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第210回(2023年12月) 大麻について現時点で分かっている科学的知見

 前回の「若者が大麻に手を出すべきでない理由」でも述べたように、大麻は日本国内でもすでに蔓延しており、この勢いは止めることはできません。現実に目を向け「合法化」に進むべきでしょう。日大アメリカンフットボール廃部などというのは、ゆがんだキャンセルカルチャーの悪しき例です。

 しかし大麻に有害性があるのもまた事実です。大麻よりも有害だとされているアルコールやタバコが合法である以上、大麻も合法化するしかないと私は思いますが、同時に危険性を認識しなければなりません。

 「大麻が有害」と私が以前から言い続けている理由は大きく2つあります。1つは大麻使用が覚醒剤や麻薬など他のハードドラッグへのゲートウェイドラッグになることです。これを否定する意見が多いのは知っていますが、私がみてきたジャンキーの大半は大麻が"入口"となっています。前回紹介した数々の動物実験も大麻が他のドラッグへと進みやすいことを示唆しています。もうひとつの私が大麻に反対する理由は、大麻に耽溺することで生産性のある行動がとれなくなり堕落していくことです。

 今回は現時点で大麻について分かっている科学的知見をまとめたいと思います。参考にするのは医学誌「The New Englan Journal of Medicine」(以下「NEJM」)2023年12月14日号に掲載された論文「大麻関連の障害と毒性(Cannabis-Related Disorders and Toxic Effects)」です。

 まずは基本的な薬理学的事項から確認していきましょう。

 大麻には500以上の特定された化学物質が含まれています。その多くは薬理学的にきっちりと解明できているわけではありませんが、現在125種類以上の植物カンナビノイドが特定されています。「カンナビノイド」とはひらたく言えば「生物になんらかの生理的作用を与える物質」と考えればいいでしょう。

 現在最も研究が進んでいる大麻に含まれる植物カンナビノイドは、お馴染みの「THC」(デルタ-9-テトラヒドロカンナビノール:THC) と「CBD」(カンナビジオール)です。THCの最大の特徴はなんと言っても「多幸感」をもたらす点にあります。だから、大麻を吸えば"ハッピー"な気分になれるわけです。

 しかし、CBDにも、多幸感はありませんが「抗不安作用」はあります。一部の医薬品としてCBDが使われるようになったのはそのような作用もあるからでしょう。NEJMの論文によると、CBDには鎮痛薬さらには抗精神病薬としての有効性もあります。

 次に社会的な視点から現在の米国における大麻の実情をざっと振り返っておきましょう。

 2023年11月8日の時点で、医療用大麻は38の州とコロンビア特別区および3準州で合法です。嗜好用(娯楽用)大麻は24の州とコロンビア特別区及び2つの地域で合法です。さらに9つの州では、低THCおよび高CBD含有量の大麻製品の医療使用が許可されています。したがって、すべての大麻が依然違法な州はアイダホ州、カンザス州、ネブラスカ州の3州だけとなります。

 大麻は、カフェイン、アルコール、タバコ (ニコチン) に次ぐ、世界中で最も一般的に使用されている向精神性物質の1つです。世界中では2020年に15歳から64歳までの推定2億900万人が大麻を使用しました。この数字はその年齢層の世界人口のおよそ4%に相当します。米国では、12歳以上の推定5,240万人が大麻を使用しています。2021年には、その年齢層の地域人口の18.7%に相当する1,620万人が大麻使用障害の診断基準を満たしています。大麻使用障害の発症年齢の中央値は22歳です。2021年現在、米国で大麻使用障害を患っている18~25歳の割合は14.4%です。使用開始時の年齢が低いほど大麻使用障害の発症が早くなり、また重篤になることが分かっています。

 「地域人口の18.7%が大麻使用障害」、さらに「18~25歳の若者の14.4%(約7人に1人)が大麻使用障害」とは驚かされます。

 大麻使用障害と診断された人の約半数は精神障害を患っています。多いのが、うつ病(大うつ病)、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、全般性不安障害です。元々精神疾患を持っている場合は、大麻使用障害の症状が重篤化し治療が困難になります。

 大麻は、アルコール、タバコ(ニコチン)、オピオイド(麻薬)、覚醒剤などの他の薬物に比べれば障害はかなり少ないと言えます。しかし使用者が多いため現在世界的に問題となっています。大麻による障害で「健康寿命」が失われる期間は64万6000年、年齢標準化率(age-standardized rate)は10万人当たり8.5年となります。 大麻使用は、自動車事故、自殺、心血管疾患・肺疾患のリスク増加と強く関連しています。米国では薬物関連の救急外来受診者の約10%が大麻関連です。

