GINAと共に

第177回(2021年3月) 日本の同性婚、米国の3人親家族

 最近、日本のセクシャルマイノリティに関する画期的な法的出来事が立て続けに起こりました。今回はまずこれら日本の出来事を振り返り、ついで米国の状況をみていきたいと思います。しかし本題に入る前に言葉の整理をしておきましょう。

 現在最も人口に膾炙しているセクシャルマイノリティを表す言葉はLGBTでしょう。ですが、他のところでもしばしば述べているように(例えばこちら)、私自身はこの表現に違和感を覚えます。なぜなら、この表現ではすべてのセクシャルマイノリティが、L、G、B、Tのいずれかに含まれてしまうという誤解を与えかねないからです。これら4つに分類されないマイノリティがはみ出ることになるのが問題だと思うのです。

 では、LGBTQIA+ならいいのかというと、そういうわけでもありません。そもそもこれでは長すぎて多くの人に覚えてもらえません。SOGI(Sexual Orientation and Gender Identity)という言葉は便利なのですが、これは性的指向/性自認を表した表現であり、人そのものを指しているわけではありません。

 また、マイノリティのなかには、性自認が揺れ動く人がいます。例えば、私の知人(タイ人)に、ストレート→レズビアン→ストレート→バイセクシュアル→ストレートと変化した人がいますし、私が日頃診ている患者さんのなかにもこういった人たちはそれなりにいます。

 では、LGBTが適切でないのだとすればマイノリティを表すのにはどのような表現がいいのでしょう。私の案は、そのまま「セクシャルマイノリティ」と呼べばいいではないか、あるいは略して「セクマイ」「マイノリティ」ではどうか、というものです。というわけで、ここからはセクシャルマイノリティ(またはマイノリティ)で進めていきます。

 2021年3月17日、北海道の同性カップル3組6人が「同性どうしの結婚が認められないのは憲法で保障された婚姻の自由や平等原則に反する」として1人100万円の損害賠償を国に求めていた訴訟に対し、札幌地裁が原告の主張を認めました。つまり、「同性婚は違法ではない」という判決が日本で初めて出されたのです。正確に言えば、損害賠償請求は棄却された(100万円はもらえなかった)のですが、訴訟の目的は「同性婚が認められないのは違憲である」という判断を司法に認めてもらうことでしたから、事実上原告の「勝利」と言えるわけです。

 偶然にも同じ日の3月17日、「事実婚」が同性カップルで成立するかが争点だった損害賠償請求訴訟で、最高裁は「事実婚において同性カップルと異性カップルに差はない」という決定をしました。この訴訟のあらましは次のようなものです。

 レズビアンのカップルの一方(被告)が不貞行為(浮気)をし、もう一方(原告)が慰謝料などの支払いを求めていました。被告側は「(同性だから)事実婚ではなく浮気をしても法的責任はない(浮気をしたのは認めるけれど、慰謝料を払う必要はない)」と主張していました。これに対し、最高裁はその訴えを認めず、原告の主張どおり「同性どうしでも事実婚と認められる(だから浮気をしたのなら慰謝料を払う義務がある)」と判断したのです。

 さらにもうひとつ、興味深い司法のニュースがあります。3月23日、三重県県議会で「アウティング」を禁止する条例が全会一致で可決されたのです。アウティングとは過去のコラム(参照:「性にまつわる"秘密"を告白された時」)で紹介したように、性的指向や性自認を本人の許可なく他言することで、そのコラムでは被害者が自殺した「一橋大学法科大学院アウティング事件」について紹介しました。

 その忌々しい事件のあった一橋大学が位置する東京都国立市では、日本の自治体初の「アウティング禁止条例」が2018年に制定されました。国立市に続き条例が成立したという話はその後聞きません。今回条例が制定された三重県は(市町村でなく)「県」ですから、このニュースはもっと注目されていいと思います。ただし、三重県のこの条例には罰則はありません。

 さて、では日本社会も、性自認や性的指向に寛容になり多様な「性」を受け入れるようになってきているのでしょうか。私個人としてはそのようには感じていません。それどころか日本は世界から取り残されているような印象を持っています。アジアだけをみてみても、同性婚が完全に合法化されている台湾との隔たりが目立ちます。

 一方、米国では同性婚どころか「3人親」がすでに当たり前になっています。3人親のことを英語では「トリ・ペアレンティング(tri-parenting)」と呼びます。全米のすべての州で、というわけではありませんが、カリフォルニア州、ワシントン州、メイン州などいくつかの州ではすでに「3人親」が合法化されています。つまり、3人の親それぞれに親権が保障されているのです。

