GINAと共に
第94回 『ダラス・バイヤーズクラブ』と抗HIV薬の歴史 2014年4月号
世界中の医療者に「過去四半世紀でもっとも進歩した薬は?」と尋ねれば、最も多い答えが「抗HIV薬」となるでしょう。薬剤の過去25年間の経緯をみてみると、スタチンを初めとする生活習慣病のすぐれた薬剤の普及があり、すぐれた抗ガン剤が使われるようになり、最近では分子標的薬と呼ばれる画期的なガン治療薬も注目をあびています。認知症の薬が登場しましたし、骨粗鬆症の治療も随分おこないやすくなりました。以前は打つ手がなかったリウマチなどの自己免疫疾患に対しても生物学的製剤が普及したことで患者さんのQOLが大きく改善したのは間違いありません。
しかし、すべての疾患を見渡したとき、過去四半世紀の薬の歴史のなかで抗HIV薬の発展ほどめざましいものは他に見当たりません。
80年代前半に急増したHIVは当初治療薬がまったくなく「死に至る病」でした。当初は男性同性愛者と薬物常用者(注射針の使い回し)に限定されていましたが、その後母子感染や男女間の性交渉でも感染するケースが急増し、一時は「エイズが世界を滅ぼす」とまで言われていました。これは何も悲観的な観測ではなく、冷静に分析したとしても、このまま治療薬が現れず予防措置が取られなければ数十年後には世界の人口が半減することも充分に考えられたのです。
そんななか、当初は抗ガン剤として開発されていたAZT(アジドチミジン、別名をZDV、またはジドブジンとも呼びます)に抗HIV作用があることが発見され(ちなみにこれを発見したのは元熊本大学医学部教授(現在国立国際医療研究センター臨床研究センター長)の満屋裕明氏です)、1987年に世界初の抗HIV薬として米国で処方がおこなわれるようになりました。日本は新薬の承認が世界に遅れがちですがAZTに関しては米国と同様1987年に処方が開始されています。
世界初の抗HIV薬ということで当時はマスコミもこぞってこのAZTという薬を取り上げていました。これでエイズの恐怖から解放されるかという期待が大きかったのですが、発売からそれほど時間がたっていない頃から、すべての人に効くわけではないこと、副作用で続けられない人がいること、最初は効いていてもそのうちに耐性ができて効かなくなることも多いこと、などが取り上げられるようになっていきました。
しかし、HIVの治療に成功すれば、世界の何十億という人の命を救うことができますし、巨額の富を手にすることもできるわけです。世界中の製薬会社が色めきたってAZTに続く抗HIV薬の開発に力を入れることになります。そしてその結果、様々な有効な抗HIV薬が登場し、それらを組み合わせることで耐性をおこりにくくすることにも成功し、その後のさらなる発展で、1日1回1錠のみでコントロールできる薬まで登場したのです。
と、ここまでが私が最近まで認識していた抗HIV薬の歴史なのですが、実情はこれほど単純な話でもないようです。製薬会社が使命と金銭的魅力から開発に積極的になった、というそれだけの話ではなく、開発や普及には患者側の強い社会活動及び社会運動があった、ということを私は最近ある映画を観て初めて知りました。
その映画とは『ダラス・バイヤーズクラブ』です。これはHIV陽性のある男性患者が抗HIV薬を密輸し密売する話なのですが実話に基づいているそうです。あらすじを簡単に紹介しておくと次のようになります。(ただし映画の話を詳しく書きすぎると「ネタバレ」とレッテルを貼られ一部の人から非難されるようですので、おおまかな流れだけを紹介しておきます。それでも「先に映画を観たい」という人は次のパラグラフはとばしてください)
マシュー・マコノヒー演じる主人公のロン・ウッドルーフは実在した人物。1985年ダラス、仕事中の事故で救急搬送されそこでHIV陽性であることが判明します。「余命30日」と宣告され最初はそれに反発しますがやがて感染したことを受け入れます。当時有効な薬はありませんでしたがAZTという新薬が治験中であることを知り不正な方法で入手します。しかしそれができなくなったために国境を越えてメキシコの医師を訪ねます。そこですぐれた抗HIV薬があることを知りますが米国では承認されていないことから密輸を試みます。そして自分が助かるだけでなく他人も助けるために(というより金儲けのために)「ダラス・バイヤーズクラブ」(以下DBC)という会員制のクラブをつくり会費を払った患者に薬を支給します。これが大盛況で連日DBCには行列ができます。薬の種類を広げるためにロンは世界各国に薬の買い付けに出かけ密輸を重ねていきます。映画では日本も登場します。ロンに大金を積まれた日本の悪徳医師は不正にインターフェロンを横流しします。(インターフェロンがHIVに効くわけではないのですが当時は有効である可能性が指摘されていたのです) DBCは有名になり多くの患者さんに喜ばれていましたが違法行為であることには変わりありません。そこで司法が介入することになります・・・。
と、あらすじはこんな感じです。この映画の前半では抗HIV薬のことよりも、当時のHIVの社会状況の描かれ方が興味深いと思います。冒頭のシーンで、主人公のロンが、新聞に載っていたあるゲイの有名人がエイズで死亡したニュースについて差別的なコメントをします。当時のアメリカ(というよりは世界中)ではエイズとは「ゲイの病」だったのです。そして少なくとも当時はゲイとは「差別される対象」だったのです。ロンはストレートであり、かつゲイフォビア(ゲイを差別する人)です。
ロンは感染の事実を周囲の男友達に伝えるのですが、「お前はゲイだったのか」となじられ、男友達から嫌がらせを受けるようになります。80年代のこの当時、ゲイは社会的に相当生きにくい世の中であったことが分かります。(ちなみに2014年4月現在、アメリカでは18の州と地域(ワシントンD.C.)で同性婚が認められていますが、ダラスのあるテキサス州では今も認められていません)
ロンは電気技師であり、HIVの宣告を受けてすぐに図書館で医学論文を検索していることからも知的レベルは低くないことが分かります。ドラッグには耽溺していますが針の使い回しはしていません。(映画ではアルコールとタバコに加え、コカインを吸入するシーンが登場します。ちなみにマシュー・マコノヒー自身はマリファナ所持で逮捕歴があります) 注射針の痕がある女性(セックスワーカー)とセックスをしている回想シーンがでてきますから、おそらくロンはその女性から感染したのでしょう。
映画ではAZTの製薬会社や治験をおこなっている病院が「悪」のように描かれていますが、余命30日と宣告されたロンがメキシコに渡航するまでの数ヶ月生き延びたのはAZTのおかげです。一方で、ロンがメキシコから密輸したddCやペプチドTが「副作用のないすぐれた薬」であるかのように扱われていますから、ここは制作の仕方に偏りがあると言わざるを得ません。ロンが税関で薬について尋問を受けるシーンでは、あるときは神父になりすまし、あるときは医師の演技をするわけですが、密輸がこんなに簡単にできてしまうということが信じられません。またロンの主治医の女医がロンから影響を受け、個人的に食事を共にしたりDBCのチラシを病院に置いたりして病院を解雇されるのですが、医師がこのような行為にでるとは到底思えません。この映画は「実話に基づいて」とされていますが、どこまで実話に近いのか疑問が残ります。
とはいえ、私はこの映画を批判したいわけではありません。ロンのつくった密売組織DBCは違法ではあるものの、こういった組織の社会的な影響があったからこそ、アメリカでは海外の抗HIV薬の輸入販売が促進されたのは事実でしょうし、患者が薬剤を使う権利が注目されるようになったのも間違いないでしょう。そして、このようなアメリカの動きが世界中のHIV陽性者に希望を与えることにつながったのです。ということは、元ゲイフォビアでドラッグジャンキーのロン・ウッドルーフというひとりの無法者が、世界中のHIV陽性者に間接的に希望を与えたともいえるわけです。つまり、道徳観念がまるでない自らの欲望にしか興味のない男が、ある意味では抗HIV薬の歴史に登場すべき人物、と言えなくもないのです。
『ダラス・バイヤーズクラブ』は単館系の映画館での上映であり、ハリウッド映画のように、観た者全員が感動に包まれる、というようなタイプの映画ではありません。主人公のロンには共感できる部分も多いものの、最後まで反道徳的な側面を残していますし、その反道徳的な一面はマフィア映画ややくざ映画で描かれる仁義や任侠とは質の異なるものです。
それでも一見の価値ある映画だと私は感じました。
しかし、すべての疾患を見渡したとき、過去四半世紀の薬の歴史のなかで抗HIV薬の発展ほどめざましいものは他に見当たりません。
80年代前半に急増したHIVは当初治療薬がまったくなく「死に至る病」でした。当初は男性同性愛者と薬物常用者(注射針の使い回し)に限定されていましたが、その後母子感染や男女間の性交渉でも感染するケースが急増し、一時は「エイズが世界を滅ぼす」とまで言われていました。これは何も悲観的な観測ではなく、冷静に分析したとしても、このまま治療薬が現れず予防措置が取られなければ数十年後には世界の人口が半減することも充分に考えられたのです。
そんななか、当初は抗ガン剤として開発されていたAZT(アジドチミジン、別名をZDV、またはジドブジンとも呼びます)に抗HIV作用があることが発見され(ちなみにこれを発見したのは元熊本大学医学部教授(現在国立国際医療研究センター臨床研究センター長)の満屋裕明氏です)、1987年に世界初の抗HIV薬として米国で処方がおこなわれるようになりました。日本は新薬の承認が世界に遅れがちですがAZTに関しては米国と同様1987年に処方が開始されています。
世界初の抗HIV薬ということで当時はマスコミもこぞってこのAZTという薬を取り上げていました。これでエイズの恐怖から解放されるかという期待が大きかったのですが、発売からそれほど時間がたっていない頃から、すべての人に効くわけではないこと、副作用で続けられない人がいること、最初は効いていてもそのうちに耐性ができて効かなくなることも多いこと、などが取り上げられるようになっていきました。
しかし、HIVの治療に成功すれば、世界の何十億という人の命を救うことができますし、巨額の富を手にすることもできるわけです。世界中の製薬会社が色めきたってAZTに続く抗HIV薬の開発に力を入れることになります。そしてその結果、様々な有効な抗HIV薬が登場し、それらを組み合わせることで耐性をおこりにくくすることにも成功し、その後のさらなる発展で、1日1回1錠のみでコントロールできる薬まで登場したのです。
と、ここまでが私が最近まで認識していた抗HIV薬の歴史なのですが、実情はこれほど単純な話でもないようです。製薬会社が使命と金銭的魅力から開発に積極的になった、というそれだけの話ではなく、開発や普及には患者側の強い社会活動及び社会運動があった、ということを私は最近ある映画を観て初めて知りました。
