GINAと共に
第89回(2013年11月) 性依存症という病
今回は、実際に私が診察室で相談を受けた事例の紹介から始めたいと思います。
30代の女性(仮にA子さんとします)は、日頃から湿疹や風邪で受診していましたが、あるとき自分の夫(B男さんとします)のことで相談をされました。内容をまとめると次のようになります。
一流企業で働くB男さんは、それなりの収入があり、生活は楽とまでは言えませんが、現在小学生の娘さんとの3人での生活は、おそらく他人からは理想の家族に見えるに違いありません。
しかし、A子さんの悩みは相当深いところまできています。A子さんによればB男さんは「性依存症」だというのです。以前は複数のガールフレンドがいたようで、A子さんと交際しだしてからも何度か浮気が発覚したそうです。しかし、B男さんはA子さんと結婚するときに「これからは絶対に浮気はしない」と約束し、A子さんによれば、「ある意味でそれは守っている」そうなのです。
B男さんの「フーゾク通い」が始まったのは結婚してわずか3ヶ月後とのことだそうです。なぜB男さんのフーゾク通いがA子さんに知れたのか。実はB男さんのフーゾク通いは病的なものでひどいときは月に10回以上にもなり、ついにサラ金に手を出したそうなのです。それでもB男さんのフーゾク通いはやめられず借金返済の督促電話が自宅にかかってくるようになり、A子さんが追求してB男さんの浪費の原因が発覚したのです。
このときB男さんは「今後一切フーゾク店に行かない」とA子さんに誓ったそうです。しかし、その誓いは結局守られず1年後には再び借金の督促状が届き発覚し、どうしていいか分からずに私に相談された、というわけです。
別の症例を紹介したいと思います。こちらは直接本人が相談された例です。40代前半のC男さんの仕事は公認会計士です。独身でお金もあるC男さんの趣味は「フーゾク通い」だそうです。独身だし誰にも迷惑をかけていないんだからいくらフーゾク通いをしようが何の問題もないだろう、と開き直っていたそうです。そんなC男さんが私に「性依存症を治したいんですが・・・」と相談されたのは、人間ドックでB型肝炎に感染していたことが発覚したからです。
C男さんがB型肝炎ウイルスに感染したのはフーゾク通いが原因と考えて間違いありません。1年前は陰性であり、フーゾクでの性的接触以外には感染する理由が見当たりません。幸いなことにHBs抗体がすでに陽性になっていますから特殊なケース(注1)を除いてC男さんがB型肝炎ウイルスでこれから苦しめられることはありません。
しかしウイルスそのものは完全に消えることがないことを知ってC男さんは大変ショックに感じているといいます。「あなたのように社会的に尊敬される職業に従事している人がなぜB型肝炎ウイルスのワクチンをうってなかったんですか」、という私の質問に対して、「今考えると自分でも不思議なんですが、自分だけは感染しないと思っていたんです・・・」と力なく答えられたのが私には印象的でした。
もうひとつ症例を紹介したいと思います。20代のD男さんは、フーゾク店に行った後、自覚症状はないんだけれど気になるから、と言って受診され、案の定クラミジア性咽頭炎が発覚しました。デンタルダムなしのオーラルセックス(クンニリングス)があったそうなのです。D男さんは「月に一度くらいフーゾク店を利用している」と話したために、「自分のことを性依存症と思っていますか」と尋ねると、「フーゾクに行ったくらいで性依存症になるんですか?」と逆に質問されてしまいました。
ここで「性依存症」を学術的に考えてみたいと思います。依存症は精神疾患のひとつであり、アルコール依存症やギャンブル依存症については疾病の国際統計分類のICD10でも、アメリカ精神医学会が定めたDSM-ⅣRにも記載があります。ところが性依存症については、どちらの分類にも入れられておらず、そういう意味ではきちんとした病気とは認定されていないということになるかもしれません。
おそらく性依存症という病名が一躍有名になったのは、1998年に米国のクリントン大統領の不倫スキャンダルが性依存症によるものであることが全世界に報じられたことがきっかけだと思われます。その後ハリウッド俳優のマイケル・ダグラスやチャーリー・シーンも性依存症を患っていることが噂されました。最近では2010年に複数の女性との不倫を認める謝罪会見をおこなったターガー・ウッズが記憶に新しいと言えます。タイガー・ウッズは実際に性依存症と診断されセラピーを受けている事も会見で告白しました。
さて、いまだに定義のはっきりしない性依存症ですが、たしかにどこからが性依存症かを言葉で定義するのは簡単ではありません。「誰とでもいいからセックスしたい!」と考え自室で妄想を膨らませている性交渉の経験のない男子高校生が性依存症とは言えないでしょうし、もしもタイガー・ウッズの浮気が一度だけであれば、モラル上の問題はあるにせよ性依存症とまでは言えないでしょう。
ではどう考えるべきなのか。私なりの結論を述べたいと思いますが、その前に先に紹介した3つの例を考えたいと思います。A子さんの夫のB男さんが性依存症であることは自明でしょう。ではなぜ自明なのか、借金をしてまでフーゾク通いがやめられずA子さんに辛い思いをさせているからです。
一般に依存症の診断基準には「自己嫌悪を抱くかどうか」という内容の項目が含まれていることが多いのですが、私個人としては、自己嫌悪を抱くかどうかは性依存症に対しては関係ないと考えています。B男さんは"多少は"自己嫌悪を感じているようですが、仮にまったく自己嫌悪感がなかったとしても(むしろそちらの方が病的です)A子さんが辛い思いをして借金が増えていく事態は、これだけで疾患であると言えます。つまり自己嫌悪感がない性依存症は「病識のない病気」と考えるべきだと思うのです(注2)。
C男さんはどうでしょうか。フーゾク通いでB型肝炎ウイルスに罹患したものの自覚症状もないままHBs抗体ができたC男さんは幸運だったといえます。もしも急性肝炎を発症しさらに劇症肝炎に移行し入院を強いられたとすればどうでしょう。度重なる性風俗店の利用で劇症肝炎を発症すれば本人の自責の念は相当強くなるでしょうし、仕事への影響もあるでしょう。40代で劇症肝炎を起こしたとなれば、当然性行為が原因のB型肝炎を疑われるでしょうから取引先からの信頼を失う可能性もなくはありません。ということは、B型肝炎ウイルスのワクチンを接種せずに性風俗店を繰り返し利用していたことは性依存症と判断されるべきでしょう。
では、仮にC男さんがワクチン接種をしていたとすればどうでしょうか。C男さんは独身で交際相手もいません。何度も性風俗店を利用していましたが借金をしていたわけではありません。ワクチン接種をし抗体形成を確認し、コンドームをしていれば、命に関わるような性感染症のリスクはほとんどないと言えます。クリントン元大統領の場合は、浮気相手に精神的な苦痛を与えましたが、C男さんに性的サービスを供給した女性たちが苦痛を受けたとは言えません。ということは、C男さんがもしもワクチン接種をしていて今もフーゾク通いを楽しんでいるとすれば性依存症と言えるのでしょうか(注3)。
D男さんの場合はどうでしょう。D男さんはデンタルダムなしのオーラルセックス(クンニリングス)でクラミジア性咽頭炎に罹患しました。このようなものは薬を飲めば簡単に治ります。そしてD男さんはB型肝炎ウイルスのワクチンは接種しているそうです。クラミジア性咽頭炎などというものは治療に難渋することはほとんどありません。しかしコンドームやデンタルダムなしのオーラルセックスというのは、頻度としては膣交渉や肛門交渉に比べるとずっと少ないのは事実ですが、それでもHCV(C型肝炎ウイルス)やHIVのリスクもないとは言い切れません。私個人の意見としては、コンドームやデンタルダムなしのオーラルセックスが性風俗店で繰り返しあるのならば、それは性依存症に入れるべきだと思います。
まとめてみましょう。私が考える性依存症の定義は、「自分やパートナーにとって、身体的、心理的、社会的に大きな苦痛につながる可能性があるのにも関わらず、抑えられない性的衝動からパートナー以外の異性(同性)と性的接触を繰り返しおこなうこと」となります。
この定義にあてはめてみると、B男さん(借金はA子さんにとっても社会的苦痛)、C男さん(劇症肝炎という身体的苦痛につながる可能性があった)、D男さん(可能性は低いとはいえHIVなどの感染の可能性があった)、クリントン(妻・浮気相手の双方に心理的苦痛を与えた)、ターガー・ウッズ(妻に心理的苦痛を与えた)となり、さらにパートナー以外の異性と繰り返し性的接触を繰り返していることから全員に性依存症の診断がつくことになります。
それにしても日本人はなぜ性風俗店をこんなにもよく利用するのでしょうか。GINAが過去にタイでおこなった調査では、マッサージパーラー(日本風に言えばソープランドになると思います)を利用する欧米人はほぼ皆無でした。欧米人が日本人に比べて性のモラルが高いとは言いませんが、私の知る限り日本人が利用するような性風俗店に行く欧米の男性はほとんどいません。彼らもお金を介した性的関係を現地女性と結ぶことはよくありますが(本当によくあります!)、それは日本人の「フーゾク通い」とは趣が異なります。次回はこの点を考察したいと思います。
注1:特殊なケースとは、例えばリウマチなどで用いる免疫を抑制する薬を用いたり、HIVに感染して放置しておくなどしたりして免疫力が低下した状態になれば、B型肝炎ウイルスが活性化して肝炎などを起こす可能性があります。(これをde nove肝炎と呼びます)
注2:「病識のない病気」というのはたくさんあります。精神疾患では躁病ではよくあることですし、内科的疾患では、いくら食生活に気をつけるよう医療者が忠告してもまるで聞く耳を持たない糖尿病などはその代表的疾患といえるでしょう。
注3:この答えは現在の私にはわかりません。ワクチン接種し抗体形成を確認し、オーラルセックスも含めてコンドーム(及びデンタルダム)を用いていれば、HIVやB型肝炎ウイルスなど命に関わる感染症は防ぐことができます。しかし、性器ヘルペスや梅毒などコンドームで防げない性感染症のリスクは残ります。こういった感染症のリスクを抱えて遊ぶのは自由ではないか、という考えは認められるべきなのかもしれません。私個人としては、そんなリスクを抱えてまで遊ぶことにどれだけの価値があるのか、と感じますが、その程度のリスクは背負ってもかまわない、と考える人に対して、医師としてやめるように言うことはできないと思います。
30代の女性(仮にA子さんとします)は、日頃から湿疹や風邪で受診していましたが、あるとき自分の夫(B男さんとします)のことで相談をされました。内容をまとめると次のようになります。
一流企業で働くB男さんは、それなりの収入があり、生活は楽とまでは言えませんが、現在小学生の娘さんとの3人での生活は、おそらく他人からは理想の家族に見えるに違いありません。
しかし、A子さんの悩みは相当深いところまできています。A子さんによればB男さんは「性依存症」だというのです。以前は複数のガールフレンドがいたようで、A子さんと交際しだしてからも何度か浮気が発覚したそうです。しかし、B男さんはA子さんと結婚するときに「これからは絶対に浮気はしない」と約束し、A子さんによれば、「ある意味でそれは守っている」そうなのです。
B男さんの「フーゾク通い」が始まったのは結婚してわずか3ヶ月後とのことだそうです。なぜB男さんのフーゾク通いがA子さんに知れたのか。実はB男さんのフーゾク通いは病的なものでひどいときは月に10回以上にもなり、ついにサラ金に手を出したそうなのです。それでもB男さんのフーゾク通いはやめられず借金返済の督促電話が自宅にかかってくるようになり、A子さんが追求してB男さんの浪費の原因が発覚したのです。
このときB男さんは「今後一切フーゾク店に行かない」とA子さんに誓ったそうです。しかし、その誓いは結局守られず1年後には再び借金の督促状が届き発覚し、どうしていいか分からずに私に相談された、というわけです。
別の症例を紹介したいと思います。こちらは直接本人が相談された例です。40代前半のC男さんの仕事は公認会計士です。独身でお金もあるC男さんの趣味は「フーゾク通い」だそうです。独身だし誰にも迷惑をかけていないんだからいくらフーゾク通いをしようが何の問題もないだろう、と開き直っていたそうです。そんなC男さんが私に「性依存症を治したいんですが・・・」と相談されたのは、人間ドックでB型肝炎に感染していたことが発覚したからです。
C男さんがB型肝炎ウイルスに感染したのはフーゾク通いが原因と考えて間違いありません。1年前は陰性であり、フーゾクでの性的接触以外には感染する理由が見当たりません。幸いなことにHBs抗体がすでに陽性になっていますから特殊なケース(注1)を除いてC男さんがB型肝炎ウイルスでこれから苦しめられることはありません。