 米国の月刊誌「Atlanta」2020年9月4日号に掲載された記事「3人親家族の増加(The Rise of the 3-Parent Family)」によると、両親はストレートの夫婦が当たり前という考えはもはや時代遅れで、そのような家族は今日のアメリカの典型的な家庭ではないそうです。

 同誌によると、米国の「ピュー研究所(Pew Research)」の報告では、2014年の時点で初婚の2人親を持つ子供(つまり、両親がストレートの夫婦で離婚していない)はすでに半数以下となっています。

 では、どのような「3人親」が一般的なのでしょうか。同誌によれば、「レズビアンのカップルと精子ドナーの男性」というパターンが最多です。男性は2人の女性とはプラトニックな(つまり性行為のない)関係で、子供は共同で養育するようです。

 おそらく現在の日本では3人親の家族はほとんどないと思います。ですが、私自身は今後日本でも(合法化され親権が認められることは当分の間ないにせよ)増えてくるのではないか、とみています。少なくとも求めている人たちがいるのは確実です。なぜ、そんなことが言えるのか。それは日本でもエイセクシャル(asexual)の人がそれなりにいるからです。私の元にもときどき相談が寄せられます。尚、エイセクシャルを「アセクシャル」と呼ぶ人がいますが、普通に発音すれば(少なくとも私がこれまでネイティブの人たちから聞いた発音では)「エイセクシャル」が近いですから、ここではエイセクシャルで統一します。

 エイセクシャルとは男性に対しても女性に対しても性的指向をもたない人のことです。性自認はたいていははっきりしていて、私の知る限り生物学的な性と一致していることが多いと言えます。性行為には関心がなくリビドー(性欲)というものを感じませんが、他人と一緒に過ごしたいという気持ちを持っている場合が多く、子供がほしいと考えている人もいます。

 先述の「Atlantic」の記事でもエイセクシャルの男性が紹介されています。この男性は結婚しているストレートの夫婦と一緒に住み、2017年8月に元々の夫婦の間にできた子供が生まれるときには分娩室にいたそうです。この家族は3人親が合法のカリフォルニアに居住しており、男性は誕生した女の子の「3人目の親」となり、3人で子育てをしています。親権は残りの2人(つまりストレートの元々の夫婦)とまったく同じです。
 
 現在その女児は生物学的な父親を「ダディ」、エイセクシャルの"父親"を「ダダ」と呼んでいるそうです。近所には、母親2人と父親1人の3人親家族や、両親が同姓の家族が住んでいるために、まだ3歳のこの女児も、家族のかたちはいろいろで、自分の家族はいろいろな家族のなかの一つだと認識しているそうです。

 インディアナ大学の社会学者Pamela Braboy Jacksonは、「家庭で大切なのは互いの関係やコミュニケーションが良好かどうかということであって、そこに何人いるかは関係ない」と同誌の取材に答えています。

 米国では連邦最高裁が2015年6月、「全米の全ての州で同性婚を合法化する」と明言し、現在では同性婚はもはや常識で、今や3人親も当然となりつつあります。一方、日本はようやく「同性婚を禁じるのは違憲」という初の判決が出たばかりです。今後もこの「差」に注目していきたいと思います。

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第176回(2021年2月) コロナ時代の性交渉

 私が院長を務める太融寺町谷口医院に通院するHIV陽性の患者さんから、この1年間で多かった質問が「HIV陽性者が新型コロナに感染すれば重症化するのか」というものです。

 一方、主にGINAのウェブサイトから寄せられるメールの相談でこの1年間多かったのが「性交渉で新型コロナに感染するのが怖い......」というものです。なかには、「決心がつかずHIVの検査を受けていない(だから感染しているかもしれない)。今、新型コロナに感染すると重症化するのではないかと思って......」というものもあります。

 今回は、コロナ禍のなか、性交渉ではどのような注意が必要かについてみていきましょう。ただし、このような情報は日本語のものも含めてたくさん出回っていますので、他のサイトでは触れていない踏み込んだことを述べていきます。

 私がまず提案したいのは、「HIV感染の有無を知ること」です。HIV陽性か否かで新型コロナ感染時の重症化のリスクが変わってきます。新型コロナウイルスが流行しだした昨年(2020年)の2月頃は、HIV陽性だからといって重症化するリスクや死亡率が上昇することはないと考えられていました。医学の世界で「ない」を証明するのは困難なのですが、おそらく多くの患者を診ている医療者の印象がそうだったのでしょう。

 他方、初めから明らかにハイリスクと考えられていたのが、高齢、肥満、喫煙、糖尿病です。その後のデータもこれらが間違いないことを示しています。喘息については今もはっきりしていませんが、明らかなリスク因子ではなさそうです。喘息でよく使われる「オルベスコ」という吸入薬が新型コロナの治療になるのではないかと言われていたくらいですから、喘息があってもしっかりと治療を受けていればリスク因子とはならないと考えられています。尚、このオルベスコという薬、あまりにも注目されすぎたために一時は品切れが続いていましたが、きちんとした研究がおこなわれ新型コロナに対する効果が否定されてからは品切れすることがなくなりました......。

