GINAと共に
第140回(2018年2月) 医療者がHIVの針刺し事故を起こしたとき
2004年7月、タイのエイズ施設でボランティアを開始してちょうど1週間が経過した日、点滴の針をある男性患者さんの左腕に刺入しようとしたその瞬間、男性が突然身体を動かし、針先が男性の皮膚をかすめ、私の指先に刺さりました。
それまでの研修医時代に針刺しをしたことが何度かありました。採血や点滴での針刺しや手術の際に縫合針を指に当ててしまい出血したこともあります。ですが、日本で針刺ししたのは子供や高齢者だけだったこともあり、念のためにHIVやC型肝炎ウイルス(HCV)に感染していないことをその後の採血で確認しましたが、HCVはともかくHIVに感染することはほぼあり得ないだろうと考え、特に不安になることはありませんでした。
ですが、エイズを発症している患者さんに対して針刺し事故を起こしたとなると然るべき対処をしなければなりません。私は冷静になって考えてみました。針は男性の皮膚をかすめたが刺さったわけではない。男性も針が触れただけで痛みは感じなかったと言っている。感染の可能性はあるのか...。この段階であれば、たとえHIVが私の体内に入ったとしても直ちにPEP(曝露後予防)を実施すれば感染成立を防ぐことができます。これからPEPとして4週間薬を飲むべきか、あるいは感染の可能性はないと判断していいのか...。
私は当時ボランティアに来ていたベルギー人の医師に相談しました。「その程度で感染することはありえない。したがってPEPは不要」が、その医師のコメントであり、私もその判断に同意できたためその時は安心しました。
ところが、です。いったん安心したはずなのに、ふとしたときに‶不安"が蘇ってくるのです。この不安感はときに睡眠や食欲を妨げます。その度に私は冷静になるよう努め、そのときの状況を思い出し、ベルギー人医師の助言を反芻し、理論的に感染の可能性はほぼゼロであることを自分に言い聞かせました。
その後、不安感は徐々に小さくなっていきましたが、完全にすっきりすることがなかったために、結局私は血液検査をおこないHIVに感染していないことを確認しました。HCVも梅毒もHTLV-1も陰性で、これで完全に安心することができるようになりました。(B型肝炎ウイルス(HBV)はワクチン接種して抗体形成が確認できていますから検査は不要です)
さて、この私の経験では、理論的に考えて感染しているはずがないと言えるわけですが、感染の可能性が客観的にみて「ある」場合はどうすればいいのでしょうか。例えば、患者さんがHIV陽性の可能性が否定できないケースで、実際に患者さんの血液が付着した針や医療器具が自身に刺さった場合です。医師、歯科医師、看護師、歯科衛生士のみならず、器具を片付ける看護助手や歯科助手、あるいは清掃業のスタッフにも可能性がでてきます。
日本でも実際に、針刺し事故でのHIV感染による死亡例の報告があります。2001年9月8日の読売新聞によると、東京都内の大学病院の50代男性の清掃作業員が、体調不良で2001年5月に医療機関を受診した結果、HIVに感染しエイズを発症していることが判明しました。治療が間に合わず、その数日後に死亡したと報じられています。報道によれば、この男性は「病院の手術室で清掃中に何回も注射針などで針刺しがあった」と証言していたそうです。
この男性の感染ルートが本当に手術室での針刺しによるものだったかどうかは調べようがありません。ですが、現在医療業務に従事している者は日々感染のリスクに晒されているのは事実です。過去にも述べたことがあるように、日本では多くのHIV陽性の患者さんは、自身が感染していることを医療者に"隠して"受診しています。それに、自らの感染に気付いていない人も大勢います。
もしも、針刺しをした患者さんがHIV陽性が確実であれば、その患者さんの血中ウイルス量に関係なくPEPを実施します。そして、これは通常「労災」の適用となります。4週間、毎日同じ時間に(標準的なPEPだと1日2回)薬を飲むのは思いのほか大変ですし、薬の副作用もないわけではありませんが、もしも感染してしまったときのことを考えると、余程のことがない限りPEPは実施すべきです。労災が適用されるわけですから自己負担はゼロです。
では、針刺しをした患者さんがHIV陽性かどうか不明な場合はどうすればいいでしょうか。一番いいのは、その場で患者さんに事情を話し、採血をさせてもらうことです。ですが、これには2つの問題があります。1つめは患者さんから同意を得るのが困難ということです。「今、針刺しをしてあなたの血液が私の体内に入った可能性があります。あなたがHIV陽性なら私はPEPをしなければなりません。というわけであなたがHIVに感染していないかどうかを調べさせてもらっていいですか」といったことは気軽に言えませんし、言えたとしても、どれだけの人がこの申し入れに同意するでしょうか。
「オレがHIVに感染していると考えてるのか、失礼な!!」、と怒り出す患者さんもいるかもしれません。「HIV? 大丈夫だと思うけど、もし感染していたらどうしよう...。急に検査しろと言われても決心がつかないよ...」と考える人もいるでしょう。
もうひとつの問題は、患者さんから同意を得て検査を実施し、結果が陰性だったとしても果たしてそれが信用できるか、というものです。長期入院している患者さんなら検査結果は正確でしょうが、例えば入院してまだ1週間とか、あるいは外来の患者さんの場合、検査で陰性だったとしても2週間前に感染していたという可能性が残ります。「2~3週間以内に危険な性交渉はありませんでしたか?」といった質問はそう簡単にできるものではありません。
実際には、これら2つの理由から、針刺しをすると患者さんの検査をすることなくPEPを開始することもあります。この場合「大きな問題」があります。それは「費用」です。現行のルールでは、針刺しした患者さんがHIV陽性であることを証明できなければ労災が適用されません。ということは、高額な薬剤費(およそ1日1万円)が自己負担となります。大切な従業員のもしものためにクリニック/病院で全額負担する、と考える院長・理事長ばかりではありません。PEPをしたかったら自分のお金ですれば?と冷たく突き放されている医療者が残念ながらいるのです。
私が院長をつとめる(医)太融寺町谷口医院にもそのような医療者(最多は歯科衛生士、次に多いのが医師と看護師)がときどき受診します。なんと、上司や院長に相談しても取り合ってくれなかったというのです。あるいは、相談してもどうせムダだから...、と言って上司に相談することなく受診する人もいます。
こういった場合、針刺しをした患者さんがHIV陽性の可能性はどの程度あるのか、そして本当に感染リスクのある針刺しだったのかどうかについて検討することになります。患者さんについては10代後半から70代前半くらいであれば性別、職業、既婚・未婚、見た目の雰囲気などに関わらず感染している可能性はありますから、除外できるのは後期高齢者と小児くらいです。針刺し時の感染リスク評価については、冒頭で述べた私のような体験であれば、ちょうど私がベルギー人の医師に助言をもらったように、心配ないことを説明します。ですが明らかな針刺しの場合はPEPを開始することになります。
このようなケースでPEPを実施した場合、時間が経過してからでも針刺しをした患者さんにきちんと話をして検査をお願いするよう助言します。先述したように検査に躊躇する患者さんが多いのは事実ですが、時間がたてば許可してくれる人もいます。その検査結果が陰性であった場合、その時点でPEPを中止できます。
ですが1日およそ1万円の自己負担は短期間であったとしても大変です。労災の基準が変わることを待つのではなく、すべての医療機関が全額負担し、針刺しをした医療者の自己負担をゼロでPEPを実施すべきなのは自明です。現実にそうなっていないのは、医療機関のなかに従業員を大切にしない「ブラック・クリニック/病院」があるからでしょうか...。
それまでの研修医時代に針刺しをしたことが何度かありました。採血や点滴での針刺しや手術の際に縫合針を指に当ててしまい出血したこともあります。ですが、日本で針刺ししたのは子供や高齢者だけだったこともあり、念のためにHIVやC型肝炎ウイルス(HCV)に感染していないことをその後の採血で確認しましたが、HCVはともかくHIVに感染することはほぼあり得ないだろうと考え、特に不安になることはありませんでした。
ですが、エイズを発症している患者さんに対して針刺し事故を起こしたとなると然るべき対処をしなければなりません。私は冷静になって考えてみました。針は男性の皮膚をかすめたが刺さったわけではない。男性も針が触れただけで痛みは感じなかったと言っている。感染の可能性はあるのか...。この段階であれば、たとえHIVが私の体内に入ったとしても直ちにPEP(曝露後予防)を実施すれば感染成立を防ぐことができます。これからPEPとして4週間薬を飲むべきか、あるいは感染の可能性はないと判断していいのか...。
私は当時ボランティアに来ていたベルギー人の医師に相談しました。「その程度で感染することはありえない。したがってPEPは不要」が、その医師のコメントであり、私もその判断に同意できたためその時は安心しました。
ところが、です。いったん安心したはずなのに、ふとしたときに‶不安"が蘇ってくるのです。この不安感はときに睡眠や食欲を妨げます。その度に私は冷静になるよう努め、そのときの状況を思い出し、ベルギー人医師の助言を反芻し、理論的に感染の可能性はほぼゼロであることを自分に言い聞かせました。
その後、不安感は徐々に小さくなっていきましたが、完全にすっきりすることがなかったために、結局私は血液検査をおこないHIVに感染していないことを確認しました。HCVも梅毒もHTLV-1も陰性で、これで完全に安心することができるようになりました。(B型肝炎ウイルス(HBV)はワクチン接種して抗体形成が確認できていますから検査は不要です)