しかしウイルスそのものは完全に消えることがないことを知ってC男さんは大変ショックに感じているといいます。「あなたのように社会的に尊敬される職業に従事している人がなぜB型肝炎ウイルスのワクチンをうってなかったんですか」、という私の質問に対して、「今考えると自分でも不思議なんですが、自分だけは感染しないと思っていたんです・・・」と力なく答えられたのが私には印象的でした。
もうひとつ症例を紹介したいと思います。20代のD男さんは、フーゾク店に行った後、自覚症状はないんだけれど気になるから、と言って受診され、案の定クラミジア性咽頭炎が発覚しました。デンタルダムなしのオーラルセックス(クンニリングス)があったそうなのです。D男さんは「月に一度くらいフーゾク店を利用している」と話したために、「自分のことを性依存症と思っていますか」と尋ねると、「フーゾクに行ったくらいで性依存症になるんですか?」と逆に質問されてしまいました。
ここで「性依存症」を学術的に考えてみたいと思います。依存症は精神疾患のひとつであり、アルコール依存症やギャンブル依存症については疾病の国際統計分類のICD10でも、アメリカ精神医学会が定めたDSM-ⅣRにも記載があります。ところが性依存症については、どちらの分類にも入れられておらず、そういう意味ではきちんとした病気とは認定されていないということになるかもしれません。
おそらく性依存症という病名が一躍有名になったのは、1998年に米国のクリントン大統領の不倫スキャンダルが性依存症によるものであることが全世界に報じられたことがきっかけだと思われます。その後ハリウッド俳優のマイケル・ダグラスやチャーリー・シーンも性依存症を患っていることが噂されました。最近では2010年に複数の女性との不倫を認める謝罪会見をおこなったターガー・ウッズが記憶に新しいと言えます。タイガー・ウッズは実際に性依存症と診断されセラピーを受けている事も会見で告白しました。
さて、いまだに定義のはっきりしない性依存症ですが、たしかにどこからが性依存症かを言葉で定義するのは簡単ではありません。「誰とでもいいからセックスしたい!」と考え自室で妄想を膨らませている性交渉の経験のない男子高校生が性依存症とは言えないでしょうし、もしもタイガー・ウッズの浮気が一度だけであれば、モラル上の問題はあるにせよ性依存症とまでは言えないでしょう。
ではどう考えるべきなのか。私なりの結論を述べたいと思いますが、その前に先に紹介した3つの例を考えたいと思います。A子さんの夫のB男さんが性依存症であることは自明でしょう。ではなぜ自明なのか、借金をしてまでフーゾク通いがやめられずA子さんに辛い思いをさせているからです。
一般に依存症の診断基準には「自己嫌悪を抱くかどうか」という内容の項目が含まれていることが多いのですが、私個人としては、自己嫌悪を抱くかどうかは性依存症に対しては関係ないと考えています。B男さんは"多少は"自己嫌悪を感じているようですが、仮にまったく自己嫌悪感がなかったとしても(むしろそちらの方が病的です)A子さんが辛い思いをして借金が増えていく事態は、これだけで疾患であると言えます。つまり自己嫌悪感がない性依存症は「病識のない病気」と考えるべきだと思うのです(注2)。
C男さんはどうでしょうか。フーゾク通いでB型肝炎ウイルスに罹患したものの自覚症状もないままHBs抗体ができたC男さんは幸運だったといえます。もしも急性肝炎を発症しさらに劇症肝炎に移行し入院を強いられたとすればどうでしょう。度重なる性風俗店の利用で劇症肝炎を発症すれば本人の自責の念は相当強くなるでしょうし、仕事への影響もあるでしょう。40代で劇症肝炎を起こしたとなれば、当然性行為が原因のB型肝炎を疑われるでしょうから取引先からの信頼を失う可能性もなくはありません。ということは、B型肝炎ウイルスのワクチンを接種せずに性風俗店を繰り返し利用していたことは性依存症と判断されるべきでしょう。
では、仮にC男さんがワクチン接種をしていたとすればどうでしょうか。C男さんは独身で交際相手もいません。何度も性風俗店を利用していましたが借金をしていたわけではありません。ワクチン接種をし抗体形成を確認し、コンドームをしていれば、命に関わるような性感染症のリスクはほとんどないと言えます。クリントン元大統領の場合は、浮気相手に精神的な苦痛を与えましたが、C男さんに性的サービスを供給した女性たちが苦痛を受けたとは言えません。ということは、C男さんがもしもワクチン接種をしていて今もフーゾク通いを楽しんでいるとすれば性依存症と言えるのでしょうか(注3)。
D男さんの場合はどうでしょう。D男さんはデンタルダムなしのオーラルセックス(クンニリングス)でクラミジア性咽頭炎に罹患しました。このようなものは薬を飲めば簡単に治ります。そしてD男さんはB型肝炎ウイルスのワクチンは接種しているそうです。クラミジア性咽頭炎などというものは治療に難渋することはほとんどありません。しかしコンドームやデンタルダムなしのオーラルセックスというのは、頻度としては膣交渉や肛門交渉に比べるとずっと少ないのは事実ですが、それでもHCV(C型肝炎ウイルス)やHIVのリスクもないとは言い切れません。私個人の意見としては、コンドームやデンタルダムなしのオーラルセックスが性風俗店で繰り返しあるのならば、それは性依存症に入れるべきだと思います。
まとめてみましょう。私が考える性依存症の定義は、「自分やパートナーにとって、身体的、心理的、社会的に大きな苦痛につながる可能性があるのにも関わらず、抑えられない性的衝動からパートナー以外の異性(同性)と性的接触を繰り返しおこなうこと」となります。
この定義にあてはめてみると、B男さん(借金はA子さんにとっても社会的苦痛)、C男さん(劇症肝炎という身体的苦痛につながる可能性があった)、D男さん(可能性は低いとはいえHIVなどの感染の可能性があった)、クリントン(妻・浮気相手の双方に心理的苦痛を与えた)、ターガー・ウッズ(妻に心理的苦痛を与えた)となり、さらにパートナー以外の異性と繰り返し性的接触を繰り返していることから全員に性依存症の診断がつくことになります。
それにしても日本人はなぜ性風俗店をこんなにもよく利用するのでしょうか。GINAが過去にタイでおこなった調査では、マッサージパーラー(日本風に言えばソープランドになると思います)を利用する欧米人はほぼ皆無でした。欧米人が日本人に比べて性のモラルが高いとは言いませんが、私の知る限り日本人が利用するような性風俗店に行く欧米の男性はほとんどいません。彼らもお金を介した性的関係を現地女性と結ぶことはよくありますが(本当によくあります!)、それは日本人の「フーゾク通い」とは趣が異なります。次回はこの点を考察したいと思います。
注1:特殊なケースとは、例えばリウマチなどで用いる免疫を抑制する薬を用いたり、HIVに感染して放置しておくなどしたりして免疫力が低下した状態になれば、B型肝炎ウイルスが活性化して肝炎などを起こす可能性があります。(これをde nove肝炎と呼びます)
注2:「病識のない病気」というのはたくさんあります。精神疾患では躁病ではよくあることですし、内科的疾患では、いくら食生活に気をつけるよう医療者が忠告してもまるで聞く耳を持たない糖尿病などはその代表的疾患といえるでしょう。
注3:この答えは現在の私にはわかりません。ワクチン接種し抗体形成を確認し、オーラルセックスも含めてコンドーム(及びデンタルダム)を用いていれば、HIVやB型肝炎ウイルスなど命に関わる感染症は防ぐことができます。しかし、性器ヘルペスや梅毒などコンドームで防げない性感染症のリスクは残ります。こういった感染症のリスクを抱えて遊ぶのは自由ではないか、という考えは認められるべきなのかもしれません。私個人としては、そんなリスクを抱えてまで遊ぶことにどれだけの価値があるのか、と感じますが、その程度のリスクは背負ってもかまわない、と考える人に対して、医師としてやめるように言うことはできないと思います。
第88回 HIVを故意にうつす人たち
もはやHIVはまったく珍しい病気ではなくなり、私が院長をつとめる太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にもほぼ毎日のようにHIV陽性の患者さんが受診されます。
谷口医院では抗HIV薬の処方はできないために(抗HIV薬は更生医療の適用となるため通常はHIV拠点病院で処方されます)、まだ抗HIV薬を飲んでいない人が定期的な検査に来られたり、抗HIV薬をすでに開始している人も含めて、風邪、腹痛、じんましん、不眠といったプライマリケアの治療目的で、といった受診です。
最近は、初診の患者さんで、例えば花粉症やアトピー性皮膚炎などで受診されて、問診票の「今かかっている病気や過去にかかった病気」の欄に「HIV」と記載されていることも増えてきました。
最初の受診の目的がHIVの検査や治療でなかったとしても、何度か通院されるうちに診察室での問診や質問の内容の中心はやはりHIV関連のことになってきます。職場での悩み(私はよほどのことがない限り「職場ではカムアウトすべきでない」と話しています)や、家族との関係の悩みなどを聞くことが多いのですが、一番多く相談されるのが「恋愛の悩み」です。パートナーのいる人であれば、パートナーに気を遣う・・・、パートナーはいずれ去っていくのではないか・・・、などの悩みが多く、パートナーがいない人であれば、パートナーはつくるべきでないのではないか・・・、言い寄ってくる人がいるんだけど感染のことが言い出しにくくて・・・、などと話されます。
谷口医院に通院しているHIV陽性の人たちは、恋愛も含めて何に対しても真面目でいい人が多く(このような言い方をすると「親バカ」ならぬ「主治医バカ」と思われるかもしれませんが・・)、他人への感染を防ぐにはどうすべきか、ということをいつも気にしています。間違っても感染させるかもしれない危険な性交渉をおこなうことはありません(と、私は思っています)。
しかし、世の中にはそのような良心的なHIV陽性の人ばかりではないようです。感染させる可能性があることがわかっているのにもかかわらず性交渉をもつ、さらにそれが強制的な性交渉、つまりレイプである場合もあるのです。
以前タイ東北地方のアムナートチャルン県で30代のHIV陽性の男性が50人近くの少女にレイプしていたという事件を紹介しました(下記「GINAと共に」参照)。最近、タイで再びとんでもない悪質な事件が起こりましたので今回はまずそれを紹介し、さらに世界のマスコミでときおり報道されているHIV陽性者の無防備な性交渉やレイプについて考えてみたいと思います。
タイの英字新聞『Bangkok Post』2013年8月30日号(注1)によりますと、タイ東部チョンブリー県にある児童施設で保護されていた4歳の少女が施設内で複数の男性からレイプの被害にあっていたことが発覚しました。この少女は母親と二人暮らしで、母親はタイの歓楽街パタヤのバーで働いており、2013年6月に薬物容疑で逮捕され拘留されていました。母親は自分が戻るまでの間この施設に娘を預けていたというわけです。
2ヶ月ぶりに再会した娘の体調がおかしいことに気づいた母親は病院に連れて行きました。医師の診察で膣と肛門から出血があることが判り、レイプの被害に合っていたことが判明しました。警察の調査からこの施設に入所している複数の男性からレイプを受けていたことが明らかとなりました。
『Bangkok Post』の報道はここまでです。これだけでも到底許すことのできない事件であることがわかりますが、この事件には続きがあります。タイの英語でニュースを議論するあるサイト(注2)の情報によりますと、この幼女をレイプした犯人のなかに57歳の男性N氏がいます。
この57歳のN氏、なんと元警察官だというのです。しかし違法薬物(またもや薬物事件です・・)で警察を解雇されたのが1975年という報道もありますから、おそらく警察官になって間もない時期に解雇されているのだと思われます。そして、報道からは原因や時期はわかりませんが、右足に障害があり車椅子の生活を余儀なくされていたようです。
問題はここからです。ある報道によると、このN氏がHIV陽性だというのです。ある報道では「生命を脅かす病気(life-threatening disease)」とされていますが、別の報道ではHIVとされており、これはテレビでも放映されました(注3)。なぜこの男性が児童施設にいたのかが気になりますが、ある報道によりますと、ラヨン県の施設で近日中にHIVの治療を受ける予定だったそうです。しかしすぐには入所できなくて待機する間この児童施設に一時的に入所することになっていたそうです。
