GINAと共に

第237回(2026年3月) AyrinがLeoを捨てた理由とこれからの恋愛

 事件や犯罪が起こったわけではなく、「死」や「障害」がテーマになっているわけでもなく、取り立てて感動するような話でも、有名人の話でもないのにもかかわらず、一般人のラブストリーを追いかけることにはあまり意味はないかもしれません。

 しかし、ちょうど1年前のコラム「AIボットの"恋人"に夢中になる時代」のその後の展開については触れておいた方がいいと思いますので、今回はまずそちらを報告することにします。今、「一般人のラブストリーを追いかけることにはあまり意味はない」と述べましたが、この女性は世界中で有名になっています。The New York Timesが報道したからです。

 まずは1年前のコラムで紹介した米国の20代の女性Ayrinのロマンスを振り返っておきましょう。

 Ayrinは結婚して夫と住んでいましたが、キャリアアップのため遠方の看護学校に通うことになり、夫と離れて生活していました。夫と離れて寂しかったのか、あるときAyrinはChatGPTにLeoという名の理想のタイプの男性をつくってもらいました。夫にもLeoの存在は伝えていますが、夫は特に気に留めた様子もありません。Ayrinは次第にLeoに夢中になっていきました。

 ここまでが1年前にお伝えした内容です。その後の展開を紹介しましょう。

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 その後AyrinはますますLeoに夢中になっていきました。この関係を他人に自慢したかったのか、他人にも素敵な"パートナー"を見つけてほしいと思ったからなのか、掲示板サイトのRedditで「MyBoyfriendIsAI」というコミュニティを立ち上げました。そして、Leoと交わしたお気に入りの会話や刺激的なチャットについて投稿したり、またChatGPTが愛情深いパートナーのように振舞うよう設定を変更する方法を説明したりしました。

 2025年の年明けの時点では、「MyBoyfriendIsAI」のコミュニティのメンバーは数百人程度でしたが、年末には39,000人にまで増え、週間の訪問者数でみるとその2倍以上に上りました。

 ところが、皮肉なことにAyrinがそのコミュニティを立ち上げた頃から、AyrinはLeoの「変化」が気になり始めました。Leoが「sycophantic」になったと言うのです。「sycohpantic」とは直訳すれば「おべっかい」のような感じの意味で、AI業界ではよく使われる表現のようです。生成AIが客観的な回答ではなく、ユーザーが望む回答をするよう仕向ける際に使われる言葉だそうです。

 では、なぜLeoが突然sycophanticになったのか。"犯人"はOpenAI社でした。The New York Timesによると、OpenAI社がChatGPTのユーザーの利用頻度を維持するため、2025年初頭に仕様を変更し、chatGPTがユーザーに迎合的でお世辞を言うような設定にしたのです。
 
 同社のこの戦略はAyrinにとっては裏目に出ました。彼女はLeoと話す時間が減り、自分の生活で起こっていることをLeoに報告するのが「面倒くさいこと(a chore)」と感じるようになったのです。そして、Leoとの"会話"がどんどん減っていきました。

 代わって増えたのが生身の人間と会話する時間です。Ayrinは次第に人間の友達とのグループチャットに没頭するようになっていき、そして一人の男性の存在が気になり始めました。今度はAIではなく本物の男性です。かつての彼女と同じようにAIのパートナーを持つ男性でした。Ayrinは次第に「SJ」という名のその男性への好意が強くなっていることに気付きました。

 SJは米国ではなく別の国に居住しているため簡単に会うことはできません。そのためコミュニケーションには通信アプリ「Discord」を使っています。彼らのDiscordを通じた通話は300時間以上にも及びました。二人はますます愛情を深め、ロンドンでのデートも楽しみました。そして、Leoのときとは異なり、今度は夫に「離婚したい」と告げたのです。
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 もしもOpenAI社が設定を変えずに、Leoが変わらぬままならどうなっていたのでしょうか。それは誰にも分かりませんが、Ayrinは何を聞いても意外性のない回答しかしないLeoがつまらなくなっていったのでしょう。

 しかし、AyrinはLeoの"設定"が変わる前から「批判されることがない」という感覚があったことは認めています。そして、実在する人間との関係はAIパートナーとの関係よりも「少し複雑」とも述べています。人間のパートナーになると、「何か言って相手に悪い印象を与えてしまうのではないか」と不安になるというのです。

 Ayrinのこのコメントを聞いて「そこがいいんだ。それが本物の恋愛でAIにはまねできないんだよ」と感じる人もいるでしょう。私自身もそう思いたい気持ちはあるのですが、どうやら最近の若い世代はそうでもないようです。

 恋愛が面倒くさい、という話を谷口医院の患者さんからも聞く機会が増えてきました。彼(女)らは、その相手から傷つけられたり、傷つけたり、あるいは他人からどうのこうのと言われるのが煩わしいというのです。最近(2026年3月7日)、湯山玲子さんが日経新聞(NIKKEIプラス1)の連載「なやみのとびら」で興味深いコメントをしていたので紹介しましょう。このコーナーは読者の悩みに対して返答する形式の連載です。

 読者からの質問は「大学生の子供(性別は不明)が恋愛をしない。このまま天涯孤独になるのではないかと心配になる」というものでした。この相談に対し湯山さんは次のように答えます。抜粋して紹介します(一部を省略しています)。

