GINAと共に
第178回(2021年4月) これからの「大麻」の話をしよう~その4~
久しぶりに大麻の話をします。「これからの「大麻」の話をしよう~その3~」を公開したのは3年前の2018年5月。医療用大麻がいよいよ使われるようになってきたことにも触れました。「サティベックス(Sativex)」というカンナビノイド口腔スプレーはTHCとCBDが1:1で配合されたもので、多発性硬化症(難治性の神経疾患)やがんの症状緩和に対して使われます。「エピディオレックス(Epidiolex)」はCBDのみの製剤で、難治性のてんかん「レノックス・ガストー症候群」に用いられます。
治療に使われているといってもそれは海外の話であって、日本では非合法であり、治療目的で医師が輸入することもできません。もちろん個人輸入も違法であり、もしも試みれば大麻取締法で逮捕されることになります。
一般に大麻自由化の流れは南米と欧米諸国が先行していて、過去に述べたように、これらの地域では医療用大麻はもちろん、嗜好用大麻(娯楽用大麻)ですら合法な国や地域も増えてきています。医療用大麻は、いくつかの疾患においてはもはや治療のありふれた選択肢と言ってもいいかもしれません。
一方、アジア諸国ではほとんどの国が嗜好用はもちろん医療用も厳しく禁じています。ただし、動きがないわけではなく、現在ではタイ(及び韓国)で医療用大麻が合法化されています。今回はそれらについての話をしますが、まずは「アジアでの大麻はどのような位置づけか」について確認しておきましょう。
アジアではインドやパキスタン、あるいはカンボジアのように事実上合法(「違法」という話もあるが個人使用なら逮捕されることはまずない)の国がある一方で、シンガポール、マレーシア、インドネシアのように(一定量を)所持しているだけで死刑を宣告される国もあります。ただし、麻薬や覚醒剤ならともかく、大麻を所持しているだけで本当に死刑になるとは思えません。実際に大麻で死刑が執行されたという話を私は聞いたことがありません。
タイではどうかというと、一応は個人所持だけでも違法です。過去にタイに沈没しているジャンキーたちにインタビューしたとき、「警察に見つかっても、たいがいは1,000バーツ紙幣数枚をパスポートにはさんでさっと渡せば見逃してもらえる」と言っていました。これが覚醒剤や麻薬ならそうはいきませんが、よほど運が悪くない限りは大麻(の個人使用)で逮捕されることはまずないようです。しかし違法は違法です。長年の沈没組のようにタイ語が堪能でタイの警察がどのようなものかわかっていれば逃れられるのでしょうが、"素人"は手を出さない方が無難です。
また、タイはもともと薬草やハーブを用いた伝統的な医療があり、1934年に違法とされるまでは痛みや疲労感をやわらげるために大麻が使われていました。さらに、現在の軍事政権が(タクシン首相の頃とは異なり)薬物には極めて甘い政策を取っているために「アジアで大麻が全面的に合法になるのはタイだろう」と言われ続けています。
そして2018年12月25日、ついにタイは医療用(及び研究用)の大麻を合法化することを決めました。この決定を受けて、タイ国内の大麻を推進するグループは「嗜好用大麻合法化へ向けてのステップだ」というようなコメントをしたようですが、2年以上が経過したその後もタイでは嗜好用大麻が合法化される兆しはありません。実際に医療用大麻が合法化されたのは2019年2月18日で、これはアジア全域で一番乗りとなります。
アジアで2番目に医療大麻合法化が実現化した国は韓国です。2019年3月から合法化されています。ただし、認可されたのは4種類の輸入品に限られており、輸入手続きも大変厳しく管理されています。4種類のうち2種はサティベックスとエピディオレックスです。残り2つは「マリノール(Marinol)と「セサメット(Cesamet)」で、これらは末期がんの吐き気や痛みを抑えるときに用いられます。
タイでの医療用大麻についての実態についてまとめていきましょう。韓国では日本人が渡航しても使用できる可能性は(私が調べた限り)ほぼゼロです。ではタイではどうかというと、以前は「日本人でも使用できる」という情報が複数の筋から入ってきていました。実は、それらの情報の裏をとった上でまとめたものをこのサイトで発表することを2年程前に考えていました。
ところが事情が変わってしまいました。Covid-19(以下「新型コロナ」)です。実は、少し前までタイのある医療機関が日本語のサイトも立ち上げて医療用大麻を日本人に処方できることをPRしていました。その医療機関には日本語の話せる大麻に詳しい医師がいるというのがウリでした。実際、その病院のサイトを見た日本人から、「この病院を受診するのにはどうすればいいか」という問い合わせがGINAのサイトに複数寄せられていました。
これは調べる価値があると考えたのですが、ちょうどその頃に新型コロナのせいで激務が続き、私自身がGINAに使える時間がほとんどなくなってしまいました。最近になりようやく調査を開始しようとしたところ、その病院のウェブサイトの日本語版はすでに閉鎖されていました。メールをしても返事が返って来ず、タイの知人からこの病院に連絡をしてもらうと、どうも日本人の受け入れは中止しているようだとのことでした。おそらく、新型コロナのせいでタイ渡航が極めて困難となり、日本人への治療が閉ざされてしまったようです。