 大麻使用障害は「急性症状(中毒)」「亜急性症状」「離脱症状」に分類することができます。

 急性症状は大麻を短時間で高用量摂取したときに生じ、通常24時間以内におさまります。強烈な不安感、パニック発作、また、ときにパラノイアと呼ばれる妄想(例えば自分が社会から拒絶されているなどという思いから逃れられなくなります)に苦しむこともあります。他方、知覚の変化や幻覚などの精神症状はあまり多くありません。身体的影響としては、運動調整障害(スムーズな動きができなくなる)、ろれつが回らない、口渇、結膜の充血、頻脈、起立性低血圧、水平眼振などが起こり得ます。(ジョイントなどで)喫煙した場合は、咳、喘鳴、呼吸困難、喀痰などが起こります。摂取経路に関係なく(吸引しても経口摂取しても)、心房細動、上室性頻拍、心室性期外収縮、非持続性心室頻拍などの不整脈が生じることがあります。
 
 持続時間は摂取方法によって異なります。吸入(ジョイントによる喫煙またはボングによる蒸気吸入)による中毒症状(急性期症状)は数分以内に始まり、3~4時間続きます。経口摂取の場合は、摂取後30分から3時間くらいで始まり、8~12時間続きます。大麻ビギナーの場合、2~3mgのTHCを吸入するか、5~10mgのTHCを経口摂取すれば酩酊状態となります。

 急性症状がある場合は車の運転が危険となります。自動車事故のリスクは30~40%増加します。ただし、より深刻なのはアルコールで、血中アルコール濃度が0.08%(一般に「ほろ酔い期」と呼ばれるくらいの濃度)の場合、事故のリスクは250~300%増加します。
 
 大麻の急性症状はたいてい軽症で済んで医療機関受診を必要としません。治療が必要となるのは、重度の不安発作、パニック発作、顕著な精神病症状、あるいは重度の運動機能不全(動けない、など)の場合です。重度の気分障害(抑うつ状態)や自殺企図があれば入院加療が必要です。 また、小児が大麻を摂取すれば、昏睡、けいれん、さらに心肺機能不全を発症することもあります。重度の興奮や不安があればベンゾジアゼピンで治療をしますが、大麻の解毒薬は存在しません。

 「亜急性症状」は急性症状が24時間を超えても持続し、通常1ヵ月以内におさまります。不安またはパニック発作のいずれかとして現れるのが一般的です。

 大麻は睡眠障害を起こします。不眠の人が大麻使用でぐっすりと眠れるようになることはありますが、大麻を中止することにより不眠障害が生じることがあるのです。

 大麻使用障害の発症リスクは大麻使用歴に関連します。年間12日未満の使用であれば3.5%、月4日未満なら8.0%、週5日未満なら16.8%に発症します。期間でいえば、大麻を1年以内に使用した人の11%、1~2年間使用している人の15%、2~3年間使用している人の18%、3年以上使用している人の21%が発症します。

 大麻使用障害の治療は薬物療法はほとんど効果がなくFDAが承認した薬もありません。認知行動療法 (CBT) とモチベーション向上療法(motivational enhancement therapy:MET)が実施されることがあります。

 「離脱症状」は、抑うつ気分、不安、落ち着きをなくす、過敏症、食欲低下、睡眠障害などです。 身体的な症状は一般的ではありませんが、腹部のけいれん、筋肉痛、震え、頭痛、発汗、悪寒、体重減少などが起こり得ます。 これら症状は通常大麻中止後1~2日以内に始まり、2~6日以内にピークに達し、数週間続きます。 大麻離脱の症状はタバコ(ニコチン)離脱の症状と実質的に重複しているため、両者の使用者の場合はどちらの離脱による症状なのかを鑑別するのが困難です。

 離脱症状の治療薬としてCBDが用いられることがあり、いくつかの小規模なランダム化比較試験は有効性を示しています。不眠症に対してはゾルピデムが、不安に対してはベンゾジアゼピンが用いられることがあります。

 米国産科婦人科学会は、妊娠中および授乳中は大麻を使用しないことを推奨しています。妊娠中の摂取は低体重出生時や胎児発育遅延のリスクを上昇させます。THCは血中濃度よりも数倍高い濃度で母乳に存在し、最長3年間も持続する可能性があります。

 「カンナビノイド悪阻症候群」と呼ばれる、腹痛と嘔気に苦しめられる悪阻(つわり)があります。頻繁かつ大量の大麻使用中または使用後48時間以内に発生します。患者は診断を受け入れることが難しく、自己治療として大麻を使い続けます。 カンナビノイド悪阻症候群は、ベンゾジアゼピン、ハロペリドール、局所カプサイシン(おそらく貼付薬)で治療します。従来の制吐剤は効果がありません。

 大麻がタバコやアルコールより有害性が低いのは事実だとしても、このように改めて俯瞰してみると安易に手を出すべきでないことが分かります。特に若い人は大麻で人生を狂わせないようにしましょう。

 参考までに、過去のコラム「悲しき日本の高齢者~「豊かな青春、惨めな老後」~」で取り上げた「台北ホテル」で私が取材した日本人は全員が大麻常用者でした。