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 残念ながら恋愛はオワコンになってしまいました。かつては「男らしさ」として女性が仰ぎ見、「女らしさ」として男性が心を揺さぶられた能力やセンスの正体がバレてしまい、自分にないものに憧れるといった情動はもはや過去のもの。そして、恋愛の大いなる動機でもある性も、ネットなどを通じ、もう、現実の相手なしで処理できてしまうというのが今なのです。

 
そんな彼・彼女たちの、本来ならば恋愛に行くはずの情動を心身ともに一手に引き受けているのはアイドル等への「推し活」です。生身のリアルが欲しければ、ホストクラブもホストがアイドル化し、普通の若い女性が出入りするようになっています。

 私が学生たちと話していて、リアルに感じるのが「恋愛は危険な人間関係だ」という感覚です。タブーやモラルをやすやすと超えてしまうのが恋愛。その結果である不倫に対してのバッシングの激しさはご存じの通りで、恋愛の火種はすぐに消さないと身の破滅だと思わざるを得ない。そして、彼らが最も嫌うのが自分が傷つくことと、人を傷つけること。となると、三角関係もあれば、フラれるという自己否定の可能性が大いにあるリアル恋愛には積極的になれないのでしょうね。
 
 ただし、子供を産み育て、家族をつくりたいという欲求は彼らにもあります。相談者氏の世代では「恋愛(形だけでも)をし、心身ともに深い関係になってからの結婚」が世間相場でしたが、今ではパートナー選びに恋愛という前提は不要。マッチングシステムでスペックを吟味してから相手を選ぶので、まるでお見合いのようです。
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 湯山さんによると、「恋愛はオワコン」「性は現実の相手なしで処理する」
「恋愛の情動は推し活に向かっている」「子供が必要ならマッチングシステムでスペックを吟味して相手を選ぶ」とのことです。

 湯山さんの文章には出てきませんが、「性(セックス)は現実の相手なしで処理する」とはAIのことを差しているのでしょうか。先述のThe New York Timesの記事にはOpenAI社のCEO、サム・アルトマン氏の次の言葉も紹介されています。

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 ChatGPTとの性的関係は、まもなく誰でも簡単に楽しめるようになる。OpenAIは年齢確認を導入し、18歳以上のユーザーが性的なチャットに参加できるようにする予定だ。これはOpenAI社の「成人ユーザーを成人として扱う」という原則の一環である
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 Ayrinは生身の人間の世界に戻ってきましたが、これは少数派であり、これからの若者は、AIとのロマンス、AIとの性(セックス)を楽しみ、子供がほしくなってようやく生身の人間を探すけれども、それもマッチングアプリを利用してスペックを吟味する、ということなのでしょうか。

 私がGINAを立ち上げた2000年代の半ばには「理性ではわかっていても危険なロマンスを求めてしまう」「セックスへの欲求に自分が支配される」といった、いずれ不幸にたどりつくであろうという相談が多く、あるいは、たとえば「障害を乗り越えて結ばれたロマンス」のような感動する話を聞く機会がしばしばありました。しかし、そういえば最近はこの手の話はあまり聞かなくなってきています。「ロマンス」や「セックス」に依存する人が減ってきているのでしょうか。「フーゾク通い」がやめられないという性依存症を自認する人からの相談は今もときどきありますが。

 人類一万年の歴史において、今、ロマンスやセックスの価値が大きく変わっているのでしょうか。

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第236回(2026年2月) 性欲で身を滅ぼす男と女

 最近、アンドルー元英国王子の不祥事が世界のメディアを連日にぎわせています。少女買春や性虐待で有罪判決を受け獄中死(正確には「拘留されていた矯正施設」での死亡。自殺とされているが他殺を疑う声もある)したジェフリー・エプスタインとのつながりが指摘されています。英国の国費でエプスタインに会いに行くための費用をまかなっていたのだとすればそれは問題でしょうが、おそらく世間の関心が高いのは税金の不正使用ではなく、性スキャンダルの方でしょう。

 アンドルー元王子自身は現在も否定しているようですが、エプスタインが斡旋した未成年少女に対する性虐待疑惑が元王子の地位や名誉や尊厳を奈落の底に落としました。米国のVirginia GiuffreさんはBBCからの取材を受け、元王子から3回にわたり性行為を強要されたことを明かしました。さらに、エプスタインの関係者に性奴隷として扱われ死ぬかもしれない(die a sex slave)とコメントしました。アンドルー元王子は2022年にGiuffreさんに和解金を支払っています。

 アンドルー元王子がいくら否定しようが、Giuffreさんと共に映っている写真が世界中で拡散されているわけですから、元王子の言葉を信用する人はほとんどいないでしょう。アンドルー元王子は英国王室の尊厳に大きな傷をつけましたが、それ以上に自身のプライドや矜持はズタズタに引き裂かれ、もはや尊厳を取り戻すことは不可能です。

