GINAと共に

第211回(2024年1月) 大麻に手を出してはいけない「3つ目の理由」

 前回のGINAと共に「大麻について現時点で分かっている科学的知見」では、大麻のいわば副作用について、医学誌「The New England Journal of Medicine」に掲載された論文から抜粋し詳しく述べました。これを読んで(あるいは途中で読むのを放棄して)「こんなことあるわけない!」と感じた大麻愛好家の人もいるかもしれません。

 私自身も、自分自身の大麻摂取の経験はないものの、プライベートの知人や患者さんも含めた大麻使用者に話を聞いた経験から考えて、このような副作用がこれだけ高率で起こるのか、ちょっと疑問に思っていました。

 なにしろ、米国では「地域人口の18.7%が大麻使用障害」、さらに「18~25歳の若者の14.4%(約7人に1人)が大麻使用障害」というのです。そして、急性症状として、強烈な不安感、パニック発作、また、ときにパラノイアと呼ばれる妄想(例えば自分が社会から拒絶されているなどという思いから逃れられなくなります)に苦しむこともあるとされています。身体的影響としては、運動調整障害(スムーズな動きができなくなる)、ろれつが回らない、口渇、結膜の充血、頻脈、起立性低血圧、水平眼振などが起こり得るとされています。

 しかし、私がこれまで少なくとも100人以上の大麻経験者から話を聞いた経験でいえば、このような症状に苦しんだ人はほとんどいません。めまいや頭痛、嘔気などが生じて「大麻は合わなかった」と言う人はいますが、いずれも軽度であり、また、これは私の印象ですが、大麻による弊害というよりは「急激に煙を吸い込んだせいで生じた弊害」ではないかと疑っています。

 少なくとも、私の知る限り、不安感、パニック発作、パラノイアなどは一例も聞いたことがありません。「起き上がれない」「会話が成り立たない」「笑いが止まらない」「壁のしみが動物にみえる」などはありますが、これらは大麻の多幸感の一種と考えるべきであり、副作用や障害とは呼べません。

 では、なぜ私がこれまで話を聞いてきた大麻使用者(日本人が最多だが、西洋人やタイ人もいる)ではこのような副作用が起こらずに、(ほぼ)全員が多幸感だけを感じることができていたのでしょうか。

 これは私の推測ですが「現在流通している"大麻"はかつての大麻とは異なる」ことが原因だと思います。そして、これが私が(特に若者の)大麻に反対する「3つめの理由」です。本サイトでも繰り返し述べてきたように、大麻はアルコールやタバコよりも依存性が強くなく、危険性が少ないのは事実です。では、なぜ私が自分が見聞きしていた経験から大麻に反対しているのかというと、1つには「ハードドラッグのゲートウェイドラッグになるから」、もう1つが「生産性が低下するから(勉強や仕事をする気が起こらなくなるから)」です。

 これら2つの私の反対理由には反論があるのは知っています。「大麻がハードドラッグのゲートウェイドラッグになるというエビデンスがない」というのは大麻愛好家からよく指摘される反論です。ですが、私の経験上、例えばタイで聞き取り調査をした20名以上の覚醒剤中毒者(こちらは全員日本人)の全員が例外なく覚醒剤の前に大麻にハマっていたのです。

 「生産性が低下するから」はやはり私の経験から自明です。「せっかく留学したのに大麻のせいでほとんど引きこもりの生活になってしまった」「大麻のせいで途中で帰国した」といった話をこれまで何度聞いたことか。バンコクで現地採用で働くつもりで渡タイしたが大麻づくしの生活から抜けられなくなって......、などという話も掃いて捨てるほどあります。

 そして最近、私が大麻反対の3つ目に加えるようになった理由が「現在流通している"大麻"はかつての大麻とは異なる」です。そして、この理由により「若者」だけではなく「すべての年齢層」の人たちの大麻使用に慎重になるべきだと考えるようになりました。

 これを説明する前に、最近私がタイに住む知人(日本人男性)から聞いたあるエピソードを紹介しましょう。その知人の知人のさらに知人(やはり日本人男性)が最近タイを訪れて大麻を摂取しました。ナナのバーの女性から安く買ったというその大麻リキッドを男性が摂取すると、その数分後に錯乱状態となりホテルを飛び出し通りで暴れ出し、そのあたりにいたタイ人に連れられ救急病院に搬送されたのです。男性は気が付けば病院のベッドの上に寝かされていて、しかも手足が自由に動かなかったそうです。その日が帰国日だったのですが、やむなくフライトをキャンセルしたそうです。

 こんなこと従来の大麻で起こるはずがありません。おそらく男性が摂取した大麻リキッドは極めて高濃度に濃縮されたものか、他のケミカル(違法性薬物)が混入していたかのどちらか(あるいは両方)です。私は「他のケミカル」だと考えています。

 この話を聞いてもベテランの大麻愛好家は意に介さないかもしれません。「そんなわけのわからないものを摂取する者が悪い。乾燥大麻をジョイントもしくはボングで"伝統的に"吸引している限り安全に嗜めるのだから。自分は信頼できる業者から直接購入しているから安全に楽しめる」という人がいるかもしれません。

 たしかに、リキッド型やフード(グミなど)やドリンク(シェイクやラッシーなど)に入れられた大麻を摂取せずに、従来の吸引方法ならそういった急性症状(中毒症状)に苦しむリスクは避けられそうです。しかし、現実にはそれさえもあやしくなってきています。

