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タイの施設紹介

タイの施設紹介

 
パバナプ寺 エイズホスピス




ヤソトーン県 バーンホームハグ

 


 当ウェブサイトの写真について、本人及び保護者から許可を得たもののみを掲載しています。

 


 
 ハック・プーサーン(HIV自助グループ) 
 
 

 2001年頃からスタートしたパヤオ県プーサーン郡のHIV自助グループで、現在約120名のHIV陽性者がメンバーとなっています。

 このグループは120人の成人メンバー以外にも、数十人のエイズ孤児(母子感染でHIVに感染した子供、及び両親をエイズでなくした子供)の支援もおこなっています。

 グループの活動としては、新規感染者の相談、医療機関受診の為の手続き代行、学校等での啓発運動、子供達へ奨学金の助成など、です。(好評だったラジオ局の運営は諸事情から現在中止していますが、近日再開予定です)

 グループのメンバーの多くは以前が定職がありませんでしたが、農作業や工事現場での作業をおこなえる人が増えてきました。ただし生活に余裕があるとは言えません。

「ハック・プーサーン」とはタイ北部の言葉で「プーサーンを愛する」という意味です。(以前はこのサイトで「ハック」ではなくタイ標準語の「ラック」と記載していましたが正確には「ハック」です) ハック・プーサーンのリーダーや他の幹部は現在精力的に様々な活動をしていますが、別にコーディネイトをしているKhanitta Akatsukaさんというタイ人女性がいます。

 タイでは通常本名ではなくニックネームで呼ぶのが普通で、Khanitta Akatsukaさんはトムさんと呼ばれています。(ちなみに、「トム」と聞くと男性がイメージされがちですが、タイ人でトムというと普通は女性です。名著『メナムの残照』の作者トム・ヤンティ氏も女性です)

 トムさんは日本に留学されていたこともあり、母国語のタイ語以外に英語も日本語も堪能です。

(文:谷口恭 2015年8月24日更新)

ボランティア募集
看板
グループ
学校

トムさんからの手紙


みんなで
 希望の家 エイズ孤児の施設
 
 
親をエイズで亡くした子供たちの施設。

殆んどが山岳民族の子供たちで、両親を亡くしている場合もあれば片親を亡くしている場合もある。

親族が存在している場合もあるが彼らの殆んどが近隣国からの入国者でタイ国籍を持っていない生活困窮者の為、子供たちを養う事が出来ない。

子供たちには各々のエピソードがあり、想像を絶する苦境を経験した子供もいる。

施設内でニコニコと笑顔ではしゃぐ子供たちを見る限りそのような経験をしたとは到底思えない。あのちっぽけな身体に似合わない、大き過ぎた悲しみを考えるとこちらの胸も痛み出すし、自然と涙が溢れてしまう。

2009年4月現在、男子14名、女子9名が共に生活している。

宿泊も可能で1日数間だけ訪問するよりは泊まりがけで数日間かけて彼らと打ち解けるといいのではないだろうか。



HP: http://www.kibounoie.com/





 
みんなで
子どもたち
子どもが遊んでいる姿
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パバナプ寺 エイズホスピス
 
 
世界最大のエイズホスピスとして知られています。

そのため国内外から毎日多くの見学者が訪れ、多い日は1日で千人以上にもなります。

重症病棟、軽症病棟、バンガローを合わせると200人ほどのHIV陽性者がこのホスピスで生活しています。見学者は重症病棟にも入ることができ、この点が我々外国人を驚かせます。また、エイズで亡くなった人をミイラ化し展示したり、ホルマリンに漬けた臓器を展示したり、また亡くなった人のお骨を原料にしたモチーフが飾られていたりして、このあたりは世論から非難されることもあります・・・。(下記コラムを参照ください)

この施設は「エイズホスピス」と呼ばれていることからも分かるように、以前はいったん入所すると死を待つしかありませんでした。しかし、2004年から抗HIV薬が無料で支給されるようになり、この施設で死を迎える人は次第に減少してきていますし、なかには回復して社会復帰される方もでてきました。

しかし、それでも治療が遅れて亡くなっていく人や地域社会で差別を受け最終的にこの施設にたどり着いた人なども依然少なくはなく、エイズという病を医学的だけでなく社会的な観点から多くのことを学ぶことができる施設と言えるでしょう。

参考:
GINAと共に第42回「エイズ患者のミイラ展示は是か非か」
論文「パバナプ寺でのエイズ治療」(2007年6月)    
『今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ』で、パバナプ寺のことを詳しく紹介しています。
家
ミイラ化
施設

