時、「HIVに感染したかもしれない無症状の人に検査をする」という事業は保健所及び行政から検査委託を受けた一部のNPOがやっているだけで、医療機関で実施しているところはほとんどありませんでした。まず検査を受けられる施設の絶対数が少なかったのです。保健所もNPOも一部の医療機関もしっかりと力を注いでいたとは思うのですが、実際にはそういった施設に対して不平不満を感じる人も多く、このGINAのサイトにも相談が多数寄せられていました。
そこで私は「それなら自分でやろう」と決めたのです。実際、谷口医院を開業したての頃に最も多かった相談のひとつが「HIVに感染したかもしれない」でした。私としては、患者さんから「HIVの検査をしてください」と言われても、検査自体は保健所などでの無料検査を促していました。谷口医院で検査を実施することも可能なのですが、「感染したかもしれない」だけでは保険適用がなく、自費診療となり費用が高くなってしまうからです。
ただ、実際には「少々高くてもかまいませんから検査をしてください」という人の方が多く、谷口医院で検査を実施することになったケースも多々ありました。また、「HIV以外の検査も同時に受けたい」「B型肝炎ウイルスのワクチンもうちたい」という声もそれなりに多く、それができるのは谷口医院しかないと言って受診される人も少なくありませんでした。
そういったHIV相談で受診される患者さんで、私が最も難渋したのが「感染したかもしれないその不安を抑えきれない」という相談でした。そのような相談を寄せてくる人のなかで実際に感染している人はそう多くなく、せいぜい1%程度ですが、もちろんゼロではありません。ですが、検査結果が出るまでの不安に耐えられず押しつぶされそうになる人が少なくないのです。
最も検査結果が早く出るPCR(NAT)でも感染したかもしれない時点から10日程度は待たなければならず、採血をしてもその結果が出るまでに1週間くらいかかります。ということは、「しまった!感染したかもしれない」という時点から考えると、検査をして陰性の結果を得るまでに少なくとも3週間近くかかることになります。
しかし、現在ではそのような不安にさいなまれる必要がなくなりました。いわば「夢の治療薬」が登場したからです。それが、過去にこのサイトでも何度か紹介したPEPと呼ばれる曝露後予防(Post-Exposure Prophylaxis)です。感染したかもしれないアクシデント(医療者の針刺し事故、危険な性交渉など)から目安として3日以内に内服を開始し4週間続ければ感染しないという画期的な方法です(現在は1週間程度経過していても実施することになっています)。この方法は海外では2000年代半ばから有効性が指摘されていたのですが日本ではほとんど普及していませんでした。
その理由は「費用」です。HIVの薬は1錠数千円から1万円近くもします。それを1日1種類または2種類の服薬を続けるには20~30万円もします。この費用を捻出できる人はそうはいません。では海外で流通している安い抗HIV薬はどうでしょうか。
2012年のある日、海外の安い後発品を直接輸入しようと考えて近畿厚生局に相談してみました。しかし回答は「認めない」でした。そこで、考えたのが「直ちにタイに行ってもらう」でした。タイの安いクリニックでならPEPの費用を1日あたり100円未満にすることができます。しかし、PrEPと異なり(参考:GINAと共に第175回(2021年1月)「ついに日本でもPrEPが普及する兆し」)、PEPは直ちに渡航しなければなりませんから、ほとんどの人にとってはハードルの高い方法でした。
2020年に再度近畿厚生局に相談すると、クリニックの輸入は依然「認めない」とのことでした。しかし、海外医薬品の代理店に聞いてみると「できる」とのこと。そこで、2021年1月より谷口医院ではその代理店を使って抗HIV薬を仕入れることにしました。この方法では、直接輸入するよりも代理店を経る分だけ費用が高くなりますが、国内で流通している薬に比べるとずっと安くなります。国内の薬を使えば1日あたり1万円もした費用が、輸入品であれば1日2,500円ほどになるのです。それでもまだまだ高いわけですが、70,000円(2,500円/日x28日、税込み)でHIV感染が防げればこれは有難い話です。
