GINAと共に

第174回(2020年12月) PrEPとU=Uは矛盾するのか

 最近、GINAのサイトから寄せられる質問で多いのが「PrEP」に関するものです。なかでも、PrEPと「U=U」が矛盾するのではないか、という指摘が次第に増えてきています。今回はこれについての話をします。

 ところで、私が院長を務める(医)太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では、月に一度、医療者を対象とした勉強会を開催しており、谷口医院のスタッフでない他の医療機関などで働く人も参加されています。その勉強会でPrEPとU=Uについてどれくらいの人が知っているか尋ねてみると、「よく知らない」と答える人が過半数を占めました。そこで、今回のコラムも基本から振り返っておきたいと思います。

 PrEPについては過去のコラムでも紹介したように、Pre-exposure prophylaxisの略で、日本語で言えば「曝露前予防」となります。つまり、HIVに曝されるかもしれない前に抗HIV薬を内服して感染を予防する方法です。具体的には次のような人たちから関心を持たれています。

#1 パートナーがHIV陽性の人
#2 常に複数の"パートナー"が必要で、その"パートナー"も他に相手がいる人
#3 パートナーは持たずに不特定多数との性交渉を求める人
#4 sex worker

 次にU=Uをみていきましょう。読み方は「ユー・イコールズ・ユー」です。最初の「U」はundetectable(検出されない)の頭文字のU、後の方の「U」はuntransmittable(感染しない)の頭文字のUです。つまり、(ウイルスが)検出されない(undetectable)ならば、感染させない(untransmittable)ということです。これは、コンドームを着用していなくても、です。従来はHIVの予防にはとにかくコンドームを使いましょう、と言われていたわけですから、その概念を覆すことになります。

 「本当にそうなのか。エビデンスはあるのか」という質問がよくありますので、それに答えておきましょう。U=Uが正しいことを示す大きな研究は2つあります。1つは「PARTNER試験」と呼ばれるイギリスの研究で、2014年に1回目、2019年に2回目がおこなわれました。コンドームを使わない性行為を行っている972組のゲイのカップル、516組のストレートのカップルが対象となりました。カップルのうち1人はHIV陽性、もう一人は陰性です。尚、このようなカップルのことを最近「serodiscordant」と呼ぶことが増えてきました。調査の結果、ゲイのカップルでは77,000回、ストレートのカップルでは36,000回のコンドームを使わない挿入を伴う性行為があり、ウイルス量が検出限界値未満のHIV陽性者からパートナーへのHIV感染は一例も認められませんでした。

 もうひとつの大規模研究は2017年にオーストラリアで実施された「Opposites Attract研究」と呼ばれるものです。対象は343組のゲイのカップルです。合計17,000回のコンドームなしのアナルセックスがおこなわれ、ウイルス量が検出限界値未満であれば感染例は一例もありませんでした。

 これら2つの大規模研究から言えること、それは服薬をきちんとおこない血中ウイルス量を一定以下におさえておけば、もはやコンドームはいらないということです。

 さて、「疑問」はここから出てきます。HIVの予防にコンドームが不要なら、当然PrEPも不要なのではないか、という疑問です。

 たしかにU=Uの立場から言えばPrEPは不要になります。ではPrEPの立場からみればどうなるでしょう。それは「確実にundetectable(ウイルスが検出されない)ですか?」というものです。もしもそれが不確かなら、PrEPは必要ですよ、ということになります。不確かはuncertainですから、「U(undetectable) = U(untransmittable), but U(uncertain) needs PrEP」となります。

 では不確か(uncertain)はどんなときかというと、上記#1~#4でいえば、#2、#3、#4が該当することになるでしょう。ところが、世間一般に#2、#3、#4はあまり好印象を持たれません。もちろん、こういった行動のすべてが他人から非難される筋合いのものではありませんが、PrEPをそのような人たちのために承認するのはおかしいのでは、という声が出てくるのは必至でしょう。

 ちなみに、米国やオーストラリアはPrEPも保険で認められることがあります。日本では予防医学は保険適用外ですが、「PrEPは高額がかかるから必要な人たちのために保険適用を!」とする意見もあります。もしもそのような声が大きくなってきたときに、「性的に逸脱した行動を取るような人たちの薬に保険適用を認めるべきではない」という声は必ず出てくるに違いありません。社会保険の保険者や国民健康保険の保険者(地域の自治体)は必ず反対します。

 一方、公衆衛生学者はPrEPの保険適用に賛成する可能性があります。なぜなら公衆衛生学者のミッションは「社会全体で感染者を減らす」ことにあるからです。倫理・道徳的な問題はさておき、実際には不特定多数と性行為を楽しむ人や、sex workで生計を立てている人がいるのが現実なわけですから、その現実を受け入れた上で感染予防対策を講じるのが彼(女)らの仕事なのです。

 では私のような実際に患者さんと向き合っている臨床医はどうなのでしょうか。臨床医が公衆衛生学者と異なるのは、実際に患者さんから直接相談を受けることです。私がPrEPに興味があるという患者さんから相談を受けたときにどうしているかを紹介しましょう。

 私の場合、まずその人の性的アクティビティに対し問診していきます。性的指向について、特定のパートナーがいるかどうか、特定のパートナーはHIV陽性か否か、不特定多数との交渉はあるか、sex workをしているか、買春はするか、といったことについて確認していきます。

 その結果、やはり#2、#3、#4の人たちでリスクの高い人にはPrEPを検討するよう助言することがあります。ただし、他の性感染症のリスクも知っておいてもらう必要があります。実際、HIVばかりに気を取られ、他の性感染症に対しての注意が不足していることは珍しくありません。例えば、PrEPの相談に来た人がHBV(B型肝炎ウイルス)のワクチン未接種というケースです。感染予防の順番としてはHIVのPrEPの前にHBVのワクチンです。

 また、忘れてはならないのは#1です。#1の人も最初のU、すなわちundetectedがしっかりと維持できているかについて確認しなければなりません。特に抗HIV薬を開始して間もない頃や、薬剤を変更したときには注意が必要になります。一般に、undetectedの状態が半年続くまではU=Uとは言えないからです。

 最後にPrEPの最大の問題点である「費用」について述べておきましょう。標準的なPrEPはツルバダという薬を1日1錠内服します。この薬は1錠5,000円前後もします。毎日5千円出せる人はそう多くないでしょう。そこで私は、偽物をつかまされるリスクは否定できませんが、個人輸入で海外製の安価なジェネリック薬品を使うように勧めています。しかし、偽物のリスクは決して小さくありません。

 ならば谷口医院で輸入することを考えればいいわけで、実は2012年に近畿厚生局に輸入の許可を求めて交渉したことがあります。ところが当時の近畿厚生局の担当者から「安いことを理由に個人輸入することは認められない」と言われました。当局にそう言われたのでは仕方がないと諦めていたのですが、最近関東では海外製後発品を処方しているクリニックがあります。そこで、制度が変わったのかと思い、8年ぶりに近畿厚生局に問い合わせてみました。しかし回答はやはり「できない」とのこと。なぜ関東ではOKで、関西ではNGなのか。これでは納得がいきません。そして、ついに谷口医院でもPrEPの需要に応える準備が整いました。詳しくは次回述べます。