GINAと共に
第58回 歓迎されないボランティア(2011年4月)
前回のこのコラムでは、「ボランティアは長期でおこなうべき」ということを私の経験を交えて紹介しました。東日本大震災をみても、大地震と津波が生じた3月11日直後には急性期の災害医療に長けた医療チーム(DMATが有名です)が活躍しましたが、その後は、高血圧や糖尿病など慢性の疾患に対するケアや、「眠れない」「不安がとれない」といった精神症状に対するアプローチが必要になり、現場からも「ボランティアは長期で来てもらいたい」という声が大きくなってきました。
今回は、「長期でおこなう」以外に、ボランティアにはどのようなことが求められるのか、あるいはボランティアがやってはいけないことは何なのか、といったことについて私の体験を踏まえて考察していきたいと思います。
まず、絶対に忘れてはいけない1つめのルールは、「ボランティアは謙虚な気持ちでおこなわなければならない」というものです。
ボランティアを一度でもおこなったことのある人なら分かると思いますが、ボランティアというのは<大変気持ちのいいもの>です。ときに大変な重労働を強いられ、かつ基本的に無償ですから、ボランティアが気持ちのいいものなどと言うと、経験のない人は「えっ?」と思うかもしれません。
しかし、ボランティアは大変気持ちのいいものなのです。この理由のひとつは、困っている人を支援することで「絶対的に正しいことをしている」という自負が得られることにあると思います。これは一般の仕事と比較してみるとわかりやすいでしょう。例えば、あなたが株式会社Xに勤務していて、X社製のAという商品を担当しているとしましょう。あなたの任務はAの販売促進ですが、顧客にとってAを買わなければならない絶対的な理由が果たしてあるでしょうか。顧客からすればY社製のBという商品の方がいいかもしれませんし、そもそもAもBも顧客には必要のないものかもしれません。一方、ボランティアは目の前の困っている人を支援するのがミッションですから、これが絶対的に正しいのは明らかです。
自分は絶対的に正しいことをしているんだ、しかも無償でおこなっているんだ、という意識が士気を高揚させます。そして、ハイテンションのなか、ますます重労働を率先して引き受けるようになっていきます。さらに支援を受ける人から感謝の言葉が送られ、この言葉が励みになり、高揚感が一層加速されていくのです。
もちろんいくら高揚感が強くなっても、状況を冷静に判断し、仲間との連携を上手くとり、支援を受ける人から感謝されていれば問題はありません。しかし、ときにこの高揚感が暴走してしまうことがあるのです・・・。
例えばボランティア同士で意見が対立するということがあります。こういうとき、「まずは相手の意見を聞いて、その意見を自分が理解できていることを相手に認めてもらうまでは自分の意見は言わない」という社会のルールを忘れがちになります。ハイテンションで重労働を続けているなかで冷静さを見失ってしまうのです。
また、支援を受ける側の愛想が悪かったり、感謝の言葉がなかったりすると気分を害するボランティアがいます。少し考えれば分かりますが、支援を受ける側というのは心身とも大変疲労しているわけです。たしかにボランティアに来てもらえるのはありがたいのですが、一日中笑顔で「ありがとう」を言い続けるのは疲れます。ごく一部ではありますが、「ボランティアしてあげてるのに感謝の言葉がない」という理由で不満を漏らすボランティアがいます。
「謙虚さ」というのは古今東西どこにいっても普遍的な社会の原則ではありますが、このボランティアという行為をおこなうときには特に注意しなければなりません。謙虚さを忘れたボランティアほど見苦しいものはありません。謙虚な気持ちを忘れずに、困っている人のために何ができるかを考え、実践する。もちろん、感謝の言葉などの見返りは求めない、そして、他のボランティアに敬意を払い謙虚な態度で自分がすべきことをする、このような態度が重要になります。
もうひとつ、ボランティアが忘れてはいけないルールを紹介したいと思います。それは「郷に入っては郷に従え」というものです。
これもどこででも必要な社会常識といえばその通りです。例えば、あなたが転職したとして、転職先の仕事の方法が気に入らなくて、「前の会社ではこのようにしていた・・・」などと発言すれば、その瞬間からあなたは総スカンをくらうでしょう。「じゃあ何でそんな素敵な会社を辞めちゃったの?ウチの会社がイヤならさっさと前の職場に戻ったら?」と言われるだけです。
「郷に入っては郷に従え」というルールがボランティアにとっても常識なのは少し考えればすぐに分かることかもしれませんが、それでもあえて強調したいと思います。その理由は、先にも述べたように「絶対的に正しいことをしている」という感覚が冷静さを失わせることがある、というものです。「ボランティアの行為は絶対的に正しい」から「自分の考えは絶対的に正しい」と移行してしまうことがあるのです。
例をあげましょう。タイ国ロッブリー県のパバナプ寺(Wat Phrabhatnamphu)での私の経験です。拙書『今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ』で詳しく紹介しましたが、この施設は世界的に有名で、毎日多くの観光客が訪れます。そして観光客は重症病棟にも入ってきてプライバシーのまったくない重症患者さんを見学していきます。例えば、患者さんが嘔吐していても、下着を交換していてもおかまいなしです。この光景は我々外国人からみると極めて異様であり、患者さんのために(というより常識的に)直ちに止めてもらいたいと考えます。
そして、欧米人ボランティアはそれを強く主張します。「患者の権利(patients' right)」とか「プライバシー(privacy)」という言葉を多用して、いかにこの施設が世界の常識(global standard)から逸脱しているかということを訴えます。しかし、ここはタイなのです。実際、当時の患者さんのほとんどは、その観光客の重症病棟入場に関して「マイペンライ(かまわないよ)」と言っていました。
私自身もこの光景には当初は大変驚きましたが、これがボランティアが忘れてはいけない「郷に入っては郷に従え」ということなんだ、と納得しました。もちろん、このような観光客の"見世物"のような方針に納得しない患者さんがでてくれば、それを施設側に訴えていかなければなりませんが、その場合も、ただ正論を振りかざすのではなく、相手の立場を理解したうえで(もっと言えば、「あなた方の考えを私が理解できているかどうかあなた方に確認していただきたいのです」という態度で)、自分の考えを述べていかなければなりません。
重症の患者さんのためを思って正論を主張し続けた欧米のボランティアの一部は、やがて施設を追われることになりました。出て行ったボランティア達は、正しいことを言っただけなのになんで自分達が追い出されないといけないんだ、と腑に落ちなかったに違いありません。(前回のコラムで述べたように、欧米のボランティアの多くは長期で支援するつもりで来ているのに、です)
ここに紹介したのはタイの話であり、日本人が日本人を支援するときにはここまで極端に理解しがたいことはないでしょう。しかしそれでも、「すべての共同体やコミュニティには独自のルールや考え方がある」、ということを忘れてはいけません。
もしもあなたがこれからボランティアを始めようとしているならば、自分自身がどれだけ活躍しようが、どれだけ重労働を担おうが、あるいはどれだけ困窮している人たちから感謝されようが、「謙虚さを忘れない」「郷に入っては郷に従え」という2つのルールは肝に銘じておくべきだと思います。
今回は、「長期でおこなう」以外に、ボランティアにはどのようなことが求められるのか、あるいはボランティアがやってはいけないことは何なのか、といったことについて私の体験を踏まえて考察していきたいと思います。
まず、絶対に忘れてはいけない1つめのルールは、「ボランティアは謙虚な気持ちでおこなわなければならない」というものです。
ボランティアを一度でもおこなったことのある人なら分かると思いますが、ボランティアというのは<大変気持ちのいいもの>です。ときに大変な重労働を強いられ、かつ基本的に無償ですから、ボランティアが気持ちのいいものなどと言うと、経験のない人は「えっ?」と思うかもしれません。
しかし、ボランティアは大変気持ちのいいものなのです。この理由のひとつは、困っている人を支援することで「絶対的に正しいことをしている」という自負が得られることにあると思います。これは一般の仕事と比較してみるとわかりやすいでしょう。例えば、あなたが株式会社Xに勤務していて、X社製のAという商品を担当しているとしましょう。あなたの任務はAの販売促進ですが、顧客にとってAを買わなければならない絶対的な理由が果たしてあるでしょうか。顧客からすればY社製のBという商品の方がいいかもしれませんし、そもそもAもBも顧客には必要のないものかもしれません。一方、ボランティアは目の前の困っている人を支援するのがミッションですから、これが絶対的に正しいのは明らかです。
自分は絶対的に正しいことをしているんだ、しかも無償でおこなっているんだ、という意識が士気を高揚させます。そして、ハイテンションのなか、ますます重労働を率先して引き受けるようになっていきます。さらに支援を受ける人から感謝の言葉が送られ、この言葉が励みになり、高揚感が一層加速されていくのです。
もちろんいくら高揚感が強くなっても、状況を冷静に判断し、仲間との連携を上手くとり、支援を受ける人から感謝されていれば問題はありません。しかし、ときにこの高揚感が暴走してしまうことがあるのです・・・。
