GINAと共に
第29回(2008年11月) 大麻の危険性とマスコミの責任
ここのところ「大麻取締法で逮捕」という新聞記事をよく目にします。
同志社大学の女子学生、関西学院大学を中退した元学生が大麻取締法で逮捕され報道されだしたあたりから、次々と同じような事件がマスコミをにぎわせています。
慶応大学ではキャンパス内で大麻の取引があったことが発覚し、鹿児島県では高2の男子生徒が自宅で大麻を栽培していたことが判りました。
富山県では河川敷で大麻を栽培していた夫婦が逮捕されたかと思えば、佐賀県では17歳の男子が大麻保持で逮捕・・・、と新聞の隅の方まで読めばいくらでもでてきそうです。
有名人でも逮捕者が相次いでいます。10月に加勢大周氏が大麻栽培で逮捕され(加勢氏は覚醒剤取締法でも逮捕されています)、その後プロの格闘家やプロテニスプレーヤーも逮捕されています。
実は、大麻で逮捕される者のなかには医師や歯科医師もいます。医道審議会といって罪を犯した医師・歯科医師の処分を決定する行政機関があるのですが、その医道審議会が発表する「医師・歯科医師の処分リスト」のなかには、毎年必ず、大麻取締法で逮捕された医師・歯科医師が入っています。
つい先日(11月20日)も、大阪歯科大学附属病院の歯科医師が車に大麻を隠し持っていたことが、パトロール中の警察官の職務質問で発覚しています。
さらに驚くべき事件は、渋谷区の歯科クリニックで、クリニックの院長(48歳男性)が通院していた患者(20歳女性)と一緒に大麻を吸引していたというものです。実際にこんなことがあり得るのか・・・、大衆週刊誌のガセネタではないのか・・・、と思ってしまいますが警視庁が発表し共同通信が報道していますから事実なのでしょう。
さて、大麻擁護者たちがよく言うセリフに、「大麻は身体に悪くない。タバコの方が依存性があってずっと害になる。実際、オランダやインドの一部の州では合法じゃないか」というものがあります。
今回はこれについて検証していきたいと思います。まず、大麻は身体にどれくらいの害を与えるかについてですが、たしかに教科書的には大麻は「依存性は低い」とされています。タバコ(ニコチン)の方が、はるかに依存性が強いのは自明です。
オランダやインドの一部の州で大麻が合法なのは有名で、大麻目的でこれらの地域に旅行する人も少なくないと言われています。(ただし、インドでは外国人が大麻を吸えば違法になるはずです。実際には、外国人が大麻で逮捕されることはほとんどないようですが・・・)
また、カンボジアでは大麻が伝統料理に使われることもあり、吸引する大麻は大変安く、「タバコを買う金のない貧乏人が大麻を吸う」と言われることもあるそうです。
伝統料理に使われるんだったら、一概に「大麻=悪」とは言えないんじゃないの・・・。そのように感じる人もいるでしょう。
では、実際に大麻を吸うとどのような快楽が得られるのでしょうか。(もちろん私は経験がありませんが)、視覚や聴覚が鋭敏になるとされています。例えば、音楽が身体の奥に染み入るように聞こえ、雲のかたちが動物に見えたり天井のシミが虫に見えたり(これをパレイドリアと呼びます)、といった感じになります。80年代後半に公開された『レスザンゼロ』という映画では、白いはずの壁が、シーンによってはピンクや紫のモヤがかかったようになっていました。これは、実際に大麻を吸ったときに見えるような光景をつくっているそうです。
アルコールは依存症になると社会生活が営めなくなることもありますし、ニコチン依存症は心筋梗塞や肺がんの原因になります。覚醒剤や麻薬が身を滅ぼすのは自明でしょう。
では、なぜ大麻が「悪」なのでしょうか。実は、私自身もこの答えについては"本質的には"よく分かりません。大麻が悪なのは法律で禁じられているからです。では、なぜ法律で禁じられているかというと、おそらく国民の大半がこんなことをすれば、誰も働かなくなり国家が存続できなくなるからかな・・・、という推測くらいしか私にはできません。
ただし、本質的には分からない私も、「大麻=悪」と言い切れる理由を知っています。それは、大麻が違法薬物の入り口になることがまったく珍しくない、というものです。「大麻はタバコよりも安全なんだよ」とか言われて大麻を吸いだしたという若い人がいますが、売人は初心者に対して、大麻の「敷居の低さ」を訴えかけます。ここで大麻だけで済めば、ある意味では"軽症"かもしれません。(ただしこの時点ですでに法律はおかしています)
ここからが"本質的に"問題です。違法薬物の「先輩たち」、あるいは売人は、大麻以上の薬物をすすめるようになります。覚醒剤やMDMA(エクスタシー)がメジャーなところですが、最近は実際には危険性の強い様々な「合法ドラッグ」が普及しています。ここまでくれば身を滅ぼす可能性が一気に上昇します。そして、ここまで来た人のいくらかは静脈注射に手を出します。こうなれば社会的に身を滅ぼす以外にも感染症の可能性がでてきます。(私はこのパターンでHIVに感染した多くのタイ人をみてきました)
大麻は確かに吸ってはいけないものです。しかし、それ以上の薬物はもっともっと危険なのです。このことはもっともっと強調されなければならないと私は考えています。
実際に大麻取締法と覚醒剤取締法、さらに麻薬取締法では罪の重さが違うのですが、なぜか一部のマスコミの報道はこのあたりが非常にあいまいになっています。例えば、最近放映されたある民法番組では、大麻の氾濫が取り上げられていましたが、テロップには、なんと「麻薬に汚染される若者たち」と書かれていたのです!