 エプスタインに関与し名誉をなくした有名人は他にもいます。少し例を挙げると、ビル・クリントン、ドナルド・トランプ、
マンデルソン男爵、ビル・ゲイツ、ケビン・スペイシー、クリス・タッカー、ウッディ・アレン、ハーヴェイ・ワインスタインなどです。ウッディ・アレンは過去に養女への性的虐待でも告発されています。ハーヴェイ・ワインスタインは性暴力・性的虐待及びその隠蔽工作が発覚して逮捕され現在も収監されています。

 尚、エプスタイン
が借りていた秘密保管ロッカー(secret storage locker)には、コンピューター、ビデオテープ、DVD、性奴隷マニュアル(sex-slave manuals)、被害者と思われる女性の裸の写真、10代の若者を性的に刺激するポルノ雑誌などが保管されていたことが報道されています。さらに、全米各地で6つの倉庫を借り、カリブ海にある自身の私有島リトル・セント・ジェームズのコンピューターなどに所有物件の品々を保管していたことも報じられました。

 ビル・ゲイツについて少し詳しくみてみましょう。BBCによると、エプスタインが2013年7月に作成した電子メールで、ゲイツ氏が性感染症に感染し当時の妻メリンダ氏を含む関係者にそれを隠そうとしていたことが触れられています。ゲイツ氏の広報担当者は以前、この主張を「全く馬鹿げており、完全に虚偽だ」と述べていますが、メリンダ氏は「汚らわしい」と激怒し、財団からの離脱を決意するほどの事態となっています。尚、現在ゲイツ氏とメリンダ氏はすでに離婚していますが、ゲイツ氏は2019年にマイクロソフト社員と不倫関係にあったことを認めています。

 ビル・ゲイツはマイクロソフトを創業した人物として知られていますが、2000年にメリンダ氏と民間慈善財団「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」を設立したことでも有名です。世界最大の民間慈善団体といわれ、数々の慈善事業を手掛けています。しかしながら、エプスタインとの交流が明らかにされ、本人は否定しているものの性感染症に罹患したことがエプスタインのメールに記されており、その真偽は別にしてメリンダ氏が激怒していることが世界に知られました。こうなるとどれだけ立派な行動をしていようが、名誉に傷がつき尊厳が崩れ落ちることが避けられません。

 アンドルー元王子やビル・ゲイツとは注目度がまるで異なりますが、日本でも東大医学部の教授が業者のカネで性フーゾクに繰り返し通っていたことで世間から呆れられています。

 日本の大手メディア紙で「性風俗店での接待」という言葉が使われ、これだけでも恥ずかしいことこの上ない話だと思いますが、週刊誌の報道ではもっと深く切り込まれています。たとえば、この報道サイトでは、次のような言葉が並べられています。

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佐藤伸一教授は、吉崎歩特任准教授のラインによると、いつも「もも」というソープ嬢を指名しており、吉崎歩特任准教授は、いつも代わるがわる多種多様のソープ嬢とフリーで遊興している。

入店費用は、2時間で8万円の吉原有数の超高級店だ。

そして、待合室で、二人そろって、いつも常に着用しているマスクを外して、にんまり顔で、ソープ嬢との対面を待っている。

そして、15時過ぎに、佐藤伸一教授が店から、スッキリした表情で出てきた。

60才の還暦を過ぎた御仁が、4時間も超高級ソープランドで何をしているのであろうか?
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 まだまだ続くのですがこのあたりでやめておきましょう。「待合室でのにんまり顔」をネットに載せられ、さらにお相手の「もも」の写真も同じページに掲載されています。さらに、この記事によると、佐藤伸一教授はカネを出させた業者の男性を
「殺すぞ」と言って脅したとか。

 アンドルー元王子やビル・ゲイツと異なり、佐藤教授は性フーゾク通いを否定していません。もっとも、「待合室のにんまり顔」をネット上で晒されているわけですから否定しようがないわけですが。否定しないだけでなく、痴態がネットに晒されてからその後一年近くも東大教授の地位にとどまり続けたことも理解に苦しみます。これだけ恥ずかしい姿を晒されて、よく他の医師や患者さんに顔を合わせられるなと思いますが、そのあたりの感覚が世間からかけ離れているようです。

 エプスタインにはいかがわしい噂が古くからあったことはよく知られています。にもかかわらず、アンドルー元王子やビル・ゲイツや他のエプスタインと交流のあった有名人はそのあたりをどのように考えていたのでしょう。たとえ、性暴力や買春に関与しなかったとしても、不名誉な噂を流されるとは思わなかったのでしょうか。「君子危うきに近寄らず」「李下に冠を整えず」などの諺は西洋にはないのでしょうか。もしも、実際に性暴力などに関与しているならば、なぜそのようなリスクある行為をとったのでしょう。バレれば生き恥を晒すことになる、とは考えなかったのでしょうか。

 佐藤教授の場合も、もしも性欲が抑えられなかったのだとすれば、わざわざ証拠の残るような業者の接待を受けたりせずに、自分の収入でフーゾク通いしようとは思わなかったのでしょうか。

 GINAを設立して約20年が経過しました。この20年間で実に様々な人たちから「性で後悔している」という話を聞いてきました。「HIVに感染してしまった」が最たる例ですが、「大切な人を失ってしまった」というエピソードも数多くあります。男性だけではありません。

