GINAと共に

第227回(2025年5月) HIVの検査、「市販のセルフ検査」登場が望まれる

 HIV抗体検査(HIV陽性者がウイルス量を調べるための検査ではなく、診断がついていない人が感染したかどうかを知るための検査)に私が初めて"関わった"のは1990年、22歳の頃で「自分自身が感染しているかもしれない」と考えたからで、このときの"貴重な"経験は2007年のコラム「HIV検査でわかる生命の尊さ」で述べました。

 当時は検査時のカウンセリングなんてものは確立しておらず、区の保健所で対応した保健師(?)は単に採血するだけ、結果が出るのに1週間もかかりました。「1週間も待たされる」ことに耐えるのが辛く、当時はまさかその12年後に自分が医師になるなどとは微塵も思っていなかったわけですが、医師になったときには「あのときの1週間は長すぎた。できればその日に結果を伝えるべきだ」と考えるようになりました。

 しかし、保健所の検査は行政が費用を負担するため原則無料で受けられるという大きなメリットがあります。ですから、2007年に谷口医院をオープンする頃にもHIVの検査を希望する患者さんには「保健所に行けば無料ですよ」と伝えていました。しかし、1990年の私が感じたように「1週間も待てない」という声は非常に多く、「ならば有料になってしまうけれどもクリニックで検査をすればいい」と考えるようになりました。また、私が谷口医院を開院する前に師と仰いでいた故・大国剛先生も、当時「大国診療所」でいわゆる「即日検査」を実施されていたこともあって、谷口医院でもHIVの即日検査を承ることにしました。

 その後、保健所のなかには谷口医院のように「即日検査」を実施するところがでてきました。こうなればわざわざ高いお金を払うのではなく保健所で検査を受けるべきです。ところが、保健所に対しては「開いている時間が限られている」「他の性感染症に対応できない」「スタッフの知識が乏しい」「保健所の態度が悪い」といった声が多数ありました。保健所の担当者との相性の問題は避けられないのかもしれませんが、「保健所の職員の対応がイヤだったから二度と受けたくない」という意見も繰り返し聞きました。結局、「即日検査」を担う保健所が登場しても「谷口医院で検査を受けたい」という需要は期待したほどには減少しませんでした。

 現在の大阪で最もお勧めの検査場は「スマートらいふクリニック」です。この施設は行政からの支援を受けて無料の「即日検査」を実施しており、さらにスタッフは訓練を受けた医療者ばかりで、安心して検査を受けることができます。私自身も何度か手伝ったことがあり、またスタッフに対して講演をしたこともあります。しかし、検査を受けられるのは基本的に土日だけであり、誰もが受診できるわけではありません。

 そういうニーズを汲んでなのか10年程前から「セルフ検査」というものが次第に普及してきています。これは通販で検査キットを購入し、同封されているランセット(少量の血液を採取するための針のようなもの)で指に小さな傷をつくり出血させ、それを検査キットに滴下すれば15分程度で結果が得られるツールです。「セルフ検査をどう思いますか」と初めて聞かれたのは、たしか2010年頃、このGINAのサイトの読者でした。

 この質問に答えるのは難しく、そもそも検査キットの精度が分かりませんし、陽性という結果が出たときにそれを受け止められるのか、という懸念もありました。しかし、忙しくて時間がない人や、誰にも知られずに検査を受けたいという人にとってはありがたいツールです。そこで、そのときは「便利だと思うが、念のためその後保健所などで検査を受け直すことを勧めます」と回答しました。

 その後、同様の質問をGINAの読者からだけでなく、谷口医院のサイトの読者や谷口医院をかかりつけとする患者さんからも受けるようになりました。HIVが「死に至る病」ではないことが周知され、知名度はまだまだとはいえ「U=U」(ユーイコールズユー=治療を受けてウイルスを抑えていれば他人に感染させない)の概念も次第に普及しはじめ、HIVに対する偏見が(以前と比べれば)大きく減少しました。HIV検査への敷居は低くなり、例えば新しいパートナーができたときには検査を受けるのがマナーのような風潮にさえなっていきました。