 HIVについても喘息と少し似ているところがあります。カレトラという抗HIV薬が新型コロナに有効なのではないかと注目されていました。こういった経緯もあり、HIV陽性で抗HIV薬を内服している人はコロナに感染しにくく重症化しにくいのではないかと言われることもありました。2020年2月~3月頃には、GINAのサイトに同じような質問が多数寄せられました。「抗HIV薬(カレトラ)が効くなら、当社が扱っている免疫力を上げるハーブも効くのでは?」というビジネスがらみの問い合わせも複数ありました。

 その後カレトラを含む抗HIV薬の新型コロナへの有効性はほぼ否定されるに至りました。尚、現時点で新型コロナに有効とされている薬は、デキサメタゾンという昔からあるステロイドくらいです。ただし、これは重症化したときに使うものであり、軽症者には使えません。もちろん予防効果もありません。その逆で、ステロイドですから免疫を下げて余計に感染しやすくなる可能性すらあります。

 トランプ元大統領が使用したことで有名になった「REGN-COV2」は注目されていて、現在治験が進められています。これは新型コロナウイルスに対する抗体(中和抗体)そのものと考えて差支えありません。感染初期であれば、この抗体を投与することでウイルスの増殖を抑えることができます。ただし費用はものすごく高くつきます。

 話をHIVに戻します。HIV陽性者は新型コロナに脆弱なのか否か......。しばらくの間は答えが分からなかったのですが、イギリスで興味深い研究がおこなわれました。結論から言えば「HIV陽性者は新型コロナ重症化のリスクになる」ことが分かりました。

 医学誌「The Lancet」2021年1月1日号に「HIV感染と新型コロナによる死亡~英国の分析~ (HIV infection and COVID-19 death: a population-based cohort analysis of UK primary care data and linked national death registrations within the OpenSAFELY platform)」というタイトルの論文が掲載されました。英国のデータベースが解析され、HIVと新型コロナの関係が調べられました。

 データベースに登録されている成人17,282,905人のうち27,480人(0.16%)がHIV陽性です。追跡期間中に14,882人が新型コロナで死亡し、HIV感染者は25人でした。これらを統計学的に解析すると、HIV陽性者は陰性者に比べて死亡リスクが2.9倍高いことが分かりました。人種、喫煙率、体重などの新型コロナ重症化に影響を与える因子を取り除いてリスクを分析すると2.59倍となります。人種間で明らかな差があり、非黒人では1.84倍リスクが上昇しているのに対し、黒人では4.31倍にもなっています。

 おそらくこれを読まれているのはほとんどが「非黒人」の方でしょうから、「HIV陽性者の新型コロナでの死亡リスクは非HIV陽性者に比べて1.84倍」と考えればいいでしょう。

 ところで、HIVに感染していないかどうかは知っておくべきですが、これは自分自身だけでなくパートナーについてもです。もちろん人には「知らない権利」というものもありますから、検査を強要してはいけません。ですが、HIVはすでに死に至る病ではなく、早期発見・早期治療ができれば命が助かるだけでなく様々な合併症(特にHANDと呼ばれる認知症など脳の障害)のリスクを下げることができます。つまり、パートナーのことを大切に想えば想うほど、パートナーの健康状態を知りたくなるのは自然なことであり、HIVの有無もそれらに入ってくるわけです。

 HIV陽性者が新型コロナに感染すると重症化するリスクが上がることが分かった今、パートナーがいる人は二人で今一度検査をすべきかどうかについて話し合うことを勧めたいと思います。

 互いに陰性であることが分かれば性行為を持てばいいわけですが、新型コロナが厄介なのは無症状でもうつすことです。米国CDCによると半数以上が無症状感染者から感染しています。そして、新型コロナ陽性者の3分の1以上が無症状とする研究もあります。ということは、性交渉をもてばパートナーに新型コロナを感染させ、しかも重症化させる。そして自分自身は始終無症状という可能性もでてきます。

 コロナ禍の性交渉について書かれたサイトなどをみると、手洗いをする、症状があれば行為を控える、2メートル以上あけて生活する、などと書かれています。ですが、このようなこと、愛し合う二人の前では意味をなさないのではないかと私は思います。そもそも恋愛は理屈でするものではありません。理性では説明できない衝動に突き動かされることだってあるわけです。