その映画とは『ダラス・バイヤーズクラブ』です。これはHIV陽性のある男性患者が抗HIV薬を密輸し密売する話なのですが実話に基づいているそうです。あらすじを簡単に紹介しておくと次のようになります。(ただし映画の話を詳しく書きすぎると「ネタバレ」とレッテルを貼られ一部の人から非難されるようですので、おおまかな流れだけを紹介しておきます。それでも「先に映画を観たい」という人は次のパラグラフはとばしてください)
マシュー・マコノヒー演じる主人公のロン・ウッドルーフは実在した人物。1985年ダラス、仕事中の事故で救急搬送されそこでHIV陽性であることが判明します。「余命30日」と宣告され最初はそれに反発しますがやがて感染したことを受け入れます。当時有効な薬はありませんでしたがAZTという新薬が治験中であることを知り不正な方法で入手します。しかしそれができなくなったために国境を越えてメキシコの医師を訪ねます。そこですぐれた抗HIV薬があることを知りますが米国では承認されていないことから密輸を試みます。そして自分が助かるだけでなく他人も助けるために(というより金儲けのために)「ダラス・バイヤーズクラブ」(以下DBC)という会員制のクラブをつくり会費を払った患者に薬を支給します。これが大盛況で連日DBCには行列ができます。薬の種類を広げるためにロンは世界各国に薬の買い付けに出かけ密輸を重ねていきます。映画では日本も登場します。ロンに大金を積まれた日本の悪徳医師は不正にインターフェロンを横流しします。(インターフェロンがHIVに効くわけではないのですが当時は有効である可能性が指摘されていたのです) DBCは有名になり多くの患者さんに喜ばれていましたが違法行為であることには変わりありません。そこで司法が介入することになります・・・。
と、あらすじはこんな感じです。この映画の前半では抗HIV薬のことよりも、当時のHIVの社会状況の描かれ方が興味深いと思います。冒頭のシーンで、主人公のロンが、新聞に載っていたあるゲイの有名人がエイズで死亡したニュースについて差別的なコメントをします。当時のアメリカ(というよりは世界中)ではエイズとは「ゲイの病」だったのです。そして少なくとも当時はゲイとは「差別される対象」だったのです。ロンはストレートであり、かつゲイフォビア(ゲイを差別する人)です。
ロンは感染の事実を周囲の男友達に伝えるのですが、「お前はゲイだったのか」となじられ、男友達から嫌がらせを受けるようになります。80年代のこの当時、ゲイは社会的に相当生きにくい世の中であったことが分かります。(ちなみに2014年4月現在、アメリカでは18の州と地域(ワシントンD.C.)で同性婚が認められていますが、ダラスのあるテキサス州では今も認められていません)
ロンは電気技師であり、HIVの宣告を受けてすぐに図書館で医学論文を検索していることからも知的レベルは低くないことが分かります。ドラッグには耽溺していますが針の使い回しはしていません。(映画ではアルコールとタバコに加え、コカインを吸入するシーンが登場します。ちなみにマシュー・マコノヒー自身はマリファナ所持で逮捕歴があります) 注射針の痕がある女性(セックスワーカー)とセックスをしている回想シーンがでてきますから、おそらくロンはその女性から感染したのでしょう。
映画ではAZTの製薬会社や治験をおこなっている病院が「悪」のように描かれていますが、余命30日と宣告されたロンがメキシコに渡航するまでの数ヶ月生き延びたのはAZTのおかげです。一方で、ロンがメキシコから密輸したddCやペプチドTが「副作用のないすぐれた薬」であるかのように扱われていますから、ここは制作の仕方に偏りがあると言わざるを得ません。ロンが税関で薬について尋問を受けるシーンでは、あるときは神父になりすまし、あるときは医師の演技をするわけですが、密輸がこんなに簡単にできてしまうということが信じられません。またロンの主治医の女医がロンから影響を受け、個人的に食事を共にしたりDBCのチラシを病院に置いたりして病院を解雇されるのですが、医師がこのような行為にでるとは到底思えません。この映画は「実話に基づいて」とされていますが、どこまで実話に近いのか疑問が残ります。
とはいえ、私はこの映画を批判したいわけではありません。ロンのつくった密売組織DBCは違法ではあるものの、こういった組織の社会的な影響があったからこそ、アメリカでは海外の抗HIV薬の輸入販売が促進されたのは事実でしょうし、患者が薬剤を使う権利が注目されるようになったのも間違いないでしょう。そして、このようなアメリカの動きが世界中のHIV陽性者に希望を与えることにつながったのです。ということは、元ゲイフォビアでドラッグジャンキーのロン・ウッドルーフというひとりの無法者が、世界中のHIV陽性者に間接的に希望を与えたともいえるわけです。つまり、道徳観念がまるでない自らの欲望にしか興味のない男が、ある意味では抗HIV薬の歴史に登場すべき人物、と言えなくもないのです。
『ダラス・バイヤーズクラブ』は単館系の映画館での上映であり、ハリウッド映画のように、観た者全員が感動に包まれる、というようなタイプの映画ではありません。主人公のロンには共感できる部分も多いものの、最後まで反道徳的な側面を残していますし、その反道徳的な一面はマフィア映画ややくざ映画で描かれる仁義や任侠とは質の異なるものです。
それでも一見の価値ある映画だと私は感じました。
第93回(2014年3月) 同性愛者という理由で終身刑
2014年2月24日、ウガンダのムセベニ大統領は、「同性愛者に最高で終身刑を科して国民に同性愛者の告発を義務づける」という法案に署名しました。これによりこの国では同性愛者というだけで罪を着せられ、また周囲にカムアウトすることができなくなり(カムアウトすればされた方は告発しなければ罰せられます)、自分のセクシャリティを生涯隠し通さなければならないことになります。(もっとも、ウガンダの法律は以前から同性愛者の最高刑は終身刑でした。今回改めてムセベニ大統領が署名した、というだけのことだと思われます)
この話だけを聞くと、ウガンダとは時代に逆行したとんでもない国だと感じる人もいるかもしれませんが、実はこのようなことはウガンダに限ったことではなく、アフリカや中東の多くの国では同性愛は罪であり、なかにはスーダンやナイジェリアのように死刑になる国すらあります。
同性愛のことはこのサイトで何度も取り上げていますが、同性愛というだけで罪を背負わされる合理的な理由は一切ありません。同性愛者が異性愛者を敵対視しているわけではありませんし、テロ活動をしているわけでもありません。暴力的でもなければ反社会的な行動をとるわけでもありません。同性愛者が社会から忌避される理由などまったくないのです。ウガンダのムセベニ大統領だけでなく、同性愛に反対する人は、なぜ同性愛者が罪を問われなければならないのかを合理的に説明する義務があるはずです。
個人的な感想を言えば、私はアフリカの多くの国で同性愛者が差別されているということに虚しさを覚えます。なぜならアフリカ人というのは、過去数百年にわたり奴隷として迫害されていた歴史があるからです。奴隷貿易の歴史を振り返ることをここではしませんが、アメリカの南北戦争が終結する1865年までの間、世界中のいくつかの地域で黒人は人とはみなされずに奴隷というモノとして扱われてきたわけです。
今でこそ、世界の警察を気取り(最近はそのパワーを失っていますが)、平等という価値観を強引なまでに押しつけてくるアメリカですが、実は奴隷制度を世界で最後まで維持していたのがこのアメリカ合衆国という国です。偉大な業績を残したアメリカの大統領としてリンカーンはおそらく今もトップ3には入ると思いますが、これは南北戦争を勝利に導いたことがその最たる理由でしょう。南北戦争というのは簡単に言えば、奴隷制に反対するリンカーン率いる米国北部と、奴隷制度の維持を訴える南部との戦いですが、あきらかに無茶苦茶な理屈を正当化しようとしている南部がおかしいのは自明です。しかし実際は、リンカーン率いる北部が戦争の前半には劣勢だったそうです。つまり、アメリカ全体でみれば奴隷制度を維持しようとする世論の方が強かったということです。
同性愛から少し話がそれますが、言われなき差別としての人種差別についてもう少し話を広げたいと思います。私は医学部入学前に関西学院大学で社会学を学んでいたのですが、そのときに「差別」ということにも興味を持ち少し勉強したことがあります。差別には、部落差別、外国人差別(在日問題など)、人種差別、病気による差別、女性差別、同性愛差別などいくつもありますが、1980年代後半当時は人種差別が社会的にもクローズアップされていました。ネルソン・マンデラ氏が27年間の獄中生活を終え釈放されたのが1990年で、この年にたしか来日もされたはずです。
80年代後半当時、文化的にも黒人によるものが注目されていました。音楽では従来のソウルやファンクといったジャンルに加え、R&B、ブラックコンテンポラリーと呼ばれる新しいタイプの黒人による音楽がヒットチャートの上位を占めるようになり、特にダンスミュージックでは黒人音楽が完全に席巻していました。スポーツではカール・ルイスやジョイナーが陸上界での話題を独占するようになり、マジック・ジョンソンをはじめバスケットボールの一流プレイヤーも黒人の割合が増えていました。(ちなみに私がこの頃よく読んでいたのは山田詠美さんの小説です)
1988年には『ミシシッピー・バーニング』というアカデミー賞を受賞した映画が公開されました。これは1964年に米国ミシシッピ州で実際に起きた公民権運動家3人が殺害された事件を取り上げたものです。この映画ではストーリーそのものもさることながら黒人差別の実態が衝撃的に描かれています。私の第一印象は「これは本当に20世紀後半の話なのか。南北戦争以前の時代と何ら変わってないのではないのか・・・」というものです。水飲み場やトイレが白人と黒人で分けられており、黒人出入り禁止の店が公然と存在しているのです。私はこの映画で初めてKKK(クー・クラックス・クラン)(注1)の存在を知りましたが、その映像に恐怖を覚えました。
ちなみに『風と共に去りぬ』という日本人も大好きなアメリカ映画がありますが、私はこの映画を最近になって初めて見ました。そして驚きました。私の第一印象は「これは黒人差別を正当化する映画ではないのか」というものです。設定が南北戦争時代で主人公のスカーレット・オハラがその南部の人間ですからしょうがないと言えばそうかもしれませんが、現代の価値観からすれば目を疑うような場面が少なくなく、些細な理由で腹を立てたスカーレットがメイドの黒人女子のプリシーを平手打ちするシーンなどは思わず目を背けてしまいました。しかも、スカーレットをとりまく白人男性のほとんどがKKKのメンバーだそうです。随分と古い映画ですから歴史的な価値があるとみなされているのでしょうが、このような映画がもしも今つくられれば世界中どこの映画館でも上映禁止になるでしょう。
