GINAと共に
第229回(2025年7月) 大麻はもはや「絶対に手を出してはいけない薬物」
「GINAと共に」で初めて本格的に大麻を取り上げたのは2008年11月の「大麻の危険性とマスコミの責任」で、このときに私が指摘したポイントは次の3つです。
#1 大麻は他の薬物(タバコ、アルコールを含む)と比べて身体的にも精神的にも害は少ない。にもかかわらずメディアの報道は麻薬など他の薬物との区別がいい加減で、そのため大麻も麻薬も同じようなイメージが植え付けられてしまっている
#2 大麻は"本質的には"摂取してはいけないわけではない
#3 だが、実際には摂取すべきでない。理由は2つあって、1つは「ハードドラッグの入り口になるから」、もう1つは「大麻で生活がだらけてしまい生産性が下がるから」
その後何度か大麻について取り上げ、その都度結論として似たようなことを述べてきました。
そして2022年6月、タイで大麻が事実上合法化され"歴史"が動きました。タイでは以前から大麻使用を警察に見つかってもよほどのことがなければ見逃されてきましたが、違法は違法でした。それが、2022年6月の合法化で一気に社会が変わりました。街中のいたるところに、大麻ショップが乱立し、大麻カフェが登場し、大麻グミや大麻キャンディなどが出回りました。自動販売機でもオンラインでも誰もが大麻を簡単に買えるようになりました。英紙「TIME」によると、タイ全土で11,000軒もの大麻ショップが誕生しました。
密輸も増えました。タイから海外へ大麻が違法ルートで流れ出したのです。日本にもタイ産の大麻が流れてきています。つい最近も30代の東京の自称会社員が4.8キロもの大麻をタイから福岡空港に運んだことで逮捕されました。
この事件が報道されたのは量が極端に多いからであって、少量での逮捕はニュースになりません。しかも発覚するのはごくわずかな例だけです。サランラップに包んだ大麻をコンドームに入れて、それを数個飲みこんでそのまま搭乗して帰国後に大便から取り出す方法はかなり普及していますが、少量であればまず見つかりません。
以前、タイで知り合ったある日本人ジャンキーは、関西空港で怪しまれてレントゲンまで撮られたものの「異常なし」と判断されたと言っていました。たしかに、サランラップもコンドームも、もちろん大麻もレントゲンにうつりませんから、コンドームが詰まって腸閉塞でも起こさない限りは見つからないのです。大麻には独特の臭いがありますが、コンドームに包まれた大麻が腸内に留まっている限り、いくら優秀な薬物検知犬でも感知することはできません。
かくしてタイから日本への大麻持ち込みは今日も各空港で見逃されているわけです。もちろんタイの大麻が流れてくるのは日本だけではなく、世界各国に"流通"しているはずです。
2025年6月25日、タイ政府が重大な発表をしました。前々日に保健相のSomsak Thepsutin氏が、大麻を規制対象薬物に再分類し大麻の販売には処方箋が必要になることを命じる命令に署名し、それをタイ王室官報(Thai Royal Gazette )で発表したのです。
上述の「TIME」によると、Somsak保健相はその先を計画しています。大麻をカテゴリー5の麻薬に再分類し、2022年6月以前のように大麻の「犯罪化」を見据えているのです。
この話、ちょっと政治的な臭いがします。Somsak保健相が署名するちょうど1週間前、連立与党の1つであったBhumjaithai党が連立政権から離脱しました。BBCによると、この原因はペートンターン首相とカンボジアのフン・セン前首相との電話会談の音声が流出したことにあります(この詳細は本コラムの趣旨から外れますから省略します)。尚、「ぺートンターン」は日本のいくつかのメディアでは「パトンターン」とされているようですが、タイ語をそのまま発音すれば「ペー」がより適切です。ちなみに、ペートンターンは姓ではなくファーストネームです。首相の名前がファーストネームで呼ばれるのは不自然な気もしますが、先述の保健相の「Somsak」も、ペートンターン氏の父親の元首相の「タクシン」もファーストネームです。
話を戻しましょう。連立政権から離れたBhumjaithai党の党首がAnutin氏で、2022年6月には保健相を務めていました。つまり、大麻を事実上合法化したのがAnutin氏なのです。そのAnutin氏が政権から抜けたことでペートンターン首相とSomsak保健相は「大麻違法化」に踏み切ったのではないかと私はみています。そもそもタイで薬物の取り締まりを厳しくしたのはタクシン元首相であり、過去のコラム「ドラッグ天国に舞い戻ったタイ」でも述べたように、薬物所持の冤罪で数千人が射殺されたのです。Anutin氏率いるBhumjaithai党が連立政権から抜けたことで、与党の薬物への政策は厳しくなるはずです。そして実際、その1週間後にはSomsak保健相が上述の発表をしたのです。