 カナダ政府の大麻のサイトによると、乾燥大麻中のTHCのポテンシー(potency)は、1980年代の平均3%から現在では約15%まで増加しており、一部の株(大麻の種類)は30%にもなります。どうやら大麻草の世界でも"品種改良"が進んでいるようなのです。ポテンシーとは薬理学用語で、分かりやすくいえば「高ければ高いほど効果が出やすい」ものです。これまで3%のポテンシーだったものが15%になれば5倍の、30%であれば10倍もの効果が期待できるというわけです。

 さて、長年大麻を嗜み、決まった業者から購入している人たちはこれでも安心と言えるでしょうか。当然のことながら大麻業者の目的は利益であり、他の業者よりも高濃度の「上物(じょうもの)」を販売しようとするでしょう。そちらの方が需要が多く高く売れるからです。ということは、大麻愛好家たちが「安全で変わらない品質」と思い込んでいるものが、知らない間に少しずつTHCの純度が高くなっていた、なんてことが起こっても不思議ではありません。

 では、すでにもう昔のように安全に大麻を嗜むことはできないのでしょうか。あるいはまだ今は比較的安全だとしても今後は危険性を抱えながら使用しなければならないのでしょうか。

 実は大麻を安全に楽しむことができる対策がひとつあります。それは大麻の「合法化」です。我々日本人が"安心して"飲酒ができてタバコを吸えるのは品質が安定しているからです。もしもアルコールが禁止されていて闇業者が製造しているとすれば、エタノールの代わりにメタノールが入れられているかもしれません(アルコールが違法のイランでときどき報道されています)。もしも販売するアルコール飲料に不純物が混じっていたり、表示されている濃度が異なっていたりすればそれは犯罪行為となり業者は生き残れません。大麻についても資格を設け(薬剤師だけに受検資格のある「大麻取扱い主任」などのようなものがいいでしょう)、販売できる濃度を厳格に管理すればいいのです。

 大麻の場合、危険な濃度がすでに分かっています。「2~3mgのTHCを吸入、もしくは5~10mgのTHCを経口摂取」で酩酊状態となります。大麻取扱い主任がこの量を考えて"調合"すればいいのです。

 大麻のトラブル、事故、そして不幸な顛末を避けるにはこのように大麻を合法化する以外に選択肢はないと私は思います。かつて私が(主にタイで)聞き取り調査をした大麻にハマっていた人たちからも意見を聞いてみたいものです。

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第210回(2023年12月) 大麻について現時点で分かっている科学的知見

 前回の「若者が大麻に手を出すべきでない理由」でも述べたように、大麻は日本国内でもすでに蔓延しており、この勢いは止めることはできません。現実に目を向け「合法化」に進むべきでしょう。日大アメリカンフットボール廃部などというのは、ゆがんだキャンセルカルチャーの悪しき例です。

 しかし大麻に有害性があるのもまた事実です。大麻よりも有害だとされているアルコールやタバコが合法である以上、大麻も合法化するしかないと私は思いますが、同時に危険性を認識しなければなりません。

 「大麻が有害」と私が以前から言い続けている理由は大きく2つあります。1つは大麻使用が覚醒剤や麻薬など他のハードドラッグへのゲートウェイドラッグになることです。これを否定する意見が多いのは知っていますが、私がみてきたジャンキーの大半は大麻が"入口"となっています。前回紹介した数々の動物実験も大麻が他のドラッグへと進みやすいことを示唆しています。もうひとつの私が大麻に反対する理由は、大麻に耽溺することで生産性のある行動がとれなくなり堕落していくことです。

 今回は現時点で大麻について分かっている科学的知見をまとめたいと思います。参考にするのは医学誌「The New Englan Journal of Medicine」(以下「NEJM」)2023年12月14日号に掲載された論文「大麻関連の障害と毒性(Cannabis-Related Disorders and Toxic Effects)」です。

 まずは基本的な薬理学的事項から確認していきましょう。

 大麻には500以上の特定された化学物質が含まれています。その多くは薬理学的にきっちりと解明できているわけではありませんが、現在125種類以上の植物カンナビノイドが特定されています。「カンナビノイド」とはひらたく言えば「生物になんらかの生理的作用を与える物質」と考えればいいでしょう。

 現在最も研究が進んでいる大麻に含まれる植物カンナビノイドは、お馴染みの「THC」(デルタ-9-テトラヒドロカンナビノール:THC) と「CBD」(カンナビジオール)です。THCの最大の特徴はなんと言っても「多幸感」をもたらす点にあります。だから、大麻を吸えば"ハッピー"な気分になれるわけです。

 しかし、CBDにも、多幸感はありませんが「抗不安作用」はあります。一部の医薬品としてCBDが使われるようになったのはそのような作用もあるからでしょう。NEJMの論文によると、CBDには鎮痛薬さらには抗精神病薬としての有効性もあります。

 次に社会的な視点から現在の米国における大麻の実情をざっと振り返っておきましょう。

 2023年11月8日の時点で、医療用大麻は38の州とコロンビア特別区および3準州で合法です。嗜好用(娯楽用)大麻は24の州とコロンビア特別区及び2つの地域で合法です。さらに9つの州では、低THCおよび高CBD含有量の大麻製品の医療使用が許可されています。したがって、すべての大麻が依然違法な州はアイダホ州、カンザス州、ネブラスカ州の3州だけとなります。