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21世紀農場
 
 
農学博士の谷口巳三郎先生が、タイに日本の農業を教えようと開かれた農場で、機械を使った日本式の農業や、効率の良いタイにあった農業の提案などを行われています。

タイだけでなく、日本の農業高校の生徒や大学農学部の学生が研修にくることもあります。

谷口巳三郎先生は、パヤオ県のエイズ問題にいち早く行動をされた方でもあり、これまでに様々なプロジェクトを実行されてきました。

現在は、近くにあるチュン郡立病院に訪れるエイズ患者さん達に、農場で採れた新鮮な野菜や牛乳などを寄附されています。

谷口巳三郎先生の活動を支えているのが奥様の谷口恭子先生で、「タイとの交流の会」というプロジェクトを地元熊本県で立ち上げられています。

タイとの交流の会 谷口プロジェクト
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/3853/index.html

谷口巳三郎先生の著書(いずれも熊本日日新聞情報文化センターより発刊)
『エイズ最前線 死の川のほとりからタイの若者を救え! 』(2003年)
『熱帯に生きる—在タイ20年、農村開発に命... 』(2004年)

★21世紀農場から手紙が届きました。

※谷口巳三郎先生は2011年12月31日に永眠されました。享年88歳でした。
参考:GINAと共に第67回(2012年1月)「谷口巳三郎先生が残したもの」
自然
タイとの交流の会
子どもたち

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ヤソトーン県 バーンホームハグ

2009年7月
インタビュー:Orawan Thongpiw(GINAタイスタッフ)
構成:谷口恭
ヤソトーン県バーン・ホーム・ハグ

 タイの東北地方(イサーン地方)にヤソトーン県というのんびりとした県があるのをご存知でしょうか。面積はそれほど狭いわけではありませんが、人口は50万人程度と少なく、田園の風景が延々と続いているタイの田舎らしい県です。バンコクからの交通手段はバスのみで、8時間以上かかるため、観光客もほとんど訪れません。

 そのヤソトーン県に「バーン・ホーム・ハグ」(Ban Home Hug, 以下BHH)と呼ばれる小さな施設があります。

 BHHには、両親に捨てられた子供たちが収容されています。多くはエイズ孤児や大人から性的虐待を受けて心に傷を負った子供たちです。BHHは、スタシニー・ノイイン(Suthasinee Noi-In)さんというひとりの女性によって1989年に設立されました。

 2009年7月、GINAのタイスタッフは、収容されている子供たちに会い、スタシニーさんから話を聞くために、バンコクからバスに乗りBHHを訪れました。

以下はそのインタビューです。


 
 
(GINA)BHHは1989年に設立されたと聞きましたが・・・。

(スタシニー)そうです。Ban Home Hugは通称で、正式名称は「Foundation of Suthasinee Noi-in for Children & Youth(子供たちのためのスタシニー・ノイインの基金)」と言います。最初からきちんとした施設として認められていたわけではなく、県から正式に「孤児院」として認証を受けたのは1999年です。

(GINA)BHHではどのようなことに主に取り組まれているのでしょうか。

(スタシニー)まずは情報収集です。きちんと養育を受けていない子供がいないか、虐待を受けている子供がいないか、薬物を乱用している子供はいないか、などの情報を地域から集めます。地域社会で解決できなければ、BHHへ入所してもらうことを検討します。

新しくBHHに入所した子供たちには、まずは安全な寝床を与えて、恐怖を取り除いてあげます。そして、他の子供たちや我々スタッフと大家族のように手を取り合って、うれしさや楽しさ、また苦しみや悲しみも共有できるようにケアを開始します。

私たちは教育を大変重要なものと考えています。子供たちはこれまでまともな教育を受けていないために様々な問題を抱えています。これまで周囲から受けてきた悪い影響を取り除き、健康に害があるような行動を矯正するようつとめます。

エイズに関する教育も大変重要です。BHHの信条である「愛と責任」「愛と理解」といったことを子供たちに伝えることによってエイズという問題を考えてもらうようにしています。BHHには両親がエイズで亡くなった子供たちも少なくありませんし、自らがHIVに感染している子供もいますが、私たちは子供たちに無条件の愛を与えます。HIVに感染しても人間としての尊厳は失われてはならない、そのことは私たちが子供たちに最も伝えたいことのひとつです。

(GINA)GINAは、タイのいくつかのエイズ施設の支援をおこなっています。タイには、2~3人のHIV陽性者が収容されている小さな施設から、パバナプ寺(Wat Phrabhatnamphu)のような数百人の規模のものまで様々なところがありますが、BHHでは現在何人の子供たちが暮らしているのですか。

