GINAと共に
第153回(2019年3月) 知らない間に依存症~風邪薬と痛み止めの恐怖~
日本でHIVに感染するのは性感染が多く、麻薬や覚醒剤の静脈注射での感染というのは諸外国と比べると少ないのは事実です。では、日本では違法薬物とHIVの関連性を論じるのはナンセンスかと言えばまったくそんなことはありません。
なぜなら、実際に(私が日ごろ診ている患者さんも含めて)HIV陽性者のいくらかは薬物依存症となっているからです。典型的なのは、薬物を用いたセックスを"楽しんでいた"人たちです。性行為のときに覚醒剤を用いる「快楽」を知ってしまい(実際、患者さんは「知ってしまう」と表現します)、覚醒剤使用OKの相手を探すようになり、それが不特定多数との性交渉につながり、ついにはHIV感染というパターンです。
他にも、例えば前回紹介したベンゾジアゼピン系(以下BZ)の薬物依存症になってしまい、生活に支障をきたしてしまう人がいます。BZを大量服用すると(使用者が言うには)"ハイ"になり(確かにイヤな気持ちがふっとびます)、また、ぐっすり眠れるという理由でどんどん使用量が増えていき、やがて生活が不規則になっていき社会生活からドロップアウトします。そして性的にも奔放になってしまう、あるいは生活費を稼ぐためにセックスワークを始めてHIVのリスクに晒される、といった事態になるのです。
つまり、「針の使いまわし→HIV感染」、という海外でよくみられるパターンはさほど多くないものの、日本でも「薬物がきっかけとなったHIVの性感染」というのは決して珍しくないのです。
これまでこのサイトでは、麻薬(オピオイド)、覚醒剤、大麻などについては繰り返し述べ、前回は合法的に入手しやすいBZを紹介しました。今回は、BZよりもさらに簡単に入手できる危険な薬剤の話をします。
それは薬局やネットで簡単に入手できる風邪薬と鎮痛薬です。いわゆる総合感冒薬というのはテレビや雑誌で頻繁に宣伝されていますし、危険な薬というイメージからは程遠いでしょう。ですが、こういった薬で人生を狂わされてしまった人は決して少なくありません。違法薬物やBZの場合は、ある程度危険性を分かっていて始める人が大半ですから、ある意味では"確信犯的"ですが、風邪薬や鎮痛薬の場合は「宣伝の犠牲」とも呼べる例が少なからずあります。症例を紹介しましょう。
【症例1】20代女性
風邪を引いて近所の薬局に。咳が強いため咳によく効くという薬(ブロン錠)を購入。使用説明書に眠気が起こるかもしれないと書いてあったので寝る前のみ飲むことにした。薬はよく効き、前日まで咳でほとんど眠れなかったのが昨日は嘘のようによく効きぐっすり眠れた。安眠できたことからその後も寝る前だけこの薬を飲むようになった。気づけば3か月が経過し、なぜか寝る前以外にも飲みたいという衝動がでてきた......。
【症例2】30代女性
以前から頭痛がある。市販のものをいろいろと試したが結局「ナロンエース」が一番"合っている"ことが分かった。最初は週に2~3回しか飲んでいなかったが、最近は1日も欠かせなくなってきている。錠数がどんどん増えてきて1日に10錠以上飲むこともある。頭痛はますますひどくなり薬も増える一方となっている......。
解説していきましょう。【症例1】はエフェドリン(正確には塩酸メチルエフェドリン)とコデイン(リン酸ジヒドロコデイン)の依存症になってしまっているのはほぼ間違いありません。エフェドリンとは覚醒剤の一種、コデインは麻薬(オピオイド)です。覚醒剤には気管支拡張作用があり、麻薬には脳の咳中枢を抑制する効果がありますから双方とも咳に効果があるのは事実です(ただし最近はこれらの咳止めには有効性を示したエビデンスがなく使用すべきでないという意見が増えてきています。参照:太融寺町谷口医院ウェブサイト「はやりの病気」第178回(2018年6月)「「咳止めが効かない」ならどうすればいいのか」)。
エフェドリンとコデインを双方摂取するとどうなるか。現在40代後半以上の人はエスエス製薬の咳止めシロップ「ブロン」が社会問題になったことを覚えているのではないでしょうか。ちょうど私がひとつめの大学(関西学院大学)の学生だった1980年代後半、この「ブロン」が大流行し、社会復帰できなくなり退学した奴がいる、という噂も何度か聞きました。真偽は定かではありませんが、当時「ブロン中毒専門の矯正施設がある」と(私の周囲では)言われていました。
それだけ問題になったのですから、製薬会社は当然製品を販売中止するなり成分変更したりすべきです。そして、たしかにこのシロップは成分が変わりエフェドリンが含まれなくなりましたが、コデインはそのままです。そして、(私は、これは問題だと思うのですが)「ブロン錠」という錠剤が登場し、こちらはシロップと同様エフェドリンとコデインの双方が含まれているのです。【症例1】はそのブロン錠を飲み始めて知らぬまに依存症になってしまった例ですが、なかには初めから"トリップ"することを目的としてブロン錠を大量に(なかには一晩で数百錠も!)飲む人もいます。
では販売元のエスエス製薬だけが問題なのかと言えば、そういうわけではなく、メジャーな風邪薬のいくらかはエフェドリンとコデインの双方が含まれています。例えば、パブロンゴールドA、新ルルA、カイゲン感冒錠、ベンザブロックS、エスタックイブなどです。
私自身は、少なくとも医学部に入学してからは市販の感冒薬や咳止めを一度も飲んでいませんし、こういった薬を飲んでいる医師を見たことがありません。はっきり言えば、こういった感冒薬は一生飲むべきでないのです。
【症例2】は2つの問題があります。ひとつはイブプロフェン中毒、もうひとつはブロムワレリル尿素(ブロムバレリル尿素とも呼ばれる)中毒です。前者は「薬物乱用頭痛」と呼ばれるやっかいな頭痛を引き起こすことがよくあり、そもそもすべての痛み止めには依存性・中毒性があると考えなければなりません。ですが、その何倍も問題なのが後者の「ブロムワレリル尿素」であり、これがどれくらい問題かというと、90年代に社会問題となった『完全自殺マニュアル』でも紹介されている危険な薬物なのです。そもそもこのような薬剤が薬局で買えること自体が問題です。
ブロムワレリル尿素の致死量は15gと言われています。ナロンエース1錠に100mgのブロムワレリル尿素が含まれていますから150錠飲めば(体重にもよりますが)死んでしまうわけです。しかも『完全自殺マニュアル』には、他に「首吊り」「飛び降り」「ガス中毒」などの自殺方法が紹介されていますが、ブロムワレリル尿素を用いた「クスリ」による自殺は「安らかな眠りの延長上にある死、これが最も理想的な自殺手段だ」と書かれているのです。こんなもの、販売してもいいのでしょうか。ウルグアイやカナダに負けまいと、多くの州で娯楽用大麻が合法化されている米国でさえ、ブロムワレリル尿素を薬局で販売することは禁じられています。
いったん、ブロムワレリル尿素依存症になってしまうと、これがないと眠れなくなり、切れると頭痛がひどくなってきます。服薬量がどんどん増えていき、こうなると自分自身の力ではもはや離脱することができません。尚、ナロンエース以外にブロムワレリル尿素を含む薬剤にウット、奥田脳神経薬があります。
私が院長を務める太融寺町谷口医院では、過去12年間の間に100人以上の「風邪薬・鎮痛薬依存症」になった(知らない間になってしまった)人たちに、危険性を伝え、止めることができるよう支援してきました。幸いなことに無事離脱できた人もいますが、止めるように言っても理解が得られず受診しなくなった人も少なくないのが実情です......。
************
参考:厚労省の資料「濫用等のおそれのある医薬品の成分・品目及び数量について」
なぜなら、実際に(私が日ごろ診ている患者さんも含めて)HIV陽性者のいくらかは薬物依存症となっているからです。典型的なのは、薬物を用いたセックスを"楽しんでいた"人たちです。性行為のときに覚醒剤を用いる「快楽」を知ってしまい(実際、患者さんは「知ってしまう」と表現します)、覚醒剤使用OKの相手を探すようになり、それが不特定多数との性交渉につながり、ついにはHIV感染というパターンです。
他にも、例えば前回紹介したベンゾジアゼピン系(以下BZ)の薬物依存症になってしまい、生活に支障をきたしてしまう人がいます。BZを大量服用すると(使用者が言うには)"ハイ"になり(確かにイヤな気持ちがふっとびます)、また、ぐっすり眠れるという理由でどんどん使用量が増えていき、やがて生活が不規則になっていき社会生活からドロップアウトします。そして性的にも奔放になってしまう、あるいは生活費を稼ぐためにセックスワークを始めてHIVのリスクに晒される、といった事態になるのです。
つまり、「針の使いまわし→HIV感染」、という海外でよくみられるパターンはさほど多くないものの、日本でも「薬物がきっかけとなったHIVの性感染」というのは決して珍しくないのです。
これまでこのサイトでは、麻薬(オピオイド)、覚醒剤、大麻などについては繰り返し述べ、前回は合法的に入手しやすいBZを紹介しました。今回は、BZよりもさらに簡単に入手できる危険な薬剤の話をします。
それは薬局やネットで簡単に入手できる風邪薬と鎮痛薬です。いわゆる総合感冒薬というのはテレビや雑誌で頻繁に宣伝されていますし、危険な薬というイメージからは程遠いでしょう。ですが、こういった薬で人生を狂わされてしまった人は決して少なくありません。違法薬物やBZの場合は、ある程度危険性を分かっていて始める人が大半ですから、ある意味では"確信犯的"ですが、風邪薬や鎮痛薬の場合は「宣伝の犠牲」とも呼べる例が少なからずあります。症例を紹介しましょう。
【症例1】20代女性
