GINAと共に

第 7回 「風俗嬢ダイアリー」へようこそ(07年 1月)

 先月から、GINAのウェブサイトで日本の(現役/元)風俗嬢のエッセィを連載しています。私個人としては、この企画によって読者に2つのことを訴えることができれば、と考えています。

 ひとつは、現在の日本の風俗業界では、「性感染症の予防ができていない」という点です。「風俗嬢ダイアリー」のトップページで、編集部のある女性は次のようにコメントしています。


 不思議なことに、多くの風俗の現場で、性感染症を予防する行為をすることができません。皆が、そこでの行為で性感染症がうつるかもしれない、と思い当たり、そして働く者にしてみては、うつらないようにしたい、安全に働きたいと、思っているにもかかわらず、です。


 この言葉は、現在の日本の風俗嬢の思いを象徴していると言えるでしょう。「安全に働く」ということは、誰もが求めることのできる権利のはずですが、まさに"不思議なことに"感染症の予防ができていないという現状があります。

 なぜでしょうか。

 ひとつは、男性客の理解の低さでしょう。彼女らに話を聞いていると、コンドームの使用を拒否する男性客がいかに多いかということに驚かされます。心から信頼し合える恋人どうしであれば、お互いに感染症の検査をおこないリスクがないことを確認すれば、(避妊の問題を除けば)コンドームは不要ですが、出会ったばかりの男女がコンドームなしの性行為(unprotected sex)をおこなうなどということは危険極まりない行為です。

 私は日々の臨床で、性感染症に罹患した患者さんを診る機会がありますが、「オーラルセックスで性感染症にかかることを知らなかった」と答える人が多いことに驚かされます。他のところでも述べましたが、風俗店で性感染症に罹患し、それを知らない間に自分の恋人や奥さんにうつしてしまったという男性がいかに多いかということは知っておくべきでしょう。

 GINAがおこなったタイのセックスワーカーに対するアンケート調査でわかったことのひとつは、「(西洋人に比べて)日本人はコンドームを使用したがらない」ということです。アンケートの具体的な質問事項ではないため、具体的な数字では出てきませんが、彼女たちのコメントをまとめると、日本人の特徴は、「オーラルセックス(フェラチオ)が好きで、コンドームを使いたがらない」、ということです。(ちなみに、アラブ系の男性客はオーラルセックスには興味を示さないそうです)

 風俗店も客商売ですから、できる限り顧客のニーズに応えようと考えるでしょう。その結果、現場で働く風俗嬢たちが危険な目に合っている、という構図ができあがってしまっているのです。

 おそらく日本人のこの民族性(?)が、国内の風俗嬢たちを危険な目にさらしているのでしょう。

 もうひとつ、「風俗嬢ダイアリー」を通して、読者に伝わってほしいと私が願うことは、彼女たちは決して他者から蔑まされる対象ではないということです。

 たしかに、彼女たちの多くは、名前をオープンにしたり、堂々と公の前で発言したりすることには抵抗をもっています。これは仕事の特性を考えたときに止むを得ないことでしょう。そもそも、"性"の問題は"理性"では説明ができないものであり、その"性"のサービスを供給する職業に従事する彼女たちは、"理性"の社会(日常の社会)では"闇"的な(非日常の)存在となります。

 この私の考えに対して反対する人がいるかもしれません。「社会に"闇"など必要はない。すべてのものごとを"理性"で解決すべきだ」と考える人たちです。このタイプの人たちと話をして私が驚くのは、彼(女)らは、例えば「暴力」や「売春」といったものを「消滅させるべき"悪"」とみているということです。

 しかし、少し考えれば分かりますが、古今東西を振り返って「暴力」や「売春」が存在しない社会など皆無であることは自明です。売春婦のいない社会、マフィアのいない社会などあり得ないのです。(例外があるとすれば現在の北朝鮮かもしれません。北朝鮮には売春はありますがマフィアがいないそうです。まあ、国そのものがマフィアのようなものですが・・・)

 「暴力」や「売春」なんか自分には関係がない、と考える人もいるでしょう。もちろん、それはそれでかまわないのですが、そんな人にも"理性"で物事が考えられなくなるときはあるはずです。例えば「恋愛」がそうでしょう。「不倫」や「禁じられた恋」を例に出すまでもなく、恋愛の真っ只中にいる人は"理性"だけでは行動していないはずです。そもそも"理性"的な恋愛など、本当の恋愛と呼べるのでしょうか・・・。