 30代後半のある女性が性フーゾク店で働きだしたきっかけは「夫とセックスレスになったから」でしたが、そのうちに自身が性依存症であることに気付きセックスワークがやめられなくなりました。夫とはセックスレスを除けばいい関係を維持しており、離婚するつもりはないと言っていましたが、夫の方から離婚を言い渡されました。妻の行動の不審な点に気付いた夫が探偵を雇い、妻が性フーゾク店勤務のみならず、複数の男性とホテルで過ごしていたことが発覚したのです。

 この女性だけでなく、性フーゾク店勤務をパートナーや家族に知られてしまった、という話はときどき聞きます。浮気や不倫がバレたと言う話は履いて捨てるほどあり、なかには離婚に至るケースもあります。

 では、なぜ理性あり地位高き人々が後先考えずにいとも簡単にリスクをとるのか。それは「性欲は依存症だから」です。性欲は人間の自然な生理的欲求のひとつで食欲や睡眠欲と同じものと言われることがありますが、私にはそうは思えません。性欲は生理的欲求(だけ)ではなく、薬物やギャンブルと同じカテゴリーに入る依存症の1つだということを過去20年のGINAの活動から確信するようになりました。いったん性欲のスイッチが入ると、理性を司る脳がハイジャックされ、そのパワーに抗うことができなくなるのです。そういう意味で、性依存症を患った人たちは常に人生を崩壊させるリスクに晒されていると言えるでしょう。

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第235回(2026年1月) AIが普及しセックスワーカーが増えていく

 現在、新卒のみならず転職市場においても空前の売り手市場が続いています。株価は上昇を続け好景気が持続し、少子高齢化による若年層が減少していますから、新卒のみならず大卒の若者の大半は就職に困らないのでしょう。私が院長をつとめる谷口医院の患者さんをみていても、若くて能力のある人たちはいとも簡単に新しい仕事をみつけています。転職して収入が増えたと言う人も少なくありません。

 ところが、そのような売り手市場に若者は恩恵を受けているのだとしても、中年以降でこれといった技術や経験のない人はそういうわけではなく、事務職はほとんど絶望的だという声も多数聞かれます。また、若年者の間でも仕事が見つからずに困窮している人がいます。

 男性の場合は、これまでは敬遠されていたいわゆるブルーカラーの需要は現在それなりに高いようです。初めから事務職などのホワイトカラーを目指さずに、身体を使って手に職をつけることを目指してブルーカラーの仕事に従事する若者も少しずつ増えていると聞きます。この傾向は米国で特に顕著なようですが、日本でも少しずつホワイトカラーを見切ってブルーカラーを目指す若者が増えているようで、私自身もこの考えに賛成です。

 もともと日本は(例えば韓国などと比べると)ブルーカラーの職業が下に見られたり蔑まされたりすることはなく、また給与も決して低くはなく、どちらかとカッコいい職業であり続け、今もそうではないでしょうか。ただし、この現象は大阪だけ(あるいは私の周りだけ?)なのかもしれません。この話を関東の人にすると、「東京ではそんなことはない。ほとんどの若者はホワイトカラーを目指す」と言われたことが何度もあります。

 女性はどうでしょう。男性に比べるとブルーカラーに従事する女性はさほど多くありません。最近では傾向が少しずつ変わり、工場や現場の仕事でも女性の求人が増え、一部の企業は女性を大幅に増やすことで人出不足を解消しているようですが、それでもブルーカラーの労働者数の男女差は小さくありません。また、激しく体力を使う仕事や危険業務には現実にはなかなか女性が入りにくいのも事実です。フェミニストが何を言おうが、平均値で言えば男性と女性には体格にも体力にも歴然とした差があります(これは「個」の話ではなく「全体」の話です)。

 販売や飲食の業界では女性の従業員の方が多いでしょうが、少しずつ外国人に職を奪われ、また比較的給与が低いことから、誰もがとびつく職種ではないのが実情でしょう。この類の仕事はルッキズムの要素が入り込み(容姿端麗の方が有利)、そしてそれ以上に重視されるのが「愛嬌の良さ」です。この時代に「愛嬌のよい女性歓迎」などと言えば一斉にバッシングを受けるでしょうが、「見た目がよくて愛嬌があって気が利く若い女性」であれば販売や飲食の世界では間違いなく歓迎されます。

 では、それほど愛嬌がよくなくて、気が利かない、例えば同時に複数のことができないとか、要領よく仕事がこなせない女性はどうでしょうか。さらに、大学どころか高校も卒業していない女性ならどうでしょう。このような女性がオフィスワークを務めるのは困難です。コンビニやカフェの場合は、採用されたとしても仕事が遅くてミスが多ければ、たいていは上司からきついことを言われ、そしていずれやめていきます(もちろんそうでない人もいるわけですが、私が過去20年以上にわたり多くの若い女性を診察してきた結果、このように感じています。やはり「個」の話をしているのではなく「全体」の傾向です)。

 さらに現在、AIが加速度的な勢いで労働市場に入り込んできています。ひと昔前なら人間が担っていた単純な事務作業が次第にAIの仕事となってきています。さらに、単純労働のみならず、少し前には高度な業務と考えられていた領域にもAIの勢いが入り込んできています。例えば、インターネットの業界でいえば、ついこの間までプログラムが書けて情報学の知識があれば労働市場で引っ張りだこでしたが、この分野にAIが大きく進出したせいで仕事が激減しています。創造力が求められる分野でさえもAIが席巻し、いつ仕事をなくすかもしれないと不安におびえるプログラマーの声をしばしば耳にします。

