GINAと共に
第233回(2025年11月) 12歳タイ少女の性的搾取とタイの真実
東京・湯島の個室マッサージ店で12歳のタイ人少女(12)が違法に働かされていた、要するにセックスワークをさせられていたことが発覚し各メディアが報じました。2025年11月8日のNHKの朝の看板番組「おはよう日本」では、トップニュースとして「タイ国籍少女への生活費 店側と母親側で連絡か」というタイトルでこの事件が取り上げられました。もちろんこのような事件が野放しにされていいはずがありませんし、この犯罪に関わった人物は厳しい社会的制裁を受けるべきです。ですが、この事件、タイを長く知る我々からすると違和感を拭えません。重要な事実が伏せられ、正確なことが世間に周知されていないように思えるからです。
まずはこの事件を報道から振り返ってみましょう。タイの現地紙「タイラット」の11月6日の記事、タイの英字新聞「The Nation」の11月7日の記事、11月24日の記事などからポイントをまとめてみましょう。
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タイ北部ペッチャブーン県に生まれ、祖父母と妹と暮らす12歳の少女は29歳の母親と共に2025年6月中旬に来日した。ビザは15日間の短期滞在ビザ(観光ビザ)。来日した初日に文京区湯島の「マッサージ店」に連れて行かれ、そのまま"勤務"を強いられた。男性客らを相手に性的サービス、つまりセックスワーク(売春)を強要された。少女の来日は初めてで、日本語は話せなかった。
母親は来日翌日から行方が分からなくなった。この母親、日本の他、ベトナム、台湾などを含む海外渡航を合計27回経験している。7年前に夫を亡くし、それ以来マッサージで家族を支え、被害者の少女とは(少なくとも夫との死別後)同居したことがほとんどなかった。初来日は2022年頃で知人の招待(詳細不明)。The Nationによると、今回12歳の娘を連れてきたのは弟(記事からは誰の弟か分からず)の世話を娘にさせるためで、娘を置き去りにしたのは娘のタイへの帰国航空券を買うお金がなかったから。
7月中旬、母親は少女を残してタイに帰国した。少女は店が用意した部屋で働かされ、わずかな食費しか支給されなかった。
9月中旬、少女は地元に住むタイ人に相談し入管(東京入国管理局)に強制労働を訴え支援を求めた。そのタイ人らからは「入管に駆け込めば自らが逮捕される」と警告されたが、少女は助けを求めた。そして、少女のこの決断が事件の発覚につながった。
少女は約1か月間に約60人の客にセックスワークを強要され、売り上げは約627,000円となり、一部が母親の知人の銀行口座に振り込まれていた(その1カ月が過ぎてから、つまり7月中旬から9月中旬までに少女がどのような生活をしていたのかについては報道からは分からず)。少女は母親から「迎えに来るまで店で働いて待つように言われていた」と供述している。帰国を望んでいたものの、(自分が働かなければ)母国にいる家族は生きていけないだろうと思い、耐えるしかないと考えた(The Nationの報道では「her family back in her country wouldn't be able to survive, so she felt she had no choice but to endure」) 。
少女は入管の職員に「タイに帰りたい。中学校に戻りたい」と訴えた。しばらくは日本当局の保護下に置かれることになる予定。当局によると「少女は日本の警察がこれまで接見した中で最も若い人身売買被害者」となる。
11月4日、このマッサージ店の51歳の店主、細野正之容疑者が労働基準法違反の罪で逮捕・起訴された。この店は「タイ式マッサージ」と宣伝し、他にも30歳のタイ人女性が働いていた。複数のウェブサイトや掲示板には、性的なサービスが密かに提供されていたことを示す証拠がある。
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絶対にあってはならない許せない事件ではありますが、日本、タイでの報道に私は違和感を拭えません。あえて誤解を招くような表現をとれば「えっ、"この程度"の事件でNHKの報道番組のトップに?」と思わずにいられないのです。
おそらくタイ人の知人がおらずタイに行ったことのない日本人であれば、「とんでもない母親だ」と感じ、「航空券を買うお金がないって、そんな嘘をつくなよ。最初から用意しとけよ」と思うでしょう。しかし、タイ人との付き合いが長い人であれば、タイ人のいくらか(もちろん全員ではない)は「準備」というものが苦手であることやよく嘘をつくことを知っているでしょうし(ただし、嘘をつかれた側もそれほど罪だとは思っておらず、たとえ騙されていたとしてもそのうちに許すことが多い)、タイの北部や東北地方では実の親が娘(ときには息子)を女衒に売り飛ばしていることにもある程度の知識はあるでしょう。