 現実的な視点に立つならば、すべての人が、「暴力」や「売春」あるいは「恋愛」といった理性的ではない"闇"と共存していくことが大切であるはずです。"闇"の世界で仕事をしている人たちは、すでに相当な苦労を強いられています。例えば、アパートを借りたり、クレジットカードをつくったり、といったことは"理性"的な仕事をしている人のようにはできません。また、多くの人は、どこかで"負い目"のようなものを抱えて生きています。

 けれども、"職業"や"生きている社会"といったレベルではなく、もっと根源的な次元において、"人間の尊厳"というものがあるはずです。

 風俗嬢をいたわりましょう、あるいは逆差別しましょう、などと言うつもりはありません。むしろ、安易な気持ちで風俗の仕事を始めるな! というのが私の考えです。しかし、どんな社会にも、(広い意味の)売春で生計を立てている人がいるのが現実なわけですから、大切なのは、"日常"の社会のなかで彼女たちと出会ったときは、"普通に"接するということです。あるいは"闇"の社会で彼女たちと出会ったならば、根源的な次元においての"人間の尊厳"を尊重する、ということです。

 医療現場というのは、"理性"の社会でありますが、同時に、患者さんは自身の"闇"の部分についても話します。患者さんは、家族や友達にも言えない本音を医師には語るのです。

 その人の"闇"の部分も尊重しながら"理性"的に医療をおこなう・・・。これが私の理想です。 

GINAと共に目次へ

記事URL

第 6回 『イサーンの田園にルークトゥンが流れる時』完(06年12月)

9月5日に当ウェブサイトで連載を開始した小説『イサーンの田園にルークトゥンが流れる時』が、12月19日で最終回を迎えました。

 この小説を巡って、「どこまでがノンフィクションなの?」と何度か聞かれたことがあるのですが、基本的にはほとんどがフィクションで、登場人物はすべて架空の人物です。

 ただ、ストーリーに出てくるNPOというのはGINAのことですし、そのNPOがおこなったアンケート調査というのは、「タイのフリーの売春婦(Independent Sex Workers)について」のことで、結果はすでに公開している通りです。

 また、私自身が実際にGINAのタイ人スタッフの実家を訪問し、田植えを手伝ったり、食事やトイレで悪戦苦闘したりした経験に基づいてストーリーを組み立てていますから、そういったシーンの描写は、それなりにはノンフィクションに近いかたちとなっているかもしれません。

 この物語にある種の信憑性があるとするならば、それはヒロイン役のスパーのそれぞれのエピソードが、私がこれまでに(元売春婦の)エイズ患者さんや、バンコク在住でイサーン地方出身のセックスワーカーたちから聞いた話に基づいているからです。

 貧困で義務教育の中学校に進学できなかったこと、小学校まで片道2時間の距離を歩かなければならなかったこと、18歳で二児の母親となり夫に逃げられたこと、兄弟が市場で拾われてきたこと、働いていた工場でHIV検査を義務付けられていたこと、金持ちの西洋人のボーイフレンドができて実家にも仕送りできるようになったものの不慮の事故でその生活が終わったこと、働かない兄の遊びのためになけなしのお金を与えている妹・・・。これらはすべて私が数人のタイ人から直接聞いた話です。

 この物語を通して、私が訴えたかったことは主に2つあります。

 ひとつは、セックスワーカー(売春婦)は決して非難される立場の存在ではないということです。物語にあるように、ヒロインのスパーは、これまでに売春をしていた可能性がありますし、これから売春を始めなければならないかもしれません。もしも、スパーが売春に身をそめるようなことがあったとして、誰がスパーを責めることができるでしょう。

 小学校しか卒業してなければまともな仕事は見つけられないのが現実です。仮に見つかったとしても月給は4,000から5,000バーツ程度(12,000円から15,000円程度)です。この給料から自分の生活費をまかない、両親と二人の子供の面倒を見なければならないのです。

 タイでは水道水が飲めませんから生きていくには飲料水を買わねばなりません。水と食料を買って、交通費を払い家賃を払えば(バンコクでは中心部ほど家賃が高いために出稼ぎ労働者は郊外に住んでバスで職場まで通うのが普通です)、自分ひとりが生きていくのが精一杯です。