 では好景気のなかでも仕事を得られない女性はどうやって生きていくのか。ひとつの「道」がセックスワークにあるのは事実でしょう。こんなこと他の誰も言わないでしょうが、これまで大勢の若者を診てきている私の視点からは間違いありません。そして、若者だけではありません。50代になってからセックスワークを開始した、あるいは50代になって30年ぶりにセックスワークを復活した、という女性もいます。

 ちなみに、先月まで谷口医院に研修に来ていたフランス人の医学生は「日本では50代のセックスワーカーが存在することに驚いた。フランスでは若い女性だけだ」と言っていました。これには様々な見方があるでしょうが、「50代でも(なかには60代も)セックスワークで生活できる日本は恵まれている」のかもしれません。GINAのウェブサイトから連絡してくる人や、あるいは谷口医院の患者さんのなかにもセックスワークに従事しているという人がいます。年齢は20代から50代まで様々です。

 この傾向は世界的に生じているようです。

 英紙The Independentによると、英国のセックスワーカーを支援する組織「English Collective of Prostitutes」には相談が相次いで寄せられており、過去6ヶ月間でヘルプラインの電話が33%増加しています。生活費の高騰を理由にセックスワークを始めたり、再開したりする女性からの電話が多いようです。ブリストルで路上セックスワーカー(街娼)として働く女性たちに「夜間支援」用のバンを提供している慈善団体One25によると、バンを利用する女性の数が3年間で2倍以上に増加し、2021~2022年度の94人から2024~2025年度には192人にまで増えています。おそらくバンには彼女たちのために食料、スキンケア製品、あるいはコンドームなどが用意されているのでしょう。

 英国にはセックスワークの非犯罪化(decriminalisation)を求めるアドボカシー団体「Decrim Now」(Decrimはdecriminalisation=非犯罪化の略)があります。Decrim Nowが2025年10月に発表した報告書には、セックスワーカーの76%が経済的困窮のためにセックスワークを始めたと回答し、回答者の77%が自身になんらかの障害、特に精神疾患や発達障害などがあると認識しています。調査対象となった172人のうち、半数以上がセックスワーク以外に少なくとも1つの仕事を持っていて、育児のためにはセックスワークをしなければならないと考えています。

 これは日本でもまったく同じで、少なくともGINAに相談する人(もしくは谷口医院の一部の患者さん)のなかにも同じような悩みを持っている人がいます。「困窮」、「子育て」もそうなのですが、注目すべきは「精神疾患や発達障害」です。これらを病気と呼ぶかどうかは別にして、私に相談してくる女性たち(及び一部は男性)は、現代社会の気忙しさについていけず、その繊細な心が傷つけられ、不安に苛まれ、そのうちに外出するのも苦痛となり、やがてセックスワークを考え始めます。

 ところが、セックスワークの世界に入ると、基本的に"接客"は1対1ですから同時にいろんなことに気配りをする必要がなく、会話のテンポがゆっくりすぎたり的を得たことを言えなかったりしても、バカにされるどころかその反対に「癒される」「ほっこりできる」などと男性客からは好評で、承認欲求が満たされます。私自身、これまでセックスワークから抜けられないという女性たちから「でも承認欲求は満たされるんです」という言葉を何度聞いたか分かりません。

 英国を含め海外では、セックスワーカーを権利のある労働者とみなし、徴税する代わりに社会保障を供給せよというムーブメントがあります。ただ、労働者とみなされ社会保障が与えられるには氏名を役所に届けなければならなくなり、この点が隘路になりすべてのセックスワーカーが賛同しているわけではありません。日本でもこの意見を主張するセックスワーカーはほとんどいません。

 あらためて言うまでもないことですが、どのような社会が訪れようと、たとえばAIがさらなる発展を遂げ生活がこの上なく便利になったとしても、セックスワーカーという職業はなくなりません。いえ、AIが普及し労働の形態が変化するにつれ、セックスワーカーはむしろ増えていくのではないでしょうか。そして、上述したように、一般社会でははじかれてしまってセックスワークに従事せざるを得ない女性たちに癒され慰められている男性が存在するのもまた事実です。この「事実」に目を伏せおざなりにしてしまえば、どんな意見も机上の空論に過ぎなくなります。私がGINAの活動に取り組んで20年が経過した今、深く実感していることです。

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第234回(2025年12月) 児童ポルノと芸術に明確な線引きはできない

 過去のコラム「買春がやめられない日本と韓国の男たち」で、元プロサッカー選手の影山雅永氏が、航空機内で児童ポルノ画像を閲覧しフランスで有罪判決を言い渡された事件を取り上げました。そのコラムで私は「影山氏は画像について『芸術作品である』と詭弁を呈し恥の上塗りをしました」という言葉を使い、氏を非難しました。

 しかし、「芸術作品である」というこの言い訳、詭弁だと片づけてしまっていいのかどうか、その後ずっと気になっていました。ダイヤモンドオンラインによると、影山氏は「AIによって生成された画像を見ていた」と主張し、仏国の裁判官から「たとえAI生成物であっても、児童ポルノに該当する」と一蹴されました。