さて、この私の経験では、理論的に考えて感染しているはずがないと言えるわけですが、感染の可能性が客観的にみて「ある」場合はどうすればいいのでしょうか。例えば、患者さんがHIV陽性の可能性が否定できないケースで、実際に患者さんの血液が付着した針や医療器具が自身に刺さった場合です。医師、歯科医師、看護師、歯科衛生士のみならず、器具を片付ける看護助手や歯科助手、あるいは清掃業のスタッフにも可能性がでてきます。
日本でも実際に、針刺し事故でのHIV感染による死亡例の報告があります。2001年9月8日の読売新聞によると、東京都内の大学病院の50代男性の清掃作業員が、体調不良で2001年5月に医療機関を受診した結果、HIVに感染しエイズを発症していることが判明しました。治療が間に合わず、その数日後に死亡したと報じられています。報道によれば、この男性は「病院の手術室で清掃中に何回も注射針などで針刺しがあった」と証言していたそうです。
この男性の感染ルートが本当に手術室での針刺しによるものだったかどうかは調べようがありません。ですが、現在医療業務に従事している者は日々感染のリスクに晒されているのは事実です。過去にも述べたことがあるように、日本では多くのHIV陽性の患者さんは、自身が感染していることを医療者に"隠して"受診しています。それに、自らの感染に気付いていない人も大勢います。
もしも、針刺しをした患者さんがHIV陽性が確実であれば、その患者さんの血中ウイルス量に関係なくPEPを実施します。そして、これは通常「労災」の適用となります。4週間、毎日同じ時間に(標準的なPEPだと1日2回)薬を飲むのは思いのほか大変ですし、薬の副作用もないわけではありませんが、もしも感染してしまったときのことを考えると、余程のことがない限りPEPは実施すべきです。労災が適用されるわけですから自己負担はゼロです。
では、針刺しをした患者さんがHIV陽性かどうか不明な場合はどうすればいいでしょうか。一番いいのは、その場で患者さんに事情を話し、採血をさせてもらうことです。ですが、これには2つの問題があります。1つめは患者さんから同意を得るのが困難ということです。「今、針刺しをしてあなたの血液が私の体内に入った可能性があります。あなたがHIV陽性なら私はPEPをしなければなりません。というわけであなたがHIVに感染していないかどうかを調べさせてもらっていいですか」といったことは気軽に言えませんし、言えたとしても、どれだけの人がこの申し入れに同意するでしょうか。
「オレがHIVに感染していると考えてるのか、失礼な!!」、と怒り出す患者さんもいるかもしれません。「HIV? 大丈夫だと思うけど、もし感染していたらどうしよう...。急に検査しろと言われても決心がつかないよ...」と考える人もいるでしょう。
もうひとつの問題は、患者さんから同意を得て検査を実施し、結果が陰性だったとしても果たしてそれが信用できるか、というものです。長期入院している患者さんなら検査結果は正確でしょうが、例えば入院してまだ1週間とか、あるいは外来の患者さんの場合、検査で陰性だったとしても2週間前に感染していたという可能性が残ります。「2~3週間以内に危険な性交渉はありませんでしたか?」といった質問はそう簡単にできるものではありません。
実際には、これら2つの理由から、針刺しをすると患者さんの検査をすることなくPEPを開始することもあります。この場合「大きな問題」があります。それは「費用」です。現行のルールでは、針刺しした患者さんがHIV陽性であることを証明できなければ労災が適用されません。ということは、高額な薬剤費(およそ1日1万円)が自己負担となります。大切な従業員のもしものためにクリニック/病院で全額負担する、と考える院長・理事長ばかりではありません。PEPをしたかったら自分のお金ですれば?と冷たく突き放されている医療者が残念ながらいるのです。
私が院長をつとめる(医)太融寺町谷口医院にもそのような医療者(最多は歯科衛生士、次に多いのが医師と看護師)がときどき受診します。なんと、上司や院長に相談しても取り合ってくれなかったというのです。あるいは、相談してもどうせムダだから...、と言って上司に相談することなく受診する人もいます。
こういった場合、針刺しをした患者さんがHIV陽性の可能性はどの程度あるのか、そして本当に感染リスクのある針刺しだったのかどうかについて検討することになります。患者さんについては10代後半から70代前半くらいであれば性別、職業、既婚・未婚、見た目の雰囲気などに関わらず感染している可能性はありますから、除外できるのは後期高齢者と小児くらいです。針刺し時の感染リスク評価については、冒頭で述べた私のような体験であれば、ちょうど私がベルギー人の医師に助言をもらったように、心配ないことを説明します。ですが明らかな針刺しの場合はPEPを開始することになります。
このようなケースでPEPを実施した場合、時間が経過してからでも針刺しをした患者さんにきちんと話をして検査をお願いするよう助言します。先述したように検査に躊躇する患者さんが多いのは事実ですが、時間がたてば許可してくれる人もいます。その検査結果が陰性であった場合、その時点でPEPを中止できます。
ですが1日およそ1万円の自己負担は短期間であったとしても大変です。労災の基準が変わることを待つのではなく、すべての医療機関が全額負担し、針刺しをした医療者の自己負担をゼロでPEPを実施すべきなのは自明です。現実にそうなっていないのは、医療機関のなかに従業員を大切にしない「ブラック・クリニック/病院」があるからでしょうか...。
第139回(2018年1月) ポリティカル・コレクトネスのむつかしさ
2018年1月4日、iPADでBBCのトップページを眺めていた私は、「どこかで見たことある顔...。あっ!浜田さんだ!」と思わず声が出そうになりました。
ちなみに、私が浜田さんをテレビで初めて見たのは高校3年時の1986年。「今夜はねむれナイト」という深夜番組でした。ダウンタウンを初めて見たときの衝撃は今も忘れられません。私が関西学院大学に入学したのはその数か月後、1987年4月です。同時に「4時ですよ~だ」が始まりました。今の若い人や、私と同年代でも関西以外の人達にはあの頃の「雰囲気」を想像しにくいと思いますが、当時は大阪中が「4時ですよ~だ」を中心に動いていたといっても過言ではありません。5時以降に仲間に合えば「今日の『4時』見たか?」で会話が始まり、翌日学校などでは「昨日の『4時』のあのコーナーが...」という話で持ち切り、という感じです。「4時ですよ~だ」は1989年の秋に惜しまれつつ終了するのですが、この最終回は今も伝説となっています。関西中でどれだけの涙が流れたか...。
ダウンタウンや当時の若手芸人は当時大阪ミナミの街に出没していて私もよく遭遇しました。特に、私がよく出入りしていた「ヌーバ」という喫茶店では、松本さんや、今田さん、板尾さん、さらに"今はなき"(オールディーズの)栩野さんや(ボブキャッツの)雄大(さん)らも何度か見かけました。しかし、そういえば浜田さんを街で見かけたことはほとんどありません...。1996年に医学部に入学した頃から私はほとんどテレビを見なくなり浜田さんの姿を見ることもほとんどなくなっていました...。
話をBBCに戻します。BBCのトップページに掲載され全世界で閲覧された浜田さんの顔面には黒人メイクが...。イヤな予感を感じながら文章を読んでみると、やっぱり...。このメイクアップが今は「やってはいけないこと」を日本人が知らない、と指摘する内容でした。
私は直接確認していませんが、BBCのトップページで取り上げられたくらいですから、このニュースは日本でも報道されているはずです。そして、まず間違いなく「黒人を差別する意図など浜田さんや番組制作者にまったくない。こんなことでマスコミが騒ぐのがおかしいんだ」という意見が日本ではほとんどでしょう。おそらく浜田さんに反省を促すような意見は少なくとも日本人の間では皆無ではないでしょうか。
少しインテリの人だと、「こういうのをポリティカル・コレクトネス(以下PCとします)と言うんだ。一種の言葉狩りだ。西洋の文化をおしつけるな。我々日本人には日本人の考え方があるんだ」というような意見を述べているかもしれません。
過去のコラムで私は曽野綾子さんが世界中のメディアからバッシングされたことを引き合いにだし、PCには辟易とする、ということを述べました。曽野さんは異なる文化を持つ人たちと同じアパートに住むのはむつかしいということを述べただけであり差別の意図などまったくありませんでした。私はそのコラムで自分自身の体験を紹介し、曽野さんに完全に同意することを述べ、南アフリカの大使も曽野さんに敬意を払っていることについて言及しました。
そもそも曽野さんのその文章で本当に不快感をもった当事者(この場合黒人)がいたのか私には疑問です。正確に曽野さんの日本語を"素直に"読めば差別の意図などまったくないことはあきらかです。これは私の推測ですが、おそらく当事者でないPCに"過敏な"人たちが騒ぎ立てたことが事態を大きくさせたのではないでしょうか。
では浜田さんの黒人メイクはどうでしょうか。BBCの記事は、「ミンストレル・ショー(minstrel show)」という単語をキーワードにしています。そしてこの記事のサブタイトルを「このような黒人メイクがおこなわれることで、日本が無知であることがわかる」(Blackface 'makes Japan look ignorant')としています。
解説しましょう。ミンストレル・ショーというのは、黒人メイクをした白人がおこなうショーのことです。かつては米国のエンターテインメントのひとつでしたが、1960年代後半あたりから人種差別を助長するものとして次第に禁じられるようになりました。現在は、「ミンストレル・ショーはおこなってはいけない」というのが世界のコンセンサスです。
つまり、BBCが主張しているのは「日本人はミンストレル・ショーの歴史を知らないのか。21世紀のこのご時世に黒人メイクをしていると"無知"だと思われるよ」ということであり、記事には浜田さんのパフォーマンスを支持する意見も多いということが述べられています。