これでは、大麻と麻薬が同じようなものというイメージを視聴者に与えかねません。もしも、心のどこかで大麻と麻薬、あるいは覚醒剤が同じようなカテゴリーに入ってしまっていると、大麻を吸ってしまったときに、覚醒剤や麻薬への敷居が低くなってしまうのではないかと思われます。
しかし、そうではないのです。他人を殴るのは列記とした罪ですが、殴り殺せば罪のレベルがまったく異なります。大麻と麻薬・覚醒剤についても同じことが言えるのではないでしょうか。
マスコミには、大麻の危険性を訴えるのと同時に、覚醒剤や麻薬が大麻とは比べ物にならないくらいに危険であることをしっかりと報道していもらいたいものです。
GINAと共に目次へ
同志社大学の女子学生、関西学院大学を中退した元学生が大麻取締法で逮捕され報道されだしたあたりから、次々と同じような事件がマスコミをにぎわせています。
慶応大学ではキャンパス内で大麻の取引があったことが発覚し、鹿児島県では高2の男子生徒が自宅で大麻を栽培していたことが判りました。
富山県では河川敷で大麻を栽培していた夫婦が逮捕されたかと思えば、佐賀県では17歳の男子が大麻保持で逮捕・・・、と新聞の隅の方まで読めばいくらでもでてきそうです。
有名人でも逮捕者が相次いでいます。10月に加勢大周氏が大麻栽培で逮捕され(加勢氏は覚醒剤取締法でも逮捕されています)、その後プロの格闘家やプロテニスプレーヤーも逮捕されています。
実は、大麻で逮捕される者のなかには医師や歯科医師もいます。医道審議会といって罪を犯した医師・歯科医師の処分を決定する行政機関があるのですが、その医道審議会が発表する「医師・歯科医師の処分リスト」のなかには、毎年必ず、大麻取締法で逮捕された医師・歯科医師が入っています。
つい先日(11月20日)も、大阪歯科大学附属病院の歯科医師が車に大麻を隠し持っていたことが、パトロール中の警察官の職務質問で発覚しています。
さらに驚くべき事件は、渋谷区の歯科クリニックで、クリニックの院長(48歳男性)が通院していた患者(20歳女性)と一緒に大麻を吸引していたというものです。実際にこんなことがあり得るのか・・・、大衆週刊誌のガセネタではないのか・・・、と思ってしまいますが警視庁が発表し共同通信が報道していますから事実なのでしょう。
さて、大麻擁護者たちがよく言うセリフに、「大麻は身体に悪くない。タバコの方が依存性があってずっと害になる。実際、オランダやインドの一部の州では合法じゃないか」というものがあります。
今回はこれについて検証していきたいと思います。まず、大麻は身体にどれくらいの害を与えるかについてですが、たしかに教科書的には大麻は「依存性は低い」とされています。タバコ(ニコチン)の方が、はるかに依存性が強いのは自明です。
オランダやインドの一部の州で大麻が合法なのは有名で、大麻目的でこれらの地域に旅行する人も少なくないと言われています。(ただし、インドでは外国人が大麻を吸えば違法になるはずです。実際には、外国人が大麻で逮捕されることはほとんどないようですが・・・)
また、カンボジアでは大麻が伝統料理に使われることもあり、吸引する大麻は大変安く、「タバコを買う金のない貧乏人が大麻を吸う」と言われることもあるそうです。
伝統料理に使われるんだったら、一概に「大麻=悪」とは言えないんじゃないの・・・。そのように感じる人もいるでしょう。
では、実際に大麻を吸うとどのような快楽が得られるのでしょうか。(もちろん私は経験がありませんが)、視覚や聴覚が鋭敏になるとされています。例えば、音楽が身体の奥に染み入るように聞こえ、雲のかたちが動物に見えたり天井のシミが虫に見えたり(これをパレイドリアと呼びます)、といった感じになります。80年代後半に公開された『レスザンゼロ』という映画では、白いはずの壁が、シーンによってはピンクや紫のモヤがかかったようになっていました。これは、実際に大麻を吸ったときに見えるような光景をつくっているそうです。
アルコールは依存症になると社会生活が営めなくなることもありますし、ニコチン依存症は心筋梗塞や肺がんの原因になります。覚醒剤や麻薬が身を滅ぼすのは自明でしょう。
では、なぜ大麻が「悪」なのでしょうか。実は、私自身もこの答えについては"本質的には"よく分かりません。大麻が悪なのは法律で禁じられているからです。では、なぜ法律で禁じられているかというと、おそらく国民の大半がこんなことをすれば、誰も働かなくなり国家が存続できなくなるからかな・・・、という推測くらいしか私にはできません。
ただし、本質的には分からない私も、「大麻=悪」と言い切れる理由を知っています。それは、大麻が違法薬物の入り口になることがまったく珍しくない、というものです。「大麻はタバコよりも安全なんだよ」とか言われて大麻を吸いだしたという若い人がいますが、売人は初心者に対して、大麻の「敷居の低さ」を訴えかけます。ここで大麻だけで済めば、ある意味では"軽症"かもしれません。(ただしこの時点ですでに法律はおかしています)
ここからが"本質的に"問題です。違法薬物の「先輩たち」、あるいは売人は、大麻以上の薬物をすすめるようになります。覚醒剤やMDMA(エクスタシー)がメジャーなところですが、最近は実際には危険性の強い様々な「合法ドラッグ」が普及しています。ここまでくれば身を滅ぼす可能性が一気に上昇します。そして、ここまで来た人のいくらかは静脈注射に手を出します。こうなれば社会的に身を滅ぼす以外にも感染症の可能性がでてきます。(私はこのパターンでHIVに感染した多くのタイ人をみてきました)
大麻は確かに吸ってはいけないものです。しかし、それ以上の薬物はもっともっと危険なのです。このことはもっともっと強調されなければならないと私は考えています。
実際に大麻取締法と覚醒剤取締法、さらに麻薬取締法では罪の重さが違うのですが、なぜか一部のマスコミの報道はこのあたりが非常にあいまいになっています。例えば、最近放映されたある民法番組では、大麻の氾濫が取り上げられていましたが、テロップには、なんと「麻薬に汚染される若者たち」と書かれていたのです!
これでは、大麻と麻薬が同じようなものというイメージを視聴者に与えかねません。もしも、心のどこかで大麻と麻薬、あるいは覚醒剤が同じようなカテゴリーに入ってしまっていると、大麻を吸ってしまったときに、覚醒剤や麻薬への敷居が低くなってしまうのではないかと思われます。
しかし、そうではないのです。他人を殴るのは列記とした罪ですが、殴り殺せば罪のレベルがまったく異なります。大麻と麻薬・覚醒剤についても同じことが言えるのではないでしょうか。
マスコミには、大麻の危険性を訴えるのと同時に、覚醒剤や麻薬が大麻とは比べ物にならないくらいに危険であることをしっかりと報道していもらいたいものです。
GINAと共に目次へ
第28回 「自分探し」はよくないことか(2008年10月)
前回も取り上げた映画『闇の子供たち』のなかで、ジャーナリストの清水哲夫(豊原功補)が、タイのNGOで働く音羽恵子(宮崎あおい)に、「なぜタイなんだ。どうせ自分探しなんだろ」と、こけおろすように尋問するシーンがあります。音羽恵子は、「そんなんじゃありません!」とむきになって反論しますが、私がこのシーンを見たときは、「そうそう、こういう若者って自分探しのためにタイに来てるよなぁ・・・」というものでした。
また、他人の目をみてしゃべることのできないカメラマン与田博明(妻夫木聡)に対しても、「こういう自分探しのヤツもいるよなぁ・・・」と感じました。
私はこれまでタイの様々なところで、自分探しをしている若者と会ってきました。なかには好感のもてるタイプもいますが、そうでない若者もいます。好感のもてるタイプというのは、やはり音羽恵子のように、始めから目的を持ってタイに来ているような場合です。
音羽恵子は東京の大学で福祉を学び、タイの大学に短期留学もしています。タイでは、社会福祉センターでもあるNGOの「バーンウンアイラック(愛あふれる家)」にボランティアとしてやってきて、学校に行けない子供たちの世話をしています。
目的をもっているのに、なぜ自分探しをしているように見えるのか・・・。これは、おそらく音羽恵子のようにはっきりとした意思をもっている者は少数で、タイに来ている若者の多くが「なんとなくタイに来てしまって・・・」というような印象を(私に)与えるからだと思います。
映画は進行するにつれて、音羽恵子が子供たちのために真剣に尽くすシーンが増えてきます。おそらく映画を最後まで見て、音羽恵子が「単なる自分探しの若者ではない」と感じない人はいないでしょう。
一方で、タイには「単なる自分探し」としか思えないような日本人の若者がたくさんいます。なかには「自分探しのためにタイにやって来ました!」と答える者もいます。
『闇の子供たち』を見て、「自分探し」について思いを巡らせていて、ふと気がついたことがあります。それは、「もしかして私がタイのエイズ問題に関わったのも自分探しなのではなかったか・・・」ということです。
私は医学部の学生の頃、ある本で世界最大のエイズホスピスであるパバナプ寺のことを知り、いつか訪問したいという強い希望をもっていました。エイズには元々関心がありましたし、タイでは大勢の患者さんが差別に合い、行き場を失ってそのホスピスに収容されていると聞いていたからです。私が大好きな国タイで「そんな差別があってもいいのか・・・」という思いもありました。そしてパバナプ寺訪問が実現したのが2002年、医師1年目の夏休みです。
