GINAと共に

第226回(2025年4月) 覚醒剤とADHD、日米間の大きな違い

 私が院長を務める谷口医院には米国人の患者も少なくありません。日本で仕事をしている人もいれば、短期間の旅行で来日している人もいます。最近ではいわゆるノマドワーカー(nomad worker)も増えてきています。米国人の問診票をみた時点で感じること、あるいは問診を始めて分かることのひとつに「ADHDの診断が付けられているケースが非常に多い」が挙げられます。もっとも、これは最近の日本でも同様で、「日本人にADHDが増えている」は2010年代半ばあたりからしきりに言われることで「過剰診療ではないか」「いや、見逃されているケースはまだまだ多い」などの議論がしばしば展開されます。

 では、ADHDは日米ともに患者数が増えていて同じような状況なのかというと、「患者数が増えている」は同じなのですが、まったく異なる重要な点があります。「治療」です。使われる治療薬がまったく異なり、問題があるのは日本ではなく米国の方です。他国の悪口など言うべきではなく、まして米国医師の処方内容に口出しするなど失礼極まりない行為なのですが、それを承知で言うと「米国の医師は覚醒剤を乱発しすぎている」と思えてなりません。そして、その「"覚醒剤"を日本で処方してほしい」と米国人から言われて困ることがしばしばあります。

 日米間でADHDに対する処方がどのように異なるかを整理してみましょう。ADHDの治療薬には次のようなものがあります。

#1 アトモキセチン(先発品「ストラテラ」、後発品「アトモキセチン」)
#2 グアンファシン(先発品「インチュニブ」、後発品なし)
#3 メチルフェニデート(先発品「リタリン」「コンサータ」、後発品なし)
#4 リスデキサンフェタミンメシル酸塩(先発品「ビバンセ」、後発品なし)
#5 アンフェタミン+デキストロアンフェタミン(先発品「Adderall」、日本未発売)

 日本で高頻度に処方されるのは#1と#2です。作用機序は異なりますが、どちらも交感神経への作用を強力にします。もう少し具体的に説明すると、#1は脳内のノルアドレナリンの濃度を上げ、#2はアドレナリンの受容体の一部を刺激します。

 一方、米国では#1と#2の処方は少なく、#3、#4、#5が大半を占めると聞きます。谷口医院で診察する米国人もほぼ全例で#1または#2ではなく、#3、#4、#5のいずれかが母国の医師から処方されています。そして、#3、#4、#5のいずれもが、覚醒剤と似た物質、というより覚醒剤そのものです。#5は名称にそのまま「アンフェタミン」が入っていることから誰が見ても明らかですし、#4は体内に吸収されるとアンフェタミンに変わる物質(これをプロドラッグと呼びます)です。#3は「アンフェタミン」「メタンフェタミン」という名前はありませんが、作用機序はこれらに似た、そして依存性もこれらと変わらない「覚醒剤そのもの」と考えて差支えありません。

 #3は社会問題にもなり、2000年代には「リタリン騒動」などとも呼ばれていました。繰り返し逮捕されたことでも有名な新宿の「東京クリニック」(現在は廃業)を開業していた医師・伊沢純氏は、一部の報道によると、2007年の一年間だけでなんと102万錠ものリタリンを処方し、多数の依存症患者をつくりだしたと言われています。そういう経緯もあり、現在の日本では#3と#4の処方が厳しく限定されています。「登録医師」のみが処方できて、処方された患者は「患者登録システム」に登録されます。調剤できる薬局も「登録薬局」のみで、「登録薬剤師」が調剤しなければなりません。

 では、米国ではそのような危険な"覚醒剤"がなぜいとも容易に処方されるのか。その答えは「すぐに"効く"から」です。そして、患者は"増加"しています。

 The New York Timesによると、米国でのADHDの患者数は1990年には100万人未満でしたが、3年後の1993年には米国の子供人口の約3%に相当する200万人を超えました。さらに、1997年には5.5%、2000年には6.6%、2024年には11.4%へと急増しました。14歳男子では21%、17歳男子では23%にもなります。現在米国では700万人の子供がADHDと診断されています。ADHDと診断される成人も増えています。2012年には、30代の米国人へのADHD処方箋が500万枚、10年後の2022年には3倍以上の1800万枚に達しました。

 同記事によると、1993年の時点で、ADHDの診断がついた子供の約3分の2にリタリンが処方されていました。リタリン、すなわち"覚醒剤"には即効性があります。

 リタリンを処方された子供の親たちは、たった1錠内服しただけで集中して勉強し始める子供の姿をみて、リタリンを「夢の薬」と勘違いしたことでしょう。親だけではありません。研究結果もそれを示しています。1999年に発表された579人のADHDと診断された子供を対象とした研究では、リタリンを14ヶ月内服した子供たちは行動療法と地域ケアを受けた子どもたちよりも症状が著しく軽減したことが示されたのです。しかし、これは当然のことで、日本でも「一夜漬けのためにスピード(覚醒剤の隠語)をキメる!」と豪語する若い男女がいることを考えれば納得できます。