例えば、英文レターを女性宛てに書くときはMissやMrs.を使わずにMs.と書くのが数十年前から常識になっています。ChairmanでなくChairperson、ビジネスマンでなくビジネスパーソンもすでに人口に膾炙しているでしょう。何年か前に任天堂は米国で発売した「Tomodachi Life」というソフトで同性婚の設定がないことが差別だと言われ謝罪しました。ゲームソフトに「同性婚」の設定をするのが"常識"とまではまだ言えないかもしれませんが、そのうちに当たり前になるでしょう。
差別というのは極めてデリケートでむつかしい問題です。単純に何が差別で何が差別でないと言い切れるものではありません。先に述べた曽野綾子さんの件でも、本当に曽野さんの文章を読んで差別と感じた当事者(黒人)がいたのなら、曽野さんはその人に向き合って話をすべき場合もあるでしょう。
また、当事者だけに限定すべきでないかもしれません。過去のコラムでも述べましたが、私は映画「風と共に去りぬ」を見たとき強烈な不快感に襲われました。黒人差別を助長するためにつくられた映画なのか、と思わずにはいられなかったのです。特に主人公の白人女子スカーレット・オハラが黒人のメイドのプリシーをぶつシーンは今思い出しても怒りがこみ上げてきます。なぜこんな映画が高評価を受けているのか、私にはまったく理解できません。この私の"怒り"は心の底から自然に湧き出てくるものであり、理屈で判断したものではありません。ですが、この"怒り"も、「当事者でないお前が言うならそれはPCではないのか」という意見もおそらく出てくると思います。
ところで、ミンストレル・ショーが始まったのはなぜでしょうか。もちろん黒人差別をするのが意図ではありません。その証拠に、ミンストレル・ショーは白人だけでなく黒人が黒人メイクをしてパフォーマンスをしていたこともあったのです。日本でもラッツ&スター(シャネルズ)が昔は黒人メイクをしていました。もちろん、差別ではなく彼らが黒人とブラックミュージックに敬意を払っていたからです。
話は変わってLGBTが差別されるのはなぜでしょうか。今や大企業の重役やCEOでLGBTをカムアウトすることは珍しくなくなりアップル社の社長もゲイであることを公表しています。世界のファッションやアートをリードする人たちの何割かはLGBTですし、過去のコラムでも述べたように歴史的にも偉大な作家や音楽家にLGBTが多いのは有名です。また、LGBTの方がストレートの人たちより年収が高いという報告もあります。
おそらく差別の裏側には「崇拝」「憧れ」あるいは「畏れ」があるからではないか、というのが私の考えです。そのようなアンビバレントな感情があり、これにPCという問題が加わるから差別は"複雑"になるのです。興味深いことに、BBCは自社内での男女差別を訴えて退職した元従業員女性のインタビュー記事を浜田さんのニュースが出た4日後の1月8日に発表しています。
ですが、差別は複雑でアンビバレントだとはいえ、黒人メイクのように世界的なコンセンサスが得られているものには従うしかないでしょう。浜田さんがどのような弁明をされたのかを私は知りませんが、きっと、理屈ではなく笑いで世界を納得させてくれるに違いない、というのが1986年からダウンタウンのファンである私の意見です。
そして、数ある「差別」のなかで問答無用で直ちに廃絶しなければならないと私が強く思うもの。それが病気に対する差別です。
ちなみに、私が浜田さんをテレビで初めて見たのは高校3年時の1986年。「今夜はねむれナイト」という深夜番組でした。ダウンタウンを初めて見たときの衝撃は今も忘れられません。私が関西学院大学に入学したのはその数か月後、1987年4月です。同時に「4時ですよ~だ」が始まりました。今の若い人や、私と同年代でも関西以外の人達にはあの頃の「雰囲気」を想像しにくいと思いますが、当時は大阪中が「4時ですよ~だ」を中心に動いていたといっても過言ではありません。5時以降に仲間に合えば「今日の『4時』見たか?」で会話が始まり、翌日学校などでは「昨日の『4時』のあのコーナーが...」という話で持ち切り、という感じです。「4時ですよ~だ」は1989年の秋に惜しまれつつ終了するのですが、この最終回は今も伝説となっています。関西中でどれだけの涙が流れたか...。
ダウンタウンや当時の若手芸人は当時大阪ミナミの街に出没していて私もよく遭遇しました。特に、私がよく出入りしていた「ヌーバ」という喫茶店では、松本さんや、今田さん、板尾さん、さらに"今はなき"(オールディーズの)栩野さんや(ボブキャッツの)雄大(さん)らも何度か見かけました。しかし、そういえば浜田さんを街で見かけたことはほとんどありません...。1996年に医学部に入学した頃から私はほとんどテレビを見なくなり浜田さんの姿を見ることもほとんどなくなっていました...。
話をBBCに戻します。BBCのトップページに掲載され全世界で閲覧された浜田さんの顔面には黒人メイクが...。イヤな予感を感じながら文章を読んでみると、やっぱり...。このメイクアップが今は「やってはいけないこと」を日本人が知らない、と指摘する内容でした。
私は直接確認していませんが、BBCのトップページで取り上げられたくらいですから、このニュースは日本でも報道されているはずです。そして、まず間違いなく「黒人を差別する意図など浜田さんや番組制作者にまったくない。こんなことでマスコミが騒ぐのがおかしいんだ」という意見が日本ではほとんどでしょう。おそらく浜田さんに反省を促すような意見は少なくとも日本人の間では皆無ではないでしょうか。
少しインテリの人だと、「こういうのをポリティカル・コレクトネス(以下PCとします)と言うんだ。一種の言葉狩りだ。西洋の文化をおしつけるな。我々日本人には日本人の考え方があるんだ」というような意見を述べているかもしれません。
過去のコラムで私は曽野綾子さんが世界中のメディアからバッシングされたことを引き合いにだし、PCには辟易とする、ということを述べました。曽野さんは異なる文化を持つ人たちと同じアパートに住むのはむつかしいということを述べただけであり差別の意図などまったくありませんでした。私はそのコラムで自分自身の体験を紹介し、曽野さんに完全に同意することを述べ、南アフリカの大使も曽野さんに敬意を払っていることについて言及しました。
そもそも曽野さんのその文章で本当に不快感をもった当事者(この場合黒人)がいたのか私には疑問です。正確に曽野さんの日本語を"素直に"読めば差別の意図などまったくないことはあきらかです。これは私の推測ですが、おそらく当事者でないPCに"過敏な"人たちが騒ぎ立てたことが事態を大きくさせたのではないでしょうか。
では浜田さんの黒人メイクはどうでしょうか。BBCの記事は、「ミンストレル・ショー(minstrel show)」という単語をキーワードにしています。そしてこの記事のサブタイトルを「このような黒人メイクがおこなわれることで、日本が無知であることがわかる」(Blackface 'makes Japan look ignorant')としています。
解説しましょう。ミンストレル・ショーというのは、黒人メイクをした白人がおこなうショーのことです。かつては米国のエンターテインメントのひとつでしたが、1960年代後半あたりから人種差別を助長するものとして次第に禁じられるようになりました。現在は、「ミンストレル・ショーはおこなってはいけない」というのが世界のコンセンサスです。
つまり、BBCが主張しているのは「日本人はミンストレル・ショーの歴史を知らないのか。21世紀のこのご時世に黒人メイクをしていると"無知"だと思われるよ」ということであり、記事には浜田さんのパフォーマンスを支持する意見も多いということが述べられています。
例えば、英文レターを女性宛てに書くときはMissやMrs.を使わずにMs.と書くのが数十年前から常識になっています。ChairmanでなくChairperson、ビジネスマンでなくビジネスパーソンもすでに人口に膾炙しているでしょう。何年か前に任天堂は米国で発売した「Tomodachi Life」というソフトで同性婚の設定がないことが差別だと言われ謝罪しました。ゲームソフトに「同性婚」の設定をするのが"常識"とまではまだ言えないかもしれませんが、そのうちに当たり前になるでしょう。
差別というのは極めてデリケートでむつかしい問題です。単純に何が差別で何が差別でないと言い切れるものではありません。先に述べた曽野綾子さんの件でも、本当に曽野さんの文章を読んで差別と感じた当事者(黒人)がいたのなら、曽野さんはその人に向き合って話をすべき場合もあるでしょう。
また、当事者だけに限定すべきでないかもしれません。過去のコラムでも述べましたが、私は映画「風と共に去りぬ」を見たとき強烈な不快感に襲われました。黒人差別を助長するためにつくられた映画なのか、と思わずにはいられなかったのです。特に主人公の白人女子スカーレット・オハラが黒人のメイドのプリシーをぶつシーンは今思い出しても怒りがこみ上げてきます。なぜこんな映画が高評価を受けているのか、私にはまったく理解できません。この私の"怒り"は心の底から自然に湧き出てくるものであり、理屈で判断したものではありません。ですが、この"怒り"も、「当事者でないお前が言うならそれはPCではないのか」という意見もおそらく出てくると思います。
ところで、ミンストレル・ショーが始まったのはなぜでしょうか。もちろん黒人差別をするのが意図ではありません。その証拠に、ミンストレル・ショーは白人だけでなく黒人が黒人メイクをしてパフォーマンスをしていたこともあったのです。日本でもラッツ&スター(シャネルズ)が昔は黒人メイクをしていました。もちろん、差別ではなく彼らが黒人とブラックミュージックに敬意を払っていたからです。
話は変わってLGBTが差別されるのはなぜでしょうか。今や大企業の重役やCEOでLGBTをカムアウトすることは珍しくなくなりアップル社の社長もゲイであることを公表しています。世界のファッションやアートをリードする人たちの何割かはLGBTですし、過去のコラムでも述べたように歴史的にも偉大な作家や音楽家にLGBTが多いのは有名です。また、LGBTの方がストレートの人たちより年収が高いという報告もあります。
