GINAと共に

第143回(2018年5月) これからの「大麻」の話をしよう~その3~

 前回、大麻について取り上げたのは2016年12月(これからの「大麻」の話をしよう~その2~)でした。そのときに、嗜好大麻も含めて完全合法の国はウルグアイだけだが、2017年にはカナダでも「完全合法化」されるだろう、と述べました。結果として2017年中には実現しませんでしたが、この夏(2018年7月)にはついに実行されそうです。

 一方、大麻が日本で合法化される見込みはほとんどありません。しかし、それでいいのでしょうか。少なくとも「医療用大麻」としてはいくつかの疾患に有用(しかも極めて有用)の可能性があり、もしもあなたが「該当する疾患」に罹患したとすれば、治療の選択肢のひとつに考えてもいいと思います。今回はそういった話をしたいと思いますが、まずは基本的事項をおさらいしておきましょう。

 前回の大麻のコラムでも述べたように、大麻には多くの化学物質が含まれており、総称を「カンナビノイド」と呼びます。カンナビノイドのうち重要なのがTHC(テトラヒドロカンナビノール)とCBD(カンナビジオール)で、嗜好物質がTHC、医薬品として用いられているのがCBDです。嗜好物質というのは要するに、摂取すれば穏やかで平和的な気分になる物質です。大麻は「ハイ」になると言われることがありますが(英語でもproduce a highと表現されることがあります)、覚醒剤やコカインとは異なり、多幸感から明るく陽気になることはあるものの、身体がだらんとして、動きづらくなり、白い壁がピンクや紫に見えたり、例えば雲のかたちが動物などに見えたりします。

 CBDは医薬品として海外のいくつかの国や地域で認められており、最も進んでいるのがイギリスです。大麻というと、アメリカのいくつかの州で合法化、ウルグアイは完全合法、オランダでは昔から「コーヒーショップ」で外国人も吸入できる、インドは格安で楽しめて一応違法だがまず捕まらない、...、などいろいろと言われますが、医療大麻で言えば最も進んでいるのはイギリスです。

 ちなみに、大麻全体でみれば今後生産量が急増するのは中国ではないかと私はみています。現在中国では医療用も含めて大麻は非合法ですが、輸出用の産業用大麻(後述するようにこれがCBDの原料になります)の栽培が急増していると聞きます。元々「麻」はどのような環境でも(日本も含めて)育ちますから、中国の土地が肥沃でない貧しい地域の産業にうってつけです。また、これは私が過去にタイで知り合った日本人から聞いた話ですが、中国の雲南省では(THCを多く含む)大麻草が自然に生えているそうです。

 話をイギリスに戻します。イギリスの製薬会社「GWファーマシューティカルズ社」が発売している「サティベックス(sativex)」はカンナビノイド口腔スプレーで、THCとCBDが1:1で配合されています。そして本国イギリスのみならず、世界のいくつかの国で多発性硬化症(難治性の神経疾患)やがんの症状緩和に対して使われています。副作用の報告もほとんどないそうです。実はこの薬品、日本の大塚製薬も米国で販売に乗り出そうとしたことがあります。同社のウェブサイトに米国でのライセンス契約についての記事があります。ですが、現在この製品は米国では認可されていません。

 サティベックスにはTHCも含まれていますが、同社が発売している「エピディオレックス(Epidiolex)」はCBDのみの製剤です。そして難治性のてんかん「レノックス・ガストー症候群」に対しての有効性が実証されています。サティベックスとは異なり、こちらは米国でも近日中に承認される見込みとなってきました。CNNもそのように報道しています。

 過去にも述べたように、私は嗜好品としての大麻(THC)の全面解禁には反対です。アルコールやタバコよりも害が少ないのは認めるとしても、やる気が起こらなくなり、勤勉さが失われるからです。また、大麻摂取後の運転には絶対反対です。