当時のパバナプ寺(というかタイ全体)では、まだ抗HIV薬というものがなく、ホスピスに収容されている人たちは「死」を待つしかありませんでした。なにしろ1日に何人ものエイズ末期の人が亡くなるのです。
2002年の夏、私はそのパバナプ寺でひとりの患者さんであるノイ(仮名)と出会いました。ノイは自分の夫からHIVをうつされ、その夫はすでに他界しています。ノイは家族からも地域社会からも追い出され、行き場を失ってパバナプ寺にたどりついたのです。
ノイがパバナプ寺にやってきたときは、失望しかありませんでした。1、2年のうちに死ぬことはほぼ確実なのです。すでにノイの皮膚にはエイズ特有の皮疹がでていました。同じような皮膚症状のある人が毎日何人も死んでいくのを目の当たりにしているのです。このような状態で「生きる希望を持て!」などと言う方がおかしいのです。
しかしノイは、食事ができなくなりやせ細り死を直前にしている患者さんに対して話をするようになりました。自分にできることは何もないけれど、死を待つしかない人の話し相手にくらいはなれると思ったのです。
やがて、ノイは元気を取り戻しました。皮膚症状がすでに出現していますがまだ食欲はありますし、簡単な軽作業ならおこなえます。
私がパバナプ寺を訪問したとき、ノイは米を袋に入れる作業をしていました。私が挨拶をするとノイはにっこりと笑って、生い立ちを聞かせてくれました。そして、今はこの作業ができて楽しいと言います。この仕事をするようになってこんなに力がついたのよ、と言って右腕の力こぶを見せてくれたのです。
私はこのときのノイの笑顔を忘れることができません。力こぶをつくっているノイは、もうすぐ夫の元に旅立つことを知っているのです。
2004年の夏、今度は長期の休暇をとって私は再びパバナプ寺にやってきました。そのときに私が真っ先にしたことは、あのノイの笑顔を探すことでした。しかし・・・、ノイはすでに帰らぬ人となっていました。
2回目となる2004年の訪問の目的は、単なる見学ではなく、長期にわたりパバナプ寺で医師としてボランティアをおこなうことです。すでに私は2年間の研修医生活を終えていましたから、少しくらいは患者さんの役に立てるはずです。
パバナプ寺にはアメリカ人のボランティア医師もいました。その医師はエイズ専門医ではなく、どんな疾患もみるプライマリ・ケア医だと言います。2002年に私がパバナプ寺を訪問したときに治療をしていたボランティア医師もプライマリ・ケア医でした。
2人の西洋人のプライマリ・ケア医の活躍をみた私は、ひとつの決断をしました。それは、自分も本格的なプライマリ・ケア医を目指そう、という決断です。エイズ専門医のように、抗HIV薬の投薬を中心にケアする医師よりも、実際の現場でそれぞれの患者さんに耳を傾け、その患者さんの求めていることに応えられる医師になりたいと考えたのです。
タイから帰国後、私は母校の大学病院の総合診療科の門をたたきました。そして、総合診療医(=プライマリ・ケア医=家庭医)を目指すことにしたのです。
私が2002年に初めてパバナプ寺を訪問したときは、自分が「自分探し」をしているとはまったく思っていませんでした。しかし、後になって考えてみると、ノイとの出会い、2人のプライマリ・ケア医との出会いを通して、自分の道が決まったような気がします。私は、タイで「自分」を見つけてしまったのです!
『闇の子供たち』を見て、こんなことを考えていると、それまであまり好感を持っていなかったタイによくいる「自分探し」の若者を突然応援したくなってきました。
「自分探し」の旅にでてもかまわないのです! 始めから「自分」が分かっている人なんていないのですから...。
GINAと共に目次へ
また、他人の目をみてしゃべることのできないカメラマン与田博明(妻夫木聡)に対しても、「こういう自分探しのヤツもいるよなぁ・・・」と感じました。
私はこれまでタイの様々なところで、自分探しをしている若者と会ってきました。なかには好感のもてるタイプもいますが、そうでない若者もいます。好感のもてるタイプというのは、やはり音羽恵子のように、始めから目的を持ってタイに来ているような場合です。
音羽恵子は東京の大学で福祉を学び、タイの大学に短期留学もしています。タイでは、社会福祉センターでもあるNGOの「バーンウンアイラック(愛あふれる家)」にボランティアとしてやってきて、学校に行けない子供たちの世話をしています。
目的をもっているのに、なぜ自分探しをしているように見えるのか・・・。これは、おそらく音羽恵子のようにはっきりとした意思をもっている者は少数で、タイに来ている若者の多くが「なんとなくタイに来てしまって・・・」というような印象を(私に)与えるからだと思います。
映画は進行するにつれて、音羽恵子が子供たちのために真剣に尽くすシーンが増えてきます。おそらく映画を最後まで見て、音羽恵子が「単なる自分探しの若者ではない」と感じない人はいないでしょう。
一方で、タイには「単なる自分探し」としか思えないような日本人の若者がたくさんいます。なかには「自分探しのためにタイにやって来ました!」と答える者もいます。
『闇の子供たち』を見て、「自分探し」について思いを巡らせていて、ふと気がついたことがあります。それは、「もしかして私がタイのエイズ問題に関わったのも自分探しなのではなかったか・・・」ということです。
私は医学部の学生の頃、ある本で世界最大のエイズホスピスであるパバナプ寺のことを知り、いつか訪問したいという強い希望をもっていました。エイズには元々関心がありましたし、タイでは大勢の患者さんが差別に合い、行き場を失ってそのホスピスに収容されていると聞いていたからです。私が大好きな国タイで「そんな差別があってもいいのか・・・」という思いもありました。そしてパバナプ寺訪問が実現したのが2002年、医師1年目の夏休みです。
当時のパバナプ寺(というかタイ全体)では、まだ抗HIV薬というものがなく、ホスピスに収容されている人たちは「死」を待つしかありませんでした。なにしろ1日に何人ものエイズ末期の人が亡くなるのです。
2002年の夏、私はそのパバナプ寺でひとりの患者さんであるノイ(仮名)と出会いました。ノイは自分の夫からHIVをうつされ、その夫はすでに他界しています。ノイは家族からも地域社会からも追い出され、行き場を失ってパバナプ寺にたどりついたのです。
ノイがパバナプ寺にやってきたときは、失望しかありませんでした。1、2年のうちに死ぬことはほぼ確実なのです。すでにノイの皮膚にはエイズ特有の皮疹がでていました。同じような皮膚症状のある人が毎日何人も死んでいくのを目の当たりにしているのです。このような状態で「生きる希望を持て!」などと言う方がおかしいのです。
しかしノイは、食事ができなくなりやせ細り死を直前にしている患者さんに対して話をするようになりました。自分にできることは何もないけれど、死を待つしかない人の話し相手にくらいはなれると思ったのです。
やがて、ノイは元気を取り戻しました。皮膚症状がすでに出現していますがまだ食欲はありますし、簡単な軽作業ならおこなえます。
私がパバナプ寺を訪問したとき、ノイは米を袋に入れる作業をしていました。私が挨拶をするとノイはにっこりと笑って、生い立ちを聞かせてくれました。そして、今はこの作業ができて楽しいと言います。この仕事をするようになってこんなに力がついたのよ、と言って右腕の力こぶを見せてくれたのです。
私はこのときのノイの笑顔を忘れることができません。力こぶをつくっているノイは、もうすぐ夫の元に旅立つことを知っているのです。
2004年の夏、今度は長期の休暇をとって私は再びパバナプ寺にやってきました。そのときに私が真っ先にしたことは、あのノイの笑顔を探すことでした。しかし・・・、ノイはすでに帰らぬ人となっていました。
2回目となる2004年の訪問の目的は、単なる見学ではなく、長期にわたりパバナプ寺で医師としてボランティアをおこなうことです。すでに私は2年間の研修医生活を終えていましたから、少しくらいは患者さんの役に立てるはずです。
パバナプ寺にはアメリカ人のボランティア医師もいました。その医師はエイズ専門医ではなく、どんな疾患もみるプライマリ・ケア医だと言います。2002年に私がパバナプ寺を訪問したときに治療をしていたボランティア医師もプライマリ・ケア医でした。
2人の西洋人のプライマリ・ケア医の活躍をみた私は、ひとつの決断をしました。それは、自分も本格的なプライマリ・ケア医を目指そう、という決断です。エイズ専門医のように、抗HIV薬の投薬を中心にケアする医師よりも、実際の現場でそれぞれの患者さんに耳を傾け、その患者さんの求めていることに応えられる医師になりたいと考えたのです。
タイから帰国後、私は母校の大学病院の総合診療科の門をたたきました。そして、総合診療医(=プライマリ・ケア医=家庭医)を目指すことにしたのです。
私が2002年に初めてパバナプ寺を訪問したときは、自分が「自分探し」をしているとはまったく思っていませんでした。しかし、後になって考えてみると、ノイとの出会い、2人のプライマリ・ケア医との出会いを通して、自分の道が決まったような気がします。私は、タイで「自分」を見つけてしまったのです!
