GINAと共に

第209回(2023年11月) 若者が大麻に手を出すべきでない理由

 最近、東京、大阪、札幌などでHHCH(ヘキサヒドロカンナビヘキソール)が入ったグミを食べて中毒症状を起こし救急搬送された日本人のニュースがよく取り上げられています。これを受けて、厚生労働省は、12月2日から、HHCHとHHCHを含む製品の(医療等の用途以外の目的での)製造、輸入、販売、所持、使用等を禁止することを決めました。

 最近似たようなニュースを聞いたな、と感じた人も少なくないでしょう。8月4日、厚労省により、THCH(テトラヒドロカンナビヘキソール)を(医療等の用途以外の目的での)製造、輸入、販売、所持、使用等が禁止されました。

 名前が似ていることからも分かるように、HHCHもTHCHも大麻の主成分の多幸感をもたらすTHC(テトラヒドロカンナビノール)と構造式が類似しており、人体への作用も似ています。よって、これらを摂取すればなんらかの神経症状が現れます。

 厚労省がいくら規制しようが類似の事件はすぐに起こるでしょう。要するにいたちごっこになるだけです。それに、そもそもTHC類似物質ではなくTHCそのものが、つまり大麻がすでに大量に出回っています。そして、これは今に始まったことではありません。あまり指摘されませんが、少なくとも大阪では私がひとつめの大学に通っていた80年代後半には大麻なんて入手しようと思えば、知り合いの知り合いのさらに知り合いくらいまでたどればさほど苦労しなくても手に入ったわけです(念のために補足しておくと私自身は摂取していません)。

 「それはあんたの周りだけだろ」という意見に反論しておきましょう。たしかに、例えば大学のキャンパスの入り口で100人にアンケート調査をして「大麻を使用したことがありますか」と尋ねれば「ある」と答える人はほとんどいないでしょう。大麻使用が犯罪なのですからこれは当然です。誰が危険をおかして本当のことを答えるでしょう。

 実際"きちんとした"調査をすれば実態が明らかになります。宝塚大学看護学部教授の日高庸晴氏らが2010~2011年にかけて実施した調査によれば、東京で開催されたレイブパーティーに参加した若者の32.7%、つまり約3人に1人が「大麻使用経験あり」と答えています。

 厚労省は「大麻の乱用が拡大しています」と言って検挙者数が右肩上がりに増加しているグラフをウェブサイトに掲載していますが、これは「検挙者数」であって「使用者数」ではありません。よく「ネットやSNSのせいで大麻使用者が増えた」と言われますが、私見を述べれば、「ネットやSNSのせいで大麻売買の足取りがつかみやすくなったがゆえに検挙者数が増えた」のです。

 しかし、日本人の大麻使用者は80年代から変化がないのではなく、今後ますます増えていくのは間違いありません。すでに他のメディア(例えば医療プレミア2023年3月20日「大麻 海外で進む「嗜好用」の解禁 日本はどうするか」)でも私は指摘しましたが、米国では大麻使用経験者が国民の48%、つまり2人に1人です。すでに喫煙経験者の割合を上回っているのです。

 タイでは、2022年6月に大麻が(事実上)合法化され、至るところに雨後の筍のごとく大麻ショップが乱立しています。日本のように取引は繁華街の路地裏や雑居ビルの非常階段などでこっそりとおこなわれるのではなく、大麻ショップが堂々と店を構えています。カオサンロードのあるビルは、そのビルに入居している(ほぼ)すべてのショップが大麻を扱っています。スクンビット通りにある洒落たカフェは大麻入りドリンクを堂々と販売しています。その店では大麻がたっぷり入ったストロベリーシェイクが一番人気だとか。路上の屋台でも大麻が堂々と販売されています。7月に私が渡タイしたとき、ある屋台で「これ試せる?」と冗談で言ってみると「カー(いいよ!)」と答えた店の高齢女性はジョイント(大麻をタバコのようなかたちにしたもの)に火をつけて私に渡そうとしました。