例えばボランティア同士で意見が対立するということがあります。こういうとき、「まずは相手の意見を聞いて、その意見を自分が理解できていることを相手に認めてもらうまでは自分の意見は言わない」という社会のルールを忘れがちになります。ハイテンションで重労働を続けているなかで冷静さを見失ってしまうのです。
また、支援を受ける側の愛想が悪かったり、感謝の言葉がなかったりすると気分を害するボランティアがいます。少し考えれば分かりますが、支援を受ける側というのは心身とも大変疲労しているわけです。たしかにボランティアに来てもらえるのはありがたいのですが、一日中笑顔で「ありがとう」を言い続けるのは疲れます。ごく一部ではありますが、「ボランティアしてあげてるのに感謝の言葉がない」という理由で不満を漏らすボランティアがいます。
「謙虚さ」というのは古今東西どこにいっても普遍的な社会の原則ではありますが、このボランティアという行為をおこなうときには特に注意しなければなりません。謙虚さを忘れたボランティアほど見苦しいものはありません。謙虚な気持ちを忘れずに、困っている人のために何ができるかを考え、実践する。もちろん、感謝の言葉などの見返りは求めない、そして、他のボランティアに敬意を払い謙虚な態度で自分がすべきことをする、このような態度が重要になります。
もうひとつ、ボランティアが忘れてはいけないルールを紹介したいと思います。それは「郷に入っては郷に従え」というものです。
これもどこででも必要な社会常識といえばその通りです。例えば、あなたが転職したとして、転職先の仕事の方法が気に入らなくて、「前の会社ではこのようにしていた・・・」などと発言すれば、その瞬間からあなたは総スカンをくらうでしょう。「じゃあ何でそんな素敵な会社を辞めちゃったの?ウチの会社がイヤならさっさと前の職場に戻ったら?」と言われるだけです。
「郷に入っては郷に従え」というルールがボランティアにとっても常識なのは少し考えればすぐに分かることかもしれませんが、それでもあえて強調したいと思います。その理由は、先にも述べたように「絶対的に正しいことをしている」という感覚が冷静さを失わせることがある、というものです。「ボランティアの行為は絶対的に正しい」から「自分の考えは絶対的に正しい」と移行してしまうことがあるのです。
例をあげましょう。タイ国ロッブリー県のパバナプ寺(Wat Phrabhatnamphu)での私の経験です。拙書『今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ』で詳しく紹介しましたが、この施設は世界的に有名で、毎日多くの観光客が訪れます。そして観光客は重症病棟にも入ってきてプライバシーのまったくない重症患者さんを見学していきます。例えば、患者さんが嘔吐していても、下着を交換していてもおかまいなしです。この光景は我々外国人からみると極めて異様であり、患者さんのために(というより常識的に)直ちに止めてもらいたいと考えます。
そして、欧米人ボランティアはそれを強く主張します。「患者の権利(patients' right)」とか「プライバシー(privacy)」という言葉を多用して、いかにこの施設が世界の常識(global standard)から逸脱しているかということを訴えます。しかし、ここはタイなのです。実際、当時の患者さんのほとんどは、その観光客の重症病棟入場に関して「マイペンライ(かまわないよ)」と言っていました。
私自身もこの光景には当初は大変驚きましたが、これがボランティアが忘れてはいけない「郷に入っては郷に従え」ということなんだ、と納得しました。もちろん、このような観光客の"見世物"のような方針に納得しない患者さんがでてくれば、それを施設側に訴えていかなければなりませんが、その場合も、ただ正論を振りかざすのではなく、相手の立場を理解したうえで(もっと言えば、「あなた方の考えを私が理解できているかどうかあなた方に確認していただきたいのです」という態度で)、自分の考えを述べていかなければなりません。
重症の患者さんのためを思って正論を主張し続けた欧米のボランティアの一部は、やがて施設を追われることになりました。出て行ったボランティア達は、正しいことを言っただけなのになんで自分達が追い出されないといけないんだ、と腑に落ちなかったに違いありません。(前回のコラムで述べたように、欧米のボランティアの多くは長期で支援するつもりで来ているのに、です)
ここに紹介したのはタイの話であり、日本人が日本人を支援するときにはここまで極端に理解しがたいことはないでしょう。しかしそれでも、「すべての共同体やコミュニティには独自のルールや考え方がある」、ということを忘れてはいけません。
もしもあなたがこれからボランティアを始めようとしているならば、自分自身がどれだけ活躍しようが、どれだけ重労働を担おうが、あるいはどれだけ困窮している人たちから感謝されようが、「謙虚さを忘れない」「郷に入っては郷に従え」という2つのルールは肝に銘じておくべきだと思います。
第57回 ボランティアは長期が理想(2011年3月)
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の被害は今も拡大しており、3月21日23時の警察庁の発表では、死者8,805人、行方不明者12,664人となり、合わせて21,000人を超えています。
この未曾有の事態に対し、日本のみならず全世界から応援の声が届けられ、義援金が集められています。そして、被災者の力になりたい!と考えるボランティアを志願する人も大勢います。もちろん、これだけの惨劇が起こり、多数の被害者が出ているわけですから、復興にはボランティアの活躍が絶対に必要です。
我々医療者も、いち早く現地に駆けつけて救える命を救いたい、という気持ちは強く、災害医療に従事している医療者や、比較的動きやすいポジションにいる医療者はすでに現地入りしています。私自身も、状況が許せば参加したいと考えていますが、私が院長をつとめる太融寺町谷口医院を閉めるわけにはいかず、かと言って、しばらく診療を代わってもらえるような医師もすぐには見つかりませんから、私が現地入りすることは現時点では可能性は極めて低いと考えています。
なかには、数日間だけでも現地入りして力になりたい!、と考える医療者もいますが、私自身はわずか数日間のボランティアというのは、あまり現実的ではないと考えています。
それは、私のタイでの経験があるからです。
GINA設立のきっかけともなった、タイ国ロッブリー県のパバナプ寺(Wat Phrabhatnamphu)には、世界中から多くのボランティアが集まっていました。医師、看護師といった医療者もいれば、まったく医療の経験がない一般の人や学生、なかには北欧からはるばるやってきた主婦の人もいました。
ボランティアの期間は人によって様々で、3、4日しか滞在しない人もいれば、数年間の単位でやって来る人もいます。ボランティアに来てもらう側の立場からみれば、長期が望ましいのは当然です。そもそも、ろくにボランティアの経験もなく現地の言葉や風習もよくわかっていない異国の地からやって来て数日間しか滞在しない者をボランティアと呼べるのか、という意見もあります。
どのような場所にもルールというものがあり、どのような職場にも業務の手順というものがあります。そのルールや業務の手順を覚えるだけでも数日から1週間くらいはかかるでしょう。それに人間関係をつくるのにもそれなりの時間がかかるのが普通です。
震災で考えてみると、まず現地入りして、自分が所属するグループを見つけて、リーダーに自分のことをPRして、リーダー以外のスタッフとも人間関係をつくり、そのグループでは今どんなことが課題になっていて、優先順位はどのようになっているのか、ということを見て聞いて学んで、その上で自分自身に何ができるのか、何をすべきなのかを考え、被災者の方と人間関係をつくり、ボランティア業務を実践して、反省して、また実践して・・・という流れになります。ある程度被災者の役に立てるようになるにはそれ相応の日数が必要になるのは当然です。
再びパバナプ寺の話に戻すと、この施設では、日本人のボランティアの滞在期間は欧米諸国の人たちに比べると非常に短いのが特徴でした。多くの日本人は1週間程度しか滞在せずに帰ってしまうのです。これでは仕事を覚える頃には期間が終了してしまうことになりますから、業務を教える方も身が入りませんし、ケアを受ける患者さんからみても、「どうせすぐに帰っちゃうんでしょ。そんなあなたに苦しさを分かってもらえるとは思えません」、となってしまいます。
我々日本人はこの点については欧米人を見習わなければなりません。彼(女)らは、初めから、短くても数ヶ月、長ければ数年単位でやって来ます。パバナプ寺に欧米から来ていたボランティア達は、日本人のようにホテルに滞在するのではなく、長期でアパートを借り、冷蔵庫などの電化製品を買い、バイクも買います。要するに「ボランティアをおこなう地域に引越しする」という感覚なのです。
そんなことできるのはお金持ちだからじゃないの?、と感じる人もいるでしょうが、彼(女)らは決して金持ちではありません。ヨーロッパは階級社会ですが、私が知る限りボランティアにはるばる来るのは上流階級の人よりも庶民の方が多いのです。そんな彼(女)らの年収は日本円にして300万円以下です。
彼(女)らは、短期間しか滞在しない日本人とは初めから気概が違いますから、施設のスタッフからも信頼されますし、当然、ケアを受ける患者さんとの距離も近くなります。1週間しか滞在しない日本人と、長期で腰を据える欧米人のどちらが歓迎されるかは明らかでしょう。