 イサーン地方で仕事が見つかればやっていけるかもしれませんが、貧困なこの地域には女性が就ける仕事がほとんどありません。実際、イサーン地方の奥地に行けば、若い女性の少なさに驚かされます。私は、一度イサーン地方の葬式に参加したことがあるのですが、村中のほとんどの人が集まっていたその葬式には若い女性がほとんどいませんでした。その理由を村人に尋ねることはできませんでしたが、おそらく多くの女性はバンコクやプーケットに出稼ぎに出ており、そのなかの何割かは身体を売って生活しているのでしょう。

 こういった事実に目を向けようとせずに、「売春はよくない」と主張してみてもまったく説得力はないのです。

 もうひとつ、私が訴えたかったことは、「タイの売春婦からHIVに感染する外国人」についてです。主人公のケイは看護師ですから当然医学的な知識はありますし、また気軽に誰とでも性交渉を持つような性格ではありませんから、仕事や観光でタイに行っても女性を買うようなことはしないでしょう。

 しかし、ケイはスパーと一緒にいるうちに、次第にスパーに惹かれていきます。文中にあるように、この惹かれ方は、スパーが美しいからとか優しいからといったものではなく、かなりの部分で同情(文中にあるようにタイ語では「キーソンサーン」と言います)に基づいています。そして、仮にスパーがHIV陽性であり、ケイと恋に落ちるようになれば、ケイに感染する可能性もでてきます。

 したがって、タイの売春婦からHIVに感染する外国人というのは、売春目的でタイにやって来る輩よりも、むしろケイのような純粋な男性ではないかと私は考えています。それを裏付けるのが、「タイのフリーの売春婦(Independent Sex Workers)について」で述べたように、「性感染症に罹患している売春婦は、週あたりの顧客の数が少ない」という意外な結果です。彼女たちの多くは、多数の買春客から薄利多売をするのではなく、少数の外国人と親密な関係になることを望んでいます。ケイのような男性が、最初は売春をしていると知らずに売春婦に近づいたとすると、親密な関係になることがあり得るでしょう。

 このウェブサイトで何度も述べているように、先進国でHIV感染が増えているのは日本だけではなく、ほとんどの先進国が同じような事態に直面しています。そして増えている新規感染のうち、最も注目すべきグループのひとつが、「海外で(特にタイで)感染する男性」です。今後は、このグループに対する予防啓発活動が必要となってくるでしょう。

 さて、『イサーンの田園にルークトゥンが流れる時』は、ケイがスパーの実家に戻ったところで終わっています。スパーが実際に売春をしていたのか、これから売春をすることを考えているのか、HIVに感染しているのか、また、ケイとスパーのこれからの関係がどうなるのかは、ケイにも分かりません。

 もちろん私にも分かりません。

GINAと共に目次へ

記事URL

第 5回 アイスの恐怖(06年11月)

オーストラリアはアジアの一員である、と言えば(狭い意味の)アジア人にもオーストラリア人にも抵抗を示す人は少なくないでしょう。しかし、オーストラリアは確実にアジアの一員である、と言える領域があります。

 それは、違法薬物の世界です。オーストラリアを含むアジア諸国(もちろん日本も含みます)で最も流通量が多い薬物が、大麻を除けば、覚醒剤とエクスタシー(MDMA)です。

 一方、欧米諸国では、大麻以外には、エクスタシーの存在は無視できませんが、コカインやLSDが多いのが特徴です。覚醒剤の流通量はそれほど多くないと言われています。突然死に至ることも多いコカインとヘロインの合剤である通称「スピードボール」は欧米諸国で問題になっていますが、アジア諸国ではまだそれほど流通量が多くないと言われています。(最近の東京ではアメリカ大陸からの直輸入で若者に浸透しだしているという噂もありますが・・・)

 覚醒剤はアンフェタミンとメタンフェタミンのことを指し、以前の日本では「シャブ」と呼ばれていましたが、最近ではイメージアップを図ってなのか、「スピード」「エス」などと呼ばれることが増えてきました。粉末や錠剤の他に、透明な結晶をしたものがあり、これは純度が高くアルミ箔に乗せて下から火であぶり気化させたものを吸入する摂取法がよくとられます。(この方法を「アブリ」と言います) 

 この結晶は、かたちが氷に似ていることと覚醒剤がキマれば身体が冷たくなっていく感覚があることから、ジャンキーたちには「アイス」と呼ばれています。

 9月27日のNEWS.COM.AUが、アイスがオーストラリアの若い世代に浸透してきていることを報道しています。エクスタシー(MDMA)に代わって、アイスがパーティ・ドラッグの主役になりつつあるそうです。

