GINAと共に

第97回 これからの「大麻」の話をしよう 2014年7月号

 このコラムの2008年7月号のタイトルは「ドラッグ天国に舞い戻ったタイ」、2年後の2010年7月号は同じタイトルの「その2」、その2年後の2012年7月号は同じタイトルの「その3」でした。ちょうど2年ごとにタイの薬物汚染のことを取り上げているのは、特にそれを狙って書いたわけではなく、たまたま違法薬物の事件などがマスコミで取り上げられたからです。そしてさらに2年後となる今回も取り上げるのはドラッグについてです。

 今回はタイの事情ではなく日本のことを述べたいと思います。しかしその前にタイの事情を確認しておきましょう。その後のタイの薬物事情はほとんど改善しておらず、最近ではよほどの大きな事件でもない限りマスコミは取り上げることすらしていません。軍事クーデターによりインラック政権が崩壊しましたから、今後ますますタイで違法薬物を入手するのは簡単になることが予想されます。

 以前何度か述べましたが、インラックの実兄のタクシン元首相は、北部や東北部の貧困層にバラマキ政策を実施したことなどで高い人気をほこる一方で、特にバンコクの富裕層や中間層あたりからはよく思われておらず、また軍との関係もよくなかったことから軍によるクーデターにより失脚しました。妹のインラック首相も、タクシン氏と同じように軍のクーデターにより退陣させられたわけです。

 なぜ、インラック政権が崩壊すると違法薬物が流通しやすくなるのかといえば、タクシン政権時代に、かなり強固な薬物対策が実施されたからです。一時はタイは薬物に対してかなりクリーンな国になり、それまでドラッグ目的でタイに渡航していた外国人は一斉にタイを去りました。ただし、この政策はかなり強引であり、一説によりますと無実で射殺された人が数千人になるとも言われています。インラック元首相は、タクシン首相時代ほどは強引な薬物対策はおこないませんでしたが、タクシン時代の強引なやり方を知っているジャンキーたちはそれなりに警戒していたようです。

 軍によるクーデターが起こり、現在タイの政権は安定していません。欧米諸国は、民主化とは正反対の軍によるクーデターに反対の意向を示していますが、この国のクーデターというのは"普通"ではなく、例えばお隣のミャンマーの軍事クーデターとはわけが違います。実際、タイ在住の日本人や最近タイに渡航した日本人に聞いてみても、ごく一部の地域を除けば普段どおりのんびりとした空気が流れているだけ、という答えが返ってきます。

 タイのクーデターの話をしだすときりがないので、そろそろ本題に入りたいと思います。

 今回の本題は日本です。『週刊文春』の取材がきっかけで、日本の大物デュオのA氏が覚醒剤取締法違反で逮捕され、これは全国紙にも大きく報じられました。日本は諸外国に比べ、覚醒剤に対する敷居が極めて低いということはこのサイトで何度かお伝えした通りです。例えば、日本では「ヒロポン」という名前で覚醒剤が薬局で販売されていた時代があり誰もが簡単に購入できましたし、終戦間近の神風特攻隊では出撃に出る前に覚醒剤を使用していたと言われています。『サザエさん』の初期にはタラちゃんが覚醒剤を飲んでしまうシーンがあります。近所の家に預けられたタラちゃんは、その家に置いてあった覚醒剤を飲んで元気になり、タラちゃんを迎えにきたサザエさんは、「はじめてですワ。(タラちゃんが)こんなにはしゃいだこと! ありがとうございました」とお礼を言い、帰り道ではタラちゃんに「ほんとによかったネ」と言っているのです。

 日本では覚醒剤は今も簡単に入手できますから、日本の元覚醒剤中毒者の中には「日本に帰ると手を出してしまいそうで怖いから・・・」という理由で帰国を躊躇しているような人すらいます。

 有名人が覚醒剤を使用というのは大きなニュースになりますから、マスコミは積極的に取材をおこないます。『週刊文春』は独自の取材でA氏を逮捕にまで追い込んだわけですが、同誌は2012年には女優S(.E)氏がスペインで大麻を吸入していたことを報じました。また、2009年に女優S(.N)氏が覚醒剤取締法違反で逮捕されたときも積極的に報じていました。同誌は現在も元プロ野球選手のK氏に覚醒剤使用疑惑があることを報道しています。最近では東北地方のある大学医学部のW教授が、なんと外国人のホステスと一緒に覚醒剤を使用していたと報道しています。