風邪を引いて近所の薬局に。咳が強いため咳によく効くという薬(ブロン錠)を購入。使用説明書に眠気が起こるかもしれないと書いてあったので寝る前のみ飲むことにした。薬はよく効き、前日まで咳でほとんど眠れなかったのが昨日は嘘のようによく効きぐっすり眠れた。安眠できたことからその後も寝る前だけこの薬を飲むようになった。気づけば3か月が経過し、なぜか寝る前以外にも飲みたいという衝動がでてきた......。
【症例2】30代女性
以前から頭痛がある。市販のものをいろいろと試したが結局「ナロンエース」が一番"合っている"ことが分かった。最初は週に2~3回しか飲んでいなかったが、最近は1日も欠かせなくなってきている。錠数がどんどん増えてきて1日に10錠以上飲むこともある。頭痛はますますひどくなり薬も増える一方となっている......。
解説していきましょう。【症例1】はエフェドリン(正確には塩酸メチルエフェドリン)とコデイン(リン酸ジヒドロコデイン)の依存症になってしまっているのはほぼ間違いありません。エフェドリンとは覚醒剤の一種、コデインは麻薬(オピオイド)です。覚醒剤には気管支拡張作用があり、麻薬には脳の咳中枢を抑制する効果がありますから双方とも咳に効果があるのは事実です(ただし最近はこれらの咳止めには有効性を示したエビデンスがなく使用すべきでないという意見が増えてきています。参照:太融寺町谷口医院ウェブサイト「はやりの病気」第178回(2018年6月)「「咳止めが効かない」ならどうすればいいのか」)。
エフェドリンとコデインを双方摂取するとどうなるか。現在40代後半以上の人はエスエス製薬の咳止めシロップ「ブロン」が社会問題になったことを覚えているのではないでしょうか。ちょうど私がひとつめの大学(関西学院大学)の学生だった1980年代後半、この「ブロン」が大流行し、社会復帰できなくなり退学した奴がいる、という噂も何度か聞きました。真偽は定かではありませんが、当時「ブロン中毒専門の矯正施設がある」と(私の周囲では)言われていました。
それだけ問題になったのですから、製薬会社は当然製品を販売中止するなり成分変更したりすべきです。そして、たしかにこのシロップは成分が変わりエフェドリンが含まれなくなりましたが、コデインはそのままです。そして、(私は、これは問題だと思うのですが)「ブロン錠」という錠剤が登場し、こちらはシロップと同様エフェドリンとコデインの双方が含まれているのです。【症例1】はそのブロン錠を飲み始めて知らぬまに依存症になってしまった例ですが、なかには初めから"トリップ"することを目的としてブロン錠を大量に(なかには一晩で数百錠も!)飲む人もいます。
では販売元のエスエス製薬だけが問題なのかと言えば、そういうわけではなく、メジャーな風邪薬のいくらかはエフェドリンとコデインの双方が含まれています。例えば、パブロンゴールドA、新ルルA、カイゲン感冒錠、ベンザブロックS、エスタックイブなどです。
私自身は、少なくとも医学部に入学してからは市販の感冒薬や咳止めを一度も飲んでいませんし、こういった薬を飲んでいる医師を見たことがありません。はっきり言えば、こういった感冒薬は一生飲むべきでないのです。
【症例2】は2つの問題があります。ひとつはイブプロフェン中毒、もうひとつはブロムワレリル尿素(ブロムバレリル尿素とも呼ばれる)中毒です。前者は「薬物乱用頭痛」と呼ばれるやっかいな頭痛を引き起こすことがよくあり、そもそもすべての痛み止めには依存性・中毒性があると考えなければなりません。ですが、その何倍も問題なのが後者の「ブロムワレリル尿素」であり、これがどれくらい問題かというと、90年代に社会問題となった『完全自殺マニュアル』でも紹介されている危険な薬物なのです。そもそもこのような薬剤が薬局で買えること自体が問題です。
ブロムワレリル尿素の致死量は15gと言われています。ナロンエース1錠に100mgのブロムワレリル尿素が含まれていますから150錠飲めば(体重にもよりますが)死んでしまうわけです。しかも『完全自殺マニュアル』には、他に「首吊り」「飛び降り」「ガス中毒」などの自殺方法が紹介されていますが、ブロムワレリル尿素を用いた「クスリ」による自殺は「安らかな眠りの延長上にある死、これが最も理想的な自殺手段だ」と書かれているのです。こんなもの、販売してもいいのでしょうか。ウルグアイやカナダに負けまいと、多くの州で娯楽用大麻が合法化されている米国でさえ、ブロムワレリル尿素を薬局で販売することは禁じられています。
いったん、ブロムワレリル尿素依存症になってしまうと、これがないと眠れなくなり、切れると頭痛がひどくなってきます。服薬量がどんどん増えていき、こうなると自分自身の力ではもはや離脱することができません。尚、ナロンエース以外にブロムワレリル尿素を含む薬剤にウット、奥田脳神経薬があります。
私が院長を務める太融寺町谷口医院では、過去12年間の間に100人以上の「風邪薬・鎮痛薬依存症」になった(知らない間になってしまった)人たちに、危険性を伝え、止めることができるよう支援してきました。幸いなことに無事離脱できた人もいますが、止めるように言っても理解が得られず受診しなくなった人も少なくないのが実情です......。
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参考:厚労省の資料「濫用等のおそれのある医薬品の成分・品目及び数量について」
第152回(2019年2月) アダム・リッポンも飲むベンゾジアゼピンの恐怖
タイのエイズ問題に私が初めて触れたのは2002年のタイです。そのときに接した患者さんのいくらかがセクシャルマイノリティであったこともあり、LGBTの人たちへの関心がますます深くなり、医師として接するときには"逆差別"をしないように気を付けることもあります。
このサイトでも繰り返しお伝えしているように、LGBTの人たちには音楽やビジネス、政治の世界で世界的に有名な人たちも少なくありません。2018年の1年間を振り返って、私が個人的に最も注目したLGBTの人は、平昌オリンピックのフィギュアスケートで銅メダルを獲得した米国のアダム・リッポン(以下「アダム」)です。
特にLGBTに興味がないという人も、アダムの話題は至るところで見聞きしたのではないでしょうか。しかし、2018年がスタートした時点では(少なくとも日本では)ほとんど無名だったと思います。
そのアダムが一躍有名になったのが、ペンス副大統領が平昌オリンピック開会式の米国選手団の団長となることが決まったときに放った言葉です。アダムは、副大統領が同性愛矯正治療をおこなっている施設に資金提供したことを引き合いに出して糾弾し、そして副大統領との面談を拒否したのです(参考:The story behind Olympic figure skater Adam Rippon's feud with Vice President Pence)。
このような発言をおこなったことで、プレッシャーがかかり競技に悪影響がでるのではないかと心配する声もありましたが、結果は見事団体で銅メダル。これで一躍スターとなりました。元々目立つキャラクターなのでしょう。メダル獲得後、派手な衣装を身にまとい次々とメディアに登場するアダムは正真正銘のスターと呼んでいいでしょう。2018年4月に発表された『TIME』の「世界で最も影響力のある100人」にも選ばれました。ところが、2018年11月、突然引退を表明し世界を驚かせました。
さて、そのアダムを私が注目していたのはゲイだからという理由だけではありません。実は、ペンス副大統領との"事件"が報道されている頃、たまたま読んだ記事がひっかかりました。それは「USA TODAY SPORTS」が報じた「アダム・リッポン、気持ちを落ち着かせるためにザナックスと水を求めた(Adam Rippon wanted a 'Xanax and a quick drink' to calm nerves)」というタイトルの記事です。
「ザナックス」というのはベンゾジアゼピン系(以下「BZ」)(注1)に分類される抗不安薬で、一般名は「アルプラゾラム」、日本の商品名は「ソラナックス」や「コンスタン」が有名です。BZは、日本で最も"乱用"されている薬物で、医療機関でしか処方されないということになっていますが、実際は「友達にわけてもらった」とか、なかには「ネットで買った」などという人もいます。
飲めばすぐに効くのが最大の特徴でしょう。人によって言葉は変わりますが、飲んでいる人は「飲めばすーっとする」「心のモヤモヤが一気に消える」「すぐにリラックスできる」「眠れないときに飲めばすぐに熟睡できる」などと言います。こういった言葉だけを聞くと、いい薬のように思えなくもありませんが、これだけ「すぐによく効く薬」だからこそ「依存」を生みだすのです。
「日本ほどBZが気軽に使われている国はない」、とよく言われます。実際、日本人の薬物依存は米国のような麻薬は現時点では大きな問題となっていません(しかし、今後変わる可能性がありそれを前回のコラム「本当に危険な麻薬(オピオイド)」で述べました)。
日本では過去に合法だったことから覚醒剤依存症が大きな問題であり、このサイトでも何度か紹介しています(例えば「GINAと共に」第116回(2016年2月)「「盗聴」に苦しむ覚醒剤中毒者」)。大麻については、ウルグアイに次ぎカナダで嗜好用が合法化されたこともあり、今後日本で(違法のままでも)使用者が増えるだろうということも何度も述べました(例えば「GINAと共に」第143回(2018年5月)「これからの「大麻」の話をしよう~その3~」)。
ですが、日本の薬物依存をきたす薬剤としては覚醒剤や大麻よりもBZの方がずっと多いのです。なにしろ覚醒剤・大麻と異なり、BZは一部の医療機関で"簡単に"処方されているようなのです。ちなみに、私が院長をつとめる太融寺町谷口医院でもBZを処方することはありますが頻度はかなり稀です。ですが、初診時に「前のクリニックでは出してもらった。だから出してほしい」と繰り返し言われ、対応に苦労することがしばしばあります。時には"暴言"を吐いて帰る人もいます。