 大麻は、カフェイン、アルコール、タバコ (ニコチン) に次ぐ、世界中で最も一般的に使用されている向精神性物質の1つです。世界中では2020年に15歳から64歳までの推定2億900万人が大麻を使用しました。この数字はその年齢層の世界人口のおよそ4%に相当します。米国では、12歳以上の推定5,240万人が大麻を使用しています。2021年には、その年齢層の地域人口の18.7%に相当する1,620万人が大麻使用障害の診断基準を満たしています。大麻使用障害の発症年齢の中央値は22歳です。2021年現在、米国で大麻使用障害を患っている18~25歳の割合は14.4%です。使用開始時の年齢が低いほど大麻使用障害の発症が早くなり、また重篤になることが分かっています。

 「地域人口の18.7%が大麻使用障害」、さらに「18~25歳の若者の14.4%(約7人に1人)が大麻使用障害」とは驚かされます。

 大麻使用障害と診断された人の約半数は精神障害を患っています。多いのが、うつ病(大うつ病)、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、全般性不安障害です。元々精神疾患を持っている場合は、大麻使用障害の症状が重篤化し治療が困難になります。

 大麻は、アルコール、タバコ(ニコチン)、オピオイド(麻薬)、覚醒剤などの他の薬物に比べれば障害はかなり少ないと言えます。しかし使用者が多いため現在世界的に問題となっています。大麻による障害で「健康寿命」が失われる期間は64万6000年、年齢標準化率(age-standardized rate)は10万人当たり8.5年となります。 大麻使用は、自動車事故、自殺、心血管疾患・肺疾患のリスク増加と強く関連しています。米国では薬物関連の救急外来受診者の約10%が大麻関連です。

 大麻使用障害は「急性症状(中毒)」「亜急性症状」「離脱症状」に分類することができます。

 急性症状は大麻を短時間で高用量摂取したときに生じ、通常24時間以内におさまります。強烈な不安感、パニック発作、また、ときにパラノイアと呼ばれる妄想(例えば自分が社会から拒絶されているなどという思いから逃れられなくなります)に苦しむこともあります。他方、知覚の変化や幻覚などの精神症状はあまり多くありません。身体的影響としては、運動調整障害(スムーズな動きができなくなる)、ろれつが回らない、口渇、結膜の充血、頻脈、起立性低血圧、水平眼振などが起こり得ます。(ジョイントなどで)喫煙した場合は、咳、喘鳴、呼吸困難、喀痰などが起こります。摂取経路に関係なく(吸引しても経口摂取しても)、心房細動、上室性頻拍、心室性期外収縮、非持続性心室頻拍などの不整脈が生じることがあります。
 
 持続時間は摂取方法によって異なります。吸入(ジョイントによる喫煙またはボングによる蒸気吸入)による中毒症状(急性期症状)は数分以内に始まり、3~4時間続きます。経口摂取の場合は、摂取後30分から3時間くらいで始まり、8~12時間続きます。大麻ビギナーの場合、2~3mgのTHCを吸入するか、5~10mgのTHCを経口摂取すれば酩酊状態となります。

 急性症状がある場合は車の運転が危険となります。自動車事故のリスクは30~40%増加します。ただし、より深刻なのはアルコールで、血中アルコール濃度が0.08%(一般に「ほろ酔い期」と呼ばれるくらいの濃度)の場合、事故のリスクは250~300%増加します。
 
 大麻の急性症状はたいてい軽症で済んで医療機関受診を必要としません。治療が必要となるのは、重度の不安発作、パニック発作、顕著な精神病症状、あるいは重度の運動機能不全(動けない、など)の場合です。重度の気分障害(抑うつ状態)や自殺企図があれば入院加療が必要です。 また、小児が大麻を摂取すれば、昏睡、けいれん、さらに心肺機能不全を発症することもあります。重度の興奮や不安があればベンゾジアゼピンで治療をしますが、大麻の解毒薬は存在しません。

 「亜急性症状」は急性症状が24時間を超えても持続し、通常1ヵ月以内におさまります。不安またはパニック発作のいずれかとして現れるのが一般的です。

 大麻は睡眠障害を起こします。不眠の人が大麻使用でぐっすりと眠れるようになることはありますが、大麻を中止することにより不眠障害が生じることがあるのです。

 大麻使用障害の発症リスクは大麻使用歴に関連します。年間12日未満の使用であれば3.5%、月4日未満なら8.0%、週5日未満なら16.8%に発症します。期間でいえば、大麻を1年以内に使用した人の11%、1~2年間使用している人の15%、2~3年間使用している人の18%、3年以上使用している人の21%が発症します。

 大麻使用障害の治療は薬物療法はほとんど効果がなくFDAが承認した薬もありません。認知行動療法 (CBT) とモチベーション向上療法(motivational enhancement therapy:MET)が実施されることがあります。

 「離脱症状」は、抑うつ気分、不安、落ち着きをなくす、過敏症、食欲低下、睡眠障害などです。 身体的な症状は一般的ではありませんが、腹部のけいれん、筋肉痛、震え、頭痛、発汗、悪寒、体重減少などが起こり得ます。 これら症状は通常大麻中止後1~2日以内に始まり、2~6日以内にピークに達し、数週間続きます。 大麻離脱の症状はタバコ(ニコチン)離脱の症状と実質的に重複しているため、両者の使用者の場合はどちらの離脱による症状なのかを鑑別するのが困難です。

 離脱症状の治療薬としてCBDが用いられることがあり、いくつかの小規模なランダム化比較試験は有効性を示しています。不眠症に対してはゾルピデムが、不安に対してはベンゾジアゼピンが用いられることがあります。