 裁判官の発言が「絶対的に」正しいわけではありません。法律というのは時代や場所によって変わってきます。日本では江戸時代まで武家や公家では早ければ12歳で婚姻していました。現在は女性も18歳になるまで結婚できませんが、そのように民法が改正され施行されたのはつい最近、2022年4月1日です。また、18歳未満の高校生との性行為はおそらくほとんどの自治体の条例で違反とされているでしょうが、刑法は現在でも性的同意年齢は13歳とされています。要するに、何歳以下が性的な「児童」とされるかは地域や時代によって異なってくるわけです。

 影山氏が受けた有罪判決に対して反対する意見はほとんど聞かれませんから、現在の世界的な共通価値判断は「AIが生成した児童ポルノの機内での閲覧は違法」と考えて差し支えないでしょう。しかし「児童」とは何歳以下を指すのでしょう。その画像は公開されておらず、その"児童"が何歳だったのかが分かりませんが、その裁判官は「AIが生成したその画像は〇歳」と言い当てることができるのでしょうか。それに、実在する少女と対面したとして常に年齢を正確に言い当てられるはずがないでしょう。ということは、この判決には裁判官の恣意性が入り込んでいるわけです。

 もしも私が影山氏なら(私には児童への性的志向はありませんが)、「裁判官、何を言っているんですか。AIがつくったこの画像、18歳なんですよ。18歳の裸の合成写真を見ることが違法なんですか?」とダメ元で主張してみるかもしれません。もしも、影山氏が画像生成のプロンプトに「世界一幼くみえる18歳のターナー症候群の女性の裸を生成してください」とオーダーしていればどうなっていたでしょう。一般にターナー症候群の女性は発育が遅れ、身長が低く、顔立ちが幼く見えます。「世界一幼く見える」と条件をつければ児童に見える女性像が完成するに違いありません。この場合も件のフランスの裁判官は有罪判決を言い渡すのでしょうか。

 次に芸術とわいせつ物の違いについて考えてみましょう。芸術とわいせつ物の境界があいまいな国といえばフランスを置いて他にはありません(と、私は考えています)。「サディズム」という言葉からも有名なマルキ・ド・サドには『ソドム百二十日あるいは淫蕩学校』という未完の小説があります。この小説、私は以前読み初めて途中でやめましたが、性的暴力や性的倒錯のシーンが随所に出てきます。おそらくこれを芸術ではなく単なるポルノとみなす人もいるでしょう。ジョルジュ・バタイユの『眼球譚』はどうでしょう。この作品も万人が芸術とはみなさないのではないでしょうか。けれども私はマルキ・ド・サドやジョルジュ・バタイユを非難しているわけではありません。特に、ジョルジュ・バタイユは私が社会学を学んでいた頃に没頭し、バタイユの思想から人間の本質の一部を学べたと今も思っています。

 では、ピカソから「二十世紀最後の巨匠」と称えられたバルテュスはどのように考えればいいでしょうか。妻がいる中、自身より34歳年下の日本人の画家、出田節子と東京で知り合い恋に落ち、やがて妻を捨てて入籍したことでもよく知られ、日本にもファンが多いバルテュスの作品の数々、これを芸術と呼んでいいのか否か、私にはよく分かりません。「あんたには芸術を見る目がない」と言われればそれまでですが、率直に言って、バルテュスの作品とポルノの線引きが私にはできないのです。

 もしもバルテュスの作品を見たことがないという人がいれば、一度ネット検索で『ギター』を見てみてください。これを芸術作品だ、という人がいるのなら、この絵を自宅のリビングに掲げることができるでしょうか。芸術作品だから部屋に掲げなければならないわけではありませんが、この絵を堂々と「お気に入りの絵画」と言える人はどれだけいるでしょう。パンツを脱いで、いえ、おそらく脱がされて、陰部を露わにした(させられた)少女が中年女性にまるでギターを持ちあげるように抱えられ、弄ばれているように私には見えます。少女の眼を恍惚を覚えているとみる人もいるのかもしれませんが、私には芸術性が感じられません。中年女性の乳頭が上を向いていることや、少女の両ひざが出血しているように見えること、さらに床に投げ捨てられたかのように置かれているギターにも芸術的な意味があるのかもしれませんが、私には皆目理解できません。

 もしも影山雅永氏がフランス行きの機内で、このバルテュスの『ギター』を"鑑賞"していたとすれば、フランスの裁判官は無罪にするのでしょうか。

 では、もしも私が裁判官だとして、AIが生成した児童ポルノを見ていた影山氏を有罪にするか否かと聞かれれば「有罪」とします。なぜなら、機内という公共の場所で、他者も目にすることが予想される場において、他者が不快感を覚えるものを晒すことに問題があると思うからです。他方、例えばホテルの自室で同じ画像をみていたときにはまったく問題がないと考えます。誰にも迷惑をかけないからです。