しかし、かくいう私もこの点については失格と言わざるを得ません。私がパバナプ寺を初めて訪れたのは2002年の夏、まだ研修医だった頃です。このとき私は1週間滞在しましたが、雰囲気をつかんで終わり、という感じでした。その当時、ベルギー人の医師が一人いて重症の患者さんのところに毎日訪れていました。私はその医師についてまわり、診察の様子を学びました。その医師に「お前は何をしに来たんだ」と聞かれた私は、「ボランティアに来ました」などとは恥ずかしくて言えませんでした。「将来エイズ患者さんのために力になりたくて、今回はエイズという病について勉強させてもらえればと考えています」、と言うのが精一杯でした。
けれども、私の本心は、「エイズという病で身体的に苦しみ、家族から病院から地域社会から差別され、行き場を失っているこの人達の力になりたい」というものでした。その1週間を通して、何人かの患者さんがしてくれた印象深い話の影響も受け、私のこの気持ちは一層強いものとなり、「必ずこの施設に戻って、次は長期でボランティアをするんだ!」という決心をしました。
そして2年後、再び私はパバナプ寺を訪問することになります。今度は長期で、と考えていた私は、6ヶ月から1年間の滞在計画を立てていました。しかし、ある事情が起こり(この事情は極めてプライベートなもののため内容は伏せたいと思います)、結局わずか1ヶ月で帰国せざるを得ませんでした。
1ヶ月間のボランティアを通して、ある程度は何人かの患者さんの役に立てたとは思うのですが、私の気持ちとしては「不完全燃焼」です。そこで、いったん帰国した後も、なんとか時間を見つけてできるだけパバナプ寺を訪れるようにしました。当時、私は勤務医という身分ではありましたが、病棟勤務は担っていなかったため比較的時間の融通がつけやすかったということもあり、年に数回は訪れることができていました。そして、長期滞在できなくても、何かできることはないかと考え、施設のスタッフから電話やメールで患者さんの相談に乗り医師としての助言をおこなったり、薬を運んだり、あるいは寄附金を集めたりしだしたのです。そしてこのような行動がGINA設立につながったというわけです。
再び東北地方太平洋沖地震に話を戻すと、ボランティアに行く気持ちのある人は、可能な限り長期で行かれることをすすめます。短期では被災者の本当のニーズが分からないこともありますし、長期滞在して初めて役に立てることが少なくないからです。
また、長期で行くことができない方は、初めから「ボランティア」とは考えずに、「邪魔にならない程度に見学をさせてもらいたい。その上で長期滞在できない自分に何ができるかを考えたい」というくらいのスタンスで望むのがいいのではないかと思います。ただし、今回の被災地は土地勘がないと移動がむつかしそうですから、道に迷ったり、交通渋滞を招いたりして、かえって被災地に迷惑をかけることになりかねません。
長期でボランティアをおこなうにせよ、短期間で現地の情報収集に行くにせよ、現時点(2011年3月下旬)では、当局からの呼びかけを待つべきではないか、というのが今の私の考えです。
この未曾有の事態に対し、日本のみならず全世界から応援の声が届けられ、義援金が集められています。そして、被災者の力になりたい!と考えるボランティアを志願する人も大勢います。もちろん、これだけの惨劇が起こり、多数の被害者が出ているわけですから、復興にはボランティアの活躍が絶対に必要です。
我々医療者も、いち早く現地に駆けつけて救える命を救いたい、という気持ちは強く、災害医療に従事している医療者や、比較的動きやすいポジションにいる医療者はすでに現地入りしています。私自身も、状況が許せば参加したいと考えていますが、私が院長をつとめる太融寺町谷口医院を閉めるわけにはいかず、かと言って、しばらく診療を代わってもらえるような医師もすぐには見つかりませんから、私が現地入りすることは現時点では可能性は極めて低いと考えています。
なかには、数日間だけでも現地入りして力になりたい!、と考える医療者もいますが、私自身はわずか数日間のボランティアというのは、あまり現実的ではないと考えています。
それは、私のタイでの経験があるからです。
GINA設立のきっかけともなった、タイ国ロッブリー県のパバナプ寺(Wat Phrabhatnamphu)には、世界中から多くのボランティアが集まっていました。医師、看護師といった医療者もいれば、まったく医療の経験がない一般の人や学生、なかには北欧からはるばるやってきた主婦の人もいました。
ボランティアの期間は人によって様々で、3、4日しか滞在しない人もいれば、数年間の単位でやって来る人もいます。ボランティアに来てもらう側の立場からみれば、長期が望ましいのは当然です。そもそも、ろくにボランティアの経験もなく現地の言葉や風習もよくわかっていない異国の地からやって来て数日間しか滞在しない者をボランティアと呼べるのか、という意見もあります。
どのような場所にもルールというものがあり、どのような職場にも業務の手順というものがあります。そのルールや業務の手順を覚えるだけでも数日から1週間くらいはかかるでしょう。それに人間関係をつくるのにもそれなりの時間がかかるのが普通です。
震災で考えてみると、まず現地入りして、自分が所属するグループを見つけて、リーダーに自分のことをPRして、リーダー以外のスタッフとも人間関係をつくり、そのグループでは今どんなことが課題になっていて、優先順位はどのようになっているのか、ということを見て聞いて学んで、その上で自分自身に何ができるのか、何をすべきなのかを考え、被災者の方と人間関係をつくり、ボランティア業務を実践して、反省して、また実践して・・・という流れになります。ある程度被災者の役に立てるようになるにはそれ相応の日数が必要になるのは当然です。
再びパバナプ寺の話に戻すと、この施設では、日本人のボランティアの滞在期間は欧米諸国の人たちに比べると非常に短いのが特徴でした。多くの日本人は1週間程度しか滞在せずに帰ってしまうのです。これでは仕事を覚える頃には期間が終了してしまうことになりますから、業務を教える方も身が入りませんし、ケアを受ける患者さんからみても、「どうせすぐに帰っちゃうんでしょ。そんなあなたに苦しさを分かってもらえるとは思えません」、となってしまいます。
我々日本人はこの点については欧米人を見習わなければなりません。彼(女)らは、初めから、短くても数ヶ月、長ければ数年単位でやって来ます。パバナプ寺に欧米から来ていたボランティア達は、日本人のようにホテルに滞在するのではなく、長期でアパートを借り、冷蔵庫などの電化製品を買い、バイクも買います。要するに「ボランティアをおこなう地域に引越しする」という感覚なのです。
そんなことできるのはお金持ちだからじゃないの?、と感じる人もいるでしょうが、彼(女)らは決して金持ちではありません。ヨーロッパは階級社会ですが、私が知る限りボランティアにはるばる来るのは上流階級の人よりも庶民の方が多いのです。そんな彼(女)らの年収は日本円にして300万円以下です。
彼(女)らは、短期間しか滞在しない日本人とは初めから気概が違いますから、施設のスタッフからも信頼されますし、当然、ケアを受ける患者さんとの距離も近くなります。1週間しか滞在しない日本人と、長期で腰を据える欧米人のどちらが歓迎されるかは明らかでしょう。
しかし、かくいう私もこの点については失格と言わざるを得ません。私がパバナプ寺を初めて訪れたのは2002年の夏、まだ研修医だった頃です。このとき私は1週間滞在しましたが、雰囲気をつかんで終わり、という感じでした。その当時、ベルギー人の医師が一人いて重症の患者さんのところに毎日訪れていました。私はその医師についてまわり、診察の様子を学びました。その医師に「お前は何をしに来たんだ」と聞かれた私は、「ボランティアに来ました」などとは恥ずかしくて言えませんでした。「将来エイズ患者さんのために力になりたくて、今回はエイズという病について勉強させてもらえればと考えています」、と言うのが精一杯でした。
けれども、私の本心は、「エイズという病で身体的に苦しみ、家族から病院から地域社会から差別され、行き場を失っているこの人達の力になりたい」というものでした。その1週間を通して、何人かの患者さんがしてくれた印象深い話の影響も受け、私のこの気持ちは一層強いものとなり、「必ずこの施設に戻って、次は長期でボランティアをするんだ!」という決心をしました。
そして2年後、再び私はパバナプ寺を訪問することになります。今度は長期で、と考えていた私は、6ヶ月から1年間の滞在計画を立てていました。しかし、ある事情が起こり(この事情は極めてプライベートなもののため内容は伏せたいと思います)、結局わずか1ヶ月で帰国せざるを得ませんでした。
1ヶ月間のボランティアを通して、ある程度は何人かの患者さんの役に立てたとは思うのですが、私の気持ちとしては「不完全燃焼」です。そこで、いったん帰国した後も、なんとか時間を見つけてできるだけパバナプ寺を訪れるようにしました。当時、私は勤務医という身分ではありましたが、病棟勤務は担っていなかったため比較的時間の融通がつけやすかったということもあり、年に数回は訪れることができていました。そして、長期滞在できなくても、何かできることはないかと考え、施設のスタッフから電話やメールで患者さんの相談に乗り医師としての助言をおこなったり、薬を運んだり、あるいは寄附金を集めたりしだしたのです。そしてこのような行動がGINA設立につながったというわけです。
再び東北地方太平洋沖地震に話を戻すと、ボランティアに行く気持ちのある人は、可能な限り長期で行かれることをすすめます。短期では被災者の本当のニーズが分からないこともありますし、長期滞在して初めて役に立てることが少なくないからです。