では、BZは日本でのみ問題なのかというと、どうもそういうわけではなさそうです。アダムのザナックスの件があってから、米国のBZの蔓延状況を調べていると論文がみつかりました。医学誌『Psychiatric Services』2018年12月号に掲載された論文「米国におけるBZ系の使用と誤用について(Benzodiazepine Use and Misuse Among Adults in the United States)」で報告されています。
論文によると、米国の年間のBZ使用者はなんと12.6%に相当する3,060万人。そのうち医師から処方されているのが2,530万人、(違法に入手した)不適切使用者が530万人です。「乱用」が認められたのが使用者全体の17.2%にも相当します。乱用者を年齢ごとにみると、最も多いのが18~25歳、最も少ないのが65歳以上です。乱用者の最も多い入手方法は「友人や親族から」でした。そして、とても重要なことは「麻薬(オピオイド)や覚醒剤の乱用・依存と、BZ系の乱用との関連性が強い」ということです。
つまり、きっかけはBZ、そしてその後覚醒剤や麻薬に移行していく可能性が強いわけです。このサイトで、「大麻はたとえそれ自体の有害性がなかったとしても覚醒剤や麻薬といったハードドラッグの入り口になるから危険」ということを繰り返し伝えてきました。どうやらBZも同じように考えた方がよさそうです。
BZが恐ろしい理由は他にもあります。お酒と併用すると(あるいはしなくても)記憶がなくなりその間に恐ろしい行動に出ることがあるのです。「朝起きたら台所で大量の食事をした形跡があったが記憶にない」というのは比較的よく聞く言葉です。「記憶がないけど上司に暴言のメールを送っていた」という人もいます。記憶がないままわが子を殺めた母親もいます(参考:太融寺町谷口医院ウェブサイト「はやりの病気」第124回(2013年12月)「睡眠薬の恐怖」)。
まだあります。反対意見もあるものの最近ではBZは認知症のリスクになるという意見が強くなってきています。BZを使用していると認知症のリスクがおよそ1.5倍となり、作用時間の長いBZの使用者(ちなみにアダムの服用しているアルプラゾラムの作用時間は「中くらい」です)、長期間BZを使用している者でリスクが上昇することがわかっています(参考:太融寺町谷口医院ウェブサイト「医療ニュース」(2019年2月23日)「やはりベンゾジアゼピンは認知症のリスク」)。
では、どんな人がBZに手を出しやすいのでしょうか。興味深い報告があります。医学誌『 American Journal of Public Health』2018年8月18日号に掲載された論文「仕事のストレスがベンゾジアゼピン長期使用のリスクを増やす(Work-Related Stressors and Increased Risk of Benzodiazepine Long-Term Use: Findings From the CONSTANCES Population-Based Cohort )」によれば、タイトル通り仕事のストレスを感じている人はあまり感じない人に比べて、BZ長期使用のリスクが男性で2.2倍、女性で1.6倍に上昇します。
有名人が堂々と使用している(しかも一応は"合法")と聞き、インタビューを受ける前に緊張をほぐすために気軽に飲んでいると言われれば、試したくなる人もいるかもしれません。ですが、決して安易に手を出すようなものではありません。仕事のストレスが多い人は特に注意を。
************
注1:ベンゾジアゼピンの英語表記はbenzodiazepineです。私の感覚としては略すならBDにした方がいいと思うのですが、なぜか一般的にはBZとされています。
参考:
はやりの病気
第164回(2017年4月)「本当に危険なベンゾジアゼピン依存症」
このサイトでも繰り返しお伝えしているように、LGBTの人たちには音楽やビジネス、政治の世界で世界的に有名な人たちも少なくありません。2018年の1年間を振り返って、私が個人的に最も注目したLGBTの人は、平昌オリンピックのフィギュアスケートで銅メダルを獲得した米国のアダム・リッポン(以下「アダム」)です。
特にLGBTに興味がないという人も、アダムの話題は至るところで見聞きしたのではないでしょうか。しかし、2018年がスタートした時点では(少なくとも日本では)ほとんど無名だったと思います。
そのアダムが一躍有名になったのが、ペンス副大統領が平昌オリンピック開会式の米国選手団の団長となることが決まったときに放った言葉です。アダムは、副大統領が同性愛矯正治療をおこなっている施設に資金提供したことを引き合いに出して糾弾し、そして副大統領との面談を拒否したのです(参考:The story behind Olympic figure skater Adam Rippon's feud with Vice President Pence)。
このような発言をおこなったことで、プレッシャーがかかり競技に悪影響がでるのではないかと心配する声もありましたが、結果は見事団体で銅メダル。これで一躍スターとなりました。元々目立つキャラクターなのでしょう。メダル獲得後、派手な衣装を身にまとい次々とメディアに登場するアダムは正真正銘のスターと呼んでいいでしょう。2018年4月に発表された『TIME』の「世界で最も影響力のある100人」にも選ばれました。ところが、2018年11月、突然引退を表明し世界を驚かせました。
さて、そのアダムを私が注目していたのはゲイだからという理由だけではありません。実は、ペンス副大統領との"事件"が報道されている頃、たまたま読んだ記事がひっかかりました。それは「USA TODAY SPORTS」が報じた「アダム・リッポン、気持ちを落ち着かせるためにザナックスと水を求めた(Adam Rippon wanted a 'Xanax and a quick drink' to calm nerves)」というタイトルの記事です。
「ザナックス」というのはベンゾジアゼピン系(以下「BZ」)(注1)に分類される抗不安薬で、一般名は「アルプラゾラム」、日本の商品名は「ソラナックス」や「コンスタン」が有名です。BZは、日本で最も"乱用"されている薬物で、医療機関でしか処方されないということになっていますが、実際は「友達にわけてもらった」とか、なかには「ネットで買った」などという人もいます。
飲めばすぐに効くのが最大の特徴でしょう。人によって言葉は変わりますが、飲んでいる人は「飲めばすーっとする」「心のモヤモヤが一気に消える」「すぐにリラックスできる」「眠れないときに飲めばすぐに熟睡できる」などと言います。こういった言葉だけを聞くと、いい薬のように思えなくもありませんが、これだけ「すぐによく効く薬」だからこそ「依存」を生みだすのです。
「日本ほどBZが気軽に使われている国はない」、とよく言われます。実際、日本人の薬物依存は米国のような麻薬は現時点では大きな問題となっていません(しかし、今後変わる可能性がありそれを前回のコラム「本当に危険な麻薬(オピオイド)」で述べました)。
日本では過去に合法だったことから覚醒剤依存症が大きな問題であり、このサイトでも何度か紹介しています(例えば「GINAと共に」第116回(2016年2月)「「盗聴」に苦しむ覚醒剤中毒者」)。大麻については、ウルグアイに次ぎカナダで嗜好用が合法化されたこともあり、今後日本で(違法のままでも)使用者が増えるだろうということも何度も述べました(例えば「GINAと共に」第143回(2018年5月)「これからの「大麻」の話をしよう~その3~」)。
ですが、日本の薬物依存をきたす薬剤としては覚醒剤や大麻よりもBZの方がずっと多いのです。なにしろ覚醒剤・大麻と異なり、BZは一部の医療機関で"簡単に"処方されているようなのです。ちなみに、私が院長をつとめる太融寺町谷口医院でもBZを処方することはありますが頻度はかなり稀です。ですが、初診時に「前のクリニックでは出してもらった。だから出してほしい」と繰り返し言われ、対応に苦労することがしばしばあります。時には"暴言"を吐いて帰る人もいます。
では、BZは日本でのみ問題なのかというと、どうもそういうわけではなさそうです。アダムのザナックスの件があってから、米国のBZの蔓延状況を調べていると論文がみつかりました。医学誌『Psychiatric Services』2018年12月号に掲載された論文「米国におけるBZ系の使用と誤用について(Benzodiazepine Use and Misuse Among Adults in the United States)」で報告されています。
論文によると、米国の年間のBZ使用者はなんと12.6%に相当する3,060万人。そのうち医師から処方されているのが2,530万人、(違法に入手した)不適切使用者が530万人です。「乱用」が認められたのが使用者全体の17.2%にも相当します。乱用者を年齢ごとにみると、最も多いのが18~25歳、最も少ないのが65歳以上です。乱用者の最も多い入手方法は「友人や親族から」でした。そして、とても重要なことは「麻薬(オピオイド)や覚醒剤の乱用・依存と、BZ系の乱用との関連性が強い」ということです。
つまり、きっかけはBZ、そしてその後覚醒剤や麻薬に移行していく可能性が強いわけです。このサイトで、「大麻はたとえそれ自体の有害性がなかったとしても覚醒剤や麻薬といったハードドラッグの入り口になるから危険」ということを繰り返し伝えてきました。どうやらBZも同じように考えた方がよさそうです。