 1999年のこのリタリンの効果を示した研究は有名なのですが、その"続き"は意外に知られていません。その後の経過を追跡した報告によると、14ヶ月では行動が改善したものの、その後リタリンの優位性は完全になくなり、比較グループの子供たちと症状の差がなくなっていたのです。しかも、それだけではありません。リタリンを使用していたグループでは身長が伸びず、非使用のグループと比べて1.29cm低かったのです。

 ADHDの治療に用いられる"覚醒剤"は、「何かを始めるときのモチベーションは高めるものの、複雑な問題を解決するために必要な能力の質を低下させる」ことを示唆する研究もあります。

 治療サマーキャンプに参加した7~12歳の173名の児童(男子77%、ヒスパニック系86%)を対象とした研究では、ADHDに使われる"覚醒剤"を服用すれば、授業態度はすぐによくなるものの、学習の習得の改善にはつながりませんでした。

 "覚醒剤"を使用したADHDの患者に深く掘り下げてインタビューを重ねた研究によれば、「短期的にはやる気がみなぎるものの、知力が向上したわけではない」ようです。

 これらをまとめると、"覚醒剤"は、「服用した直後からやる気がみなぎり集中力は高くなるものの、長期的には学習効果が高くなるわけではなく、小児の場合は身長が伸びないという大きなデメリットもある」ということになります。

 さらに、当然のごとく"覚醒剤"には小さくないリスクがあります。1ヵ月アンフェタミンを使用すると、精神病(psychosis)及び躁病(mania)の発症リスクが2.68倍になるとする研究があります。多量摂取すると、これらを発症するリスクが5.28倍にも上昇したようです。

 こういった研究結果を待つまでもなく、"覚醒剤"が有害なのは言うまでもありません。米国に比べ日本では昔から覚醒剤が"身近"にあるおかげで(おそらく関西の方がより入手しやすい、というか誘惑が多いと個人的には感じています)、覚醒剤が安全だと考える人は少数でしょう。最近は「ユーザーが犯罪者とみなされて差別を受けるから覚醒剤の危険性を指摘しすぎてはいけない」などと言われますが、危険性が周知されなくなれば手を出す敷居が低くなってしまいます。米国のように、ADHDの薬として広く普及してしまえばますますハードルが下がってしまいます。

 覚醒剤の針刺しでHIVに感染した人、あるいは覚醒剤を使用したセックスで性行為を介してHIVに感染した人が大勢いることは覚えておくべきです。

 最後にもうひとつの重要な話をしておきましょう。上に挙げたADHDの薬のうち#3、#4、#5は"覚醒剤"で簡単に使うべきではありません。では、#1と#2なら安全かというと、完全に安全とは言い切れないと考えた方がいいでしょう。たしかに"覚醒剤"に比べると依存性はかなり低いとはいえます。また、短期的には副作用はほとんどありません。ですが、これらは常に交感神経の働きを亢進させるわけで、長期的な安全性は未知だと考えるべきです。どうしても必要ならまだしも、谷口医院の患者さんをみていると、日本人、米国人とも、そして他国でADHDの診断をつけられた人も含めて、「本当にADHDなのか?正常ではないのか?」と感じるケースが非常に多いのです。

 たしかに、明らかにADHDで医療的介入が必要なケース(特に10代)はあります。ADHDの診断をつけられた10.8%のケースでは、気分障害が持続し、10代での薬物乱用なども認められるとする研究があります。また、「激しい怒り」を伴うタイプは、中退、犯罪、早期死亡のリスクなどを伴うことが多いことを示した研究もあります。

 しかしながら、その一方で「環境が変われば症状がなくなった」、あるいは成人してから「自分はADHDだったわけでなく、単に子供の頃に自分と合わない環境にいただけなのでは」と考える人などへのインタビュー調査に基づいた研究もあります。

 それに、ADHDという診断が不幸を招くこともあります。日本でも海外でもよく「ADHDの診断をつけてもらって苦しみから解放された」という話がありますが、必ずしもそうだとは限りません。逆に、「診断によってスティグマ化の感情が強まる」ことを示したメタアナリシスもあります。歪んだアイデンティティがつくられ、さらに孤立感や排除感、あるいは羞恥心さえもが生まれる可能性があるのです。以前は「(小脳など)脳の一部が小さい。あるいは脳の左右が対称でない」とする説がありましたが、The New York Timesによると、そういったことを主張していた研究者が「ADHDは脳の障害だ」とする説を撤回しています。以前はADHDの遺伝性もしきりに指摘されていましたが、そのような遺伝子はみつからなかったとする報告もあります。

 ADHDであったとしてもなかったとしても、症状が強くないなら薬は使わない方がいいのは自明です。まして、"覚醒剤"には手を出さないのが賢明です。