『闇の子供たち』を見て、こんなことを考えていると、それまであまり好感を持っていなかったタイによくいる「自分探し」の若者を突然応援したくなってきました。
「自分探し」の旅にでてもかまわないのです! 始めから「自分」が分かっている人なんていないのですから...。
GINAと共に目次へ
第27回(2008年9月) 幼児買春と臓器移植
2008年9月23日に開幕したバンコク国際映画祭には、当初、日本の作品『闇の子供たち』が上映される予定でしたが突然中止となりました。
報道によりますと、映画祭が始まる数日前、監督の阪本順治氏に上映禁止の通知が届いたそうです。バンコク国際映画祭の主催者であるタイ国政府観光庁の関係者が「観光地タイをアピールする映画祭にふさわしくない」との判断をしたとされています。
『闇の子供たち』は、梁石日(ヤンソギル)氏の原作をもとに阪本監督が製作したタイの裏社会を舞台とした映画で、幼児買春や臓器移植を露骨に表現しており、また日本の一流の俳優を多数起用していることから(江口洋介、佐藤浩市、豊原功補、宮崎あおい、妻夫木聡など)かなり話題を呼んでいました。(しかし上映はなぜか「単館系」でした・・・)
GINAでは以前から、タイの幼児買春をなんどか取り上げていたこともあり、この映画を観た人から意見を求められることがありました。『闇の子供たち』で問題提起されているテーマは主に2つあります。1つは(生きている子供の)臓器移植、もうひとつは幼児買春です。
臓器移植からみていきましょう。まず、本当にこんなことがタイではあるのか、という疑問です。たしかに、タイでは戸籍のない子供も多く、山岳民族やミャンマーの子供たちが売買されているのは事実です。冒頭のシーンにあったような、人身売買のブローカーが北部や山岳民族を訪れて小さな子供を親から買っているという現実は間違いありません。
しかしながら、子供の臓器が売買されているかというと(しかも生きた子供の心臓を取り出すようなことがあるかというと)、これは疑問に思えます。私の知る限り、日本の子供がタイで(心臓だけでなく)臓器の移植を受けたという事実はありません。
そもそも心臓移植をおこなおうと思えば、高度な設備が不可欠となり、少なくとも3人の執刀医、複数の看護師、それに人工心肺を動かす技師が必要となります。つまり、生きたまま心臓を取り出そうなどと考える医師が仮にいたとしても(いるとは思えませんが)、複数の医療従事者と病院がグルにならなければこのような移植手術をおこなうことはできないのです。
臓器移植がさかんにおこなわれているのは、タイよりもフィリピンと中国です。特にフィリピンでは多くの日本人が生体腎移植を受けています。腎臓は心臓と異なり2つありますから生きたままの状態で1つの腎臓を取り出しても命に別状はありません。フィリピンは、臓器移植に関してはかなり積極的な国で、死刑囚が臓器を有償で提供しています。これは倫理上の問題がもちろんありますが合法です。
では、フィリピンでおこなわれている臓器移植がすべて合法かというと、そうでもなさそうです。これはあくまでも"噂"ですが、『闇の子供たち』にあったような人身売買された子供の腎臓が摘出されているという噂があります。また、数年前に肝硬変を患った日本の有名プロレスラーが、フィリピンで生体肝移植を受け、肝臓の一部を提供したフィリピンの若い男性が術後に亡くなったという報道もありました。(ただし、そのフィリピンでも心臓の売買があるとはとうてい思えません・・・)
タイでも、もしかすると腎臓くらいなら違法に子供の臓器を摘出するということがあるかもしれませんが、映画(及び原作)にあったような生きたまま子供の心臓を取り出すということはやはりあり得ないと考えるべきでしょう。
それでは、『闇の子供たち』で取り上げられた人身売買と幼児買春についてはどうかというと、これはおそらく"ありのまま"だと思われます。
映画のシーンにあったような、白人男性が子供(男の子でも女の子でも)を買って性的虐待をおこなっているのは間違いない事実です。(実際、タイの現地新聞ではパタヤやバンコクでのこのような事件がときどき報道されています)
白人のカップル(原作ではレズビアンのアメリカ人カップル)がタイ人の9歳くらいの男の子のペニスを勃起させるために、ホルモン剤(実際には「ホルモン剤」というよりも「血管拡張剤」が正しいと思われます。原作にはプロスタグランジンとあります)を注射して、その副作用で男の子が死亡するシーンは、この映画で最もインパクトのあるシーンのひとつですが、このあたりもタイの裏社会をよく知る人なら「ありえるだろう・・・」と感じているでしょう。
また、日本人のオタク風のメガネをかけた男性が、まだ処女の7歳くらいの女の子(センラーちゃん)を売春宿から買って(スーツケースに入れて持ち帰り)、ホテルでビデオ撮影をしながら虐待していくシーンも、「充分にありえるだろう・・・」と思われます。
さて、GINAはこのウェブサイトを通して「売買春のむつかしさ」を訴えてきました。最初はセックスワーカーと顧客の関係でもそれが恋愛や結婚に発展するケースは決して珍しくありませんし(幸せな恋愛中の二人を誰が非難できるでしょう・・・)、日本人の女性がタイのゴーゴーボーイに恋している姿は、非難すべきというよりもむしろ"微笑ましく"私には感じられます。
しかしながら、買春の相手が「子供」となると話がまったく異なります。幼児愛(pedophilia)は絶対に許されるものではありません。幼児愛者(pedophiliac)に対しては、衝動を抑えられないなら社会から"隔離"されるしかないと私は考えています。
もちろん世論の大多数が「幼児愛は絶対に許すべきでない」と考えていますから、最近では世界的に、幼児買春施設は随分と減ってきています。一時世界中の幼児愛者が集まってきたと言われているカンボジアのスワイパー村では、まだ生理も始まっていないくらいの年齢の女の子(男の子も)がわずか1ドルで売買されていたと言われています。このスワイパー村も、国連やNGOなどの活動で、幼児買春は最近ではほとんどなくなっているそうです。
タイもタクシン政権の頃には、かなり幼児買春がなくなったとされていましたが、最近になってにわかに増えているのではないかとの"噂"もあります。これはタイの経済発展も影響して、ミャンマーやカンボジア、ラオスなどの近隣国から難民が大量に入国していることと関係があります。戸籍もなく生きていくためのお金もない子供たちが、悪質なブローカーに買われているのです。そして、ドラッグや売買春に対して再び規制が緩くなったタイに、世界中の幼児愛者が流入してきているのではないかと思われます。
映画『闇の子供たち』のラストシーンは、少し後味が悪いのですが、このラストシーンによってストーリーが上手くまとめられているように思えます。(このシーンは原作にはありません)
タイの実情を知りたい人、幼児愛や売買春といった問題に興味のある人、貧困から学校に通えないような子供について知りたい人などは、一度観てみることをおすすめします。