私のようにタイを中途半端にしか知らない者からみると、あんなに他人に対して優しい心を持った人たちの国でなぜこんなことが・・・、と思ってしまいますが、タイをよく知る人たちに言わせると、「タイでは似たような事件はいくらでもあって今回の事件も特に驚くに値しない・・・」そうです。
他国をみてみましょう。2013年3月13日の「LivedoorNEWS」によりますと(注4)、台湾の38歳の男性が、自身がHIV陽性であることを知りながら違法薬物の「ケタミン」のパーティ(事実上は同性愛者の乱交パーティ)を開催し100人以上の男性と性的関係をもったそうです。そして、パーティに参加した50人がHIVに感染したそうです。さらに驚かされるのが、この男性は小学校の教師だそうです。現在はすでに逮捕されており勤務先の学校から停職処分を受けているそうです。
これと似たような事件は以前オーストラリアでもありました。当時40代のHIV陽性の男性(同性愛者)が乱交パーティを開催し2000年から2006年の間に少なくとも16人に故意に感染させようとし実際にそのうち2人はHIVに感染したそうです(下記GINAニュース参照)。
ヨーロッパでもこのような事件がときどき報道されます。例えば、2008年2月にBBCで報道されたニュースによりますと、当時32歳のスウェーデン在住のイギリス人男性(ストレート)がインターネットで知り合った女性100人以上と性交渉をもち、少なくとも2人の女性(なんと2人とも15歳未満の少女)がHIVに感染していたそうです(下記GINAニュース参照)。
それにしてもなぜこのような事件が起こるのでしょうか。私はタイでも日本でもHIV陽性の人たちを多数みてきましたが、彼(女)らは社会的な不利益を被っていることが少なくありません。特にタイでは、最近は改善されてきてはいますが、地域社会から家族から、そして医療機関からも差別されてきた人たちをずいぶんとみてきました。そのような経験があるために、ついつい私はHIV陽性の人を助けたいという気持ちが強くなりすぎることがあります。逆差別してはいけない、ということを自分に言い聞かせることもしばしばあります。
そのような私からみると、HIV陽性者が相手に黙って性交渉をもつのは許されないとしても、社会からの差別やスティグマがあるからHIV陽性であることを言い出しにくいのです。感染を隠して性交渉をもつ人たちだけに責任を押しつけるのではなく、社会全体で差別やスティグマをなくす努力をおこなわなければならない、というのが私の考えです。
しかし、上に紹介した元警官による4歳の女子へのレイプ事件や、小学校教師が乱交パーティを開き50人以上に感染させた事件などをみると、悠長なことを言っている場合ではありません。特に幼女へのレイプについては絶対に許せる事件ではありません。
けれども、このような犯罪者に対する糾弾の声が大きくなればなるほど、善良なHIV陽性の人たちも影響を受ける可能性があるわけで・・・、そのあたりがむつかしいところです。
注1 この記事のタイトルは「Girl, 4, raped repeatedly in child shelter」で、下記のURLで閲覧することができます。
http://www.bangkokpost.com/news/local/367160/young-girl-repeatedly-raped-after-being-placed-in-child-shelter
注2:下記のURLで閲覧することができます。
http://www.udontalk.com/forum/viewtopic.php?f=24&t=12826
注3:下記のURLを参照ください。映像もあります。(ただしタイ語です)
http://hilight.kapook.com/view/90564
注4:下記のURLを参照ください。しかし、この記事の信憑性は検証できませんでした。いくら何でも1人で50人に感染させたというのはあまりにも多すぎるような気がしますし、これだけの事件をおこしておいて勤務先の小学校から解雇にならずに停職処分を受けただけということにも違和感があります。
http://news.livedoor.com/article/detail/7494676/
参考:
GINAと共に第44回(2010年2月)「エイズ患者によるレイプ事件」
GINAと共に第51回(2010年9月)「HIV感染を隠した性交渉はどれだけの罪に問われるべきか」
GINAニュース2007年3月23日「オーストラリアのゲイが乱交パーティを主催し・・・」
GINAニュース2008年2月7日「2人の少女にHIVを感染させた男が有罪に」
谷口医院では抗HIV薬の処方はできないために(抗HIV薬は更生医療の適用となるため通常はHIV拠点病院で処方されます)、まだ抗HIV薬を飲んでいない人が定期的な検査に来られたり、抗HIV薬をすでに開始している人も含めて、風邪、腹痛、じんましん、不眠といったプライマリケアの治療目的で、といった受診です。
最近は、初診の患者さんで、例えば花粉症やアトピー性皮膚炎などで受診されて、問診票の「今かかっている病気や過去にかかった病気」の欄に「HIV」と記載されていることも増えてきました。
最初の受診の目的がHIVの検査や治療でなかったとしても、何度か通院されるうちに診察室での問診や質問の内容の中心はやはりHIV関連のことになってきます。職場での悩み(私はよほどのことがない限り「職場ではカムアウトすべきでない」と話しています)や、家族との関係の悩みなどを聞くことが多いのですが、一番多く相談されるのが「恋愛の悩み」です。パートナーのいる人であれば、パートナーに気を遣う・・・、パートナーはいずれ去っていくのではないか・・・、などの悩みが多く、パートナーがいない人であれば、パートナーはつくるべきでないのではないか・・・、言い寄ってくる人がいるんだけど感染のことが言い出しにくくて・・・、などと話されます。
谷口医院に通院しているHIV陽性の人たちは、恋愛も含めて何に対しても真面目でいい人が多く(このような言い方をすると「親バカ」ならぬ「主治医バカ」と思われるかもしれませんが・・)、他人への感染を防ぐにはどうすべきか、ということをいつも気にしています。間違っても感染させるかもしれない危険な性交渉をおこなうことはありません(と、私は思っています)。
しかし、世の中にはそのような良心的なHIV陽性の人ばかりではないようです。感染させる可能性があることがわかっているのにもかかわらず性交渉をもつ、さらにそれが強制的な性交渉、つまりレイプである場合もあるのです。
以前タイ東北地方のアムナートチャルン県で30代のHIV陽性の男性が50人近くの少女にレイプしていたという事件を紹介しました(下記「GINAと共に」参照)。最近、タイで再びとんでもない悪質な事件が起こりましたので今回はまずそれを紹介し、さらに世界のマスコミでときおり報道されているHIV陽性者の無防備な性交渉やレイプについて考えてみたいと思います。
タイの英字新聞『Bangkok Post』2013年8月30日号(注1)によりますと、タイ東部チョンブリー県にある児童施設で保護されていた4歳の少女が施設内で複数の男性からレイプの被害にあっていたことが発覚しました。この少女は母親と二人暮らしで、母親はタイの歓楽街パタヤのバーで働いており、2013年6月に薬物容疑で逮捕され拘留されていました。母親は自分が戻るまでの間この施設に娘を預けていたというわけです。
2ヶ月ぶりに再会した娘の体調がおかしいことに気づいた母親は病院に連れて行きました。医師の診察で膣と肛門から出血があることが判り、レイプの被害に合っていたことが判明しました。警察の調査からこの施設に入所している複数の男性からレイプを受けていたことが明らかとなりました。
『Bangkok Post』の報道はここまでです。これだけでも到底許すことのできない事件であることがわかりますが、この事件には続きがあります。タイの英語でニュースを議論するあるサイト(注2)の情報によりますと、この幼女をレイプした犯人のなかに57歳の男性N氏がいます。
この57歳のN氏、なんと元警察官だというのです。しかし違法薬物(またもや薬物事件です・・)で警察を解雇されたのが1975年という報道もありますから、おそらく警察官になって間もない時期に解雇されているのだと思われます。そして、報道からは原因や時期はわかりませんが、右足に障害があり車椅子の生活を余儀なくされていたようです。
問題はここからです。ある報道によると、このN氏がHIV陽性だというのです。ある報道では「生命を脅かす病気(life-threatening disease)」とされていますが、別の報道ではHIVとされており、これはテレビでも放映されました(注3)。なぜこの男性が児童施設にいたのかが気になりますが、ある報道によりますと、ラヨン県の施設で近日中にHIVの治療を受ける予定だったそうです。しかしすぐには入所できなくて待機する間この児童施設に一時的に入所することになっていたそうです。
私のようにタイを中途半端にしか知らない者からみると、あんなに他人に対して優しい心を持った人たちの国でなぜこんなことが・・・、と思ってしまいますが、タイをよく知る人たちに言わせると、「タイでは似たような事件はいくらでもあって今回の事件も特に驚くに値しない・・・」そうです。
他国をみてみましょう。2013年3月13日の「LivedoorNEWS」によりますと(注4)、台湾の38歳の男性が、自身がHIV陽性であることを知りながら違法薬物の「ケタミン」のパーティ(事実上は同性愛者の乱交パーティ)を開催し100人以上の男性と性的関係をもったそうです。そして、パーティに参加した50人がHIVに感染したそうです。さらに驚かされるのが、この男性は小学校の教師だそうです。現在はすでに逮捕されており勤務先の学校から停職処分を受けているそうです。
これと似たような事件は以前オーストラリアでもありました。当時40代のHIV陽性の男性(同性愛者)が乱交パーティを開催し2000年から2006年の間に少なくとも16人に故意に感染させようとし実際にそのうち2人はHIVに感染したそうです(下記GINAニュース参照)。
ヨーロッパでもこのような事件がときどき報道されます。例えば、2008年2月にBBCで報道されたニュースによりますと、当時32歳のスウェーデン在住のイギリス人男性(ストレート)がインターネットで知り合った女性100人以上と性交渉をもち、少なくとも2人の女性(なんと2人とも15歳未満の少女)がHIVに感染していたそうです(下記GINAニュース参照)。
それにしてもなぜこのような事件が起こるのでしょうか。私はタイでも日本でもHIV陽性の人たちを多数みてきましたが、彼(女)らは社会的な不利益を被っていることが少なくありません。特にタイでは、最近は改善されてきてはいますが、地域社会から家族から、そして医療機関からも差別されてきた人たちをずいぶんとみてきました。そのような経験があるために、ついつい私はHIV陽性の人を助けたいという気持ちが強くなりすぎることがあります。逆差別してはいけない、ということを自分に言い聞かせることもしばしばあります。
そのような私からみると、HIV陽性者が相手に黙って性交渉をもつのは許されないとしても、社会からの差別やスティグマがあるからHIV陽性であることを言い出しにくいのです。感染を隠して性交渉をもつ人たちだけに責任を押しつけるのではなく、社会全体で差別やスティグマをなくす努力をおこなわなければならない、というのが私の考えです。
しかし、上に紹介した元警官による4歳の女子へのレイプ事件や、小学校教師が乱交パーティを開き50人以上に感染させた事件などをみると、悠長なことを言っている場合ではありません。特に幼女へのレイプについては絶対に許せる事件ではありません。
けれども、このような犯罪者に対する糾弾の声が大きくなればなるほど、善良なHIV陽性の人たちも影響を受ける可能性があるわけで・・・、そのあたりがむつかしいところです。
注1 この記事のタイトルは「Girl, 4, raped repeatedly in child shelter」で、下記のURLで閲覧することができます。
http://www.bangkokpost.com/news/local/367160/young-girl-repeatedly-raped-after-being-placed-in-child-shelter
注2:下記のURLで閲覧することができます。
http://www.udontalk.com/forum/viewtopic.php?f=24&t=12826
注3:下記のURLを参照ください。映像もあります。(ただしタイ語です)
http://hilight.kapook.com/view/90564