そろそろ話を戻しましょう。ネルソン・マンデラ氏の全世界を感動させた勇気ある行動などのおかげで人種差別は世界的に大きく解消されてきました。これによりアフリカに「人権」という概念が普及してきているはずです。しかし、にもかかわらず同性愛者に対する差別は、中東と並んでアフリカ諸国で最も多く見受けられるのです。もしもマンデラ氏がまだ生きていたら、この事態に対してどのように思われるでしょう。ちなみに、マンデラ氏の南アフリカ共和国には同性愛者を罪にする法律はなかったはずです。
さて、2014年2月24日に同性愛者を終身刑にするという法律に大統領が署名したウガンダに対して、欧米諸国は一応は抗議する姿勢をみせています。しかしその勢いは、クリミア半島を自国に編入したロシア(注2)に対する姿勢ほど強くはありません。
また話がそれてしまいますが、欧米諸国のこのロシアに対する抗議はおかしくないでしょうか。そもそもクリミア半島住民の6割はロシア系ですし、ロシア系でない住民も、ウクライナ国民でいるよりも、ロシアに編入されれば給料や年金が増えるわけですからロシア編入に賛成してもおかしくありません。国が分割されたり編入されたりというのは冷戦後の歴史を振り返っても何も珍しいことではなく、それはヨーロッパ諸国でもいくらでもあります。クリミア半島の住民たちが自らロシアへの編入を希望していてそれをロシアが承認するといっているわけですから、これを経済制裁だのなんだのといって対抗する欧米諸国は筋違いではないでしょうか。そしてこれは日本も同様です。私の知る限り、この欧米諸国に追随している日本の外交スタンスに対して批判的なコメントを発しているマスコミもありません。
地域住民が望んでいることをしようとしている国(ロシア)と、同性愛者というだけで終身刑を科そうとしている国(ウガンダ)の二国を比べて、経済制裁なども含めて外交的に抗議しなければならない国はどちらでしょうか。
このような問題は外交に任せていても解決しません。今となっては必ずしも成功したとは言えないかもしれませんが、ジャスミン革命をやり遂げたチュニジアや、ムバラク大統領を辞任に追い込んだエジプト革命では、若い学生らがフェイスブックを武器に立ち上がったのです。
同性愛差別についても政治家ではなく民衆が立ち上がり法案を変えることはできないのでしょうか。しかし、皮肉なことに、その民主革命をやり遂げたチュニジアにもエジプトにもたしか同性愛者が罪になるという法律が今もあったはずです・・・。
注1:KKK(クー・クラックス・クラン)はアメリカの秘密結社で白人至上主義団体。白装束で頭部全体を覆う独特の格好が有名。最近の映画『大統領の執事の涙』では、KKKが黒人の活動家が乗っているバスを襲撃し殺害するシーンが描かれている。
注2:2014年3月16日、ウクライナ内のクリミア自治共和国はロシアに編入されるかを決める住民投票を実施しロシアへの編入が賛成多数となった。3月18日、ロシアのプーチン大統領はクリミアのアクショーノフ首相と編入に関する条約に調印した。
参考:GINAと共に
第86回(2013年8月)「なぜ日本では同性婚の議論が起こらないのか」
第71回(2012年5月)「オバマの同性婚支持とオランドのPACS」
第60回(2011年6月)「同性愛者の社会保障」
第3回(2006年9月)「美しき同性愛」
この話だけを聞くと、ウガンダとは時代に逆行したとんでもない国だと感じる人もいるかもしれませんが、実はこのようなことはウガンダに限ったことではなく、アフリカや中東の多くの国では同性愛は罪であり、なかにはスーダンやナイジェリアのように死刑になる国すらあります。
同性愛のことはこのサイトで何度も取り上げていますが、同性愛というだけで罪を背負わされる合理的な理由は一切ありません。同性愛者が異性愛者を敵対視しているわけではありませんし、テロ活動をしているわけでもありません。暴力的でもなければ反社会的な行動をとるわけでもありません。同性愛者が社会から忌避される理由などまったくないのです。ウガンダのムセベニ大統領だけでなく、同性愛に反対する人は、なぜ同性愛者が罪を問われなければならないのかを合理的に説明する義務があるはずです。
個人的な感想を言えば、私はアフリカの多くの国で同性愛者が差別されているということに虚しさを覚えます。なぜならアフリカ人というのは、過去数百年にわたり奴隷として迫害されていた歴史があるからです。奴隷貿易の歴史を振り返ることをここではしませんが、アメリカの南北戦争が終結する1865年までの間、世界中のいくつかの地域で黒人は人とはみなされずに奴隷というモノとして扱われてきたわけです。
今でこそ、世界の警察を気取り(最近はそのパワーを失っていますが)、平等という価値観を強引なまでに押しつけてくるアメリカですが、実は奴隷制度を世界で最後まで維持していたのがこのアメリカ合衆国という国です。偉大な業績を残したアメリカの大統領としてリンカーンはおそらく今もトップ3には入ると思いますが、これは南北戦争を勝利に導いたことがその最たる理由でしょう。南北戦争というのは簡単に言えば、奴隷制に反対するリンカーン率いる米国北部と、奴隷制度の維持を訴える南部との戦いですが、あきらかに無茶苦茶な理屈を正当化しようとしている南部がおかしいのは自明です。しかし実際は、リンカーン率いる北部が戦争の前半には劣勢だったそうです。つまり、アメリカ全体でみれば奴隷制度を維持しようとする世論の方が強かったということです。
同性愛から少し話がそれますが、言われなき差別としての人種差別についてもう少し話を広げたいと思います。私は医学部入学前に関西学院大学で社会学を学んでいたのですが、そのときに「差別」ということにも興味を持ち少し勉強したことがあります。差別には、部落差別、外国人差別(在日問題など)、人種差別、病気による差別、女性差別、同性愛差別などいくつもありますが、1980年代後半当時は人種差別が社会的にもクローズアップされていました。ネルソン・マンデラ氏が27年間の獄中生活を終え釈放されたのが1990年で、この年にたしか来日もされたはずです。
80年代後半当時、文化的にも黒人によるものが注目されていました。音楽では従来のソウルやファンクといったジャンルに加え、R&B、ブラックコンテンポラリーと呼ばれる新しいタイプの黒人による音楽がヒットチャートの上位を占めるようになり、特にダンスミュージックでは黒人音楽が完全に席巻していました。スポーツではカール・ルイスやジョイナーが陸上界での話題を独占するようになり、マジック・ジョンソンをはじめバスケットボールの一流プレイヤーも黒人の割合が増えていました。(ちなみに私がこの頃よく読んでいたのは山田詠美さんの小説です)
1988年には『ミシシッピー・バーニング』というアカデミー賞を受賞した映画が公開されました。これは1964年に米国ミシシッピ州で実際に起きた公民権運動家3人が殺害された事件を取り上げたものです。この映画ではストーリーそのものもさることながら黒人差別の実態が衝撃的に描かれています。私の第一印象は「これは本当に20世紀後半の話なのか。南北戦争以前の時代と何ら変わってないのではないのか・・・」というものです。水飲み場やトイレが白人と黒人で分けられており、黒人出入り禁止の店が公然と存在しているのです。私はこの映画で初めてKKK(クー・クラックス・クラン)(注1)の存在を知りましたが、その映像に恐怖を覚えました。
ちなみに『風と共に去りぬ』という日本人も大好きなアメリカ映画がありますが、私はこの映画を最近になって初めて見ました。そして驚きました。私の第一印象は「これは黒人差別を正当化する映画ではないのか」というものです。設定が南北戦争時代で主人公のスカーレット・オハラがその南部の人間ですからしょうがないと言えばそうかもしれませんが、現代の価値観からすれば目を疑うような場面が少なくなく、些細な理由で腹を立てたスカーレットがメイドの黒人女子のプリシーを平手打ちするシーンなどは思わず目を背けてしまいました。しかも、スカーレットをとりまく白人男性のほとんどがKKKのメンバーだそうです。随分と古い映画ですから歴史的な価値があるとみなされているのでしょうが、このような映画がもしも今つくられれば世界中どこの映画館でも上映禁止になるでしょう。
そろそろ話を戻しましょう。ネルソン・マンデラ氏の全世界を感動させた勇気ある行動などのおかげで人種差別は世界的に大きく解消されてきました。これによりアフリカに「人権」という概念が普及してきているはずです。しかし、にもかかわらず同性愛者に対する差別は、中東と並んでアフリカ諸国で最も多く見受けられるのです。もしもマンデラ氏がまだ生きていたら、この事態に対してどのように思われるでしょう。ちなみに、マンデラ氏の南アフリカ共和国には同性愛者を罪にする法律はなかったはずです。
さて、2014年2月24日に同性愛者を終身刑にするという法律に大統領が署名したウガンダに対して、欧米諸国は一応は抗議する姿勢をみせています。しかしその勢いは、クリミア半島を自国に編入したロシア(注2)に対する姿勢ほど強くはありません。
また話がそれてしまいますが、欧米諸国のこのロシアに対する抗議はおかしくないでしょうか。そもそもクリミア半島住民の6割はロシア系ですし、ロシア系でない住民も、ウクライナ国民でいるよりも、ロシアに編入されれば給料や年金が増えるわけですからロシア編入に賛成してもおかしくありません。国が分割されたり編入されたりというのは冷戦後の歴史を振り返っても何も珍しいことではなく、それはヨーロッパ諸国でもいくらでもあります。クリミア半島の住民たちが自らロシアへの編入を希望していてそれをロシアが承認するといっているわけですから、これを経済制裁だのなんだのといって対抗する欧米諸国は筋違いではないでしょうか。そしてこれは日本も同様です。私の知る限り、この欧米諸国に追随している日本の外交スタンスに対して批判的なコメントを発しているマスコミもありません。
地域住民が望んでいることをしようとしている国(ロシア)と、同性愛者というだけで終身刑を科そうとしている国(ウガンダ)の二国を比べて、経済制裁なども含めて外交的に抗議しなければならない国はどちらでしょうか。
このような問題は外交に任せていても解決しません。今となっては必ずしも成功したとは言えないかもしれませんが、ジャスミン革命をやり遂げたチュニジアや、ムバラク大統領を辞任に追い込んだエジプト革命では、若い学生らがフェイスブックを武器に立ち上がったのです。
同性愛差別についても政治家ではなく民衆が立ち上がり法案を変えることはできないのでしょうか。しかし、皮肉なことに、その民主革命をやり遂げたチュニジアにもエジプトにもたしか同性愛者が罪になるという法律が今もあったはずです・・・。