 ならば、パートナーとの間の感染を防ぐ方法をあれこれ考えるよりも、二人が他者から感染しないように何をすべきか、もしもどちらかが感染の可能性があるときは何をすべきか、感染した可能性があるときに相談できるところは確保できているか、感染すればそれぞれ重症化のリスクはどれくらいあるのか、同棲している場合どちらかが感染の可能性があるときは別の宿泊場所を確保できるか、という話を早い段階でしておくのが現実的です。こういったことを考えた上で、若くて健康な二人であれば「どちらかに疑う症状が出ても一緒に過ごす」という選択肢もあっていいはずです。

 若い頃の恋愛はとても大切で貴重なものです。新型コロナを甘くみてはいけませんが、恐れすぎるあまり貴重な経験の機会を失うこともまた避けなければなりません。

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第175回(2021年1月) ついに日本でもPrEPが普及する兆し

 前回、PrEPは性的アクティビティが高い人たちの間で非常に優れたHIV予防法であること、しかし費用が高すぎるのが問題であることを述べました。今回は、私が日頃診ている患者さんにもようやく安く処方できる方法が登場したことをお伝えします。まずはこれまでの経緯を振り返っておきましょう。

 私及び私が院長を務める(医)太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)が日本でもPrEPを実施しなければならないと初めて考えたのは2012年でした。日本製のツルバダは日本で流通している先発品は1錠約5千円もするために、谷口医院が海外製のツルバダの後発品を直接輸入することを考え、近畿厚生局に相談しました。しかし結果は即「却下」でした。理由は「安いからという理由での輸入は認められない」でした。お役所には"情"は通りません。法律の「壁」があるなら仕方がないといったんは諦めました。

 2013年頃より外国人を中心にPrEP(及びPEP)の問い合わせが増え始めました。2016年頃からは日本人からの相談も次第に増えてきました。そこでPrEPに興味をもつ人たちには2つの案を提案することにしました。

 ひとつは個人輸入です。誰でもインターネットを通した通販で1錠200~400円程度で購入することができます。ただし、個人輸入には偽物をつかまされるリスクがあります。厚労省によると、個人輸入のED改善薬の4割は偽物です。抗HIV薬だけで調べられたデータは見たことがありませんが、すべて本物と信じるのはリスクが大きすぎます。

 そこで谷口医院の患者さんやGINAのサイトから問い合わせをされる人には「2つ目の方法」を推奨してきました。それは「タイで処方してもらう」という方法です。バンコクにはPEP/PrEPを専門にした外国人用のクリニックがいくつかあり、やはり1錠200~400円程度でツルバダの後発品が処方されています。

 私が最も推薦しているのはタイの赤十字が運営しているAnonymous Clinicで、ここでならツルバダの後発品が1錠50円未満です。安いからという理由だけでこのクリニックを推薦しているわけではありません。スタッフも多く、医師、薬剤師、ケースワーカーが多数そろっています。きちんとした説明を詳しく聞けるのも魅力なのです(ただし日本語ができるスタッフはいないためにタイ語か英語で会話をしなければなりません)。

 PEPの場合でもアクシデントが起こってからすぐにタイに渡航できれば間に合いますが、スケジュールの調節が困難という人も少なくありません。ですが、PrEPなら計画して渡航すればいいわけですから、休暇時に観光がてらにAnonymous Clinicを訪れることができます。LCCを使えば片道1~2万円程度で渡航できます。バンコクは物価がとても安いですから繁華街から少し離れたところなら1泊500バーツ(約1,600円)も出せばエアコンとホットシャワーが付いたゲストハウスに泊まれます。そんなわけで、2017年頃からはPrEPの問い合わせがあればAnonymous Clinicを積極的に勧めるようにしていました。

 ところが予期せぬアクシデントが発生しました。新型コロナウイルスです。2020年1月、武漢での発生が報じられてから間もなくタイでも陽性者がみつかり、外国人の入国制限が開始されました。それから1年が経過した2021年1月下旬、いまだにタイには特別な理由がなければ入国できません。これではPEPはもちろん、PrEPを目的とした渡航もできません。ちなみに、タイではコロナ禍でも性転換や美容外科などの手術を受ける場合には特別なビザがおります。 

 そんななか、ちょうどタイに自由に渡航できなくなった2020年の2月頃から、「東京のクリニックでツルバダ後発品を処方してもらった」という声を聞くようになりました。谷口医院に相談に来られた患者さんは「東京に行くのが大変なのでここ(谷口医院)で処方してもらえないか」と言います。しかし、先述したように近畿厚生局は輸入を許可してくれません。もしかすると関東甲信厚生局はクリニックでの輸入を認めているのでしょうか。