BZが恐ろしい理由は他にもあります。お酒と併用すると(あるいはしなくても)記憶がなくなりその間に恐ろしい行動に出ることがあるのです。「朝起きたら台所で大量の食事をした形跡があったが記憶にない」というのは比較的よく聞く言葉です。「記憶がないけど上司に暴言のメールを送っていた」という人もいます。記憶がないままわが子を殺めた母親もいます(参考:太融寺町谷口医院ウェブサイト「はやりの病気」第124回(2013年12月)「睡眠薬の恐怖」)。
まだあります。反対意見もあるものの最近ではBZは認知症のリスクになるという意見が強くなってきています。BZを使用していると認知症のリスクがおよそ1.5倍となり、作用時間の長いBZの使用者(ちなみにアダムの服用しているアルプラゾラムの作用時間は「中くらい」です)、長期間BZを使用している者でリスクが上昇することがわかっています(参考:太融寺町谷口医院ウェブサイト「医療ニュース」(2019年2月23日)「やはりベンゾジアゼピンは認知症のリスク」)。
では、どんな人がBZに手を出しやすいのでしょうか。興味深い報告があります。医学誌『 American Journal of Public Health』2018年8月18日号に掲載された論文「仕事のストレスがベンゾジアゼピン長期使用のリスクを増やす(Work-Related Stressors and Increased Risk of Benzodiazepine Long-Term Use: Findings From the CONSTANCES Population-Based Cohort )」によれば、タイトル通り仕事のストレスを感じている人はあまり感じない人に比べて、BZ長期使用のリスクが男性で2.2倍、女性で1.6倍に上昇します。
有名人が堂々と使用している(しかも一応は"合法")と聞き、インタビューを受ける前に緊張をほぐすために気軽に飲んでいると言われれば、試したくなる人もいるかもしれません。ですが、決して安易に手を出すようなものではありません。仕事のストレスが多い人は特に注意を。
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注1:ベンゾジアゼピンの英語表記はbenzodiazepineです。私の感覚としては略すならBDにした方がいいと思うのですが、なぜか一般的にはBZとされています。
参考:
はやりの病気
第164回(2017年4月)「本当に危険なベンゾジアゼピン依存症」
第151回(2019年1月) 本当に危険な麻薬(オピオイド)
2018年に報道された違法薬物関連のニュースをみると、おそらく一般紙で最も取り上げられたのは「大麻」でしょう。以前から決まっていたこととはいえ、カナダで嗜好用(recreational)大麻が合法化されたことが世界中のメディアで大きく報道されました。カナダはウルグアイに次ぐ全面的に嗜好用大麻を認めた2番目の国となりました。
米国は州によって法律が異なります。2016年11年に実施された住民投票で、多くの州で医療用のみならず嗜好用大麻が合法化されたことは過去のコラムで述べました。そして、大麻の成分CBD(カンナビジオール)でできた医薬品が重症のてんかんに有効であることをCDCが承認したことも過去のコラムで述べました。ある調査によると、米国成人の85%が医療大麻を、57%が嗜好大麻を支持しています。娯楽用どころか医療用大麻の検討すらおこなわれていない日本でも大麻の使用者(というより逮捕者)は増加傾向にあるようです。
支持者の間では、依存性も副作用も少ないのだからタバコやアルコールが合法で大麻が違法なのはおかしい、とよく言われますが、私も含めて医療者の間には安易な使用に抵抗のある者も少なくありません。この理由はこのサイトで繰り返し述べているので今回は繰り返しませんが、大麻よりも遥かに危険な違法薬物の話を今回はおこないます。それは「麻薬」です。
米国の医療情報提供サイト「HealthDay」が発表した「2018年の健康問題トップ9」のトップにくるのが麻薬汚染です。ちなみに、残りの8つのうち1つに「大麻使用者の増加」が挙げられています。残り7つは「電子タバコ利用者の増加」、「インフルエンザの脅威」「オバマケアが維持されたこと」「遺伝子をターゲットとした個別化がん治療」「レタスからの大腸菌感染」「がん検診の基準変更」「ポリオに似た原因不明の神経疾患」です。改めて9つを分類してみると、感染症が3つ、がん関連が2つ、制度が1つ、依存性薬物が3つ、ということになります。
麻薬がどれくらい恐ろしい薬物なのかについては、実はこのサイトの過去のコラムでも述べたことがあります。そのコラムでは、なぜ麻薬汚染がHIV感染の増加につながるかについて述べました。今回は、麻薬そのものの危険性を新しいデータなどをみながら再確認したいと思います。
その前に言葉を確認しておきましょう。「麻薬」とはケシ(opium)の実から抽出される天然のオピオイド及びオピオイドの合成化合物のことを指します。具体的にはモルヒネ、ヘロイン、コデイン、フェンタニルなどです。ただ、報道などではコカインやLSDが"麻薬"に分類されることもありますし、さらに文脈によっては覚醒剤や大麻まで含めて"麻薬"と呼ばれるようなこともあり混乱を招きやすいので、ここからは本来の麻薬のことを「オピオイド」で統一したいと思います。
「HealthDay」はCDC(米疾病対策センター)が2018年11月に発表したデータを引き合いに出しています。CDCのこのページだけでは分かりにくいので、これを解説した薬物依存のリハビリの団体「Recovery Village」のサイトを参照し特徴をまとめてみます。
CDCの報告によれば、2017年の一年間で薬物の過剰摂取で死亡した米国人は72,000人以上でこれは2016年から10%の上昇。そのうち68%(約48,000人)はオピオイドが原因です。2002年から比較するとオピオイドによる死亡者はおよそ4倍にもなっています。米国の平均寿命は3年連続で減少しており、その原因がオピオイドであることが指摘されています。オピオイドの中では、フェンタニルの過剰摂取による死亡が急増していることが問題視されています。
フェンタニルは、ヘロインの50倍、モルヒネの100倍とも言われる強力なオピオイドで、依存性や中毒性も突出しています。前回は、フレディ・マーキュリーをはじめとするエイズで他界したミュージシャンについての話をしましたが、薬物で亡くなるミュージシャンが多いのもまた事実です。そして、2016年に急死したプリンスの死因がフェンタニルだったと言われています。
薬物による死亡の危機は女性で深刻です。米国CDCの報告によれば、1999年から2017の間で、30~64歳の女性では薬物関連の死亡者が260%も増加しています(人口10万人あたり6.7人から24.3人への上昇、死亡者数でみれば4,314人から18,110人へと増加)。ここでいう薬物には、抗うつ薬、ベンゾジアゼピン(参照:太融寺町谷口医院「はやりの病気」第164回(2017年4月)「本当に危険なベンゾジアゼピン依存症」)、コカイン、ヘロインなども含まれますが、CDCはこの期間に合成オピオイドの医師による処方が大幅に増加したことを指摘しており、なかでも55~64歳への処方が急増していることを問題視しています。
オピオイドを摂取している女性が妊娠することもあり、当然新生児に影響を与えます。neonatal abstinence syndrome(通称「NAS」、日本語ではあまり使わない言葉で、あえて日本語にすると「新生児禁断症候群」)と呼ばれる様々な症状が生じますし、頭囲が小さくなることが報告されています。
女性→新生児だけではありません。小児から思春期の生徒の間でもオピオイド汚染が深刻となっています。1999年から2016の18年間に約9千人の小児または若年者(adolescents)が、薬物が原因で死亡していることが医学誌「JAMA」で報告されています。違法に入手した薬物もありますが、注目すべきは、(フェンタニルなどの)合成オピオイドの多さです。2014年から2016年の間、合計1,508人のオピオイドでの死亡があり、そのうち468人(31.0%)が合成オピオイドだというのです。
オピオイドはネイティブアメリカンの命も奪っています。CDCの報告によれば、2013年から2015年の間、ネイティブアメリカン(American IndianとAlaska Natives)のオピオイド過剰摂取の死亡率は、白人の2.7~4.1倍となっています。
ここでオピオイド依存症に陥る人はどうやってオピオイドを手に入れているのかを考えてみましょう。医師には職業上の倫理観がありますから、患者さんから頼まれても必要以上の処方はできません。オピオイド依存症になったきっかけが医師の最初の処方なのは事実ですが。オピオイドを求めて医療機関を渡り歩いて入手する人もいるでしょうが、これはすぐに発覚します。したがって、闇ルートで違法に入手することになるのですが、最近"裏の手"が流行している可能性が指摘されています。
それは「獣医からの入手」です。医学誌『JAMA』に掲載された論文によると、ペンシルバニア大学獣医学部で処方されたオピオイドは2007年から2017年で41%も増加しているのに対し、受診した動物は13%しか増えておらず、この理由として飼い主がオピオイドを使用している疑いが指摘されています。
さて、オピオイドが問題である理由のひとつは過去のコラムでも述べたようにHIV感染ですが、もちろんそれだけではありません。現在米国ではHIVだけではなく、オピオイド乱用に伴うC型肝炎ウイルス(以下HCV)も問題になっています。