先述したように、「(性交渉で、あるいは針刺し事故で)HIVに感染したかもしれない」と考えて受診する人のなかで、実際にHIVに感染しているのはせいぜい1%程度です。相談に来る人全員にPEPを実施したとすれば、結果からみれば「99%は必要がなかった」ということになります。しかし、当然のことながらその99%に入る保障はないわけで、やはりそれなりのリスクがあるなら「実際には感染していなかったかもしれないけれどPEPを開始する」という選択肢が出てきます。
それに、PEPには感染を防ぐこと以外にもメリットがあります。それは「不安をとってくれること」です。なんらかのHIVに感染したかもしれないアクシデントがあり、結果として感染していなかったとしても、検査を受けて陰性の結果が出るまでの不安感は並大抵のものではありません。多くの人は周囲に不自然なその様子を気付かれますし、なかにはベンゾジアゼピンなどの安定剤が必要になる人すらいます。PEPを始めなければ感染していた場合も、実際には感染していなかった場合も、PEPを実施することでその不安感から解放されるのです。
そう考えるとHIVのPEPはまさに「夢の治療薬」なのです。
不満とは「やりたいことができない」です。元々私が総合診療科医を目指したのは、タイのエイズ施設でのボランティアの経験がきっかけです。このサイトで繰り返し紹介したロッブリー県にある(当時は)「世界最大のエイズホスピス」と呼ばれていたWat Phrabahatnamphuで出会った欧米の総合診療科医の影響を受け、彼(女)らが自分のロールモデルとなり、いつしか「こういった医師たちのようにどのような症状も診る医師になりたい」と考えるようになったのです。
私はそういった彼(女)らの診療への姿勢に感銘を受け、帰国後に母校の大阪市立大学医学部の総合診療科の門を叩きました。当時は、総合診療医という概念がまだ日本にはほとんどなく、大学としてもそんなに力を入れていたセクションではなかったのですが、私は「これが自分の進む道だ」と確信していたのです。
大学病院の総合診療科では「どこに行っていいか分からない」という彷徨える患者さんがたくさん受診され、そういう人たちの診察は私がやりたかったことではあるのですが、診断がついて治療方針が決まればそれで「終わり」で、別の医療機関に紹介しなければなりませんでした。私としては「また困ったことがあればいつでも来てくださいね」と言いたかったわけですが、大学ではそれができません。
そういった不満が重なるにつれ「自分のやりたいことを実践するには自分で開業するしかない」と考えるようになりました。開業してやりたかったことはたくさんあります。全体としては「患者さんのすべての症状を聞く」「薬や検査を最小限にする」「メール相談を受ける」などです。具体的な診療内容としては、とてもここには書ききれないほどたくさんあったのですが、「HIVの相談」はそのなかの重要なひとつでした。
当時、「HIVに感染したかもしれない無症状の人に検査をする」という事業は保健所及び行政から検査委託を受けた一部のNPOがやっているだけで、医療機関で実施しているところはほとんどありませんでした。まず検査を受けられる施設の絶対数が少なかったのです。保健所もNPOも一部の医療機関もしっかりと力を注いでいたとは思うのですが、実際にはそういった施設に対して不平不満を感じる人も多く、このGINAのサイトにも相談が多数寄せられていました。
そこで私は「それなら自分でやろう」と決めたのです。実際、谷口医院を開業したての頃に最も多かった相談のひとつが「HIVに感染したかもしれない」でした。私としては、患者さんから「HIVの検査をしてください」と言われても、検査自体は保健所などでの無料検査を促していました。谷口医院で検査を実施することも可能なのですが、「感染したかもしれない」だけでは保険適用がなく、自費診療となり費用が高くなってしまうからです。
ただ、実際には「少々高くてもかまいませんから検査をしてください」という人の方が多く、谷口医院で検査を実施することになったケースも多々ありました。また、「HIV以外の検査も同時に受けたい」「B型肝炎ウイルスのワクチンもうちたい」という声もそれなりに多く、それができるのは谷口医院しかないと言って受診される人も少なくありませんでした。