ではこれからもタイでは薬物に厳しい政策が取られるのかというと、ちょっと未知なところがあります。現在連立政権が不安定になってきているからです。若くて美しいペートンターン首相は大変人気があって、実際、私のタイ人の知人にも支持する人が少なくありません(特にイサーン地方の人たち)。しかし、かつてのタクシン政権の頃と比べれば勢いがなく、上述のフン・セン前首相との電話会談に対する世論の反発が大きくなれば政権が崩れるかもしれません。そうなると、違法に戻った大麻が再び合法化、となる可能性が浮上します。
しかし、過去のコラム「大麻に手を出してはいけない『3つ目の理由』」で述べたように、現在流通している大麻は「古き良き時代の大麻」ではありません。もはやまったく別の危険ドラッグと考えるべきです。
2019年に医学誌「Lancet」に掲載された報告によると、南ロンドンでは初めて精神病を発症する症例の30.3%が大麻が原因です。アムステルダムではなんと50.3%と過半数を超えています。また、英紙The Telepraphによると、英国における大麻誘発性精神病の発症率は1960年代と比べて3倍に増加しています。この増加の75%はスカンク(強烈な臭いのするTHC含有量が高い大麻の種類)によるもので、現在の大麻の英国市場の94%を占めています。
欧州から遠く離れた日本にいると、大麻は欧州全域で嗜まれているような印象がありますが、大麻消費量が最も多い都市はロンドンとアムステルダムだそうです(ただしロンドンでは一応違法です)。そして、上述のThe Telegraphによると、これらの都市における精神疾患罹患率は他の地域と比べて最大5倍です。大麻起因の精神疾患は暴力をもたらせ、殺人に至る精神疾患罹患者の90%はアルコールか大麻を使用しています。2024年7月、アイルランド在住の51歳の男性が妻を刺して絞殺しました。彼は長年大麻を吸っており「神からの使命を受けた」と語っています。
英国には薬物依存に取り組む組織UKAT(=UK Advising and Tutoring)があり、複数のクリニックを有しています。The Telegraphによると、2024年に大麻依存症でUKATのクリニックに入院した患者は1,032人に上り、これは2019年から20%の増加です。大麻依存症に罹患すると、幻聴に悩まされ、妄想、現実感の喪失などが生じ、自分自身や大切な人の命を奪うことにもなりかねません。
現在入手できる大麻は本サイトで2000年代に取り上げていた牧歌的なものとはまったく異なる物質です。「絶対に手を出してはいけない薬物」へと変わってしまったのです。
#1 大麻は他の薬物(タバコ、アルコールを含む)と比べて身体的にも精神的にも害は少ない。にもかかわらずメディアの報道は麻薬など他の薬物との区別がいい加減で、そのため大麻も麻薬も同じようなイメージが植え付けられてしまっている
#2 大麻は"本質的には"摂取してはいけないわけではない
#3 だが、実際には摂取すべきでない。理由は2つあって、1つは「ハードドラッグの入り口になるから」、もう1つは「大麻で生活がだらけてしまい生産性が下がるから」
その後何度か大麻について取り上げ、その都度結論として似たようなことを述べてきました。
そして2022年6月、タイで大麻が事実上合法化され"歴史"が動きました。タイでは以前から大麻使用を警察に見つかってもよほどのことがなければ見逃されてきましたが、違法は違法でした。それが、2022年6月の合法化で一気に社会が変わりました。街中のいたるところに、大麻ショップが乱立し、大麻カフェが登場し、大麻グミや大麻キャンディなどが出回りました。自動販売機でもオンラインでも誰もが大麻を簡単に買えるようになりました。英紙「TIME」によると、タイ全土で11,000軒もの大麻ショップが誕生しました。
密輸も増えました。タイから海外へ大麻が違法ルートで流れ出したのです。日本にもタイ産の大麻が流れてきています。つい最近も30代の東京の自称会社員が4.8キロもの大麻をタイから福岡空港に運んだことで逮捕されました。
この事件が報道されたのは量が極端に多いからであって、少量での逮捕はニュースになりません。しかも発覚するのはごくわずかな例だけです。サランラップに包んだ大麻をコンドームに入れて、それを数個飲みこんでそのまま搭乗して帰国後に大便から取り出す方法はかなり普及していますが、少量であればまず見つかりません。
以前、タイで知り合ったある日本人ジャンキーは、関西空港で怪しまれてレントゲンまで撮られたものの「異常なし」と判断されたと言っていました。たしかに、サランラップもコンドームも、もちろん大麻もレントゲンにうつりませんから、コンドームが詰まって腸閉塞でも起こさない限りは見つからないのです。大麻には独特の臭いがありますが、コンドームに包まれた大麻が腸内に留まっている限り、いくら優秀な薬物検知犬でも感知することはできません。