参考:
(タイの買春宿の実態については)「南タイの売春事情」
(日本人女性がタイ男性を買っている実態については)「魅惑のゴーゴーボーイ」
(フィリピンの臓器移植については)「臓器売買の医師の責任(後半)」
GINAと共に目次へ
報道によりますと、映画祭が始まる数日前、監督の阪本順治氏に上映禁止の通知が届いたそうです。バンコク国際映画祭の主催者であるタイ国政府観光庁の関係者が「観光地タイをアピールする映画祭にふさわしくない」との判断をしたとされています。
『闇の子供たち』は、梁石日(ヤンソギル)氏の原作をもとに阪本監督が製作したタイの裏社会を舞台とした映画で、幼児買春や臓器移植を露骨に表現しており、また日本の一流の俳優を多数起用していることから(江口洋介、佐藤浩市、豊原功補、宮崎あおい、妻夫木聡など)かなり話題を呼んでいました。(しかし上映はなぜか「単館系」でした・・・)
GINAでは以前から、タイの幼児買春をなんどか取り上げていたこともあり、この映画を観た人から意見を求められることがありました。『闇の子供たち』で問題提起されているテーマは主に2つあります。1つは(生きている子供の)臓器移植、もうひとつは幼児買春です。
臓器移植からみていきましょう。まず、本当にこんなことがタイではあるのか、という疑問です。たしかに、タイでは戸籍のない子供も多く、山岳民族やミャンマーの子供たちが売買されているのは事実です。冒頭のシーンにあったような、人身売買のブローカーが北部や山岳民族を訪れて小さな子供を親から買っているという現実は間違いありません。
しかしながら、子供の臓器が売買されているかというと(しかも生きた子供の心臓を取り出すようなことがあるかというと)、これは疑問に思えます。私の知る限り、日本の子供がタイで(心臓だけでなく)臓器の移植を受けたという事実はありません。
そもそも心臓移植をおこなおうと思えば、高度な設備が不可欠となり、少なくとも3人の執刀医、複数の看護師、それに人工心肺を動かす技師が必要となります。つまり、生きたまま心臓を取り出そうなどと考える医師が仮にいたとしても(いるとは思えませんが)、複数の医療従事者と病院がグルにならなければこのような移植手術をおこなうことはできないのです。
臓器移植がさかんにおこなわれているのは、タイよりもフィリピンと中国です。特にフィリピンでは多くの日本人が生体腎移植を受けています。腎臓は心臓と異なり2つありますから生きたままの状態で1つの腎臓を取り出しても命に別状はありません。フィリピンは、臓器移植に関してはかなり積極的な国で、死刑囚が臓器を有償で提供しています。これは倫理上の問題がもちろんありますが合法です。
では、フィリピンでおこなわれている臓器移植がすべて合法かというと、そうでもなさそうです。これはあくまでも"噂"ですが、『闇の子供たち』にあったような人身売買された子供の腎臓が摘出されているという噂があります。また、数年前に肝硬変を患った日本の有名プロレスラーが、フィリピンで生体肝移植を受け、肝臓の一部を提供したフィリピンの若い男性が術後に亡くなったという報道もありました。(ただし、そのフィリピンでも心臓の売買があるとはとうてい思えません・・・)
タイでも、もしかすると腎臓くらいなら違法に子供の臓器を摘出するということがあるかもしれませんが、映画(及び原作)にあったような生きたまま子供の心臓を取り出すということはやはりあり得ないと考えるべきでしょう。
それでは、『闇の子供たち』で取り上げられた人身売買と幼児買春についてはどうかというと、これはおそらく"ありのまま"だと思われます。
映画のシーンにあったような、白人男性が子供(男の子でも女の子でも)を買って性的虐待をおこなっているのは間違いない事実です。(実際、タイの現地新聞ではパタヤやバンコクでのこのような事件がときどき報道されています)
白人のカップル(原作ではレズビアンのアメリカ人カップル)がタイ人の9歳くらいの男の子のペニスを勃起させるために、ホルモン剤(実際には「ホルモン剤」というよりも「血管拡張剤」が正しいと思われます。原作にはプロスタグランジンとあります)を注射して、その副作用で男の子が死亡するシーンは、この映画で最もインパクトのあるシーンのひとつですが、このあたりもタイの裏社会をよく知る人なら「ありえるだろう・・・」と感じているでしょう。
また、日本人のオタク風のメガネをかけた男性が、まだ処女の7歳くらいの女の子(センラーちゃん)を売春宿から買って(スーツケースに入れて持ち帰り)、ホテルでビデオ撮影をしながら虐待していくシーンも、「充分にありえるだろう・・・」と思われます。
さて、GINAはこのウェブサイトを通して「売買春のむつかしさ」を訴えてきました。最初はセックスワーカーと顧客の関係でもそれが恋愛や結婚に発展するケースは決して珍しくありませんし(幸せな恋愛中の二人を誰が非難できるでしょう・・・)、日本人の女性がタイのゴーゴーボーイに恋している姿は、非難すべきというよりもむしろ"微笑ましく"私には感じられます。
しかしながら、買春の相手が「子供」となると話がまったく異なります。幼児愛(pedophilia)は絶対に許されるものではありません。幼児愛者(pedophiliac)に対しては、衝動を抑えられないなら社会から"隔離"されるしかないと私は考えています。
もちろん世論の大多数が「幼児愛は絶対に許すべきでない」と考えていますから、最近では世界的に、幼児買春施設は随分と減ってきています。一時世界中の幼児愛者が集まってきたと言われているカンボジアのスワイパー村では、まだ生理も始まっていないくらいの年齢の女の子(男の子も)がわずか1ドルで売買されていたと言われています。このスワイパー村も、国連やNGOなどの活動で、幼児買春は最近ではほとんどなくなっているそうです。
タイもタクシン政権の頃には、かなり幼児買春がなくなったとされていましたが、最近になってにわかに増えているのではないかとの"噂"もあります。これはタイの経済発展も影響して、ミャンマーやカンボジア、ラオスなどの近隣国から難民が大量に入国していることと関係があります。戸籍もなく生きていくためのお金もない子供たちが、悪質なブローカーに買われているのです。そして、ドラッグや売買春に対して再び規制が緩くなったタイに、世界中の幼児愛者が流入してきているのではないかと思われます。
映画『闇の子供たち』のラストシーンは、少し後味が悪いのですが、このラストシーンによってストーリーが上手くまとめられているように思えます。(このシーンは原作にはありません)
タイの実情を知りたい人、幼児愛や売買春といった問題に興味のある人、貧困から学校に通えないような子供について知りたい人などは、一度観てみることをおすすめします。
参考:
(タイの買春宿の実態については)「南タイの売春事情」
(日本人女性がタイ男性を買っている実態については)「魅惑のゴーゴーボーイ」
(フィリピンの臓器移植については)「臓器売買の医師の責任(後半)」
GINAと共に目次へ
