GINAと共に
第213回(2024年3月) 性は「認める」ものではなく、性加害の"冤罪"は簡単に生まれる
大阪の十三(じゅうそう)というディープな街に、通称「ナナゲイ」と呼ばれているミニシアターがあります。正式名は「第七藝術劇場」で、商店街のなかほどに位置する「サンポードシティ」という雑居ビルの6階にあります。一つ下の5階は「シアターセブン」と呼ばれるミニシアターで運営会社は同じ(だと思います)。ウェブサイトも同じです。(少なくとも私の周囲の)大阪人はこれら映画館を指すときには2つを区別せず「ナナゲイ」と呼んでいます。ナナゲイは歴史のある映画館で過去何度か閉館しているそうなのですが、現在はセンスのいい映画が連日上映されています。
そのナナゲイ(正確にはシアターセブン)で現在リバイバル上映されているのが、京都のショーパブを舞台にしたコメディ映画『Moonlight Club』で、2人のドラァグクイーンとそば屋のおかみの3人が主役。3人は「はふひのか」という言わばミニ劇団のようなユニットです。ドラァグクイーンは当然ゲイですが、その2人のゲイを演じる「はふひのか」のメンバーは実生活ではゲイでない(つまりストレート)だそうです。私自身は、ストレートがセクシャルマイノリティを演じても構わないと思っているのですが、最近はそれに反対する意見が大きくなってきています。しかし、今回取り上げたいのはそのことではありません。順を追って説明していきましょう(尚、私はこの映画をまだみていません。気になる報道があったので取り上げることにしました)。
『Moonlight Club』のナナゲイでの上映が決まったことは関西ローカルメディアでは報道されていました(例えば、毎日新聞の地方版)が、全国的に話題になったのは米国での上映が決まったからでしょう。3月28日にはニューヨークのコロンビア大学内で上映されるとDAILYSUN NEW YORKが報道しています。日本のメディアでは2月12日にFNNプライムオンライン(以下FNN)が記事を出しました。
この記事、公開されたときには私は読んでいなかったのですが、後に能町みね子さんが週刊文春で痛烈に批判していたのでネット検索してみました。能町さんのこの連載は毎回有名人が放った問題のある発言をタイトルにしています。このときのタイトルは「世界平和につながっていくんちゃうかな」で、当事者でない(ゲイでない)ストレートの男性がこのような言葉を「のんきに言っている」と批判し、「偏見をコテンパンに批判されてほしいと思う」と厳たる言葉で酷評しています。
FNNの記事を読んでみたところ、私自身は「世界平和に......」という言葉にそれほど違和感を覚えませんでした。「はふひのか」のメンバーがセクシャルマイノリティを批判しているようには思えないからです。(私は映画を観たわけではありませんが)FNNの記事を読む限り、映画のなかでマイノリティを差別しているわけでもなく、悪意がないことは明らかです。
ですが、能町さんが批判しているもうひとつのことについては、私は能町さんに完全に同意します。「はふひのか」のメンバーの一人である原田博行氏のコメントです。原田氏は俳優の傍ら現在も京都市内のキリスト教系の高校(おそらく同志社高校)で30年近く教鞭をとっているそうです。ここからはFNNの記事をコピーします。
************
原田さんは授業の中でLGBTQに対する意見を生徒に聞いてきたという。
「授業で認めるかどうか手を挙げさせるんですけど、今年認めないという生徒はほぼゼロでした。20年前は3割から4割くらいは認めないに手を挙げていました。もう今では認めないと言っちゃダメだというのが常識になったんだなと思いますし、生徒たちは自然に、素直に性の多様性を受け入れていますね」
************
目を疑わないでしょうか。「認める」ってどういうことでしょう。通常「認める」というのは上の立場の者が下の者に使う言葉です。「当社としては無断欠勤の多い社員の雇用継続を認めることはできない」とか「試験会場に従来の腕時計を持ち込むことは認めるが、スマートウォッチは認めない」などです。そもそも「認める」は人の「行為」に対する判断であって、人の「存在」に対して使う言葉ではありません。
能町さんは文春の記事のなかで「『黒人を認めるかどうか手を挙げさせる』がマズイのはふつう分かりますよね?」と分かりやすい例を挙げて批評しています。FNNの記事の内容が正しくて原田氏が本当にそんなことを生徒の前で言ったのだとしたら、原田氏自身がセクシャルマイノリティはストレートよりも"下"の存在だと考えていることを物語っています。さらに、「人(の存在)を認めるかどうか」という論調が人間の倫理に反していることに気付いていなことを晒しています。「人が人を裁いてはいけない」のは人類普遍の真理ではなかったでしょうか。私の理解が間違っていなければ、キリスト教では「人を裁くことができるのは、その人の心を熟知している神だけ」です。
もうひとつ別の「事件」を取り上げたいと思います。今度はセクシャルマイノリティがストレートを"誤解"したと思われる事件です。
浅沼智也さんというトランスジェンダー(FTM)がいます(念のために付記しておくと「FTM」とは生まれたときに生物学的に"女性"で、その後社会的に"男性"に転じたトランスジェンダーのこと)。私は浅沼氏と面識がありませんが、浅沼氏は看護師であることもあり、何度か名前を聞いたことがあります。たしか自助グループを主催し、ラジオのパーソナリティも務め、自ら映画を監督し出演したこともあったはずです。
その浅沼氏が「強制わいせつ罪容疑で逮捕」というニュースが報道されました。報道によると、2023年2月、東京都内のホテルで、青森県内に住む40代の知人女性に、抱きつくなどのわいせつな行為をした疑いがあり、青森県警が2024年3月14日に強制わいせつの疑いで逮捕し、翌日に青森地検に送検しました。
これだけを聞くと、さほど違和感を覚えない人の方が多いでしょう。現在は"男性"なんだから女性へのわいせつ行為はありうる、と考えられるからです。しかし、浅沼氏の性的指向は女性でなく男性です。つまりロマンスやセックスの対象は男性なのです。彼はそれを公言しています。中野区のウェブサイトに掲載された座談会で「自分は現在戸籍上は男性で、好きになるのも男性です」と発言していますからそれは間違いないでしょう。
だからこの事件はいわゆる「冤罪」の可能性がでてきます。しかし、浅沼氏が「自分の性的指向は男性だ」と主張したところでそれを証明するものがありません。上述の中野区のウェブサイトはある程度の証拠として扱われるかもしれませんが、被害者から「浅沼氏はバイセクシャルだ」と言われればこれに反論するのは困難です。そう考えて検索してみると、浅沼氏は「僕がセクシュアリティの自覚が遅かったのは、今思えば性的指向が両方だったからなんですよ」とコメントしている記事がありました。これは浅沼氏にとって不利な証拠となります。
おそらくこの裁判は長引くでしょう。そして冤罪の判決が下される可能性もあると思います(念のために補足しておくと私は浅沼氏に非がないと言っているわけではありません。あくまでもその可能性の話です)。
この事件から言えることは「マイノリティの人は常に性加害者につるし上げられる可能性がある」ということです。ゲイ好きな女性のなかにはゲイの友達とかなり密なスキンシップをとる人がいます。例えば頬にキスしたりハグしたりです。そしてゲイの男性もそれに応えることがあります。仲が良いときは問題ないでしょうが、いったん何らかの理由で仲違いをしてしまうと、ゲイ男性は「あれは性加害だった」と女性から訴えられるかもしれません。
ここからもう一歩話を進めると、ストレートの男性がストレートの男性に、それが冗談であったとしても過剰なスキンシップをとることで「性被害に遭った」と訴えられるようになるかもしれません。訴えられたとき「自分はストレートの男性で......」と反論しても、「ではバイセクシャルでないことを証明してください」と問われたときに答えるのは簡単ではありません。
これからの時代、余計な心配をなくすためにも、相手の性自認・性指向に関わらず性的なスキンシップには充分に注意した方がいいでしょう。同時に、他人の存在を"認めない"ような発言は(心で思うのは自由ですが)、絶対に口にしてはいけません。
そのナナゲイ(正確にはシアターセブン)で現在リバイバル上映されているのが、京都のショーパブを舞台にしたコメディ映画『Moonlight Club』で、2人のドラァグクイーンとそば屋のおかみの3人が主役。3人は「はふひのか」という言わばミニ劇団のようなユニットです。ドラァグクイーンは当然ゲイですが、その2人のゲイを演じる「はふひのか」のメンバーは実生活ではゲイでない(つまりストレート)だそうです。私自身は、ストレートがセクシャルマイノリティを演じても構わないと思っているのですが、最近はそれに反対する意見が大きくなってきています。しかし、今回取り上げたいのはそのことではありません。順を追って説明していきましょう(尚、私はこの映画をまだみていません。気になる報道があったので取り上げることにしました)。
『Moonlight Club』のナナゲイでの上映が決まったことは関西ローカルメディアでは報道されていました(例えば、毎日新聞の地方版)が、全国的に話題になったのは米国での上映が決まったからでしょう。3月28日にはニューヨークのコロンビア大学内で上映されるとDAILYSUN NEW YORKが報道しています。日本のメディアでは2月12日にFNNプライムオンライン(以下FNN)が記事を出しました。
この記事、公開されたときには私は読んでいなかったのですが、後に能町みね子さんが週刊文春で痛烈に批判していたのでネット検索してみました。能町さんのこの連載は毎回有名人が放った問題のある発言をタイトルにしています。このときのタイトルは「世界平和につながっていくんちゃうかな」で、当事者でない(ゲイでない)ストレートの男性がこのような言葉を「のんきに言っている」と批判し、「偏見をコテンパンに批判されてほしいと思う」と厳たる言葉で酷評しています。