では、タイの他の医療機関はどうなのでしょう。私自身がタイに渡航できないので、タイの知人に調査を依頼するしかありません。そこで分かったことは、韓国のように4種と限定されたわけではなく、タイでは大麻そのものが研究用として栽培されており臨床研究がさかんになってきていること、タイ人に対しては一部の疾患に使われ始めているがまだまだ普及しているとはいえないこと、外国人は(日本人も含めて)治療を受けられる可能性は低いこと、などです。
では今後の行方はどうなるのでしょうか。おそらく、新型コロナが落ち着くまでは、タイで日本人が医療用大麻の恩恵に預かれることはないでしょう。そもそも、現時点では駐在員かその家族でなければタイへの渡航が困難です。美容外科や性転換手術目的ならビザが比較的簡単におりますが、医療用大麻目的ではビザが取得できません。一部の富裕層が持つ「エリートカード」があれば入国は比較的簡単にできますから、こういった人達ならタイで医療用大麻を摂取できる可能性はあると思います(が、GINAの読者にそのような人はあまり多くありません)。
というわけで、すべては新型コロナ次第です。では、新型コロナが終息したことを想定して何が起こるかを考えていきましょう。私は、「再びタイに自由に行き来できるようになれば、大勢の日本人がタイで医療用大麻による治療を受けるようになる」と考えています。もちろん対象者は限られ、誰でもそれができるわけではありません。私の予想では、がんの宣告を受けた人とHIV陽性者にとっての「人気の治療」となります。
多くのがんは進行すれば耐え難い疼痛が起こり食欲不振に見舞われます。抗がん剤を用いればさらに食欲不振は増します。大麻にはランダム化比較試験(RCT)などでの研究報告は(おそらく)なく、エビデンスはありませんが、おそらくがん患者のいくらかは大麻摂取で痛みが緩和されて食欲不振が改善するはずです。実際、上述のマリノールとセサメットはその目的で使われているわけです。おそらくそういった人たちを対象としたツアーも登場するでしょう。
念のために付け加えておくと、このサイトで繰り返し述べているように私自身は日本での大麻合法化には反対です。ですが、医療用のみならず嗜好用大麻合法化の世界の流れは止められません。若者が留学時に大麻を嗜むことには反対ですが、難治性神経疾患やがん(あるいはHIV)を患った人たちが症状緩和の目的で大麻を摂取することはエビデンスがないとしても希望者には処方すべきだと私は考えています。もちろん、人生の最期をどこで誰とどのように過ごすのかはその人が決めることであり、大麻を強く勧めるようなことはしませんが、希望する人には協力したいと考えています。
治療に使われているといってもそれは海外の話であって、日本では非合法であり、治療目的で医師が輸入することもできません。もちろん個人輸入も違法であり、もしも試みれば大麻取締法で逮捕されることになります。
一般に大麻自由化の流れは南米と欧米諸国が先行していて、過去に述べたように、これらの地域では医療用大麻はもちろん、嗜好用大麻(娯楽用大麻)ですら合法な国や地域も増えてきています。医療用大麻は、いくつかの疾患においてはもはや治療のありふれた選択肢と言ってもいいかもしれません。
一方、アジア諸国ではほとんどの国が嗜好用はもちろん医療用も厳しく禁じています。ただし、動きがないわけではなく、現在ではタイ(及び韓国)で医療用大麻が合法化されています。今回はそれらについての話をしますが、まずは「アジアでの大麻はどのような位置づけか」について確認しておきましょう。
アジアではインドやパキスタン、あるいはカンボジアのように事実上合法(「違法」という話もあるが個人使用なら逮捕されることはまずない)の国がある一方で、シンガポール、マレーシア、インドネシアのように(一定量を)所持しているだけで死刑を宣告される国もあります。ただし、麻薬や覚醒剤ならともかく、大麻を所持しているだけで本当に死刑になるとは思えません。実際に大麻で死刑が執行されたという話を私は聞いたことがありません。
タイではどうかというと、一応は個人所持だけでも違法です。過去にタイに沈没しているジャンキーたちにインタビューしたとき、「警察に見つかっても、たいがいは1,000バーツ紙幣数枚をパスポートにはさんでさっと渡せば見逃してもらえる」と言っていました。これが覚醒剤や麻薬ならそうはいきませんが、よほど運が悪くない限りは大麻(の個人使用)で逮捕されることはまずないようです。しかし違法は違法です。長年の沈没組のようにタイ語が堪能でタイの警察がどのようなものかわかっていれば逃れられるのでしょうが、"素人"は手を出さない方が無難です。
また、タイはもともと薬草やハーブを用いた伝統的な医療があり、1934年に違法とされるまでは痛みや疲労感をやわらげるために大麻が使われていました。さらに、現在の軍事政権が(タクシン首相の頃とは異なり)薬物には極めて甘い政策を取っているために「アジアで大麻が全面的に合法になるのはタイだろう」と言われ続けています。