医学誌『JAMA』に掲載された論文によると、HCV陽性のアメリカ人の半数以上は9つの州(カリフォルニア、テキサス、フロリダ、ニューヨーク、ペンシルバニア、オアイオ、ミシガン、テネシー、ノースカロライナ)に住んでいて、そのなかの5つ(ニューヨーク、ノースカロライナ、オハイオ、ペンシルバニア、テネシー)でオピオイド乱用が問題になっています。ちなみに、これら5つの州はアパラチア(Appalachian)地域と呼ばれる米国東部の地域です。
さて、過去のコラムで述べたように日本でもオピオイドが処方される機会が急増しており、しかも患者さん自身は危険性を充分に聞かされていないケースが目立ちます。米国に追随してはいけません...。
米国は州によって法律が異なります。2016年11年に実施された住民投票で、多くの州で医療用のみならず嗜好用大麻が合法化されたことは過去のコラムで述べました。そして、大麻の成分CBD(カンナビジオール)でできた医薬品が重症のてんかんに有効であることをCDCが承認したことも過去のコラムで述べました。ある調査によると、米国成人の85%が医療大麻を、57%が嗜好大麻を支持しています。娯楽用どころか医療用大麻の検討すらおこなわれていない日本でも大麻の使用者(というより逮捕者)は増加傾向にあるようです。
支持者の間では、依存性も副作用も少ないのだからタバコやアルコールが合法で大麻が違法なのはおかしい、とよく言われますが、私も含めて医療者の間には安易な使用に抵抗のある者も少なくありません。この理由はこのサイトで繰り返し述べているので今回は繰り返しませんが、大麻よりも遥かに危険な違法薬物の話を今回はおこないます。それは「麻薬」です。
米国の医療情報提供サイト「HealthDay」が発表した「2018年の健康問題トップ9」のトップにくるのが麻薬汚染です。ちなみに、残りの8つのうち1つに「大麻使用者の増加」が挙げられています。残り7つは「電子タバコ利用者の増加」、「インフルエンザの脅威」「オバマケアが維持されたこと」「遺伝子をターゲットとした個別化がん治療」「レタスからの大腸菌感染」「がん検診の基準変更」「ポリオに似た原因不明の神経疾患」です。改めて9つを分類してみると、感染症が3つ、がん関連が2つ、制度が1つ、依存性薬物が3つ、ということになります。
麻薬がどれくらい恐ろしい薬物なのかについては、実はこのサイトの過去のコラムでも述べたことがあります。そのコラムでは、なぜ麻薬汚染がHIV感染の増加につながるかについて述べました。今回は、麻薬そのものの危険性を新しいデータなどをみながら再確認したいと思います。
その前に言葉を確認しておきましょう。「麻薬」とはケシ(opium)の実から抽出される天然のオピオイド及びオピオイドの合成化合物のことを指します。具体的にはモルヒネ、ヘロイン、コデイン、フェンタニルなどです。ただ、報道などではコカインやLSDが"麻薬"に分類されることもありますし、さらに文脈によっては覚醒剤や大麻まで含めて"麻薬"と呼ばれるようなこともあり混乱を招きやすいので、ここからは本来の麻薬のことを「オピオイド」で統一したいと思います。
「HealthDay」はCDC(米疾病対策センター)が2018年11月に発表したデータを引き合いに出しています。CDCのこのページだけでは分かりにくいので、これを解説した薬物依存のリハビリの団体「Recovery Village」のサイトを参照し特徴をまとめてみます。
CDCの報告によれば、2017年の一年間で薬物の過剰摂取で死亡した米国人は72,000人以上でこれは2016年から10%の上昇。そのうち68%(約48,000人)はオピオイドが原因です。2002年から比較するとオピオイドによる死亡者はおよそ4倍にもなっています。米国の平均寿命は3年連続で減少しており、その原因がオピオイドであることが指摘されています。オピオイドの中では、フェンタニルの過剰摂取による死亡が急増していることが問題視されています。
フェンタニルは、ヘロインの50倍、モルヒネの100倍とも言われる強力なオピオイドで、依存性や中毒性も突出しています。前回は、フレディ・マーキュリーをはじめとするエイズで他界したミュージシャンについての話をしましたが、薬物で亡くなるミュージシャンが多いのもまた事実です。そして、2016年に急死したプリンスの死因がフェンタニルだったと言われています。
薬物による死亡の危機は女性で深刻です。米国CDCの報告によれば、1999年から2017の間で、30~64歳の女性では薬物関連の死亡者が260%も増加しています(人口10万人あたり6.7人から24.3人への上昇、死亡者数でみれば4,314人から18,110人へと増加)。ここでいう薬物には、抗うつ薬、ベンゾジアゼピン(参照:太融寺町谷口医院「はやりの病気」第164回(2017年4月)「本当に危険なベンゾジアゼピン依存症」)、コカイン、ヘロインなども含まれますが、CDCはこの期間に合成オピオイドの医師による処方が大幅に増加したことを指摘しており、なかでも55~64歳への処方が急増していることを問題視しています。
オピオイドを摂取している女性が妊娠することもあり、当然新生児に影響を与えます。neonatal abstinence syndrome(通称「NAS」、日本語ではあまり使わない言葉で、あえて日本語にすると「新生児禁断症候群」)と呼ばれる様々な症状が生じますし、頭囲が小さくなることが報告されています。
女性→新生児だけではありません。小児から思春期の生徒の間でもオピオイド汚染が深刻となっています。1999年から2016の18年間に約9千人の小児または若年者(adolescents)が、薬物が原因で死亡していることが医学誌「JAMA」で報告されています。違法に入手した薬物もありますが、注目すべきは、(フェンタニルなどの)合成オピオイドの多さです。2014年から2016年の間、合計1,508人のオピオイドでの死亡があり、そのうち468人(31.0%)が合成オピオイドだというのです。
オピオイドはネイティブアメリカンの命も奪っています。CDCの報告によれば、2013年から2015年の間、ネイティブアメリカン(American IndianとAlaska Natives)のオピオイド過剰摂取の死亡率は、白人の2.7~4.1倍となっています。
ここでオピオイド依存症に陥る人はどうやってオピオイドを手に入れているのかを考えてみましょう。医師には職業上の倫理観がありますから、患者さんから頼まれても必要以上の処方はできません。オピオイド依存症になったきっかけが医師の最初の処方なのは事実ですが。オピオイドを求めて医療機関を渡り歩いて入手する人もいるでしょうが、これはすぐに発覚します。したがって、闇ルートで違法に入手することになるのですが、最近"裏の手"が流行している可能性が指摘されています。
それは「獣医からの入手」です。医学誌『JAMA』に掲載された論文によると、ペンシルバニア大学獣医学部で処方されたオピオイドは2007年から2017年で41%も増加しているのに対し、受診した動物は13%しか増えておらず、この理由として飼い主がオピオイドを使用している疑いが指摘されています。
さて、オピオイドが問題である理由のひとつは過去のコラムでも述べたようにHIV感染ですが、もちろんそれだけではありません。現在米国ではHIVだけではなく、オピオイド乱用に伴うC型肝炎ウイルス(以下HCV)も問題になっています。
医学誌『JAMA』に掲載された論文によると、HCV陽性のアメリカ人の半数以上は9つの州(カリフォルニア、テキサス、フロリダ、ニューヨーク、ペンシルバニア、オアイオ、ミシガン、テネシー、ノースカロライナ)に住んでいて、そのなかの5つ(ニューヨーク、ノースカロライナ、オハイオ、ペンシルバニア、テネシー)でオピオイド乱用が問題になっています。ちなみに、これら5つの州はアパラチア(Appalachian)地域と呼ばれる米国東部の地域です。
さて、過去のコラムで述べたように日本でもオピオイドが処方される機会が急増しており、しかも患者さん自身は危険性を充分に聞かされていないケースが目立ちます。米国に追随してはいけません...。
第150回(2018年12月)フレディだけじゃないHIVのミュージシャン
日本では2018年11月9日に公開された映画「ボヘミアン・ラプソディ」が記録的なヒットを続けています。私にとってこれは意外で、日本にはクイーンのファンがそんなにいたのかな、と疑問に感じたのですが、報道などによると、中高年だけでなく若い世代の間でも人気があるとか。
過去に、「LGBTには芸術家・アーティストが多い」ということを述べ、LGBTのミュージシャンについてのコラム(GINAと共に第141回(2018年3月)「美しき同性愛~その2」)を書きました。そのコラムで取り上げたアーティストは、私の個人的趣味からダンスミュージック中心となりました。今回のコラムでは、「HIVに感染したミュージシャン」について述べていきたいと思いますが、やはり個人的嗜好が大きく入ってしまっていることを先にお断りしておきます。
HIVに感染しそれをカムアウトしたミュージシャンで最も有名なのはやはりフレディ・マーキュリー(以下フレディ)で間違いないでしょう。ロックにはあまり興味のない私でさえ、ヒット曲をいくつか挙げることができます。フレディはタンザニアのザンジバル島出身で、生きていれば現在72歳になります。生きていれば60歳の誕生日を迎えた2006年9月5日には、世界各地で記念フェスティバルが開催されました(当時はこのサイトでも紹介しました)。
1991年11月24日、つまりフレディが他界した日には大きなニュースとなり、インターネットが普及していなかった当時でもその訃報は世界中に届けられました。私もこのときの報道は記憶に残っています。そして、フレディのエイズでの死亡がいくつものエイズ関係の基金設立になったと言われています。