また、長期で行くことができない方は、初めから「ボランティア」とは考えずに、「邪魔にならない程度に見学をさせてもらいたい。その上で長期滞在できない自分に何ができるかを考えたい」というくらいのスタンスで望むのがいいのではないかと思います。ただし、今回の被災地は土地勘がないと移動がむつかしそうですから、道に迷ったり、交通渋滞を招いたりして、かえって被災地に迷惑をかけることになりかねません。
長期でボランティアをおこなうにせよ、短期間で現地の情報収集に行くにせよ、現時点(2011年3月下旬)では、当局からの呼びかけを待つべきではないか、というのが今の私の考えです。
第56回 HIVの検査を普及させるための2つの案(2011年2月)
2008年をピークに、世間のHIVに対する関心が低下していることがしばしば指摘されます。
詳しい数字は省略しますが(下記注参照)、2010年は検査数・相談数が大幅に減少し、いきなりエイズが過去最多を記録しています。これは世間のHIVに対する関心がいかに低下しているかということを示しています。HIVの検査というのは、自主的におこなうべきものですから(強制されるべきものではありません)、世間の関心が低下すれば、当然検査数は減少します。
では、世間の関心が低下しているのは誰の責任なのかというと、これは大変むつかしい問題です。HIV検査のPR活動を小さくした行政の責任なのかと言えば、そうも言えないと思います。たしかに、2007~2008年あたりは行政がお金をかけて、テレビCMやポスターを作成したり、電車内の広告をおこなったりして、HIV検査を促し、その結果検査を受ける人が増えましたから、これは評価されるべきです。しかし、こういったPRにはお金がかかり、そのお金は税金でまかなわれていることを考えると、いつまでも派手な啓発活動を続けるわけにはいきません。
では、すでに感染している人が知人や地域社会に働きかけて検査を促すべきなのでしょうか。偏見や差別が蔓延している社会を考えれば、感染者がカムアウトすることは簡単ではありませんから、こんなことは不可能です。
HIV感染が判明するのは、自主的に保健所で検査を受けて・・・、というケースもありますが、当然、医療機関で発覚、というケースもあります。HIVというのは感染症ですから、他の感染症と同様に本来医療機関で診断をつけるものであるはずです。
しかし、実際には、その患者さんは同じ医療機関に長年通院していたのにHIV感染が発覚したのはエイズを発症してから・・・、というケースが珍しくありません。
なぜこのようなことが起こるのでしょうか。医師に診断能力がないのでしょうか。もちろんそのような可能性も否定はしませんが、実は医師にはHIVの診断に関する大きなジレンマがあります。
それは、HIVの検査をしても保険診療が認められない、ということなのですが、これを説明するのに、日本の医療保険制度をおさえておきたいと思います。
例をあげましょう。例えば、あなたが37.5度の発熱が2日続いたためにAクリニックを受診したとしましょう。ちょうどインフルエンザが流行っているために医師はインフルエンザの検査をおこないました。結果は陰性で、単なる風邪と診断され、医師は解熱鎮痛薬のみ処方しました。このとき、あなたはかかった医療費の3割のみを負担し、7割についてはAクリニックが健康保険の審査機関に請求します。このとき健康保険の審査機関は、書類(レセプトといいます)を見てその診療行為が妥当かどうかを審査します。そして、その診療行為が適切であると判断されれば、Aクリニックが請求したとおり7割が支払われるという仕組みです。このケースでは、診療行為が認められないということはまずないでしょう。
では、あなたが今回の発熱に対してHIVを疑っているとすればどうでしょう。発熱は危険な性交渉の約2週間後に起こりました。しかも、その性交渉が原因で10日前には淋病にかかっていたとしましょう。さらに、半年前には別の性交渉で梅毒感染していたとします。今のところ発熱は2日だけですし、他には症状はありません。あなたは思い切ってHIVを心配していると医師に告げたとします。医師も、その状況ならHIV感染は否定できないと判断しました。では、保険を使ってHIVの検査をすればいいではないか、と"常識的には"考えられますが、これが認められないのです。
実際私は、患者さんの話からHIVを疑って保険診療でHIV検査をおこなったことが過去に何度もありますが、ほとんど認められた試しがありません。ひどいときなど、HIV陽性であったのにもかかわらず検査自体が認められなかったのです。認められないとはどういうことかというと、診察時には検査代の3割を患者さんから徴収しますが、残りの7割が支払われないために医療機関の赤字となってしまうのです。
発熱という症状がある場合でさえ検査が認められないわけですから、単に危険な性交渉がある、というだけでは、保険を使っての検査など到底できません。HIV感染が判明する多くのケースではまったく症状がないのに、です。
おそらく行政の言い分としては、「そのために保健所で無料検査が受けられるではないか」となるのでしょうが、保健所だと、検査を受けられる時間が限定されている、とか、すぐに結果が出ずに1週間も待たされる、などの問題もありますし、患者さんの気持ちとしては、「なんで病気のことが心配で病院に来ているのに検査してもらえないの?」となります。
それに、患者さん自身がHIV感染を気にしているときは、まだ納得してもらいやすいのですが、患者さんは疑っていないけれども診察をした医師がHIV感染を否定できないと考えたときに、「HIVの可能性がありますから保健所に行ってください」とは言いにくいものです。なぜなら、患者さんからすれば「HIVの可能性があるならここで検査してくださいよ!」となるからです。
我々医師の立場からみても、早く検査を受けるべきなのに、「保健所に行ってください」と言うのは、実は大変心苦しいのです。ですから、私の場合、目の前の患者さんがHIV陽性である可能性が高いと考えれば、保険が認められなくても患者さんには3割負担だけで検査をおこなうこともあります。あるいは、感染間もない時期であることが予想されれば、抗体検査では不正確ですから遺伝子検査(NATと言います)を、患者さんの負担ゼロでおこなうこともあります。あまり多くの患者さんにこのようなことをおこなうと医療機関の赤字が膨らみますから限度はありますが、我々医師は感染の蔓延を防ぐために早期発見に努めたいのです。(特に感染初期は他人に感染させるリスクが高いのです)
このように医師からみてHIV感染の疑いがあると感じたときは、医療機関の赤字になったとしても検査をおこなうことがあり、実際こういったケースでHIV感染がしばしば見つかります。(私が院長をつとめる太融寺町谷口医院では、2010年にHIV感染が判明した症例の半分以上が、「患者さんはHIVを疑っておらずこちらから検査をすすめたケース」です)
ですから、厚生労働省がHIVの早期発見に努めたい、と本気で考えるなら、医療機関でのHIV検査を保険診療で認めればいいのです。そんなことを認めてしまえば医療費がかさむではないか、という人がいますが、そんなことはありません。保健所でおこなっている検査は全額が行政負担、医療機関での保険診療ならば3割は患者さん負担ですから、医療機関での検査の方が公費負担は少なくてすみます。
さらに、医師が患者さんに保健所に行くことを促し同意を得るのに相当な時間と手間がかかりますから、医療機関で検査ができるようになれば医師の人件費の節約につながります。また、患者さんが実際に保健所に行ってくれる保証がないことを考えると、医療機関にて保険診療で検査をする方が賢明なのは明らかです。(正確に言うと、保健所で発生する費用と医療保険で必要となる費用は出所が異なりますが、どちらも広い意味での「公的なお金」であることには変わりません)
もうひとつ、HIV検査を普及させるために不可欠なことがあります。それは、社会にはびこるHIVへの偏見を取り除くということです。この偏見のために患者さんの何割かは検査を受けることを躊躇します。実際、HIV感染の可能性があると考えた患者さんに検査をすすめても、「検査を受ける決心がつきません」と言って検査を断る人も珍しくはありません。2007~2008年にかけて、HIVの検査を受けよう、というキャンペーンが多数おこなわれましたが、これは検査を促すものであり、HIVの誤解・偏見を取り除くことを目的とはしていませんでした。
40歳を超えたし一度人間ドックを受けてみるか、という感覚で、過去に危険な性交渉がないわけじゃないし一度HIV検査を受けてみようか、と考えられるようになるには、社会の偏見を取り除かなければなりません。
もしも厚生労働省が中心となり、①医療機関で保険診療でのHIV検査を認め、②誤解・偏見を取り除くような啓発をおこなう、この2つが行われればHIVの早期発見は飛躍的に増えることを私は確信しています。
注:詳しい数字は、(医)太融寺町谷口医院ウェブサイトで紹介しています。
(医療ニュース2011年2月14日 「新規エイズ患者がまたもや過去最多」 )
詳しい数字は省略しますが(下記注参照)、2010年は検査数・相談数が大幅に減少し、いきなりエイズが過去最多を記録しています。これは世間のHIVに対する関心がいかに低下しているかということを示しています。HIVの検査というのは、自主的におこなうべきものですから(強制されるべきものではありません)、世間の関心が低下すれば、当然検査数は減少します。