そして2018年12月25日、ついにタイは医療用(及び研究用)の大麻を合法化することを決めました。この決定を受けて、タイ国内の大麻を推進するグループは「嗜好用大麻合法化へ向けてのステップだ」というようなコメントをしたようですが、2年以上が経過したその後もタイでは嗜好用大麻が合法化される兆しはありません。実際に医療用大麻が合法化されたのは2019年2月18日で、これはアジア全域で一番乗りとなります。
アジアで2番目に医療大麻合法化が実現化した国は韓国です。2019年3月から合法化されています。ただし、認可されたのは4種類の輸入品に限られており、輸入手続きも大変厳しく管理されています。4種類のうち2種はサティベックスとエピディオレックスです。残り2つは「マリノール(Marinol)と「セサメット(Cesamet)」で、これらは末期がんの吐き気や痛みを抑えるときに用いられます。
タイでの医療用大麻についての実態についてまとめていきましょう。韓国では日本人が渡航しても使用できる可能性は(私が調べた限り)ほぼゼロです。ではタイではどうかというと、以前は「日本人でも使用できる」という情報が複数の筋から入ってきていました。実は、それらの情報の裏をとった上でまとめたものをこのサイトで発表することを2年程前に考えていました。
ところが事情が変わってしまいました。Covid-19(以下「新型コロナ」)です。実は、少し前までタイのある医療機関が日本語のサイトも立ち上げて医療用大麻を日本人に処方できることをPRしていました。その医療機関には日本語の話せる大麻に詳しい医師がいるというのがウリでした。実際、その病院のサイトを見た日本人から、「この病院を受診するのにはどうすればいいか」という問い合わせがGINAのサイトに複数寄せられていました。
これは調べる価値があると考えたのですが、ちょうどその頃に新型コロナのせいで激務が続き、私自身がGINAに使える時間がほとんどなくなってしまいました。最近になりようやく調査を開始しようとしたところ、その病院のウェブサイトの日本語版はすでに閉鎖されていました。メールをしても返事が返って来ず、タイの知人からこの病院に連絡をしてもらうと、どうも日本人の受け入れは中止しているようだとのことでした。おそらく、新型コロナのせいでタイ渡航が極めて困難となり、日本人への治療が閉ざされてしまったようです。
では、タイの他の医療機関はどうなのでしょう。私自身がタイに渡航できないので、タイの知人に調査を依頼するしかありません。そこで分かったことは、韓国のように4種と限定されたわけではなく、タイでは大麻そのものが研究用として栽培されており臨床研究がさかんになってきていること、タイ人に対しては一部の疾患に使われ始めているがまだまだ普及しているとはいえないこと、外国人は(日本人も含めて)治療を受けられる可能性は低いこと、などです。
では今後の行方はどうなるのでしょうか。おそらく、新型コロナが落ち着くまでは、タイで日本人が医療用大麻の恩恵に預かれることはないでしょう。そもそも、現時点では駐在員かその家族でなければタイへの渡航が困難です。美容外科や性転換手術目的ならビザが比較的簡単におりますが、医療用大麻目的ではビザが取得できません。一部の富裕層が持つ「エリートカード」があれば入国は比較的簡単にできますから、こういった人達ならタイで医療用大麻を摂取できる可能性はあると思います(が、GINAの読者にそのような人はあまり多くありません)。
というわけで、すべては新型コロナ次第です。では、新型コロナが終息したことを想定して何が起こるかを考えていきましょう。私は、「再びタイに自由に行き来できるようになれば、大勢の日本人がタイで医療用大麻による治療を受けるようになる」と考えています。もちろん対象者は限られ、誰でもそれができるわけではありません。私の予想では、がんの宣告を受けた人とHIV陽性者にとっての「人気の治療」となります。
多くのがんは進行すれば耐え難い疼痛が起こり食欲不振に見舞われます。抗がん剤を用いればさらに食欲不振は増します。大麻にはランダム化比較試験(RCT)などでの研究報告は(おそらく)なく、エビデンスはありませんが、おそらくがん患者のいくらかは大麻摂取で痛みが緩和されて食欲不振が改善するはずです。実際、上述のマリノールとセサメットはその目的で使われているわけです。おそらくそういった人たちを対象としたツアーも登場するでしょう。
念のために付け加えておくと、このサイトで繰り返し述べているように私自身は日本での大麻合法化には反対です。ですが、医療用のみならず嗜好用大麻合法化の世界の流れは止められません。若者が留学時に大麻を嗜むことには反対ですが、難治性神経疾患やがん(あるいはHIV)を患った人たちが症状緩和の目的で大麻を摂取することはエビデンスがないとしても希望者には処方すべきだと私は考えています。もちろん、人生の最期をどこで誰とどのように過ごすのかはその人が決めることであり、大麻を強く勧めるようなことはしませんが、希望する人には協力したいと考えています。