かくしてタイから日本への大麻持ち込みは今日も各空港で見逃されているわけです。もちろんタイの大麻が流れてくるのは日本だけではなく、世界各国に"流通"しているはずです。
2025年6月25日、タイ政府が重大な発表をしました。前々日に保健相のSomsak Thepsutin氏が、大麻を規制対象薬物に再分類し大麻の販売には処方箋が必要になることを命じる命令に署名し、それをタイ王室官報(Thai Royal Gazette )で発表したのです。
上述の「TIME」によると、Somsak保健相はその先を計画しています。大麻をカテゴリー5の麻薬に再分類し、2022年6月以前のように大麻の「犯罪化」を見据えているのです。
この話、ちょっと政治的な臭いがします。Somsak保健相が署名するちょうど1週間前、連立与党の1つであったBhumjaithai党が連立政権から離脱しました。BBCによると、この原因はペートンターン首相とカンボジアのフン・セン前首相との電話会談の音声が流出したことにあります(この詳細は本コラムの趣旨から外れますから省略します)。尚、「ぺートンターン」は日本のいくつかのメディアでは「パトンターン」とされているようですが、タイ語をそのまま発音すれば「ペー」がより適切です。ちなみに、ペートンターンは姓ではなくファーストネームです。首相の名前がファーストネームで呼ばれるのは不自然な気もしますが、先述の保健相の「Somsak」も、ペートンターン氏の父親の元首相の「タクシン」もファーストネームです。
話を戻しましょう。連立政権から離れたBhumjaithai党の党首がAnutin氏で、2022年6月には保健相を務めていました。つまり、大麻を事実上合法化したのがAnutin氏なのです。そのAnutin氏が政権から抜けたことでペートンターン首相とSomsak保健相は「大麻違法化」に踏み切ったのではないかと私はみています。そもそもタイで薬物の取り締まりを厳しくしたのはタクシン元首相であり、過去のコラム「ドラッグ天国に舞い戻ったタイ」でも述べたように、薬物所持の冤罪で数千人が射殺されたのです。Anutin氏率いるBhumjaithai党が連立政権から抜けたことで、与党の薬物への政策は厳しくなるはずです。そして実際、その1週間後にはSomsak保健相が上述の発表をしたのです。
ではこれからもタイでは薬物に厳しい政策が取られるのかというと、ちょっと未知なところがあります。現在連立政権が不安定になってきているからです。若くて美しいペートンターン首相は大変人気があって、実際、私のタイ人の知人にも支持する人が少なくありません(特にイサーン地方の人たち)。しかし、かつてのタクシン政権の頃と比べれば勢いがなく、上述のフン・セン前首相との電話会談に対する世論の反発が大きくなれば政権が崩れるかもしれません。そうなると、違法に戻った大麻が再び合法化、となる可能性が浮上します。
しかし、過去のコラム「大麻に手を出してはいけない『3つ目の理由』」で述べたように、現在流通している大麻は「古き良き時代の大麻」ではありません。もはやまったく別の危険ドラッグと考えるべきです。
2019年に医学誌「Lancet」に掲載された報告によると、南ロンドンでは初めて精神病を発症する症例の30.3%が大麻が原因です。アムステルダムではなんと50.3%と過半数を超えています。また、英紙The Telepraphによると、英国における大麻誘発性精神病の発症率は1960年代と比べて3倍に増加しています。この増加の75%はスカンク(強烈な臭いのするTHC含有量が高い大麻の種類)によるもので、現在の大麻の英国市場の94%を占めています。
欧州から遠く離れた日本にいると、大麻は欧州全域で嗜まれているような印象がありますが、大麻消費量が最も多い都市はロンドンとアムステルダムだそうです(ただしロンドンでは一応違法です)。そして、上述のThe Telegraphによると、これらの都市における精神疾患罹患率は他の地域と比べて最大5倍です。大麻起因の精神疾患は暴力をもたらせ、殺人に至る精神疾患罹患者の90%はアルコールか大麻を使用しています。2024年7月、アイルランド在住の51歳の男性が妻を刺して絞殺しました。彼は長年大麻を吸っており「神からの使命を受けた」と語っています。
英国には薬物依存に取り組む組織UKAT(=UK Advising and Tutoring)があり、複数のクリニックを有しています。The Telegraphによると、2024年に大麻依存症でUKATのクリニックに入院した患者は1,032人に上り、これは2019年から20%の増加です。大麻依存症に罹患すると、幻聴に悩まされ、妄想、現実感の喪失などが生じ、自分自身や大切な人の命を奪うことにもなりかねません。
現在入手できる大麻は本サイトで2000年代に取り上げていた牧歌的なものとはまったく異なる物質です。「絶対に手を出してはいけない薬物」へと変わってしまったのです。