フレディ以外でHIVに感染したミュージシャンをみていきましょう。以前、LGBTのコラムでも紹介したのがシルヴェスター(Sylvester)です。シルヴェスターの曲はおそらく一般のヒットチャートではさほど上がらなかったと思うのですが、当時ハイエナジーと呼ばれていたディスコサウンド界では有名で、代表曲「Do you wanna funk」は当時のマハラジャなどに通っていた人にはお馴染みのサウンドのはずです。シルヴェスターは、私がその存在を知った1987年にはすでにHIVに感染していることをカムアウトしており、88年にエイズで他界しました。
ブラックミュージックやラップフリークの間ではN.W.AのEazy-Eがエイズで他界したことは有名です。90年代当時「ギャングスター・ラップ」というジャンルが誕生しました。これは、イメージとしてはギャング出身のラッパーが物議をかもすような歌詞(といっても私には今もほとんど理解できませんが)をラップするのが特徴です。実際、薬物使用や売買で逮捕されたラッパーも少なくなく、Eazy-Eも経験があるはずです。この世界は人間関係も複雑で、誰と誰が仲が悪い、という話は絶えませんでした。
(おそらく)Eazy-Eよりも有名なスヌープ・ドッグ(Snoop Dogg)(「what's my name?」が最も有名でしょうか)とは犬猿の仲と言われていましたし、ワールド・クラス・レッキン・クルー(World Class Wreckin' Cru)のメンバーであったドクター・ドレー(Dr. Dre)とも相当仲が悪かったことは有名です。尚、ワールド・クラス・レッキン・クルーという名前に聞き覚えがないという人も、80年代後半のディスコフリークなら「The Fly」と言われれば、「あの曲!」と分かるのではないでしょうか。そう、アフリカ・アンド・ズールーキングズ(Afrika & The Zulu Kings)の「The Beach」やアキーム(Akeem The Dream)の「The Unbeatable Dream」などとよくミックスされていたあの曲です。ドクター・ドレー自らがラップをしている曲には有名なものがあまりないのですが、スヌープ・ドッグのファースト・アルバム「ドギー・スタイル(Doggystyle)」をプロデュースしていますし、2パック(2Pac)の「California Love」をプロデュースしているのもドクター・ドレーです。2パックはおそらく最も有名なギャングスター・ラッパーでしょう。
そして、これはwikipediaからの情報ですが、Eazy-Eがエイズで1995年に他界する直前に、電話でスヌープ・ドッグやドクター・ドレーと和解したそうです。尚、感染ルートはよく分かりませんが、薬物の静脈注射が原因ではないかという噂があります。
次に挙げたいのがジャーメイン・スチュワート(Jermaine Stewart)(以下ジャーメイン)です。おそらくジャーメインにはさほどヒットした曲がなく、ジャンルはR&Bのダンスミュージックですが、当時ダンスミュージックを聞き込んでいた私にもあまり印象に残っている曲がありません。にもかかわらず有名なのは、シャラマーと一緒に活動していた時期があったからだと思います。ジャーメインはゲイであることをカムアウトしており、HIVの感染源は公表されていないと思いますが、性感染ではないかとみられています。死亡したのは1997年、39歳時ですが、私が知ったのは他界してからであり、いつ頃からHIV感染を公表していたのかは分かりません。
私は一時サルサにハマっていたことがあります。1990年頃、クラブのフロアでかかるダンスミュージックに少し飽きていて違うジャンルのものが聴きたくなったのです。そのとき最も夢中になったアーティストがウィリー・コロン(Willie Colon)というトロンボーン奏者です。ウィリー・コロンはヴォーカルもつとめますが、トロンボーン奏者として他のヴォーカリストと共演することも多く、そのヴォーカリストで私が最も好きだったのがエクトル・ラボー(Hector Lavoe)です。現在の私はサルサにさほど詳しいわけではなく、これは私の想像に過ぎませんが、今もエクトル・ラボーは伝説的な存在ではないかと思います。そのエクトル・ラボーが他界したのが1993年。死因はエイズです。感染経路はおそらく違法薬物の静脈注射ではないかと言われています。
もうひとりだけ、HIVに感染したミュージシャンを紹介したいと思います。彼の名はポール・レカキス(Paul Lekakis)。この名前に聞き覚えがないという人も1987年にディスコ界で大ヒットした「Boom Boom」を聴けば思い出すでしょう。「Boom Boom」はイタリア系のレーベルから発売されたユーロビートだったため、イタリア人だと思っている人が多いのですが(私も長い間そう思っていました)、実はアメリカ人です。今回紹介した他のミュージシャンと異なり、彼は現在も生きています。また、バイセクシャルであることをカムアウトしておりHIVへの感染は性感染ではないかと言われています。
さて、今回HIVに感染したミュージシャンを紹介したのは、フレディ以外にもたくさんいるんですよ、ということを単に言いたかったからではありません。おそらくHIVに感染し公言していないミュージシャンは大勢いるでしょうし、他界してからも本人の意思を尊重し事実が伏せられていることもあるに違いありません。
では、なぜフレディはじめ今回紹介したミュージシャンたちは世間にHIV感染を公表したのでしょうか。全員が感染発覚後すぐにカムアウトしたわけではありません。実際、フレディも長い間公表しておらず、エイズを発症しているのではないかという噂が出てからも否定し続けていました。では、最期に公表したのはなぜなのでしょう。医療者には患者の死後も守秘義務が課せられますし、親族以外には死因を知らせないという選択肢もあったはずです。
にもかかわらず世間にカムアウトしたのは、「何かを訴えたかったから」ではないでしょうか。その「何か」は全員が同じではなく、その人それぞれのものがあるでしょう。映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観ながら、フレディにとっての「何か」を考えようと思っているのですが、なかなか時間が取れずにまだ映画館へ足を運ぶスケジュールが立てられずにいます。
過去に、「LGBTには芸術家・アーティストが多い」ということを述べ、LGBTのミュージシャンについてのコラム(GINAと共に第141回(2018年3月)「美しき同性愛~その2」)を書きました。そのコラムで取り上げたアーティストは、私の個人的趣味からダンスミュージック中心となりました。今回のコラムでは、「HIVに感染したミュージシャン」について述べていきたいと思いますが、やはり個人的嗜好が大きく入ってしまっていることを先にお断りしておきます。
HIVに感染しそれをカムアウトしたミュージシャンで最も有名なのはやはりフレディ・マーキュリー(以下フレディ)で間違いないでしょう。ロックにはあまり興味のない私でさえ、ヒット曲をいくつか挙げることができます。フレディはタンザニアのザンジバル島出身で、生きていれば現在72歳になります。生きていれば60歳の誕生日を迎えた2006年9月5日には、世界各地で記念フェスティバルが開催されました(当時はこのサイトでも紹介しました)。
1991年11月24日、つまりフレディが他界した日には大きなニュースとなり、インターネットが普及していなかった当時でもその訃報は世界中に届けられました。私もこのときの報道は記憶に残っています。そして、フレディのエイズでの死亡がいくつものエイズ関係の基金設立になったと言われています。
フレディ以外でHIVに感染したミュージシャンをみていきましょう。以前、LGBTのコラムでも紹介したのがシルヴェスター(Sylvester)です。シルヴェスターの曲はおそらく一般のヒットチャートではさほど上がらなかったと思うのですが、当時ハイエナジーと呼ばれていたディスコサウンド界では有名で、代表曲「Do you wanna funk」は当時のマハラジャなどに通っていた人にはお馴染みのサウンドのはずです。シルヴェスターは、私がその存在を知った1987年にはすでにHIVに感染していることをカムアウトしており、88年にエイズで他界しました。
ブラックミュージックやラップフリークの間ではN.W.AのEazy-Eがエイズで他界したことは有名です。90年代当時「ギャングスター・ラップ」というジャンルが誕生しました。これは、イメージとしてはギャング出身のラッパーが物議をかもすような歌詞(といっても私には今もほとんど理解できませんが)をラップするのが特徴です。実際、薬物使用や売買で逮捕されたラッパーも少なくなく、Eazy-Eも経験があるはずです。この世界は人間関係も複雑で、誰と誰が仲が悪い、という話は絶えませんでした。
(おそらく)Eazy-Eよりも有名なスヌープ・ドッグ(Snoop Dogg)(「what's my name?」が最も有名でしょうか)とは犬猿の仲と言われていましたし、ワールド・クラス・レッキン・クルー(World Class Wreckin' Cru)のメンバーであったドクター・ドレー(Dr. Dre)とも相当仲が悪かったことは有名です。尚、ワールド・クラス・レッキン・クルーという名前に聞き覚えがないという人も、80年代後半のディスコフリークなら「The Fly」と言われれば、「あの曲!」と分かるのではないでしょうか。そう、アフリカ・アンド・ズールーキングズ(Afrika & The Zulu Kings)の「The Beach」やアキーム(Akeem The Dream)の「The Unbeatable Dream」などとよくミックスされていたあの曲です。ドクター・ドレー自らがラップをしている曲には有名なものがあまりないのですが、スヌープ・ドッグのファースト・アルバム「ドギー・スタイル(Doggystyle)」をプロデュースしていますし、2パック(2Pac)の「California Love」をプロデュースしているのもドクター・ドレーです。2パックはおそらく最も有名なギャングスター・ラッパーでしょう。
