GINAと共に
第220回(2024年10月) 新しいPrEPと世界から取り残される日本
前回に引き続き今回もPrEPの話をします。今年の8月、日本でもようやくツルバダ(TDF/FTC)の先発品がPrEPとして使用できることが認められたわけですが、価格は1錠2,442円(税抜き)もしますから、ほとんどの日本人には現実的ではないという話を前回しました。他方、世界ではツルバダはもう古くて、年に2回注射するだけでほぼ100%の感染を防げる、つまりツルバダなどよりも極めて良質なPrEPが実施されつつあり話題を呼んでいます。いわば、日本は周回遅れどころか、5周回ほどの遅れをとっているわけです。今回は、世界で広がり始めたPrEPの新しい方法を紹介し、日本の実情と比較してみましょう。
まずは世界のPrEPの歴史を振り返ってみましょう(一部は前回のコラムと重なりますが重要な点は再度記します)。
★2011年7月17日 医学誌The LANCETに「抗レトロウイルス予防法:HIVのコントロールの決定的瞬間(Antiretroviral prophylaxis: a defining moment in HIV control)」が掲載され、ツルバダによるPrEPの有用性が紹介された
★2012年7月16日 米国FDAがツルバダをPrEPとして承認。対象は「ハイリスクの成人(adults at high risk)」とされ性自認・性指向に関わらず推奨された
★2015年9月1日 WHOがPrEPのガイドラインを発表し、ツルバダによるPrEPの有効性と安全性が確立された
★2018年7月20日 UNAIDSがU=Uを発表。これによりunprocted sexでも治療を受けているHIV陽性者からの感染は起こらないことへのコンセンサスが得られた(しかし、PrEPは廃れなかった)
★2019年10月3日 米国FDAがデシコビ(TAF/FTC)をPrEPとしての使用を承認した。ただし対象は(生物学的)男性のみで、女性(及び自身の膣を用いた性交渉をする人)には推奨されなかった。これにより、(生物学的)男性はツルバダ、デシコビの双方を服用できる一方で、女性(及び自身の膣を用いた性交渉をする人)はツルバダのみが使えることになった。
★2021年12月20日 米国FDAがボカブリア(=カボテグラビル=CAB)をPrEPとして承認した。ボカブリアの有用性を示した下記の2つの試験が紹介された
〇試験1:男性と性行為をするシスジェンダーの男性(≒MSM)とトランス女性4,566人がボカブリアまたはツルバダを用いてPrEPを実施。結果、グループA(ボカブリアのグループ)はグループB(ツルバダ内服グループ)よりもHIV感染リスクが69%低下していた
〇試験2:シスジェンダーの女性(性自認と生物学的性のいずれも女性)3,224人を対象に、グループ毎にHIV感染の有無が調べられた。結果、グループAはグループBに比べ、HIVに感染するリスクが90%低いことがわかった
・グループA:ボカブリアの内服(注:ボカブリアは注射と内服の双方がある)を4週間毎日服用し、その後2か月毎にボカブリアの注射を実施
・グループB:毎日ツルバダを内服
★2024年6月20日 ギリアド社が同社製のレナカパビル(=シュンレンカ=LEN)の臨床試験「PURPOSE1」の結果を発表。南アフリカの25か所とウガンダの3か所で、16~25歳のシスジェンダーの女性と少女5,338人を対象に有効性が検証された
・年2回のレナカパビル皮下注射 → HIVに感染したのは0人
・1日1回のデシコビ内服 → 1年間で100人あたり2.02人が感染した
・1日1回のツルバダ内服 → 1年間で100人あたり1.69人が感染した
★2024年10月7日 ギリアド社がレナカパビルの臨床試験「PURPOSE2」の結果を発表。対象者は米国、南アフリカ、ペルー、ブラジル、メキシコ、アルゼンチン、タイのいずれかに在住の「生物学的性及び性自認のいずれもが男性の男性と性行為をもつ人(≒MSM)」、トランス女性、トランス男性、ノンバイナリーのいずれか。結果、レナカパビルはツルバダより89%有効性が高いという結果が得られた
・年2回のレナカパビル皮下注射:2,179人の参加者のうち2人が感染
・1日1回のツルバダ内服:1,086人中9人が感染
★2024年8月28日 日本でツルバダがPrEPとして承認された
PrEPとしてのレナカパビルの使用は現時点ではまだFDAから承認されているわけではありませんが、2025年中には実現化するのではないかとみられています。臨床試験はPURPOSE5まで続けられる予定です。