 米国産科婦人科学会は、妊娠中および授乳中は大麻を使用しないことを推奨しています。妊娠中の摂取は低体重出生時や胎児発育遅延のリスクを上昇させます。THCは血中濃度よりも数倍高い濃度で母乳に存在し、最長3年間も持続する可能性があります。

 「カンナビノイド悪阻症候群」と呼ばれる、腹痛と嘔気に苦しめられる悪阻(つわり)があります。頻繁かつ大量の大麻使用中または使用後48時間以内に発生します。患者は診断を受け入れることが難しく、自己治療として大麻を使い続けます。 カンナビノイド悪阻症候群は、ベンゾジアゼピン、ハロペリドール、局所カプサイシン(おそらく貼付薬)で治療します。従来の制吐剤は効果がありません。

 大麻がタバコやアルコールより有害性が低いのは事実だとしても、このように改めて俯瞰してみると安易に手を出すべきでないことが分かります。特に若い人は大麻で人生を狂わせないようにしましょう。

 参考までに、過去のコラム「悲しき日本の高齢者~「豊かな青春、惨めな老後」~」で取り上げた「台北ホテル」で私が取材した日本人は全員が大麻常用者でした。

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第209回(2023年11月) 若者が大麻に手を出すべきでない理由

 最近、東京、大阪、札幌などでHHCH(ヘキサヒドロカンナビヘキソール)が入ったグミを食べて中毒症状を起こし救急搬送された日本人のニュースがよく取り上げられています。これを受けて、厚生労働省は、12月2日から、HHCHとHHCHを含む製品の(医療等の用途以外の目的での)製造、輸入、販売、所持、使用等を禁止することを決めました。

 最近似たようなニュースを聞いたな、と感じた人も少なくないでしょう。8月4日、厚労省により、THCH(テトラヒドロカンナビヘキソール)を(医療等の用途以外の目的での)製造、輸入、販売、所持、使用等が禁止されました。

 名前が似ていることからも分かるように、HHCHもTHCHも大麻の主成分の多幸感をもたらすTHC(テトラヒドロカンナビノール)と構造式が類似しており、人体への作用も似ています。よって、これらを摂取すればなんらかの神経症状が現れます。

 厚労省がいくら規制しようが類似の事件はすぐに起こるでしょう。要するにいたちごっこになるだけです。それに、そもそもTHC類似物質ではなくTHCそのものが、つまり大麻がすでに大量に出回っています。そして、これは今に始まったことではありません。あまり指摘されませんが、少なくとも大阪では私がひとつめの大学に通っていた80年代後半には大麻なんて入手しようと思えば、知り合いの知り合いのさらに知り合いくらいまでたどればさほど苦労しなくても手に入ったわけです(念のために補足しておくと私自身は摂取していません)。

 「それはあんたの周りだけだろ」という意見に反論しておきましょう。たしかに、例えば大学のキャンパスの入り口で100人にアンケート調査をして「大麻を使用したことがありますか」と尋ねれば「ある」と答える人はほとんどいないでしょう。大麻使用が犯罪なのですからこれは当然です。誰が危険をおかして本当のことを答えるでしょう。

 実際"きちんとした"調査をすれば実態が明らかになります。宝塚大学看護学部教授の日高庸晴氏らが2010~2011年にかけて実施した調査によれば、東京で開催されたレイブパーティーに参加した若者の32.7%、つまり約3人に1人が「大麻使用経験あり」と答えています。

 厚労省は「大麻の乱用が拡大しています」と言って検挙者数が右肩上がりに増加しているグラフをウェブサイトに掲載していますが、これは「検挙者数」であって「使用者数」ではありません。よく「ネットやSNSのせいで大麻使用者が増えた」と言われますが、私見を述べれば、「ネットやSNSのせいで大麻売買の足取りがつかみやすくなったがゆえに検挙者数が増えた」のです。

 しかし、日本人の大麻使用者は80年代から変化がないのではなく、今後ますます増えていくのは間違いありません。すでに他のメディア(例えば医療プレミア2023年3月20日「大麻 海外で進む「嗜好用」の解禁 日本はどうするか」)でも私は指摘しましたが、米国では大麻使用経験者が国民の48%、つまり2人に1人です。すでに喫煙経験者の割合を上回っているのです。

 タイでは、2022年6月に大麻が(事実上)合法化され、至るところに雨後の筍のごとく大麻ショップが乱立しています。日本のように取引は繁華街の路地裏や雑居ビルの非常階段などでこっそりとおこなわれるのではなく、大麻ショップが堂々と店を構えています。カオサンロードのあるビルは、そのビルに入居している(ほぼ)すべてのショップが大麻を扱っています。スクンビット通りにある洒落たカフェは大麻入りドリンクを堂々と販売しています。その店では大麻がたっぷり入ったストロベリーシェイクが一番人気だとか。路上の屋台でも大麻が堂々と販売されています。7月に私が渡タイしたとき、ある屋台で「これ試せる?」と冗談で言ってみると「カー(いいよ!)」と答えた店の高齢女性はジョイント(大麻をタバコのようなかたちにしたもの)に火をつけて私に渡そうとしました。

 これが海外の現状なわけです。厚労省や教育者やあるいは医療者が「大麻は危険です」と言ったところで誰が信じるでしょう。しかし、私自身は「若者の」大麻使用には反対です。特に、10代の若者は絶対に手を出すべきではありません。20代の若者から相談されたときもよほどのことがない限り反対します。

 他方、60代以上のすでに引退した人にはリスクを伝えた上で判断をまかせています。もっと若い人であっても、たとえばがんの末期の人や不治の神経疾患に罹患した人などから相談されれば反対はしません。ただし国内では違法となりますから海外滞在時の使用が条件となります(正確に言えば大麻が合法のたいていの国や地域でも日本人の使用は違法になるのですが、実際に逮捕されることはまずありません)。