 そこで、2020年12月上旬、関東信越厚生局に直接電話で問い合わせてみました。回答はなんと「輸入可能」とのこと。しかし、近畿厚生局は許可せず関東信越厚生局は許可しているというのはおかしな話で筋が通りません。谷口医院としては(関西空港ではなく)関東の空港から入荷する手続きをすれば輸入ができるのかもしれませんが、そのようなことをしてもいいのでしょうか。そこで、関東信越厚生局に「なぜ近畿はダメで、そちらはOKなのか回答がほしい」と依頼しました。

 年末に同局から電話がかかってきて「現在近畿厚生局と話をしている。正式な回答まで少し待ってほしい」とのことでした。本原稿を書いている1月24日時点で回答はありません。

 PrEPに対する問い合わせはコロナ禍でも減りません。そのうち患者さんから「なんで東京ではできて大阪ではできないのだ」とお叱りを受けるようになるかもしれません。厚生局の回答を待っているのは得策ではありません。そこで、私は「もうひとつの方法」で輸入できないか探ることにしました。その方法とは「輸入業者に依頼する」というものです。

 意外なことに、この方法だと(業者に手数料を払いますから高くはなりますが)すんなりと輸入ができました。結局、1月下旬から谷口医院でもHIVのPrEPがおこなえることになりました。

 めでたしめでたし......、と言いたいところですが、入荷はできてもまだ問題は残っています。PrEPの正しい使い方を理解してもらい使用してもらうのに少し"壁"があるのです。興味があって問い合わせをされる人は多いのですが、誤解をされている人も少なくありません。

 最大の誤解は「on demand PrEP」です。通常のPrEPは別名「daily PrEP」と呼ばれるものでツルバダ(後発品も同様)を1日1錠内服します。一方、on demand PrEPは、性行為の2~24時間前に2錠、最初の服用の24時間後に1錠、2回目の服用の24時間後に1錠、合計4錠服用する方法です。性行為の機会があるときだけ内服する方法ですからdaily PEPに比べて費用はリーズナブルになります。

 しかし、残念ながらこの方法は万人に支持されたものではありません。米国CDCはon demand PrEPをHIVの予防とは認めておらず、FDAは「daily PrEPがFDAの承認する唯一の予防法」としています。それに、そもそもon demand PrEPは男性間だけの方法です。on demand PrEPが有効だとする研究(IPERGAYと呼ばれるフランスでおこなわれた研究が最も有名)があり、一流の医学誌『New England Journal of Medicine』に掲載された論文でもPrEPは有効でかつ安全であることが示されていますが、これはゲイを対象とした研究であり、ストレートの男性や女性には推奨されていません。

 もうひとつの誤解がC型肝炎ウイルス(以下HCV)です。PrEPの相談をされる人は性感染症に詳しいことが多く、B型肝炎ウイルス(HBV)のワクチンはすでに接種し抗体形成を確認していることが多いのですが、HCVが忘れられているのです。HCVは多くの人が感染しており(日本では200万人以上が陽性と言われています)、HIVとHCVの重複感染も多く、かつては、「HIVは抗HIV薬のおかげで抑制できているのにHCVに有効な治療薬がなかったために死因がHCV関連」ということが多かったのです。ところが、現在は画期的な薬(DAAと呼ばれます)が登場したおかげで、ほぼ完治が見込めるようになりました。とはいえ、100%治るとまでは言い切れず、また治療費用に数百万円もかかります。もちろん個人負担は低く抑えられはしますが、それでも可能な限り予防すべき感染症です。HIVのPrEPが普及したせいでHCVの感染者が増えるようなことは避けねばなりません。

 しかし、ここに述べたような「誤解」があるとはいえ、HIVのPrEPが安く入手できるようになったのは朗報であることには変わりありません。谷口医院以外にも輸入業者を通してツルバダの後発品を入手する医療機関は今後増えていくでしょう。先進国で普及し始めてからすでに10年の遅れをとっているPrEPがようやく広がりつつあります。

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第174回(2020年12月) PrEPとU=Uは矛盾するのか

 最近、GINAのサイトから寄せられる質問で多いのが「PrEP」に関するものです。なかでも、PrEPと「U=U」が矛盾するのではないか、という指摘が次第に増えてきています。今回はこれについての話をします。

 ところで、私が院長を務める(医)太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では、月に一度、医療者を対象とした勉強会を開催しており、谷口医院のスタッフでない他の医療機関などで働く人も参加されています。その勉強会でPrEPとU=Uについてどれくらいの人が知っているか尋ねてみると、「よく知らない」と答える人が過半数を占めました。そこで、今回のコラムも基本から振り返っておきたいと思います。

 PrEPについては過去のコラムでも紹介したように、Pre-exposure prophylaxisの略で、日本語で言えば「曝露前予防」となります。つまり、HIVに曝されるかもしれない前に抗HIV薬を内服して感染を予防する方法です。具体的には次のような人たちから関心を持たれています。