 これが海外の現状なわけです。厚労省や教育者やあるいは医療者が「大麻は危険です」と言ったところで誰が信じるでしょう。しかし、私自身は「若者の」大麻使用には反対です。特に、10代の若者は絶対に手を出すべきではありません。20代の若者から相談されたときもよほどのことがない限り反対します。

 他方、60代以上のすでに引退した人にはリスクを伝えた上で判断をまかせています。もっと若い人であっても、たとえばがんの末期の人や不治の神経疾患に罹患した人などから相談されれば反対はしません。ただし国内では違法となりますから海外滞在時の使用が条件となります(正確に言えば大麻が合法のたいていの国や地域でも日本人の使用は違法になるのですが、実際に逮捕されることはまずありません)。

 私が若者の大麻使用に反対する理由は、過去にも述べたように「がんばる気が失せるから」です。個人的な意見ですが、私は海外に出た若者には、それが留学であれ、ボランティアであれ、自分探しの旅であれ、がんばってほしいのです。語学の習得につとめ、友人を増やして世界の文化を学んでほしいのです。大きなお世話だ、と言われるでしょうが、海外滞在時に学べることはたくさんあります。しかし、大麻に手を出してしまうと、いずれ怠惰な生活となってしまいます。実際、私はそのように堕ちていった前途ある日本人の若い男女をたくさんみてきました。

 しかし私が若者の大麻使用に反対する理由はこのような「個人的見解」だけではありません。エビデンスレベルが高くないとはいえ、次々と大麻が神経障害をもたらすことを示した研究結果が報告されています。科学誌「Science」に主にラットを用いた大麻の作用をまとめた記事が掲載されましたので、重要なポイントをピックアップしてみます。

・若いラットにTHCを与えると、その後ヘロインを自己投与する割合が増加した

・若いラットのTHC摂取により、脳の報酬中枢の遺伝子発現が変化することがわかった。THCが、報酬、ストレス、痛みの知覚に関与する脳の内因性オピオイドシステムを変化させる可能性がある

・若いラットがTHCを繰り返し摂取すると、前頭前野のニューロンの形状と機能が変化することが分かった

・ヒトでいえばグミ1個に相当する量の大麻をラットに3日に1回与えると、孤立などの環境ストレス要因に対して異常に敏感になった。他の動物を避けるようになり(社会不安が増大し)、多くの砂糖を欲しがり、報酬に対する感受性が高まった

・砂糖を獲得するために危険な戦略と安全な戦略のどちらかを選択しなければならない「ラットギャンブル課題」をさせると、大麻を摂取したラットは危険な戦略をとるようになった。これは「大麻使用者が他の薬物だけでにくギャンブルにも依存する傾向がある」事実に合致する

・ラットに高用量の大麻を与えると、アストロサイトという神経細胞の形状が変化し、抑制系の神経伝達物質GABAによるシグナル伝達の混乱を示唆する遺伝子発現の変化を引き起こした。 低用量の摂取は、主にニューロンの形状と遺伝子発現パターンを歪め、オピオイド系の変化を促した

 ラットの研究結果がそのまま人間にもあてはまるかどうかは分かりません。ですが、これだけの証拠をたたきつけられると、人間にも似たようなことが起こると考えるべきではないでしょうか。実際、私がGINA関係でタイで知り合った日本人の大麻依存症の人たち(男性が大半だが女性もいました)の多くは、他の薬物への依存、ゲームやギャンブルへの依存、さらに何割かの男女は承認欲求(「他人からの承認」の依存)も強い印象があります。

 つまり、大麻を摂取することにより、自律できずアインデンティティを見失い、短絡的な欲求を求めてしまうようになるのではないか、というのが私の考えです。尚、話の展開から想像できると思いますが、大麻にハマっていったかつての私の仲間たちの人生も......、言わずもがなです。