GINAと共に

第171回(2020年9月) ポストコロナのボランティア

 新型コロナウイルスが流行しだしてからGINAに寄せられる問い合わせで大きく減少したのが「ボランティアについて」です。

 これまでは、「タイで(あるいは他国で)ボランティアをしたいのですが......」という問い合わせがそれなりにあったのですが、新型コロナが流行しだした2020年2月以降、ピタッとなくなりました。それは当然ですし、現在も日本では「新型コロナ実は軽症説」が"流行"しているようですが、世界的にはまったく気を緩められる状態ではありません。「医療者のなかにも軽症説を唱える者がいるではないか」と言われることもありますが、急激に症状が悪化する患者さんを経験した医師はそのようなことは言いません。

 話を戻します。新型コロナが登場してから海外に医療ボランティアに行くことはほぼできなくなりました。もうしばらくすると医療者が新型コロナの流行している他国にボランティアに出向くという動きが出てくるようになると思いますが、一般の人が例えばタイのエイズ施設にボランティアに行くというようなことは当分の間できません。

 では、医療者でない人が医療ボランティアに行くことができる時代は再び訪れるのでしょうか。新型コロナが完全に収束すれば可能となるのでしょうか。私の考えは「以前と同じかたちには戻らないしまた戻すべきでない」です。

 その理由のひとつは「新型コロナは収束しない」からです。いい薬があるんじゃないの?、ワクチンができれば解決するのでは?、といった意見があるでしょうが、私は薬やワクチンができたとしても完全に収束することはないと考えています。その理由を述べます。まず、新型コロナにあなたが感染してすぐれた薬で治療できたとしましょう。しかし、薬はすべての人に効くとは限りません。新型コロナの最たるハイリスク者は高齢者です。そして、医療ボランティアとしてケアするのは高齢者が多いのです。

 HIVについては、私がタイのエイズ施設にかかわりだした2000年代前半は、HIVは若い人の病でした。ですが、それから20年近くがたち、高齢者の疾患に変わりつつあります。日本でも私が日々みているHIV陽性の患者さんの平均年齢はどんどんと上がっています。これからますますHIV陽性者に対するケアが高齢者に対するケアとなっていきます。

 では、小児の施設へのボランティアは問題ないのでしょうか。施設にもよりますが、例えば腎不全や白血病のある小児は新型コロナが非常に危険です。精神疾患の場合なら大丈夫かというと、自身の感染予防策が適切にとれない小児と接するのは危険です。

 ここでよくある質問に答えておきましょう。それは「けど、それはコロナじゃなくてもインフルエンザでも同じですよね」というものです。答えは「全然違います」。インフルエンザと新型コロナの違いは多数ありますが、最たるもののひとつが「新型コロナは、半数近くが自身が無症状のときに感染させる」ことです。まったくの無症状、つまり感染してからウイルスが消えるまで「無症状」(これをasymptomaticと呼びます)が本当に感染させるのか、については議論があるのですが、発症までの「無症状」(これをpre-symptomaticと呼びます)に感染させることが多いのは確実です。例えば、2日後に頭痛、味覚障害、倦怠感などが絶対に起こらないと断言できる人はいるでしょうか。つまり、いくらいい薬ができたとしてもそれが100%効くものでなければ、自身が無症状でも接し方によっては他人を死に追いやる可能性があるわけです。

 次にワクチンをみてみましょう。ワクチン開発には多くの国、そして多くの企業がしのぎを削っていますが、有効性と安全性が担保されたものはまだまだ登場しません。私はワクチンが逆効果となる可能性すら考えています(参照:「新型コロナ ワクチンが逆効果になる心配」)。ちなみに、医療系ポータルサイトMedPeerが2020年9月12日に3,000人の医師を対象とした「新型コロナのワクチンが供給されたら接種しますか」というアンケートでは、「接種しない」と「有効性と安全性が証明されるまで接種しない」を合わせると81%となり、「積極的に接種する」(19.0%)を大きく上回っています。何年かたってからすぐれたワクチンができたとしても、全員に100%有効でしかも効果が持続するようなものはまずできません。

 新型コロナを侮ってはいけません。完全なワクチンができる見込みはなく、いい薬が登場したとしても万人に効くわけではありません。そして無症状者からも感染し、高齢者のみならず若年者の命を奪うこともあり、さらに後遺症を残す可能性すらあるのです。可能な限り他人に感染させるリスクを取り除かねばなりません。

 そんな新型コロナを考えたときに従来のボランティアはできません。ではどうすればいいか。その前に「なぜ人はボランティアをやりたがるのか」を考えてみましょう。ボランティアをするととても気持ちがいいことを以前コラム(GINAと共に第103回(2015年1月)「ボランティアを嫌う人とボランティアが「気持ちいい」理由」) で述べました。そのコラムでは、ボランティアを通しての「貢献」が人間の原則にしたがっているということにも触れました。そして、「感謝の言葉を求めてはいけない」と言及しました。

 もうプレコロナ時代には戻れませんから「一度体験すれば分かります」とは言えず説得力に欠けるかもしれませんが、ボランティアでは人の絆を感じることができ、人が人である理由を実感することができます。「気持ちよさ」を求めてはいけませんが「気持ちいい」のは事実です。私が初めてタイのエイズ施設で患者さんの手に触れたとき、暗くどんよりした表情のその患者さんが突然笑顔になり目に涙を浮かべました。当時のタイではエイズについての知識が周知されておらず皮膚に触ることで感染すると思っている人もいたのです。そんななか、はるばる遠いところからやって来た見知らぬ日本人がエイズを発症している自分の手を握っているということに感動されたのです。

 おそらく、素直な気持ちで人が人に触れたときに絆を感じ安らぎが得られるのは人の特徴のひとつなのでしょう。私がタイのエイズ施設でボランティアをしていた頃は、できるだけ患者さんに触れるようにしていました。それだけで笑顔が戻る人も少なくないのです。そして、私の知る限り、ボランティアを長期で続けている人は例外なく患者さんに触れることに長けています。「触れること」は重要なケアのひとつなのです。

 話を新型コロナに戻しましょう。もうお分かりいただいたと思いますが、ポストコロナ(ウイズコロナ)の時代には、患者さんに触れることが困難です。また、触れなくても感染させる可能性があります。マスクをしていたとしても近づき方によっては感染する・させるリスクが出てきます。それに外国人の場合、言葉の壁がありますから、表情自体が重要なコミュニケーションとなります。その表情がマスクで隠れるわけですから適切なコミュニケーションがとれなくなってしまいます。

 ではどうすればいいのか。マスクを外せないというのは大きなハンディではありますが、それでも医療ボランティアができないわけではありません。まずすべきことは「正しい知識を持つこと」です。新型コロナはワクチンがなくとも(ほぼ)感染しない方法はあります。実際、私は4月以降、新型コロナに感染しない自信を持っています(興味のある方は別のところで書いたコラム「新型コロナ 感染防止に自信が持てる知識と習慣」を参照してください)。

 それに、これまでのボランティアがあまりにも無防備というか、タイでは眼を覆いたくなるシーンも随分と見てきました。例えば、結核、B型肝炎、疥癬といった感染症の知識がまるでなく予防が全然できていないボランティアもいるのです。私は彼(女)らを非難したくはありませんが、最低限の知識を身に着けてから医療ボランティアを始めてほしいと思っています。新型コロナの流行がそのきっかけになれば、と今は考えています。