(スタシニー)現時点(2009年7月12日)で117人の子供が暮らしています。男の子が30人、女の子が87人です。そのなかで男女合わせて合計30人がHIV陽性です。平均年齢というのは、今ちょっとすぐにはわかりませんが、小学生くらいの年齢の子供がほとんどです。

(GINA)117人の子供の世話となるとかなり大変だと思いますが、スタッフは合計何人いるのですか。

(スタシニー)私を含めて全部で19人です。男性は3人で主に送迎の仕事(ドライバー)をしてもらっています。女性は16人です。

(GINA)スタッフのなかに外国人のボランティアもいるのですか。

(スタシニー)今、フランス人の21歳の青年がボランティアに来てくれています。もう2か月くらい子供たちのケアをしてくれていて、あと1ヶ月ほどはお手伝いをしてくれるそうです。あとは、毎年日本から看護学生の方が来てくれています。彼女たちは一生懸命子供たちのケアをしてくれるので私たちも助かります。夏休みだけでなく、短い冬休みや春休みにも来てくれるので、子供たちも楽しみにしています。

(GINA)小学生くらいの子供は健康であっても何かと手がかかりますし、全員に正しい教育をおこなうというのは本当に大変なことだと思います。身体の病気を患っている子供、大人からの虐待を受けて心の傷を抱えている子供、さらにHIV陽性の子供も少なくないようですが、こういった子供たちのケアをされているBHHには宗教的な背景があるのでしょうか。

(スタシニー)サンサニー・スチラスタ(Sansanee Sthirasuta)という著名な尼僧(故人)がいます。彼女はガンに罹患しこの世を去りましたが、1987年にバンコクに設立された「サチラ・ダマスサン・センター(Sathira-Dhammasthan Center)」は、生前彼女が実践していた仏教を引き継ぐことをミッションのひとつとしています。私がBHHを設立したのも、彼女の教えを実践するためと言えるかもしれません。

ただし、仏教徒でないとBHHで働けないというわけではありません。実際、先に紹介したフランス人の男性は仏教徒ではありません。

(GINA)そういえば、GINAが支援をおこなっているパバナプ寺にも外国人のボランティアが何人かいますが、彼(女)らの大半は仏教徒ではありませんし、なかにはキリスト教の宣教師もいます。彼はパバナプ寺のなかで聖書を持ち、キリストの教えをエイズ患者さんに紹介することもありますが、ほとんど例外なくその情景をみた日本人は驚きますからね。仏教のお寺のなかで宣教師が活動するなんて日本人には理解できないのでしょう。けど、これは、仏教が寛容な宗教だから、というよりは、タイ人の感性なのでしょうね。

ところで、HIV陽性の子供が30人もいるとのことですし、BHHに来るまでは虐待を受けていた子供も少なくないのですから、医療ケアが必要となることもあるかと思います。現在のBHHのタイ人スタッフのなかに医師や看護師はいるのですか。

(スタシニー)現在のBHHには医師も看護師もいません。もちろん医療が必要になる場合、それも緊急に医療ケアが必要となる場合もあって対応に苦慮します。ウボンラチャタニ県の病院が診てくれるのですが、ここから100キロ以上も離れていますから、気軽に受診するというわけにはいきません。近くにはヤソトーン病院があるのですが、今のところ積極的には診てくれないのです。けれども、定期的な医療ケアが必要な子供も大勢いるわけですから、ヤソトーン病院に診てもらえるように現在も交渉を続けています。

(GINA)パバナプ寺でも、以前は近くの病院がHIV陽性者をまったく診てくれなくて困っていました。けれど、最近は安定している患者であれば近くの病院も診てくれるようになっています。ここヤソトーン県では、依然としてHIVに対する偏見があるのでしょうか。

(スタシニー)残念ながら、差別やスティグマはあると言わざるを得ません。パバナプ寺のあるロッブリー県は地方かもしれませんが、地理的にはタイ中部に属し、バンコクから2~3時間程度しか離れていません。ここからみると都会ですよ。一方、この地域はイサーン地方(東北地方)であって、しかもバス以外は交通手段もないところです。イサーンでもウボンラチャタニ県、コーンケン県、ウドンタニ県など大きな県には外国人も来ますが、こんなイサーンのなかでも辺鄙で何もないところはバンコクなどからすると別の国にみえるほど遅れています。

HIVやエイズに関する偏見は、バンコクなどではかなり減ってきていると聞きますが、ここではますます増悪しています。BHHに自分たちの子供を置き去りにするHIVに感染した親も珍しくないですよ。