注4:下記のURLを参照ください。しかし、この記事の信憑性は検証できませんでした。いくら何でも1人で50人に感染させたというのはあまりにも多すぎるような気がしますし、これだけの事件をおこしておいて勤務先の小学校から解雇にならずに停職処分を受けただけということにも違和感があります。
http://news.livedoor.com/article/detail/7494676/
参考:
GINAと共に第44回(2010年2月)「エイズ患者によるレイプ事件」
GINAと共に第51回(2010年9月)「HIV感染を隠した性交渉はどれだけの罪に問われるべきか」
GINAニュース2007年3月23日「オーストラリアのゲイが乱交パーティを主催し・・・」
GINAニュース2008年2月7日「2人の少女にHIVを感染させた男が有罪に」
第87回 HIV陽性の医療従事者は仕事を続けられるか
少し古い話になりますが、福岡県のある病院で働く看護師がHIV感染を理由に職場を解雇された、という事件がありました。今回は、HIV陽性の医療者が勤務を続けることができるか、ということを考えていきたいと思います。まずは、この「福岡看護師解雇事件」を振り返ってみましょう。
2011年8月、福岡県の総合病院(A病院とします)に勤務していた看護師が目に異常を感じ勤務先のA病院を患者として受診し、その後大学病院(B病院とします)を受診しHIV感染が判明しました。
報道によりますと、看護師を診察したB病院の担当医は「患者への感染リスクは小さく、上司に報告する必要もない」と伝えました。(2012年1月13日共同通信)
ところが、B病院の別の医師が看護師の許可をとらずに(担当医の許可をとったのかどうかは報道からは不明)、看護師の勤務先のA病院の医師にHIV感染をメールで通知しました。
看護師はその後A病院の上司から「患者に感染させるリスクがあるので休んでほしい。90日以上休職すると退職扱いになるがやむを得ない」と告げられ、休職後の2011年11月末に退職させられました。
2012年1月11日、看護師は「診療情報が患者の同意なく伝えられたのは医師の守秘義務に違反する。休職の強要も働く権利を侵害するものだ」という理由で、A病院、B病院の双方を提訴しました。
2013年4月19日、福岡県の地裁支部にて原告(看護師)とB病院の間で和解が成立しました。守秘義務違反で提訴していた原告の主張をB病院が認め、「検査結果を紹介元(勤務先の病院)に提供するにあたり、原告の意思確認が不十分だったことを認め、真摯(しんし)に謝罪する」としたうえで、「診療情報を紹介元に提供する際は、患者本人の意思確認を徹底することを約束する」との再発防止策も盛り込んだそうです。(2013年4月19日の毎日新聞)
一方、看護師が勤務していたA病院は「退職を強要したわけではない。患者への感染リスクはある」などとして、請求棄却を求めているそうです(注4)。
さて、この事件を聞いてあなたはどう思われるでしょうか。「HIV感染を理由に解雇だなんでひどすぎる! この看護師を応援してA病院を糾弾すべき!」と感じられるでしょうか。
では、あなた(もしくはあなたの家族)がA病院に入院して担当看護師がこのHIV陽性の看護師だったらどのように思われるでしょうか・・・。例えばあなたの子供が入院したとしましょう。やんちゃで力の強いあなたの子供は採血や点滴を嫌がってあばれます。そんなときにこの看護師が誤って自分の腕に針を刺してしまい、その血液があなたの子供に触れたとしたら・・・。慌ててその血液を手でぬぐったあなたの子供がその手で目をこすり、結果的に看護師の血液があなたの子供の目に入ったとしたら・・・。
実はこの問題はそれほど簡単でなく、単純に「職場でのHIV差別はやめましょう」などという言葉で解決する類いのものではありません。
2002年4月に発生した「佐賀保育所B型肝炎ウイルス(HBV)集団発生事件」をご存じでしょうか。この事件は、園児19名、職員6名の合計25名がHBVに集団感染したもので、感染源は元職員であったと推定されています(注1)。
HBVはHIVと異なり、汗や唾液からもウイルスが検出されることがあります。ですから、保育所で園児と接触する程度でも感染が成立するのです。HBV陽性の職員が保育所で働いていた、ということがそもそもの問題であったことは自明でしょう。この職員から感染させられた園児や親御さんは大変悔しい思いをしているに違いありません。
HIVはHBVとは異なり、感染力はさほど強くなく、保育所で園児と接触するくらいで感染することは考えにくいと言えます。しかし、医療機関ではどうでしょうか。先に述べた「点滴であばれて・・・」という例は極端かもしれませんが、このようなことがないとは言い切れません。HIV陽性の看護師が手術室勤務で、執刀医に針やメスを手渡す業務についていれば、誤って自分の指を刺して血液が患者さんの体内に入る・・・、ということも絶対にないとは言えません。
しがたって、A病院が「患者への感染リスクはある」と主張しているのも、あながち間違いとは言えないのです。実際、海外でもHIV陽性の医療者の業務を規制している国はあります。
例えばオーストラリアでは、2006年8月、HIV陽性であることが発覚したクイーンズランド州の女性歯科医が感染の事実を行政に報告し、患者に直接的な処置をすることのない保健関係の仕事が州から与えられたことが現地のマスコミ(NEWS.COM.AU)に報道されました。報道では、感染の事実を報告したこの歯科医を称賛するような書き方をしていましたが、私が称賛されるべきと思ったのは行政の対応です。まず正直に申告した歯科医を評価し、身分を保障し仕事を与えた対応は見事でした。
その後のオーストラリアの情報はなかなか入ってこないのですが、現在は規則が変わっているかもしれません。というのは、優れた抗HIV薬の普及で、ウイルス量をほとんどゼロに押さえ込むことが現在では可能ですから、歯科的な処置も可能とみなされているかもしれないからです。実際、現在(2013年9月現在)でも、HIV陽性の医療従事者による外科的処置は、スウェーデン、カナダ、フランス、イギリス(後述)などでは認められています。
2013年8月15日、イギリスの保健省は、HIV陽性の医師や歯科医師、看護師およびその他の医療者が一定の歯科および外科処置を実施できるようになることを発表しました。ただし、対象者(HIV陽性の医療者)は、公衆衛生当局への登録が義務付けられ、抗HIV薬を内服していること、3ヶ月ごとの定期検査でウイルス量が検出限界以下であることなどの一定の条件を満たしていなければなりません(注2)。
日本ではどうかというと、1995年に「職場におけるエイズ問題に関するガイドラインについて」という通達が当時の厚生省から発表されました。この通達では、「本ガイドラインは、労働者が通常の勤務において業務上HIVを含む血液等に接触する危険性が高い医療機関等の職場は想定していない」とされています。つまり、HIV陽性の医療者は想定していない、ということです。しかし、2010年4月にこの部分が改正され、「医療機関等の職場については、(中略)、別途配慮が必要で、(中略)「医療機関における院内感染対策マニュアル作成のための手引き(案)」等(中略)を参考にして適切に対応することが望ましい」、とされました(注3)。つまり、厚労省では規則はつくらないから各医療機関で判断しなさい、ということです。
こんな通達、役人の責任逃れではないか! このように感じるのは私だけではないでしょう。医療者というのは、少なくとも保険診療をおこなっている医療機関で働く医療者は、国民から徴収している保険料や税金から給料をもらっているわけですから「公的な存在」であるはずです。その公的な業務に携わる医療者の勤務の是非を判定するのは厚労省でなければなりません。この問題を各医療機関の判断に委ねる、とするなら、X病院ではHIV陽性の医療者は勤務OKで、Y病院ではNG、などということもおこりえます。そうすると、医療者からみてもそうですが、患者さんの側からみたときに混乱を招くのは必至です。
はっきり言うと、厚労省(厚生省の時代から)はこの問題から逃げようとしています。先に佐賀県の保育所の事件を例にとりましたが、HBV陽性者は保育所勤務などの教育者だけでなく医療者にもいることは間違いありません。そもそもHBV陽性の日本人は約120万人もいると言われています。最近は有効な薬剤も登場していますが、HBV陽性の医療者全員が、ウイルス量が検出限界以下になっているという保証はありません。
C型肝炎ウイルス(HCV)は、HBVほど感染力は強くありませんが、米国では医療技師が44人の患者に感染させたという事件もあります。2013年8月14日、米国ニューハンプシャー州コンコードの連邦地裁で元医療技師の公判が開かれ被告は罪状を認めました。これまで複数の病院で、手術室から麻酔薬を盗んで自ら注射し、その注射器に生理食塩水などを入れ気づかれないよう細工し、その注射器が患者に用いられ、結果として合計44人にHCVが感染したそうです。もっともこの例は極めて特殊なものであり、通常の医療行為でHCVを医療者から患者にうつす可能性は極めて低いといえます。
ではHIV陽性の医療者はどうすべきなのでしょう。イギリスの保健省が述べているように、これまで世界中でHIV陽性の医療者から患者に感染した例は4例のみです。同省が規定しているように抗HIV薬の内服や定期的な検査を実施すれば医療者から患者に感染させる可能性はほぼゼロになるはずです。
HIV、HBV、HCV、(今回は述べませんでしたが)梅毒及びHTLV-1の5つの感染症について、医療者が陽性の場合の勤務の可否について、誰からみてもわかりやすいきっちりとしたガイドラインを日本では厚生労働省がつくるべきです。さもなければ、福岡の解雇された看護師とA病院のような問題がこれからも次々と出てくることになるでしょう。
注1:「佐賀保育所B型肝炎ウイルス(HBV)集団発生事件」について、詳しくは佐賀県の下記ホームページを参照ください。
http://kansen.pref.saga.jp/kisya/kisya/hb/houkoku160805.htm
注2:イギリス政府のウェブサイトに「Modernisation of HIV rules to better protect public」というタイトルで詳しく発表されています。下記URLを参照ください。
https://www.gov.uk/government/news/modernisation-of-hiv-rules-to-better-protect-public
注3:改訂後の「職場におけるエイズ問題に関するガイドラインについて」は厚労省の下記のページで閲覧することができます。
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/05/s0527-3b.html
https://www.jaish.gr.jp/anzen/hor/hombun/hor1-51/hor1-51-11-1-0.htm
注4(2015年2月付記):その後判決が出ました。2014年8月8日、福岡地裁福岡地裁久留米支部はA病院の就労制限を違法と認め、A病院に対し約115万円の支払いを命じました。(日経新聞2014年8月8日) さらにその続きがあります。2015年1月29日、福岡高裁で控訴審判決が下されました。結果は、賠償命令が出たことには変わりがありませんが、支払額が約61万円に減額されました。この理由は「元看護師は勤務先の病院が検査結果を職員間で共有することについて事後承諾していた」とされています。(日経新聞2015年1月29日)
参考:GINAと共に
第65回(2011年11月)「HIV陽性者に対する就職差別」
第80回(2013年2月)「HIV陽性者に対する就職差別 その2」
2011年8月、福岡県の総合病院(A病院とします)に勤務していた看護師が目に異常を感じ勤務先のA病院を患者として受診し、その後大学病院(B病院とします)を受診しHIV感染が判明しました。
報道によりますと、看護師を診察したB病院の担当医は「患者への感染リスクは小さく、上司に報告する必要もない」と伝えました。(2012年1月13日共同通信)
ところが、B病院の別の医師が看護師の許可をとらずに(担当医の許可をとったのかどうかは報道からは不明)、看護師の勤務先のA病院の医師にHIV感染をメールで通知しました。
看護師はその後A病院の上司から「患者に感染させるリスクがあるので休んでほしい。90日以上休職すると退職扱いになるがやむを得ない」と告げられ、休職後の2011年11月末に退職させられました。
2012年1月11日、看護師は「診療情報が患者の同意なく伝えられたのは医師の守秘義務に違反する。休職の強要も働く権利を侵害するものだ」という理由で、A病院、B病院の双方を提訴しました。