では、世間の関心が低下しているのは誰の責任なのかというと、これは大変むつかしい問題です。HIV検査のPR活動を小さくした行政の責任なのかと言えば、そうも言えないと思います。たしかに、2007~2008年あたりは行政がお金をかけて、テレビCMやポスターを作成したり、電車内の広告をおこなったりして、HIV検査を促し、その結果検査を受ける人が増えましたから、これは評価されるべきです。しかし、こういったPRにはお金がかかり、そのお金は税金でまかなわれていることを考えると、いつまでも派手な啓発活動を続けるわけにはいきません。
では、すでに感染している人が知人や地域社会に働きかけて検査を促すべきなのでしょうか。偏見や差別が蔓延している社会を考えれば、感染者がカムアウトすることは簡単ではありませんから、こんなことは不可能です。
HIV感染が判明するのは、自主的に保健所で検査を受けて・・・、というケースもありますが、当然、医療機関で発覚、というケースもあります。HIVというのは感染症ですから、他の感染症と同様に本来医療機関で診断をつけるものであるはずです。
しかし、実際には、その患者さんは同じ医療機関に長年通院していたのにHIV感染が発覚したのはエイズを発症してから・・・、というケースが珍しくありません。
なぜこのようなことが起こるのでしょうか。医師に診断能力がないのでしょうか。もちろんそのような可能性も否定はしませんが、実は医師にはHIVの診断に関する大きなジレンマがあります。
それは、HIVの検査をしても保険診療が認められない、ということなのですが、これを説明するのに、日本の医療保険制度をおさえておきたいと思います。
例をあげましょう。例えば、あなたが37.5度の発熱が2日続いたためにAクリニックを受診したとしましょう。ちょうどインフルエンザが流行っているために医師はインフルエンザの検査をおこないました。結果は陰性で、単なる風邪と診断され、医師は解熱鎮痛薬のみ処方しました。このとき、あなたはかかった医療費の3割のみを負担し、7割についてはAクリニックが健康保険の審査機関に請求します。このとき健康保険の審査機関は、書類(レセプトといいます)を見てその診療行為が妥当かどうかを審査します。そして、その診療行為が適切であると判断されれば、Aクリニックが請求したとおり7割が支払われるという仕組みです。このケースでは、診療行為が認められないということはまずないでしょう。
では、あなたが今回の発熱に対してHIVを疑っているとすればどうでしょう。発熱は危険な性交渉の約2週間後に起こりました。しかも、その性交渉が原因で10日前には淋病にかかっていたとしましょう。さらに、半年前には別の性交渉で梅毒感染していたとします。今のところ発熱は2日だけですし、他には症状はありません。あなたは思い切ってHIVを心配していると医師に告げたとします。医師も、その状況ならHIV感染は否定できないと判断しました。では、保険を使ってHIVの検査をすればいいではないか、と"常識的には"考えられますが、これが認められないのです。
実際私は、患者さんの話からHIVを疑って保険診療でHIV検査をおこなったことが過去に何度もありますが、ほとんど認められた試しがありません。ひどいときなど、HIV陽性であったのにもかかわらず検査自体が認められなかったのです。認められないとはどういうことかというと、診察時には検査代の3割を患者さんから徴収しますが、残りの7割が支払われないために医療機関の赤字となってしまうのです。
発熱という症状がある場合でさえ検査が認められないわけですから、単に危険な性交渉がある、というだけでは、保険を使っての検査など到底できません。HIV感染が判明する多くのケースではまったく症状がないのに、です。
おそらく行政の言い分としては、「そのために保健所で無料検査が受けられるではないか」となるのでしょうが、保健所だと、検査を受けられる時間が限定されている、とか、すぐに結果が出ずに1週間も待たされる、などの問題もありますし、患者さんの気持ちとしては、「なんで病気のことが心配で病院に来ているのに検査してもらえないの?」となります。
それに、患者さん自身がHIV感染を気にしているときは、まだ納得してもらいやすいのですが、患者さんは疑っていないけれども診察をした医師がHIV感染を否定できないと考えたときに、「HIVの可能性がありますから保健所に行ってください」とは言いにくいものです。なぜなら、患者さんからすれば「HIVの可能性があるならここで検査してくださいよ!」となるからです。
我々医師の立場からみても、早く検査を受けるべきなのに、「保健所に行ってください」と言うのは、実は大変心苦しいのです。ですから、私の場合、目の前の患者さんがHIV陽性である可能性が高いと考えれば、保険が認められなくても患者さんには3割負担だけで検査をおこなうこともあります。あるいは、感染間もない時期であることが予想されれば、抗体検査では不正確ですから遺伝子検査(NATと言います)を、患者さんの負担ゼロでおこなうこともあります。あまり多くの患者さんにこのようなことをおこなうと医療機関の赤字が膨らみますから限度はありますが、我々医師は感染の蔓延を防ぐために早期発見に努めたいのです。(特に感染初期は他人に感染させるリスクが高いのです)
このように医師からみてHIV感染の疑いがあると感じたときは、医療機関の赤字になったとしても検査をおこなうことがあり、実際こういったケースでHIV感染がしばしば見つかります。(私が院長をつとめる太融寺町谷口医院では、2010年にHIV感染が判明した症例の半分以上が、「患者さんはHIVを疑っておらずこちらから検査をすすめたケース」です)
ですから、厚生労働省がHIVの早期発見に努めたい、と本気で考えるなら、医療機関でのHIV検査を保険診療で認めればいいのです。そんなことを認めてしまえば医療費がかさむではないか、という人がいますが、そんなことはありません。保健所でおこなっている検査は全額が行政負担、医療機関での保険診療ならば3割は患者さん負担ですから、医療機関での検査の方が公費負担は少なくてすみます。
さらに、医師が患者さんに保健所に行くことを促し同意を得るのに相当な時間と手間がかかりますから、医療機関で検査ができるようになれば医師の人件費の節約につながります。また、患者さんが実際に保健所に行ってくれる保証がないことを考えると、医療機関にて保険診療で検査をする方が賢明なのは明らかです。(正確に言うと、保健所で発生する費用と医療保険で必要となる費用は出所が異なりますが、どちらも広い意味での「公的なお金」であることには変わりません)
もうひとつ、HIV検査を普及させるために不可欠なことがあります。それは、社会にはびこるHIVへの偏見を取り除くということです。この偏見のために患者さんの何割かは検査を受けることを躊躇します。実際、HIV感染の可能性があると考えた患者さんに検査をすすめても、「検査を受ける決心がつきません」と言って検査を断る人も珍しくはありません。2007~2008年にかけて、HIVの検査を受けよう、というキャンペーンが多数おこなわれましたが、これは検査を促すものであり、HIVの誤解・偏見を取り除くことを目的とはしていませんでした。
40歳を超えたし一度人間ドックを受けてみるか、という感覚で、過去に危険な性交渉がないわけじゃないし一度HIV検査を受けてみようか、と考えられるようになるには、社会の偏見を取り除かなければなりません。
もしも厚生労働省が中心となり、①医療機関で保険診療でのHIV検査を認め、②誤解・偏見を取り除くような啓発をおこなう、この2つが行われればHIVの早期発見は飛躍的に増えることを私は確信しています。
注:詳しい数字は、(医)太融寺町谷口医院ウェブサイトで紹介しています。
(医療ニュース2011年2月14日 「新規エイズ患者がまたもや過去最多」 )
第55回 目の前の困っている人を助ける意義(2011年1月)
このコラムの第39回(2009年9月)「ひとりのHIV陽性者を支援するということ」で、GINAがたったひとりのHIV陽性者に小さくない寄付金の支援をおこなったということを述べました。
この経緯を簡単に振り返っておきます。タイ国パヤオ県在住のある少数民族の40代女性(以下ヌンさん(仮名)とします)が、体調がすぐれずに病院を受診してHIV陽性であることがわかりました。ヌンさんは少数民族の生徒たちが生活している寮の寮母をして生計をたてていましたが、HIV感染のため寮母の仕事を続けることができなくなり、寮を出なければならなくなりました。彼女には小学生の息子がいて、その息子もまた少数民族の生徒としてある寮に入っています。収入が絶たれ、家を失い、子供の養育費のあてもなくなってしまったヌンさんは、以前から知り合いだったパヤオで「21世紀農場」を営む日本人の谷口巳三郎先生に相談し、巳三郎先生がGINAに寄附を依頼されたのです。
ヌンさんが寮をでて、新しい家を建てて、生活費の他、息子の養育費と自分の医療費を捻出しなければならないわけですから、相当なお金が必要となります。
ここで少し説明を加えておきます。まず、なぜ「新しい家」が必要なのかについてですが、身寄りのない彼女は他に行き場がありません。また、パヤオ県のこの地域は相当な田舎でアパートというものは存在しません。日本の大昔の農村地域をイメージしてもらえればいいかと思います。医療費がどうして必要なの?と思う人もいるでしょう。タイの現在の医療制度では、抗HIV薬も含めて無料で治療を受けることができるからです。しかし、無料医療の恩恵に預かれるのは「タイ人」だけです。少数民族のヌンさんはタイ国籍を持っておらず治療費はすべて自費となるのです。