 国民薬物アルコール研究センター(National Drug and Alcohol Research Centre)は、オーストラリアの若者の間で、仲間と一緒にアイスを吸入する(アブる)のが流行しており、薬物シンジケートも最近は若者をターゲットにしていることを報告しました。

 また、オーストラリア違法薬物委員会(ANCD、Australian National Council on Drugs)は、シンジケートが取り扱う違法薬物をヘロインからアイスに変えてきていると発表しました。

 「我々は薬物シンジケートのマーケティング能力を過小評価している。彼らはアジア全域の若者をターゲットにしている」と、ANCDの幹部はコメントしています。

 シンジケートはアジアの工場で大量に違法薬物を製造しているようです。最近、オーストラリア連邦警察(AFP)も加わっておこなわれた国際調査で、マレーシアのある場所でシャンプーを製造しているかにみせかけた工場で、一日に60キロものアイスが製造されていることが発覚しました。60キロのアイスは、末端価格にして270万オーストラリアドル(約2億4千万円)に相当するそうです。逮捕されたのは21人で、彼らはごく簡単に入手できる化学物質を原料にこの覚醒剤を製造していたそうです。また覚醒剤以外にも8万錠のエクスタシーも押収されたようです。

 オーストラリア連邦警察のある幹部は言います。

 「これは我々が知る限り世界最大の薬物工場である。今回押収したものはアジア太平洋全地域に流通する可能性のあるもので、オーストラリアも例外ではない。そして、最近では押収量が最も多いのがアイスである」

 国民薬物アルコール研究センターの調査では、16歳から25歳の若者でアイスの吸入が流行していることが分かりました。

 ある研究者は、「若者の多くは、エクスタシーやマリファナを経験し、やがてアイスに手を出し始める」、とコメントしています。

 9月27日のNEWS.COM.AUは別の記事で違法薬物に関する二つのレポートについて報告しています。

 ANCDによる調査で、アジア太平洋諸国13カ国で最も問題になっている薬物は、覚醒剤とエクスタシー(MDMA)であることが分かりました。

 ANCDの代表者John Herron医師は、「我々は違法薬物がアジア太平洋地域の安定性を脅かしオーストラリアにも大きな影響を与える可能性を過小評価すべきでない。覚醒剤はすでにアジア太平洋諸国の若者の文化に溶け込んでいる」、とコメントしています。

 ANCDは自国以外の状況についてもレポートしています。

 「インドネシアが麻薬も含めた違法薬物の消費地のみならず中継地となっている。インドネシアのHIV陽性者の80%が違法薬物の静脈注射をする者で、タイでは毎年25,000人が新たな違法薬物のユーザーとなっている。アイスは現在のフィリピンの最もメジャーな違法薬物である」

 もうひとつのレポートは、UNODC(国連薬物犯罪オフィス)によるものです。UNODCは覚醒剤(アイスを含む)がオーストラリアの路上で出回っていることを警告しています。

 UNODCによりますと、オーストラリアでおこなわれた1999年から2000年、2004年から2005年のふたつの調査を比べると、薬物中毒が原因で入院となる者が56%も増加しています。薬物中毒者は攻撃的になり暴力をふるい救急医療の対象になることもあります。

 覚醒剤に依存している人は世界で2,500万人にものぼり、そのうち6割以上は東南アジアと東アジアに住む人たちです。

 覚醒剤の前駆体物質は容易に入手でき、精製はそれほどむつかしくありません。そして、国際間に流通させているのは若い世代であることをUNODCは指摘しています。

 これらの記事には日本に関する記載がありませんが、日本はいまや世界有数のドラッグ天国です。そして、この記事にあるように、日本でも最も流通している違法薬物は覚醒剤とエクスタシー(MDMA)です。最近は覚醒剤の北朝鮮ルートが次第に減少してきており、数年前に比べると仕入れはやや困難になってきているという情報もありますが、アイスの入手しやすさは世界一と言う人は少なくありません。そのため日本人の元ジャンキーのなかには、怖くて日本に帰れないという人もいる程です。