第26回 HIV感染夫婦の体外受精は中止すべきか(2008年8月)
2007年1月に「GINAニュース」で、東京の荻窪病院で共にHIVに感染している夫婦に対する体外受精が倫理委員会で承認されたというニュースをお届けしました。
しかしながら、この承認に対し、厚生労働省から「社会的な議論と倫理的な検討が必要」との理由でストップがかけられ現在中断していることが先月わかりました。(2007年7月20日の毎日新聞)
まずはこの経緯を振り返りたいと思います。
荻窪病院では、精子からHIVを取り除く方法を開発し、夫のみが感染している夫婦に対し体外受精をおこない、これまでに65人の子供が誕生しています。母子ともにHIVが感染した例は1例もありません。
同病院では、厚生労働省研究班の研究事業として、この方法を共にHIVに感染している2組の夫婦にも適用することを検討してきました。同院の倫理委員会でこの2組に体外受精を実施することが決定されたのですが、厚生労働省が中断を要請してきました。その最大の理由は、「子供が成長する前に両親が亡くなる可能性があるから」というものでしょう。
薬害エイズ被害者らでつくられている「はばたき福祉事業団」は、この件に関して、「一番大切なことは新たな悲劇を作らないこと。感染した場合の責任についての議論が必要。また、社会的援護も必要になる。もし実施するとしても広くコンセンサスを得ながら進めるべきだ」と述べています。
また、2004年に欧州連合などの専門医らで構成される特別委員会は、「少なくとも片方の親が子供の成人まで養育すべきだ」との見解を発表し、生殖補助医療(体外受精)は片方の親が感染している場合のみに限るように勧告しています。
しかし、この勧告に対しては、英国の研究者が、「感染者の予後は同じではない。(認めないことは)希望するカップルの生活の質を低下させる」と反論し、海外でも一定のコンセンサスは得られていません。
これらをまとめると、HIV感染夫婦の体外受精について、賛成派は「子供を欲する権利は厚生労働省らの勧告で踏みにじられるべきではない」という考えで、反対派は「万一両親が死亡した場合、その子供は誰が育て支援していくのか」と主張しています。
日本ではHIVの母子感染はそれほど多くないものの、海外では珍しいことではなく、タイでは現在でも母子感染でHIVに感染する子供は少なくありません。
そもそも、タイ(特に北部)では、夫婦がどちらかの(あるいは双方の)HIV感染に気付いていない例が少なくなく、そのため県によっては夫婦が籍を入れるときにHIV検査を義務付けているところもあります。しかし、タイ(特に北部や東北部)では、正式に籍を入れずに事実上の結婚生活をおこない、子供が産まれて初めて籍を入れるという夫婦もいまだに少なくありません。(いわゆる日本の「できちゃった婚」と同じようなものです)
そういった場合、妊娠中に初めて妊婦のHIV感染が分かったということもあって、帝王切開に切り替えるなどの対策をとったとしてもHIV陽性の子供が誕生するケースもあります。そして、得てしてこういうケースでは父親もHIVに感染している場合が多いのです。(このウェブサイトで何度もお伝えしているように、タイでは最大のハイリスクグループは、薬物常用者でもセックスワーカーでもなく「主婦」なのです)
さて、母親からHIVに感染して誕生した子供たちは、誰が支援することになるのでしょうか。もちろん、両親、もしくはどちらかの親が健在であれば、親が子供の面倒をみることになりますが、タイでは治療開始が遅れるケースが多く(感染発見が遅れることが多いのです)、子供が誕生してしばらくすると両親の容態が悪化し死亡することも多々あります。
北部のパヤオ県では、こういう子供たちがかなりの数に昇り、いわゆる「エイズ孤児」が珍しくありません。(大半は両親をエイズで亡くしたものの自身はHIV陰性というケースですが、母子感染でHIV陽性の子供もおそらく1割程度はいます)
では、自らはHIVに感染していてもしていなくても両親がエイズで死んでしまった場合、その子供たちは誰に育てられているのでしょうか。
GINAが支援をしているパヤオ県の地域にも、こういう子供たちは大勢います。その子供の祖父や祖母が健在の場合は、祖父母に育てられます。しかしながら、祖父母だけでは肉体的にも経済的にも孫を育てる余裕がない場合がほとんどです。たとえ、祖父母と同居することができたとしても何らかの社会的支援がなければ子供は生活することができません。
また、祖父母が他界しているなどの場合は、親戚が子供の世話をすることになりますが、やはり限界があります。
ではエイズ孤児が入れる施設があるかというと、チェンマイやチェンライまで行けばないことはないのですが、施設の数は多くなく、まったく身内のいない遠くに行くことにも問題があります。
実は、パヤオ県のこの地域では、数年前にエイズ孤児が入所できる施設をつくろうとする動きもあったのですが、最終的には「施設をつくるのではなく地域社会全体でエイズ孤児の支援をしよう」ということになりました。
この地域では、エイズ孤児が生まれた場合、両親だけで育てられなければ地域社会全体で支援しているのです。学校までの送迎や、食事の面倒まで地域社会が支援しています。そして、その中心的な役割を担っているのが「HIV陽性者の団体」なのです。
この地域では、HIV陽性者がHIV陽性者を支援しており、それが実に見事に機能しています。(この詳細は、第20回日本エイズ学会(2006年)で「HIV陽性者によるHIV陽性者の支援」というタイトルで発表しました)
日本では、現時点では、エイズ孤児を含めたHIV陽性者を地域社会で支援していこうという動きは私の知る限りありません。
もしも、日本国内に上に紹介したパヤオ県のような地域社会があれば、荻窪病院に対して厚生労働省がストップを要請するようなことはなかったかもしれません・・・。
GINAと共に目次へ
しかしながら、この承認に対し、厚生労働省から「社会的な議論と倫理的な検討が必要」との理由でストップがかけられ現在中断していることが先月わかりました。(2007年7月20日の毎日新聞)
まずはこの経緯を振り返りたいと思います。
荻窪病院では、精子からHIVを取り除く方法を開発し、夫のみが感染している夫婦に対し体外受精をおこない、これまでに65人の子供が誕生しています。母子ともにHIVが感染した例は1例もありません。
同病院では、厚生労働省研究班の研究事業として、この方法を共にHIVに感染している2組の夫婦にも適用することを検討してきました。同院の倫理委員会でこの2組に体外受精を実施することが決定されたのですが、厚生労働省が中断を要請してきました。その最大の理由は、「子供が成長する前に両親が亡くなる可能性があるから」というものでしょう。
薬害エイズ被害者らでつくられている「はばたき福祉事業団」は、この件に関して、「一番大切なことは新たな悲劇を作らないこと。感染した場合の責任についての議論が必要。また、社会的援護も必要になる。もし実施するとしても広くコンセンサスを得ながら進めるべきだ」と述べています。