おそらく差別の裏側には「崇拝」「憧れ」あるいは「畏れ」があるからではないか、というのが私の考えです。そのようなアンビバレントな感情があり、これにPCという問題が加わるから差別は"複雑"になるのです。興味深いことに、BBCは自社内での男女差別を訴えて退職した元従業員女性のインタビュー記事を浜田さんのニュースが出た4日後の1月8日に発表しています。
ですが、差別は複雑でアンビバレントだとはいえ、黒人メイクのように世界的なコンセンサスが得られているものには従うしかないでしょう。浜田さんがどのような弁明をされたのかを私は知りませんが、きっと、理屈ではなく笑いで世界を納得させてくれるに違いない、というのが1986年からダウンタウンのファンである私の意見です。
そして、数ある「差別」のなかで問答無用で直ちに廃絶しなければならないと私が強く思うもの。それが病気に対する差別です。
第138回(2017年12月) ホームレス会議で気づいたタイ人にできて日本人にできないこと
HIV/AIDSに関係があるわけではありませんが、2017年12月10日大阪市の某所で「第3回大阪ホームレス会議」が開催されたので行ってきました。この「会議」は、ホームレスの人々の自立を応援する「ビッグイシュー基金」が主催しています。『ビッグイシュー』は街角に立つホームレスの人たちが販売している雑誌で、およそ10年前から東京や大阪の街頭ではおなじみの光景になっています。私が院長をつとめる太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では以前からビッグイシュー基金のスポンサーをしていることもあり今回の会議に参加することになった(といっても聴きに行っただけですが)のですが、実は私が参加したもうひとつの「理由」があります。
その理由とは、テーマが「食」であったということです。谷口医院は都心部に位置していることもあり、患者層は比較的若い働く世代に多いという特徴があります。その働いている人々のなかで「シングルマザー」は少なくありません。元夫と死別(こちらは少数)もしくは離婚(これがほとんど)し、小さな子供(たち)を自分ひとりで育てねばならなくなった、そしてなかには、両親がいない(もしくは絶縁状態)、さらに周りに助けてくれる人が誰もいない、というケースもまあまああります。というより、こういうケースが年々増えています。
そんなシングルマザーたちのほとんどは子供に対する"愛情"はあるのですが、うまく伝わっていない、というか、結果として"虐待"と呼べるような行動をとってしまう場合もあります。以前にもコラムで述べたことがあるのですが、私はこのような虐待があるならば、子供と同時に母親を支援すべきだという考えを持っています。もちろん生命の危険が脅かされる前に子供を親から引き離さなければならないようなケースもありますが、母親の支援なくして母子対策はおこなえない、というのが私の考えです。
シングルマザーが昼間仕事をしていると、どうしても子供の食事がおろそかになります。毎日子供に愛情をこめた食事をつくる余裕はないのです。そんななか、数年前から「子ども食堂」と呼ばれる、子供たちに無料(もしくは低額)でごはんを食べさせてくれる食堂ができ始めました。これは個人もしくはNPO法人が運営している食堂で、母子家庭の子供に限らず、誰でも気軽に利用することができます。私は(GINAとしてではなく個人として)いくつかの子ども食堂を支援していることもあり、2017年11月に大阪で開催された「子ども食堂サミット」にも参加していました(といっても聴きにいっただけですが)。
話を戻します。ホームレス会議のテーマが「食」で、子ども食堂を運営している人たちもパネリストとして登壇されると聞きましたから、これは参加しないわけにはいかない、と考えたのです。会議を通して最もインパクトがあったのが「ホームレス」当事者の人たちの言葉です。(ここでいう「ホームレス」は文字通り「家がなく野宿している」という意味ではなく『ビッグイシュー』を街頭で販売している人たちです)
当事者の人たちにもいろんなタイプがいて、次から次へとユーモアを交えて流暢に話す人もいれば、ひとつひとつの言葉をじっくりと選びながら思いを訴える人もいました。そういった人たちの話で私が最も印象に残ったのは「飢えることの苦痛」です。その日に食べるものがない、ということがどれだけ辛いか...。そして頼れる人がどこにもいないということにどれだけ絶望するか...。会議で登壇されていたあるNPOの人の話によれば、少なくない日本人が毎年餓死で亡くなられるそうです。
そして、一方ではどれだけの食べ物が廃棄されているか...。環境省のウェブサイトによれば、年間621万トンもの食品ロス(廃棄)があります。高月紘著『ごみ問題とライフスタイル―こんな暮らしは続かない』(日本評論社)によれば、一般家庭では年間3.2兆円、外食産業では11.1兆円もの損失がでているそうです。
その日に食べるものがない......。これがどれだけつらいことか。私の個人的見解を言えばこれは「難民」の定義です。私の性格は"優しくない"ので、友人・知人から「自分ほど不幸な人間はいない」などと言われると、「その日に食べるものがない人のことを考えたことがあるのか!」と返したくなります。(実際に発言すると嫌われますから口には出しませんが。それでも嫌われるのを覚悟で言うこともたまにはあります...)
その日に食べるものがない人がいる同じ国で、年間11.1兆円もの食品を捨てているというこの現実...。「食」についてはいろいろと言いたいことがあるのですが、ここではこれ以上は踏み込まずに、私が感じた日本とタイの違いを紹介したいと思います。
その日に食べるものがない、が私流の「難民」の定義です。そしてタイでこの定義にあてはまる人は文字通りの「難民」であり、例えばミャンマーの民族紛争を逃れてやってきた人や、タイに入国するのは至難の業ですがなんとかやってきたロヒンギャの人たちなどです。一方、HIV陽性の人たちはどうでしょうか。
このサイトで何度も述べたように2000年代前半頃までは、HIV陽性者は地域社会で生きていくことができず、町や村を追い出されていました。感染が知られると、食堂に入っても食器を投げつけられ追い返されていたのです。ですが、感染者はまったく食べるものがなく餓死していたのかというとそういうわけではありません。タイでは誰かが食べ物を恵んでくれるのです。(タイ人に食事を恵んでもらい生き延びる日本人のホームレスの話を過去のコラムで紹介したことがあります)
私が個人としてもGINAとしてもタイのHIV陽性者を支援しているなかで、「感染者が餓死した」という話はまったくないわけではありませんが(例えば、やせほそった赤ちゃんがエイズ施設の前に置き去りにされていて発見された時にはすでに死亡していた、ということが過去にはありました)、食べ物を得ようと思えばタイではなんとかなります。
よくタイのツアーガイドなどは「道端のホームレスにお金をあげてはいけません」と言います。これは障害を抱えたホームレスや小さい子供を牛耳っているのはマフィアであり、お金をあげてもマフィアに吸い取られるだけだからだ、というのが理由ですが、こういったホームレスたちをよく観察しているとタイ人がお金をあげている姿が目に留まります。それも身なりから判断して貧しい階層の人たちが恵んでいるのです。あるとき、私はそのホームレスが自分の食料を寄り添ってきた犬にあげているのを見てこの国の"仕組み"が理解できました。
つまり、タイでは「助け合い」が社会の基本なのです。この「助け合い」は我々日本人が言う助け合い、つまり「困ったときはお互い様」とは異なるものです。タイには「タンブン」という「お布施」を表す言葉がありこの概念とつながります。要するに、お金や物がある者は無い者に恵むのが"当然"なのです。金持ちは貧しい者に、貧しい者はさらに貧しい者に、最も貧しい者は動物に分け与えるというわけです。タイ人と食事に行って奢ってあげても感謝の言葉がないのは彼(女)らが礼儀知らずなのではなくタイの文化に即して考えれば当然なのです。
タイの町や村を早朝歩いていると僧侶が托鉢をしている光景をよく目にします。鉢を持って歩いているとどこからともなく住民が駆け寄り、米や野菜、卵などをその鉢に入れていきます。僧侶たちはこれを寺に持ち帰ります。あるタイ人によれば、食べ物がなくなりどうしようもなくなっても寺に行けば何かを食べさせてくれるそうです。
翻って日本はどうでしょうか。最近まで会社勤めをしていてもリストラで職を失えば一気にホームレスまで転落することもあります。冒頭で紹介したホームレス会議に登壇していた当事者の人たちもそうです。そしていったんホームレスになると支援の手はそう多くありません。寺に行ってもごはんを食べさせてくれるわけではないでしょう。我々のすぐそばにその日に食べるものがなく困っている人がいて、誰がいつホームレスになってもおかしくないのが現実であることを認識すべきです。
そして、タイに倣え、とは言いませんが、我々ひとりひとりがこの国で何をすべきかを考えなければなりません。今すぐできることもあるはずです。
その理由とは、テーマが「食」であったということです。谷口医院は都心部に位置していることもあり、患者層は比較的若い働く世代に多いという特徴があります。その働いている人々のなかで「シングルマザー」は少なくありません。元夫と死別(こちらは少数)もしくは離婚(これがほとんど)し、小さな子供(たち)を自分ひとりで育てねばならなくなった、そしてなかには、両親がいない(もしくは絶縁状態)、さらに周りに助けてくれる人が誰もいない、というケースもまあまああります。というより、こういうケースが年々増えています。
そんなシングルマザーたちのほとんどは子供に対する"愛情"はあるのですが、うまく伝わっていない、というか、結果として"虐待"と呼べるような行動をとってしまう場合もあります。以前にもコラムで述べたことがあるのですが、私はこのような虐待があるならば、子供と同時に母親を支援すべきだという考えを持っています。もちろん生命の危険が脅かされる前に子供を親から引き離さなければならないようなケースもありますが、母親の支援なくして母子対策はおこなえない、というのが私の考えです。