注1:KKK(クー・クラックス・クラン)はアメリカの秘密結社で白人至上主義団体。白装束で頭部全体を覆う独特の格好が有名。最近の映画『大統領の執事の涙』では、KKKが黒人の活動家が乗っているバスを襲撃し殺害するシーンが描かれている。
注2:2014年3月16日、ウクライナ内のクリミア自治共和国はロシアに編入されるかを決める住民投票を実施しロシアへの編入が賛成多数となった。3月18日、ロシアのプーチン大統領はクリミアのアクショーノフ首相と編入に関する条約に調印した。
参考:GINAと共に
第86回(2013年8月)「なぜ日本では同性婚の議論が起こらないのか」
第71回(2012年5月)「オバマの同性婚支持とオランドのPACS」
第60回(2011年6月)「同性愛者の社会保障」
第3回(2006年9月)「美しき同性愛」
第92回 無防備なボランティアたち 2014年2月号
GINAのこのサイトをみてボランティアをやってみようと思った、という人たちからメールでの相談を受けることがしばしばあり、それは我々としてはとても嬉しいことです。実際にボランティアとして現地で活躍された人も大勢いますし、なかには現在も継続して何らかの支援活動をしているという人もいます。
ボランティアというのは直接的に他人に「貢献」できることに加え、自らも「成長」することができます。そして、患者さんや困窮している人たちとのつながりのなかで、あるいは他国から来ているボランティアとのチームワークのなかで、数々の「感動」を得ることもできますから、是非多くの方に体験してもらいたいと考えています。
しかしながら、海外でのボランティアとなると、それ相応の覚悟が必要になります。つまり観光で行く海外旅行とは異なり、海外でのボランティアには様々なリスクがあることを充分に認識していなければなりません。以前、このコラムでボランティアの心得のような話をしたことがありますが(注1)、今回は「国内にはない海外でのリスク」について述べていきたいと思います。
例えば、週末の深夜バスに乗って東日本大震災の被災者のボランティア活動に行く、という場合は、同じ国内ですから特別の注意は必要がないでしょう。しかし、これが海外となると状況はまったく変わってきます。
私が院長をつとめる(医)太融寺町谷口医院では、毎日のように海外渡航する人からの相談を受けています。海外赴任、留学、海外での登山、短期の観光旅行、と目的や期間は様々で、充分な知識を持って対策をされている人もいますが、そうでない人たちも少なくありません。つまり、「そんな意識で大丈夫なの?」と、ついつい親心のような気持ちを持ってしまうような人もいるのです。ただ、不安なことがあり医療機関に相談に来た、というその行為は立派だと思います。
話をすすめましょう。海外でのボランティアのリスクといっても、アジアと南米あるいはアフリカでは異なる点が少なくありません。ここではタイでのリスクを考えたいと思います。
まずは必要最低限の感染症の知識を持たなければなりません。特にHIV関連の施設を訪ねるときや、訪問する集落にHIV陽性の患者さんやエイズ孤児がいる場合は、自分自身が感染症をうつしてはいけないと考えなければなりません。日頃から体調管理につとめ、風邪をひかないようにして、風邪症状があるときには患者さんとの接触はおこなってはいけません。例えば、インフルエンザは健常な人に感染しても治らないことはありませんが、エイズを発症している人がインフルエンザに罹患すれば容易に重症化することもありえます。
もちろん患者さんからの感染も防がなければなりません。HIVは容易に他人に感染しませんから針刺しなどをしなければボランティアがHIVに感染することはありません。しかし、私の印象でいえばこの点が強調されすぎているせいで(たしかにHIVが容易に感染しないということを知っておくことは重要ですが)、他の感染症への対策がおざなりになっています。
HIV陽性の患者さんに接するときに最も気をつけなければならない感染症は「結核」です。結核は健常者にも感染する感染症であり、HIVのコントロールが上手くいっていない患者さんであればけっこうな確率で感染しています。そしてボランティアを求めているような施設や地域では結核の検査や治療が充分にできていないことも多々あります。ですから、咳をしているHIV陽性の人であれば結核を患っている可能性を考えるべきです。そして、結核は通常のマスクでは防げません。「N95」という特殊なマスクを使わなければなりませんが、この準備もなしにボランティアを考えている人が非常に多いのです。(ただし、実際には咳をしているすべての患者さんの前でN95を装着するのは現実的ではありません。しかしながら、結核は普通のマスクでは防げないという知識を持ちN95を携帯することは必要です)
次にHIV陽性の人と接するときに考えなければならない感染症は「疥癬」です。HIV陽性の人は様々な皮膚疾患を発症しますが「疥癬」もその代表のひとつです。疥癬がやっかいなのは感染力が非常に強く、ボランティアにも容易に感染するということです。そして、それを別の患者さんに感染させてしまうことも実際にときどきあります。疥癬は日本の医療機関や老人ホームでもときおり集団発生します。ですから、ひとり感染者がみつかればシーツの処理の仕方や消毒など特別な配慮をしなければなりません。現役の医療者ほどの知識までは持てないとは思いますが、疥癬とはどのような感染症でどのようなことに気をつけなければならないのかは知っておかねばなりません。
事前のワクチン接種も必要です。大都市の高級ホテルに宿泊するだけなら要らないかもしれませんが、タイの地方に行けば屋台で食事をすることもあるでしょうし、食堂であっても衛生状態がいいとは決していえません。最低でもA型肝炎ウイルスのワクチンは接種しておくべきでしょう。また破傷風も考えるべきですし、辺鄙な地域であれば日本脳炎も検討すべきです。可能であれば狂犬病も考えましょう。タイの犬は、昼間は道ばたに寝そべっていますからいかにもだらしなさそうな印象を受けますが、夜になると豹変し人間を襲うことも珍しくありません。もしも狂犬病を発症してしまえばほぼ100%死亡します(注2)。
B型肝炎ウイルス(以下HBV)のワクチンも必ず接種しておきましょう。成人のHBVは多くは性感染ですが、性感染と呼べないスキンシップ程度でも感染することがあります(注3)。例えば、患者さんの汗、涙、唾液などにもウイルスが含まれていることはよくありますし(HIVとHBVの重複感染はよくあります)、HIVの患者さんだけでなく普通に生活をしている人のなかにもHBV陽性の人は珍しくありません。これは日本でも同じですが、アジアではHBV陽性者は日本よりも多いと考えるべきです。例えば、交通事故に遭遇し、倒れている人を介抱しようとして自身が感染する、といったこともないとは言えません。
ワクチンがない感染症もあります。バンコクのみの滞在ならマラリアは注意する必要がほぼありませんが、ミャンマーやラオスとの国境付近などでは充分な注意が必要です。デング熱やチクングニヤについても、ワクチンはなく蚊の対策をしなければなりません。特に夕方以降に蚊がいる場所に行く場合は、長袖・長ズボンの着用、そして蚊よけのクリーム・スプレーなどが必要です。場合によっては、宿泊地では蚊帳を張ったり、蚊取り線香を焚いたりも必要になってきます。
また、国によってはいわゆる「カントリー・リスク」を考えなければなりません。現在のタイでも、野党側(反タクシン派)の集会やデモが各地でおこなわれ物騒なことになっており、実際ここ数週間は死亡者も相次いでいます。今のところ、反タクシン派のこのような騒動はバンコクと南部に多く、中部や北部、東北地方(イサーン地方)ではあまりないようですが、今後の行方はわかりません。2008年12月には反タクシン派がスワンナプーム空港を占拠したせいで、タイ渡航を急遽中止せざるを得なくなったり、タイで足止めをくって帰国できなかったりした日本人も大勢いました。今後再び同じようなことが起こらないとも限りません。海外に出かけるということはそのようなリスクも抱えなければならないということなのです。
冒頭で述べたように、ボランティアに参加するということは「貢献」「成長」「感動」といった人間の本質ともいえるものを得ることができるわけで、私は多くの人に推薦したいと考えています。ただし、一方では、それなりの地域に出かけるにはそれなりのリスクがあるということを忘れてはいけません。しかし、正しい知識を身につけて、然るべき予防措置をとれば、そのリスクを大きく減らすことができるのです。
注1:下記コラムを参照ください。
GINAと共に
第57回(2011年3月)「ボランティアは長期が理想」
第58回(2011年4月)「歓迎されないボランティア」
第59回(2011年5月)「それでもボランティアに行こう!」
注2:ただし、狂犬病は発症するまでに時間がかかりイヌに噛まれてからワクチン接種をしても防げることがあります。ですから、もしも現地でイヌに噛まれれば一刻も早く現地の医療機関を受診すれば助かることもあります。とはいえ可能であればあらかじめ日本を発つ前にワクチン接種をしておくべきでしょう。(しかし狂犬病ウイルスのワクチンは常に供給不足であり希望すれば必ず接種できるとは限りません) また、狂犬病の原因となる動物はイヌだけではありません。他の動物にも注意が必要です。尚、狂犬病については下記サイトも参照ください。
(医)太融寺町谷口医院ウェブサイト
はやりの病気第40回(2006年12月)「狂犬病」
注3:このサイトや(医)太融寺町谷口医院のウェブサイトで何度も述べていますが、日本人の多くはHBVのリスクを軽視しすぎています。感染した人たちが声をそろえて言うのは、「まさかそんなことで感染するとは思ってなかった」「なんでワクチンをうっておかなかったんだろう」ということです。ごく些細なことで感染し、ときに死に至る感染症ですが、ワクチン接種をして抗体をつくっておけば完全に防げるわけですから接種しない理由はありません。
ボランティアというのは直接的に他人に「貢献」できることに加え、自らも「成長」することができます。そして、患者さんや困窮している人たちとのつながりのなかで、あるいは他国から来ているボランティアとのチームワークのなかで、数々の「感動」を得ることもできますから、是非多くの方に体験してもらいたいと考えています。
しかしながら、海外でのボランティアとなると、それ相応の覚悟が必要になります。つまり観光で行く海外旅行とは異なり、海外でのボランティアには様々なリスクがあることを充分に認識していなければなりません。以前、このコラムでボランティアの心得のような話をしたことがありますが(注1)、今回は「国内にはない海外でのリスク」について述べていきたいと思います。
例えば、週末の深夜バスに乗って東日本大震災の被災者のボランティア活動に行く、という場合は、同じ国内ですから特別の注意は必要がないでしょう。しかし、これが海外となると状況はまったく変わってきます。
