GINAと共に

第114回(2015年12月) 欺瞞と恐喝と性依存症

 2015年11月17日、ハリウッド俳優のチャーリー・シーンが米NBCテレビのインタビューで自らがHIVに感染していることをカムアウトし、日本を含む全世界で直ちに報道されました。

 世界トップクラスの俳優がHIV感染をカムアウトしたわけですから、話題にならないわけがなく、いいかげんな情報も含めて多種多様な噂が流れました。思い切ってカムアウトした勇気を賞賛する声や、「バラされたくなければカネを出せ」と恐喝され多額の金銭(一説によると12億円以上!)をむしりとられていたことに対する同情の声、つまり、チャーリー・シーンを擁護するような意見がありました。

 一方、自身がHIVに感染していることを隠して性交渉をおこなっていたという報道があり、これに対しては非難の声が少なくなく、また、数百人以上(数千人とする噂も!)と性交渉を持っていたことに対する批判もあり、チャーリー・シーンを攻撃するような意見も目立ちました。

 今回は、チャーリー・シーンに関連する一連の報道からみえてくるHIVに関する3つの問題を取り上げたいと思います。

 まずひとつめは、「自らのHIV感染を隠しておこなう性交渉」についてです。果たしてチャーリー・シーンが本当に感染を隠して性交渉をおこなったかどうかについての真偽は分かりませんが、元交際相手が「知らされていなかった」と主張していますから、仮に本当は伝えていたのだとしてもそれを実証するのは困難でしょう。

 また、米国のゴシップ誌『Radaronline』2015年11月30日号(注1)によると、チャーリー・シーンにこれまで20人ものセックス・ワーカーを紹介していた女性(記事ではマダム(madam)という言葉を使っていますが、別の部位ではsex wranglerとやや蔑んだ表現もあります)が、「チャーリーがHIVに感染していることはまったく知らされていなかった。紹介した20人が彼からHIVをうつされたかもしれない」とコメントしています。このような状況で、チャーリー・シーンが「交渉をもったすべての相手に自分がHIVに感染していることを伝えた」ということを実証するのは極めて困難です。

 有名人が自分がHIVに感染していることを隠して性交渉をおこなった事件としては、2009年に逮捕されたドイツの女性ユニット「ノー・エンジェルス」のナジャ・ベナイサが有名です。ナジャ・ベナイサは医師から「状態は安定しており他人に感染させる可能性はほとんどない」と言われていたのにもかかわらず、結果として当時の交際相手に感染させてしまい、有罪判決を受けました(注2)。

 ナジャ・ベナイサは実際に感染させていて、チャーリー・シーンの場合は感染させていない(これから感染者が出てくるかもしれませんが)のだから有罪にはならないのでは?と感じる人もいるでしょうが、感染させたかどうかに関わらず「HIV感染を知っていて性交渉」だけで有罪になる国や地域もたくさんあります。米国では州によって異なります。今後、チャーリー・シーンと関係をもった個々が訴訟を起こすことになるでしょう。

 チャーリー・シーンの一連の報道でふたつめの問題として取り上げたいのは「恐喝」です。私はここできれい事を言いたいわけではありませんが、本当に「感染をバラされたくなければカネを出せ」と言われていたのなら、それが元交際相手であったとしても決して許されることではありません。「感染を隠しておこなう性交渉」がどれだけの罪かというのは国や地域で決めることですが、「恐喝」はいかなる理由があったとしても人道にもとる行為です。

 感染を隠して性交渉を持ったことに対する負い目があったのかもしれませんが、「恐喝」に応じるというのは最悪の選択です。おそらくチャーリー・シーンの「計算」としては、「恐喝として警察に相談すれば、自分が感染を隠して性交渉を持ったことが発覚し、その罪を問われることになるだろう。ならばカネを払って自分の罪を隠す方がいい」と判断したのだと思いますが、一度恐喝に応じると要求される金額がどんどん跳ね上がっていきます。そして実際にそうなっていたようです。