そして、これはwikipediaからの情報ですが、Eazy-Eがエイズで1995年に他界する直前に、電話でスヌープ・ドッグやドクター・ドレーと和解したそうです。尚、感染ルートはよく分かりませんが、薬物の静脈注射が原因ではないかという噂があります。
次に挙げたいのがジャーメイン・スチュワート(Jermaine Stewart)(以下ジャーメイン)です。おそらくジャーメインにはさほどヒットした曲がなく、ジャンルはR&Bのダンスミュージックですが、当時ダンスミュージックを聞き込んでいた私にもあまり印象に残っている曲がありません。にもかかわらず有名なのは、シャラマーと一緒に活動していた時期があったからだと思います。ジャーメインはゲイであることをカムアウトしており、HIVの感染源は公表されていないと思いますが、性感染ではないかとみられています。死亡したのは1997年、39歳時ですが、私が知ったのは他界してからであり、いつ頃からHIV感染を公表していたのかは分かりません。
私は一時サルサにハマっていたことがあります。1990年頃、クラブのフロアでかかるダンスミュージックに少し飽きていて違うジャンルのものが聴きたくなったのです。そのとき最も夢中になったアーティストがウィリー・コロン(Willie Colon)というトロンボーン奏者です。ウィリー・コロンはヴォーカルもつとめますが、トロンボーン奏者として他のヴォーカリストと共演することも多く、そのヴォーカリストで私が最も好きだったのがエクトル・ラボー(Hector Lavoe)です。現在の私はサルサにさほど詳しいわけではなく、これは私の想像に過ぎませんが、今もエクトル・ラボーは伝説的な存在ではないかと思います。そのエクトル・ラボーが他界したのが1993年。死因はエイズです。感染経路はおそらく違法薬物の静脈注射ではないかと言われています。
もうひとりだけ、HIVに感染したミュージシャンを紹介したいと思います。彼の名はポール・レカキス(Paul Lekakis)。この名前に聞き覚えがないという人も1987年にディスコ界で大ヒットした「Boom Boom」を聴けば思い出すでしょう。「Boom Boom」はイタリア系のレーベルから発売されたユーロビートだったため、イタリア人だと思っている人が多いのですが(私も長い間そう思っていました)、実はアメリカ人です。今回紹介した他のミュージシャンと異なり、彼は現在も生きています。また、バイセクシャルであることをカムアウトしておりHIVへの感染は性感染ではないかと言われています。
さて、今回HIVに感染したミュージシャンを紹介したのは、フレディ以外にもたくさんいるんですよ、ということを単に言いたかったからではありません。おそらくHIVに感染し公言していないミュージシャンは大勢いるでしょうし、他界してからも本人の意思を尊重し事実が伏せられていることもあるに違いありません。
では、なぜフレディはじめ今回紹介したミュージシャンたちは世間にHIV感染を公表したのでしょうか。全員が感染発覚後すぐにカムアウトしたわけではありません。実際、フレディも長い間公表しておらず、エイズを発症しているのではないかという噂が出てからも否定し続けていました。では、最期に公表したのはなぜなのでしょう。医療者には患者の死後も守秘義務が課せられますし、親族以外には死因を知らせないという選択肢もあったはずです。
にもかかわらず世間にカムアウトしたのは、「何かを訴えたかったから」ではないでしょうか。その「何か」は全員が同じではなく、その人それぞれのものがあるでしょう。映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観ながら、フレディにとっての「何か」を考えようと思っているのですが、なかなか時間が取れずにまだ映画館へ足を運ぶスケジュールが立てられずにいます。
第149回(2018年11月) 許されざる同性愛者の罪
今回は一部の同性愛者を非難する内容です。
セクシャルマイノリティ(LGBT)を理解するよう努め、偏見をなくさなければならない、ということを私はこれまでいろんなところでさんざん言い続けてきました。悪意のある差別は言うまでもなく、悪意はなくても結果として当事者が傷ついてしまう場合もあるということも伝えてきました。逆差別はしませんし、「放っておいてくれ」と言う当事者の人もいますが、世間の無知と誤解のせいで苦しんでいるセクシャルマイノリティの人たちに対して無関心でいることが私にはできません。
ですが、その逆に当事者の人たちがストレートの人たちを傷つけているとすれば、しかもその人の生涯を踏みにじる行為をしたとすればどうでしょう。このことを考えるきっかけになった数年前に診た症例を紹介したいと思います。
それは一部上場の巨大企業で管理職に就く50代の男性。身なりもさわやかで話もうまく、どこからみても人望があり人の上に立つ紳士という感じです。持参された人間ドックの結果の説明をするなかで、梅毒に感染している可能性のあることが分かりました。こうなると性生活の話をしないわけにはいきません。性行為の相手は男性だけど(女性と)結婚していると言います。奥さんとの性行為はまったくないどころか、奥さんの体に触れたことすら過去20年以上ほとんどないそうです。さらに、自身の性指向が男性(つまりゲイ)であることを奥さんに隠していると言うのです。
この奥さんが私の元を訪れたわけではなく、話を聞けたわけではありません。もちろん夫婦には様々なかたちがあってもかまわないわけで、幸せだと感じているふたりの間に入る権利は誰にもありません。ですがこのケース、奥さんはこれでいいのでしょうか。
「同妻」は(おそらく)日本にはない言葉です。中国語として広く人口に膾炙しているこの言葉、アルファベットではTongqiと書きます。意味は「ゲイと結婚しているストレートの女性」です。中国語で「同志」と言えば本来は共産主義革命の「同志」のことですが、現代では同性愛者のことを指します。その「同志」と結婚している女性だから「同妻」と呼ばれるそうです。結婚後に自分の夫がゲイであったことを知った女性が絶望感に苛まれ自らの命を絶つ事件も中国のメディアでときどき報道されています。
中国のLGBT研究の第一人者と言われている青島大学医学部元教授のZhang Beichuan氏によれば、中国にはゲイの男性がおよそ2千万人存在し、その8割がストレートの女性を騙し偽りの結婚をし、被害にあった(あっている)(trapped in false marriages)ストレートの女性は少なくとも1,400万人に上ると、ChinaDaily.com.cnが報じています。
同妻はここ数年、中国全体でクローズアップされており、2015年には同妻をテーマにした北京理工大学珠海学院の学生が作製した映画も公開されています。
セックスがさほど好きでないという女性もいるかもしれませんが、自分の夫の性指向が男性であり、自分は身体に触れてもらえないと知ったときの絶望感は計り知れません。これだけでも騙したゲイの男性を憎みたくなりますが、問題はまだあります。
ゲイと同妻の間には子供がいることが少なくありません。これは養子をもらったという意味ではなくて、ゲイ男性が(本当はしたくない)セックスをして子供をもうけるからです。なぜ、したくないセックスをしてまで子供をつくるかというと、結婚の目的が自分の子孫を残すためだからです。中国では伝統的に親の面倒は子供がみるという社会規範があり、また(日本の年金や生活保護の制度のような)公的支援が望めませんから、自身の老後のために子供が必要と考えるのです。さらに、社会での地位を安定、向上させるためには結婚して子供がいなければならないと考える人も多いと聞きます。
さて、このような関係で生まれた子供は自身の存在をどのように思うのでしょうか。子供自身は親のセクシャリティなど気にしないと考える人もいるかもしれませんが、母親、つまり騙されて結婚しセックスし子を産んだストレートの女性はそうは思いません。自分の子供に本当のことを伝えるべきか否かに悩み苦しむことは想像に難くありません。事実を知らされたときにすんなり受け止める子供ばかりではないでしょう。父親のセクシャリティと自身の出生の真実を知ったことがきっかけで精神を病んでしまう人もいるかもしれません。
問題はまだあります。女性を主な対象とした米国のメディア「Broadly」が報じたZhang Beichuan元教授のコメントによれば、同妻の性感染症罹患率はなんと3割以上です。そしてその多くが、自身が夫から感染症をうつされたことがきっかけで夫の「真のパートナー」が男性であることを知るというのです。そして、HIV検査を受けた同妻のうち、5.6%がすでにHIVに感染していたという論文もあります。
同妻の精神状態が良くないことは想像に難くありません。CHINADAILYによれば、夫からの性的無関心(sexual apathy)が恒常化し、9割の同妻がDV(domestic violence)の被害者となっています。ある論文によると、同妻の90%が抑うつ状態となり、40%が自殺企図を持ち、10%が実際に自殺を試みています。
ここで中国の同性愛の「歴史」を簡単に振り返っておきましょう。中国では伝統的な規範により同性愛が長らく禁じられてきました。実際、1997年までは「流氓罪」という厳しい罰則が課せられる犯罪と見なされてきました。2001年までは、同性愛は精神疾患の扱いで矯正治療の対象とされていました。現在は次第にセクシャルマイノリティを受け入れる社会になりつつあるという声もありますが、Pew Research Centerの2013年11月の報告によれば、「社会が同性愛を受け入れるべきだ」と答えた中国人は21%のみです(ちなみに日本は54%)。逆に「受け入れるべきでない」と答えた中国人は57%に上ります(日本は36%)。