私が院長をつとめる(医)太融寺町谷口医院では、毎日のように海外渡航する人からの相談を受けています。海外赴任、留学、海外での登山、短期の観光旅行、と目的や期間は様々で、充分な知識を持って対策をされている人もいますが、そうでない人たちも少なくありません。つまり、「そんな意識で大丈夫なの?」と、ついつい親心のような気持ちを持ってしまうような人もいるのです。ただ、不安なことがあり医療機関に相談に来た、というその行為は立派だと思います。
話をすすめましょう。海外でのボランティアのリスクといっても、アジアと南米あるいはアフリカでは異なる点が少なくありません。ここではタイでのリスクを考えたいと思います。
まずは必要最低限の感染症の知識を持たなければなりません。特にHIV関連の施設を訪ねるときや、訪問する集落にHIV陽性の患者さんやエイズ孤児がいる場合は、自分自身が感染症をうつしてはいけないと考えなければなりません。日頃から体調管理につとめ、風邪をひかないようにして、風邪症状があるときには患者さんとの接触はおこなってはいけません。例えば、インフルエンザは健常な人に感染しても治らないことはありませんが、エイズを発症している人がインフルエンザに罹患すれば容易に重症化することもありえます。
もちろん患者さんからの感染も防がなければなりません。HIVは容易に他人に感染しませんから針刺しなどをしなければボランティアがHIVに感染することはありません。しかし、私の印象でいえばこの点が強調されすぎているせいで(たしかにHIVが容易に感染しないということを知っておくことは重要ですが)、他の感染症への対策がおざなりになっています。
HIV陽性の患者さんに接するときに最も気をつけなければならない感染症は「結核」です。結核は健常者にも感染する感染症であり、HIVのコントロールが上手くいっていない患者さんであればけっこうな確率で感染しています。そしてボランティアを求めているような施設や地域では結核の検査や治療が充分にできていないことも多々あります。ですから、咳をしているHIV陽性の人であれば結核を患っている可能性を考えるべきです。そして、結核は通常のマスクでは防げません。「N95」という特殊なマスクを使わなければなりませんが、この準備もなしにボランティアを考えている人が非常に多いのです。(ただし、実際には咳をしているすべての患者さんの前でN95を装着するのは現実的ではありません。しかしながら、結核は普通のマスクでは防げないという知識を持ちN95を携帯することは必要です)
次にHIV陽性の人と接するときに考えなければならない感染症は「疥癬」です。HIV陽性の人は様々な皮膚疾患を発症しますが「疥癬」もその代表のひとつです。疥癬がやっかいなのは感染力が非常に強く、ボランティアにも容易に感染するということです。そして、それを別の患者さんに感染させてしまうことも実際にときどきあります。疥癬は日本の医療機関や老人ホームでもときおり集団発生します。ですから、ひとり感染者がみつかればシーツの処理の仕方や消毒など特別な配慮をしなければなりません。現役の医療者ほどの知識までは持てないとは思いますが、疥癬とはどのような感染症でどのようなことに気をつけなければならないのかは知っておかねばなりません。
事前のワクチン接種も必要です。大都市の高級ホテルに宿泊するだけなら要らないかもしれませんが、タイの地方に行けば屋台で食事をすることもあるでしょうし、食堂であっても衛生状態がいいとは決していえません。最低でもA型肝炎ウイルスのワクチンは接種しておくべきでしょう。また破傷風も考えるべきですし、辺鄙な地域であれば日本脳炎も検討すべきです。可能であれば狂犬病も考えましょう。タイの犬は、昼間は道ばたに寝そべっていますからいかにもだらしなさそうな印象を受けますが、夜になると豹変し人間を襲うことも珍しくありません。もしも狂犬病を発症してしまえばほぼ100%死亡します(注2)。
B型肝炎ウイルス(以下HBV)のワクチンも必ず接種しておきましょう。成人のHBVは多くは性感染ですが、性感染と呼べないスキンシップ程度でも感染することがあります(注3)。例えば、患者さんの汗、涙、唾液などにもウイルスが含まれていることはよくありますし(HIVとHBVの重複感染はよくあります)、HIVの患者さんだけでなく普通に生活をしている人のなかにもHBV陽性の人は珍しくありません。これは日本でも同じですが、アジアではHBV陽性者は日本よりも多いと考えるべきです。例えば、交通事故に遭遇し、倒れている人を介抱しようとして自身が感染する、といったこともないとは言えません。
ワクチンがない感染症もあります。バンコクのみの滞在ならマラリアは注意する必要がほぼありませんが、ミャンマーやラオスとの国境付近などでは充分な注意が必要です。デング熱やチクングニヤについても、ワクチンはなく蚊の対策をしなければなりません。特に夕方以降に蚊がいる場所に行く場合は、長袖・長ズボンの着用、そして蚊よけのクリーム・スプレーなどが必要です。場合によっては、宿泊地では蚊帳を張ったり、蚊取り線香を焚いたりも必要になってきます。
また、国によってはいわゆる「カントリー・リスク」を考えなければなりません。現在のタイでも、野党側(反タクシン派)の集会やデモが各地でおこなわれ物騒なことになっており、実際ここ数週間は死亡者も相次いでいます。今のところ、反タクシン派のこのような騒動はバンコクと南部に多く、中部や北部、東北地方(イサーン地方)ではあまりないようですが、今後の行方はわかりません。2008年12月には反タクシン派がスワンナプーム空港を占拠したせいで、タイ渡航を急遽中止せざるを得なくなったり、タイで足止めをくって帰国できなかったりした日本人も大勢いました。今後再び同じようなことが起こらないとも限りません。海外に出かけるということはそのようなリスクも抱えなければならないということなのです。
冒頭で述べたように、ボランティアに参加するということは「貢献」「成長」「感動」といった人間の本質ともいえるものを得ることができるわけで、私は多くの人に推薦したいと考えています。ただし、一方では、それなりの地域に出かけるにはそれなりのリスクがあるということを忘れてはいけません。しかし、正しい知識を身につけて、然るべき予防措置をとれば、そのリスクを大きく減らすことができるのです。
注1:下記コラムを参照ください。
GINAと共に
第57回(2011年3月)「ボランティアは長期が理想」
第58回(2011年4月)「歓迎されないボランティア」
第59回(2011年5月)「それでもボランティアに行こう!」
注2:ただし、狂犬病は発症するまでに時間がかかりイヌに噛まれてからワクチン接種をしても防げることがあります。ですから、もしも現地でイヌに噛まれれば一刻も早く現地の医療機関を受診すれば助かることもあります。とはいえ可能であればあらかじめ日本を発つ前にワクチン接種をしておくべきでしょう。(しかし狂犬病ウイルスのワクチンは常に供給不足であり希望すれば必ず接種できるとは限りません) また、狂犬病の原因となる動物はイヌだけではありません。他の動物にも注意が必要です。尚、狂犬病については下記サイトも参照ください。
(医)太融寺町谷口医院ウェブサイト
はやりの病気第40回(2006年12月)「狂犬病」
注3:このサイトや(医)太融寺町谷口医院のウェブサイトで何度も述べていますが、日本人の多くはHBVのリスクを軽視しすぎています。感染した人たちが声をそろえて言うのは、「まさかそんなことで感染するとは思ってなかった」「なんでワクチンをうっておかなかったんだろう」ということです。ごく些細なことで感染し、ときに死に至る感染症ですが、ワクチン接種をして抗体をつくっておけば完全に防げるわけですから接種しない理由はありません。
第91回 直接支援しなければ分からないこと 2014年1月号
世界で自然災害や戦争などが起こり被災者や難民が生まれたときに寄付をするという人は少なくないと思います。また、特別な災害や戦争などとは関わりなく、常に貧困にあえいでいる人たちは世界中に大勢いますから、そのような人たちに対してUNICEFやUNHCR、WFP、UNESCOなどを通して、毎月定期的に一定額が引き落とされるタイプの寄付をしている人もいるでしょう。
東日本大震災のときには多くの人が日赤(日本赤十字社)などに寄付をされたでしょうし、日赤の口座に直接送金しなくても、コンビニやショップに置いてある募金箱を経由して寄付をされたという人もいるでしょう。(私が院長をつとめる太融寺町谷口医院でもそのようなかたちで患者さんから集まった寄付金を日赤に送っていました)
おそらく多くの人は、日赤、UNICEF、UNHCR、WFP、UNESCOなど国際的に有名な支援団体に寄付をすれば、そのお金やそのお金で購入された生活支援物資が困っている人たちに確実に届けられるに違いない、と考えているのではないでしょうか。
しかし果たして本当にそう断言できるでしょうか。日赤の職員が集まった寄付金の一部をくすねている、ということはあり得ないでしょうが、ではアジアやアフリカの小国に送られた寄付金が本当に災害で家をなくした人に届けられているのでしょうか・・・。
UNICEFやUNHCRといった団体に対して私が疑問を持っているというわけではありません。そういった団体で働く人たちは善意で尽力されているものと思います。それに、誰もが現地に行って困っている人をみつけてお金や物を直接渡す、ということはできませんから、通常はこういった信頼できる団体に寄付金を委ねることになります。(私個人も太融寺町谷口医院もそのようにしています)
しかし、です。こういった善意の団体の職員が困窮している人ひとりひとりを訪問して直接支援しているわけでは必ずしもありません。ではどのように寄付金や支援物資が届けられているのかというと、通常は現地の村役場のようなところに届けられることが多いのです。すると現地の役人がお金や物資を仕分けして、被害で家をなくした人や困窮している人に配ることになるわけですが、果たしてここで不正がおこなわれない保証があるでしょうか。
そのような地域であれば役人たちも裕福な生活をしているわけではありません。つまり彼らもまた困窮しているわけです。そんななか目の前に現金や食べ物が置かれればどのような行動をとるか・・・。私はすべての人間が善意だけで行動するなどと考える性善説はとりません。自虐的な性格の人は、世界と比べて日本人は〇〇が劣っている・・・、というような表現をしますが、私はこと「公正」に関しては、日本人はかなり優秀だと考えています。もちろんまったくないとは言いませんが政治家や役人の不正行為がこれほど少ない国は(少なくともアジアにおいては)ないと思っています。これは、日本人以外の政治家や役人が信用できない、という意味でもあります。
つまり、寄付をする人と支援団体の職員が善意だけで行動していたとしても、末端に困窮している人に届くまでに不正行為がおこなわれる余地がある、というわけです。