 では私が裁判官だとして、もしも影山氏が機内で『ギター』を"鑑賞"していればどうするか。有罪にはできるはずがありません。なぜなら芸術を否定することになるからです。しかし、その場にいたフライトアテンダントはどのように感じるでしょうか。先述したダイヤモンドオンラインの記事によると、影山氏は「(自身が児童ポルノを見ているところを)複数の客室乗務員に目撃されて」逮捕されました。フライトアテンダントらは、そのような行為が公共の秩序を乱すと判断したのでしょう。では『ギター』ならどうか。私の推測としては不快感を覚えるフライトアテンダントもいると思います。私の感覚がずれている可能性もありますが、この"芸術"は万人から評価されるわけではありません。しかしフライトアテンダントも、たとえ不快感を覚えたとしても、さすがに(自国の)偉大な芸術家を否定することはできないでしょう。

 ということは、結局児童ポルノか否かは「それが芸術と呼べるか否か」という問題に収斂します。もしも私が児童ポルノに興味があったとすれば、本物のポルノは言うまでもなく、AIが生成したポルノを機内で見ることはしませんし、『ギター』を"鑑賞"するようなこともしません。しかし、ホテルの自室でなら『ギター』もAIの生成した児童ポルノも楽しむでしょう。では、本物の児童ポルノは? 誰にも見つからないのであればこっそりと"楽しむ"かもしれません。ただし、私がまだこの世の中に絶望しておらず、この社会で生きていたいと考えるなら、撮影など直接児童に関わるようなことはしません。しかし、そのような撮影を「空想」するようなことはあるかもしれません。

 2021年のコラム「『差別』についての初歩的な勘違い」でも述べたように、人はどのような想像をしようが、それがいかに反道徳的、反倫理的なことであったとしても、頭の中にとどめておく限りは罪にはなりません。日頃きれいごとばかり述べているような人たちでも、実際には他人に言えないような空想や妄想をしたことがあるはずです。人間とはそういう生き物です。しかし、この社会で生きていくのなら絶対に守らなければならない「ルール」あるいは「掟」があります。それは「児童を傷つける(可能性のある)ことには絶対に手を出してはいけない。そして児童を傷つけていると思わせるようなこともしてはいけない」というものです。影山氏がとった行動は「児童を傷つけていると思わせるようなこと」だったのです。

 バルテュスの『ギター』を芸術とすることには抵抗があります。世の中の秩序を維持するために、この作品は少なくとも「公共の場で閲覧してはいけない」という暗黙のルールを構築すべきではないでしょうか。しかし、仮にそれが実現化すると、ではマルキ・ド・サドの文学はどうなんだ?といった問題が浮上します。結局のところ、芸術と(児童)ポルノの線引きはできず、あいまいな部分はどうしても残ります。影山雅永氏はそのあいまいな部分で有罪とされてしまったと考えるべきでしょう。


 

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第233回(2025年11月) 12歳タイ少女の性的搾取とタイの真実

 東京・湯島の個室マッサージ店で12歳のタイ人少女(12)が違法に働かされていた、要するにセックスワークをさせられていたことが発覚し各メディアが報じました。2025年11月8日のNHKの朝の看板番組「おはよう日本」では、トップニュースとして「タイ国籍少女への生活費 店側と母親側で連絡か」というタイトルでこの事件が取り上げられました。もちろんこのような事件が野放しにされていいはずがありませんし、この犯罪に関わった人物は厳しい社会的制裁を受けるべきです。ですが、この事件、タイを長く知る我々からすると違和感を拭えません。重要な事実が伏せられ、正確なことが世間に周知されていないように思えるからです。

 まずはこの事件を報道から振り返ってみましょう。タイの現地紙「タイラット」の11月6日の記事、タイの英字新聞「The Nation」の11月7日の記事、11月24日の記事などからポイントをまとめてみましょう。

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 タイ北部ペッチャブーン県に生まれ、祖父母と妹と暮らす12歳の少女は29歳の母親と共に2025年6月中旬に来日した。ビザは15日間の短期滞在ビザ(観光ビザ)。来日した初日に文京区湯島の「マッサージ店」に連れて行かれ、そのまま"勤務"を強いられた。男性客らを相手に性的サービス、つまりセックスワーク(売春)を強要された。少女の来日は初めてで、日本語は話せなかった。

 母親は来日翌日から行方が分からなくなった。この母親、日本の他、ベトナム、台湾などを含む海外渡航を合計27回経験している。7年前に夫を亡くし、それ以来マッサージで家族を支え、被害者の少女とは(少なくとも夫との死別後)同居したことがほとんどなかった。初来日は2022年頃で知人の招待(詳細不明)。The Nationによると、今回12歳の娘を連れてきたのは弟(記事からは誰の弟か分からず)の世話を娘にさせるためで、娘を置き去りにしたのは娘のタイへの帰国航空券を買うお金がなかったから。

 7月中旬、母親は少女を残してタイに帰国した。少女は店が用意した部屋で働かされ、わずかな食費しか支給されなかった。

 9月中旬、少女は
地元に住むタイ人に相談し入管(東京入国管理局)に強制労働を訴え支援を求めた。そのタイ人らからは「入管に駆け込めば自らが逮捕される」と警告されたが、少女は助けを求めた。そして、少女のこの決断が事件の発覚につながった。