FNNの記事を読んでみたところ、私自身は「世界平和に......」という言葉にそれほど違和感を覚えませんでした。「はふひのか」のメンバーがセクシャルマイノリティを批判しているようには思えないからです。(私は映画を観たわけではありませんが)FNNの記事を読む限り、映画のなかでマイノリティを差別しているわけでもなく、悪意がないことは明らかです。
ですが、能町さんが批判しているもうひとつのことについては、私は能町さんに完全に同意します。「はふひのか」のメンバーの一人である原田博行氏のコメントです。原田氏は俳優の傍ら現在も京都市内のキリスト教系の高校(おそらく同志社高校)で30年近く教鞭をとっているそうです。ここからはFNNの記事をコピーします。
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原田さんは授業の中でLGBTQに対する意見を生徒に聞いてきたという。
「授業で認めるかどうか手を挙げさせるんですけど、今年認めないという生徒はほぼゼロでした。20年前は3割から4割くらいは認めないに手を挙げていました。もう今では認めないと言っちゃダメだというのが常識になったんだなと思いますし、生徒たちは自然に、素直に性の多様性を受け入れていますね」
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目を疑わないでしょうか。「認める」ってどういうことでしょう。通常「認める」というのは上の立場の者が下の者に使う言葉です。「当社としては無断欠勤の多い社員の雇用継続を認めることはできない」とか「試験会場に従来の腕時計を持ち込むことは認めるが、スマートウォッチは認めない」などです。そもそも「認める」は人の「行為」に対する判断であって、人の「存在」に対して使う言葉ではありません。
能町さんは文春の記事のなかで「『黒人を認めるかどうか手を挙げさせる』がマズイのはふつう分かりますよね?」と分かりやすい例を挙げて批評しています。FNNの記事の内容が正しくて原田氏が本当にそんなことを生徒の前で言ったのだとしたら、原田氏自身がセクシャルマイノリティはストレートよりも"下"の存在だと考えていることを物語っています。さらに、「人(の存在)を認めるかどうか」という論調が人間の倫理に反していることに気付いていなことを晒しています。「人が人を裁いてはいけない」のは人類普遍の真理ではなかったでしょうか。私の理解が間違っていなければ、キリスト教では「人を裁くことができるのは、その人の心を熟知している神だけ」です。
もうひとつ別の「事件」を取り上げたいと思います。今度はセクシャルマイノリティがストレートを"誤解"したと思われる事件です。
浅沼智也さんというトランスジェンダー(FTM)がいます(念のために付記しておくと「FTM」とは生まれたときに生物学的に"女性"で、その後社会的に"男性"に転じたトランスジェンダーのこと)。私は浅沼氏と面識がありませんが、浅沼氏は看護師であることもあり、何度か名前を聞いたことがあります。たしか自助グループを主催し、ラジオのパーソナリティも務め、自ら映画を監督し出演したこともあったはずです。
その浅沼氏が「強制わいせつ罪容疑で逮捕」というニュースが報道されました。報道によると、2023年2月、東京都内のホテルで、青森県内に住む40代の知人女性に、抱きつくなどのわいせつな行為をした疑いがあり、青森県警が2024年3月14日に強制わいせつの疑いで逮捕し、翌日に青森地検に送検しました。
これだけを聞くと、さほど違和感を覚えない人の方が多いでしょう。現在は"男性"なんだから女性へのわいせつ行為はありうる、と考えられるからです。しかし、浅沼氏の性的指向は女性でなく男性です。つまりロマンスやセックスの対象は男性なのです。彼はそれを公言しています。中野区のウェブサイトに掲載された座談会で「自分は現在戸籍上は男性で、好きになるのも男性です」と発言していますからそれは間違いないでしょう。
だからこの事件はいわゆる「冤罪」の可能性がでてきます。しかし、浅沼氏が「自分の性的指向は男性だ」と主張したところでそれを証明するものがありません。上述の中野区のウェブサイトはある程度の証拠として扱われるかもしれませんが、被害者から「浅沼氏はバイセクシャルだ」と言われればこれに反論するのは困難です。そう考えて検索してみると、浅沼氏は「僕がセクシュアリティの自覚が遅かったのは、今思えば性的指向が両方だったからなんですよ」とコメントしている記事がありました。これは浅沼氏にとって不利な証拠となります。
おそらくこの裁判は長引くでしょう。そして冤罪の判決が下される可能性もあると思います(念のために補足しておくと私は浅沼氏に非がないと言っているわけではありません。あくまでもその可能性の話です)。
この事件から言えることは「マイノリティの人は常に性加害者につるし上げられる可能性がある」ということです。ゲイ好きな女性のなかにはゲイの友達とかなり密なスキンシップをとる人がいます。例えば頬にキスしたりハグしたりです。そしてゲイの男性もそれに応えることがあります。仲が良いときは問題ないでしょうが、いったん何らかの理由で仲違いをしてしまうと、ゲイ男性は「あれは性加害だった」と女性から訴えられるかもしれません。
ここからもう一歩話を進めると、ストレートの男性がストレートの男性に、それが冗談であったとしても過剰なスキンシップをとることで「性被害に遭った」と訴えられるようになるかもしれません。訴えられたとき「自分はストレートの男性で......」と反論しても、「ではバイセクシャルでないことを証明してください」と問われたときに答えるのは簡単ではありません。
これからの時代、余計な心配をなくすためにも、相手の性自認・性指向に関わらず性的なスキンシップには充分に注意した方がいいでしょう。同時に、他人の存在を"認めない"ような発言は(心で思うのは自由ですが)、絶対に口にしてはいけません。
第212回(2024年2月) 依存症に陥る人たちはなぜ魅力的なのか
私がHIV/AIDSという疾患に深く関わりたいと初めて思ったのは2002年の夏、このサイトで何度も紹介しているタイのロッブリー県にあるエイズホスピス「Wat Phrabhatnamphu」を訪れたときでした。このときに、家族や地域社会、そして医療機関からも差別され、行き場を失くした人たちに接して、「こんなことが許されていいはずがない。誰からも見放されたとしても僕はこの人たちの力になろう」と誓ったのです。
HIV感染の主なリスクは性交渉と(覚醒剤などの)注射針の使いまわしです。タイのHIV陽性者からは、「両親に売られてセックスワークを強制させられた(男女とも)」とか、「幼い子供を育てるにはセックスワークしかない(こちらは女性)」といった話をよく聞きました。今もそういう話はタイでは、そして日本でもあるのですが、必ずしも「セックスワークを強いられて......」というケースばかりではないことにそのうちに気付きました。
セックスワーカーでいえば、稼いだ金で豪華なブランド品を買い漁るとか、ホストクラブに通って「推し」のホストに貢ぐとか、課金ゲームに有り金をはたいたとか、そういう話も日本では昔からよくありますし、タイでも最近はそういう話を聞きます。
もちろんセックスを金のためでなくセックスそのものを目的とする人は大勢います。常に複数のパートナーを必要とする人、パートナーを求めているのではなく単に刹那的なセックスを欲する人もいます。行き過ぎると「性依存症」の診断がつけられますが、自身がセックスに依存しているなどとは思ってみたこともないという人も少なくありません。
こうしてみてみると、人間はいかに何かに依存しやすいかということを思い知らされます。HIV/AIDSに直接関係する依存症は、性依存と薬物依存ということになるでしょうが、生涯にわたりこれらにまったく依存しないという人はどれくらいいるでしょう。
性依存を広義で考えたとき、セックスあるいはロマンスに夢中になることは生涯のうちに一度くらいはほとんど誰にでもあるでしょう。薬物依存という言葉は重たく響きますが、アルコールやタバコ、あるいは大麻などを考えてみると、これらはHIVからはほど遠いとしても多くの人が何らかの薬物依存に生涯に一度くらいは陥ることが分かるでしょう。
最近はHIV/AIDS関連で講演を頼まれることが随分と減りましたが、かつて大学生や一般の人たちにエイズについて話すとき、私は「この感染症は他人事と思ってはいけません。感染している人の多くは『まさか自分が感染することはない』と思っていたのです。ということは、今ここにいるあなた方も感染する可能性があると考えるべきです」と強調していました。今も講演の機会があれば同じことを訴えます。
実際、私が院長をつとめる谷口医院に定期的に通院しているHIV陽性の患者さんのほとんどが「自分が感染することはないと思っていた」と話されます。
では、なぜ自分は大丈夫と思っていた人たちが感染するのか。一般的には無防備な性行為や針の使いまわしと言われますが、私は問題の本質は別にあると思っています。ではHIV感染の本当のリスクは何なのか。それが「依存症」だと思うのです。
リスクがあると分かっているのについついセックスの相手を求めて行動を起こしてしまう、ハイリスクなことは承知しているのにその場に針と"冷たいやつ"を置かれると手を出してしまう、という行動はときに理性では抑えられません。脳内の報酬系が爆走してしまっているからで、これが依存症の"正体"です。では、これらは理性が保てない劣った人が取る行動なのでしょうか。私にはそうは思えません。
誤解を恐れずに言えば、依存症は誰にでも生じることに加え、依存の対象に夢中になっている人はどこか魅力的でさえあるのです。その反対に、常に理性的で冷静な優等生タイプには私は人間的な魅力を感じません。