GINA設立のきっかけとなったタイのエイズホスピスであるパバナプ寺(Wat Phrabhatnamphu)に対し、GINAは長らく寄付を続けてきましたが、昨年(2013年)から中止しました。
この理由は、パバナプ寺に寄付したお金が、施設に入所しているHIV陽性の人たちが最も必要としていることに使われていると思えなくなってきたからです。数年前からこの施設はどんどんと豪華になってきていました。派手な建物がつくられ、寺というよりは観光地という様相を帯びてきていました。これは、この施設が有名になり、タイ全域から、あるいは全世界から寄付金が集まり出したからです。
一方で、患者さんたちの生活は改善してきているとはいいがたい状態です。たしかに、入所している患者さんたちには衣食住は与えられていますし、抗HIV薬や他の薬のいくらかは支給されています。しかし、それだけで充分な生活ができるわけではありません。
例えば、抗HIVを飲んでいるからといって必ず効くわけではありませんし、HIVとは関係のない病気になることもあります。しかし施設に置いてある薬はごくわずかですから、こういった事態になったときには病院に行ったり、薬局で薬を買ったり(タイでは日本では処方箋が必要な薬も薬局で処方箋なしで買えることがあります)しなければなりませんが、患者さんたちにはその交通費もなければ薬を買うお金もありません。また、生活するにあたって、例えば腰痛防止のサポーター、メガネ、その人の状態に合った靴、栄養ゼリーや果物といったこまごまとしたものが必要になりますが、こういったものは支給されません。
ではこのような実際に患者さんと接することで初めて必要性がわかるものはどうしているかというと、患者さんと最も近い距離にいるボランティアが調達しようとします。しかしボランティアにはそれほどお金がありません。ならばGINAがこのようなボランティアに対し患者さんへの寄付金を「預ける」というかたちにした方がずっと患者さんたちに役立つはずです。現在、GINAはパバナプ寺に入所している患者さんに対する支援をこのようなかたちに全面的に切り替えています。
タイ北部のパヤオ県のラックプサンというところにエイズ自助グループがあります。この地域にはエイズ孤児も多く、寄付金(奨学金)がないと学校にも行けない状態です。そこでGINAは数年前から、この地域の子どもたちに金銭面での支援をおこなっています。先日、奨学金というかたちで金銭の支援をしている22人の子どもたちから手紙をもらいました。この地域の支援活動をまとめているトムさんという人が集めてくれたのです。
私が現在タイに行けるのは年に一度程度であり、この地域まで足を伸ばすのは大変なのですができるだけ時間をつくりトムさんとは会うようにしています。そして実情を聞いて、地域で何人のエイズ/HIVの患者さんがいてどのような生活をしているのか、子どもたちは何人いて生活ができているのか、支援は充分か、などを尋ねるようにしています。トムさんは年に一度、GINAが支援をしている子どもたちからの手紙をまとめて送ってくれるのです。手紙は手書きのタイ語ですから読むのに苦労するのですが、それでも感謝の気持ちが伝わってきて、GINAを立ち上げてこれほどよかったと思うこともありません。
現在GINAが支援している施設や団体、個人については、可能な限り私が直接出向いて話をして、どのような問題があり、どのような支援をすべきかについて検討するようにしています。
作家の曽野綾子さんが「海外邦人宣教者活動援助後援会」というNGOで活動されているのは有名ですが、曽野さんは支援したお金がきちんと不正なく使われているかを自分の足で見に行かれるそうです。このNGOでは現地の役人にお金を送るわけではなく、海外で支援活動をしている日本人のキリスト教徒に対して援助をしていますから不正行為が行われる可能性は高くありません。それでも曽野さんは直接現場をみて適正に支援金が使われているかどうかを確認しに行かれるそうです。しかも、交通費などはすべて自分のお金でまかなうそうです。
私自身も、曽野綾子さんのマネをしているつもりはないのですが(とはいえ私は以前から曽野さんのファンではあります)、GINAの活動でタイに渡航するときは、交通費や宿泊費などもすべて実費でまかない経費処理などはしていません。そして、大勢の方からいただいた寄付金がきちんと適切に使われているかどうかを確認するようにしています。
私は特に人を疑い深い性格ではないと思いますが、かといって「裏切られても信じることが大事・・・」などという甘い考えをもっているわけではありません。もしも時間があれば、UNHCR、WFPなどに対しても現地の職員を訪ねて、本当に適切に支援がおこなわれているのかどうか確認しにいきたいと思っています。しかし、そんなことは現実的には無理でしょうから、いずれGINAの活動を広げて支援する人を増やしていくことを将来の目標としたいと考えています。
東日本大震災のときには多くの人が日赤(日本赤十字社)などに寄付をされたでしょうし、日赤の口座に直接送金しなくても、コンビニやショップに置いてある募金箱を経由して寄付をされたという人もいるでしょう。(私が院長をつとめる太融寺町谷口医院でもそのようなかたちで患者さんから集まった寄付金を日赤に送っていました)
おそらく多くの人は、日赤、UNICEF、UNHCR、WFP、UNESCOなど国際的に有名な支援団体に寄付をすれば、そのお金やそのお金で購入された生活支援物資が困っている人たちに確実に届けられるに違いない、と考えているのではないでしょうか。
しかし果たして本当にそう断言できるでしょうか。日赤の職員が集まった寄付金の一部をくすねている、ということはあり得ないでしょうが、ではアジアやアフリカの小国に送られた寄付金が本当に災害で家をなくした人に届けられているのでしょうか・・・。
UNICEFやUNHCRといった団体に対して私が疑問を持っているというわけではありません。そういった団体で働く人たちは善意で尽力されているものと思います。それに、誰もが現地に行って困っている人をみつけてお金や物を直接渡す、ということはできませんから、通常はこういった信頼できる団体に寄付金を委ねることになります。(私個人も太融寺町谷口医院もそのようにしています)
しかし、です。こういった善意の団体の職員が困窮している人ひとりひとりを訪問して直接支援しているわけでは必ずしもありません。ではどのように寄付金や支援物資が届けられているのかというと、通常は現地の村役場のようなところに届けられることが多いのです。すると現地の役人がお金や物資を仕分けして、被害で家をなくした人や困窮している人に配ることになるわけですが、果たしてここで不正がおこなわれない保証があるでしょうか。
そのような地域であれば役人たちも裕福な生活をしているわけではありません。つまり彼らもまた困窮しているわけです。そんななか目の前に現金や食べ物が置かれればどのような行動をとるか・・・。私はすべての人間が善意だけで行動するなどと考える性善説はとりません。自虐的な性格の人は、世界と比べて日本人は〇〇が劣っている・・・、というような表現をしますが、私はこと「公正」に関しては、日本人はかなり優秀だと考えています。もちろんまったくないとは言いませんが政治家や役人の不正行為がこれほど少ない国は(少なくともアジアにおいては)ないと思っています。これは、日本人以外の政治家や役人が信用できない、という意味でもあります。
つまり、寄付をする人と支援団体の職員が善意だけで行動していたとしても、末端に困窮している人に届くまでに不正行為がおこなわれる余地がある、というわけです。
GINA設立のきっかけとなったタイのエイズホスピスであるパバナプ寺(Wat Phrabhatnamphu)に対し、GINAは長らく寄付を続けてきましたが、昨年(2013年)から中止しました。
この理由は、パバナプ寺に寄付したお金が、施設に入所しているHIV陽性の人たちが最も必要としていることに使われていると思えなくなってきたからです。数年前からこの施設はどんどんと豪華になってきていました。派手な建物がつくられ、寺というよりは観光地という様相を帯びてきていました。これは、この施設が有名になり、タイ全域から、あるいは全世界から寄付金が集まり出したからです。
一方で、患者さんたちの生活は改善してきているとはいいがたい状態です。たしかに、入所している患者さんたちには衣食住は与えられていますし、抗HIV薬や他の薬のいくらかは支給されています。しかし、それだけで充分な生活ができるわけではありません。
例えば、抗HIVを飲んでいるからといって必ず効くわけではありませんし、HIVとは関係のない病気になることもあります。しかし施設に置いてある薬はごくわずかですから、こういった事態になったときには病院に行ったり、薬局で薬を買ったり(タイでは日本では処方箋が必要な薬も薬局で処方箋なしで買えることがあります)しなければなりませんが、患者さんたちにはその交通費もなければ薬を買うお金もありません。また、生活するにあたって、例えば腰痛防止のサポーター、メガネ、その人の状態に合った靴、栄養ゼリーや果物といったこまごまとしたものが必要になりますが、こういったものは支給されません。
ではこのような実際に患者さんと接することで初めて必要性がわかるものはどうしているかというと、患者さんと最も近い距離にいるボランティアが調達しようとします。しかしボランティアにはそれほどお金がありません。ならばGINAがこのようなボランティアに対し患者さんへの寄付金を「預ける」というかたちにした方がずっと患者さんたちに役立つはずです。現在、GINAはパバナプ寺に入所している患者さんに対する支援をこのようなかたちに全面的に切り替えています。
タイ北部のパヤオ県のラックプサンというところにエイズ自助グループがあります。この地域にはエイズ孤児も多く、寄付金(奨学金)がないと学校にも行けない状態です。そこでGINAは数年前から、この地域の子どもたちに金銭面での支援をおこなっています。先日、奨学金というかたちで金銭の支援をしている22人の子どもたちから手紙をもらいました。この地域の支援活動をまとめているトムさんという人が集めてくれたのです。
私が現在タイに行けるのは年に一度程度であり、この地域まで足を伸ばすのは大変なのですができるだけ時間をつくりトムさんとは会うようにしています。そして実情を聞いて、地域で何人のエイズ/HIVの患者さんがいてどのような生活をしているのか、子どもたちは何人いて生活ができているのか、支援は充分か、などを尋ねるようにしています。トムさんは年に一度、GINAが支援をしている子どもたちからの手紙をまとめて送ってくれるのです。手紙は手書きのタイ語ですから読むのに苦労するのですが、それでも感謝の気持ちが伝わってきて、GINAを立ち上げてこれほどよかったと思うこともありません。