 『週刊文春』のこの取材力は素晴らしいと思いますが、私にはどうしても見過ごせない点があります。それは、どの薬物も同じように報じているということです。先に述べた例でいえば、女優S(.E)氏が使用していたのは大麻であって覚醒剤ではありません。このあたりを同じように報道すると大きな誤解が生まれることになります。

 大麻は21世紀になってから多くの国で合法化されてきています。女優S(.E)氏が使用していたのはスペインであり、スペインでは大麻はすでに個人使用は合法です。ヨーロッパではスペインだけでなく、個人使用であればイギリスやポルトガルなどでも合法です。オランダでは前世紀から合法であったのは有名な話です。(ただし所持している量によっては何らかの罪に問われる可能性もあります)

 中南米でも大麻を合法化する国が増えてきていますし、アメリカ(合衆国)でもワシントン州とコロラド州ではすでに合法化されています。もっとも、アメリカでは以前からカリフォルニアなどいくつかの州では「医療用大麻」は合法であり、医療機関を受診して、例えば「眠れないから大麻を処方してください」と言えば、ごく簡単に大麻が入手できていましたが。

 コロラド州周辺の州では合法化されていませんから、大麻目的でコロラドを訪れる人が増加し、一種の"観光"になっているそうです。日本人を含む外国人も大麻目的で同州を訪問するようになり、一気に外国人が増えたという話も聞きます。ただし、コロラドでは屋外では禁煙であり、またホテルの部屋も禁煙であることが多く、吸う場所に困るそうです。そこで、ホテルによっては「大麻吸入ルーム」を設けているとか。

 大麻は(異論もありますが)アルコールやタバコよりも依存性が少なく有害性も少ないと言われています。私のある知人(外国人)は、「覚醒剤はもちろん、アルコールやタバコは身体に悪いからやらないけど、大麻は安全だしリラックスさせてくれるからときどき楽しんでいる」と話しています。

 誤解を避けるためにここで述べておきますが、私は大麻解禁推進派というわけではありません。大麻を使用すると数時間あるいは翌日まで平和的な気分になり(これはいいのですが)、身体が言うことをきかなくなることもあります。元気になり寝なくても平気な覚醒剤とは正反対というわけです。私の個人的な意見をいえば、大麻を日本人が日常的に使用すると、勤勉さが失われ生産性が低下するのではないかと思うのです。それでもいいではないか、という意見もあるでしょうが、外国人が日本人の誠実さや勤勉さをほめてくれたことを思い出す度に、やはり私個人としては、それが日本人のいいところだ、と思わずにはいられないのです。

 大麻を日本で合法化するとなると運転の問題もあります。大麻はアルコールと同様(あるいはそれ以上に)運転するのは危険です。アルコールなら検問で呼気アルコール濃度を簡単に測定することができますが、大麻はそういうわけにはいきません。尿検査では調べられますが、検問の場で尿を採取するのは現実的ではないでしょう。大麻合法化を推進する意見は日本でもでてくるべきだと思うのですが、検討しなければならない事案はたくさんあるというわけです。

 私は大麻解禁主義者ではありませんが、大麻と覚醒剤、あるいはそれ以外の違法薬物の危険性はまったく異なることをしっかりと国民全員が認識すべき、ということは強く主張したいと思います。日本で覚醒剤や脱法ドラッグがこれだけ簡単に蔓延する理由のひとつが、大麻との垣根がないに等しい、というものです。大麻は多くの国が合法化していることからも分かるように有害性は強くありません。一方、覚醒剤やほとんどの脱法ドラッグはいずれ身を滅ぼすことになります。ここをきちんと理解しておかないと、「日本では違法の大麻」から「日本でも違法の覚醒剤」へ一気に進むことになりかねないのです。

 そろそろ大麻解禁について日本でも議論を進める時期にきています。


GINAと共に
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(医)太融寺町谷口医院 
マンスリーレポート2012年6月号「酒とハーブと覚醒剤」