ホストクラブに大金をつぎこむ若い女性がいます。「儲かっている会社の社長などお金がある女性がホストクラブで遊ぶなら好きにすればいいけど、貧乏な若い女性がホストにはまり、挙句の果てにフーゾクで働くことになるなんて信じられない」というようなことを言う人がいます。そう感じる人はそれでいいと思いますが、私にはそんな常識的なことを言う人よりも、いずれ身を滅ぼすことがどこかで分かっていながらそれでもホストに大金を注ぎ泥沼にはまっていく女性の方が素敵に映ります。
なぜか。そこに人間の本質があるからではないでしょうか。あとさきのことを考えずホストに夢中になっている女性、実は谷口医院にもこういう女性がときどき受診するのですが、彼女らからは美しい「生のオーラ」が出ていて、その瞳は輝いています。
もうひとつ例を挙げましょう。大王製紙の前会長、井川意高氏がカジノで借金をつくり合計106億8000万円の負債を追った話は有名です。東大卒の頭脳を持ちながらこのような罪を犯し、会社法違反(特別背任)で執行猶予なしの実刑4年の判決を受けたことに対し呆れた人も多かったでしょうが、私には井川氏がとても魅力的にうつりました。
氏は著作『熔ける』のなかで、次のように述べています。
********
地獄の釜の蓋が開いた瀬戸際で味わう、ジリジリと焼け焦げるような感覚がたまらない。このヒリヒリ感がギャンブルの本当の恐ろしさなのだと思う。脳内に特別な快感物質があふれ返っているせいだろう、バカラに興じていると食欲は消え失せ、丸一日半何も食事を口にしなくても腹が減らない。
********
バカラに大金を賭けているときの井川氏の瞳はきっとキラキラと輝いていたに違いありません。
覚醒剤を摂取すると、生理的な反応で瞳孔は散大しテンションが上がるわけですが、覚醒剤を摂取していないときでも、覚醒剤に夢中になっている人から話を聞くと、いかに覚醒剤が人生を幸せにしてくれるかという話を瞳を輝かせながら延々と続けます。
ホスト、バカラ、覚醒剤のいずれもまったく魅力が分からないという人もいるでしょう。では、「恋愛」、それも「初期の恋愛」いわゆる「ハネムーン期の恋愛」ならどうでしょう。「この人のためなら何もかも失ってもいい」「この人と一緒にいられるなら世界中を敵に回してもいい」と感じたことのある人も少なくないのではないでしょうか。
ハネムーン期の脳内の様子がホストにハマる女性の脳内とほぼ同じであろうことは想像に難くありませんが、おそらくギャンブルに夢中になっている人の脳内も、覚醒剤を至上の喜びと考えている人の脳内も同じような状態になっているはずです。いわゆる脳内の報酬系が活性化している状態です。
ということは、人間が生を渇望する活力となっているのは脳の報酬系であり、その報酬系を活性化させるのは何らかの依存を生み出す物質や行動ということになります。きれいごとを言いたい人は言えばいいですが、私には身を滅ぼすことが分かっていても、自らの欲望に逆らえず不合理な行動に走る人の方に好感が持てます。なぜって、それが人間の本質だからです。
我々は社会を維持しなければなりませんから、その依存の対象が猟奇殺人、強姦、痴漢、盗撮、小児愛などに向いてしまった場合はこの社会では生きていくことができません。しかし、そういった行動を取らざるを得ないのは脳内の神経伝達物質の爆走であり、これらも広い意味での依存症だと考えればそういう行動も理解できなくはありません。
いずれにしても人間とは何らかの物質や行動への依存から逃れられない、ある意味ではとても悲しい生き物ではないかと思います。しかし逃れられないのならその条件で生きていくしかありません。生きることへの欲求が脳内の報酬系に支配されているというこの人間の弱さと悲しさを理解することにより、人は人に優しくなれるのではないだろうか。長らくHIV/AIDSに関わってきた私は最近そのようなことを考えています。
HIV感染の主なリスクは性交渉と(覚醒剤などの)注射針の使いまわしです。タイのHIV陽性者からは、「両親に売られてセックスワークを強制させられた(男女とも)」とか、「幼い子供を育てるにはセックスワークしかない(こちらは女性)」といった話をよく聞きました。今もそういう話はタイでは、そして日本でもあるのですが、必ずしも「セックスワークを強いられて......」というケースばかりではないことにそのうちに気付きました。
セックスワーカーでいえば、稼いだ金で豪華なブランド品を買い漁るとか、ホストクラブに通って「推し」のホストに貢ぐとか、課金ゲームに有り金をはたいたとか、そういう話も日本では昔からよくありますし、タイでも最近はそういう話を聞きます。
もちろんセックスを金のためでなくセックスそのものを目的とする人は大勢います。常に複数のパートナーを必要とする人、パートナーを求めているのではなく単に刹那的なセックスを欲する人もいます。行き過ぎると「性依存症」の診断がつけられますが、自身がセックスに依存しているなどとは思ってみたこともないという人も少なくありません。
こうしてみてみると、人間はいかに何かに依存しやすいかということを思い知らされます。HIV/AIDSに直接関係する依存症は、性依存と薬物依存ということになるでしょうが、生涯にわたりこれらにまったく依存しないという人はどれくらいいるでしょう。
性依存を広義で考えたとき、セックスあるいはロマンスに夢中になることは生涯のうちに一度くらいはほとんど誰にでもあるでしょう。薬物依存という言葉は重たく響きますが、アルコールやタバコ、あるいは大麻などを考えてみると、これらはHIVからはほど遠いとしても多くの人が何らかの薬物依存に生涯に一度くらいは陥ることが分かるでしょう。
最近はHIV/AIDS関連で講演を頼まれることが随分と減りましたが、かつて大学生や一般の人たちにエイズについて話すとき、私は「この感染症は他人事と思ってはいけません。感染している人の多くは『まさか自分が感染することはない』と思っていたのです。ということは、今ここにいるあなた方も感染する可能性があると考えるべきです」と強調していました。今も講演の機会があれば同じことを訴えます。
実際、私が院長をつとめる谷口医院に定期的に通院しているHIV陽性の患者さんのほとんどが「自分が感染することはないと思っていた」と話されます。
では、なぜ自分は大丈夫と思っていた人たちが感染するのか。一般的には無防備な性行為や針の使いまわしと言われますが、私は問題の本質は別にあると思っています。ではHIV感染の本当のリスクは何なのか。それが「依存症」だと思うのです。
リスクがあると分かっているのについついセックスの相手を求めて行動を起こしてしまう、ハイリスクなことは承知しているのにその場に針と"冷たいやつ"を置かれると手を出してしまう、という行動はときに理性では抑えられません。脳内の報酬系が爆走してしまっているからで、これが依存症の"正体"です。では、これらは理性が保てない劣った人が取る行動なのでしょうか。私にはそうは思えません。
誤解を恐れずに言えば、依存症は誰にでも生じることに加え、依存の対象に夢中になっている人はどこか魅力的でさえあるのです。その反対に、常に理性的で冷静な優等生タイプには私は人間的な魅力を感じません。
ホストクラブに大金をつぎこむ若い女性がいます。「儲かっている会社の社長などお金がある女性がホストクラブで遊ぶなら好きにすればいいけど、貧乏な若い女性がホストにはまり、挙句の果てにフーゾクで働くことになるなんて信じられない」というようなことを言う人がいます。そう感じる人はそれでいいと思いますが、私にはそんな常識的なことを言う人よりも、いずれ身を滅ぼすことがどこかで分かっていながらそれでもホストに大金を注ぎ泥沼にはまっていく女性の方が素敵に映ります。
なぜか。そこに人間の本質があるからではないでしょうか。あとさきのことを考えずホストに夢中になっている女性、実は谷口医院にもこういう女性がときどき受診するのですが、彼女らからは美しい「生のオーラ」が出ていて、その瞳は輝いています。
もうひとつ例を挙げましょう。大王製紙の前会長、井川意高氏がカジノで借金をつくり合計106億8000万円の負債を追った話は有名です。東大卒の頭脳を持ちながらこのような罪を犯し、会社法違反(特別背任)で執行猶予なしの実刑4年の判決を受けたことに対し呆れた人も多かったでしょうが、私には井川氏がとても魅力的にうつりました。
氏は著作『熔ける』のなかで、次のように述べています。
********
地獄の釜の蓋が開いた瀬戸際で味わう、ジリジリと焼け焦げるような感覚がたまらない。このヒリヒリ感がギャンブルの本当の恐ろしさなのだと思う。脳内に特別な快感物質があふれ返っているせいだろう、バカラに興じていると食欲は消え失せ、丸一日半何も食事を口にしなくても腹が減らない。
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バカラに大金を賭けているときの井川氏の瞳はきっとキラキラと輝いていたに違いありません。
覚醒剤を摂取すると、生理的な反応で瞳孔は散大しテンションが上がるわけですが、覚醒剤を摂取していないときでも、覚醒剤に夢中になっている人から話を聞くと、いかに覚醒剤が人生を幸せにしてくれるかという話を瞳を輝かせながら延々と続けます。
ホスト、バカラ、覚醒剤のいずれもまったく魅力が分からないという人もいるでしょう。では、「恋愛」、それも「初期の恋愛」いわゆる「ハネムーン期の恋愛」ならどうでしょう。「この人のためなら何もかも失ってもいい」「この人と一緒にいられるなら世界中を敵に回してもいい」と感じたことのある人も少なくないのではないでしょうか。
ハネムーン期の脳内の様子がホストにハマる女性の脳内とほぼ同じであろうことは想像に難くありませんが、おそらくギャンブルに夢中になっている人の脳内も、覚醒剤を至上の喜びと考えている人の脳内も同じような状態になっているはずです。いわゆる脳内の報酬系が活性化している状態です。
ということは、人間が生を渇望する活力となっているのは脳の報酬系であり、その報酬系を活性化させるのは何らかの依存を生み出す物質や行動ということになります。きれいごとを言いたい人は言えばいいですが、私には身を滅ぼすことが分かっていても、自らの欲望に逆らえず不合理な行動に走る人の方に好感が持てます。なぜって、それが人間の本質だからです。