また、2004年に欧州連合などの専門医らで構成される特別委員会は、「少なくとも片方の親が子供の成人まで養育すべきだ」との見解を発表し、生殖補助医療(体外受精)は片方の親が感染している場合のみに限るように勧告しています。
しかし、この勧告に対しては、英国の研究者が、「感染者の予後は同じではない。(認めないことは)希望するカップルの生活の質を低下させる」と反論し、海外でも一定のコンセンサスは得られていません。
これらをまとめると、HIV感染夫婦の体外受精について、賛成派は「子供を欲する権利は厚生労働省らの勧告で踏みにじられるべきではない」という考えで、反対派は「万一両親が死亡した場合、その子供は誰が育て支援していくのか」と主張しています。
日本ではHIVの母子感染はそれほど多くないものの、海外では珍しいことではなく、タイでは現在でも母子感染でHIVに感染する子供は少なくありません。
そもそも、タイ(特に北部)では、夫婦がどちらかの(あるいは双方の)HIV感染に気付いていない例が少なくなく、そのため県によっては夫婦が籍を入れるときにHIV検査を義務付けているところもあります。しかし、タイ(特に北部や東北部)では、正式に籍を入れずに事実上の結婚生活をおこない、子供が産まれて初めて籍を入れるという夫婦もいまだに少なくありません。(いわゆる日本の「できちゃった婚」と同じようなものです)
そういった場合、妊娠中に初めて妊婦のHIV感染が分かったということもあって、帝王切開に切り替えるなどの対策をとったとしてもHIV陽性の子供が誕生するケースもあります。そして、得てしてこういうケースでは父親もHIVに感染している場合が多いのです。(このウェブサイトで何度もお伝えしているように、タイでは最大のハイリスクグループは、薬物常用者でもセックスワーカーでもなく「主婦」なのです)
さて、母親からHIVに感染して誕生した子供たちは、誰が支援することになるのでしょうか。もちろん、両親、もしくはどちらかの親が健在であれば、親が子供の面倒をみることになりますが、タイでは治療開始が遅れるケースが多く(感染発見が遅れることが多いのです)、子供が誕生してしばらくすると両親の容態が悪化し死亡することも多々あります。
北部のパヤオ県では、こういう子供たちがかなりの数に昇り、いわゆる「エイズ孤児」が珍しくありません。(大半は両親をエイズで亡くしたものの自身はHIV陰性というケースですが、母子感染でHIV陽性の子供もおそらく1割程度はいます)
では、自らはHIVに感染していてもしていなくても両親がエイズで死んでしまった場合、その子供たちは誰に育てられているのでしょうか。
GINAが支援をしているパヤオ県の地域にも、こういう子供たちは大勢います。その子供の祖父や祖母が健在の場合は、祖父母に育てられます。しかしながら、祖父母だけでは肉体的にも経済的にも孫を育てる余裕がない場合がほとんどです。たとえ、祖父母と同居することができたとしても何らかの社会的支援がなければ子供は生活することができません。
また、祖父母が他界しているなどの場合は、親戚が子供の世話をすることになりますが、やはり限界があります。
ではエイズ孤児が入れる施設があるかというと、チェンマイやチェンライまで行けばないことはないのですが、施設の数は多くなく、まったく身内のいない遠くに行くことにも問題があります。
実は、パヤオ県のこの地域では、数年前にエイズ孤児が入所できる施設をつくろうとする動きもあったのですが、最終的には「施設をつくるのではなく地域社会全体でエイズ孤児の支援をしよう」ということになりました。
この地域では、エイズ孤児が生まれた場合、両親だけで育てられなければ地域社会全体で支援しているのです。学校までの送迎や、食事の面倒まで地域社会が支援しています。そして、その中心的な役割を担っているのが「HIV陽性者の団体」なのです。
この地域では、HIV陽性者がHIV陽性者を支援しており、それが実に見事に機能しています。(この詳細は、第20回日本エイズ学会(2006年)で「HIV陽性者によるHIV陽性者の支援」というタイトルで発表しました)
日本では、現時点では、エイズ孤児を含めたHIV陽性者を地域社会で支援していこうという動きは私の知る限りありません。
もしも、日本国内に上に紹介したパヤオ県のような地域社会があれば、荻窪病院に対して厚生労働省がストップを要請するようなことはなかったかもしれません・・・。
GINAと共に目次へ
第25回(2008年7月) ドラッグ天国に舞い戻ったタイ
「日本に帰ると、またドラッグに手をだしてしまうと思うんだ。だから私はタイに住み続けるんだよ・・・」
これは、私が以前GINAの取材で知り合った日本人男性から聞いた言葉です。
この男性は、昔ドラッグにどっぷりと浸かった生活をしていて覚醒剤の静脈注射まで経験したと言います。その頃は、日本とタイの往復を繰り返しており、どちらにいてもドラッグを手放せなかったそうです。
ドラッグユーザーがドラッグを断ち切ろうと思ったときに、もしそこにドラッグがあればどれだけ強い意志を持っていたとしてもドラッグの魅力に負けてしまうものです。
この男性もそれに気づいていて次第に日本には帰らなくなっていったそうです。彼がドラッグを断ち切りたいと考えた2003年当時、タイではタクシン前政権がかなり強引な薬物対策をとっており、薬物ディーラーやユーザーが次々に政府に射殺されていました。ほんの1年前までは、いとも簡単に入手できていた薬物が(少なくとも"普通の"外国人には)実質入手不可能になったのです。
多くのドラッグユーザーがこれを哀しんだのとは逆に(2002年頃まではタイは世界でも有数のドラッグ天国とされていました)、この男性はこの事態を喜びました。日本では、(少なくとも日本人であれば)覚醒剤を含めた違法薬物などごく簡単に手に入りますし、警察はそれなりの対策を立てているのでしょうが、実際には薬物の流通量はそれほど減っていません。
日本に帰らずにタイでのみ生活をする・・・。これが、この男性がドラッグを断ち切るために出した決断です。
タクシン前政権のとった強引な薬物対策は、かなりの冤罪者をだし(無実で射殺された人が一説には数千人になるとも言われています)、政府内や世論から大きな反発を受けましたが、結果としては「ドラッグ天国」の名を返上し、一気にクリーンな国に生まれ変わりました。
ところが、です。クーデターによりタクシン政権が崩壊した2006年後半以降、じわりじわりと、そしてある時(私の調査では2007年の夏)からは急速にドラッグが再び普及しだしました。タクシン崩壊後の政府はかつてのような強引な対策をとることもできず、ドラッグに汚染されていく社会を見て見ぬふりといった状態です。
2008年7月2日のBangkok Postにタイの刑務所の実情が紹介されています。同紙によりますと、タイ国内の受刑者は合計約17万人で、そのうち薬物関連の服役者がなんと9万人です。実に服役者の半数以上が薬物関連なのです!