先述したように現在中国には約2千万人のゲイがいて、その8割がストレートの女性を騙して結婚、騙された女性は少なくとも1,400万人にのぼるというのですから、これを看過するわけにはいきません。こうなると、この逆のパターン、つまりレズビアンの女性がストレートの男性を"騙して"結婚する例がどれくらいになるのかも知りたいところです。
レズビアンの女性に"騙されて"結婚したストレートの男性は同夫(tongfu)と呼ばれます。同妻に比べて同夫の実態はよく分かっておらず信頼できるデータがありません。しかし、「The New York Times」が興味深い報告をしています。同紙によると、中国の同夫は200~400万人は存在するようです。興味深いことに、境遇は同妻よりは良く、性感染症をレズビアンの妻からうつされる可能性はその逆のパターンよりも少なく、また、男性の方が経済的に独立しやすいことから同妻よりも離婚に踏み切りやすいことも指摘されています。DVの被害者は同妻よりもずっと少ないでしょう。
さて、日本ではどうでしょうか。実は過去のコラムで少しだけ中国の同妻について触れたことがあります。そのときは中国と同じ割合で日本に同妻がいるとすれば単純計算で150万人もの女性がゲイの男性と結婚していることになると述べました。セックスレスで悩んでいるという男女は少なくなく、「配偶者をセックスの対象とみなせない」という声もありますが(これについては過去のコラムで述べました)、その逆に「パートナーが誘ってくれない」という声もちらほらとあります。
あなたのパートナーが同妻または同夫でないと言い切れるでしょうか。そして性感染症の心配は不要でしょうか。中国の同妻は性交渉がわずかしかないのにもかかわらず3人に1人が何らかの性感染症に罹患し、20人に1人以上がHIV陽性なのです。
セクシャルマイノリティ(LGBT)を理解するよう努め、偏見をなくさなければならない、ということを私はこれまでいろんなところでさんざん言い続けてきました。悪意のある差別は言うまでもなく、悪意はなくても結果として当事者が傷ついてしまう場合もあるということも伝えてきました。逆差別はしませんし、「放っておいてくれ」と言う当事者の人もいますが、世間の無知と誤解のせいで苦しんでいるセクシャルマイノリティの人たちに対して無関心でいることが私にはできません。
ですが、その逆に当事者の人たちがストレートの人たちを傷つけているとすれば、しかもその人の生涯を踏みにじる行為をしたとすればどうでしょう。このことを考えるきっかけになった数年前に診た症例を紹介したいと思います。
それは一部上場の巨大企業で管理職に就く50代の男性。身なりもさわやかで話もうまく、どこからみても人望があり人の上に立つ紳士という感じです。持参された人間ドックの結果の説明をするなかで、梅毒に感染している可能性のあることが分かりました。こうなると性生活の話をしないわけにはいきません。性行為の相手は男性だけど(女性と)結婚していると言います。奥さんとの性行為はまったくないどころか、奥さんの体に触れたことすら過去20年以上ほとんどないそうです。さらに、自身の性指向が男性(つまりゲイ)であることを奥さんに隠していると言うのです。
この奥さんが私の元を訪れたわけではなく、話を聞けたわけではありません。もちろん夫婦には様々なかたちがあってもかまわないわけで、幸せだと感じているふたりの間に入る権利は誰にもありません。ですがこのケース、奥さんはこれでいいのでしょうか。
「同妻」は(おそらく)日本にはない言葉です。中国語として広く人口に膾炙しているこの言葉、アルファベットではTongqiと書きます。意味は「ゲイと結婚しているストレートの女性」です。中国語で「同志」と言えば本来は共産主義革命の「同志」のことですが、現代では同性愛者のことを指します。その「同志」と結婚している女性だから「同妻」と呼ばれるそうです。結婚後に自分の夫がゲイであったことを知った女性が絶望感に苛まれ自らの命を絶つ事件も中国のメディアでときどき報道されています。
中国のLGBT研究の第一人者と言われている青島大学医学部元教授のZhang Beichuan氏によれば、中国にはゲイの男性がおよそ2千万人存在し、その8割がストレートの女性を騙し偽りの結婚をし、被害にあった(あっている)(trapped in false marriages)ストレートの女性は少なくとも1,400万人に上ると、ChinaDaily.com.cnが報じています。
同妻はここ数年、中国全体でクローズアップされており、2015年には同妻をテーマにした北京理工大学珠海学院の学生が作製した映画も公開されています。
セックスがさほど好きでないという女性もいるかもしれませんが、自分の夫の性指向が男性であり、自分は身体に触れてもらえないと知ったときの絶望感は計り知れません。これだけでも騙したゲイの男性を憎みたくなりますが、問題はまだあります。
ゲイと同妻の間には子供がいることが少なくありません。これは養子をもらったという意味ではなくて、ゲイ男性が(本当はしたくない)セックスをして子供をもうけるからです。なぜ、したくないセックスをしてまで子供をつくるかというと、結婚の目的が自分の子孫を残すためだからです。中国では伝統的に親の面倒は子供がみるという社会規範があり、また(日本の年金や生活保護の制度のような)公的支援が望めませんから、自身の老後のために子供が必要と考えるのです。さらに、社会での地位を安定、向上させるためには結婚して子供がいなければならないと考える人も多いと聞きます。
さて、このような関係で生まれた子供は自身の存在をどのように思うのでしょうか。子供自身は親のセクシャリティなど気にしないと考える人もいるかもしれませんが、母親、つまり騙されて結婚しセックスし子を産んだストレートの女性はそうは思いません。自分の子供に本当のことを伝えるべきか否かに悩み苦しむことは想像に難くありません。事実を知らされたときにすんなり受け止める子供ばかりではないでしょう。父親のセクシャリティと自身の出生の真実を知ったことがきっかけで精神を病んでしまう人もいるかもしれません。
問題はまだあります。女性を主な対象とした米国のメディア「Broadly」が報じたZhang Beichuan元教授のコメントによれば、同妻の性感染症罹患率はなんと3割以上です。そしてその多くが、自身が夫から感染症をうつされたことがきっかけで夫の「真のパートナー」が男性であることを知るというのです。そして、HIV検査を受けた同妻のうち、5.6%がすでにHIVに感染していたという論文もあります。
同妻の精神状態が良くないことは想像に難くありません。CHINADAILYによれば、夫からの性的無関心(sexual apathy)が恒常化し、9割の同妻がDV(domestic violence)の被害者となっています。ある論文によると、同妻の90%が抑うつ状態となり、40%が自殺企図を持ち、10%が実際に自殺を試みています。
ここで中国の同性愛の「歴史」を簡単に振り返っておきましょう。中国では伝統的な規範により同性愛が長らく禁じられてきました。実際、1997年までは「流氓罪」という厳しい罰則が課せられる犯罪と見なされてきました。2001年までは、同性愛は精神疾患の扱いで矯正治療の対象とされていました。現在は次第にセクシャルマイノリティを受け入れる社会になりつつあるという声もありますが、Pew Research Centerの2013年11月の報告によれば、「社会が同性愛を受け入れるべきだ」と答えた中国人は21%のみです(ちなみに日本は54%)。逆に「受け入れるべきでない」と答えた中国人は57%に上ります(日本は36%)。
先述したように現在中国には約2千万人のゲイがいて、その8割がストレートの女性を騙して結婚、騙された女性は少なくとも1,400万人にのぼるというのですから、これを看過するわけにはいきません。こうなると、この逆のパターン、つまりレズビアンの女性がストレートの男性を"騙して"結婚する例がどれくらいになるのかも知りたいところです。
レズビアンの女性に"騙されて"結婚したストレートの男性は同夫(tongfu)と呼ばれます。同妻に比べて同夫の実態はよく分かっておらず信頼できるデータがありません。しかし、「The New York Times」が興味深い報告をしています。同紙によると、中国の同夫は200~400万人は存在するようです。興味深いことに、境遇は同妻よりは良く、性感染症をレズビアンの妻からうつされる可能性はその逆のパターンよりも少なく、また、男性の方が経済的に独立しやすいことから同妻よりも離婚に踏み切りやすいことも指摘されています。DVの被害者は同妻よりもずっと少ないでしょう。
さて、日本ではどうでしょうか。実は過去のコラムで少しだけ中国の同妻について触れたことがあります。そのときは中国と同じ割合で日本に同妻がいるとすれば単純計算で150万人もの女性がゲイの男性と結婚していることになると述べました。セックスレスで悩んでいるという男女は少なくなく、「配偶者をセックスの対象とみなせない」という声もありますが(これについては過去のコラムで述べました)、その逆に「パートナーが誘ってくれない」という声もちらほらとあります。
あなたのパートナーが同妻または同夫でないと言い切れるでしょうか。そして性感染症の心配は不要でしょうか。中国の同妻は性交渉がわずかしかないのにもかかわらず3人に1人が何らかの性感染症に罹患し、20人に1人以上がHIV陽性なのです。