我々は社会を維持しなければなりませんから、その依存の対象が猟奇殺人、強姦、痴漢、盗撮、小児愛などに向いてしまった場合はこの社会では生きていくことができません。しかし、そういった行動を取らざるを得ないのは脳内の神経伝達物質の爆走であり、これらも広い意味での依存症だと考えればそういう行動も理解できなくはありません。
いずれにしても人間とは何らかの物質や行動への依存から逃れられない、ある意味ではとても悲しい生き物ではないかと思います。しかし逃れられないのならその条件で生きていくしかありません。生きることへの欲求が脳内の報酬系に支配されているというこの人間の弱さと悲しさを理解することにより、人は人に優しくなれるのではないだろうか。長らくHIV/AIDSに関わってきた私は最近そのようなことを考えています。
第211回(2024年1月) 大麻に手を出してはいけない「3つ目の理由」
前回のGINAと共に「大麻について現時点で分かっている科学的知見」では、大麻のいわば副作用について、医学誌「The New England Journal of Medicine」に掲載された論文から抜粋し詳しく述べました。これを読んで(あるいは途中で読むのを放棄して)「こんなことあるわけない!」と感じた大麻愛好家の人もいるかもしれません。
私自身も、自分自身の大麻摂取の経験はないものの、プライベートの知人や患者さんも含めた大麻使用者に話を聞いた経験から考えて、このような副作用がこれだけ高率で起こるのか、ちょっと疑問に思っていました。
なにしろ、米国では「地域人口の18.7%が大麻使用障害」、さらに「18~25歳の若者の14.4%(約7人に1人)が大麻使用障害」というのです。そして、急性症状として、強烈な不安感、パニック発作、また、ときにパラノイアと呼ばれる妄想(例えば自分が社会から拒絶されているなどという思いから逃れられなくなります)に苦しむこともあるとされています。身体的影響としては、運動調整障害(スムーズな動きができなくなる)、ろれつが回らない、口渇、結膜の充血、頻脈、起立性低血圧、水平眼振などが起こり得るとされています。
しかし、私がこれまで少なくとも100人以上の大麻経験者から話を聞いた経験でいえば、このような症状に苦しんだ人はほとんどいません。めまいや頭痛、嘔気などが生じて「大麻は合わなかった」と言う人はいますが、いずれも軽度であり、また、これは私の印象ですが、大麻による弊害というよりは「急激に煙を吸い込んだせいで生じた弊害」ではないかと疑っています。
少なくとも、私の知る限り、不安感、パニック発作、パラノイアなどは一例も聞いたことがありません。「起き上がれない」「会話が成り立たない」「笑いが止まらない」「壁のしみが動物にみえる」などはありますが、これらは大麻の多幸感の一種と考えるべきであり、副作用や障害とは呼べません。
では、なぜ私がこれまで話を聞いてきた大麻使用者(日本人が最多だが、西洋人やタイ人もいる)ではこのような副作用が起こらずに、(ほぼ)全員が多幸感だけを感じることができていたのでしょうか。
これは私の推測ですが「現在流通している"大麻"はかつての大麻とは異なる」ことが原因だと思います。そして、これが私が(特に若者の)大麻に反対する「3つめの理由」です。本サイトでも繰り返し述べてきたように、大麻はアルコールやタバコよりも依存性が強くなく、危険性が少ないのは事実です。では、なぜ私が自分が見聞きしていた経験から大麻に反対しているのかというと、1つには「ハードドラッグのゲートウェイドラッグになるから」、もう1つが「生産性が低下するから(勉強や仕事をする気が起こらなくなるから)」です。
これら2つの私の反対理由には反論があるのは知っています。「大麻がハードドラッグのゲートウェイドラッグになるというエビデンスがない」というのは大麻愛好家からよく指摘される反論です。ですが、私の経験上、例えばタイで聞き取り調査をした20名以上の覚醒剤中毒者(こちらは全員日本人)の全員が例外なく覚醒剤の前に大麻にハマっていたのです。
「生産性が低下するから」はやはり私の経験から自明です。「せっかく留学したのに大麻のせいでほとんど引きこもりの生活になってしまった」「大麻のせいで途中で帰国した」といった話をこれまで何度聞いたことか。バンコクで現地採用で働くつもりで渡タイしたが大麻づくしの生活から抜けられなくなって......、などという話も掃いて捨てるほどあります。
そして最近、私が大麻反対の3つ目に加えるようになった理由が「現在流通している"大麻"はかつての大麻とは異なる」です。そして、この理由により「若者」だけではなく「すべての年齢層」の人たちの大麻使用に慎重になるべきだと考えるようになりました。
これを説明する前に、最近私がタイに住む知人(日本人男性)から聞いたあるエピソードを紹介しましょう。その知人の知人のさらに知人(やはり日本人男性)が最近タイを訪れて大麻を摂取しました。ナナのバーの女性から安く買ったというその大麻リキッドを男性が摂取すると、その数分後に錯乱状態となりホテルを飛び出し通りで暴れ出し、そのあたりにいたタイ人に連れられ救急病院に搬送されたのです。男性は気が付けば病院のベッドの上に寝かされていて、しかも手足が自由に動かなかったそうです。その日が帰国日だったのですが、やむなくフライトをキャンセルしたそうです。
こんなこと従来の大麻で起こるはずがありません。おそらく男性が摂取した大麻リキッドは極めて高濃度に濃縮されたものか、他のケミカル(違法性薬物)が混入していたかのどちらか(あるいは両方)です。私は「他のケミカル」だと考えています。
この話を聞いてもベテランの大麻愛好家は意に介さないかもしれません。「そんなわけのわからないものを摂取する者が悪い。乾燥大麻をジョイントもしくはボングで"伝統的に"吸引している限り安全に嗜めるのだから。自分は信頼できる業者から直接購入しているから安全に楽しめる」という人がいるかもしれません。
たしかに、リキッド型やフード(グミなど)やドリンク(シェイクやラッシーなど)に入れられた大麻を摂取せずに、従来の吸引方法ならそういった急性症状(中毒症状)に苦しむリスクは避けられそうです。しかし、現実にはそれさえもあやしくなってきています。
カナダ政府の大麻のサイトによると、乾燥大麻中のTHCのポテンシー(potency)は、1980年代の平均3%から現在では約15%まで増加しており、一部の株(大麻の種類)は30%にもなります。どうやら大麻草の世界でも"品種改良"が進んでいるようなのです。ポテンシーとは薬理学用語で、分かりやすくいえば「高ければ高いほど効果が出やすい」ものです。これまで3%のポテンシーだったものが15%になれば5倍の、30%であれば10倍もの効果が期待できるというわけです。
さて、長年大麻を嗜み、決まった業者から購入している人たちはこれでも安心と言えるでしょうか。当然のことながら大麻業者の目的は利益であり、他の業者よりも高濃度の「上物(じょうもの)」を販売しようとするでしょう。そちらの方が需要が多く高く売れるからです。ということは、大麻愛好家たちが「安全で変わらない品質」と思い込んでいるものが、知らない間に少しずつTHCの純度が高くなっていた、なんてことが起こっても不思議ではありません。
では、すでにもう昔のように安全に大麻を嗜むことはできないのでしょうか。あるいはまだ今は比較的安全だとしても今後は危険性を抱えながら使用しなければならないのでしょうか。
実は大麻を安全に楽しむことができる対策がひとつあります。それは大麻の「合法化」です。我々日本人が"安心して"飲酒ができてタバコを吸えるのは品質が安定しているからです。もしもアルコールが禁止されていて闇業者が製造しているとすれば、エタノールの代わりにメタノールが入れられているかもしれません(アルコールが違法のイランでときどき報道されています)。もしも販売するアルコール飲料に不純物が混じっていたり、表示されている濃度が異なっていたりすればそれは犯罪行為となり業者は生き残れません。大麻についても資格を設け(薬剤師だけに受検資格のある「大麻取扱い主任」などのようなものがいいでしょう)、販売できる濃度を厳格に管理すればいいのです。
大麻の場合、危険な濃度がすでに分かっています。「2~3mgのTHCを吸入、もしくは5~10mgのTHCを経口摂取」で酩酊状態となります。大麻取扱い主任がこの量を考えて"調合"すればいいのです。
大麻のトラブル、事故、そして不幸な顛末を避けるにはこのように大麻を合法化する以外に選択肢はないと私は思います。かつて私が(主にタイで)聞き取り調査をした大麻にハマっていた人たちからも意見を聞いてみたいものです。
私自身も、自分自身の大麻摂取の経験はないものの、プライベートの知人や患者さんも含めた大麻使用者に話を聞いた経験から考えて、このような副作用がこれだけ高率で起こるのか、ちょっと疑問に思っていました。
なにしろ、米国では「地域人口の18.7%が大麻使用障害」、さらに「18~25歳の若者の14.4%(約7人に1人)が大麻使用障害」というのです。そして、急性症状として、強烈な不安感、パニック発作、また、ときにパラノイアと呼ばれる妄想(例えば自分が社会から拒絶されているなどという思いから逃れられなくなります)に苦しむこともあるとされています。身体的影響としては、運動調整障害(スムーズな動きができなくなる)、ろれつが回らない、口渇、結膜の充血、頻脈、起立性低血圧、水平眼振などが起こり得るとされています。
しかし、私がこれまで少なくとも100人以上の大麻経験者から話を聞いた経験でいえば、このような症状に苦しんだ人はほとんどいません。めまいや頭痛、嘔気などが生じて「大麻は合わなかった」と言う人はいますが、いずれも軽度であり、また、これは私の印象ですが、大麻による弊害というよりは「急激に煙を吸い込んだせいで生じた弊害」ではないかと疑っています。