 私が若者の大麻使用に反対する理由は、過去にも述べたように「がんばる気が失せるから」です。個人的な意見ですが、私は海外に出た若者には、それが留学であれ、ボランティアであれ、自分探しの旅であれ、がんばってほしいのです。語学の習得につとめ、友人を増やして世界の文化を学んでほしいのです。大きなお世話だ、と言われるでしょうが、海外滞在時に学べることはたくさんあります。しかし、大麻に手を出してしまうと、いずれ怠惰な生活となってしまいます。実際、私はそのように堕ちていった前途ある日本人の若い男女をたくさんみてきました。

 しかし私が若者の大麻使用に反対する理由はこのような「個人的見解」だけではありません。エビデンスレベルが高くないとはいえ、次々と大麻が神経障害をもたらすことを示した研究結果が報告されています。科学誌「Science」に主にラットを用いた大麻の作用をまとめた記事が掲載されましたので、重要なポイントをピックアップしてみます。

・若いラットにTHCを与えると、その後ヘロインを自己投与する割合が増加した

・若いラットのTHC摂取により、脳の報酬中枢の遺伝子発現が変化することがわかった。THCが、報酬、ストレス、痛みの知覚に関与する脳の内因性オピオイドシステムを変化させる可能性がある

・若いラットがTHCを繰り返し摂取すると、前頭前野のニューロンの形状と機能が変化することが分かった

・ヒトでいえばグミ1個に相当する量の大麻をラットに3日に1回与えると、孤立などの環境ストレス要因に対して異常に敏感になった。他の動物を避けるようになり(社会不安が増大し)、多くの砂糖を欲しがり、報酬に対する感受性が高まった

・砂糖を獲得するために危険な戦略と安全な戦略のどちらかを選択しなければならない「ラットギャンブル課題」をさせると、大麻を摂取したラットは危険な戦略をとるようになった。これは「大麻使用者が他の薬物だけでにくギャンブルにも依存する傾向がある」事実に合致する

・ラットに高用量の大麻を与えると、アストロサイトという神経細胞の形状が変化し、抑制系の神経伝達物質GABAによるシグナル伝達の混乱を示唆する遺伝子発現の変化を引き起こした。 低用量の摂取は、主にニューロンの形状と遺伝子発現パターンを歪め、オピオイド系の変化を促した

 ラットの研究結果がそのまま人間にもあてはまるかどうかは分かりません。ですが、これだけの証拠をたたきつけられると、人間にも似たようなことが起こると考えるべきではないでしょうか。実際、私がGINA関係でタイで知り合った日本人の大麻依存症の人たち(男性が大半だが女性もいました)の多くは、他の薬物への依存、ゲームやギャンブルへの依存、さらに何割かの男女は承認欲求(「他人からの承認」の依存)も強い印象があります。

 つまり、大麻を摂取することにより、自律できずアインデンティティを見失い、短絡的な欲求を求めてしまうようになるのではないか、というのが私の考えです。尚、話の展開から想像できると思いますが、大麻にハマっていったかつての私の仲間たちの人生も......、言わずもがなです。

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第208回(2023年10月) 他人の不幸や未来はどうでもいいのか

 10月7日に勃発し、事実上すでに戦争と呼べる段階に入った「ガザ(パレスチナ)・イスラエル紛争」は収拾の目途が立っていません。先制攻撃を仕掛けたのはガザのハマスと呼ばれるパレスチナの民族グループですが、その後直ちにイスラエルが報復の攻撃を開始したため、本原稿執筆時点ではガザ地区の被害者の方が圧倒的に多くなっています。

 数字だけでみればイスラエルが過剰な報復措置をとっているという見方ができますし、アントニオ・グテーレス(Antonio Guterres)国連事務総長は、10月24日、「明らかな国際人道法違反(the clear violations of international humanitarian law)」がガザで起こっていると発言し、イスラエルを批判しました。

 さらに、「パレスチナ人は56年間にわたり窒息するような占領(suffocating occupation)にさらされてきた」とコメントしました。「56年間」というのは、言い換えれば「第三次中東戦争以来」となります。そもそも、イスラエルは「自国がハマスというテロ組織に襲われた」というようなことを主張しているようですが、ガザ地域は(そしてヨルダン川西岸も)、1947年のイスラエル建国時点ではパレスチナ人の居住地だったわけです。その土地を第三次中東戦争でパレスチナ人からかっぱらったのです。

 アントニオ・グテーレス国連事務総長のこの発言に対し、イスラエルは反発しました。この発言を理由にグテーレス事務総長の辞任を要求したのです。

 歴史を「正当な立場で」検証するのは困難ですが、イスラエルの主張が100%正しいとは言えないでしょう。アントニオ・グテーレス国連事務総長の言い分が間違っているとは思えません。

 しかし、事務総長の意見だけで、国連が正式にイスラエルに戦闘を中止するよう勧告することはできません。常任理事国が1か国でも否決権を行使すれば国連の総意とはならないからです。

 ユダヤ人が政界・経済界で力を持っている米国は一貫してイスラエルを支持していますし、これからもこの方針は変わらないでしょう。実際、パレスチナは「パレスチナ国」として138の国連加盟国から承認されていますが、米国は承認していません。英国、仏国も国内にユダヤ人の影響が少なくないことに加え、第二次世界大戦時の"複雑な"歴史がありますから、イスラエルを非難することは容易にはできません。

