GINAと共に

第173回(2020年11月) 「性暴力」が日本でこれだけ蔓延るのはなぜか

 過去のコラム「レイプに関する3つの問題」で、私が院長を務める太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)で、性暴力(レイプ)の被害の男女(女性が多いのですが男性もそれなりにあります)から相談を受けることについて述べました。性暴力の被害者は初めからそれを言うことはあまりなく、たいていはある程度通院し、我々医療者との関係が構築されてからようやく話してくれるようになります。

 そのコラムを書いてから7年以上が経ちました。7年で日本の性暴力の実情が改善されたかといえば、おそらくほとんど変わっていません。そして最近、私が以前から気になっていたことが調査され公表されたので、今回はまずはその調査を紹介したいと思います。

 一般社団法人Springという性被害当事者たちが中心となった団体があります。Springは2020年8~9月にかけて、ウェブサイトを通して性被害の実態調査をおこないました。その結果が2020年11月20日、「5899件の性暴力被害から見えた実態」と題した報告会で発表されました。

 その内容を毎日新聞の報道から抜粋します。まず、報告のタイトルにあるようにアンケート調査に回答したのが5,899人、回答者の96.4%が女性です。被害内容は下記の通りです。

「衣服の上から身体を触られた」63.9%
「衣服の下の身体を触られた」34.6%
「性器などを見せられた」31.3%
「口や肛門、膣(ちつ)への挿入を伴う被害」21.5%
「その他」14.7%(「精液をかけられる」「キスされる」「そばで自慰行為をされる」など)

 加害者の属性については「親や親の恋人・親族、見知った人」が34%です。先述の7年前のコラムで紹介した調査報告でも、こういった「身内」が加害者となるケースが少なくない結果となっていました。興味深いことに、今回発表されたspringの調査では、「男性器などの挿入を伴う被害」つまり、より深刻な被害に限定すれば、「身内」からの被害が59%を占めています。さらに、「親や親の恋人・親族」から挿入を伴う性暴力を受けた回答者の8割以上が12歳以下(被害を受けたのが12歳以下という意味だと思います)だったそうです。

 興味深いのはここからです。「それが性被害であることにいつ気付いたか」が質問されています。「被害に遭った直後」と回答したのは47.9%で、52%が「直後には認識できなかった」と答えているのです。

 では「直後に認識できなかった人」はいつ認識できるようになるのでしょうか。調査では平均7年という結果がでています。34.8%の人たちは8年以上かかったそうです。

 もうひとつ興味深いデータが示されています。被害にあった人で「専門家や支援機関に相談した人」は10.9%、「警察に相談した人」は15.1%に過ぎません。さらに、警察に相談しても被害が受理されにくいことが浮き彫りとなりました。「警察に相談して被害届が受理された」のは全体の7%(報道から、分母は「相談した人」ではなく「回答者全員」だと思われます)、「加害者が起訴され裁判で有罪になった」のはわずか0.7%しかないのです。

 Springのウェブサイトには「性被害の実態に即した刑法性犯罪の改正を目指して、アドボカシー活動をしています」とあります。つまり、現在の刑法がおかしい(罪が軽すぎる)のでそれを改正すべきだと考えているわけです。私も全面的に賛成で、先述した過去のコラムでも、日本の性被害の最大の問題のひとつが「罪が軽すぎること」だと指摘しました。

 法に訴えようと思っても罪が軽すぎることが分かっていますから「どうせ訴えても......」という気持ちが被害者だけでなく被害者をサポートする人の間にも生じるかもしれません。また、今回の調査結果でも示されたように「相談」自体のハードルも高いのです。実際、谷口医院で相談を受けるケースでも警察に専用のダイヤルがあることや、サポートしてくれる団体があることを知っていた人はそう多くありません。

 もちろん、性被害に遭って苦しんでいる人がその胸のうちを谷口医院のスタッフ(私も含めて)にいつも話してくれるわけではありません。何か月も、あるいは何年もたってから話してくれることもありますが、きっと今も話せないまま通院を続けている人もいるに違いありません。