もうひとつ、なぜHIV感染がわかったくらいで寮母の仕事を辞めて、住居にしていた寮を出なければならないのか、という疑問が沸きます。これは、「HIVに対する偏見」がこの地域に根強く存在するから、と言わざるを得ません。寮母として生徒と接することで、HIVを感染させることなどあり得ないと考えていいのですが、そういった啓蒙活動を例えばGINAがこの地域で積極的にやったとしても成果が出るのはまだまだ先になります。大変残念なことではありますが、正しい知識が社会に浸透していないせいで、ヌンさんは寮を出なければならなくなったのです。
GINAがこの女性を支援することについては慎重に議論をおこないました。なぜこの女性だけに特別高額な支援をするのか、という問いに対する明確な答えがないからです。では、翌月に同じ境遇の人から依頼を受けたとき、もう寄附金を捻出する余裕のないGINAはどうすればいいのか、という問題が残りますし、次々に同じような依頼がきたときに、結果としてヌンさんだけを支援したということになれば不公平ではないか、という意見もでてくるでしょう。
しかし、結局GINAがヌンさんを支援することを決めたのは目の前の困っている人をどうしても放っておけなかったからです。ヌンさんはGINAが支援をしない限りは、おそらく路頭にさまようことになったでしょう。ヌンさんの一人息子も寮を追い出され・・・、となったかもしれません。
GINAがヌンさんを支援することを決めた後は、直ちに寄附金の募集を開始しました。非常にありがたいことに多くの方が賛同くださり、早々と予定の金額を達成し、ヌンさんに無事届けることができました。
その後のヌンさんについて簡単に紹介しておくと、場所はかなり辺鄙なところですが小さな家を建て、治療も開始して現在は元気にされているようです。ヌンさんは裁縫が得意で、ポーチやランチョンマットなどの小物をつくって生計をたてています(注1)。最近、近況について手紙をくれました(注2)。
ところで、ここ数年で随分と支援活動や社会貢献、ボランティアなどが注目されてきているように思われます。就職先として考える企業に「どれだけ社会貢献しているか」を重視する学生も多いと聞きます。
そして、最近のはやりというか流れとしては、「一方的な援助ではなく援助される側が自立できるような支援をすべき」というものがあるように私は感じています。もちろん、これは正しい考え方であり、いつまでも無条件の援助をしていると、支援される側の自立が促されませんし、そのうち支援される側に"甘え"が出てきます。
もうひとつ、私が感じているのは「支援は平等に」というものです。これも当たり前の話で、例えば、寄附金を集めて学校を建てる、とか、地域に図書館をつくる、といったものは誰の目からみても健全で平等・公正な支援の仕方だと思われます。ここ数年間で大きく広がったマイクロファイナンスにしても、「誰にでも平等に小口の資金を融資しましょう」、というものでこれも平等かつ公正なものです。
しかしながら、実際には、困っている人を目の前にしたとき、その人に感情移入してしまうのが人間というものです。その困っている人のみを優遇するとみなされることもあり、そのときに寄附金を与えたとしても自立につながらない可能性があることを承知していても、です。
支援というのは、される側の自立を促すものでなければならず、また平等で公正なものでなければならないということは自明ではありますが、人間が他人を助けたいという本能としての欲求は、それだけで説明できるわけではないのです。
山口組三代目組長の田岡一雄氏の娘さんであり、現在は心理カウンセラーやエッセイストして活躍されている田岡由伎さんは、作家宮崎学氏との共著『ラスト・ファミリー 激論 田岡由伎×宮崎学』のなかで、次のように述べられています。
(前略)困った人がいた時に、「これ持っていき」、ってあげることのできるお金が欲しい。目の前の、縁のある人が助けられたらいいと思うんです。
私は田岡由伎さんのこの言葉に真実があるように思います。支援活動も個人と団体では分けて考えるべきで、縁のある人を助けるのは個人としてすべきであり、団体としておこなうときはそのような"私情"をはさんではいけないのかもしれません。
しかし、医師のパワーの源は目の前の苦しんでいる患者さんを何とか助けたいという理屈を超えた感情ですし、自分のクラスの生徒がいじめられているのを知ったとき学校の先生は理屈ではない感情からその生徒を救おうとするでしょう。医師も学校の先生も、ある意味では"公人"です。
同じように、HIV陽性であることが理由で住居をなくした人を目の前にしたとき、GINAは理屈を超えた支援を考えるのです。これはGINAが大きな組織でなく、小回りの効く小さなNPOだからできることでもあります。GINAのミッション・ステイトメントには「草の根レベルで支援し・・・」とあります。
この言葉がGINAのミッション・ステイトメントから消えることはありません。
注1:ヌンさんが作成したポーチやランチョンマットは、現在(医)太融寺町谷口医院で販売しております。
注2:この手紙については近日中にこのサイトで公開する予定です。→公開しました
この経緯を簡単に振り返っておきます。タイ国パヤオ県在住のある少数民族の40代女性(以下ヌンさん(仮名)とします)が、体調がすぐれずに病院を受診してHIV陽性であることがわかりました。ヌンさんは少数民族の生徒たちが生活している寮の寮母をして生計をたてていましたが、HIV感染のため寮母の仕事を続けることができなくなり、寮を出なければならなくなりました。彼女には小学生の息子がいて、その息子もまた少数民族の生徒としてある寮に入っています。収入が絶たれ、家を失い、子供の養育費のあてもなくなってしまったヌンさんは、以前から知り合いだったパヤオで「21世紀農場」を営む日本人の谷口巳三郎先生に相談し、巳三郎先生がGINAに寄附を依頼されたのです。
ヌンさんが寮をでて、新しい家を建てて、生活費の他、息子の養育費と自分の医療費を捻出しなければならないわけですから、相当なお金が必要となります。
ここで少し説明を加えておきます。まず、なぜ「新しい家」が必要なのかについてですが、身寄りのない彼女は他に行き場がありません。また、パヤオ県のこの地域は相当な田舎でアパートというものは存在しません。日本の大昔の農村地域をイメージしてもらえればいいかと思います。医療費がどうして必要なの?と思う人もいるでしょう。タイの現在の医療制度では、抗HIV薬も含めて無料で治療を受けることができるからです。しかし、無料医療の恩恵に預かれるのは「タイ人」だけです。少数民族のヌンさんはタイ国籍を持っておらず治療費はすべて自費となるのです。
もうひとつ、なぜHIV感染がわかったくらいで寮母の仕事を辞めて、住居にしていた寮を出なければならないのか、という疑問が沸きます。これは、「HIVに対する偏見」がこの地域に根強く存在するから、と言わざるを得ません。寮母として生徒と接することで、HIVを感染させることなどあり得ないと考えていいのですが、そういった啓蒙活動を例えばGINAがこの地域で積極的にやったとしても成果が出るのはまだまだ先になります。大変残念なことではありますが、正しい知識が社会に浸透していないせいで、ヌンさんは寮を出なければならなくなったのです。
GINAがこの女性を支援することについては慎重に議論をおこないました。なぜこの女性だけに特別高額な支援をするのか、という問いに対する明確な答えがないからです。では、翌月に同じ境遇の人から依頼を受けたとき、もう寄附金を捻出する余裕のないGINAはどうすればいいのか、という問題が残りますし、次々に同じような依頼がきたときに、結果としてヌンさんだけを支援したということになれば不公平ではないか、という意見もでてくるでしょう。
しかし、結局GINAがヌンさんを支援することを決めたのは目の前の困っている人をどうしても放っておけなかったからです。ヌンさんはGINAが支援をしない限りは、おそらく路頭にさまようことになったでしょう。ヌンさんの一人息子も寮を追い出され・・・、となったかもしれません。
GINAがヌンさんを支援することを決めた後は、直ちに寄附金の募集を開始しました。非常にありがたいことに多くの方が賛同くださり、早々と予定の金額を達成し、ヌンさんに無事届けることができました。
その後のヌンさんについて簡単に紹介しておくと、場所はかなり辺鄙なところですが小さな家を建て、治療も開始して現在は元気にされているようです。ヌンさんは裁縫が得意で、ポーチやランチョンマットなどの小物をつくって生計をたてています(注1)。最近、近況について手紙をくれました(注2)。
ところで、ここ数年で随分と支援活動や社会貢献、ボランティアなどが注目されてきているように思われます。就職先として考える企業に「どれだけ社会貢献しているか」を重視する学生も多いと聞きます。
そして、最近のはやりというか流れとしては、「一方的な援助ではなく援助される側が自立できるような支援をすべき」というものがあるように私は感じています。もちろん、これは正しい考え方であり、いつまでも無条件の援助をしていると、支援される側の自立が促されませんし、そのうち支援される側に"甘え"が出てきます。
もうひとつ、私が感じているのは「支援は平等に」というものです。これも当たり前の話で、例えば、寄附金を集めて学校を建てる、とか、地域に図書館をつくる、といったものは誰の目からみても健全で平等・公正な支援の仕方だと思われます。ここ数年間で大きく広がったマイクロファイナンスにしても、「誰にでも平等に小口の資金を融資しましょう」、というものでこれも平等かつ公正なものです。