 ドイツは国連常任理事国ではありませんが、ホロコーストの歴史がありますから、ドイツ政府としては「無条件でイスラエルを支持」するしかありません。もっとも、ドイツ国民はそうは思っていないようです。POLITICOによると、世論調査では、極右政党「ドイツのための選択肢」の支持者の78%が、「ドイツには『イスラエルに対して特別な義務』があるという考えに同意していない」と答えています。ドイツでは10月7日からの8日間で、戦争に関連した反ユダヤ的事件が202件発生しています。

 「反ユダヤ」というよりは「親パレスチナ」で目立ってきているのがマレーシアとインドネシアです。カタールのメディア「アルジャジーラ」によると、マレーシアのアンワル・イブラヒム首相は、「ハマスを非難せよ」とする西側諸国からの圧力に抗し、「ハマスとの関係を維持する」と宣言しました。マレーシアは「パレススナ国」を承認している一方で、イスラエルとは外交関係を持っていません。

 世界で最も人口の多いイスラム教徒を抱えるのがインドネシアです。インドネシアもまたマレーシアと同様、「パレスチナ国」を承認し、そしてイスラエルとは外交のない国です。報道によると、ジョコ・ウィドド大統領は「イスラエルが占領しているパレスチナの土地については国連の同意によって解決されなければならない」と、イスラエルを非難するコメントを表明しています。

 ついでに他国の状況もまとめてみましょう。ユダヤ人ともパレスチナ人とも直接的な関係の薄い大国は他の政治要因が関わってきます。ロシアはウクライナ戦争の真っただ中ですから米国に味方することはないでしょうが、プーチン大統領とネタニヤフ首相は懇意の仲だと聞きます。一方、シリアのアサド大統領との関係も重要でしょうから、イスラエルとパレスチナの今回の戦争に関してはロシアはしばらく大きな動きを見せないと思います。

 中国も複雑です。自国がイスラム教徒の新疆ウイグル自治区に対し非人道的な政策をとっていることからイスラム諸国からの評判はよくないわけですが、外交に長けた中国はおそらくこの戦争をチャンスと考え、イスラエル、パレスチナの双方に巧みに近づくのではないでしょうか。

 意外なのがインドです。インドは1988年にいち早く「パレスチナ国」を承認した国ですから、今回もパレスチナ寄りなのかと思いきや、アルジャジーラによると、政府は反イスラエルのデモを鎮圧する動きにでています。おそらくこれは現在インド政府が政治経済的に米国に近づこうとしているからではないでしょうか。大衆による反イスラエルのデモが活発化して米国の怒りを買いたくないという姑息な考えがあるのではないかと私はみています。

 このように俯瞰してみると、中東で局所的に勃発した地域の戦争はすでに世界に多大な影響を与えています。ウクライナ戦争に終結の兆しは見えません。三大緊迫地域とされている東欧と中東ですでに火がついているわけですから、残りの1つである東アジア(つまり北朝鮮)の緊張感が高まれば一気に第三次世界大戦に突入するかもしれません。

 もしもそのようなことが起これば、というよりすでにこれだけ火が上がり、軍事産業が興隆しているわけですから「地球温暖化」は加速されています。なぜかあまり話題に上がりませんが、地球温暖化を研究する国際機関IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)は、2018年に「早ければ、2040年前後までに地球は壊滅的な状態になる」と報告しています。

 今年(2023年)は、6~8月は連続で20世紀以降で最高温度を記録しました。中東やアフリカ大陸では洪水の被害が深刻で、カナダでは史上最悪の山火事が起こりました。コペルニクス大気モニタリングサービス(Copernicus Atmosphere Monitoring Service)によると、2023年は7月末の時点で、年初からの山火事による炭素排出量推定総量は、2014年のカナダの年間推定山火事炭素排出量総量の2倍に達しています。BBCによると、カナダ北西部のフォート・グッド・ホープ(Fort Good Hop)では気温が37.4度まで上昇しました。カナダでは地下の氷層が溶けて、アスファルトが陥没し、
地盤沈下で木や家が傾く被害が相次いでいるそうです。こうなると地震のリスクがでてきます。

 リビアで11,000人以上が死亡し尚も1万人以上が行方不明の2つのダムが決壊した事故は、"人災"だとも言われていますが、地球温暖化が引き金を引いたのもまた事実です。

 2022年に発表された論文によると、北極圏の温暖化は1979年以来、過去43年間で地球全体の4倍近くの速さで温暖化しています。実際、シベリアではツンドラがどんどん溶けているようで、溶けると元に戻るのに数万年かかると言われています。シベリアでは森林火災も深刻で、凍土層が溶けて地中の炭素が大気に放出されています。炭素は二酸化炭素とメタンとなり温室効果の原因となります。ロシアは2015年の報告で、すでに温暖化が地球全体の2.5倍の速さで進行していることが指摘されています。

 しかし地球温暖化の影響を最も強く受けている(というよりとばっちりを受けている)のはアフリカです。世界気象機関(WMO)によると、アフリカの温室効果ガス排出量は世界全体の10%にも満たないのに関わらず、気候変動によるアフリカの損失と損害のコストは、(年間)2,900億ドルから4,400億ドルになると予測されています。

 2015年に国連で採択されたパリ協定では産業革命以前と比較して平均気温上昇を1.5度以内とすることが決められました。BBCによると、今年(2023年)は、10月2日までの時点で86日間は、産業革命以前よりも1.5度以上気温が高かったことが示されており、これはこれまでで過去最高だった2016年の記録を上回っています。パリ協定の基準は「年間を通して1.5度以上」ですからこの基準は満たさないと予想されますが、いずれこの基準を超えるのは火を見るより明らかでしょう。