 アジア太平洋地域の先進国であるオーストラリアが国際捜査に加わりマレーシアの工場を摘発しているわけですから、日本もアジア全域に対する薬物撲滅政策を展開すべきではないでしょうか。それが、国内外に住む日本人を救うことになりますし、それ以前に、アジアのなかで日本が担うべき役割と責任は小さくないのですから。

GINAと共に目次へ

記事URL

第 4回 タイはもはや"微笑みの国"ではないのか(06年10月) 

タイが"微笑みの国"(Land of Smiles)と呼ばれたのはもう昔のことなのかもしれません。

 最近の世界のメディアの報道をみていると、タイの評判を下げるようなものが目立ちます。違法薬物が急速に市場に出回り、買春目的でタイに渡航する外国人が増え、さらにはタイがペドフィリア(小児愛)や人身売買の拠点になっているという報道もあります。

 2003年に、当時の与党、タイ愛国党が「薬物一掃運動」を開始しました。それまでのタイは、あらゆるドラッグが簡単に安く入手できたことから「ドラッグ天国」とまで言われていましたが、政府の徹底した対策により数千人のドラッグ密売人が射殺されたことなどもあり、わずか1~2年の間に違法薬物が入手しにくいクリーンな国となりました。自国の方がよほど簡単に薬物を入手できることに気付いた日本人ジャンキーが次々と帰国を始めたという噂もあります。(ただ、タイ愛国党のこの政策は多数の冤罪者を射殺しており、プミポン国王がタクシン前首相に好意をもっていなかった理由のひとつであると言われています)

 ところが、2006年4月2日の総選挙後、タクシン首相が一線を退くようになると、薬物使用者が急増しだしました。

 タイ警察は現在も薬物対策に力を入れていますが、使用者は増える一方のようです。9月19日に起こったクーデターによりタクシン首相は失脚し政権交代がおこなわれます。今後の政府の対策に期待したいところですが、タクシン政権がおこなったほどの強攻策はとれないであろうとの見方が強く、今後ますます薬物犯罪が増えていく可能性があります。

 買春目的でタイに来る外国人も増えてきています。これを裏付けるのが、「先進国でHIV感染が増えている大きな理由がタイでの売春である」、ということです。このウェブサイトで何度も取り上げているように、フィンランド、オーストラリア北部、マレーシアのケランタン州、ジャージー島などでは、タイの売春婦から感染する者が増えていることが問題である、という見解が発表されています。

 児童買春については、数年前までは、「タイではもはや児童買春はない。小児愛者(pedophile)はカンボジアなど他国に棲息している」、と言われていました。ところが、最近では、児童買春を目的としたタイ滞在者が少なくなく、パタヤの児童買春の常連客は200~300人もいるとする報告もある程です。

 最近、アメリカのあるニュース局が「小児愛者のパラダイス?(Paedophile Paradise?)」というタイトルで、タイの児童買春の現状を報告しました。このような番組がつくられた背景には、ジョン・カーという名のアメリカ人が、当時6歳の女の子ジョンベネ・ラムゼーちゃんを殺害した犯人としてタイで逮捕されたという事件があったからだと思われます。

 結果としては、カー氏は犯人ではなかったのですが、この事件が報道されたときのマスコミの報道は、舞い上がって騒ぎすぎていたように思われます。まるで、「やっぱり小児愛者はタイに集まるんだ」、と言わんばかりの報道でした。

 カー氏が逮捕されたときに宿泊していたのは、バンコクのサトーンと呼ばれるエリアにあるブルームス(The Blooms)というホテルですが、あるマスコミは、「買春客が棲息する悪名高き卑しきホテル(a notorious, grubby haunt for sex tourists)」と報道し、「近くにはマッサージ・パーラー(ソープランド)が乱立し母国を捨ててタイに来た外国人と買春客が集う旅行代理店が集中している(neighbourhood of massage parlours and travel agents that cater to expatriate residents and sex tourists)」というものもあったようです。

 証拠が充分にそろっていないにもかかわらずカー氏が逮捕されたのは、「このホテルに宿泊しているのだから小児愛者に間違いない」、と捜査官に思われたことが原因のひとつかもしれません。

 しかし、こういった報道はもちろん行き過ぎていますし正確ではありません。まともな人もこのホテルを利用するでしょうし、近くにマッサージ・パーラーがあるからといって誰もがそのような場所にいくわけではありません。