シングルマザーが昼間仕事をしていると、どうしても子供の食事がおろそかになります。毎日子供に愛情をこめた食事をつくる余裕はないのです。そんななか、数年前から「子ども食堂」と呼ばれる、子供たちに無料(もしくは低額)でごはんを食べさせてくれる食堂ができ始めました。これは個人もしくはNPO法人が運営している食堂で、母子家庭の子供に限らず、誰でも気軽に利用することができます。私は(GINAとしてではなく個人として)いくつかの子ども食堂を支援していることもあり、2017年11月に大阪で開催された「子ども食堂サミット」にも参加していました(といっても聴きにいっただけですが)。
話を戻します。ホームレス会議のテーマが「食」で、子ども食堂を運営している人たちもパネリストとして登壇されると聞きましたから、これは参加しないわけにはいかない、と考えたのです。会議を通して最もインパクトがあったのが「ホームレス」当事者の人たちの言葉です。(ここでいう「ホームレス」は文字通り「家がなく野宿している」という意味ではなく『ビッグイシュー』を街頭で販売している人たちです)
当事者の人たちにもいろんなタイプがいて、次から次へとユーモアを交えて流暢に話す人もいれば、ひとつひとつの言葉をじっくりと選びながら思いを訴える人もいました。そういった人たちの話で私が最も印象に残ったのは「飢えることの苦痛」です。その日に食べるものがない、ということがどれだけ辛いか...。そして頼れる人がどこにもいないということにどれだけ絶望するか...。会議で登壇されていたあるNPOの人の話によれば、少なくない日本人が毎年餓死で亡くなられるそうです。
そして、一方ではどれだけの食べ物が廃棄されているか...。環境省のウェブサイトによれば、年間621万トンもの食品ロス(廃棄)があります。高月紘著『ごみ問題とライフスタイル―こんな暮らしは続かない』(日本評論社)によれば、一般家庭では年間3.2兆円、外食産業では11.1兆円もの損失がでているそうです。
その日に食べるものがない......。これがどれだけつらいことか。私の個人的見解を言えばこれは「難民」の定義です。私の性格は"優しくない"ので、友人・知人から「自分ほど不幸な人間はいない」などと言われると、「その日に食べるものがない人のことを考えたことがあるのか!」と返したくなります。(実際に発言すると嫌われますから口には出しませんが。それでも嫌われるのを覚悟で言うこともたまにはあります...)
その日に食べるものがない人がいる同じ国で、年間11.1兆円もの食品を捨てているというこの現実...。「食」についてはいろいろと言いたいことがあるのですが、ここではこれ以上は踏み込まずに、私が感じた日本とタイの違いを紹介したいと思います。
その日に食べるものがない、が私流の「難民」の定義です。そしてタイでこの定義にあてはまる人は文字通りの「難民」であり、例えばミャンマーの民族紛争を逃れてやってきた人や、タイに入国するのは至難の業ですがなんとかやってきたロヒンギャの人たちなどです。一方、HIV陽性の人たちはどうでしょうか。
このサイトで何度も述べたように2000年代前半頃までは、HIV陽性者は地域社会で生きていくことができず、町や村を追い出されていました。感染が知られると、食堂に入っても食器を投げつけられ追い返されていたのです。ですが、感染者はまったく食べるものがなく餓死していたのかというとそういうわけではありません。タイでは誰かが食べ物を恵んでくれるのです。(タイ人に食事を恵んでもらい生き延びる日本人のホームレスの話を過去のコラムで紹介したことがあります)
私が個人としてもGINAとしてもタイのHIV陽性者を支援しているなかで、「感染者が餓死した」という話はまったくないわけではありませんが(例えば、やせほそった赤ちゃんがエイズ施設の前に置き去りにされていて発見された時にはすでに死亡していた、ということが過去にはありました)、食べ物を得ようと思えばタイではなんとかなります。
よくタイのツアーガイドなどは「道端のホームレスにお金をあげてはいけません」と言います。これは障害を抱えたホームレスや小さい子供を牛耳っているのはマフィアであり、お金をあげてもマフィアに吸い取られるだけだからだ、というのが理由ですが、こういったホームレスたちをよく観察しているとタイ人がお金をあげている姿が目に留まります。それも身なりから判断して貧しい階層の人たちが恵んでいるのです。あるとき、私はそのホームレスが自分の食料を寄り添ってきた犬にあげているのを見てこの国の"仕組み"が理解できました。
つまり、タイでは「助け合い」が社会の基本なのです。この「助け合い」は我々日本人が言う助け合い、つまり「困ったときはお互い様」とは異なるものです。タイには「タンブン」という「お布施」を表す言葉がありこの概念とつながります。要するに、お金や物がある者は無い者に恵むのが"当然"なのです。金持ちは貧しい者に、貧しい者はさらに貧しい者に、最も貧しい者は動物に分け与えるというわけです。タイ人と食事に行って奢ってあげても感謝の言葉がないのは彼(女)らが礼儀知らずなのではなくタイの文化に即して考えれば当然なのです。
タイの町や村を早朝歩いていると僧侶が托鉢をしている光景をよく目にします。鉢を持って歩いているとどこからともなく住民が駆け寄り、米や野菜、卵などをその鉢に入れていきます。僧侶たちはこれを寺に持ち帰ります。あるタイ人によれば、食べ物がなくなりどうしようもなくなっても寺に行けば何かを食べさせてくれるそうです。
翻って日本はどうでしょうか。最近まで会社勤めをしていてもリストラで職を失えば一気にホームレスまで転落することもあります。冒頭で紹介したホームレス会議に登壇していた当事者の人たちもそうです。そしていったんホームレスになると支援の手はそう多くありません。寺に行ってもごはんを食べさせてくれるわけではないでしょう。我々のすぐそばにその日に食べるものがなく困っている人がいて、誰がいつホームレスになってもおかしくないのが現実であることを認識すべきです。
そして、タイに倣え、とは言いませんが、我々ひとりひとりがこの国で何をすべきかを考えなければなりません。今すぐできることもあるはずです。
第137回(2017年11月) 痛み止めから始まるHIV
2017年10月26日、トランプ米大統領は、米国内で鎮痛剤オピオイドの依存症患者や過剰摂取による死亡者が増えていることを受け「公衆衛生の非常事態」を宣言しました。中毒による死亡者は年間3万人を超え、働く世代の労働参加率の低迷の原因の2割がオピオイドによるものという試算もあります。
非常事態宣言が発令されたわけですからこれだけでも大問題ですが、さらに深刻な問題がこの先にあります。それはHIV感染です。米国のニュースメディア「POLITICO」が「オピオイドからHIVへ」というタイトルで米国の麻薬汚染の実態を報告しています(2017年10月21日)。
同紙によれば、2年前(の2015年)、インディアナ州スコット郡では200人近くの市民がHIVに感染しました。感染源は「針の使いまわし」です。興味深いことに、このような感染が深刻化している他の州をみてみると、ケンタッキー州、ウェストバージニア州、オハイオ州、ミシガン州、ミズーリ州、テネシー州のアパラチア地方など。これらに共通するのは、トランプ大統領を支持する地域であり、地域社会のほとんどが白人、そして失業率が高いということを同紙は指摘しています。
米国全体でのHIV新規感染は減少傾向にあります。CDC(米国疾病管理予防センター)の報告によれば、2008年に45,700人の新規の報告があったのが、2014年には37,000人まで減少しています。(日本ではだいたい年間の新規感染者数が1,500人ですから約25倍です) 米国の新規感染の約1割が注射針からの感染です。
さて、ここで鎮痛薬オピオイドの使用がなぜHIV感染につながるのかを確認しておきましょう。慢性の痛みで悩んでいる人は世界中のどこにでもいます。頭痛、関節痛、腰痛、腹痛...、と人によって痛みの部位は様々で、最初は市販の痛み止めで対処しますが、そのうちにより強い鎮痛薬を求めて医療機関を受診することになります。
医師は鎮痛薬の危険性を知っていますから、安易に副作用の強い鎮痛薬を処方するようなことはしませんが、目の前の患者さんが激しい痛みを訴えれば検討することになります。以前なら、それでも「我慢しなさい」と患者に話す医師が多かったのですが、90年代後半頃からいくつかの製薬会社が「強力な鎮痛薬」の強烈なプロモーションを開始し、医師が影響を受けるようになりました。これが、米国の「麻薬汚染」の始まりです。
「強力な鎮痛薬」がよく効き、かつ副作用がなければ問題があるとは言えません。ですが、この「強力な鎮痛薬」は"強力"な「依存症」を引き起こしました。米国のメディア「ロサンジェルス・タイムズ」がいかにこの鎮痛薬が製薬会社の戦略の下に米国に浸透していったのか、その真相を暴きました。麻薬性鎮痛薬「オキシコンチン」を販売するパーデュー・ファーマ社はこの麻薬を"夢のクスリ"と謳い、売り上げを急増させ、1996年の販売開始以来、米史上最大規模の700万人超という薬物乱用者を発生させたのです。
麻薬の特徴を二つ挙げるとすれば「耐性」と「依存性」です。ロサンジェルス・タイムズの報告によれば、パーデュー・ファーマ社のオキシコンチンは12時間有効という謳い文句で登場しました。ですが、実際はそれほど効果が続かず、使用者は12時間後が待ち遠しくて仕方がなくなり、オキシコンチンのこと以外は考えられなくなるのです。こうなれば立派な「依存症」です。さらに、耐性がでてくれば当初得られたような効果が期待できず、高用量を求めるようになります。しかし医師の処方には制限があります。その結果何が起こるか...。
裏ルートで麻薬を入手しようと考える人が出てきます。内服ではもはや満足できなくなった身体はより高い効果が得られる静脈注射を渇望します。そして、ここまでくれば痛みの緩和ではなく、麻薬が切れたときの苦痛が次の「ショット」を求めるようになります。静脈注射に必要なシリンジ(注射筒)は一度入手すると繰り返し使えますが、注射針はそうはいきません。何度か使っているうちに針が鋭利さを失い刺さらなくなります。しかし合法的に次々と注射針を入手するのは困難です。そのとき、もはや立派な依存症となった人たちは何を考えるか。麻薬のためなら他人の使った針でも厭わなくなるのです。これが、先述の「共和党(トランプ大統領)の支持率が高い地域」の実情というわけです。