現在GINAが支援している施設や団体、個人については、可能な限り私が直接出向いて話をして、どのような問題があり、どのような支援をすべきかについて検討するようにしています。
作家の曽野綾子さんが「海外邦人宣教者活動援助後援会」というNGOで活動されているのは有名ですが、曽野さんは支援したお金がきちんと不正なく使われているかを自分の足で見に行かれるそうです。このNGOでは現地の役人にお金を送るわけではなく、海外で支援活動をしている日本人のキリスト教徒に対して援助をしていますから不正行為が行われる可能性は高くありません。それでも曽野さんは直接現場をみて適正に支援金が使われているかどうかを確認しに行かれるそうです。しかも、交通費などはすべて自分のお金でまかなうそうです。
私自身も、曽野綾子さんのマネをしているつもりはないのですが(とはいえ私は以前から曽野さんのファンではあります)、GINAの活動でタイに渡航するときは、交通費や宿泊費などもすべて実費でまかない経費処理などはしていません。そして、大勢の方からいただいた寄付金がきちんと適切に使われているかどうかを確認するようにしています。
私は特に人を疑い深い性格ではないと思いますが、かといって「裏切られても信じることが大事・・・」などという甘い考えをもっているわけではありません。もしも時間があれば、UNHCR、WFPなどに対しても現地の職員を訪ねて、本当に適切に支援がおこなわれているのかどうか確認しにいきたいと思っています。しかし、そんなことは現実的には無理でしょうから、いずれGINAの活動を広げて支援する人を増やしていくことを将来の目標としたいと考えています。
第90回 日本人男性の奇妙な性の慣習 2013年12月号
前回のコラムで、実際に私が医師として診察した性依存症の症例を3例(1例は奥さんからの相談)紹介しました。その3つの症例のいずれもが「性風俗店」を頻繁に利用していました。わずかな例で断定することはできないかもしれませんが、私には、日本人で性依存症をわずらっている人の多く、さらに性依存症とまで言えなくても日本人男性の何パーセントかは「性風俗店」をいとも簡単に利用しているように思えてなりません。
私が日本人の性行動がおかしい、あるいは「おかしい」とまで言えないとしても西洋人と大きく異なることに気付いたのは、2006年、タイのフリーで顧客をとるセックス・ワーカーの調査を実施したときです。
我々がこの調査が必要と考えたきっかけは、なぜ外国人(特に西洋人)は自国ではなくタイでHIVに感染するのか、について知りたかったからです。すでに世界のマスコミでは、タイでHIVに感染する外国人が多いことが指摘されていましたし、医学誌『British Medical Journal』では、イギリス国籍を持つ異性愛者でHIVに感染した男性の69%は海外での感染で、国別ではタイが最多で全体の22%に相当するということが報告されていました(注1)。
なぜ知的レベルの高い(はずの)英国人がいとも簡単にタイで危険な性行為をおこなうのか、我々はそれが知りたかったのです。
しかし我々はこの答えがまったく分からないから調査に乗り出したというわけではなく、ある程度の見当はついていました。そのヒントは『British Medical Journal』のこの論文のなかにありました。筆者は「intimate friends」(仲の良い友達)というキーワードを使いこの点を解説しています。つまり(品位のある)英国人は、タイの歓楽街で夜に働く女性をセックス・ワーカーとしてではなく「intimate friends」(仲の良い友達)とみなしている、というわけなのです。
ただし、そう聞かされても、ああ、そうなのですね、と同意するには無理があります。夜にバーなどに出かけてターゲットとなる男性を見つけ、お金を介した性交渉をしている女性はやはりセックス・ワーカーではないか、と常識的には考えられるからです。この謎を解くことをひとつの目的としてGINAの調査が開始されました。
調査では様々なことがわかりました(注2)。医学的に最も興味深かったのは、週あたりの顧客の数が少なければ少ないほど性感染症の罹患率が高いということです。これは一見不可解です。単純に考えて、顧客人数が多ければ多いほどそれだけ性感染症のリスクが高くなるはずだからです。
では、なぜまったく逆の結果となったのか。この答えがintimate friends(仲の良い友達)という言葉にあります。つまり、時間がたつにつれて、最初は顧客とセックス・ワーカーの関係だったのがいつのまにか「金銭の関係以上・恋人未満」という関係になり、さらにこれが進行して「友達以上・恋人未満」(タイの文化やタイ語に詳しい人なら「ギグ」という言葉がしっくりくるでしょう)、あるいは本当の「恋人」の関係、そして実際に結婚にまで至るケースもそう珍しくはないのです。
西洋人がそうならば日本人も同じかというと、同じ点とそうでない点があります。同じ点としては、日本人のなかにも西洋人と同じように、最初は顧客とセックス・ワーカーの関係であったのだけれどもそのうちに本物の恋愛感情に発展していき、実際に同棲・さらに結婚に至るケースも珍しくないということです。
次に、西洋人と日本人の異なる点について述べていきたいのですが、ここからが今回の本題です。この調査はGINAがタイ人の女性数名を雇い、半年間に渡り総勢200名のセックス・ワーカーに対し実際に聞き取り調査をおこなったのですが、このときの私はまだ勤務医の立場で比較的休暇を取りやすかったために2~3ヶ月に一度タイを訪れていました。この調査の進捗状況も度々確認するために、実際に私自身が歓楽街に出かけたこともあります。(ただしセックス・ワーカーへの聞き取りは全例タイ女性にまかせました)
そんななか、バンコクの歓楽街で私はひとりの日本人男性の大学院生(仮にS君とします)と知り合いました。いつの間にかS君とは連絡がとれなくなってしまったのですが、彼は当時、論文にまとめるとかでタイの性風俗についての調査をしていました。S君がユニークなのは、実際に様々な風俗施設にまで出向いて調査をしていたことです。いわばフィールドワークをきちんと実践していたというわけです。誤解のないように言っておくと、S君はそこで女性を買っていたわけではありません。タイの性風俗店というのは、建物の中には気軽には入れるようで、もしもそこで気に入った女性がいればそこから金銭の交渉が始まるそうなのです。施設によっては食事をしながら「商品としての」女性を眺めることもできるそうです。
S君は、マッサージパーラー(日本で言うソープランド)で西洋人を見たことがないと言います。ほとんどが日本人もしくはタイ人だそうで、高級店になると日本人オンリーになり、客に交渉をしかけるタイ人男性は日本語がかなり堪能だそうです。
さらに興味深いことがあります。S君によると、日本人には団体客が多く、企業の接待でそのような場所を使うことも珍しくないそうなのです。例えば、バンコクに支店をかまえるある会社が、取引のある日本の会社から出張に来ている数名を接待としてそのような性風俗店に連れて行く、といった感じだそうです。その後、同じような話を日本人、日本人をよく知るタイ人から何度も聞きました。
つまり、団体で女性を買うのが日本人、それもその団体というのはプライベートの友達ではなく仕事を通した団体であるのが日本人、ということが言えるわけです。ここが西洋人にはみられない日本人の買春の特徴です。
そしてもうひとつ日本人の特徴があります。ここで話をGINAの調査に戻します。GINAが対象としたのは「フリーのセックス・ワーカー」です。フリーというのは無料という意味ではもちろんなく、性風俗店などに所属せずに顧客との交渉は自分でおこなう、という意味です。男女が集まるバーやカフェなどに出向き、そこで自ら男性に声をかけ、あるいは声をかけられるのを待ち顧客を探すというわけです。
ポイントはここからです。金銭を介した交渉ということでは同じですが、日本で言う「性風俗」と異なるのは女性の方に拒否権があるということです。つまり、男性がバーやカフェで気に入った女性を見つけたから金で連れ出せるというわけでは必ずしもなくて、その女性に気に入られなければ連れ出すことはできないのです。もちろん彼女らの大半はお金に困っていますから、よほどのことがない限り男性の申し入れを拒否することはないでしょう。しかし、彼女らもできることなら好みの男性と一夜を過ごしたいでしょうし、会話も楽しみたいわけです。あわゆくば本当の恋人や結婚、という想いがあることもあります。
実際GINAの調査では、セックス・ワーカー200人のうち、顧客を恋人にしてもよいかという質問に「イエス」と答えたのが77%、顧客と結婚してもよいかに「イエス」と答えたのが82%にものぼるのです。
GINAのこの調査では、「どこの国の男性が好きか」という質問もしています。その答えは西洋人が154人なのに対し、日本人はわずか26人しかいません。この数字も踏まえて私が調査全体から得た日本人男性の買春に対する印象をまとめると下記のようになります。
・日本人は初対面の女性とコミュニケーションをとるのが苦手
・日本人はコミュニケーションをとらずいきなり性交渉をおこなうことに抵抗がない
・日本人は夜に遊ぶ女性を探すという個人的なことですら個人でなく団体で行動する
・日本人の団体行動はプライベートな友達ではなく仕事上のものであることが多い
西洋人の特徴はこの逆になります。つまり、コミュニケーションを楽しむことができて気に入った女性がいると果敢にアタックし、個人で行動するのです。
これはどちらがいいかを結論づけることに意味はないかもしれませんが、私個人の印象を言えば西洋人型の方に好感がもてます。もっと言えば、以前も述べましたが、集団買春などという馬鹿げたことをしているから、従軍慰安婦の問題に対する日本人の発言が説得力を持たないわけです(注3)。
最近は「コミュ力」とか「コミュ障(害)」という言葉が流行しているようで、私自身はこのようなコミュニケーション至上主義には疑問がありますが、それでも性愛に関してはコミュニケーションを重要視すべきだと思います。
コミュニケーションを大切にしていない、性とは極めて個人的なものであるのにもかかわらず団体行動をとろうとする、このふたつが私自身が思う日本人男性の性愛についての問題です。そして、コミュニケーションを重視しないから、いきなり性交渉が始められる(?)性風俗店に行く男性が存在し、さらにそれを団体行動でおこなうといった、諸外国からは理解できない行動がとられているのです。
しかし、です。先に紹介したように、西洋人はセックス・ワーカーとコミュニケーションを密にとるから顧客とセックス・ワーカーの関係からintimate friendあるいは恋人への関係へと進展しやすいわけで、さらにこの関係がコンドームを用いない性交渉(unprotected sex)へと移行し、その結果がHIVの増加につながっているとも言えるわけです。