 マスコミの報道はときに偏ったものになりがちです。アメリカのこのニュース局の番組をみた世界中の小児愛者が今後タイにやって来るようなことがあれば、このニュース局はどうやって責任を取るのでしょうか。このニュース局だけではありません。タイが「薬物天国」「買春天国」「児童買春のパラダイス」などと報じているマスコミやウェブサイトは日本も含めて世界中に数多く存在します。

 2006年9月23日のBangkok Postに、あるイギリス人の男性が「Sex and this city」というタイトルでコメントを載せています。その男性は、イギリスに帰国した時に、周囲に「普段はタイで働いている」と話すと、「ズルイやつ(sly dog)」と言われたり、タイに住んでいること自体を非難されたりするそうです。タイに住むのは買春目的だと思われているのです。

 この男性は、かつてカンボジア人と恋に落ちたことがあるらしいのですが、それを西洋人に話すと、「あなたは売春婦が好きなの?」と言われることがあるそうです。アジアの女性は皆売春婦だと思っている西洋人は少なくないそうなのです。

 これには同じアジア人として私は激しい憤りを感じます。たしかに、タイやカンボジアの夜の店で働く多くの女性が売春をしているのは事実でしょうし、児童買春が増えていることも問題です。しかし、だからといってすべての女性を売春婦とみなすなどというのは言語道断です。

 タイとは本来、美しい自然と絶品の料理が楽しめて、人々が笑顔を絶やさず外国人にも優しく接してくれる、大変魅力的な国なのです。タイに観光に来る女性は少なくありませんし(男性を買いに来る女性がいるのも事実ですが・・・)、カップルの旅行先としてもタイは人気があります。新婚旅行でタイを選ぶ人も少なくないでしょう。

 偏ったマスコミの報道のせいで、健全な目的でタイに観光に来る人が減少し、そして薬物や買春目的でタイを目指す輩が増えることを私は懸念しています。

 タイが"微笑みの国"であり続けるためには、マスコミやウェブサイトの表現が鍵を握ります。薬物や買春に走る輩の興味を引くような表現は避け、タイ国やタイ人でなくそういった輩たちこそが卑下されるべき対象であることを伝えていくのがマスコミやウェブサイトの使命であるはずです。

GINAと共に目次へ

記事URL

第3回(2006年9月) 美しき同性愛

 それは、私が小学校2年生の頃の話・・・。

 私はテレビの部屋で(私の家にはテレビがひとつしかありませんでした)、家族で人気アニメ「ドカベン」を見ていました。二番バッターの殿馬(とのま)が、豪腕ピッチャーからヒットを打つシーンで、「秘打・白鳥の湖」という回転打法を披露したのですが、そのときに流れていた音楽が、チャイコフスキーの「白鳥の湖」でした。

 生まれて初めて「白鳥の湖」を聴いたこの瞬間のことを私は今でも鮮明に覚えています。ストリングスが奏でる旋律のあまりの美しさが心臓を奥まで貫き、一瞬呼吸ができなくなったほどです。

 その12年後のある秋の日・・・。

 私は大学構内のカフェで、社会学関連のある本を読んでいました。その本にチャイコフスキーという名前が出てきたのですが、その時私は、「白鳥の湖」を初めて聴いたときと同じような、あるいはそれ以上の衝撃を受けました。

 チャイコフスキーが同性愛者だったとは・・・。

 それが、私が「同性愛」に興味をもつきっかけとなりました。

 著名な同性愛者はチャイコフスキーだけではありません。少し例をあげてみましょう。

 オスカー・ワイルド、シェイクスピア、ミシェル・フーコー、ジョン・ケージ、フレディ・マーキュリー、ミケランジェロ、アンデルセン、サマセット・モーム、レナード・バーンスタイン、ロラン・バルト、ジェームス・ディーン、デヴィッド・ボウイ、ボーイ・ジョージ、マーロン・ブランド、ジョニー・マティス、エルトン・ジョン、・・・。

 ハリウッド俳優、ミュージシャン、学者、芸術家、作家などを思いつくまま並べてみましたが、挙げればきりがありません。もちろん、日本人にも同性愛者は少なくありません。

 江戸川乱歩、三島由紀夫、折口信夫、淀川長治、・・・。

 女性の同性愛者もみてみましょう。

 ネナ・チェリー、グレイス・ジョーンズ、マルチナ・ナブラチロワ、マドンナ、・・・。

 これだけ、そうそうたる著名人が並ぶと、同性愛がなんだか素晴らしいものに思えてきます。

 私は作家の山田詠美さんのファンなのですが、詠美さんのエッセィのなかで、「ニューヨークでダサい男はみんなストレートで、いい男はみんなゲイ・・・」、といった内容のものを読んだことがあります。

