GINAと共に

第89回 性依存症という病

 今回は、実際に私が診察室で相談を受けた症例の紹介から始めたいと思います。

 30代の女性(仮にA子さんとします)は、日頃から湿疹や風邪で受診していましたが、あるとき自分の夫(B男さんとします)のことで相談をされました。内容をまとめると次のようになります。

 一流企業で働くB男さんは、収入も悪くはなく、生活は楽とまでは言えませんが、現在小学生の娘さんとの3人での生活は、おそらく他人からは理想の家族に見えるに違いありません。

 しかし、A子さんの悩みは相当深いところまできています。A子さんによればB男さんは「性依存症」だというのです。以前は複数のガールフレンドがいたようで、A子さんと交際しだしてからも何度か浮気が発覚したそうです。しかし、B男さんはA子さんと結婚するときに「これからは絶対に浮気はしない」と約束し、A子さんによれば、「ある意味でそれは守っている」そうなのです。

 B男さんの「フーゾク通い」が始まったのは結婚してわずか3ヶ月後とのことだそうです。なぜB男さんのフーゾク通いがA子さんに知れたのか。実はB男さんのフーゾク通いは病的なものでひどいときは月に10回以上にもなり、ついにサラ金に手を出したそうなのです。それでもB男さんのフーゾク通いはやめられず借金返済の督促電話が自宅にかかってくるようになり、A子さんが追求してB男さんの浪費の原因が発覚したのです。

 このときB男さんは「今後一切フーゾク店に行かない」とA子さんに誓ったそうです。しかし、その誓いは結局守られず1年後には再び借金の督促状が届き発覚し、どうしていいか分からずに私に相談された、というわけです。

 別の症例を紹介したいと思います。こちらは直接本人が相談された例です。40代前半のC男さんの仕事は公認会計士です。独身でお金もあるC男さんの趣味は「フーゾク通い」だそうです。独身だし誰にも迷惑をかけていないんだからいくらフーゾク通いをしようが何の問題もないだろう、と開き直っていたそうです。そんなC男さんが私に「性依存症を治したいんですが・・・」と相談されたのは、人間ドックでB型肝炎に感染していたことが発覚したからです。

 C男さんがB型肝炎ウイルスに感染したのはフーゾク通いが原因と考えて間違いありません。1年前は陰性であり、フーゾクでの性的接触以外には感染する理由が見当たりません。幸いなことにHBs抗体がすでに陽性になっていますから特殊なケース(注1)を除いてC男さんがB型肝炎ウイルスでこれから苦しめられることはありません。

 しかしウイルスそのものは完全に消えることがないことを知ってC男さんは大変ショックに感じているといいます。「あなたのように社会的に尊敬される職業に従事している人がなぜB型肝炎ウイルスのワクチンをうってなかったんですか」、という私の質問に対して、「今考えると自分でも不思議なんですが、自分だけは感染しないと思っていたんです・・・」と力なく答えられたのが私には印象的でした。

 もうひとつ症例を紹介したいと思います。20代のD男さんは、フーゾク店に行った後、自覚症状はないんだけれど気になるから、と言って受診され、案の定クラミジア性咽頭炎が発覚しました。デンタルダムなしのオーラルセックス(クンニリングス)があったそうなのです。D男さんは「月に一度くらいフーゾク店を利用している」と話したために、「自分のことを性依存症と思っていますか」と尋ねると、「フーゾクに行ったくらいで性依存症になるんですか?」と逆に質問されてしまいました。

 ここで「性依存症」を学術的に考えてみたいと思います。依存症は精神疾患のひとつであり、アルコール依存症やギャンブル依存症については疾病の国際統計分類のICD10でも、アメリカ精神医学会が定めたDSM-ⅣRにも記載があります。ところが性依存症については、どちらの分類にも入れられておらず、そういう意味ではきちんとした病気とは認定されていないということになるかもしれません。

 おそらく性依存症という病名が一躍有名になったのは、1998年に米国のクリントン大統領の不倫スキャンダルが性依存症によるものであることが全世界に報じられたことがきっかけだと思われます。その後ハリウッド俳優のマイケル・ダグラスやチャーリー・シーンも性依存症を患っていることが噂されました。最近では2010年に複数の女性との不倫を認める謝罪会見をおこなったターガー・ウッズが記憶に新しいと言えます。タイガー・ウッズは実際に性依存症と診断されセラピーを受けている事も会見で告白しました。

 さて、いまだに定義のはっきりしない性依存症ですが、たしかにどこからが性依存症かを言葉で定義するのは簡単ではありません。「誰とでもいいからセックスしたい!」と考え自室で妄想を膨らませている性交渉の経験のない男子高校生が性依存症とは言えないでしょうし、もしもタイガー・ウッズの浮気が一度だけであれば、モラル上の問題はあるにせよ性依存症とまでは言えないでしょう。

 ではどう考えるべきなのか。私なりの結論を述べたいと思いますが、その前に先に紹介した3つの例を考えたいと思います。A子さんの夫のB男さんが性依存症であることは自明でしょう。ではなぜ自明なのか、借金をしてまでフーゾク通いがやめられずA子さんに辛い思いをさせているからです。