それに、行政自体がHIVに偏見を持っています。BHHは元々ヤソトーン市(注:ヤソトーン市はヤソトーン県の中心)に設立したのです。ところが、1995年に行政に半ば強制的にこの土地に移されました。これほどの差別が他にあるでしょうか。(注:現在のBHHはクッチュム(Kutchum)郡というヤソトーン県のなかでも辺鄙なところに位置している)

(GINA)最近、バンコクポスト(タイの英字新聞)に、BHHに入所している子供がHIV陽性という理由で地域の小学校から退学を強制されたことが報道されました。これは真実でしょうか。(注:この記事は、2009年5月27日のBangkok Postに「School pressure HIV-infected kids to quit」というタイトルで報道された)

(スタシニー)真実です。HIV陽性の子供たちの多くが、HIV陽性という理由で小学校から退学を強制されているのです。入学の手続きをおこなうときには、「HIV陽性です」というと門前払いをされるのがわかっていますから、それを伝えません。けれども、そのうち学校がその子供がHIVに感染していることを発見するのです。すると入学が取り消されます。いったん入学していても退学させられてしまうのです。もちろん、別の学校で受け入れてくれるところを探しますが、ほとんどの場合は断られてしまうのです。


(GINA)そうなのですか。もしもBHHがなければ子供たちはどこにも行くところがなく、命を失うことになるかもしれません。たとえ生き延びることができたとしても「愛」や「助け合い」というものを知らないまま大人になってしまうでしょう。

スタシニーさんにお話をお聞きして、BHHの役割がいかに大きいか、子供たちに必要とされているかがよく分かりました。我々GINAとしては、BHHの存在を紹介すると同時に、いまだにこれだけのHIVに対する差別や偏見が残存しているということ、罪のない子供たちが生命の危機にさらされているということを社会に訴えていきたいと思います。今日はどうもありがとうございました。


 インタビューのなかでGINAのタイスタッフも驚いているように、ヤソトーン県では、いまだにHIVに対する許しがたい差別やスティグマが存在しているようです。

 パバナプ寺のあるロッブリー県、バーン・サバーイのあるチェンマイ県では、(私の印象では2005年あたりから)HIVに関する誤った理解は徐々に減少しつつあり、容易に感染しないこと、いい薬があることなどが広く知れ渡るようになりました。むしろ、「日本人の方が誤った理解をしているのでは?」と感じることもあります。

 しかし、今回GINAのタイ人スタッフからBHHのスタシニーさんのインタビューの報告を聞いて、我々がタイ社会のHIVに対する認識を楽観視していたことを思い知りました。おそらく差別やスティグマが存在するのはヤソトーン県だけではないでしょう。イサーン地方には外国人がほとんど行かないような人口の少ない辺鄙な県もあります。

 GINAでは今後そのような地域への何らかの活動も検討したいと思います。「草の根レベルの支援」というのはGINAのミッション・ステイトメントにもある通りです。まだまだGINAがやらなければならないことがあることをBHHの取材から痛感しました。
子ども
子ども
子ども
子ども
アイロン
ボランティア
施設
施設
BHH
BHH
BHH
施設
施設
車
子どもの遊び
食事
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バンサーイターン

2002年から2010年6月までの約8年間、チェンマイで「バーン・サバイ」というエイズシェルターが存在していました(注)。バーン・サバイを設立したのは2人の日本人ですが、2011年、そのうちの1人の早川文野(あやの)氏が中心となり、「バンサーイターン」というHIV陽性者のための職業訓練施設が同じくチェンマイに誕生しました。

バンサーイターンの活動は今始まったばかりで(2011年7月現在)、ウェブサイトもまだ解説されていませんが、早川氏を中心とするスタッフがHIV陽性者のために様々な活動を開始しています。

注:現在「バーン・サバイ」はタイ人によって運営されています。


★「バーン・サバイ」については、インタビュー「バーン・サバイを振り返って」 早川文野(聞き手:谷口恭)を参照ください。

★早川氏が執筆した「サーイターン通信創刊号(2011年7月)」の全文をGINAのサイトで紹介させていただくこととなりました。そのなかで42歳女性Aさんの事例が紹介されています。Aさんに似た境遇の女性は、今も日本全国のどこかで生活されているかもしれません。日本人がタイ人にHIVを日本で感染させているという事実を忘れてはいけません。

★バンサーイターンニュースレター第2号に、GINA代表谷口恭のコラム「草の根レベルでHIV陽性者を支援すること」が掲載されています
 
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