#1 パートナーがHIV陽性の人
#2 常に複数の"パートナー"が必要で、その"パートナー"も他に相手がいる人
#3 パートナーは持たずに不特定多数との性交渉を求める人
#4 sex worker

 次にU=Uをみていきましょう。読み方は「ユー・イコールズ・ユー」です。最初の「U」はundetectable(検出されない)の頭文字のU、後の方の「U」はuntransmittable(感染しない)の頭文字のUです。つまり、(ウイルスが)検出されない(undetectable)ならば、感染させない(untransmittable)ということです。これは、コンドームを着用していなくても、です。従来はHIVの予防にはとにかくコンドームを使いましょう、と言われていたわけですから、その概念を覆すことになります。

 「本当にそうなのか。エビデンスはあるのか」という質問がよくありますので、それに答えておきましょう。U=Uが正しいことを示す大きな研究は2つあります。1つは「PARTNER試験」と呼ばれるイギリスの研究で、2014年に1回目、2019年に2回目がおこなわれました。コンドームを使わない性行為を行っている972組のゲイのカップル、516組のストレートのカップルが対象となりました。カップルのうち1人はHIV陽性、もう一人は陰性です。尚、このようなカップルのことを最近「serodiscordant」と呼ぶことが増えてきました。調査の結果、ゲイのカップルでは77,000回、ストレートのカップルでは36,000回のコンドームを使わない挿入を伴う性行為があり、ウイルス量が検出限界値未満のHIV陽性者からパートナーへのHIV感染は一例も認められませんでした。

 もうひとつの大規模研究は2017年にオーストラリアで実施された「Opposites Attract研究」と呼ばれるものです。対象は343組のゲイのカップルです。合計17,000回のコンドームなしのアナルセックスがおこなわれ、ウイルス量が検出限界値未満であれば感染例は一例もありませんでした。

 これら2つの大規模研究から言えること、それは服薬をきちんとおこない血中ウイルス量を一定以下におさえておけば、もはやコンドームはいらないということです。

 さて、「疑問」はここから出てきます。HIVの予防にコンドームが不要なら、当然PrEPも不要なのではないか、という疑問です。

 たしかにU=Uの立場から言えばPrEPは不要になります。ではPrEPの立場からみればどうなるでしょう。それは「確実にundetectable(ウイルスが検出されない)ですか?」というものです。もしもそれが不確かなら、PrEPは必要ですよ、ということになります。不確かはuncertainですから、「U(undetectable) = U(untransmittable), but U(uncertain) needs PrEP」となります。

 では不確か(uncertain)はどんなときかというと、上記#1~#4でいえば、#2、#3、#4が該当することになるでしょう。ところが、世間一般に#2、#3、#4はあまり好印象を持たれません。もちろん、こういった行動のすべてが他人から非難される筋合いのものではありませんが、PrEPをそのような人たちのために承認するのはおかしいのでは、という声が出てくるのは必至でしょう。

 ちなみに、米国やオーストラリアはPrEPも保険で認められることがあります。日本では予防医学は保険適用外ですが、「PrEPは高額がかかるから必要な人たちのために保険適用を!」とする意見もあります。もしもそのような声が大きくなってきたときに、「性的に逸脱した行動を取るような人たちの薬に保険適用を認めるべきではない」という声は必ず出てくるに違いありません。社会保険の保険者や国民健康保険の保険者(地域の自治体)は必ず反対します。

 一方、公衆衛生学者はPrEPの保険適用に賛成する可能性があります。なぜなら公衆衛生学者のミッションは「社会全体で感染者を減らす」ことにあるからです。倫理・道徳的な問題はさておき、実際には不特定多数と性行為を楽しむ人や、sex workで生計を立てている人がいるのが現実なわけですから、その現実を受け入れた上で感染予防対策を講じるのが彼(女)らの仕事なのです。

 では私のような実際に患者さんと向き合っている臨床医はどうなのでしょうか。臨床医が公衆衛生学者と異なるのは、実際に患者さんから直接相談を受けることです。私がPrEPに興味があるという患者さんから相談を受けたときにどうしているかを紹介しましょう。

 私の場合、まずその人の性的アクティビティに対し問診していきます。性的指向について、特定のパートナーがいるかどうか、特定のパートナーはHIV陽性か否か、不特定多数との交渉はあるか、sex workをしているか、買春はするか、といったことについて確認していきます。

 その結果、やはり#2、#3、#4の人たちでリスクの高い人にはPrEPを検討するよう助言することがあります。ただし、他の性感染症のリスクも知っておいてもらう必要があります。実際、HIVばかりに気を取られ、他の性感染症に対しての注意が不足していることは珍しくありません。例えば、PrEPの相談に来た人がHBV(B型肝炎ウイルス)のワクチン未接種というケースです。感染予防の順番としてはHIVのPrEPの前にHBVのワクチンです。