しかしながら、実際には、困っている人を目の前にしたとき、その人に感情移入してしまうのが人間というものです。その困っている人のみを優遇するとみなされることもあり、そのときに寄附金を与えたとしても自立につながらない可能性があることを承知していても、です。
支援というのは、される側の自立を促すものでなければならず、また平等で公正なものでなければならないということは自明ではありますが、人間が他人を助けたいという本能としての欲求は、それだけで説明できるわけではないのです。
山口組三代目組長の田岡一雄氏の娘さんであり、現在は心理カウンセラーやエッセイストして活躍されている田岡由伎さんは、作家宮崎学氏との共著『ラスト・ファミリー 激論 田岡由伎×宮崎学』のなかで、次のように述べられています。
(前略)困った人がいた時に、「これ持っていき」、ってあげることのできるお金が欲しい。目の前の、縁のある人が助けられたらいいと思うんです。
私は田岡由伎さんのこの言葉に真実があるように思います。支援活動も個人と団体では分けて考えるべきで、縁のある人を助けるのは個人としてすべきであり、団体としておこなうときはそのような"私情"をはさんではいけないのかもしれません。
しかし、医師のパワーの源は目の前の苦しんでいる患者さんを何とか助けたいという理屈を超えた感情ですし、自分のクラスの生徒がいじめられているのを知ったとき学校の先生は理屈ではない感情からその生徒を救おうとするでしょう。医師も学校の先生も、ある意味では"公人"です。
同じように、HIV陽性であることが理由で住居をなくした人を目の前にしたとき、GINAは理屈を超えた支援を考えるのです。これはGINAが大きな組織でなく、小回りの効く小さなNPOだからできることでもあります。GINAのミッション・ステイトメントには「草の根レベルで支援し・・・」とあります。
この言葉がGINAのミッション・ステイトメントから消えることはありません。
注1:ヌンさんが作成したポーチやランチョンマットは、現在(医)太融寺町谷口医院で販売しております。
注2:この手紙については近日中にこのサイトで公開する予定です。→公開しました
第54回 骨髄移植はHIVの治療となるか(2010年12月)
2010年12月15日、感染していたHIVが体内から消えた、という非常に珍しい症例がドイツで報告されたことがロイター通信で報道されました(注1)。また世界中の多くのメディアがこのニュースを一斉に取り上げ、先を急ぎたがるマスコミのなかには、HIV完治への治療・・・、のような捉え方をしているようなものもあり、科学者や医療従事者だけでなく、一般の人々にもこのニュースは注目されているようです。
ところが、なぜか日本のマスコミはこのニュースを取り上げず、最初は「私が見逃しただけかもしれない」と考え、日経、読売、朝日、毎日のウェブサイトを検索しましたがヒットしませんでした。もう少し調べると共同通信が12月16日に取り上げていることが分かりましたが、ごく短い文章のみ・・・。やはり、日本ではHIVに対する関心が低下しているのでしょうか・・・。
話を戻しましょう。世界中のメディアで報道されたこのニュースは、1本の論文が元になっています。医学誌『Blood』2010年12月8日(オンライン版)に掲載されたもので、この症例の経緯が詳しく報告されています(注2)。
少し詳しくみていくと、まずこの症例は40歳の男性で10年前にHIV陽性が判明し、抗HIV薬の投与を受けていました。2007年2月に白血病(注3)に罹患していることが判り、一般的な白血病の治療薬(抗がん剤)を受け、いったんよくなりましたが再発し、骨髄移植(注4)を受けることになりました。
そして、このとき選ばれたドナー(骨髄を提供する人)に「CCR5△32」という遺伝子をホモ接合で持つ人が選ばれました。
いきなり、CCR5△32とかホモ接合とか言われても、???、となってしまうかもしれませんので、少し詳しく説明します。
HIVは人の体内に侵入しただけでは感染が成立しません。感染するには人の細胞に侵入していく必要があります。この細胞のひとつが有名なCD4陽性リンパ球です。そしてHIVが巧みにCD4陽性リンパ球に侵入するにはCCR5と呼ばれるケモカイン受容体が重要な鍵を握っています。(ケモカイン受容体というよく分からない言葉がでてきましたが、HIVが侵入するのに必要なリンパ球表面にあるものだと思ってもらえればいいかと思います)
CCR5と呼ばれるケモカイン受容体はタンパク質でできています。タンパク質はアミノ酸が結合したもので、どのようなアミノ酸がどのように並ぶかは遺伝子(DNA)にコードされています。人間の遺伝子はDNAで形成されていて、DNAは対になった2本の鎖からなります。そしてCCR5をコードする遺伝子の鎖の32番目の塩基対が突然変異で欠損した遺伝子を、ホモ接合で持った場合(つまり、相同染色体上で同じ位置にある対立遺伝子が共にこの遺伝子を持った場合)、HIVに感染しない(HIV感染が成立しない)ことが知られているのです。
DNA、ホモ接合、対立遺伝子、相同染色体、・・・、と生物学をキライにさせるようなキーワードがたくさんでてきましたから、このあたりを理解するのは簡単ではないかもしれません。分かりにくい場合は、「CCR5△32という遺伝子をホモ接合で持つ人はHIVに感染しない」、あるいはもっと簡単に、「CCR5が遺伝的にきちんとつくられない人はHIVに感染しない」、と覚えてしまって差し支えないと思います。
この症例の男性は、CCR5△32をホモ接合で持つ人からの移植を受けたわけですが、この移植をおこなうに際し、医療者も「白血病の治療だけでなくHIVが消えるかもしれない」と考えていたはずです。そして、何度か移植を繰り返し、抗HIV薬を中止し、およそ4年が経過した現在も、白血病細胞が消失しただけでなく、HIVも検出されていないそうです。これをもって、担当医は「HIVが"完治"した」、と宣言したのです。(注1のロイター通信の記事のタイトルを参照ください)
よく知られているように、現在はすぐれた抗HIV薬がいくつもありますが、これらは生涯にわたり内服を継続しなければなりません。薬を毎日飲まなければならない病気が山ほどあることを考えればHIVも特別な病気ではない、と言われることがしばしばあり、これは正しいのですが、それでも副作用のリスク、飲み忘れれば薬が効かなくなるかもしれないという問題、場合によっては費用の問題、などもあり、実際に薬を毎日飲むというのは思いのほか大変です。
もしも、CCR5△32をホモ接合で持つ人からの移植が一般化されれば、多くのHIV陽性者たちに歓迎されるかもしれません。
しかし、ことはそう単純なものではありません。
まず、CCR5△32をホモ接合で持つ人がどれだけいるのかはよく分かっていませんが、おそらくそう多くはないでしょう。地域的な偏りがあり、白人全体でみれば1%程度いるのではないかと言われていますが、他の人種(日本人も含めて)についてはデータがありません。では調べればいいではないか、という意見がでてくるかもしれませんが、遺伝子を調べるというのは倫理上の問題が小さくありません。
もしもあなたがCCR5△32をホモ接合で持っていることが判り、HIV陽性の人に骨髄を供給しよう、と考えたとしても、いったいどのHIV陽性者が選ばれるべきなのか、という問題があります。
B級SFドラマのようなシナリオを考えれば、仮にあなたがCCR5△32をホモ接合で持っていることが判り、何らかの理由でそれが他人に知られてしまえば、あなたは、HIV陽性者に骨髄を売ろうとしている闇のシンジケートにさらわれ、人格を奪われた上で「骨髄製造器」として存在させられ、闇の施設から抜け出せなくなるかもしれません。
それに、骨髄移植というのは成功すれば「夢の治療」のように思われますが、相当なリスクが伴います。まず、レシピエント(この場合移植を受けるHIV陽性者)は、移植前に自分の骨髄を死滅させるため強力な抗がん剤と放射線照射を受けなければなりません。この時点で、男女とも生殖機能が失われますし、抗がん剤や放射線照射の一般的なリスクを負うことになります。
骨髄移植で最もやっかいな合併症(副作用)がGVHD(移植片対宿主病、graft versus host disease)と呼ばれるもので、ドナー(骨髄提供者)の血液がレシピエントの組織を攻撃(注5)することによって、肝機能障害、下血、皮疹などが出現し、こうなれば有効な治療法があるとは言えず死に至ることも少なくありません。
それに、ドナー側のリスクもないわけではありません。末梢血幹細胞の採取は、古典的な骨髄採取とは異なり、通常の採血のようなかたちでおこないますから、麻酔も必要ありませんし痛みもごくわずかです。しかし、採取前に末梢血の骨髄細胞を増やすためにG-CSFという薬を投与しなければなりません。この薬は完全に安全か、という問題があります。
以上のような理由から、「HIVの治療にCCR5△32をホモ接合で持つ人からの骨髄移植」というのは現時点では現実的な治療法ではありません。むしろ研究が急速にすすめば危険性すらあります。
しかしながら、今回のドイツの症例がきっかけとなり、いつの日かこの遺伝子に着眼した安全な治療法が確立されることを願いたいと思います。
注1:ロイター通信は、「German doctors declare "cure" in HIV patient(ドイツの医師がHIV完治を宣言)」というタイトルで報道しており、下記URLで読むことができます。
http://www.reuters.com/article/idUSTRE6BE68220101215
注2:この論文のタイトルは「Evidence for the cure of HIV infection by CCR5{Delta}32/{Delta}32 stem cell
