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第20回 医療機関でHIV検査を受ける意義 (2008年2月)

 日本の厚生労働省のエイズ動向委員会は、2008年2月12日、2007年に日本で新たに報告されたHIV感染者及びエイズ発症者の数を発表しました。

 発表によりますと、2007年に新規にHIV感染がわかった人が1,048人、すでにエイズを発症していた人が400人で、合計1,448人となります。これは過去最多であり、感染者・発症者の合計報告数は2003年以降、5年連続で最多を更新し続けています。

 これだけ多くの人が新たに感染が判った理由のひとつとして、厚生労働省は「検査を受ける人が増えたからではないか」と分析しています。

 たしかに、保健所など公的機関で検査を受ける人は増えていますし、すてらめいとクリニック(私が院長をつとめるクリニック)にもHIVの検査目的で受診される方がおられます。

 HIVの検査は保健所で受けるべきか、それとも医療機関で受けるべきか・・・。

 この点で悩まれている方は少なくないのではないでしょうか。今回は、どういった方が保健所に行くべきで、どういった方が医療機関を受診すべきなのか、について述べてみたいと思います。

 まず、「何の症状もないけど、念のために検査しておきたい」、「何の症状もないけど、記念検査としてHIVを調べたい」、などといった「何の症状もない」人は保健所で充分だと思います。

 ただし、多くの保健所などの公的機関では、結果が出るまでに1週間程度かかりますから、「何の症状もないんだけど、どうしても結果をすぐに知りたい」、という人は、医療機関を受診すればいいかもしれません。(ただし、医療機関のなかにも検査結果がすぐに出ないところもあります)

 一方、何か症状のある人は医療機関を受診する方が賢明でしょう。

 例えば、こういうケースを考えてみましょう。

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 1ヶ月前にタイ旅行をした30歳の男性。現地で仲良くなったタイ女性と性交渉をもってしまった。腟交渉のときはコンドームを使ったけど、フェラチオではコンドームを使わなかった。帰国後1ヶ月してから身体がだるくなって熱が出てきたので突然HIVが心配になった。

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 この人は、HIVの急性症状を心配しています。急性症状とは、HIVに感染後、数週から数ヶ月以内に生じる倦怠感や発熱などをいいます。この人がHIVのみを心配して保健所を受診したとします。そして結果は陰性だったとします。さて、これで問題は解決したでしょうか。

 答えは否です。

 通常、我々医師は、キケンな性行為(unprotected sex)の後に発熱や倦怠感を認めた場合は、まずB型肝炎とC型肝炎を疑います。(さらに同性愛者の場合はこれにA型肝炎を加えます)

 また、このケースでは、東南アジアから帰国後の発熱ですから、下痢や体重減少、腹痛、嘔気などの有無を問診で確認した後に、時間をかけて身体の診察をおこないます。考えるべき疾患として、マラリアやデング熱、結核、場合によってはアメーバ赤痢やランブル鞭毛虫なども検討するかもしれません。

 つまるところ、患者さんの側からみたときにはHIVしか思いつかなくても、我々医師からみたときには鑑別しなければならない疾患がたくさんあるのです。ですから、HIVが陰性であったとしても何も解決はしていないのです。上にあげた疾患には治る病気もありますが、B型肝炎やC型肝炎は"治る病気"とは言いがたい疾患です。

 このように何か症状のある人は医療機関を受診すべきと言えます。

 "何か症状のある"は発熱や倦怠感といった身体症状でなくてもかまいません。「不安が強い」「眠れない」などといった精神症状が強い場合でも医療機関を受診する方が賢明な場合があります。

 その理由として、ひとつは、保健所などの検査では結果が出るまでに1週間ほどかかり、感染の不安に耐え切れないという問題があります。一方、医療機関であればすぐに結果が出ますから不安にさいなまれる時間が短くてすみます。(ただし、地域によっては保健所などで即日検査を実施しているところもありますし、逆に医療機関でも1週間程度待たなければならないところもあります)

 もうひとつの理由として、そしてこちらの方が重要なのですが、医療機関を受診すれば、「不安」や「不眠」に対する治療をおこなうことができるという点があげられます。「不安」や「不眠」は放っておかない方が賢明な場合が少なくありません。特に「不安」は無治療でいると、「不安」が「不安」を引き起こし、どんどん深みにはまっていくことがあります。こんなときは、早い段階で「不安」を断ち切ってあげることが大切です。

「不安」をとめるのには何も「抗不安薬」だけではありません。場合によっては、漢方薬も有効ですし、カウンセリングが著効することもあります。こういった「不安」や「不眠」に対し、より適切に対応できるのが医療機関だというわけです。

 ただ、カウンセリングに関していえば、保健所やその他検査機関でも、相談員は通常こういったケースに対応できるようにトレーニングを受けていますから、まずは保健所などで話を聞いてもらうのが有効なこともあります。

 最後になりますが、保健所など検査機関と医療機関の違いとして重要なのが、無料か有料かということです。

 検査機関での検査は通常無料です。これは国や地方自治体などがお金を出しているからです。なぜ、お金を出すかというと、公衆衛生学的にHIVを考えたとき、行政にはHIVの蔓延を阻止する義務があるからです。

 現在のところ、日本という国は、HIV感染が他に例をみないくらい低頻度におさえられています。ただ、少しずつ増えているのも事実であり、このまま進めば日本でのHIV感染が爆発的に増加するおそれがあります。もしも日本でHIV感染が一気に広まれば、急速に医療費が増加することになり、日本の医療が崩壊しかねません。これをくいとめるためには、予防にお金をつぎこんで、新規感染を防がなければならないのです。

 これが、行政がHIV検査に費用をかける最大の理由です。しかしながら、一個人でみたときには少し事情が異なります。HIVだけに気をとられてしまって、他の疾患が見逃されるようなことがあれば、不利益を被ってしまいます。

 保健所などの検査機関がいいか、医療機関がいいかは個々のケースによって異なります。

 どちらを受診する方がいいかについてよく考える必要があるでしょう。

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