ということは、日本人の男性は"日本式の"性風俗を好むが故に、世界諸国からみるとHIVの感染者が少ないと言えるのかもしれません。何とも皮肉なものです・・・。
注1:この論文は医学誌『British Medical Journal』の2004年7月22日号(オンライン版)に掲載されています。タイトルは「Sex, sun, sea, and STIs: sexually transmitted infections acquired on holiday」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/329/7459/214
注2:この調査の詳細はこのサイトの「タイのフリーの売春婦(Independent Sex Workers)について」で詳しく紹介しています。興味のある方は下記を参照ください。
http://www.npo-gina.org/taihuri-baishunhu/
注3:この点については下記の「GINAと共に」を参照ください。
第69回 南京虐殺と集団買春(2012年3月)
私が日本人の性行動がおかしい、あるいは「おかしい」とまで言えないとしても西洋人と大きく異なることに気付いたのは、2006年、タイのフリーで顧客をとるセックス・ワーカーの調査を実施したときです。
我々がこの調査が必要と考えたきっかけは、なぜ外国人(特に西洋人)は自国ではなくタイでHIVに感染するのか、について知りたかったからです。すでに世界のマスコミでは、タイでHIVに感染する外国人が多いことが指摘されていましたし、医学誌『British Medical Journal』では、イギリス国籍を持つ異性愛者でHIVに感染した男性の69%は海外での感染で、国別ではタイが最多で全体の22%に相当するということが報告されていました(注1)。
なぜ知的レベルの高い(はずの)英国人がいとも簡単にタイで危険な性行為をおこなうのか、我々はそれが知りたかったのです。
しかし我々はこの答えがまったく分からないから調査に乗り出したというわけではなく、ある程度の見当はついていました。そのヒントは『British Medical Journal』のこの論文のなかにありました。筆者は「intimate friends」(仲の良い友達)というキーワードを使いこの点を解説しています。つまり(品位のある)英国人は、タイの歓楽街で夜に働く女性をセックス・ワーカーとしてではなく「intimate friends」(仲の良い友達)とみなしている、というわけなのです。
ただし、そう聞かされても、ああ、そうなのですね、と同意するには無理があります。夜にバーなどに出かけてターゲットとなる男性を見つけ、お金を介した性交渉をしている女性はやはりセックス・ワーカーではないか、と常識的には考えられるからです。この謎を解くことをひとつの目的としてGINAの調査が開始されました。
調査では様々なことがわかりました(注2)。医学的に最も興味深かったのは、週あたりの顧客の数が少なければ少ないほど性感染症の罹患率が高いということです。これは一見不可解です。単純に考えて、顧客人数が多ければ多いほどそれだけ性感染症のリスクが高くなるはずだからです。
では、なぜまったく逆の結果となったのか。この答えがintimate friends(仲の良い友達)という言葉にあります。つまり、時間がたつにつれて、最初は顧客とセックス・ワーカーの関係だったのがいつのまにか「金銭の関係以上・恋人未満」という関係になり、さらにこれが進行して「友達以上・恋人未満」(タイの文化やタイ語に詳しい人なら「ギグ」という言葉がしっくりくるでしょう)、あるいは本当の「恋人」の関係、そして実際に結婚にまで至るケースもそう珍しくはないのです。
西洋人がそうならば日本人も同じかというと、同じ点とそうでない点があります。同じ点としては、日本人のなかにも西洋人と同じように、最初は顧客とセックス・ワーカーの関係であったのだけれどもそのうちに本物の恋愛感情に発展していき、実際に同棲・さらに結婚に至るケースも珍しくないということです。
次に、西洋人と日本人の異なる点について述べていきたいのですが、ここからが今回の本題です。この調査はGINAがタイ人の女性数名を雇い、半年間に渡り総勢200名のセックス・ワーカーに対し実際に聞き取り調査をおこなったのですが、このときの私はまだ勤務医の立場で比較的休暇を取りやすかったために2~3ヶ月に一度タイを訪れていました。この調査の進捗状況も度々確認するために、実際に私自身が歓楽街に出かけたこともあります。(ただしセックス・ワーカーへの聞き取りは全例タイ女性にまかせました)
そんななか、バンコクの歓楽街で私はひとりの日本人男性の大学院生(仮にS君とします)と知り合いました。いつの間にかS君とは連絡がとれなくなってしまったのですが、彼は当時、論文にまとめるとかでタイの性風俗についての調査をしていました。S君がユニークなのは、実際に様々な風俗施設にまで出向いて調査をしていたことです。いわばフィールドワークをきちんと実践していたというわけです。誤解のないように言っておくと、S君はそこで女性を買っていたわけではありません。タイの性風俗店というのは、建物の中には気軽には入れるようで、もしもそこで気に入った女性がいればそこから金銭の交渉が始まるそうなのです。施設によっては食事をしながら「商品としての」女性を眺めることもできるそうです。
S君は、マッサージパーラー(日本で言うソープランド)で西洋人を見たことがないと言います。ほとんどが日本人もしくはタイ人だそうで、高級店になると日本人オンリーになり、客に交渉をしかけるタイ人男性は日本語がかなり堪能だそうです。
さらに興味深いことがあります。S君によると、日本人には団体客が多く、企業の接待でそのような場所を使うことも珍しくないそうなのです。例えば、バンコクに支店をかまえるある会社が、取引のある日本の会社から出張に来ている数名を接待としてそのような性風俗店に連れて行く、といった感じだそうです。その後、同じような話を日本人、日本人をよく知るタイ人から何度も聞きました。
つまり、団体で女性を買うのが日本人、それもその団体というのはプライベートの友達ではなく仕事を通した団体であるのが日本人、ということが言えるわけです。ここが西洋人にはみられない日本人の買春の特徴です。
そしてもうひとつ日本人の特徴があります。ここで話をGINAの調査に戻します。GINAが対象としたのは「フリーのセックス・ワーカー」です。フリーというのは無料という意味ではもちろんなく、性風俗店などに所属せずに顧客との交渉は自分でおこなう、という意味です。男女が集まるバーやカフェなどに出向き、そこで自ら男性に声をかけ、あるいは声をかけられるのを待ち顧客を探すというわけです。
ポイントはここからです。金銭を介した交渉ということでは同じですが、日本で言う「性風俗」と異なるのは女性の方に拒否権があるということです。つまり、男性がバーやカフェで気に入った女性を見つけたから金で連れ出せるというわけでは必ずしもなくて、その女性に気に入られなければ連れ出すことはできないのです。もちろん彼女らの大半はお金に困っていますから、よほどのことがない限り男性の申し入れを拒否することはないでしょう。しかし、彼女らもできることなら好みの男性と一夜を過ごしたいでしょうし、会話も楽しみたいわけです。あわゆくば本当の恋人や結婚、という想いがあることもあります。
実際GINAの調査では、セックス・ワーカー200人のうち、顧客を恋人にしてもよいかという質問に「イエス」と答えたのが77%、顧客と結婚してもよいかに「イエス」と答えたのが82%にものぼるのです。
GINAのこの調査では、「どこの国の男性が好きか」という質問もしています。その答えは西洋人が154人なのに対し、日本人はわずか26人しかいません。この数字も踏まえて私が調査全体から得た日本人男性の買春に対する印象をまとめると下記のようになります。
・日本人は初対面の女性とコミュニケーションをとるのが苦手
・日本人はコミュニケーションをとらずいきなり性交渉をおこなうことに抵抗がない
・日本人は夜に遊ぶ女性を探すという個人的なことですら個人でなく団体で行動する
・日本人の団体行動はプライベートな友達ではなく仕事上のものであることが多い
西洋人の特徴はこの逆になります。つまり、コミュニケーションを楽しむことができて気に入った女性がいると果敢にアタックし、個人で行動するのです。
これはどちらがいいかを結論づけることに意味はないかもしれませんが、私個人の印象を言えば西洋人型の方に好感がもてます。もっと言えば、以前も述べましたが、集団買春などという馬鹿げたことをしているから、従軍慰安婦の問題に対する日本人の発言が説得力を持たないわけです(注3)。
最近は「コミュ力」とか「コミュ障(害)」という言葉が流行しているようで、私自身はこのようなコミュニケーション至上主義には疑問がありますが、それでも性愛に関してはコミュニケーションを重要視すべきだと思います。
コミュニケーションを大切にしていない、性とは極めて個人的なものであるのにもかかわらず団体行動をとろうとする、このふたつが私自身が思う日本人男性の性愛についての問題です。そして、コミュニケーションを重視しないから、いきなり性交渉が始められる(?)性風俗店に行く男性が存在し、さらにそれを団体行動でおこなうといった、諸外国からは理解できない行動がとられているのです。
しかし、です。先に紹介したように、西洋人はセックス・ワーカーとコミュニケーションを密にとるから顧客とセックス・ワーカーの関係からintimate friendあるいは恋人への関係へと進展しやすいわけで、さらにこの関係がコンドームを用いない性交渉(unprotected sex)へと移行し、その結果がHIVの増加につながっているとも言えるわけです。
ということは、日本人の男性は"日本式の"性風俗を好むが故に、世界諸国からみるとHIVの感染者が少ないと言えるのかもしれません。何とも皮肉なものです・・・。
注1:この論文は医学誌『British Medical Journal』の2004年7月22日号(オンライン版)に掲載されています。タイトルは「Sex, sun, sea, and STIs: sexually transmitted infections acquired on holiday」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/329/7459/214
注2:この調査の詳細はこのサイトの「タイのフリーの売春婦(Independent Sex Workers)について」で詳しく紹介しています。興味のある方は下記を参照ください。
http://www.npo-gina.org/taihuri-baishunhu/
注3:この点については下記の「GINAと共に」を参照ください。
第69回 南京虐殺と集団買春(2012年3月)