少なくとも、私の知る限り、不安感、パニック発作、パラノイアなどは一例も聞いたことがありません。「起き上がれない」「会話が成り立たない」「笑いが止まらない」「壁のしみが動物にみえる」などはありますが、これらは大麻の多幸感の一種と考えるべきであり、副作用や障害とは呼べません。
では、なぜ私がこれまで話を聞いてきた大麻使用者(日本人が最多だが、西洋人やタイ人もいる)ではこのような副作用が起こらずに、(ほぼ)全員が多幸感だけを感じることができていたのでしょうか。
これは私の推測ですが「現在流通している"大麻"はかつての大麻とは異なる」ことが原因だと思います。そして、これが私が(特に若者の)大麻に反対する「3つめの理由」です。本サイトでも繰り返し述べてきたように、大麻はアルコールやタバコよりも依存性が強くなく、危険性が少ないのは事実です。では、なぜ私が自分が見聞きしていた経験から大麻に反対しているのかというと、1つには「ハードドラッグのゲートウェイドラッグになるから」、もう1つが「生産性が低下するから(勉強や仕事をする気が起こらなくなるから)」です。
これら2つの私の反対理由には反論があるのは知っています。「大麻がハードドラッグのゲートウェイドラッグになるというエビデンスがない」というのは大麻愛好家からよく指摘される反論です。ですが、私の経験上、例えばタイで聞き取り調査をした20名以上の覚醒剤中毒者(こちらは全員日本人)の全員が例外なく覚醒剤の前に大麻にハマっていたのです。
「生産性が低下するから」はやはり私の経験から自明です。「せっかく留学したのに大麻のせいでほとんど引きこもりの生活になってしまった」「大麻のせいで途中で帰国した」といった話をこれまで何度聞いたことか。バンコクで現地採用で働くつもりで渡タイしたが大麻づくしの生活から抜けられなくなって......、などという話も掃いて捨てるほどあります。
そして最近、私が大麻反対の3つ目に加えるようになった理由が「現在流通している"大麻"はかつての大麻とは異なる」です。そして、この理由により「若者」だけではなく「すべての年齢層」の人たちの大麻使用に慎重になるべきだと考えるようになりました。
これを説明する前に、最近私がタイに住む知人(日本人男性)から聞いたあるエピソードを紹介しましょう。その知人の知人のさらに知人(やはり日本人男性)が最近タイを訪れて大麻を摂取しました。ナナのバーの女性から安く買ったというその大麻リキッドを男性が摂取すると、その数分後に錯乱状態となりホテルを飛び出し通りで暴れ出し、そのあたりにいたタイ人に連れられ救急病院に搬送されたのです。男性は気が付けば病院のベッドの上に寝かされていて、しかも手足が自由に動かなかったそうです。その日が帰国日だったのですが、やむなくフライトをキャンセルしたそうです。
こんなこと従来の大麻で起こるはずがありません。おそらく男性が摂取した大麻リキッドは極めて高濃度に濃縮されたものか、他のケミカル(違法性薬物)が混入していたかのどちらか(あるいは両方)です。私は「他のケミカル」だと考えています。
この話を聞いてもベテランの大麻愛好家は意に介さないかもしれません。「そんなわけのわからないものを摂取する者が悪い。乾燥大麻をジョイントもしくはボングで"伝統的に"吸引している限り安全に嗜めるのだから。自分は信頼できる業者から直接購入しているから安全に楽しめる」という人がいるかもしれません。
たしかに、リキッド型やフード(グミなど)やドリンク(シェイクやラッシーなど)に入れられた大麻を摂取せずに、従来の吸引方法ならそういった急性症状(中毒症状)に苦しむリスクは避けられそうです。しかし、現実にはそれさえもあやしくなってきています。
カナダ政府の大麻のサイトによると、乾燥大麻中のTHCのポテンシー(potency)は、1980年代の平均3%から現在では約15%まで増加しており、一部の株(大麻の種類)は30%にもなります。どうやら大麻草の世界でも"品種改良"が進んでいるようなのです。ポテンシーとは薬理学用語で、分かりやすくいえば「高ければ高いほど効果が出やすい」ものです。これまで3%のポテンシーだったものが15%になれば5倍の、30%であれば10倍もの効果が期待できるというわけです。
さて、長年大麻を嗜み、決まった業者から購入している人たちはこれでも安心と言えるでしょうか。当然のことながら大麻業者の目的は利益であり、他の業者よりも高濃度の「上物(じょうもの)」を販売しようとするでしょう。そちらの方が需要が多く高く売れるからです。ということは、大麻愛好家たちが「安全で変わらない品質」と思い込んでいるものが、知らない間に少しずつTHCの純度が高くなっていた、なんてことが起こっても不思議ではありません。
では、すでにもう昔のように安全に大麻を嗜むことはできないのでしょうか。あるいはまだ今は比較的安全だとしても今後は危険性を抱えながら使用しなければならないのでしょうか。
実は大麻を安全に楽しむことができる対策がひとつあります。それは大麻の「合法化」です。我々日本人が"安心して"飲酒ができてタバコを吸えるのは品質が安定しているからです。もしもアルコールが禁止されていて闇業者が製造しているとすれば、エタノールの代わりにメタノールが入れられているかもしれません(アルコールが違法のイランでときどき報道されています)。もしも販売するアルコール飲料に不純物が混じっていたり、表示されている濃度が異なっていたりすればそれは犯罪行為となり業者は生き残れません。大麻についても資格を設け(薬剤師だけに受検資格のある「大麻取扱い主任」などのようなものがいいでしょう)、販売できる濃度を厳格に管理すればいいのです。
大麻の場合、危険な濃度がすでに分かっています。「2~3mgのTHCを吸入、もしくは5~10mgのTHCを経口摂取」で酩酊状態となります。大麻取扱い主任がこの量を考えて"調合"すればいいのです。
大麻のトラブル、事故、そして不幸な顛末を避けるにはこのように大麻を合法化する以外に選択肢はないと私は思います。かつて私が(主にタイで)聞き取り調査をした大麻にハマっていた人たちからも意見を聞いてみたいものです。
第210回(2023年12月) 大麻について現時点で分かっている科学的知見
前回の「若者が大麻に手を出すべきでない理由」でも述べたように、大麻は日本国内でもすでに蔓延しており、この勢いは止めることはできません。現実に目を向け「合法化」に進むべきでしょう。日大アメリカンフットボール廃部などというのは、ゆがんだキャンセルカルチャーの悪しき例です。
しかし大麻に有害性があるのもまた事実です。大麻よりも有害だとされているアルコールやタバコが合法である以上、大麻も合法化するしかないと私は思いますが、同時に危険性を認識しなければなりません。
「大麻が有害」と私が以前から言い続けている理由は大きく2つあります。1つは大麻使用が覚醒剤や麻薬など他のハードドラッグへのゲートウェイドラッグになることです。これを否定する意見が多いのは知っていますが、私がみてきたジャンキーの大半は大麻が"入口"となっています。前回紹介した数々の動物実験も大麻が他のドラッグへと進みやすいことを示唆しています。もうひとつの私が大麻に反対する理由は、大麻に耽溺することで生産性のある行動がとれなくなり堕落していくことです。
今回は現時点で大麻について分かっている科学的知見をまとめたいと思います。参考にするのは医学誌「The New Englan Journal of Medicine」(以下「NEJM」)2023年12月14日号に掲載された論文「大麻関連の障害と毒性(Cannabis-Related Disorders and Toxic Effects)」です。
まずは基本的な薬理学的事項から確認していきましょう。
大麻には500以上の特定された化学物質が含まれています。その多くは薬理学的にきっちりと解明できているわけではありませんが、現在125種類以上の植物カンナビノイドが特定されています。「カンナビノイド」とはひらたく言えば「生物になんらかの生理的作用を与える物質」と考えればいいでしょう。
現在最も研究が進んでいる大麻に含まれる植物カンナビノイドは、お馴染みの「THC」(デルタ-9-テトラヒドロカンナビノール:THC) と「CBD」(カンナビジオール)です。THCの最大の特徴はなんと言っても「多幸感」をもたらす点にあります。だから、大麻を吸えば"ハッピー"な気分になれるわけです。
しかし、CBDにも、多幸感はありませんが「抗不安作用」はあります。一部の医薬品としてCBDが使われるようになったのはそのような作用もあるからでしょう。NEJMの論文によると、CBDには鎮痛薬さらには抗精神病薬としての有効性もあります。
次に社会的な視点から現在の米国における大麻の実情をざっと振り返っておきましょう。
2023年11月8日の時点で、医療用大麻は38の州とコロンビア特別区および3準州で合法です。嗜好用(娯楽用)大麻は24の州とコロンビア特別区及び2つの地域で合法です。さらに9つの州では、低THCおよび高CBD含有量の大麻製品の医療使用が許可されています。したがって、すべての大麻が依然違法な州はアイダホ州、カンザス州、ネブラスカ州の3州だけとなります。
大麻は、カフェイン、アルコール、タバコ (ニコチン) に次ぐ、世界中で最も一般的に使用されている向精神性物質の1つです。世界中では2020年に15歳から64歳までの推定2億900万人が大麻を使用しました。この数字はその年齢層の世界人口のおよそ4%に相当します。米国では、12歳以上の推定5,240万人が大麻を使用しています。2021年には、その年齢層の地域人口の18.7%に相当する1,620万人が大麻使用障害の診断基準を満たしています。大麻使用障害の発症年齢の中央値は22歳です。2021年現在、米国で大麻使用障害を患っている18~25歳の割合は14.4%です。使用開始時の年齢が低いほど大麻使用障害の発症が早くなり、また重篤になることが分かっています。
「地域人口の18.7%が大麻使用障害」、さらに「18~25歳の若者の14.4%(約7人に1人)が大麻使用障害」とは驚かされます。