 さらにspringの調査が明らかにしたように、被害に遭った被害者自身がそれを性被害と気づいていないことも多々あるのです。

 ではどうすればいいのでしょう。なぜ日本では性被害がこれだけ深刻なのにもかかわらずまともな議論が起こらないのでしょうか。過去のコラム「レイプ事件にみる日本の男女不平等」では、その理由が「女性蔑視にあるのではないか」という私見を述べました。そのコラムで紹介した「ジェンダー・ギャップ指数2015」では日本は145か国中101位でした。

 この指数は5年ごとに発表されます。2020年版では日本はさらにランクを落とし、153か国中121位です。ちなみに、他国を少し紹介しておくと、トップ3はアイスランド、ノルウェイ、フィンランド。アジアでの最高ランクはフィリピンで16位。タイは75位、中国106位、韓国108位、インド112位です。(これは私見ですが)もっとも性被害が深刻な国はインドではないかと私は思っています(参考:「インド女性の2つの「惨状」」)。日本はそのインドよりもさらにランクが低いのです。

 日本は国際的にみて女性の地位が低すぎるから向上させねばならない、という議論は少なくとも1980年代には存在していました。「女性学」なる学問もすでに80年代後半には登場していました。それから30年以上が経過した現在、いくらかの進展はあるのでしょうか。ちなみに、2020年春に発足した新型コロナウイルス感染症対策本部の集合写真が全員男性だったことが世界中に知れ渡り「日本の女性はコロナで絶命したのか」というジョークが広がりました。

 女性の地位向上はすぐには実現しないでしょうし、性暴力の被害者が積極的に相談するようになるのもそう簡単ではないと思います(注1)。「社会」や「慣習」はそう簡単に変わらないからです。おそらく「変わる」きっかけとなりうるのは社会に重大な影響を与えるような事件です。そういう意味で私はジャーナリストの伊藤詩織さんの裁判に注目しています。

 報道によれば、伊藤詩織さんは2015年、当時TBSテレビの記者山口敬之氏から性暴力の被害を受け警察に届け出ました。山口氏の逮捕は免れないと噂されていたものの直前になり東京地方検察庁は嫌疑不十分で不起訴としました。しかし、民事では2019年12月、伊藤さんが勝利し330万円の支払いが山口氏に命じられました(山口氏は控訴したと報じられていますがその後の動向は不明です)。そして、2020年9月、伊藤さんは米国のニュース誌「TIME」が選定する「世界で最も影響力のある100人」に選ばれました。ちなみに「TIME」のサイトでは伊藤さんが「勝訴」の文字を掲げている写真が掲載されています。

 新型コロナ流行のあおりも受け、伊藤さんが選定されたことはメディアではあまり大きく報じられませんでしたが、私は世界でますます注目されるようになっている伊藤さんの存在は大きいと思います。伊藤さんの行動が、診察室で「ようやく話せてよかったです......」と涙を流す女性たちを勇気づけ、次の被害の予防につながることを期待します。

 同時に、springの行動を支持したいと考えています。性暴力の加害者への罪を重くしてほしいからです。このサイトで「性依存症は治らない」ということを述べましたが(参照:「欺瞞と恐喝と性依存症」)、性暴力の欲求も簡単には治りません。罪を重くするのが最も現実的な方法だと思います。

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注1:性暴力やDVの相談窓口には次にようなものがあります。

DV相談プラス 0120-279-889 
(DVに伴う家庭内の性被害の相談にも応じています)

Cure time
(チャットで性被害の相談を受け付けています)

・#8008(DVに関する最寄りの相談窓口につながります。全国共通です)

・#8891(最寄りの性暴力被害ワンストップ支援センターにつながります。全国共通です)

・#8103(警察の性被害専門相談窓口につながります。全国共通です)