 ですが、現在の日本のように、THCとCBDの違いを議論することなく、「大麻合法化などとにかく俎上にも上げない」という態度がすごくナンセンスなように思えます。官僚のみならずほとんどの政治家や学者も同じです。医療者でさえも、医療大麻を語る者はほとんどいません。なにしろ、日本では1948年に制定された大麻取締法で、医療への使用が研究も含めて厳しく禁止されているのです。同法第4条には禁止事項として「大麻から製造された医薬品を施用し、又は施用のため交付すること」「大麻から製造された医薬品の施用を受けること」が挙げられています。

 さて、嗜好用大麻と医療用大麻、これから世界中でより使用者が増えるのはどちらでしょうか。該当する人口から考えて、難治性疾患を患っている人が「治療」に用いるよりも健康な人が気分よくなるために使用することの方が多いのではないか、と思えますが、そうでもないようです。

 興味深い記事を紹介しましょう。「The New York Times」2018年5月14日の記事「Marijuana Growers Turning to Hemp as CBD Extract Explodes」(マリファナ栽培者、CBD目的で麻に転換)では、オレゴン州の大麻栽培者は嗜好用大麻(マリファナ)から医療用大麻へ切り替えているそうです。医療用大麻はTHCがほとんど含まれていない「麻(hemp)」から精製します。一方、嗜好用大麻は別の大麻草から精製されます。報道によれば、オレゴン州では、嗜好用大麻用に栽培していた大麻草を「破棄」して、CBD目的に麻を植え替えている農家が急増しています。嗜好用大麻の価格は大幅に下落しており、2015年にはマリファナ1グラムが14ドルだったのが、現在(2018年)7ドルにまで下がっているというのです。

 そして、その逆にCBDの需要が増加しています。もっとも、CBDは狭い意味の医薬品としてだけでなく、化粧品や健康食品としても製品化されています。先述した米国でのエピディオレックスの承認もあいまって、今後米国ではTHCよりもCBDがますます注目されていくでしょう。この夏からカナダでは嗜好用も含めて大麻が全面解禁となるわけですから、日本は大きく取り残されていくことになります。

 さて、そんななか日本人は何をすればいいのでしょうか。私としては、日本で(医療大麻も含めて)大麻解禁の運動を起こすつもりはありません。いずれ日本でも医療大麻が使われる時代が来るかもしれませんが待ってられません。大麻取締法を改訂するのに相当の年月を要するのは自明だからです。

 私としては、難治性の疾患、それは先に述べた多発性硬化症やてんかんのみならず、慢性の疼痛があって日常生活が困難な人や、うつ病など精神疾患を有している人、あるいはHIVが重症化している人などに、今後「医療大麻目的の海外渡航」を検討してもらいたいと考えています。HIVは確かに抗HIV薬の普及でコントロールできる時代となりました。ですが、以前紹介したHAND(HIV-associated neurocognitive disorders、HIV関連神経認知障害)のように脳神経への障害は止められない可能性があり、一方では(現時点でのエビデンスは少ないですが)医療用大麻はこういった症状への効果も期待されています。

 もちろん海外で治療を受けるには「壁」がいくつもあります。医療用大麻が合法化されている国に渡航したとしても、外国人には処方が許されるか、という問題もあれば費用についても考えなければなりません。他の薬は日本で処方されるわけですから、日本との往復を頻繁にしなければなりません。

 私はGINAを設立する以前から大麻解禁に"反対"でした。このサイトで何度も述べたように大麻はハードドラッグの入り口になることがあり、そのハードドラッグの針の使いまわしでHIVに感染した人や人生を台無しにした人を何人もみてきたからです。ですが、現在は、進行したHIVに対してその大麻を治療に使えないかを思案しているというわけです。

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参考:GINAと共に
第126回(2016年12月)「これからの「大麻」の話をしよう~その2~」
第97回(2014年7月)「これからの「大麻」の話をしよう」
第29回(2008年11月)「大麻の危険性とマスコミの責任」