2013年4月19日、福岡県の地裁支部にて原告(看護師)とB病院の間で和解が成立しました。守秘義務違反で提訴していた原告の主張をB病院が認め、「検査結果を紹介元(勤務先の病院)に提供するにあたり、原告の意思確認が不十分だったことを認め、真摯(しんし)に謝罪する」としたうえで、「診療情報を紹介元に提供する際は、患者本人の意思確認を徹底することを約束する」との再発防止策も盛り込んだそうです。(2013年4月19日の毎日新聞)
一方、看護師が勤務していたA病院は「退職を強要したわけではない。患者への感染リスクはある」などとして、請求棄却を求めているそうです(注4)。
さて、この事件を聞いてあなたはどう思われるでしょうか。「HIV感染を理由に解雇だなんでひどすぎる! この看護師を応援してA病院を糾弾すべき!」と感じられるでしょうか。
では、あなた(もしくはあなたの家族)がA病院に入院して担当看護師がこのHIV陽性の看護師だったらどのように思われるでしょうか・・・。例えばあなたの子供が入院したとしましょう。やんちゃで力の強いあなたの子供は採血や点滴を嫌がってあばれます。そんなときにこの看護師が誤って自分の腕に針を刺してしまい、その血液があなたの子供に触れたとしたら・・・。慌ててその血液を手でぬぐったあなたの子供がその手で目をこすり、結果的に看護師の血液があなたの子供の目に入ったとしたら・・・。
実はこの問題はそれほど簡単でなく、単純に「職場でのHIV差別はやめましょう」などという言葉で解決する類いのものではありません。
2002年4月に発生した「佐賀保育所B型肝炎ウイルス(HBV)集団発生事件」をご存じでしょうか。この事件は、園児19名、職員6名の合計25名がHBVに集団感染したもので、感染源は元職員であったと推定されています(注1)。
HBVはHIVと異なり、汗や唾液からもウイルスが検出されることがあります。ですから、保育所で園児と接触する程度でも感染が成立するのです。HBV陽性の職員が保育所で働いていた、ということがそもそもの問題であったことは自明でしょう。この職員から感染させられた園児や親御さんは大変悔しい思いをしているに違いありません。
HIVはHBVとは異なり、感染力はさほど強くなく、保育所で園児と接触するくらいで感染することは考えにくいと言えます。しかし、医療機関ではどうでしょうか。先に述べた「点滴であばれて・・・」という例は極端かもしれませんが、このようなことがないとは言い切れません。HIV陽性の看護師が手術室勤務で、執刀医に針やメスを手渡す業務についていれば、誤って自分の指を刺して血液が患者さんの体内に入る・・・、ということも絶対にないとは言えません。
しがたって、A病院が「患者への感染リスクはある」と主張しているのも、あながち間違いとは言えないのです。実際、海外でもHIV陽性の医療者の業務を規制している国はあります。
例えばオーストラリアでは、2006年8月、HIV陽性であることが発覚したクイーンズランド州の女性歯科医が感染の事実を行政に報告し、患者に直接的な処置をすることのない保健関係の仕事が州から与えられたことが現地のマスコミ(NEWS.COM.AU)に報道されました。報道では、感染の事実を報告したこの歯科医を称賛するような書き方をしていましたが、私が称賛されるべきと思ったのは行政の対応です。まず正直に申告した歯科医を評価し、身分を保障し仕事を与えた対応は見事でした。
その後のオーストラリアの情報はなかなか入ってこないのですが、現在は規則が変わっているかもしれません。というのは、優れた抗HIV薬の普及で、ウイルス量をほとんどゼロに押さえ込むことが現在では可能ですから、歯科的な処置も可能とみなされているかもしれないからです。実際、現在(2013年9月現在)でも、HIV陽性の医療従事者による外科的処置は、スウェーデン、カナダ、フランス、イギリス(後述)などでは認められています。
2013年8月15日、イギリスの保健省は、HIV陽性の医師や歯科医師、看護師およびその他の医療者が一定の歯科および外科処置を実施できるようになることを発表しました。ただし、対象者(HIV陽性の医療者)は、公衆衛生当局への登録が義務付けられ、抗HIV薬を内服していること、3ヶ月ごとの定期検査でウイルス量が検出限界以下であることなどの一定の条件を満たしていなければなりません(注2)。
日本ではどうかというと、1995年に「職場におけるエイズ問題に関するガイドラインについて」という通達が当時の厚生省から発表されました。この通達では、「本ガイドラインは、労働者が通常の勤務において業務上HIVを含む血液等に接触する危険性が高い医療機関等の職場は想定していない」とされています。つまり、HIV陽性の医療者は想定していない、ということです。しかし、2010年4月にこの部分が改正され、「医療機関等の職場については、(中略)、別途配慮が必要で、(中略)「医療機関における院内感染対策マニュアル作成のための手引き(案)」等(中略)を参考にして適切に対応することが望ましい」、とされました(注3)。つまり、厚労省では規則はつくらないから各医療機関で判断しなさい、ということです。
こんな通達、役人の責任逃れではないか! このように感じるのは私だけではないでしょう。医療者というのは、少なくとも保険診療をおこなっている医療機関で働く医療者は、国民から徴収している保険料や税金から給料をもらっているわけですから「公的な存在」であるはずです。その公的な業務に携わる医療者の勤務の是非を判定するのは厚労省でなければなりません。この問題を各医療機関の判断に委ねる、とするなら、X病院ではHIV陽性の医療者は勤務OKで、Y病院ではNG、などということもおこりえます。そうすると、医療者からみてもそうですが、患者さんの側からみたときに混乱を招くのは必至です。
はっきり言うと、厚労省(厚生省の時代から)はこの問題から逃げようとしています。先に佐賀県の保育所の事件を例にとりましたが、HBV陽性者は保育所勤務などの教育者だけでなく医療者にもいることは間違いありません。そもそもHBV陽性の日本人は約120万人もいると言われています。最近は有効な薬剤も登場していますが、HBV陽性の医療者全員が、ウイルス量が検出限界以下になっているという保証はありません。
C型肝炎ウイルス(HCV)は、HBVほど感染力は強くありませんが、米国では医療技師が44人の患者に感染させたという事件もあります。2013年8月14日、米国ニューハンプシャー州コンコードの連邦地裁で元医療技師の公判が開かれ被告は罪状を認めました。これまで複数の病院で、手術室から麻酔薬を盗んで自ら注射し、その注射器に生理食塩水などを入れ気づかれないよう細工し、その注射器が患者に用いられ、結果として合計44人にHCVが感染したそうです。もっともこの例は極めて特殊なものであり、通常の医療行為でHCVを医療者から患者にうつす可能性は極めて低いといえます。
ではHIV陽性の医療者はどうすべきなのでしょう。イギリスの保健省が述べているように、これまで世界中でHIV陽性の医療者から患者に感染した例は4例のみです。同省が規定しているように抗HIV薬の内服や定期的な検査を実施すれば医療者から患者に感染させる可能性はほぼゼロになるはずです。
HIV、HBV、HCV、(今回は述べませんでしたが)梅毒及びHTLV-1の5つの感染症について、医療者が陽性の場合の勤務の可否について、誰からみてもわかりやすいきっちりとしたガイドラインを日本では厚生労働省がつくるべきです。さもなければ、福岡の解雇された看護師とA病院のような問題がこれからも次々と出てくることになるでしょう。
注1:「佐賀保育所B型肝炎ウイルス(HBV)集団発生事件」について、詳しくは佐賀県の下記ホームページを参照ください。
http://kansen.pref.saga.jp/kisya/kisya/hb/houkoku160805.htm
注2:イギリス政府のウェブサイトに「Modernisation of HIV rules to better protect public」というタイトルで詳しく発表されています。下記URLを参照ください。
https://www.gov.uk/government/news/modernisation-of-hiv-rules-to-better-protect-public
注3:改訂後の「職場におけるエイズ問題に関するガイドラインについて」は厚労省の下記のページで閲覧することができます。
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/05/s0527-3b.html
https://www.jaish.gr.jp/anzen/hor/hombun/hor1-51/hor1-51-11-1-0.htm
注4(2015年2月付記):その後判決が出ました。2014年8月8日、福岡地裁福岡地裁久留米支部はA病院の就労制限を違法と認め、A病院に対し約115万円の支払いを命じました。(日経新聞2014年8月8日) さらにその続きがあります。2015年1月29日、福岡高裁で控訴審判決が下されました。結果は、賠償命令が出たことには変わりがありませんが、支払額が約61万円に減額されました。この理由は「元看護師は勤務先の病院が検査結果を職員間で共有することについて事後承諾していた」とされています。(日経新聞2015年1月29日)
参考:GINAと共に
第65回(2011年11月)「HIV陽性者に対する就職差別」
第80回(2013年2月)「HIV陽性者に対する就職差別 その2」
第86回 なぜ日本では同性婚の議論が起こらないのか(2013年8月)
2013年6月26日、アメリカの歴史に残る判決が同国の連邦最高裁で下されました。この判決により、同性婚者にも異性婚者と平等の権利が保障されることになったのです。
このニュースは日本のマスコミにも取り上げられていましたからご存知の方も多いと思いますが、ここでは少し詳しくみておきたいと思います。まず、アメリカでは州によって同性婚が認められているところとそうでないところがあります。カリフォルニア州は2008年5月に全米で2番目に同性婚が認められるようになりましたが、その後法廷での判決が二転三転していました。(ちなみに全米初の同性婚が認められるようになった州はマサチューセッツ州です)
カリフォルニア州では、法廷闘争がかなりややこしくなっていて、2010年より「同性婚は一応OKだけど新たに同性婚の届出はできない」、といったよく分からない状態が続いていました。6月26日の判決で、ようやく同性婚がきちんとしたかたちで認められることになったのです。連邦最高裁のこの判決を受け、カリフォルニア州のブラウン知事も州の法律改正を発表し、その直後から同性婚のカップルが婚姻届の提出を開始しているそうです。
現在アメリカでは、ワシントンD.C.と(カリフォルニアを入れて)13の州(注1)で同性婚が認められていますが、今後この連邦最高裁の判決の影響で、同性婚を認める州が増えるのではないかと見られています。
アメリカの連邦最高裁で同性婚を認めるという画期的な判決が下されたのは、オバマ大統領が2012年5月に「同性婚を支持する」と発言したことが影響を与えているのはおそらく間違いないでしょう。
私は、オバマ大統領のこの発言を聞いたとき、アメリカ全土で同性婚が認められるようになどなるわけがない、と感じました。なぜならアメリカという国には世界的にみてもかなり保守的な国民性があるからです。国会議員のいくらかが中絶に反対し、国民の何割かがダーウインの進化論を信じない国で、一部の州で認められることがあっても、決して全土では同性婚が認められるはずがない、と考えたのです。
なぜオバマ大統領が「同性婚を支持する」という発言をしたのか、私は、同性愛者(及び同性愛支援者)から寄付金を集めるためではないのか、と疑いました。そして、もしオバマ氏が本当に同性愛者の幸せを望むなら、同性婚ではなく、フランスのPACSのような制度を提唱すべきではないかと思ったのです。(このあたりについては、下記「GINAと共に」を参照ください)
ところが、大統領の発言から1年1ヶ月後の2013年6月、連邦最高裁は、大統領の発言を支持します、と言わんばかりに同性婚を認める判決を下したのです。この判決は、歴史に新たな1ページを刻む判決、と言っていいでしょう。
改めてオバマ大統領のスピーチをみてみると興味深いことがあります。2012年11月7日にオバマ氏は再選の勝利スピーチをしています。「一生懸命に働けば誰にでもチャンスはある」といった感じのことを述べているところで、「あなたが黒人でも白人でもヒスパニックでもアジア人でも、(中略)、ゲイでもストレートでも・・・」、と発言しているのです。