 病気の話もしましょう。随所で述べているように、新型コロナウイルスについて私が最もショックだったのが「日頃診ている患者を見放す医師たち」でした。日本のHIVに関しては、「HIV陽性というだけで(HIV自体は安定しているのに)拒否する医師」です。こちらは最近はかなり少なくなってきましたが、まだこのようなクリニックもあります。

 結局、人間というのは自分には関係のないこと、自分の得にならないことについては関心が持てない生き物なのでしょう。遠い国の子供たちが無残な殺され方をしようが、将来の地球に住めなくなろうが、病気で困っている赤の他人がいようが、そんなことはおかまいなしに目先の利益を追求するのが人間の本質なのかもしれません。最後に今年102歳の生涯を閉じた洋画家の野見山暁治氏のエピソードを『眼の人』(北里晋著)から紹介したいと思います。

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(出征前の宴会の場で)ぼくは上座に据えられ、みんなから激励の言葉を受けた。「国のために戦ってこい」とか「敵をやっつけろ」とか。これが今のぼくへの期待なのか。
 
 一通り済んだところで、親父が「おまえ、みんなにあいさつをしろ」と言い出した。何としても嫌だったが、「ひとこと言え」と聞かない。みんなシーンとして待っている。この人たちに応える言葉は一つも浮かばない。
 
 あるドイツの詩人が「われはドイツに生まれたる世界の市民なり」と言っています。われ知らずぼくはそう口走ると、後は止まらなくなった。私は日本に生まれた世界の市民です。それがどうして敵をつくったり、殺し合ったりしないといけないのか。私にそんなことはできない。どうしても嫌です。

 「貴様、やめろ」と軍人が立ち上がった。(略)散々な罵声の中、宴会はメチャクチャになった。
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第207回(2023年9月) 「ジャニー喜多川性加害事件」で誰も言わないこと

 今年(2023年)の3月より報道が過熱し、ついにジャニーズ事務所が謝罪会見を開くことになったいわゆる「ジャニー喜多川性加害事件」は、同事務所所属のタレントをCMなどに起用しない大手企業が出てくるなど波乱を呼んでいます。社長が東山紀之氏に交代し会見で釈明したものの過去の出来事を根掘り葉掘り執拗に聞き出そうとするメディアもあり、当分の間この話題は続きそうです。しかし、一連の報道をみていてどこかに違和感を覚えないでしょうか。私にはメディアを含む世論に"ズルさ"が感じられます。では、どこにそのズルさがあるのか。まずはこの事件の経緯を、各メディアの報道を参照しながら時間軸で振り返ってみましょう。

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1964年:ジャニー喜多川氏(以下「ジャニー氏」)によるタレントへの猥褻行為に対する裁判が東京地裁でおこなわれた。被害者たちはジャニー氏に「それが自分たちにとって最高の手段であるのだ」と説き伏せられ真実を語らず、東京地裁は「証拠がない」として性加害を認定しなかった。しかし被害者の一人は後に「あの証言は偽りで、性的虐待はあった」と語った

その後も『
週刊サンケイ』や『女性自身』が、ジャニー氏が所属タレントにわいせつ行為をはたらいていたことをスクープした(詳細は「The HEADLINE」の記事「ジャニー喜多川氏に向けられた具体的な性加害疑惑 = 約60年にわたる証言の歴史」に詳しい)

1981年:『週刊現代』が1981年4月30日号で発表した記事「たのきんトリオで大当たり 喜多川姉弟の異能」で、ジャニー氏に体を触られたという匿名の元タレント証言を紹介

1988年:「フォーリーブス」のメンバーだった北公次氏が『元フォーリーブス北公次の禁断の半生記』を出版し、ジャニー氏から受けた性被害について語った

その後、中谷良著『ジャニーズの逆襲』、平本淳也著『ジャニーズのすべて―少年愛の館』、豊川誕著『ひとりぼっちの旅立ち - 元ジャニーズ・アイドル 豊川誕半生記』などいわゆる暴露本が80年代後半から90年代にかけて次々と刊行された

1999年:『
週刊文春』がジャニーズ事務所に関する特集記事「ホモセクハラ追及キャンペーン」を掲載し、ジャニー氏が所属タレントにわいせつ行為をはたらいていることを告発した。するとジャニー氏は週刊文春を「名誉棄損」で訴えた

2002年3月27日:東京地裁の一審判決。週刊文春が「敗訴」しメディアに大きく報道された。週刊文春には880万円の損害賠償が命じられた。週刊文春はこれを不服として東京高裁に控訴した

2003年7月15日:東京高裁の二審判決。
一審の判決が覆され、ジャニー氏による所属タレントへの性加害が認定された。しかしメディアはほとんど報道しなかった。ジャニー氏はこの認定を不服として最高裁に上告した

2004年2月24日:最高裁はジャニー氏の上告を棄却し二審の判決が確定。これにてジャニー氏の性加害が最高裁に認められた。しかしメディアはほとんど報じなかった

2019年:ジャニー氏が他界。享年87歳。大規模な「お別れ会」が開催された。当時首相の安倍晋三氏は業績を称賛し人徳を讃える弔電を送った。しかし、海外メディアはジャニー氏の性加害を糾弾する報道をおこなった