 ならば「セルフ検査」をもっと普及させるべきです。しかし、実はこの検査には「大きな問題」があります。市販されていないのです。というより市販することが法律上認められていない(OTC化されていない)のです。現在、厚労省管轄の規制改革推進会議で「HIV検査のOTC化」について審議はされているのですが、実現化に至っていません。

 当然、ここで疑問が出てきます。「じゃあ、ネットで簡単に買えるセルフ検査キットはいったい何なの?」という疑問です。実はネットで販売されているセルフ検査の存在はいわゆるグレーゾーンなのです。キットを購入して逮捕されることはあり得ませんが、合法とは言い切れないものです。ということは「検査の精度は大丈夫なの?」という疑問も出てきます。

 ならば、医療機関で使用しているキット、例えば谷口医院で使用しているキットを希望する人に販売するという方法はどうでしょう。実はこれもすでに調べています。10年ほど前に厚労省に尋ねると「断定はできないが違法の可能性がある」という回答が得られました。10年経過すれば変わっているかと考え、本日(2025年5月22日)に改めて厚労省のエイズ関連の部署に電話で聞いてみると、10年前とほぼ同じ「違法とはっきり言うことはできないが推薦はできない」というものでした。

 医療機関というのは完全な公的機関ではありませんが、営利目的の団体とはまったく異なり、いわば「準公的機関」だと言えます。そして医師は「公僕」です。行政からの指示であっても患者さんに不利益を与えるようなものには立ち向かっていきますが、そうでなければ厚労省を含む行政の指示にはできる限り従うべきです。

 厚労省が「推薦しない」ことはすべきではありません。それに、私自身も谷口医院もHIV検査で利益を得たいなどと思ったことは一度もありませんが、もしも大勢の人に販売することになり金儲けしていると思われるのも困ります。最近、金儲け主義のクリニックが跋扈しているせいで、「クリニックは利益を追求している」と考える患者さんが出てくるようになり様々な問題が生じています。そして、次第に国民が医師を信用できなくなってきています。

 過去に私のコミュニケーション技術が未熟なせいで「なんでカネ払う言うてんのに検査してくれへんのや!」と谷口医院を受診した患者さん(というか検査希望者)を怒らせてしまったことがあります。私の意図が伝わらなかったのは私の責任なのですが、決して意地悪や嫌がらせをしたかったわけではなく、また検査が面倒くさかったからでもありません。私の意図は「医療機関でお金を払うのではなく、保健所などで無料の検査を受けてほしい」なのです。

 ちなみに、できるだけ患者負担を減らすために、谷口医院では最も安いプランでHIV検査を2,200円(すべて込)で提供していますが、それでもまだ高いと思います。「これくらいなら高くない」という人もいるのですが、「もっと安いとありがたい」と考える人の方が多いのです。

 上述したように、現在厚労省の規制改革推進会議で「HIV検査のOTC化」が検討されています。OTC化(市販化)が可能となれば、市場原理が働きますからどんどん価格は下がっていくでしょう。もしかすると、谷口医院で使用しているのと同じような検査キットが、谷口医院が業者から仕入れる値段よりも安く売られるようになるかもしれません。

 谷口医院がオープンした2000年代、私は「HIV検査のOTC化」に賛成はしていませんでした。「陽性」のときに誰がフォローできるのだ、という問題があったからです。しかし上述したようにHIVが「死に至る病」でないという認識が広まった今ならOTC化は有効です。

 ただし、そうは言っても、陽性の結果を受け止められない人や不安が強い人に対しては依然「セルフ検査」は勧めません。そういった人たちに対応すべきは我々医療者やNPO法人のスタッフなど知識と経験のある専門家です。我々が実施している応対はAIには(少なくとも現在のAIには)できません。私自身は「HIVに感染したかもしれない」という不安や気になる症状は診察室で聞くように努め、検査自体はスマートらいふや保健所を勧めるようにして、時間が合わないという人にはグレーゾーンと知りながらもセルフ検査の話をしています。

 「HIV検査のOTC化」が早く実現することを望みます。