このように世界の流れを振り返れば「日本のPrEPは周回どころか5周回ほど遅れている」ことがよく分かると思います。世界的には「内服PrEPはもう古い。これからは2ヶ月または半年に一度の注射の時代だ!」という流れに以降しつつあるのに、日本ではようやくツルバダが承認されたばかり。米国では2012年7月16日に起こった出来事が、日本では12年以上遅れた2024年8月28日にようやく実現した、かにみえます。これから遅れを取り戻すことができるのでしょうか。
それは絶望的です。なぜなら、12年遅れで承認されたといっても、日本の対策ではほとんど誰も処方を希望しないからです。米国も日本と同様ツルバダの先発品は高価で、そのままの値段ならほとんどの人が恩恵を受けられません。そこで政府や保険会社などが費用を負担し、事実上無料から1日1ドル程度でPrEPの処方を受けることができるのです。日本は承認されたのはいいのですが、費用を誰が負担するかということに関しては議論が始まってさえいません。いったい誰が1日2,700円もの費用を捻出し続けることができるというのでしょう。
ついこの間まで、谷口医院ではツルバダの輸入後発品を扱っていましたから、希望する人(特に女性)には処方していました。ですが、すでに在庫をつき、現在処方できるのはデシコビ(TAF/FTC)の後発品だけとなりました。しかし、上記にもあるように米国FDAはデシコビのPrEPとしての女性への使用を承認していませんから、失敗のリスクを考えると女性にデシコビは処方しにくいのです。
尚、谷口医院では希望者がいればツルバダの先発品(月額80,600円)、ボカブリア(1回307,160円)、シュンレンカ(1回3,530,000円)も処方できますが、現時点で希望者はいません。他方、デシコビ(TAF/FTC)は希望者は次第に増加し、輸入の仕入れ量が増えたおかげで値段はどんどん下がってきています。次回の仕入れからは月額5,500円で処方できそうです。しかし、あるべき姿は廉価な国内品が承認・発売されることに他なりません。
参考:
TIC谷口医院の<PrEP(曝露前予防)について>
GINAと共に
第61回(2011年7月)「緊急避妊と抗HIV薬予防投与」
第113回(2015年11月)「HIV治療の転換~直ちに投薬、PEP、PrEP~後編」
第119回(2016年5月)「PEP、PrEPは日本で普及するか」
第174回(2020年12月)「PrEPとU=Uは矛盾するのか」
第175回(2021年1月)「ついに日本でもPrEPが普及する兆し
第184回(2021年10月)「PrEPについての2つの誤解」
第214回(2024年4月)「HIVのPrEPの失敗例」
第219回(2024年9月)「ツルバダのPrEP認可でPrEPはかえって普及しなくなった」
まずは世界のPrEPの歴史を振り返ってみましょう(一部は前回のコラムと重なりますが重要な点は再度記します)。
★2011年7月17日 医学誌The LANCETに「抗レトロウイルス予防法:HIVのコントロールの決定的瞬間(Antiretroviral prophylaxis: a defining moment in HIV control)」が掲載され、ツルバダによるPrEPの有用性が紹介された
★2012年7月16日 米国FDAがツルバダをPrEPとして承認。対象は「ハイリスクの成人(adults at high risk)」とされ性自認・性指向に関わらず推奨された
★2015年9月1日 WHOがPrEPのガイドラインを発表し、ツルバダによるPrEPの有効性と安全性が確立された
★2018年7月20日 UNAIDSがU=Uを発表。これによりunprocted sexでも治療を受けているHIV陽性者からの感染は起こらないことへのコンセンサスが得られた(しかし、PrEPは廃れなかった)
★2019年10月3日 米国FDAがデシコビ(TAF/FTC)をPrEPとしての使用を承認した。ただし対象は(生物学的)男性のみで、女性(及び自身の膣を用いた性交渉をする人)には推奨されなかった。これにより、(生物学的)男性はツルバダ、デシコビの双方を服用できる一方で、女性(及び自身の膣を用いた性交渉をする人)はツルバダのみが使えることになった。
★2021年12月20日 米国FDAがボカブリア(=カボテグラビル=CAB)をPrEPとして承認した。ボカブリアの有用性を示した下記の2つの試験が紹介された
〇試験1:男性と性行為をするシスジェンダーの男性(≒MSM)とトランス女性4,566人がボカブリアまたはツルバダを用いてPrEPを実施。結果、グループA(ボカブリアのグループ)はグループB(ツルバダ内服グループ)よりもHIV感染リスクが69%低下していた