大麻使用障害と診断された人の約半数は精神障害を患っています。多いのが、うつ病(大うつ病)、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、全般性不安障害です。元々精神疾患を持っている場合は、大麻使用障害の症状が重篤化し治療が困難になります。
大麻は、アルコール、タバコ(ニコチン)、オピオイド(麻薬)、覚醒剤などの他の薬物に比べれば障害はかなり少ないと言えます。しかし使用者が多いため現在世界的に問題となっています。大麻による障害で「健康寿命」が失われる期間は64万6000年、年齢標準化率(age-standardized rate)は10万人当たり8.5年となります。 大麻使用は、自動車事故、自殺、心血管疾患・肺疾患のリスク増加と強く関連しています。米国では薬物関連の救急外来受診者の約10%が大麻関連です。
大麻使用障害は「急性症状(中毒)」「亜急性症状」「離脱症状」に分類することができます。
急性症状は大麻を短時間で高用量摂取したときに生じ、通常24時間以内におさまります。強烈な不安感、パニック発作、また、ときにパラノイアと呼ばれる妄想(例えば自分が社会から拒絶されているなどという思いから逃れられなくなります)に苦しむこともあります。他方、知覚の変化や幻覚などの精神症状はあまり多くありません。身体的影響としては、運動調整障害(スムーズな動きができなくなる)、ろれつが回らない、口渇、結膜の充血、頻脈、起立性低血圧、水平眼振などが起こり得ます。(ジョイントなどで)喫煙した場合は、咳、喘鳴、呼吸困難、喀痰などが起こります。摂取経路に関係なく(吸引しても経口摂取しても)、心房細動、上室性頻拍、心室性期外収縮、非持続性心室頻拍などの不整脈が生じることがあります。
持続時間は摂取方法によって異なります。吸入(ジョイントによる喫煙またはボングによる蒸気吸入)による中毒症状(急性期症状)は数分以内に始まり、3~4時間続きます。経口摂取の場合は、摂取後30分から3時間くらいで始まり、8~12時間続きます。大麻ビギナーの場合、2~3mgのTHCを吸入するか、5~10mgのTHCを経口摂取すれば酩酊状態となります。
急性症状がある場合は車の運転が危険となります。自動車事故のリスクは30~40%増加します。ただし、より深刻なのはアルコールで、血中アルコール濃度が0.08%(一般に「ほろ酔い期」と呼ばれるくらいの濃度)の場合、事故のリスクは250~300%増加します。
大麻の急性症状はたいてい軽症で済んで医療機関受診を必要としません。治療が必要となるのは、重度の不安発作、パニック発作、顕著な精神病症状、あるいは重度の運動機能不全(動けない、など)の場合です。重度の気分障害(抑うつ状態)や自殺企図があれば入院加療が必要です。 また、小児が大麻を摂取すれば、昏睡、けいれん、さらに心肺機能不全を発症することもあります。重度の興奮や不安があればベンゾジアゼピンで治療をしますが、大麻の解毒薬は存在しません。
「亜急性症状」は急性症状が24時間を超えても持続し、通常1ヵ月以内におさまります。不安またはパニック発作のいずれかとして現れるのが一般的です。
大麻は睡眠障害を起こします。不眠の人が大麻使用でぐっすりと眠れるようになることはありますが、大麻を中止することにより不眠障害が生じることがあるのです。
大麻使用障害の発症リスクは大麻使用歴に関連します。年間12日未満の使用であれば3.5%、月4日未満なら8.0%、週5日未満なら16.8%に発症します。期間でいえば、大麻を1年以内に使用した人の11%、1~2年間使用している人の15%、2~3年間使用している人の18%、3年以上使用している人の21%が発症します。
大麻使用障害の治療は薬物療法はほとんど効果がなくFDAが承認した薬もありません。認知行動療法 (CBT) とモチベーション向上療法(motivational enhancement therapy:MET)が実施されることがあります。
「離脱症状」は、抑うつ気分、不安、落ち着きをなくす、過敏症、食欲低下、睡眠障害などです。 身体的な症状は一般的ではありませんが、腹部のけいれん、筋肉痛、震え、頭痛、発汗、悪寒、体重減少などが起こり得ます。 これら症状は通常大麻中止後1~2日以内に始まり、2~6日以内にピークに達し、数週間続きます。 大麻離脱の症状はタバコ(ニコチン)離脱の症状と実質的に重複しているため、両者の使用者の場合はどちらの離脱による症状なのかを鑑別するのが困難です。
離脱症状の治療薬としてCBDが用いられることがあり、いくつかの小規模なランダム化比較試験は有効性を示しています。不眠症に対してはゾルピデムが、不安に対してはベンゾジアゼピンが用いられることがあります。
米国産科婦人科学会は、妊娠中および授乳中は大麻を使用しないことを推奨しています。妊娠中の摂取は低体重出生時や胎児発育遅延のリスクを上昇させます。THCは血中濃度よりも数倍高い濃度で母乳に存在し、最長3年間も持続する可能性があります。
「カンナビノイド悪阻症候群」と呼ばれる、腹痛と嘔気に苦しめられる悪阻(つわり)があります。頻繁かつ大量の大麻使用中または使用後48時間以内に発生します。患者は診断を受け入れることが難しく、自己治療として大麻を使い続けます。 カンナビノイド悪阻症候群は、ベンゾジアゼピン、ハロペリドール、局所カプサイシン(おそらく貼付薬)で治療します。従来の制吐剤は効果がありません。
大麻がタバコやアルコールより有害性が低いのは事実だとしても、このように改めて俯瞰してみると安易に手を出すべきでないことが分かります。特に若い人は大麻で人生を狂わせないようにしましょう。
参考までに、過去のコラム「悲しき日本の高齢者~「豊かな青春、惨めな老後」~」で取り上げた「台北ホテル」で私が取材した日本人は全員が大麻常用者でした。
しかし大麻に有害性があるのもまた事実です。大麻よりも有害だとされているアルコールやタバコが合法である以上、大麻も合法化するしかないと私は思いますが、同時に危険性を認識しなければなりません。
「大麻が有害」と私が以前から言い続けている理由は大きく2つあります。1つは大麻使用が覚醒剤や麻薬など他のハードドラッグへのゲートウェイドラッグになることです。これを否定する意見が多いのは知っていますが、私がみてきたジャンキーの大半は大麻が"入口"となっています。前回紹介した数々の動物実験も大麻が他のドラッグへと進みやすいことを示唆しています。もうひとつの私が大麻に反対する理由は、大麻に耽溺することで生産性のある行動がとれなくなり堕落していくことです。
今回は現時点で大麻について分かっている科学的知見をまとめたいと思います。参考にするのは医学誌「The New Englan Journal of Medicine」(以下「NEJM」)2023年12月14日号に掲載された論文「大麻関連の障害と毒性(Cannabis-Related Disorders and Toxic Effects)」です。
まずは基本的な薬理学的事項から確認していきましょう。
大麻には500以上の特定された化学物質が含まれています。その多くは薬理学的にきっちりと解明できているわけではありませんが、現在125種類以上の植物カンナビノイドが特定されています。「カンナビノイド」とはひらたく言えば「生物になんらかの生理的作用を与える物質」と考えればいいでしょう。
現在最も研究が進んでいる大麻に含まれる植物カンナビノイドは、お馴染みの「THC」(デルタ-9-テトラヒドロカンナビノール:THC) と「CBD」(カンナビジオール)です。THCの最大の特徴はなんと言っても「多幸感」をもたらす点にあります。だから、大麻を吸えば"ハッピー"な気分になれるわけです。
しかし、CBDにも、多幸感はありませんが「抗不安作用」はあります。一部の医薬品としてCBDが使われるようになったのはそのような作用もあるからでしょう。NEJMの論文によると、CBDには鎮痛薬さらには抗精神病薬としての有効性もあります。
次に社会的な視点から現在の米国における大麻の実情をざっと振り返っておきましょう。
2023年11月8日の時点で、医療用大麻は38の州とコロンビア特別区および3準州で合法です。嗜好用(娯楽用)大麻は24の州とコロンビア特別区及び2つの地域で合法です。さらに9つの州では、低THCおよび高CBD含有量の大麻製品の医療使用が許可されています。したがって、すべての大麻が依然違法な州はアイダホ州、カンザス州、ネブラスカ州の3州だけとなります。
大麻は、カフェイン、アルコール、タバコ (ニコチン) に次ぐ、世界中で最も一般的に使用されている向精神性物質の1つです。世界中では2020年に15歳から64歳までの推定2億900万人が大麻を使用しました。この数字はその年齢層の世界人口のおよそ4%に相当します。米国では、12歳以上の推定5,240万人が大麻を使用しています。2021年には、その年齢層の地域人口の18.7%に相当する1,620万人が大麻使用障害の診断基準を満たしています。大麻使用障害の発症年齢の中央値は22歳です。2021年現在、米国で大麻使用障害を患っている18~25歳の割合は14.4%です。使用開始時の年齢が低いほど大麻使用障害の発症が早くなり、また重篤になることが分かっています。
「地域人口の18.7%が大麻使用障害」、さらに「18~25歳の若者の14.4%(約7人に1人)が大麻使用障害」とは驚かされます。
大麻使用障害と診断された人の約半数は精神障害を患っています。多いのが、うつ病(大うつ病)、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、全般性不安障害です。元々精神疾患を持っている場合は、大麻使用障害の症状が重篤化し治療が困難になります。
大麻は、アルコール、タバコ(ニコチン)、オピオイド(麻薬)、覚醒剤などの他の薬物に比べれば障害はかなり少ないと言えます。しかし使用者が多いため現在世界的に問題となっています。大麻による障害で「健康寿命」が失われる期間は64万6000年、年齢標準化率(age-standardized rate)は10万人当たり8.5年となります。 大麻使用は、自動車事故、自殺、心血管疾患・肺疾患のリスク増加と強く関連しています。米国では薬物関連の救急外来受診者の約10%が大麻関連です。