 少女は約1か月間に約60人の客にセックスワークを強要され、売り上げは約627,000円となり、一部が母親の知人の銀行口座に振り込まれていた(その1カ月が過ぎてから、つまり7月中旬から9月中旬までに少女がどのような生活をしていたのかについては報道からは分からず)。少女は母親から「迎えに来るまで店で働いて待つように言われていた」と供述している。帰国を望んでいたものの、(自分が働かなければ)母国にいる家族は生きていけないだろうと思い、耐えるしかないと考えた(The Nationの報道では「her family back in her country wouldn't be able to survive, so she felt she had no choice but to endure」) 。

 少女は入管の職員に「タイに帰りたい。中学校に戻りたい」と訴えた。しばらくは日本当局の保護下に置かれることになる予定。当局によると「少女は日本の警察がこれまで接見した中で最も若い人身売買被害者」となる。
   
 11月4日、このマッサージ店の51歳の店主、細野正之容疑者が労働基準法違反の罪で逮捕・起訴された。この店は「タイ式マッサージ」と宣伝し、他にも30歳のタイ人女性が働いていた。複数のウェブサイトや掲示板には、性的なサービスが密かに提供されていたことを示す証拠がある。
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 絶対にあってはならない許せない事件ではありますが、日本、タイでの報道に私は違和感を拭えません。あえて誤解を招くような表現をとれば「えっ、"この程度"の事件でNHKの報道番組のトップに?」と思わずにいられないのです。

 おそらくタイ人の知人がおらずタイに行ったことのない日本人であれば、「とんでもない母親だ」と感じ、「航空券を買うお金がないって、そんな嘘をつくなよ。最初から用意しとけよ」と思うでしょう。しかし、タイ人との付き合いが長い人であれば、タイ人のいくらか(もちろん全員ではない)は「準備」というものが苦手であることやよく嘘をつくことを知っているでしょうし(ただし、嘘をつかれた側もそれほど罪だとは思っておらず、たとえ騙されていたとしてもそのうちに許すことが多い)、タイの北部や東北地方では実の親が娘(ときには息子)を女衒に売り飛ばしていることにもある程度の知識はあるでしょう。

 このことは2010年のコラム「自分の娘を売るということ」で、すでに述べました。タイ北部のある地域にあるときから"場違いな"豪邸が建ち始めました。豪邸に住む者は自分の娘を売っていたのです。なかには、(男子ではなく)女子が生まれたことで将来は安泰、と考える者すらいたとか。

 2010年のそのコラムではもうひとつ実例を紹介しました。やはりタイ北部に居住するある母親は、仕事が見つかりそれなりの暮らしができるようになったのにもかかわらず、わずか3千バーツ(当時のレートで約9千円)で自分の娘を女衒に売り飛ばしたのです。

 それらは例外的な話ではないのか、と感じる人がいるかもしれませんが、このような話は過去のタイではいくらでもあり、厚労省の資料でも言及されています。一部を抜粋してみましょう。

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こうした家族の窮乏状態を救おうとする若い女性の自己犠牲の行為は、商品化の浸透とともに貨幣経済に巻き込まれコミュニティの基盤が弱まった地域や家族には好意的に受け止められ、ときには奨励される傾向にあった。小学校卒業前に性産業のブローカーから値をつけられ、卒業とともにバンコクや南タイにある性産業現場へ送られる少女の「青田買い」も北部で発生した。一次的に現金収入が発生する「青田買い」に積極的に娘を送る親も出現した。
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 貧困から娘を"売る"行為はタイに限った話ではありません。我々の把握している限り、隣国のラオス、カンボジアでも同様の現象が見受けられます。ラオスの少女売春の実態については前回のコラム「買春がやめられない日本と韓国の男たち」で述べたばかりです。そして、過去には日本でも同様のことがありました。過去のコラム「からゆきさんを忘るべからず」で取り上げたように、「からゆきさん」と呼ばれた当時10代(あるいはそれ以下)の少女たちは、親たちに売られ、主に東南アジア諸国で春を鬻がねばならなかったのです。

 では、このような悲劇をなくすにはどうすればいいでしょうか。「供給」をなくすのは困難です。そのような母親を取り締まればいい、という声があるかもしれませんが、極度の貧困のなかではそんな考えはきれいごとに過ぎません。タイはバンコク、パタヤ、プーケットなどの観光地だけを見ていると貧しい国などとはとても思えませんが、件の少女が生まれ育ったペッチャブーン県には今も昔ながらのタイがあります。東京新聞に掲載された、件の少女が暮らしていた「家」の写真と、私のこれまでのタイ北部や東北部での経験から推測すると、この家には水道がなく雨水を貯めて生活しなければなりません。電気やガスもないために食事をつくる際には毎回火を起こしているはずです。主なたんぱく源はイナゴやタガメなどの昆虫で、アリの卵はぜいたく品でしょう。

 少女の「供給」が止まらないのだとすれば「需要=少女を買う大人たち」に社会から消えてもらうしかありません。本サイトで繰り返し述べているように、セックスワークは社会に必要だとしても児童のセックスワークは絶対に許されません。その許されないことに加担してしまう可能性があるのなら少女(あるいは少年)に日々近づかないように自分を律するしかありません。過去のコラム「小児性愛者は悪人か」で紹介した「M君」はその参考になるかもしれません。

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