 一度ロンドンで、洒落た雰囲気のカフェに入ったことがあるのですが、そのカフェに入ったとたん、周囲の異様な雰囲気に圧倒されてしまいました。すぐに、そこがゲイ専用のカフェだということが分かったのですが、私が驚いたのは、私以外の客がみんなゲイということではなく、私以外の全員がたいへんお洒落でカッコよかったということです。

 私の知人のなかにもゲイが好きという女性が少なくありません。彼女らが言うには、「ストレートの男は女性の気持ちがまるで分からないけど、ゲイは繊細なハートを持っているから女性をよく理解してくれる」、そうなのです。

 この話を聞いて思い出すのが、ジュリア・ロバーツ主演の映画「ベスト・フレンズ・ウエディング」に登場していたルパート・エベレット(彼は実生活でもゲイです)です。映画のなかで、主人公のキャリア・ウーマンを演じるジュリア・ロバーツが、以前の恋人が結婚するという事態に直面し混乱しているところを、ルパート・エベレットが優しく理解します。この映画を見たとき、私も女性ならこんな友達「ベスト・フレンド」が欲しいと思いました。

 タイに行くと、たいがいどこに行ってもゲイを目にします。(タイでは、カトゥーイと呼ばれる女性の格好をした男性(日本風に言えば「ニューハーフ」)もよく見ますが、ここでは分けて考えたいと思います)

 タイで、中学生が団体で電車に乗っているような場面に遭遇すると、たいてい数人の綺麗に化粧をしたゲイが女子学生と仲良く会話を楽しんでいるのを目にします。中高生の団体旅行などをみると、だいたい1割くらいの男性がいかにもゲイというファッションをしています。

 タイの国民的スーパースターであるBIRDもゲイで、彼はタイの大勢の国民から支持されており女性ファンも少なくありません。タクシン首相も彼の大ファンです。

 タイは、同性どうしの結婚は法的に認められていませんが、おそらく世界一同性愛に寛容な国だと思われます。実際、世界中からゲイやレズビアンが集まってきています。

 何人かのタイのゲイに、「この国では同性愛差別はないのか」、と聞いたことがあるのですが、全員ではありませんが、ほとんどのゲイは、「差別はほとんど感じない」、と言います。だから、私は日本で暮らしにくそうにしているゲイをみると、「タイに行ってみればどうですか」、と言うことがあります。実際、日本人のゲイのなかにもタイ好きは少なくありません。

 そんなわけで、私は同性愛者に対して、偏見どころか、ある意味では羨望のような気持ちもあります。そういう気持ちがあるからかどうかは分かりませんが、私自身もゲイと思われることがときどきあります。特に、タイに行くと、タイの女性から、「あなた、ゲイでしょ」、と言われたことが何度もあります。
 
 私は、自分がゲイと言われると、「お洒落でカッコいい」と言われているような気がするので、決してイヤな気持ちにはならないのですが、素直には喜べない側面もあります。よく、「色白の日本人は、日本ではパッとしない男でもタイ女性からはモテる」、と言われることがありますが、私はゲイと思われるからなのか、色は白いのに、タイ女性の間からさっぱりモテません。もちろん、日本でもモテるわけではありません。

 では、ゲイからはどう思われているかというと、ゲイの人に尋ねると、私は、「とうていゲイには見えないし、これからもゲイになれることはない」、と言われてしまいます。

 ということは、結局私は誰からもモテないということになってしまいます。

 まあ、私の個人的な話はいいとして、同性愛者が社会から差別を受けている、という事態が私には理解できないのです。なかには、同性愛者だという理由で、病院でイヤな思いをした、という人もいます。また、世界には、同性愛行為が法律で厳しく禁じられている国もあります。

 いったい、同性愛者が社会のなかで、どれだけストレートの人に迷惑をかけたというのでしょうか・・・。

 山田詠美さんは、エッセィのなかで、「黒人が差別されてきたのは自明なんだから、自分は逆差別するくらいの気持ちがある」、というようなことを言われたことがあります。私は、差別やスティグマがこの社会からなくなるまで、同性愛者を応援していきたいと考えています。

GINAと共に目次へ

記事URL