このスピーチ、ちょうど私はこの部分をNHKで見たのですが、大統領の力強い声や手の動きに迫力があり日本人の私も感動させられました。実際、この箇所のすぐあとには割れんばかりの拍手と喝采が巻き起こります。それでも、世間には批判的にみる人もいて、ヒスパニックやゲイなどのマイノリティを味方につけて保守勢力との差をつけたいと考えているからこのようなスピーチをするんだ、という人もいます。実際、オバマ氏が大統領に就任してからメキシコなど中米からアメリカに入国し市民権を得た人が大幅に増えているそうです。そしてヒスパニックの大半がオバマを支持しているという話を聞きます。
私自身は以前のコラムで、オバマ氏を批判するようなことを述べていますから、ここでこのようなことを言うのは憚られるのですが、氏の本当の目的がどのようなものであったとしても、同性婚を認めるという連邦最高裁の判決にはオバマ氏の発言が大きな影響を与えている可能性が強く、結局のところオバマ氏が正しかったのだと今では考えています。
ただし、連邦最高裁で同性婚が認められたからといって、今後すべての州で同性婚が簡単に受け入れられるわけではありません。先に述べたように、アメリカという国は州によってはかなり保守的な色が強いのは間違いありません。今後、同性婚として入籍したいから別の州へ引っ越すという動きが広がるかもしれません。
2012年5月のオバマ大統領の同性婚支持発言、そして11月の再選勝利スピーチでの「ゲイでもストレートでも・・・」という発言は、アメリカ国内のみならず世界中に影響を与えているとみるべきでしょう。
イギリスでは2013年2月に下院で同性婚法案が賛成多数で可決されました。ニュージーランドとウルグアイでは2013年4月に、ブラジルでは2013年5月に同性婚を事実上認めるという決定が下されています。
興味深いのはフランスです。以前のコラムでも紹介しましたように、フランスという国は、世界で最も同性愛者の権利が保証されている国のひとつです。結婚ではなくPACSという制度があり、この制度を利用すれば、事実上配偶者と同じような権利が与えられるのです。私は、「PACSという制度こそが最も現実的に同性愛者の権利を守るためのものであり同性婚という制度にこだわる必要はない」、ということを述べました。
ところが、です。そのフランスも(オバマ氏の影響を受けてなのか)2013年5月18日に同性婚解禁法が成立しています。そして、この後が興味深いと言えます。フランスという国にも、アメリカほどではないと思いますが、一定の割合で保守層がいます。(その保守層と共存するためにもPACSは理想の制度だと私は考えていたのですが・・・)
フランスの同性婚解禁に対し保守層が"攻撃"にでました。法律成立3日後の5月21日、78歳の作家Dominique Venner氏は、ノートルダム寺院で1、500人が見守る中、同性婚合法化への抗議として、なんとピストルで自殺を図ったのです(注2)。5月26日にはパリで同性婚反対派による大規模デモ(主催者発表では40万人)が起こり警察が介入、合計96人の逮捕者が出ています(注3)。5月29日にはフランス初の同性婚カップルが誕生しましたが(注4)、結婚式場に反対派が押しかけ機動隊が式場を警備する事態になったそうです。6月9日には全仏オープン(テニス)の決勝戦で、同性婚合法化の抗議目的で半裸の男が乱入し騒ぎを起こしています(注5)。
これまでの私の人生で知り合ったフランス人というのは、合計で10人にも満たない程度ですが、彼(女)らは革新的な考えの人が多かったように思います。個人主義を徹底し、かつ他人を尊重する、といった感じです。大麻などの薬物に積極的な人もいれば、自分はやらないけど他人が何をやっても気にならないという人もいました。空き缶を捨てるといった地球を汚すことは許さないし、日本人が捕鯨するのはけしからんが、人間にも動物にも地球にも迷惑をかけなければ何をやってもいいんじゃないの、という人もいました。つまり個人主義が徹底しており、(アメリカ人のように)正義の名の下に他人を裁くというような人はいなかったのです。
ですから、同性婚解禁以降のフランス人の行動は私には大変意外なのです。公衆の面前での自殺、機動隊を出動させるほどのデモ、他人の結婚式をつぶす行動、全仏オープン決勝戦での半裸の乱入など、他人の結婚のことでなんでここまでできるのか、それが私には分からないのです。
一方、日本ではどうでしょう。世界中でこれだけ同性婚を巡る議論が繰り広げられているのにもかかわらず、国会で取り上げられる兆しすらありません。マスコミも同様です。アメリカの連邦裁判所の同性婚を認める判決は一応は扱われましたが、他国の同性婚を取り上げることはほとんどありませんし、フランスの一連の抗議活動については私の知る限りまったく報道されていません。
日本という国は、歴史的には同性愛に対してかなり寛容だったと言われることがあります。しかし、現在の日本では職場で同性愛者であることをカムアウトする人はほとんどいませんし、同棲している同性カップルは大勢いますが、多くは(年金を受け取れない、手術の同意書にサインできないなど)社会的不利益を被ったままです。
日本もそろそろ歴史に新しいページを刻む時期に来ているのではないでしょうか・・・。
参考:GINAと共に
第71回(2012年5月)「オバマの同性婚支持とオランドのPACS」
第60回(2011年6月)「同性愛者の社会保障」
第3回(2006年9月)「美しき同性愛」
注1:以下が13の州です。
カリフォルニア州、マサチューセッツ州、コネチカット州、アイオワ州、バーモント州、ニューハンプシャー州、ニューヨーク州、ワシントン州、メイン州、メリーランド州、ロードアイランド州、デラウェア州、ミネソタ州
注2:詳しくは下記のCNNのサイトを参照ください。「Notre-Dame suicide on the altar of same-sex marriage」というタイトルで報道されています。
http://edition.cnn.com/2013/05/23/opinion/opinion-poirier-same-sex-marriage-suicide
注3:イギリスのタブロイド紙『Independent』が詳しく報道しています。映像もあります。タイトルは「France: Huge gay marriage protest turns violent in Paris」です。
http://www.independent.co.uk/news/world/europe/france-huge-gay-marriage-protest-turns-violent-in-paris-8632878.html
注4:『Independent』が報じています。タイトルは「First gay couple wed in France amid tight security after controversial new legislation sparked violent protests」です。
http://www.independent.co.uk/news/world/europe/first-gay-couple-wed-in-france-amid-tight-security-after-controversial-new-legislation-sparked-violent-protests-8635060.html
注5:『Deadspin』というアメリカのスポーツ紙が報道しています。映像もありますが、半裸の男はうつっていません。タイトルは「The Half-Naked French Open Flare Guys Were Protesting Gay Marriage」です。
http://deadspin.com/the-half-naked-french-open-flare-guys-were-protesting-g-512179450
このニュースは日本のマスコミにも取り上げられていましたからご存知の方も多いと思いますが、ここでは少し詳しくみておきたいと思います。まず、アメリカでは州によって同性婚が認められているところとそうでないところがあります。カリフォルニア州は2008年5月に全米で2番目に同性婚が認められるようになりましたが、その後法廷での判決が二転三転していました。(ちなみに全米初の同性婚が認められるようになった州はマサチューセッツ州です)
カリフォルニア州では、法廷闘争がかなりややこしくなっていて、2010年より「同性婚は一応OKだけど新たに同性婚の届出はできない」、といったよく分からない状態が続いていました。6月26日の判決で、ようやく同性婚がきちんとしたかたちで認められることになったのです。連邦最高裁のこの判決を受け、カリフォルニア州のブラウン知事も州の法律改正を発表し、その直後から同性婚のカップルが婚姻届の提出を開始しているそうです。
現在アメリカでは、ワシントンD.C.と(カリフォルニアを入れて)13の州(注1)で同性婚が認められていますが、今後この連邦最高裁の判決の影響で、同性婚を認める州が増えるのではないかと見られています。
アメリカの連邦最高裁で同性婚を認めるという画期的な判決が下されたのは、オバマ大統領が2012年5月に「同性婚を支持する」と発言したことが影響を与えているのはおそらく間違いないでしょう。
私は、オバマ大統領のこの発言を聞いたとき、アメリカ全土で同性婚が認められるようになどなるわけがない、と感じました。なぜならアメリカという国には世界的にみてもかなり保守的な国民性があるからです。国会議員のいくらかが中絶に反対し、国民の何割かがダーウインの進化論を信じない国で、一部の州で認められることがあっても、決して全土では同性婚が認められるはずがない、と考えたのです。
なぜオバマ大統領が「同性婚を支持する」という発言をしたのか、私は、同性愛者(及び同性愛支援者)から寄付金を集めるためではないのか、と疑いました。そして、もしオバマ氏が本当に同性愛者の幸せを望むなら、同性婚ではなく、フランスのPACSのような制度を提唱すべきではないかと思ったのです。(このあたりについては、下記「GINAと共に」を参照ください)
ところが、大統領の発言から1年1ヶ月後の2013年6月、連邦最高裁は、大統領の発言を支持します、と言わんばかりに同性婚を認める判決を下したのです。この判決は、歴史に新たな1ページを刻む判決、と言っていいでしょう。
改めてオバマ大統領のスピーチをみてみると興味深いことがあります。2012年11月7日にオバマ氏は再選の勝利スピーチをしています。「一生懸命に働けば誰にでもチャンスはある」といった感じのことを述べているところで、「あなたが黒人でも白人でもヒスパニックでもアジア人でも、(中略)、ゲイでもストレートでも・・・」、と発言しているのです。
このスピーチ、ちょうど私はこの部分をNHKで見たのですが、大統領の力強い声や手の動きに迫力があり日本人の私も感動させられました。実際、この箇所のすぐあとには割れんばかりの拍手と喝采が巻き起こります。それでも、世間には批判的にみる人もいて、ヒスパニックやゲイなどのマイノリティを味方につけて保守勢力との差をつけたいと考えているからこのようなスピーチをするんだ、という人もいます。実際、オバマ氏が大統領に就任してからメキシコなど中米からアメリカに入国し市民権を得た人が大幅に増えているそうです。そしてヒスパニックの大半がオバマを支持しているという話を聞きます。
私自身は以前のコラムで、オバマ氏を批判するようなことを述べていますから、ここでこのようなことを言うのは憚られるのですが、氏の本当の目的がどのようなものであったとしても、同性婚を認めるという連邦最高裁の判決にはオバマ氏の発言が大きな影響を与えている可能性が強く、結局のところオバマ氏が正しかったのだと今では考えています。
ただし、連邦最高裁で同性婚が認められたからといって、今後すべての州で同性婚が簡単に受け入れられるわけではありません。先に述べたように、アメリカという国は州によってはかなり保守的な色が強いのは間違いありません。今後、同性婚として入籍したいから別の州へ引っ越すという動きが広がるかもしれません。
2012年5月のオバマ大統領の同性婚支持発言、そして11月の再選勝利スピーチでの「ゲイでもストレートでも・・・」という発言は、アメリカ国内のみならず世界中に影響を与えているとみるべきでしょう。
イギリスでは2013年2月に下院で同性婚法案が賛成多数で可決されました。ニュージーランドとウルグアイでは2013年4月に、ブラジルでは2013年5月に同性婚を事実上認めるという決定が下されています。
興味深いのはフランスです。以前のコラムでも紹介しましたように、フランスという国は、世界で最も同性愛者の権利が保証されている国のひとつです。結婚ではなくPACSという制度があり、この制度を利用すれば、事実上配偶者と同じような権利が与えられるのです。私は、「PACSという制度こそが最も現実的に同性愛者の権利を守るためのものであり同性婚という制度にこだわる必要はない」、ということを述べました。