 また、忘れてはならないのは#1です。#1の人も最初のU、すなわちundetectedがしっかりと維持できているかについて確認しなければなりません。特に抗HIV薬を開始して間もない頃や、薬剤を変更したときには注意が必要になります。一般に、undetectedの状態が半年続くまではU=Uとは言えないからです。

 最後にPrEPの最大の問題点である「費用」について述べておきましょう。標準的なPrEPはツルバダという薬を1日1錠内服します。この薬は1錠5,000円前後もします。毎日5千円出せる人はそう多くないでしょう。そこで私は、偽物をつかまされるリスクは否定できませんが、個人輸入で海外製の安価なジェネリック薬品を使うように勧めています。しかし、偽物のリスクは決して小さくありません。

 ならば谷口医院で輸入することを考えればいいわけで、実は2012年に近畿厚生局に輸入の許可を求めて交渉したことがあります。ところが当時の近畿厚生局の担当者から「安いことを理由に個人輸入することは認められない」と言われました。当局にそう言われたのでは仕方がないと諦めていたのですが、最近関東では海外製後発品を処方しているクリニックがあります。そこで、制度が変わったのかと思い、8年ぶりに近畿厚生局に問い合わせてみました。しかし回答はやはり「できない」とのこと。なぜ関東ではOKで、関西ではNGなのか。これでは納得がいきません。そして、ついに谷口医院でもPrEPの需要に応える準備が整いました。詳しくは次回述べます。

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第173回(2020年11月) 「性暴力」が日本でこれだけ蔓延るのはなぜか

 過去のコラム「レイプに関する3つの問題」で、私が院長を務める太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)で、性暴力(レイプ)の被害の男女(女性が多いのですが男性もそれなりにあります)から相談を受けることについて述べました。性暴力の被害者は初めからそれを言うことはあまりなく、たいていはある程度通院し、我々医療者との関係が構築されてからようやく話してくれるようになります。

 そのコラムを書いてから7年以上が経ちました。7年で日本の性暴力の実情が改善されたかといえば、おそらくほとんど変わっていません。そして最近、私が以前から気になっていたことが調査され公表されたので、今回はまずはその調査を紹介したいと思います。

 一般社団法人Springという性被害当事者たちが中心となった団体があります。Springは2020年8~9月にかけて、ウェブサイトを通して性被害の実態調査をおこないました。その結果が2020年11月20日、「5899件の性暴力被害から見えた実態」と題した報告会で発表されました。

 その内容を毎日新聞の報道から抜粋します。まず、報告のタイトルにあるようにアンケート調査に回答したのが5,899人、回答者の96.4%が女性です。被害内容は下記の通りです。

「衣服の上から身体を触られた」63.9%
「衣服の下の身体を触られた」34.6%
「性器などを見せられた」31.3%
「口や肛門、膣(ちつ)への挿入を伴う被害」21.5%
「その他」14.7%(「精液をかけられる」「キスされる」「そばで自慰行為をされる」など)

 加害者の属性については「親や親の恋人・親族、見知った人」が34%です。先述の7年前のコラムで紹介した調査報告でも、こういった「身内」が加害者となるケースが少なくない結果となっていました。興味深いことに、今回発表されたspringの調査では、「男性器などの挿入を伴う被害」つまり、より深刻な被害に限定すれば、「身内」からの被害が59%を占めています。さらに、「親や親の恋人・親族」から挿入を伴う性暴力を受けた回答者の8割以上が12歳以下(被害を受けたのが12歳以下という意味だと思います)だったそうです。

 興味深いのはここからです。「それが性被害であることにいつ気付いたか」が質問されています。「被害に遭った直後」と回答したのは47.9%で、52%が「直後には認識できなかった」と答えているのです。

 では「直後に認識できなかった人」はいつ認識できるようになるのでしょうか。調査では平均7年という結果がでています。34.8%の人たちは8年以上かかったそうです。

 もうひとつ興味深いデータが示されています。被害にあった人で「専門家や支援機関に相談した人」は10.9%、「警察に相談した人」は15.1%に過ぎません。さらに、警察に相談しても被害が受理されにくいことが浮き彫りとなりました。「警察に相談して被害届が受理された」のは全体の7%(報道から、分母は「相談した人」ではなく「回答者全員」だと思われます)、「加害者が起訴され裁判で有罪になった」のはわずか0.7%しかないのです。