さて、このような話を聞いたとき日本人のあなたはどう思うでしょうか。「アメリカって怖い国だよね...」と他人事のように感じる人が多いのではないでしょうか。たしかに、ロサンジェルス・タイムズ社が実情を暴露したパーデュー・ファーマ社のオキシコンチンのような薬は日本では医療現場での使用が厳しく制限されています。そして、米国に比べると麻薬中毒者は日本にはそう多くいません。日本では覚醒剤中毒者が"伝統的に"多いわけですが、これまでのところその中毒者たちのHIV感染は増加傾向にはありません。
では日本は米国のようにはならないのか。私個人の見解は、「いずれ米国と同じように麻薬中毒者が増加し、その結果HIV感染が増える可能性がある」というものです。理由を述べます。
たしかに日本ではオキシコンチンのような強力な鎮痛薬はがんの末期など限られた症例にしか使うことができません。ですが、2010年代初頭から日本でも内服のオピオイドががんと関係のない慢性の痛みに処方できるようになりました。製薬会社は「これは麻薬と違います。依存性は小さいです」と医師にPRをおこなっています。そして、製薬会社のウェブサイトにはオピオイドという文字の後にわざわざ「非麻薬」と書いています。(例えばhttp://www.mochida.co.jp/dis/medicaldomain/circulatory/tramcet/info/index.html)
誤解を恐れずに言うならば、これは「詭弁」だと思います。詭弁が失礼であれば「誤解されても仕方がない表現」です。そもそもオピオイドとは、麻薬やその類似物質を指すわけで依存性のリスクはつきまとうものです。そして、一応、これら日本で販売されている内服のオピオイドの添付文書には「依存性があります」と(小さい字で)書かれています。そうです。日本の製薬会社も初めから危険性を分かっているのです。それを医師にPRするときは「依存性が小さい」と言い、患者さんが見るかもしれない自社のウェブサイトには「非麻薬」とご丁寧に書いているというわけです。
もちろん、いくら危険な薬が発売されようが、処方する医師がきっちりとそのリスクを認識し最低限の処方をしていれば問題は起こりません。実際、私はこれらが発売されたとき、「このような薬が日本で使われることはそれほど多くないだろう」と踏んでいました。ですが、発売後次第に使用者は増えてきています。私が院長を務める太融寺町谷口医院では、初診の患者さんに「今飲んでいる薬は?」と尋ねると、これらオピオイドを毎日飲んでいるという人が年々増えているのです。
たしかにオピオイドを用いなければコントロールできない痛みというものもあります。ですが率直な私の印象を言えば、「その程度の腰痛で?」「その関節痛、まずは他の鎮痛薬を試すべきでは?」という例が目立つのです。もちろん安易に前医を批判してはいけないのですが、こういった患者さんの何割かは、危険性や依存性を説明すると「えっ、そんな怖い薬とは聞いていません!」と答えるのです。
つまり、米国と同様、日本でも医師の"安易な"処方がおこなわれていると言わざるをえないのです。数年後に何が起こるか。おそらく現在の内服オピオイドが効かなくなり、あるいは依存症が深刻化し、より強い麻薬が欲しくなるでしょう。そして、米国と同様のストーリーが始まり...、という私の見立てが杞憂であればいいのですが。
非常事態宣言が発令されたわけですからこれだけでも大問題ですが、さらに深刻な問題がこの先にあります。それはHIV感染です。米国のニュースメディア「POLITICO」が「オピオイドからHIVへ」というタイトルで米国の麻薬汚染の実態を報告しています(2017年10月21日)。
同紙によれば、2年前(の2015年)、インディアナ州スコット郡では200人近くの市民がHIVに感染しました。感染源は「針の使いまわし」です。興味深いことに、このような感染が深刻化している他の州をみてみると、ケンタッキー州、ウェストバージニア州、オハイオ州、ミシガン州、ミズーリ州、テネシー州のアパラチア地方など。これらに共通するのは、トランプ大統領を支持する地域であり、地域社会のほとんどが白人、そして失業率が高いということを同紙は指摘しています。
米国全体でのHIV新規感染は減少傾向にあります。CDC(米国疾病管理予防センター)の報告によれば、2008年に45,700人の新規の報告があったのが、2014年には37,000人まで減少しています。(日本ではだいたい年間の新規感染者数が1,500人ですから約25倍です) 米国の新規感染の約1割が注射針からの感染です。
さて、ここで鎮痛薬オピオイドの使用がなぜHIV感染につながるのかを確認しておきましょう。慢性の痛みで悩んでいる人は世界中のどこにでもいます。頭痛、関節痛、腰痛、腹痛...、と人によって痛みの部位は様々で、最初は市販の痛み止めで対処しますが、そのうちにより強い鎮痛薬を求めて医療機関を受診することになります。
医師は鎮痛薬の危険性を知っていますから、安易に副作用の強い鎮痛薬を処方するようなことはしませんが、目の前の患者さんが激しい痛みを訴えれば検討することになります。以前なら、それでも「我慢しなさい」と患者に話す医師が多かったのですが、90年代後半頃からいくつかの製薬会社が「強力な鎮痛薬」の強烈なプロモーションを開始し、医師が影響を受けるようになりました。これが、米国の「麻薬汚染」の始まりです。
「強力な鎮痛薬」がよく効き、かつ副作用がなければ問題があるとは言えません。ですが、この「強力な鎮痛薬」は"強力"な「依存症」を引き起こしました。米国のメディア「ロサンジェルス・タイムズ」がいかにこの鎮痛薬が製薬会社の戦略の下に米国に浸透していったのか、その真相を暴きました。麻薬性鎮痛薬「オキシコンチン」を販売するパーデュー・ファーマ社はこの麻薬を"夢のクスリ"と謳い、売り上げを急増させ、1996年の販売開始以来、米史上最大規模の700万人超という薬物乱用者を発生させたのです。
麻薬の特徴を二つ挙げるとすれば「耐性」と「依存性」です。ロサンジェルス・タイムズの報告によれば、パーデュー・ファーマ社のオキシコンチンは12時間有効という謳い文句で登場しました。ですが、実際はそれほど効果が続かず、使用者は12時間後が待ち遠しくて仕方がなくなり、オキシコンチンのこと以外は考えられなくなるのです。こうなれば立派な「依存症」です。さらに、耐性がでてくれば当初得られたような効果が期待できず、高用量を求めるようになります。しかし医師の処方には制限があります。その結果何が起こるか...。
裏ルートで麻薬を入手しようと考える人が出てきます。内服ではもはや満足できなくなった身体はより高い効果が得られる静脈注射を渇望します。そして、ここまでくれば痛みの緩和ではなく、麻薬が切れたときの苦痛が次の「ショット」を求めるようになります。静脈注射に必要なシリンジ(注射筒)は一度入手すると繰り返し使えますが、注射針はそうはいきません。何度か使っているうちに針が鋭利さを失い刺さらなくなります。しかし合法的に次々と注射針を入手するのは困難です。そのとき、もはや立派な依存症となった人たちは何を考えるか。麻薬のためなら他人の使った針でも厭わなくなるのです。これが、先述の「共和党(トランプ大統領)の支持率が高い地域」の実情というわけです。
さて、このような話を聞いたとき日本人のあなたはどう思うでしょうか。「アメリカって怖い国だよね...」と他人事のように感じる人が多いのではないでしょうか。たしかに、ロサンジェルス・タイムズ社が実情を暴露したパーデュー・ファーマ社のオキシコンチンのような薬は日本では医療現場での使用が厳しく制限されています。そして、米国に比べると麻薬中毒者は日本にはそう多くいません。日本では覚醒剤中毒者が"伝統的に"多いわけですが、これまでのところその中毒者たちのHIV感染は増加傾向にはありません。
では日本は米国のようにはならないのか。私個人の見解は、「いずれ米国と同じように麻薬中毒者が増加し、その結果HIV感染が増える可能性がある」というものです。理由を述べます。
たしかに日本ではオキシコンチンのような強力な鎮痛薬はがんの末期など限られた症例にしか使うことができません。ですが、2010年代初頭から日本でも内服のオピオイドががんと関係のない慢性の痛みに処方できるようになりました。製薬会社は「これは麻薬と違います。依存性は小さいです」と医師にPRをおこなっています。そして、製薬会社のウェブサイトにはオピオイドという文字の後にわざわざ「非麻薬」と書いています。(例えばhttp://www.mochida.co.jp/dis/medicaldomain/circulatory/tramcet/info/index.html)
誤解を恐れずに言うならば、これは「詭弁」だと思います。詭弁が失礼であれば「誤解されても仕方がない表現」です。そもそもオピオイドとは、麻薬やその類似物質を指すわけで依存性のリスクはつきまとうものです。そして、一応、これら日本で販売されている内服のオピオイドの添付文書には「依存性があります」と(小さい字で)書かれています。そうです。日本の製薬会社も初めから危険性を分かっているのです。それを医師にPRするときは「依存性が小さい」と言い、患者さんが見るかもしれない自社のウェブサイトには「非麻薬」とご丁寧に書いているというわけです。
もちろん、いくら危険な薬が発売されようが、処方する医師がきっちりとそのリスクを認識し最低限の処方をしていれば問題は起こりません。実際、私はこれらが発売されたとき、「このような薬が日本で使われることはそれほど多くないだろう」と踏んでいました。ですが、発売後次第に使用者は増えてきています。私が院長を務める太融寺町谷口医院では、初診の患者さんに「今飲んでいる薬は?」と尋ねると、これらオピオイドを毎日飲んでいるという人が年々増えているのです。