ところが、です。そのフランスも(オバマ氏の影響を受けてなのか)2013年5月18日に同性婚解禁法が成立しています。そして、この後が興味深いと言えます。フランスという国にも、アメリカほどではないと思いますが、一定の割合で保守層がいます。(その保守層と共存するためにもPACSは理想の制度だと私は考えていたのですが・・・)
フランスの同性婚解禁に対し保守層が"攻撃"にでました。法律成立3日後の5月21日、78歳の作家Dominique Venner氏は、ノートルダム寺院で1、500人が見守る中、同性婚合法化への抗議として、なんとピストルで自殺を図ったのです(注2)。5月26日にはパリで同性婚反対派による大規模デモ(主催者発表では40万人)が起こり警察が介入、合計96人の逮捕者が出ています(注3)。5月29日にはフランス初の同性婚カップルが誕生しましたが(注4)、結婚式場に反対派が押しかけ機動隊が式場を警備する事態になったそうです。6月9日には全仏オープン(テニス)の決勝戦で、同性婚合法化の抗議目的で半裸の男が乱入し騒ぎを起こしています(注5)。
これまでの私の人生で知り合ったフランス人というのは、合計で10人にも満たない程度ですが、彼(女)らは革新的な考えの人が多かったように思います。個人主義を徹底し、かつ他人を尊重する、といった感じです。大麻などの薬物に積極的な人もいれば、自分はやらないけど他人が何をやっても気にならないという人もいました。空き缶を捨てるといった地球を汚すことは許さないし、日本人が捕鯨するのはけしからんが、人間にも動物にも地球にも迷惑をかけなければ何をやってもいいんじゃないの、という人もいました。つまり個人主義が徹底しており、(アメリカ人のように)正義の名の下に他人を裁くというような人はいなかったのです。
ですから、同性婚解禁以降のフランス人の行動は私には大変意外なのです。公衆の面前での自殺、機動隊を出動させるほどのデモ、他人の結婚式をつぶす行動、全仏オープン決勝戦での半裸の乱入など、他人の結婚のことでなんでここまでできるのか、それが私には分からないのです。
一方、日本ではどうでしょう。世界中でこれだけ同性婚を巡る議論が繰り広げられているのにもかかわらず、国会で取り上げられる兆しすらありません。マスコミも同様です。アメリカの連邦裁判所の同性婚を認める判決は一応は扱われましたが、他国の同性婚を取り上げることはほとんどありませんし、フランスの一連の抗議活動については私の知る限りまったく報道されていません。
日本という国は、歴史的には同性愛に対してかなり寛容だったと言われることがあります。しかし、現在の日本では職場で同性愛者であることをカムアウトする人はほとんどいませんし、同棲している同性カップルは大勢いますが、多くは(年金を受け取れない、手術の同意書にサインできないなど)社会的不利益を被ったままです。
日本もそろそろ歴史に新しいページを刻む時期に来ているのではないでしょうか・・・。
参考:GINAと共に
第71回(2012年5月)「オバマの同性婚支持とオランドのPACS」
第60回(2011年6月)「同性愛者の社会保障」
第3回(2006年9月)「美しき同性愛」
注1:以下が13の州です。
カリフォルニア州、マサチューセッツ州、コネチカット州、アイオワ州、バーモント州、ニューハンプシャー州、ニューヨーク州、ワシントン州、メイン州、メリーランド州、ロードアイランド州、デラウェア州、ミネソタ州
注2:詳しくは下記のCNNのサイトを参照ください。「Notre-Dame suicide on the altar of same-sex marriage」というタイトルで報道されています。
http://edition.cnn.com/2013/05/23/opinion/opinion-poirier-same-sex-marriage-suicide
注3:イギリスのタブロイド紙『Independent』が詳しく報道しています。映像もあります。タイトルは「France: Huge gay marriage protest turns violent in Paris」です。
http://www.independent.co.uk/news/world/europe/france-huge-gay-marriage-protest-turns-violent-in-paris-8632878.html
注4:『Independent』が報じています。タイトルは「First gay couple wed in France amid tight security after controversial new legislation sparked violent protests」です。
http://www.independent.co.uk/news/world/europe/first-gay-couple-wed-in-france-amid-tight-security-after-controversial-new-legislation-sparked-violent-protests-8635060.html
注5:『Deadspin』というアメリカのスポーツ紙が報道しています。映像もありますが、半裸の男はうつっていません。タイトルは「The Half-Naked French Open Flare Guys Were Protesting Gay Marriage」です。
http://deadspin.com/the-half-naked-french-open-flare-guys-were-protesting-g-512179450
第85回 橋下市長の発言に対して誰も言わないこと(後編)(2013年7月)
参議院選挙(2013年7月21日実施)も終わり、「維新の会」の議席が増えなかったことが小さく報道されることを除けば、大阪市の橋下市長の話題はあまり取り上げられなくなってきました。2ヶ月前には、世界中のマスコミで大きく取り上げられ国際問題にも発展しかけた氏の問題発言も、すでに忘れ去られつつあるのかもしれません。
前回も指摘したように、橋下市長の一連の問題発言に対し、マスコミだけでなく、世界中の識者がコメントを発しました。ここでそれらを振り返ることはしませんが、私が言いたかったことは2つです。ひとつは前回述べたように、橋下市長は「集団でおこなう破廉恥な行為をあまりにも当然のことのように考えていないか」、ということです。慰安所や集団買春、性風俗などを「あって然るべき」のように発言する氏に、私は強い違和感を覚えます。
私は「売買春」や「性風俗」を直ちに全面的に廃止せよ、と言っているわけではありません。こういったものがない世界は理想ではあるでしょうが、現実的にはありえないからです。売春が「世界最古の職業(the world's oldest profession)」などと堂々と発言し必要性を訴える人に対しては嫌悪感を覚えますが、古今東西どこの世界にいっても売買春が存在することは認めます。北朝鮮は世界で唯一ヤクザやマフィアが存在しない地域と言われることがありますが、その北朝鮮でさえ売買春は存在すると聞きます。
売買春や性風俗というものは、あるべきでないのは自明ですが、だからといって「存在しないものとみなす」のはもっと問題です。なぜなら、<臭いものに蓋をする>というやり方では必ずしっぺ返しをくらうからです。この場合の「しっぺ返し」とは、例えば、売買春以上の事件、端的に言えば殺人や人身売買が闇でおこなわれるのを見逃す、いったことです。
では、現実的にはどのように対処すべきかというと、ほとんどのヨーロッパの国のように、組織売春は違法だが個人売春は合法とするというのはひとつの方法でしょうし、オランダのように娼婦(sex worker)を公娼のようにみなし、決められた場所のみで売買がおこなわれる、とするのもひとつでしょう。
日本の法律がわかりにくいのは、風俗店や遊廓のように明らかに性的サービスがおこなわれているところがあり、それが売買春なのは自明であるにもかかわらず、取り締まられるわけでもなく公然と存在しているからです。これに対し、以前ある人から「腟交渉は売買春になるけれど、オーラルセックスやアナルセックスは<法的には>売買春にはならない」という話を聞いたことがあります。
しかし、この理屈に納得できる人はどれだけいるのでしょう。性的サービスを受けて射精にいたれば(いたらなくても)、それが腟を使おうが肛門や口を使おうが変わりないではないか、と思うのが普通の感覚ではないでしょうか。世界中の法律を調べたわけではありませんが、腟交渉とオーラルセックス・アナルセックスを法的に区別している国はおそらく存在しないでしょう。
もしも本当に、オーラルセックス・アナルセックスが合法で腟交渉が違法なのであれば、私は日本人の法律や規則の言葉の解釈の仕方に問題があると思います。憲法9条はその最たる例かもしれませんが、日本人の言語の解釈の仕方は国際的には理解されません。
憲法9条についてはいろいろと議論があるので立ち入ることを避け、もう少しわかりやすい例を出したいと思います。1946年の国際捕鯨取締条約では、食用の捕鯨は禁止されていますが、科学調査目的の捕鯨は認められています。日本はこの条約を都合のいいように解釈して、捕鯨を繰り返し、実際には鯨肉を販売し消費者は食べています。(誤解のないように言っておくと、私は捕鯨に反対しているわけではありません) オーストラリアが主張するように、日本が科学調査目的と言い張るならキャッチ&リリースすべきですし、食用として捕鯨したいなら、「漁民の生活のために一定の捕獲を認めてほしい」と言えばいいわけです(アイスランドは昔からそう言っています)。
話を戻しましょう。日本の遊廓や性風俗店というものが、法的にどのような位置づけになるのかが非常に曖昧であり、これが日本の売買春の諸問題を分かりにくくしているのです。
さて、ここからが今回の本題です。その曖昧な存在の遊廓のなかでも日本を代表するのが大阪市西成区の「飛田新地」です。そして、その飛田新地の顧問弁護士を橋下市長が以前担っていたそうです。
2013年5月におこなわれた記者団に対する会見で、橋下氏はそのことについて質問され、なんと次のように返答したというのです。
「それ(飛田新地)は料理組合、(中略)、料理組合自体は違法ではありません・・・」
この返答に対し、その場にいた記者のひとりが「飛田で買春できることは、大阪のちょっとませた中学生なら誰でも知っている。そんな詭弁を弄してひとりの政治家として恥ずかしくないのか!」と発言したそうです。すると橋下氏は「日本において違法なことがあれば、捜査機関が適正に処罰する。料理組合自体は違法でもない」、「違法なことであれば、捜査機関が行って逮捕されます。以上です」、と言ってこの話題を断ち切ったそうです。
私にとって橋下氏の今回の一連の発言で最もショックだったのがこの言葉です。売買春はあるべきではありませんが、古今東西どこの世界にいっても存在するものです。そして、春を鬻いでいる女性が脆弱な存在であり、いくつもの危険に晒されているのは明らかです。
そして橋下氏は政治家であり弁護士です。ならば、「いくつもの危険に晒されている人たちを法的に守るのが僕の仕事でした」と言うべきではなかったでしょうか。もちろん、法律で取り締まられるべき行為(売春)があるなら、それは法で裁かれなければなりません。しかし、犯罪者や被疑者、容疑者も弁護士をつけて弁護される権利があります。ですから、飛田新地でおこなわれていることが犯罪なら、犯罪者の弁護士として任務を遂行すればいいわけですし、逆に飛田で働く人たちが不当な搾取にあったり、暴力事件の被害者になったりするのであれば、そのときは被害者の弁護人として弁護をすればいいわけです。
私はタイのエイズ施設で、元売春婦の人たちをたくさんみてきました。彼女たち(なかには男性もいます)が、いかに不当な搾取にあい、暴力の被害にあい、そしてHIVを感染させられたかをこれまでさんざん聞いてきました。例外があることも認めますが、彼女(彼)たちの多くは、好き好んでそのような職業を選択したわけではありません。そして、これは日本でも同様でしょう。
私が個人的に橋下氏に興味をもったのは、例の「集団買春はODA発言」の直後に潔くテレビ番組を降板したというニュースをみたときです。そして、橋下氏について調べているときに、飛田新地の顧問弁護士に従事していたことを知りました。私はそのとき、「きっとこの人は弱者の味方に違いない」と感じました。