大麻使用障害は「急性症状(中毒)」「亜急性症状」「離脱症状」に分類することができます。
急性症状は大麻を短時間で高用量摂取したときに生じ、通常24時間以内におさまります。強烈な不安感、パニック発作、また、ときにパラノイアと呼ばれる妄想(例えば自分が社会から拒絶されているなどという思いから逃れられなくなります)に苦しむこともあります。他方、知覚の変化や幻覚などの精神症状はあまり多くありません。身体的影響としては、運動調整障害(スムーズな動きができなくなる)、ろれつが回らない、口渇、結膜の充血、頻脈、起立性低血圧、水平眼振などが起こり得ます。(ジョイントなどで)喫煙した場合は、咳、喘鳴、呼吸困難、喀痰などが起こります。摂取経路に関係なく(吸引しても経口摂取しても)、心房細動、上室性頻拍、心室性期外収縮、非持続性心室頻拍などの不整脈が生じることがあります。
持続時間は摂取方法によって異なります。吸入(ジョイントによる喫煙またはボングによる蒸気吸入)による中毒症状(急性期症状)は数分以内に始まり、3~4時間続きます。経口摂取の場合は、摂取後30分から3時間くらいで始まり、8~12時間続きます。大麻ビギナーの場合、2~3mgのTHCを吸入するか、5~10mgのTHCを経口摂取すれば酩酊状態となります。
急性症状がある場合は車の運転が危険となります。自動車事故のリスクは30~40%増加します。ただし、より深刻なのはアルコールで、血中アルコール濃度が0.08%(一般に「ほろ酔い期」と呼ばれるくらいの濃度)の場合、事故のリスクは250~300%増加します。
大麻の急性症状はたいてい軽症で済んで医療機関受診を必要としません。治療が必要となるのは、重度の不安発作、パニック発作、顕著な精神病症状、あるいは重度の運動機能不全(動けない、など)の場合です。重度の気分障害(抑うつ状態)や自殺企図があれば入院加療が必要です。 また、小児が大麻を摂取すれば、昏睡、けいれん、さらに心肺機能不全を発症することもあります。重度の興奮や不安があればベンゾジアゼピンで治療をしますが、大麻の解毒薬は存在しません。
「亜急性症状」は急性症状が24時間を超えても持続し、通常1ヵ月以内におさまります。不安またはパニック発作のいずれかとして現れるのが一般的です。
大麻は睡眠障害を起こします。不眠の人が大麻使用でぐっすりと眠れるようになることはありますが、大麻を中止することにより不眠障害が生じることがあるのです。
大麻使用障害の発症リスクは大麻使用歴に関連します。年間12日未満の使用であれば3.5%、月4日未満なら8.0%、週5日未満なら16.8%に発症します。期間でいえば、大麻を1年以内に使用した人の11%、1~2年間使用している人の15%、2~3年間使用している人の18%、3年以上使用している人の21%が発症します。
大麻使用障害の治療は薬物療法はほとんど効果がなくFDAが承認した薬もありません。認知行動療法 (CBT) とモチベーション向上療法(motivational enhancement therapy:MET)が実施されることがあります。
「離脱症状」は、抑うつ気分、不安、落ち着きをなくす、過敏症、食欲低下、睡眠障害などです。 身体的な症状は一般的ではありませんが、腹部のけいれん、筋肉痛、震え、頭痛、発汗、悪寒、体重減少などが起こり得ます。 これら症状は通常大麻中止後1~2日以内に始まり、2~6日以内にピークに達し、数週間続きます。 大麻離脱の症状はタバコ(ニコチン)離脱の症状と実質的に重複しているため、両者の使用者の場合はどちらの離脱による症状なのかを鑑別するのが困難です。
離脱症状の治療薬としてCBDが用いられることがあり、いくつかの小規模なランダム化比較試験は有効性を示しています。不眠症に対してはゾルピデムが、不安に対してはベンゾジアゼピンが用いられることがあります。
米国産科婦人科学会は、妊娠中および授乳中は大麻を使用しないことを推奨しています。妊娠中の摂取は低体重出生時や胎児発育遅延のリスクを上昇させます。THCは血中濃度よりも数倍高い濃度で母乳に存在し、最長3年間も持続する可能性があります。
「カンナビノイド悪阻症候群」と呼ばれる、腹痛と嘔気に苦しめられる悪阻(つわり)があります。頻繁かつ大量の大麻使用中または使用後48時間以内に発生します。患者は診断を受け入れることが難しく、自己治療として大麻を使い続けます。 カンナビノイド悪阻症候群は、ベンゾジアゼピン、ハロペリドール、局所カプサイシン(おそらく貼付薬)で治療します。従来の制吐剤は効果がありません。
大麻がタバコやアルコールより有害性が低いのは事実だとしても、このように改めて俯瞰してみると安易に手を出すべきでないことが分かります。特に若い人は大麻で人生を狂わせないようにしましょう。
参考までに、過去のコラム「悲しき日本の高齢者~「豊かな青春、惨めな老後」~」で取り上げた「台北ホテル」で私が取材した日本人は全員が大麻常用者でした。
第209回(2023年11月) 若者が大麻に手を出すべきでない理由
最近、東京、大阪、札幌などでHHCH(ヘキサヒドロカンナビヘキソール)が入ったグミを食べて中毒症状を起こし救急搬送された日本人のニュースがよく取り上げられています。これを受けて、厚生労働省は、12月2日から、HHCHとHHCHを含む製品の(医療等の用途以外の目的での)製造、輸入、販売、所持、使用等を禁止することを決めました。
最近似たようなニュースを聞いたな、と感じた人も少なくないでしょう。8月4日、厚労省により、THCH(テトラヒドロカンナビヘキソール)を(医療等の用途以外の目的での)製造、輸入、販売、所持、使用等が禁止されました。
名前が似ていることからも分かるように、HHCHもTHCHも大麻の主成分の多幸感をもたらすTHC(テトラヒドロカンナビノール)と構造式が類似しており、人体への作用も似ています。よって、これらを摂取すればなんらかの神経症状が現れます。
厚労省がいくら規制しようが類似の事件はすぐに起こるでしょう。要するにいたちごっこになるだけです。それに、そもそもTHC類似物質ではなくTHCそのものが、つまり大麻がすでに大量に出回っています。そして、これは今に始まったことではありません。あまり指摘されませんが、少なくとも大阪では私がひとつめの大学に通っていた80年代後半には大麻なんて入手しようと思えば、知り合いの知り合いのさらに知り合いくらいまでたどればさほど苦労しなくても手に入ったわけです(念のために補足しておくと私自身は摂取していません)。
「それはあんたの周りだけだろ」という意見に反論しておきましょう。たしかに、例えば大学のキャンパスの入り口で100人にアンケート調査をして「大麻を使用したことがありますか」と尋ねれば「ある」と答える人はほとんどいないでしょう。大麻使用が犯罪なのですからこれは当然です。誰が危険をおかして本当のことを答えるでしょう。
実際"きちんとした"調査をすれば実態が明らかになります。宝塚大学看護学部教授の日高庸晴氏らが2010~2011年にかけて実施した調査によれば、東京で開催されたレイブパーティーに参加した若者の32.7%、つまり約3人に1人が「大麻使用経験あり」と答えています。
厚労省は「大麻の乱用が拡大しています」と言って検挙者数が右肩上がりに増加しているグラフをウェブサイトに掲載していますが、これは「検挙者数」であって「使用者数」ではありません。よく「ネットやSNSのせいで大麻使用者が増えた」と言われますが、私見を述べれば、「ネットやSNSのせいで大麻売買の足取りがつかみやすくなったがゆえに検挙者数が増えた」のです。
しかし、日本人の大麻使用者は80年代から変化がないのではなく、今後ますます増えていくのは間違いありません。すでに他のメディア(例えば医療プレミア2023年3月20日「大麻 海外で進む「嗜好用」の解禁 日本はどうするか」)でも私は指摘しましたが、米国では大麻使用経験者が国民の48%、つまり2人に1人です。すでに喫煙経験者の割合を上回っているのです。
タイでは、2022年6月に大麻が(事実上)合法化され、至るところに雨後の筍のごとく大麻ショップが乱立しています。日本のように取引は繁華街の路地裏や雑居ビルの非常階段などでこっそりとおこなわれるのではなく、大麻ショップが堂々と店を構えています。カオサンロードのあるビルは、そのビルに入居している(ほぼ)すべてのショップが大麻を扱っています。スクンビット通りにある洒落たカフェは大麻入りドリンクを堂々と販売しています。その店では大麻がたっぷり入ったストロベリーシェイクが一番人気だとか。路上の屋台でも大麻が堂々と販売されています。7月に私が渡タイしたとき、ある屋台で「これ試せる?」と冗談で言ってみると「カー(いいよ!)」と答えた店の高齢女性はジョイント(大麻をタバコのようなかたちにしたもの)に火をつけて私に渡そうとしました。
これが海外の現状なわけです。厚労省や教育者やあるいは医療者が「大麻は危険です」と言ったところで誰が信じるでしょう。しかし、私自身は「若者の」大麻使用には反対です。特に、10代の若者は絶対に手を出すべきではありません。20代の若者から相談されたときもよほどのことがない限り反対します。
他方、60代以上のすでに引退した人にはリスクを伝えた上で判断をまかせています。もっと若い人であっても、たとえばがんの末期の人や不治の神経疾患に罹患した人などから相談されれば反対はしません。ただし国内では違法となりますから海外滞在時の使用が条件となります(正確に言えば大麻が合法のたいていの国や地域でも日本人の使用は違法になるのですが、実際に逮捕されることはまずありません)。