  一般に依存症の診断基準には「自己嫌悪を抱くかどうか」という内容の項目が含まれていることが多いのですが、私個人としては、自己嫌悪を抱くかどうかは性依存症に対しては関係ないと考えています。B男さんは"多少は"自己嫌悪を感じているようですが、仮にまったく自己嫌悪感がなかったとしても(むしろそちらの方が病的です)A子さんが辛い思いをして借金が増えていく事態は、これだけで疾患であると言えます。つまり自己嫌悪感がない性依存症は「病識のない病気」と考えるべきだと思うのです(注2)。

 C男さんはどうでしょうか。フーゾク通いでB型肝炎ウイルスに罹患したものの自覚症状もないままHBs抗体ができたC男さんは幸運だったといえます。もしも急性肝炎を発症しさらに劇症肝炎に移行し入院を強いられたとすればどうでしょう。度重なる性風俗店の利用で劇症肝炎を発症すれば本人の自責の念は相当強くなるでしょうし、仕事への影響もあるでしょう。40代で劇症肝炎を起こしたとなれば、当然性行為が原因のB型肝炎を疑われるでしょうから取引先からの信頼を失う可能性もなくはありません。ということは、B型肝炎ウイルスのワクチンを接種せずに性風俗店を繰り返し利用していたことは性依存症と判断されるべきでしょう。

 では、仮にC男さんがワクチン接種をしていたとすればどうでしょうか。C男さんは独身で交際相手もいません。何度も性風俗店を利用していましたが借金をしていたわけではありません。ワクチン接種をし抗体形成を確認し、コンドームをしていれば、命に関わるような性感染症のリスクはほとんどないと言えます。クリントン元大統領の場合は、浮気相手に精神的な苦痛を与えましたが、C男さんに性的サービスを供給した女性たちが苦痛を受けたとは言えません。ということは、C男さんがもしもワクチン接種をしていて今もフーゾク通いを楽しんでいるとすれば性依存症と言えるのでしょうか(注3)。

 D男さんの場合はどうでしょう。D男さんはデンタルダムなしのオーラルセックス(クンニリングス)でクラミジア性咽頭炎に罹患しました。このようなものは薬を飲めば簡単に治ります。そしてD男さんはB型肝炎ウイルスのワクチンは接種しているそうです。クラミジア性咽頭炎などというものは治療に難渋することはほとんどありません。しかしコンドームやデンタルダムなしのオーラルセックスというのは、頻度としては膣交渉や肛門交渉に比べるとずっと少ないのは事実ですが、それでもHCV(C型肝炎ウイルス)やHIVのリスクもないとは言い切れません。私個人の意見としては、コンドームやデンタルダムなしのオーラルセックスが性風俗店で繰り返しあるのならば、それは性依存症に入れるべきだと思います。

 まとめてみましょう。私が考える性依存症の定義は、「自分やパートナーにとって、身体的、心理的、社会的に大きな苦痛につながる可能性があるのにも関わらず、抑えられない性的衝動からパートナー以外の異性(同性)と性的接触を繰り返しおこなうこと」となります。

 この定義にあてはめてみると、B男さん(借金はA子さんにとっても社会的苦痛)、C男さん(劇症肝炎という身体的苦痛につながる可能性があった)、D男さん(可能性は低いとはいえHIVなどの感染の可能性があった)、クリントン(妻・浮気相手の双方に心理的苦痛を与えた)、ターガー・ウッズ(妻に心理的苦痛を与えた)となり、さらにパートナー以外の異性と繰り返し性的接触を繰り返していることから全員に性依存症の診断がつくことになります。

 それにしても日本人はなぜ性風俗店をこんなにもよく利用するのでしょうか。GINAが過去にタイでおこなった調査では、マッサージパーラー(日本風に言えばソープランドになると思います)を利用する欧米人はほぼ皆無でした。欧米人が日本人に比べて性のモラルが高いとは言いませんが、私の知る限り日本人が利用するような性風俗店に行く欧米の男性はほとんどいません。彼らもお金を介した性的関係を現地女性と結ぶことはよくありますが(本当によくあります!)、それは日本人の「フーゾク通い」とは趣が異なります。次回はこの点を考察したいと思います。


注1:特殊なケースとは、例えばリウマチなどで用いる免疫を抑制する薬を用いたり、HIVに感染して放置しておくなどしたりして免疫力が低下した状態になれば、B型肝炎ウイルスが活性化して肝炎などを起こす可能性があります。(これをde nove肝炎と呼びます)

注2:「病識のない病気」というのはたくさんあります。精神疾患では躁病ではよくあることですし、内科的疾患では、いくら食生活に気をつけるよう医療者が忠告してもまるで聞く耳を持たない糖尿病などはその代表的疾患といえるでしょう。

注3:この答えは現在の私にはわかりません。ワクチン接種し抗体形成を確認し、オーラルセックスも含めてコンドーム(及びデンタルダム)を用いていれば、HIVやB型肝炎ウイルスなど命に関わる感染症は防ぐことができます。しかし、性器ヘルペスや梅毒などコンドームで防げない性感染症のリスクは残ります。こういった感染症のリスクを抱えて遊ぶのは自由ではないか、という考えは認められるべきなのかもしれません。私個人としては、そんなリスクを抱えてまで遊ぶことにどれだけの価値があるのか、と感じますが、その程度のリスクは背負ってもかまわない、と考える人に対して、医師としてやめるように言うことはできないと思います。