たしかにオピオイドを用いなければコントロールできない痛みというものもあります。ですが率直な私の印象を言えば、「その程度の腰痛で?」「その関節痛、まずは他の鎮痛薬を試すべきでは?」という例が目立つのです。もちろん安易に前医を批判してはいけないのですが、こういった患者さんの何割かは、危険性や依存性を説明すると「えっ、そんな怖い薬とは聞いていません!」と答えるのです。
つまり、米国と同様、日本でも医師の"安易な"処方がおこなわれていると言わざるをえないのです。数年後に何が起こるか。おそらく現在の内服オピオイドが効かなくなり、あるいは依存症が深刻化し、より強い麻薬が欲しくなるでしょう。そして、米国と同様のストーリーが始まり...、という私の見立てが杞憂であればいいのですが。
第136回(2017年10月) これからのHIVは50歳以上の離婚経験者
私が初めてタイのエイズ施設を訪れたのは2002年。研修医になり半年が過ぎた頃です。医学部では5回生と6回生はほぼ授業がなくほとんどが臨床実習となり病院で一日を過ごしますから、タイのエイズ施設を訪れるまでの2年半の間に数百人の患者さんを診察したことになります。ですが、タイに渡航するまで私はHIV陽性者に出会ったことがありませんでした。
そんな私がタイのエイズ施設に足を踏み入れた瞬間に感じたことが「若い!」ということです。日本では小児科と産科を除けば病院というのは高齢者が中心です。ところがそのタイの施設では高齢者も少しはいますが、大半は20~30歳代の若者、なかには10歳未満の子供もいました。そして、当時のタイでは抗HIV薬はまだ支給されていませんでした。ということは、若い彼(女)らは、近いうちに確実に死を迎えることになるのです。
そんな光景、日本ではありえません。高齢者ばかりが入院している慢性期の病棟、あるいはホスピスなどでは「あとは死を待つだけ」という患者さんたちが大半で、それはそれで「死」の重みを感じることになります。けれども、私が2002年にタイでみたその様子は大半が若者なのです。しかも、直接話をしてみると、彼(女)らの何割かは「死」を受け入れることができていません。近いうちに死ぬのは確実ということは分かっているけれど、死にたくないという気持ちが強いのです。
欧米から来ているボランティアの医療者の指導を受けながら、若い患者さんたちと過ごした数日間の経験が私にエイズに向かわせることを決心させます。ある意味では「年齢差別」になるのかもしれませんが、私が当時抱いた気持ちは「若い人たちだからこそ助けなくてはならない」というものです。さらに、彼(女)ら達から聞いた、いかに差別や偏見で苦しんできたかという話も私の感情を奮い立たせました。
その後私はNPO法人GINAを設立し、機会があれば日本でもエイズに関する講演をおこなってきました。私がいつも言い続けているのはふたつ。感染者への差別をなくすことと新たな感染者を生み出さないことです。そして、ここでいう「感染者」というのは若い人たちを念頭に置いています。ですから大学生の集まりや、若い社会人を対象とした集会で話すことはあるものの、中高齢者が集うところで話をしたことはありませんし、また呼ばれたこともありません。日本社会も私自身もHIVは若い世代の疾患と考えているのです。
ところが、そういった考えは過去のものとみなす必要がでてきました。ヨーロッパのメディアがはっきりとそれを指摘しています。その指摘のきっかけとなった論文は医学誌『Lancet』2017年9月26日(オンライン版)に掲載されています(注1)。ヨーロッパ全体で、そして特にイギリスでは高齢者のHIV感染が問題となっているのです。複数のメディアがこの論文を紹介し、さらにNHS(英国国民保健サービス)もウェブサイトで報告し問題提起しています(注2)。
まずは『Lancet』及びNHSの報告から具体的な数字をみていきましょう。
調査期間は2004年1月1日から2015年12月31日の12年間。対象は欧州31か国です。期間中に新たにHIV感染が判明したのが、15~49歳(便宜上ここからは「若者」とします)では312,501人。50歳以上では54,102人です。この数字だけをみるとHIVはまだまだ若者の感染症と言えそうですが、増加率に注目してみましょう。
若者の新規感染率は人口10万人あたり11.4人。12年間でほとんど変化はありません。一方50歳以上は10万人あたり2.6人と総数では若者より少ないのですが、毎年2.1%増加しています。また後述するように「感染経路」が若者と50歳以上では異なります。
深刻なのはイギリスです。50歳以上での増加率は年間3.6%。2004年には10万人あたり3.1人だったのが2015年には4.32人まで上昇しています。男女別にみてみると、50歳以上の男性では12年間で人口10万人あたり3.5人から4.8人に、50歳以上の女性では1.0人から1.2人に増加しています。一方、同国では若者の新規感染は4%減少しています。
データを欧州全体に戻して50歳以上の感染経路の内訳をみてみましょう。2015年には感染経路の最多が異性間性交渉の42.4%、男性同性間性交渉は30.3%、薬物の静脈注射が2.6%、その他及び不明が24.6%です。一方、若者は、最多が男性同性間性交渉の45.1%、異性愛30.8%、薬物4.6%、その他及び不明19.5%です。
これらから言える最も重要なことは「50歳以上の男女間での性交渉での感染増加に対策を立てねばならない」ということです。では、なぜ彼(女)らの間に新規感染が増えているのか。NHSは英国の大衆紙『Mail Online』の報道を引き合いに出しています。同紙は次のようにコメントしています(注3)。
離婚後の無防備な性交渉が50歳以上のHIV新規感染増加の真因である...。
同紙はさらに、「silver splitters」という造語(日本語にすると「熟年離婚者」でしょうか...)を紹介し、これがキーワードだとしています。同紙によれば、離婚した彼(女)らはHIVを過去のものと考えており、コンドームは避妊用具であり性感染症を防ぐツールとは認識していません。特に、精管切除(vasectomy)や子宮摘出(hysterectomy)を実施していれば、コンドームという発想は元からありません。
50歳以上の問題はまだあります(注4)。若者に比べて、HIVが発覚したときにすでに病状が進行していることが今回の調査で分かったのです。さらに「Mail Online」によれば、HIVの無料検査はいろんなところで受けることができるにもかかわらず50歳以上は検査を受けず、また予防啓発をおこなう団体も50歳以上に対しては積極的におこなっていないそうです。その結果、ますます検査を受ける機会を逃すことになります。
翻って日本はどうでしょうか。実は日本でも同じような傾向が現れつつあります。「平成28(2016)年エイズ発生動向」(注5)には「感染者の主要な感染経路はいずれの年齢階級においても同性間性的接触例の割合がもっとも高く、年齢が上がるに従い異性間性的接触の割合が高くなる傾向がみられた」と述べられています。つまり、ヨーロッパとは異なり、日本では50歳以上も感染経路は男性同性間性交渉が最多だけれど、若者と比べて異性間性交渉での感染の割合が多い、ということです。同資料の図13をみてみると、50歳以上では4割以上が異性間となっています。一方、30代では異性間は2割に過ぎません。
そして、これは日々の臨床を通しての私の実感とも一致します。私が日々診察している20代、30代のHIV陽性者は多くが男性同性愛者ですが、50代以上となると、全体では人数は多くないものの異性間性交渉で感染している割合が増えます。そして、自らの意思で保健所などへ検査を受けに行った人はほとんどおらず、何らかの症状が出て医療機関を受診してHIV感染が発覚した、というケースが多いのです。
また日本のHIV啓発団体もやはり若者を対象としています。10年ほど前からピア・エデュケーション(peer education)の有効性が注目され(「ピア」とは同胞とか同僚という意味です)、同世代の者がHIV/エイズの教育をおこなうべきだという考えが主流になってきています。そしてピア・エデュケーションを推奨している人たちが念頭に置いているのはまず間違いなく若い人たちです。
これを読んでいるあなたが50歳以上だったとしたら、そしてもしも「silver splitter」だとしたら、性に対する考え方、見直さなくてもいいでしょうか...。
************
注1:この論文のタイトルは「New HIV diagnoses among adults aged 50 years or older in 31 European countries, 2004?15: an analysis of surveillance data」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.thelancet.com/journals/lanhiv/article/PIIS2352-3018(17)30155-8/fulltext?elsca1=tlpr
注2:NHSはウェブサイト「NHS choices」で公表しています。タイトルは「Rates of newly diagnosed HIV increasing in over-50s」で、下記URLで全文を読めます。
https://www.nhs.uk/news/2017/09September/Pages/Rates-newly-diagnosed-HIV-increasing-in-over-50s.aspx
注3:「Mail Online」の記事のタイトルは「HIV on the rise in the over-50s: Warning that reckless sexual behaviour of 'silver splitters' has led to an increase in cases」で、下記URLで読むことができます。
http://www.dailymail.co.uk/health/article-4923672/HIV-rise-50s.html