2023年3月:英BBCがジャニー氏の性加害に焦点をあてたドキュメンタリー番組を放送。これが世界中のメディアで取り上げられ注目度が急増した。週刊文春は再度ジャニー氏の性加害の特集記事を組んだ。被害に遭った元ジャニーズのタレントが次々と実名で当時の被害を公表

4月12日:元ジャニーズのタレント、カウアン・オカモト氏が日本外国特派員協会で記者会見を開き、ジャニーズ事務所に所属していた15歳から退所までにジャニー氏から15-20回の性暴力を受けたと公表

9月7日:ジャニーズ事務所が記者会見を開く。社長の藤島氏がジャニー氏の性加害について謝罪。引責辞任し新たな社長に東山紀之氏が就任したと発表した

9月12日:サントリー社長で経済同友会の代表幹事、新浪剛史氏が「ジャニーズのタレントを起用することは、子供への虐待を認めることで、国際的に非難の的になる」との見解を述べ、サントリーのCMにジャニーズ事務所所属のタレントを起用しないことを発表。その後、東京海上、トヨタ自動車、第一三共ヘルスケア、日本航空、日本生命など大手企業も同様の旨を発表した
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 さて、これまでは元ジャニーズのタレントが赤裸々に実情を語っても、名だたる雑誌(週刊文春が立役者であることは否定しませんが、私の印象でいえば今はなき『噂の真相』の方がインパクトがありました)がスクープ記事を発表しても、「売名行為だ」「単なる週刊誌ネタだ」などと大手メディアやジャニーズファンは相手にしていなかったわけです。

 それが手のひらを返したように大手メディアの記者たちは一斉にジャニーズ事務所を叩き始めました。BBCの報道という"外圧"がなければ動けない日本のメディアには幻滅させられます。そして、際立って目立つのが一部の記者の豹変ぶりです。

 記者たちは上から目線で正義を振りかざし、記者会見では遠慮のかけらもない詰問を繰り返しました。報道によると、最も物議を醸したのが東京新聞の望月衣塑子記者です。望月記者は東山紀之新社長に対して10分以上に渡り「Jr.たちに自身の陰部をさらして『俺のソーセージを食え』と言った。やられた方は覚えている」「忘れているのかもしれないが、ある種の加害を連鎖的にやってしまったのではと感じる」「ご自身がJr.に加害をしていたとしたら、それを今どう感じるのか」などと追及しました。東山氏は「覚えていないことも本当に多い。したかもしれないし、していないかもしれないというのが本当の気持ち」と答えたそうです。

 これに対し、社会学者の古市憲寿氏は週刊新潮の連載コラムで「望月記者の質問は、下品な野次馬精神と暴走した正義感が、最悪の形で入り交じっていた」と極めて厳しい表現を使って望月記者を非難しました。

 私自身も望月記者がこのような無神経極まりない質問をしたと聞いて唖然としました。もしも私がジャーナリストなら、「まあ、僕達もある程度はそういった出来事があったのは知っていたわけですが......」という前置きから質問をします。なぜって、このような"出来事"があったことは周知の事実だったのですから。

 もっと言えば、"被害者"を生み出したのはジャニーズ事務所だけではありません。同事務所では男性が被害に遭ったわけですが、他の組織に目を向ければ女性の被害者だっていくらでもいるはずです。芸能の世界というのはそういうところだと、私は誰から教わったかは覚えていませんが、少なくとも高校を卒業する頃には知っていましたし、ほとんどの人がそうでしょう。

 もっとも、ジャニーズファンの女性にはこういう話は通じませんでした。何年か前にジャニーズファンを公言する20代のある女性看護師にジャニー氏の性加害についてどう思うか聞いてみたところ、「えっ、先生(私のこと)、そんな話本当に信じているんですか?」と取りつく島もありませんでした。

 さらに、現在のことはおいておくとして、90年代以前にこのような"被害"が横行していたのは何も芸能界だけではありません。具体的な業界名を挙げるのは避けますが、上下関係の厳しい職場であれば、こういったことは日常茶飯事、とまでは言いませんが珍しいことではなかったわけです。

 もちろん、苦痛を訴える被害者が存在するわけですから加害者は許されるべきではありません。しかし、日本は元々男性どうしの性行為には寛容な文化を持っていますし(江戸時代の社会や風俗を学べばすぐに分かることです)、2017年に性犯罪に関する刑法が改正されるまで「強制性交等罪」の被害者は女性のみとされていました。尚、この法律改正は110年ぶりだそうです。さらに、日本の性交同意年齢は明治時代から現在も13歳のままです。源氏物語の光源氏が若紫に夢中になるのはたしか若紫がまだ10歳くらいの頃だったはずです(そういえば「光GENJI」もジャニーズでした......)。

 誤解のないように言っておくと私はジャニーズ氏の罪に寛容になるべきだと言っているわけではありません。辛い目に遭った被害者が存在するわけですからジャニーズ事務所は社会的なけじめをつけなければなりません。また、被害者に対してはすでに成人しているとはいえ心のケアも必要でしょう。

 私はタイのエイズ施設で、10代前半どころか、もっと幼い年齢で大人たちに弄ばれてHIVに感染した子供たちをたくさんみてきました。なかには物心がつかないくらいの幼いときに複数の男性にレイプされ、自分の性的アイデンティティに混乱している男児もいました。

 ジャニー氏性加害問題をうやむやにしてはいけないのは自明です。ですが、まるで天下をとったかのように正義を振りかざすメディアの記者には辟易とさせられます。「以前から薄々気付いていたわたし達にも責任はあるんですが......」という記者が出てくることを望みます。

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