そういったHIV相談で受診される患者さんで、私が最も難渋したのが「感染したかもしれないその不安を抑えきれない」という相談でした。そのような相談を寄せてくる人のなかで実際に感染している人はそう多くなく、せいぜい1%程度ですが、もちろんゼロではありません。ですが、検査結果が出るまでの不安に耐えられず押しつぶされそうになる人が少なくないのです。
最も検査結果が早く出るPCR(NAT)でも感染したかもしれない時点から10日程度は待たなければならず、採血をしてもその結果が出るまでに1週間くらいかかります。ということは、「しまった!感染したかもしれない」という時点から考えると、検査をして陰性の結果を得るまでに少なくとも3週間近くかかることになります。
しかし、現在ではそのような不安にさいなまれる必要がなくなりました。いわば「夢の治療薬」が登場したからです。それが、過去にこのサイトでも何度か紹介したPEPと呼ばれる曝露後予防(Post-Exposure Prophylaxis)です。感染したかもしれないアクシデント(医療者の針刺し事故、危険な性交渉など)から目安として3日以内に内服を開始し4週間続ければ感染しないという画期的な方法です(現在は1週間程度経過していても実施することになっています)。この方法は海外では2000年代半ばから有効性が指摘されていたのですが日本ではほとんど普及していませんでした。
その理由は「費用」です。HIVの薬は1錠数千円から1万円近くもします。それを1日1種類または2種類の服薬を続けるには20~30万円もします。この費用を捻出できる人はそうはいません。では海外で流通している安い抗HIV薬はどうでしょうか。
2012年のある日、海外の安い後発品を直接輸入しようと考えて近畿厚生局に相談してみました。しかし回答は「認めない」でした。そこで、考えたのが「直ちにタイに行ってもらう」でした。タイの安いクリニックでならPEPの費用を1日あたり100円未満にすることができます。しかし、PrEPと異なり(参考:GINAと共に第175回(2021年1月)「ついに日本でもPrEPが普及する兆し」)、PEPは直ちに渡航しなければなりませんから、ほとんどの人にとってはハードルの高い方法でした。
2020年に再度近畿厚生局に相談すると、クリニックの輸入は依然「認めない」とのことでした。しかし、海外医薬品の代理店に聞いてみると「できる」とのこと。そこで、2021年1月より谷口医院ではその代理店を使って抗HIV薬を仕入れることにしました。この方法では、直接輸入するよりも代理店を経る分だけ費用が高くなりますが、国内で流通している薬に比べるとずっと安くなります。国内の薬を使えば1日あたり1万円もした費用が、輸入品であれば1日2,500円ほどになるのです。それでもまだまだ高いわけですが、70,000円(2,500円/日x28日、税込み)でHIV感染が防げればこれは有難い話です。
先述したように、「(性交渉で、あるいは針刺し事故で)HIVに感染したかもしれない」と考えて受診する人のなかで、実際にHIVに感染しているのはせいぜい1%程度です。相談に来る人全員にPEPを実施したとすれば、結果からみれば「99%は必要がなかった」ということになります。しかし、当然のことながらその99%に入る保障はないわけで、やはりそれなりのリスクがあるなら「実際には感染していなかったかもしれないけれどPEPを開始する」という選択肢が出てきます。
それに、PEPには感染を防ぐこと以外にもメリットがあります。それは「不安をとってくれること」です。なんらかのHIVに感染したかもしれないアクシデントがあり、結果として感染していなかったとしても、検査を受けて陰性の結果が出るまでの不安感は並大抵のものではありません。多くの人は周囲に不自然なその様子を気付かれますし、なかにはベンゾジアゼピンなどの安定剤が必要になる人すらいます。PEPを始めなければ感染していた場合も、実際には感染していなかった場合も、PEPを実施することでその不安感から解放されるのです。
そう考えるとHIVのPEPはまさに「夢の治療薬」なのです。