注4:本文では述べませんでしたが、NHSは50歳以上の問題として次の2つも挙げています。ひとつは異性愛での感染が最多とはいえ、男性同性愛者の感染も増えていることです。若者でも増えていますが、50歳以上の増加率の方が高いのです。(50歳以上は5.8%の増加、若年者は2.3%) もうひとつは、過去12年間で薬物の静脈注射も増えていることです。こちらは若者では減少しています。
注5:下記URLを参照ください。
http://api-net.jfap.or.jp/status/2016/16nenpo/bunseki.pdf
そんな私がタイのエイズ施設に足を踏み入れた瞬間に感じたことが「若い!」ということです。日本では小児科と産科を除けば病院というのは高齢者が中心です。ところがそのタイの施設では高齢者も少しはいますが、大半は20~30歳代の若者、なかには10歳未満の子供もいました。そして、当時のタイでは抗HIV薬はまだ支給されていませんでした。ということは、若い彼(女)らは、近いうちに確実に死を迎えることになるのです。
そんな光景、日本ではありえません。高齢者ばかりが入院している慢性期の病棟、あるいはホスピスなどでは「あとは死を待つだけ」という患者さんたちが大半で、それはそれで「死」の重みを感じることになります。けれども、私が2002年にタイでみたその様子は大半が若者なのです。しかも、直接話をしてみると、彼(女)らの何割かは「死」を受け入れることができていません。近いうちに死ぬのは確実ということは分かっているけれど、死にたくないという気持ちが強いのです。
欧米から来ているボランティアの医療者の指導を受けながら、若い患者さんたちと過ごした数日間の経験が私にエイズに向かわせることを決心させます。ある意味では「年齢差別」になるのかもしれませんが、私が当時抱いた気持ちは「若い人たちだからこそ助けなくてはならない」というものです。さらに、彼(女)ら達から聞いた、いかに差別や偏見で苦しんできたかという話も私の感情を奮い立たせました。
その後私はNPO法人GINAを設立し、機会があれば日本でもエイズに関する講演をおこなってきました。私がいつも言い続けているのはふたつ。感染者への差別をなくすことと新たな感染者を生み出さないことです。そして、ここでいう「感染者」というのは若い人たちを念頭に置いています。ですから大学生の集まりや、若い社会人を対象とした集会で話すことはあるものの、中高齢者が集うところで話をしたことはありませんし、また呼ばれたこともありません。日本社会も私自身もHIVは若い世代の疾患と考えているのです。
ところが、そういった考えは過去のものとみなす必要がでてきました。ヨーロッパのメディアがはっきりとそれを指摘しています。その指摘のきっかけとなった論文は医学誌『Lancet』2017年9月26日(オンライン版)に掲載されています(注1)。ヨーロッパ全体で、そして特にイギリスでは高齢者のHIV感染が問題となっているのです。複数のメディアがこの論文を紹介し、さらにNHS(英国国民保健サービス)もウェブサイトで報告し問題提起しています(注2)。
まずは『Lancet』及びNHSの報告から具体的な数字をみていきましょう。
調査期間は2004年1月1日から2015年12月31日の12年間。対象は欧州31か国です。期間中に新たにHIV感染が判明したのが、15~49歳(便宜上ここからは「若者」とします)では312,501人。50歳以上では54,102人です。この数字だけをみるとHIVはまだまだ若者の感染症と言えそうですが、増加率に注目してみましょう。
若者の新規感染率は人口10万人あたり11.4人。12年間でほとんど変化はありません。一方50歳以上は10万人あたり2.6人と総数では若者より少ないのですが、毎年2.1%増加しています。また後述するように「感染経路」が若者と50歳以上では異なります。
深刻なのはイギリスです。50歳以上での増加率は年間3.6%。2004年には10万人あたり3.1人だったのが2015年には4.32人まで上昇しています。男女別にみてみると、50歳以上の男性では12年間で人口10万人あたり3.5人から4.8人に、50歳以上の女性では1.0人から1.2人に増加しています。一方、同国では若者の新規感染は4%減少しています。
データを欧州全体に戻して50歳以上の感染経路の内訳をみてみましょう。2015年には感染経路の最多が異性間性交渉の42.4%、男性同性間性交渉は30.3%、薬物の静脈注射が2.6%、その他及び不明が24.6%です。一方、若者は、最多が男性同性間性交渉の45.1%、異性愛30.8%、薬物4.6%、その他及び不明19.5%です。
これらから言える最も重要なことは「50歳以上の男女間での性交渉での感染増加に対策を立てねばならない」ということです。では、なぜ彼(女)らの間に新規感染が増えているのか。NHSは英国の大衆紙『Mail Online』の報道を引き合いに出しています。同紙は次のようにコメントしています(注3)。
離婚後の無防備な性交渉が50歳以上のHIV新規感染増加の真因である...。
同紙はさらに、「silver splitters」という造語(日本語にすると「熟年離婚者」でしょうか...)を紹介し、これがキーワードだとしています。同紙によれば、離婚した彼(女)らはHIVを過去のものと考えており、コンドームは避妊用具であり性感染症を防ぐツールとは認識していません。特に、精管切除(vasectomy)や子宮摘出(hysterectomy)を実施していれば、コンドームという発想は元からありません。
50歳以上の問題はまだあります(注4)。若者に比べて、HIVが発覚したときにすでに病状が進行していることが今回の調査で分かったのです。さらに「Mail Online」によれば、HIVの無料検査はいろんなところで受けることができるにもかかわらず50歳以上は検査を受けず、また予防啓発をおこなう団体も50歳以上に対しては積極的におこなっていないそうです。その結果、ますます検査を受ける機会を逃すことになります。
翻って日本はどうでしょうか。実は日本でも同じような傾向が現れつつあります。「平成28(2016)年エイズ発生動向」(注5)には「感染者の主要な感染経路はいずれの年齢階級においても同性間性的接触例の割合がもっとも高く、年齢が上がるに従い異性間性的接触の割合が高くなる傾向がみられた」と述べられています。つまり、ヨーロッパとは異なり、日本では50歳以上も感染経路は男性同性間性交渉が最多だけれど、若者と比べて異性間性交渉での感染の割合が多い、ということです。同資料の図13をみてみると、50歳以上では4割以上が異性間となっています。一方、30代では異性間は2割に過ぎません。
そして、これは日々の臨床を通しての私の実感とも一致します。私が日々診察している20代、30代のHIV陽性者は多くが男性同性愛者ですが、50代以上となると、全体では人数は多くないものの異性間性交渉で感染している割合が増えます。そして、自らの意思で保健所などへ検査を受けに行った人はほとんどおらず、何らかの症状が出て医療機関を受診してHIV感染が発覚した、というケースが多いのです。
また日本のHIV啓発団体もやはり若者を対象としています。10年ほど前からピア・エデュケーション(peer education)の有効性が注目され(「ピア」とは同胞とか同僚という意味です)、同世代の者がHIV/エイズの教育をおこなうべきだという考えが主流になってきています。そしてピア・エデュケーションを推奨している人たちが念頭に置いているのはまず間違いなく若い人たちです。
これを読んでいるあなたが50歳以上だったとしたら、そしてもしも「silver splitter」だとしたら、性に対する考え方、見直さなくてもいいでしょうか...。
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注1:この論文のタイトルは「New HIV diagnoses among adults aged 50 years or older in 31 European countries, 2004?15: an analysis of surveillance data」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.thelancet.com/journals/lanhiv/article/PIIS2352-3018(17)30155-8/fulltext?elsca1=tlpr
注2:NHSはウェブサイト「NHS choices」で公表しています。タイトルは「Rates of newly diagnosed HIV increasing in over-50s」で、下記URLで全文を読めます。
https://www.nhs.uk/news/2017/09September/Pages/Rates-newly-diagnosed-HIV-increasing-in-over-50s.aspx
注3:「Mail Online」の記事のタイトルは「HIV on the rise in the over-50s: Warning that reckless sexual behaviour of 'silver splitters' has led to an increase in cases」で、下記URLで読むことができます。
http://www.dailymail.co.uk/health/article-4923672/HIV-rise-50s.html
注4:本文では述べませんでしたが、NHSは50歳以上の問題として次の2つも挙げています。ひとつは異性愛での感染が最多とはいえ、男性同性愛者の感染も増えていることです。若者でも増えていますが、50歳以上の増加率の方が高いのです。(50歳以上は5.8%の増加、若年者は2.3%) もうひとつは、過去12年間で薬物の静脈注射も増えていることです。こちらは若者では減少しています。
注5:下記URLを参照ください。
http://api-net.jfap.or.jp/status/2016/16nenpo/bunseki.pdf