私が若者の大麻使用に反対する理由は、過去にも述べたように「がんばる気が失せるから」です。個人的な意見ですが、私は海外に出た若者には、それが留学であれ、ボランティアであれ、自分探しの旅であれ、がんばってほしいのです。語学の習得につとめ、友人を増やして世界の文化を学んでほしいのです。大きなお世話だ、と言われるでしょうが、海外滞在時に学べることはたくさんあります。しかし、大麻に手を出してしまうと、いずれ怠惰な生活となってしまいます。実際、私はそのように堕ちていった前途ある日本人の若い男女をたくさんみてきました。
しかし私が若者の大麻使用に反対する理由はこのような「個人的見解」だけではありません。エビデンスレベルが高くないとはいえ、次々と大麻が神経障害をもたらすことを示した研究結果が報告されています。科学誌「Science」に主にラットを用いた大麻の作用をまとめた記事が掲載されましたので、重要なポイントをピックアップしてみます。
・若いラットにTHCを与えると、その後ヘロインを自己投与する割合が増加した
・若いラットのTHC摂取により、脳の報酬中枢の遺伝子発現が変化することがわかった。THCが、報酬、ストレス、痛みの知覚に関与する脳の内因性オピオイドシステムを変化させる可能性がある
・若いラットがTHCを繰り返し摂取すると、前頭前野のニューロンの形状と機能が変化することが分かった
・ヒトでいえばグミ1個に相当する量の大麻をラットに3日に1回与えると、孤立などの環境ストレス要因に対して異常に敏感になった。他の動物を避けるようになり(社会不安が増大し)、多くの砂糖を欲しがり、報酬に対する感受性が高まった
・砂糖を獲得するために危険な戦略と安全な戦略のどちらかを選択しなければならない「ラットギャンブル課題」をさせると、大麻を摂取したラットは危険な戦略をとるようになった。これは「大麻使用者が他の薬物だけでにくギャンブルにも依存する傾向がある」事実に合致する
・ラットに高用量の大麻を与えると、アストロサイトという神経細胞の形状が変化し、抑制系の神経伝達物質GABAによるシグナル伝達の混乱を示唆する遺伝子発現の変化を引き起こした。 低用量の摂取は、主にニューロンの形状と遺伝子発現パターンを歪め、オピオイド系の変化を促した
ラットの研究結果がそのまま人間にもあてはまるかどうかは分かりません。ですが、これだけの証拠をたたきつけられると、人間にも似たようなことが起こると考えるべきではないでしょうか。実際、私がGINA関係でタイで知り合った日本人の大麻依存症の人たち(男性が大半だが女性もいました)の多くは、他の薬物への依存、ゲームやギャンブルへの依存、さらに何割かの男女は承認欲求(「他人からの承認」の依存)も強い印象があります。
つまり、大麻を摂取することにより、自律できずアインデンティティを見失い、短絡的な欲求を求めてしまうようになるのではないか、というのが私の考えです。尚、話の展開から想像できると思いますが、大麻にハマっていったかつての私の仲間たちの人生も......、言わずもがなです。
最近似たようなニュースを聞いたな、と感じた人も少なくないでしょう。8月4日、厚労省により、THCH(テトラヒドロカンナビヘキソール)を(医療等の用途以外の目的での)製造、輸入、販売、所持、使用等が禁止されました。
名前が似ていることからも分かるように、HHCHもTHCHも大麻の主成分の多幸感をもたらすTHC(テトラヒドロカンナビノール)と構造式が類似しており、人体への作用も似ています。よって、これらを摂取すればなんらかの神経症状が現れます。
厚労省がいくら規制しようが類似の事件はすぐに起こるでしょう。要するにいたちごっこになるだけです。それに、そもそもTHC類似物質ではなくTHCそのものが、つまり大麻がすでに大量に出回っています。そして、これは今に始まったことではありません。あまり指摘されませんが、少なくとも大阪では私がひとつめの大学に通っていた80年代後半には大麻なんて入手しようと思えば、知り合いの知り合いのさらに知り合いくらいまでたどればさほど苦労しなくても手に入ったわけです(念のために補足しておくと私自身は摂取していません)。
「それはあんたの周りだけだろ」という意見に反論しておきましょう。たしかに、例えば大学のキャンパスの入り口で100人にアンケート調査をして「大麻を使用したことがありますか」と尋ねれば「ある」と答える人はほとんどいないでしょう。大麻使用が犯罪なのですからこれは当然です。誰が危険をおかして本当のことを答えるでしょう。
実際"きちんとした"調査をすれば実態が明らかになります。宝塚大学看護学部教授の日高庸晴氏らが2010~2011年にかけて実施した調査によれば、東京で開催されたレイブパーティーに参加した若者の32.7%、つまり約3人に1人が「大麻使用経験あり」と答えています。
厚労省は「大麻の乱用が拡大しています」と言って検挙者数が右肩上がりに増加しているグラフをウェブサイトに掲載していますが、これは「検挙者数」であって「使用者数」ではありません。よく「ネットやSNSのせいで大麻使用者が増えた」と言われますが、私見を述べれば、「ネットやSNSのせいで大麻売買の足取りがつかみやすくなったがゆえに検挙者数が増えた」のです。
しかし、日本人の大麻使用者は80年代から変化がないのではなく、今後ますます増えていくのは間違いありません。すでに他のメディア(例えば医療プレミア2023年3月20日「大麻 海外で進む「嗜好用」の解禁 日本はどうするか」)でも私は指摘しましたが、米国では大麻使用経験者が国民の48%、つまり2人に1人です。すでに喫煙経験者の割合を上回っているのです。
タイでは、2022年6月に大麻が(事実上)合法化され、至るところに雨後の筍のごとく大麻ショップが乱立しています。日本のように取引は繁華街の路地裏や雑居ビルの非常階段などでこっそりとおこなわれるのではなく、大麻ショップが堂々と店を構えています。カオサンロードのあるビルは、そのビルに入居している(ほぼ)すべてのショップが大麻を扱っています。スクンビット通りにある洒落たカフェは大麻入りドリンクを堂々と販売しています。その店では大麻がたっぷり入ったストロベリーシェイクが一番人気だとか。路上の屋台でも大麻が堂々と販売されています。7月に私が渡タイしたとき、ある屋台で「これ試せる?」と冗談で言ってみると「カー(いいよ!)」と答えた店の高齢女性はジョイント(大麻をタバコのようなかたちにしたもの)に火をつけて私に渡そうとしました。
これが海外の現状なわけです。厚労省や教育者やあるいは医療者が「大麻は危険です」と言ったところで誰が信じるでしょう。しかし、私自身は「若者の」大麻使用には反対です。特に、10代の若者は絶対に手を出すべきではありません。20代の若者から相談されたときもよほどのことがない限り反対します。
他方、60代以上のすでに引退した人にはリスクを伝えた上で判断をまかせています。もっと若い人であっても、たとえばがんの末期の人や不治の神経疾患に罹患した人などから相談されれば反対はしません。ただし国内では違法となりますから海外滞在時の使用が条件となります(正確に言えば大麻が合法のたいていの国や地域でも日本人の使用は違法になるのですが、実際に逮捕されることはまずありません)。
私が若者の大麻使用に反対する理由は、過去にも述べたように「がんばる気が失せるから」です。個人的な意見ですが、私は海外に出た若者には、それが留学であれ、ボランティアであれ、自分探しの旅であれ、がんばってほしいのです。語学の習得につとめ、友人を増やして世界の文化を学んでほしいのです。大きなお世話だ、と言われるでしょうが、海外滞在時に学べることはたくさんあります。しかし、大麻に手を出してしまうと、いずれ怠惰な生活となってしまいます。実際、私はそのように堕ちていった前途ある日本人の若い男女をたくさんみてきました。
しかし私が若者の大麻使用に反対する理由はこのような「個人的見解」だけではありません。エビデンスレベルが高くないとはいえ、次々と大麻が神経障害をもたらすことを示した研究結果が報告されています。科学誌「Science」に主にラットを用いた大麻の作用をまとめた記事が掲載されましたので、重要なポイントをピックアップしてみます。
・若いラットにTHCを与えると、その後ヘロインを自己投与する割合が増加した
・若いラットのTHC摂取により、脳の報酬中枢の遺伝子発現が変化することがわかった。THCが、報酬、ストレス、痛みの知覚に関与する脳の内因性オピオイドシステムを変化させる可能性がある
・若いラットがTHCを繰り返し摂取すると、前頭前野のニューロンの形状と機能が変化することが分かった
・ヒトでいえばグミ1個に相当する量の大麻をラットに3日に1回与えると、孤立などの環境ストレス要因に対して異常に敏感になった。他の動物を避けるようになり(社会不安が増大し)、多くの砂糖を欲しがり、報酬に対する感受性が高まった
・砂糖を獲得するために危険な戦略と安全な戦略のどちらかを選択しなければならない「ラットギャンブル課題」をさせると、大麻を摂取したラットは危険な戦略をとるようになった。これは「大麻使用者が他の薬物だけでにくギャンブルにも依存する傾向がある」事実に合致する
・ラットに高用量の大麻を与えると、アストロサイトという神経細胞の形状が変化し、抑制系の神経伝達物質GABAによるシグナル伝達の混乱を示唆する遺伝子発現の変化を引き起こした。 低用量の摂取は、主にニューロンの形状と遺伝子発現パターンを歪め、オピオイド系の変化を促した
ラットの研究結果がそのまま人間にもあてはまるかどうかは分かりません。ですが、これだけの証拠をたたきつけられると、人間にも似たようなことが起こると考えるべきではないでしょうか。実際、私がGINA関係でタイで知り合った日本人の大麻依存症の人たち(男性が大半だが女性もいました)の多くは、他の薬物への依存、ゲームやギャンブルへの依存、さらに何割かの男女は承認欲求(「他人からの承認」の依存)も強い印象があります。
つまり、大麻を摂取することにより、自律できずアインデンティティを見失い、短絡的な欲求を求めてしまうようになるのではないか、というのが私の考えです。尚、話の展開から想像できると思いますが、大麻にハマっていったかつての私の仲間たちの人生も......、言わずもがなです。