transplantation」で、下記のURLで全文を読むことができます。http://bloodjournal.hematologylibrary.org/content/117/10/2791.full.pdf+html?sid=9c861b00-a524-4bef-a49f-6b8745e011aa
注3:白血病にもいろいろなものがあり、この症例ではAML(骨髄単球性白血病)と呼ばれるものですが、今回は白血病について詳しく取り上げることはしないでおきます。
注4:骨髄移植というと、全身麻酔の下、太い針で腰の骨(腸骨)などから骨髄を採取する大変痛そうな場面がイメージされがちですが、今回おこなわれたのは末梢血幹細胞移植と呼ばれる普通の採血や献血となんら変わらないドナーの負担が少ない方法です。ただし移植をおこなう前に特殊な薬剤(G-CSF)を投与されるため完全に安全とは言えないかもしれません。(本文も参照ください)
注5:通常、移植後の拒絶反応というと、レシピエントの免疫がドナーから受けた臓器を攻撃するのが一般的ですが、GVHDはドナーの臓器(骨髄)がレシピエントを攻撃するわけですから、まったく逆の反応ということになります。
ところが、なぜか日本のマスコミはこのニュースを取り上げず、最初は「私が見逃しただけかもしれない」と考え、日経、読売、朝日、毎日のウェブサイトを検索しましたがヒットしませんでした。もう少し調べると共同通信が12月16日に取り上げていることが分かりましたが、ごく短い文章のみ・・・。やはり、日本ではHIVに対する関心が低下しているのでしょうか・・・。
話を戻しましょう。世界中のメディアで報道されたこのニュースは、1本の論文が元になっています。医学誌『Blood』2010年12月8日(オンライン版)に掲載されたもので、この症例の経緯が詳しく報告されています(注2)。
少し詳しくみていくと、まずこの症例は40歳の男性で10年前にHIV陽性が判明し、抗HIV薬の投与を受けていました。2007年2月に白血病(注3)に罹患していることが判り、一般的な白血病の治療薬(抗がん剤)を受け、いったんよくなりましたが再発し、骨髄移植(注4)を受けることになりました。
そして、このとき選ばれたドナー(骨髄を提供する人)に「CCR5△32」という遺伝子をホモ接合で持つ人が選ばれました。
いきなり、CCR5△32とかホモ接合とか言われても、???、となってしまうかもしれませんので、少し詳しく説明します。
HIVは人の体内に侵入しただけでは感染が成立しません。感染するには人の細胞に侵入していく必要があります。この細胞のひとつが有名なCD4陽性リンパ球です。そしてHIVが巧みにCD4陽性リンパ球に侵入するにはCCR5と呼ばれるケモカイン受容体が重要な鍵を握っています。(ケモカイン受容体というよく分からない言葉がでてきましたが、HIVが侵入するのに必要なリンパ球表面にあるものだと思ってもらえればいいかと思います)
CCR5と呼ばれるケモカイン受容体はタンパク質でできています。タンパク質はアミノ酸が結合したもので、どのようなアミノ酸がどのように並ぶかは遺伝子(DNA)にコードされています。人間の遺伝子はDNAで形成されていて、DNAは対になった2本の鎖からなります。そしてCCR5をコードする遺伝子の鎖の32番目の塩基対が突然変異で欠損した遺伝子を、ホモ接合で持った場合(つまり、相同染色体上で同じ位置にある対立遺伝子が共にこの遺伝子を持った場合)、HIVに感染しない(HIV感染が成立しない)ことが知られているのです。
DNA、ホモ接合、対立遺伝子、相同染色体、・・・、と生物学をキライにさせるようなキーワードがたくさんでてきましたから、このあたりを理解するのは簡単ではないかもしれません。分かりにくい場合は、「CCR5△32という遺伝子をホモ接合で持つ人はHIVに感染しない」、あるいはもっと簡単に、「CCR5が遺伝的にきちんとつくられない人はHIVに感染しない」、と覚えてしまって差し支えないと思います。
この症例の男性は、CCR5△32をホモ接合で持つ人からの移植を受けたわけですが、この移植をおこなうに際し、医療者も「白血病の治療だけでなくHIVが消えるかもしれない」と考えていたはずです。そして、何度か移植を繰り返し、抗HIV薬を中止し、およそ4年が経過した現在も、白血病細胞が消失しただけでなく、HIVも検出されていないそうです。これをもって、担当医は「HIVが"完治"した」、と宣言したのです。(注1のロイター通信の記事のタイトルを参照ください)
よく知られているように、現在はすぐれた抗HIV薬がいくつもありますが、これらは生涯にわたり内服を継続しなければなりません。薬を毎日飲まなければならない病気が山ほどあることを考えればHIVも特別な病気ではない、と言われることがしばしばあり、これは正しいのですが、それでも副作用のリスク、飲み忘れれば薬が効かなくなるかもしれないという問題、場合によっては費用の問題、などもあり、実際に薬を毎日飲むというのは思いのほか大変です。
もしも、CCR5△32をホモ接合で持つ人からの移植が一般化されれば、多くのHIV陽性者たちに歓迎されるかもしれません。
しかし、ことはそう単純なものではありません。
まず、CCR5△32をホモ接合で持つ人がどれだけいるのかはよく分かっていませんが、おそらくそう多くはないでしょう。地域的な偏りがあり、白人全体でみれば1%程度いるのではないかと言われていますが、他の人種(日本人も含めて)についてはデータがありません。では調べればいいではないか、という意見がでてくるかもしれませんが、遺伝子を調べるというのは倫理上の問題が小さくありません。
もしもあなたがCCR5△32をホモ接合で持っていることが判り、HIV陽性の人に骨髄を供給しよう、と考えたとしても、いったいどのHIV陽性者が選ばれるべきなのか、という問題があります。
B級SFドラマのようなシナリオを考えれば、仮にあなたがCCR5△32をホモ接合で持っていることが判り、何らかの理由でそれが他人に知られてしまえば、あなたは、HIV陽性者に骨髄を売ろうとしている闇のシンジケートにさらわれ、人格を奪われた上で「骨髄製造器」として存在させられ、闇の施設から抜け出せなくなるかもしれません。
それに、骨髄移植というのは成功すれば「夢の治療」のように思われますが、相当なリスクが伴います。まず、レシピエント(この場合移植を受けるHIV陽性者)は、移植前に自分の骨髄を死滅させるため強力な抗がん剤と放射線照射を受けなければなりません。この時点で、男女とも生殖機能が失われますし、抗がん剤や放射線照射の一般的なリスクを負うことになります。
骨髄移植で最もやっかいな合併症(副作用)がGVHD(移植片対宿主病、graft versus host disease)と呼ばれるもので、ドナー(骨髄提供者)の血液がレシピエントの組織を攻撃(注5)することによって、肝機能障害、下血、皮疹などが出現し、こうなれば有効な治療法があるとは言えず死に至ることも少なくありません。
それに、ドナー側のリスクもないわけではありません。末梢血幹細胞の採取は、古典的な骨髄採取とは異なり、通常の採血のようなかたちでおこないますから、麻酔も必要ありませんし痛みもごくわずかです。しかし、採取前に末梢血の骨髄細胞を増やすためにG-CSFという薬を投与しなければなりません。この薬は完全に安全か、という問題があります。
以上のような理由から、「HIVの治療にCCR5△32をホモ接合で持つ人からの骨髄移植」というのは現時点では現実的な治療法ではありません。むしろ研究が急速にすすめば危険性すらあります。
しかしながら、今回のドイツの症例がきっかけとなり、いつの日かこの遺伝子に着眼した安全な治療法が確立されることを願いたいと思います。
注1:ロイター通信は、「German doctors declare "cure" in HIV patient(ドイツの医師がHIV完治を宣言)」というタイトルで報道しており、下記URLで読むことができます。
http://www.reuters.com/article/idUSTRE6BE68220101215
注2:この論文のタイトルは「Evidence for the cure of HIV infection by CCR5{Delta}32/{Delta}32 stem cell
transplantation」で、下記のURLで全文を読むことができます。http://bloodjournal.hematologylibrary.org/content/117/10/2791.full.pdf+html?sid=9c861b00-a524-4bef-a49f-6b8745e011aa
注3:白血病にもいろいろなものがあり、この症例ではAML(骨髄単球性白血病)と呼ばれるものですが、今回は白血病について詳しく取り上げることはしないでおきます。
注4:骨髄移植というと、全身麻酔の下、太い針で腰の骨(腸骨)などから骨髄を採取する大変痛そうな場面がイメージされがちですが、今回おこなわれたのは末梢血幹細胞移植と呼ばれる普通の採血や献血となんら変わらないドナーの負担が少ない方法です。ただし移植をおこなう前に特殊な薬剤(G-CSF)を投与されるため完全に安全とは言えないかもしれません。(本文も参照ください)
注5:通常、移植後の拒絶反応というと、レシピエントの免疫がドナーから受けた臓器を攻撃するのが一般的ですが、GVHDはドナーの臓器(骨髄)がレシピエントを攻撃するわけですから、まったく逆の反応ということになります。