もうひとつ、私が「橋下氏は弱者の味方に違いない」と思った出来事があります。それは、『週刊朝日』に掲載された、橋下氏の出生に関する内容、つまり橋下氏が被差別部落出身であることを暴露した記事(注1)に対し、氏が毅然とした態度で朝日新聞社に抗議したことです。私は橋下市長が掲げる政策のすべてに賛同しているわけではありませんが、それはさておき、この「週刊朝日事件」を知ったときに橋下氏を応援したくなりました。そして、そのような境遇で育ち逆境にくじけずに市長にまでなった氏は、きっと弱者の味方に違いない、と思い込んだのです。
しかし、それはどうやら私の思い込みに過ぎなかったようです・・・。
政治家には強いリーダーシップが必要であり、大阪市長なら、今大阪市にとって最も重要なことは何か、という観点から、あるべき大阪市の未来について語らなければなりません。ですから「弱者を守る」ということは、私にとっては大切なことに見えますが、市長としてはそれを第一義的に語る必要はありません。氏が理想と考えている大阪市の将来のビジョンを重要なことから大阪市民に示してくれればまずはそれでいいわけです。
けれども、市長にとって優先順位は高くないとしても、春を鬻がなければならないセックス・ワーカーたちが今も大阪にも存在しているということ、あるいは被差別部落に関する諸問題がすべて解決されているわけではないということについても、目を向けることを忘れないでほしいと切に願います・・・。
注1:私自身は『週刊朝日』のこの記事を直接は読んでいないのですが、似たようなことが書かれていたと報道された『新潮45』、『週間新潮』、『週刊文春』はすべて読んでいました。私は、被差別部落を具体的な地名を出して記事にするということに大変驚いた(80~90年代なら考えられないことです)こと以外に、これらの記事でショックを受けたことが2つあります。
ひとつは『週刊朝日』の記事を書いたのがノンフィクション作家の佐野眞一氏ということです。佐野氏の作品は取材力がすばらしく、例えば 『東電OL殺人事件』は歴史に残る名著と言っていいでしょう。この本がなければ、無実の罪で15年もの歳月を刑務所で過ごさなければならなかったネパール人のゴビンダさんは今も獄中にいたかもしれない、と私は思っています。その佐野氏が(後述する)上原善広氏の『新潮45』とほとんど同じ内容のオリジナリティがまるでないような記事を書いたそうで、私にとっては、内容が橋下氏の出生を暴露するという無意味なものであったことと合わせて二重に残念でした。
もうひとつは、上原善広氏が『新潮45』2011年11月号で「最も危険な政治家」というタイトルで橋下氏の出生を暴いたことです。佐野眞一氏もそうですが、私は個人的にこの上原善広というノンフィクション作家を高く評価しています。代表作である『日本の路地を旅する』(2010年大宅壮一ノンフィクション賞受賞作)は大変衝撃的な名著です。自身が被差別部落出身であることを堂々と語り、なおかつ実兄が性犯罪の加害者であることもカムアウトしているのです。その上原氏が橋下市長の出生についてこのような記事を書いたことが残念というか、私がこれを読んだときの第一印象は「自分が被差別部落出身だからといって部落問題について何を書いても許されるわけではないぞ!」というものです。
前回も指摘したように、橋下市長の一連の問題発言に対し、マスコミだけでなく、世界中の識者がコメントを発しました。ここでそれらを振り返ることはしませんが、私が言いたかったことは2つです。ひとつは前回述べたように、橋下市長は「集団でおこなう破廉恥な行為をあまりにも当然のことのように考えていないか」、ということです。慰安所や集団買春、性風俗などを「あって然るべき」のように発言する氏に、私は強い違和感を覚えます。
私は「売買春」や「性風俗」を直ちに全面的に廃止せよ、と言っているわけではありません。こういったものがない世界は理想ではあるでしょうが、現実的にはありえないからです。売春が「世界最古の職業(the world's oldest profession)」などと堂々と発言し必要性を訴える人に対しては嫌悪感を覚えますが、古今東西どこの世界にいっても売買春が存在することは認めます。北朝鮮は世界で唯一ヤクザやマフィアが存在しない地域と言われることがありますが、その北朝鮮でさえ売買春は存在すると聞きます。
売買春や性風俗というものは、あるべきでないのは自明ですが、だからといって「存在しないものとみなす」のはもっと問題です。なぜなら、<臭いものに蓋をする>というやり方では必ずしっぺ返しをくらうからです。この場合の「しっぺ返し」とは、例えば、売買春以上の事件、端的に言えば殺人や人身売買が闇でおこなわれるのを見逃す、いったことです。
では、現実的にはどのように対処すべきかというと、ほとんどのヨーロッパの国のように、組織売春は違法だが個人売春は合法とするというのはひとつの方法でしょうし、オランダのように娼婦(sex worker)を公娼のようにみなし、決められた場所のみで売買がおこなわれる、とするのもひとつでしょう。
日本の法律がわかりにくいのは、風俗店や遊廓のように明らかに性的サービスがおこなわれているところがあり、それが売買春なのは自明であるにもかかわらず、取り締まられるわけでもなく公然と存在しているからです。これに対し、以前ある人から「腟交渉は売買春になるけれど、オーラルセックスやアナルセックスは<法的には>売買春にはならない」という話を聞いたことがあります。
しかし、この理屈に納得できる人はどれだけいるのでしょう。性的サービスを受けて射精にいたれば(いたらなくても)、それが腟を使おうが肛門や口を使おうが変わりないではないか、と思うのが普通の感覚ではないでしょうか。世界中の法律を調べたわけではありませんが、腟交渉とオーラルセックス・アナルセックスを法的に区別している国はおそらく存在しないでしょう。
もしも本当に、オーラルセックス・アナルセックスが合法で腟交渉が違法なのであれば、私は日本人の法律や規則の言葉の解釈の仕方に問題があると思います。憲法9条はその最たる例かもしれませんが、日本人の言語の解釈の仕方は国際的には理解されません。
憲法9条についてはいろいろと議論があるので立ち入ることを避け、もう少しわかりやすい例を出したいと思います。1946年の国際捕鯨取締条約では、食用の捕鯨は禁止されていますが、科学調査目的の捕鯨は認められています。日本はこの条約を都合のいいように解釈して、捕鯨を繰り返し、実際には鯨肉を販売し消費者は食べています。(誤解のないように言っておくと、私は捕鯨に反対しているわけではありません) オーストラリアが主張するように、日本が科学調査目的と言い張るならキャッチ&リリースすべきですし、食用として捕鯨したいなら、「漁民の生活のために一定の捕獲を認めてほしい」と言えばいいわけです(アイスランドは昔からそう言っています)。
話を戻しましょう。日本の遊廓や性風俗店というものが、法的にどのような位置づけになるのかが非常に曖昧であり、これが日本の売買春の諸問題を分かりにくくしているのです。
さて、ここからが今回の本題です。その曖昧な存在の遊廓のなかでも日本を代表するのが大阪市西成区の「飛田新地」です。そして、その飛田新地の顧問弁護士を橋下市長が以前担っていたそうです。
2013年5月におこなわれた記者団に対する会見で、橋下氏はそのことについて質問され、なんと次のように返答したというのです。
「それ(飛田新地)は料理組合、(中略)、料理組合自体は違法ではありません・・・」
この返答に対し、その場にいた記者のひとりが「飛田で買春できることは、大阪のちょっとませた中学生なら誰でも知っている。そんな詭弁を弄してひとりの政治家として恥ずかしくないのか!」と発言したそうです。すると橋下氏は「日本において違法なことがあれば、捜査機関が適正に処罰する。料理組合自体は違法でもない」、「違法なことであれば、捜査機関が行って逮捕されます。以上です」、と言ってこの話題を断ち切ったそうです。
私にとって橋下氏の今回の一連の発言で最もショックだったのがこの言葉です。売買春はあるべきではありませんが、古今東西どこの世界にいっても存在するものです。そして、春を鬻いでいる女性が脆弱な存在であり、いくつもの危険に晒されているのは明らかです。
そして橋下氏は政治家であり弁護士です。ならば、「いくつもの危険に晒されている人たちを法的に守るのが僕の仕事でした」と言うべきではなかったでしょうか。もちろん、法律で取り締まられるべき行為(売春)があるなら、それは法で裁かれなければなりません。しかし、犯罪者や被疑者、容疑者も弁護士をつけて弁護される権利があります。ですから、飛田新地でおこなわれていることが犯罪なら、犯罪者の弁護士として任務を遂行すればいいわけですし、逆に飛田で働く人たちが不当な搾取にあったり、暴力事件の被害者になったりするのであれば、そのときは被害者の弁護人として弁護をすればいいわけです。
私はタイのエイズ施設で、元売春婦の人たちをたくさんみてきました。彼女たち(なかには男性もいます)が、いかに不当な搾取にあい、暴力の被害にあい、そしてHIVを感染させられたかをこれまでさんざん聞いてきました。例外があることも認めますが、彼女(彼)たちの多くは、好き好んでそのような職業を選択したわけではありません。そして、これは日本でも同様でしょう。
私が個人的に橋下氏に興味をもったのは、例の「集団買春はODA発言」の直後に潔くテレビ番組を降板したというニュースをみたときです。そして、橋下氏について調べているときに、飛田新地の顧問弁護士に従事していたことを知りました。私はそのとき、「きっとこの人は弱者の味方に違いない」と感じました。
もうひとつ、私が「橋下氏は弱者の味方に違いない」と思った出来事があります。それは、『週刊朝日』に掲載された、橋下氏の出生に関する内容、つまり橋下氏が被差別部落出身であることを暴露した記事(注1)に対し、氏が毅然とした態度で朝日新聞社に抗議したことです。私は橋下市長が掲げる政策のすべてに賛同しているわけではありませんが、それはさておき、この「週刊朝日事件」を知ったときに橋下氏を応援したくなりました。そして、そのような境遇で育ち逆境にくじけずに市長にまでなった氏は、きっと弱者の味方に違いない、と思い込んだのです。
しかし、それはどうやら私の思い込みに過ぎなかったようです・・・。
政治家には強いリーダーシップが必要であり、大阪市長なら、今大阪市にとって最も重要なことは何か、という観点から、あるべき大阪市の未来について語らなければなりません。ですから「弱者を守る」ということは、私にとっては大切なことに見えますが、市長としてはそれを第一義的に語る必要はありません。氏が理想と考えている大阪市の将来のビジョンを重要なことから大阪市民に示してくれればまずはそれでいいわけです。
けれども、市長にとって優先順位は高くないとしても、春を鬻がなければならないセックス・ワーカーたちが今も大阪にも存在しているということ、あるいは被差別部落に関する諸問題がすべて解決されているわけではないということについても、目を向けることを忘れないでほしいと切に願います・・・。
注1:私自身は『週刊朝日』のこの記事を直接は読んでいないのですが、似たようなことが書かれていたと報道された『新潮45』、『週間新潮』、『週刊文春』はすべて読んでいました。私は、被差別部落を具体的な地名を出して記事にするということに大変驚いた(80~90年代なら考えられないことです)こと以外に、これらの記事でショックを受けたことが2つあります。
ひとつは『週刊朝日』の記事を書いたのがノンフィクション作家の佐野眞一氏ということです。佐野氏の作品は取材力がすばらしく、例えば 『東電OL殺人事件』は歴史に残る名著と言っていいでしょう。この本がなければ、無実の罪で15年もの歳月を刑務所で過ごさなければならなかったネパール人のゴビンダさんは今も獄中にいたかもしれない、と私は思っています。その佐野氏が(後述する)上原善広氏の『新潮45』とほとんど同じ内容のオリジナリティがまるでないような記事を書いたそうで、私にとっては、内容が橋下氏の出生を暴露するという無意味なものであったことと合わせて二重に残念でした。
もうひとつは、上原善広氏が『新潮45』2011年11月号で「最も危険な政治家」というタイトルで橋下氏の出生を暴いたことです。佐野眞一氏もそうですが、私は個人的にこの上原善広というノンフィクション作家を高く評価しています。代表作である『日本の路地を旅する』(2010年大宅壮一ノンフィクション賞受賞作)は大変衝撃的な名著です。自身が被差別部落出身であることを堂々と語り、なおかつ実兄が性犯罪の加害者であることもカムアウトしているのです。その上原氏が橋下市長の出生についてこのような記事を書いたことが残念というか、私がこれを読んだときの第一印象は「自分が被差別部落出身だからといって部落問題について何を書いても許されるわけではないぞ!」というものです。