 3つめの問題はチャーリー・シーン自身の「性依存症」です。性依存症というのは、定義がはっきりしておらず、きちんとした「病気」と認められているとはいえません。(たとえば「DSM-5」と呼ばれる米国精神医学会の診断基準には「性依存症」という病名はありません) ただ、近年では、性依存症は、アルコール依存症や薬物依存症、ギャンブル依存症といった依存性疾患と同じカテゴリーに属するとする意見が有力です。

 性依存症として最も有名な一人としてタイガー・ウッズが挙げられます。タイガー・ウッズは性依存症の診断がつき、カウンセリングを受けていたことが報道されています。また元米国大統領のビル・クリントンも有名です。ただ、クリントンの場合は不倫相手と妻に精神的苦痛を負わせたのは事実ですが、ひとりの女性との不倫を「病気」としてしまえば、世界の多くの男性が(女性も)性依存症の診断がついてしまうかもしれません。診断がつくだけならいいですが、「病気だから仕方がないだろ」という開き直った行動にでる者が出てくれば新たな問題を生みます。

 性依存症は芸能人にも多く、ハリウッド俳優として以前から有名だったひとりがチャーリー・シーンです。他に有名なのはマイケル・ダグラス、エディ・マーフィーあたりでしょうか。チャーリー・シーンとマイケル・ダグラスは映画『ウォール街』で共演しており、その二人が映画では共に「金の亡者」、実生活では共に「性依存症」というのは、なにやら皮肉めいたものを感じます。

 私が日々診ている性依存症(疑いも含めて)の患者さんのなかには、(狭い意味の)恋愛にはまったく興味がなく「乱交や買春がやめられない」という「乱交型」(ほとんどがストレートの男性)がいます。このタイプは、性感染症に罹患したから受診した、という人が多く、ほぼ全例で病識がなく罪悪感を持っていません。

 一方、狭義の性依存症には入りませんが、性行為というより「恋愛」そのものに依存している、いわば「恋愛依存症」もあり(女性が多いが男性も少なくありません)、これは乱交型ではなく、逆に「ひとりのパートナーへの独占欲」が極めて強いことが特徴の「独占支配型」です。1日に百回以上電話やメールをおこない些細なことで猛烈に嫉妬します。男性の場合はDVの加害者になる場合も少なくありません。その恋愛の終わり方は様々ですが、すぐに新しいパートナーを見つけ、同じようなことを繰り返します。

 チャーリー・シーンの場合は、きちんとした交際歴や結婚歴もあり(ボンド・ガールのデニス・リチャーズと結婚していたこともあります)、数千人と経験があるとされていますが単純な乱交型ではありません。パートナーへの暴力が報道されていますから「乱交型」と「独占支配型」の混在といえるでしょう。

 先に紹介した『Radaronline』の記事によりますと、「マダム」の証言では、チャーリー・シーンは(普通の)女優やポルノ女優の他に性転換者も買春し、そのうちの何人かは「恋人」にしていたそうです。さらに驚かされるのは、この記事によりますと、一人あたりなんと25,000~50,000ドル(約300~600万円)という高額で「購入」していたそうです。年収4千万ドル(約48億円)ともいわれるチャーリー・シーンからすればたいしたことのない金額なのかもしれませんが、ここまでくると、単なる性依存症の一患者とはみなせません。

 これらを改めて考えてみると、チャーリー・シーンがHIVに感染するのも時間の問題だったのかもしれません・・・。しかし、定義にもよりますが、性依存症を患っている男女は決して少なくないこと、ただ一度の性行為でもHIVに感染することもあるということは忘れてはいけません。

 
注1:この記事は下記URLで読むことができます。

http://radaronline.com/celebrity-news/charlie-sheen-hiv-positive-madam-interview-hookers-exposed-virus/

注2:詳しくは下記コラムを参照ください。

GINAと共に第51回(2010年9月)「HIV感染を隠した性交渉はどれだけの罪に問われるべきか」

参照:GINAと共に第89回「性依存症という病」