そのタイの刑務所で現在最も問題になっているのが、服役者に対する薬物の"差し入れ"です。これまで、外部から受刑者に差し入れされた歯磨き粉やカレーなどから薬物が見つかっています。また、外から刑務所の敷地内に投げ込まれたカエルの死体に薬物が隠されていたこともあったそうです。
こういった事態に対し、内務省矯正局は、「郵送を含めて刑務所内の受刑者に差し入れすることを全面的に禁止する」という通達をだしました。当局によりますと、「薬物密売で服役している受刑者が全国で2万人いて、その一部は刑務所内で薬物の販売をしている」そうです。
一部のジャンキーからは、日本も「世界有数のドラッグ天国」と呼ばれていますが、いくらなんでも刑務所内の受刑者の半数以上が薬物関連ということはないでしょう。
もうひとつ、タイがドラッグ天国に舞い戻ってしまったことを象徴するようなニュースがあります。
7月14日のBangkok Postによりますと、タイ北部でケシの栽培量が急増しています。
ケシとはもちろんアヘンの原料植物で、これを加工したものが麻薬(ヘロインやモルヒネ)です。
タイ北部は、麻薬王クンサーが暗躍したゴールデントライアングルの一角をなす地域で、かつては世界で最も有名な麻薬産生地でした。麻薬は90年代の終わりごろまではタイ北部(特に山岳民族)の主要な収入源だったのですが、政府の対策(ケシから農産物の栽培への転換)が徐々に浸透しだし、さらにタクシン前政権の薬物対策がこれを加速することになりました。その結果、ケシ畑は激減し、「もはやタイ北部は麻薬の産地ではない」と言われるようになりました。
ところがです。Bangkok Postの報道によりますと、2004年に700ライだったケシ畑の面積が(「ライ」はタイで土地の広さを表す単位で、1ライは400メートル四方)、2008年には1,200ライまで急増しています。
私は以前、タイ北部を取材したとき、あまりにも多くの人が麻薬や覚醒剤を使用(それも静脈注射で!)しているという話を聞いて驚いたことがあります。そしてその結果がHIV感染なのです。
違法薬物を少なくするには、徹底的に法律を厳しくすることが必要です。タクシン前政権のとった数千人を射殺したような強攻策がよくないのは自明ですが、逆に「薬物はいけませんよ~」といった生ぬるい忠告では何の効果もありません。
ドラッグを断ち切りたいと考えている人、あるいは過去にドラッグをやっていた人からみたときには、たとえどれだけ強固な意志を持っていたとしても、目の前にドラッグを置かれたら、そんな意思など一瞬で吹き飛んでしまいます。ドラッグとはそれほど恐ろしいものなのです。決して安易な気持ちで手をだしてはいけないのです。
ドラッグ天国に舞い戻ってしまったタイ・・・。冒頭で紹介した男性について、私は本名も連絡先も知りませんが、今では日本でもタイでもない別の国に移動しているかもしれません・・・。再びドラッグに手をだした、なんてことだけはないことを願いたいと思います・・・。
GINAと共に目次へ
これは、私が以前GINAの取材で知り合った日本人男性から聞いた言葉です。
この男性は、昔ドラッグにどっぷりと浸かった生活をしていて覚醒剤の静脈注射まで経験したと言います。その頃は、日本とタイの往復を繰り返しており、どちらにいてもドラッグを手放せなかったそうです。
ドラッグユーザーがドラッグを断ち切ろうと思ったときに、もしそこにドラッグがあればどれだけ強い意志を持っていたとしてもドラッグの魅力に負けてしまうものです。
この男性もそれに気づいていて次第に日本には帰らなくなっていったそうです。彼がドラッグを断ち切りたいと考えた2003年当時、タイではタクシン前政権がかなり強引な薬物対策をとっており、薬物ディーラーやユーザーが次々に政府に射殺されていました。ほんの1年前までは、いとも簡単に入手できていた薬物が(少なくとも"普通の"外国人には)実質入手不可能になったのです。
多くのドラッグユーザーがこれを哀しんだのとは逆に(2002年頃まではタイは世界でも有数のドラッグ天国とされていました)、この男性はこの事態を喜びました。日本では、(少なくとも日本人であれば)覚醒剤を含めた違法薬物などごく簡単に手に入りますし、警察はそれなりの対策を立てているのでしょうが、実際には薬物の流通量はそれほど減っていません。
日本に帰らずにタイでのみ生活をする・・・。これが、この男性がドラッグを断ち切るために出した決断です。
タクシン前政権のとった強引な薬物対策は、かなりの冤罪者をだし(無実で射殺された人が一説には数千人になるとも言われています)、政府内や世論から大きな反発を受けましたが、結果としては「ドラッグ天国」の名を返上し、一気にクリーンな国に生まれ変わりました。
ところが、です。クーデターによりタクシン政権が崩壊した2006年後半以降、じわりじわりと、そしてある時(私の調査では2007年の夏)からは急速にドラッグが再び普及しだしました。タクシン崩壊後の政府はかつてのような強引な対策をとることもできず、ドラッグに汚染されていく社会を見て見ぬふりといった状態です。
2008年7月2日のBangkok Postにタイの刑務所の実情が紹介されています。同紙によりますと、タイ国内の受刑者は合計約17万人で、そのうち薬物関連の服役者がなんと9万人です。実に服役者の半数以上が薬物関連なのです!
そのタイの刑務所で現在最も問題になっているのが、服役者に対する薬物の"差し入れ"です。これまで、外部から受刑者に差し入れされた歯磨き粉やカレーなどから薬物が見つかっています。また、外から刑務所の敷地内に投げ込まれたカエルの死体に薬物が隠されていたこともあったそうです。
こういった事態に対し、内務省矯正局は、「郵送を含めて刑務所内の受刑者に差し入れすることを全面的に禁止する」という通達をだしました。当局によりますと、「薬物密売で服役している受刑者が全国で2万人いて、その一部は刑務所内で薬物の販売をしている」そうです。
一部のジャンキーからは、日本も「世界有数のドラッグ天国」と呼ばれていますが、いくらなんでも刑務所内の受刑者の半数以上が薬物関連ということはないでしょう。
もうひとつ、タイがドラッグ天国に舞い戻ってしまったことを象徴するようなニュースがあります。
7月14日のBangkok Postによりますと、タイ北部でケシの栽培量が急増しています。
ケシとはもちろんアヘンの原料植物で、これを加工したものが麻薬(ヘロインやモルヒネ)です。
タイ北部は、麻薬王クンサーが暗躍したゴールデントライアングルの一角をなす地域で、かつては世界で最も有名な麻薬産生地でした。麻薬は90年代の終わりごろまではタイ北部(特に山岳民族)の主要な収入源だったのですが、政府の対策(ケシから農産物の栽培への転換)が徐々に浸透しだし、さらにタクシン前政権の薬物対策がこれを加速することになりました。その結果、ケシ畑は激減し、「もはやタイ北部は麻薬の産地ではない」と言われるようになりました。
ところがです。Bangkok Postの報道によりますと、2004年に700ライだったケシ畑の面積が(「ライ」はタイで土地の広さを表す単位で、1ライは400メートル四方)、2008年には1,200ライまで急増しています。
私は以前、タイ北部を取材したとき、あまりにも多くの人が麻薬や覚醒剤を使用(それも静脈注射で!)しているという話を聞いて驚いたことがあります。そしてその結果がHIV感染なのです。
違法薬物を少なくするには、徹底的に法律を厳しくすることが必要です。タクシン前政権のとった数千人を射殺したような強攻策がよくないのは自明ですが、逆に「薬物はいけませんよ~」といった生ぬるい忠告では何の効果もありません。
ドラッグを断ち切りたいと考えている人、あるいは過去にドラッグをやっていた人からみたときには、たとえどれだけ強固な意志を持っていたとしても、目の前にドラッグを置かれたら、そんな意思など一瞬で吹き飛んでしまいます。ドラッグとはそれほど恐ろしいものなのです。決して安易な気持ちで手をだしてはいけないのです。
ドラッグ天国に舞い戻ってしまったタイ・・・。冒頭で紹介した男性について、私は本名も連絡先も知りませんが、今では日本でもタイでもない別の国に移動しているかもしれません・・・。再びドラッグに手をだした、なんてことだけはないことを願いたいと思います・・・。
GINAと共に目次へ