〇試験2:シスジェンダーの女性(性自認と生物学的性のいずれも女性)3,224人を対象に、グループ毎にHIV感染の有無が調べられた。結果、グループAはグループBに比べ、HIVに感染するリスクが90%低いことがわかった
・グループA:ボカブリアの内服(注:ボカブリアは注射と内服の双方がある)を4週間毎日服用し、その後2か月毎にボカブリアの注射を実施
・グループB:毎日ツルバダを内服
★2024年6月20日 ギリアド社が同社製のレナカパビル(=シュンレンカ=LEN)の臨床試験「PURPOSE1」の結果を発表。南アフリカの25か所とウガンダの3か所で、16~25歳のシスジェンダーの女性と少女5,338人を対象に有効性が検証された
・年2回のレナカパビル皮下注射 → HIVに感染したのは0人
・1日1回のデシコビ内服 → 1年間で100人あたり2.02人が感染した
・1日1回のツルバダ内服 → 1年間で100人あたり1.69人が感染した
★2024年10月7日 ギリアド社がレナカパビルの臨床試験「PURPOSE2」の結果を発表。対象者は米国、南アフリカ、ペルー、ブラジル、メキシコ、アルゼンチン、タイのいずれかに在住の「生物学的性及び性自認のいずれもが男性の男性と性行為をもつ人(≒MSM)」、トランス女性、トランス男性、ノンバイナリーのいずれか。結果、レナカパビルはツルバダより89%有効性が高いという結果が得られた
・年2回のレナカパビル皮下注射:2,179人の参加者のうち2人が感染
・1日1回のツルバダ内服:1,086人中9人が感染
★2024年8月28日 日本でツルバダがPrEPとして承認された
PrEPとしてのレナカパビルの使用は現時点ではまだFDAから承認されているわけではありませんが、2025年中には実現化するのではないかとみられています。臨床試験はPURPOSE5まで続けられる予定です。
このように世界の流れを振り返れば「日本のPrEPは周回どころか5周回ほど遅れている」ことがよく分かると思います。世界的には「内服PrEPはもう古い。これからは2ヶ月または半年に一度の注射の時代だ!」という流れに以降しつつあるのに、日本ではようやくツルバダが承認されたばかり。米国では2012年7月16日に起こった出来事が、日本では12年以上遅れた2024年8月28日にようやく実現した、かにみえます。これから遅れを取り戻すことができるのでしょうか。
それは絶望的です。なぜなら、12年遅れで承認されたといっても、日本の対策ではほとんど誰も処方を希望しないからです。米国も日本と同様ツルバダの先発品は高価で、そのままの値段ならほとんどの人が恩恵を受けられません。そこで政府や保険会社などが費用を負担し、事実上無料から1日1ドル程度でPrEPの処方を受けることができるのです。日本は承認されたのはいいのですが、費用を誰が負担するかということに関しては議論が始まってさえいません。いったい誰が1日2,700円もの費用を捻出し続けることができるというのでしょう。
ついこの間まで、谷口医院ではツルバダの輸入後発品を扱っていましたから、希望する人(特に女性)には処方していました。ですが、すでに在庫をつき、現在処方できるのはデシコビ(TAF/FTC)の後発品だけとなりました。しかし、上記にもあるように米国FDAはデシコビのPrEPとしての女性への使用を承認していませんから、失敗のリスクを考えると女性にデシコビは処方しにくいのです。
尚、谷口医院では希望者がいればツルバダの先発品(月額80,600円)、ボカブリア(1回307,160円)、シュンレンカ(1回3,530,000円)も処方できますが、現時点で希望者はいません。他方、デシコビ(TAF/FTC)は希望者は次第に増加し、輸入の仕入れ量が増えたおかげで値段はどんどん下がってきています。次回の仕入れからは月額5,500円で処方できそうです。しかし、あるべき姿は廉価な国内品が承認・発売されることに他なりません。
参考:
TIC谷口医院の<PrEP(曝露前予防)について>
GINAと共に
第61回(2011年7月)「緊急避妊と抗HIV薬予防投与」
第113回(2015年11月)「HIV治療の転換~直ちに投薬、PEP、PrEP~後編」
第119回(2016年5月)「PEP、PrEPは日本で普及するか」
第174回(2020年12月)「PrEPとU=Uは矛盾するのか」
第175回(2021年1月)「ついに日本でもPrEPが普及する兆し
第184回(2021年10月)「PrEPについての2つの誤解」
第214回(2024年4月)「HIVのPrEPの失敗例」
第219回(2024年9月)「ツルバダのPrEP認可でPrEPはかえって普及しなくなった」