 Springのウェブサイトには「性被害の実態に即した刑法性犯罪の改正を目指して、アドボカシー活動をしています」とあります。つまり、現在の刑法がおかしい(罪が軽すぎる)のでそれを改正すべきだと考えているわけです。私も全面的に賛成で、先述した過去のコラムでも、日本の性被害の最大の問題のひとつが「罪が軽すぎること」だと指摘しました。

 法に訴えようと思っても罪が軽すぎることが分かっていますから「どうせ訴えても......」という気持ちが被害者だけでなく被害者をサポートする人の間にも生じるかもしれません。また、今回の調査結果でも示されたように「相談」自体のハードルも高いのです。実際、谷口医院で相談を受けるケースでも警察に専用のダイヤルがあることや、サポートしてくれる団体があることを知っていた人はそう多くありません。

 もちろん、性被害に遭って苦しんでいる人がその胸のうちを谷口医院のスタッフ(私も含めて)にいつも話してくれるわけではありません。何か月も、あるいは何年もたってから話してくれることもありますが、きっと今も話せないまま通院を続けている人もいるに違いありません。

 さらにspringの調査が明らかにしたように、被害に遭った被害者自身がそれを性被害と気づいていないことも多々あるのです。

 ではどうすればいいのでしょう。なぜ日本では性被害がこれだけ深刻なのにもかかわらずまともな議論が起こらないのでしょうか。過去のコラム「レイプ事件にみる日本の男女不平等」では、その理由が「女性蔑視にあるのではないか」という私見を述べました。そのコラムで紹介した「ジェンダー・ギャップ指数2015」では日本は145か国中101位でした。

 この指数は5年ごとに発表されます。2020年版では日本はさらにランクを落とし、153か国中121位です。ちなみに、他国を少し紹介しておくと、トップ3はアイスランド、ノルウェイ、フィンランド。アジアでの最高ランクはフィリピンで16位。タイは75位、中国106位、韓国108位、インド112位です。(これは私見ですが)もっとも性被害が深刻な国はインドではないかと私は思っています(参考:「インド女性の2つの「惨状」」)。日本はそのインドよりもさらにランクが低いのです。

 日本は国際的にみて女性の地位が低すぎるから向上させねばならない、という議論は少なくとも1980年代には存在していました。「女性学」なる学問もすでに80年代後半には登場していました。それから30年以上が経過した現在、いくらかの進展はあるのでしょうか。ちなみに、2020年春に発足した新型コロナウイルス感染症対策本部の集合写真が全員男性だったことが世界中に知れ渡り「日本の女性はコロナで絶命したのか」というジョークが広がりました。

 女性の地位向上はすぐには実現しないでしょうし、性暴力の被害者が積極的に相談するようになるのもそう簡単ではないと思います(注1)。「社会」や「慣習」はそう簡単に変わらないからです。おそらく「変わる」きっかけとなりうるのは社会に重大な影響を与えるような事件です。そういう意味で私はジャーナリストの伊藤詩織さんの裁判に注目しています。

 報道によれば、伊藤詩織さんは2015年、当時TBSテレビの記者山口敬之氏から性暴力の被害を受け警察に届け出ました。山口氏の逮捕は免れないと噂されていたものの直前になり東京地方検察庁は嫌疑不十分で不起訴としました。しかし、民事では2019年12月、伊藤さんが勝利し330万円の支払いが山口氏に命じられました(山口氏は控訴したと報じられていますがその後の動向は不明です)。そして、2020年9月、伊藤さんは米国のニュース誌「TIME」が選定する「世界で最も影響力のある100人」に選ばれました。ちなみに「TIME」のサイトでは伊藤さんが「勝訴」の文字を掲げている写真が掲載されています。

 新型コロナ流行のあおりも受け、伊藤さんが選定されたことはメディアではあまり大きく報じられませんでしたが、私は世界でますます注目されるようになっている伊藤さんの存在は大きいと思います。伊藤さんの行動が、診察室で「ようやく話せてよかったです......」と涙を流す女性たちを勇気づけ、次の被害の予防につながることを期待します。

 同時に、springの行動を支持したいと考えています。性暴力の加害者への罪を重くしてほしいからです。このサイトで「性依存症は治らない」ということを述べましたが(参照:「欺瞞と恐喝と性依存症」)、性暴力の欲求も簡単には治りません。罪を重くするのが最も現実的な方法だと思います。

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注1:性暴力やDVの相談窓口には次にようなものがあります。

DV相談プラス 0120-279-889 
(DVに伴う家庭内の性被害の相談にも応じています)

Cure time
(チャットで性被害の相談を受け付けています)

・#8008(DVに関する最寄りの相談窓口につながります。全国共通です)

・#8891(最寄りの性暴力被害ワンストップ支援センターにつながります。全国共通です)

・#8103(警察の性被害専門相談窓口につながります。全国共通です)

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