このことは2010年のコラム「自分の娘を売るということ」で、すでに述べました。タイ北部のある地域にあるときから"場違いな"豪邸が建ち始めました。豪邸に住む者は自分の娘を売っていたのです。なかには、(男子ではなく)女子が生まれたことで将来は安泰、と考える者すらいたとか。
2010年のそのコラムではもうひとつ実例を紹介しました。やはりタイ北部に居住するある母親は、仕事が見つかりそれなりの暮らしができるようになったのにもかかわらず、わずか3千バーツ(当時のレートで約9千円)で自分の娘を女衒に売り飛ばしたのです。
それらは例外的な話ではないのか、と感じる人がいるかもしれませんが、このような話は過去のタイではいくらでもあり、厚労省の資料でも言及されています。一部を抜粋してみましょう。
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こうした家族の窮乏状態を救おうとする若い女性の自己犠牲の行為は、商品化の浸透とともに貨幣経済に巻き込まれコミュニティの基盤が弱まった地域や家族には好意的に受け止められ、ときには奨励される傾向にあった。小学校卒業前に性産業のブローカーから値をつけられ、卒業とともにバンコクや南タイにある性産業現場へ送られる少女の「青田買い」も北部で発生した。一次的に現金収入が発生する「青田買い」に積極的に娘を送る親も出現した。
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貧困から娘を"売る"行為はタイに限った話ではありません。我々の把握している限り、隣国のラオス、カンボジアでも同様の現象が見受けられます。ラオスの少女売春の実態については前回のコラム「買春がやめられない日本と韓国の男たち」で述べたばかりです。そして、過去には日本でも同様のことがありました。過去のコラム「からゆきさんを忘るべからず」で取り上げたように、「からゆきさん」と呼ばれた当時10代(あるいはそれ以下)の少女たちは、親たちに売られ、主に東南アジア諸国で春を鬻がねばならなかったのです。
では、このような悲劇をなくすにはどうすればいいでしょうか。「供給」をなくすのは困難です。そのような母親を取り締まればいい、という声があるかもしれませんが、極度の貧困のなかではそんな考えはきれいごとに過ぎません。タイはバンコク、パタヤ、プーケットなどの観光地だけを見ていると貧しい国などとはとても思えませんが、件の少女が生まれ育ったペッチャブーン県には今も昔ながらのタイがあります。東京新聞に掲載された、件の少女が暮らしていた「家」の写真と、私のこれまでのタイ北部や東北部での経験から推測すると、この家には水道がなく雨水を貯めて生活しなければなりません。電気やガスもないために食事をつくる際には毎回火を起こしているはずです。主なたんぱく源はイナゴやタガメなどの昆虫で、アリの卵はぜいたく品でしょう。
少女の「供給」が止まらないのだとすれば「需要=少女を買う大人たち」に社会から消えてもらうしかありません。本サイトで繰り返し述べているように、セックスワークは社会に必要だとしても児童のセックスワークは絶対に許されません。その許されないことに加担してしまう可能性があるのなら少女(あるいは少年)に日々近づかないように自分を律するしかありません。過去のコラム「小児性愛者は悪人か」で紹介した「M君」はその参考になるかもしれません。
まずはこの事件を報道から振り返ってみましょう。タイの現地紙「タイラット」の11月6日の記事、タイの英字新聞「The Nation」の11月7日の記事、11月24日の記事などからポイントをまとめてみましょう。
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タイ北部ペッチャブーン県に生まれ、祖父母と妹と暮らす12歳の少女は29歳の母親と共に2025年6月中旬に来日した。ビザは15日間の短期滞在ビザ(観光ビザ)。来日した初日に文京区湯島の「マッサージ店」に連れて行かれ、そのまま"勤務"を強いられた。男性客らを相手に性的サービス、つまりセックスワーク(売春)を強要された。少女の来日は初めてで、日本語は話せなかった。
母親は来日翌日から行方が分からなくなった。この母親、日本の他、ベトナム、台湾などを含む海外渡航を合計27回経験している。7年前に夫を亡くし、それ以来マッサージで家族を支え、被害者の少女とは(少なくとも夫との死別後)同居したことがほとんどなかった。初来日は2022年頃で知人の招待(詳細不明)。The Nationによると、今回12歳の娘を連れてきたのは弟(記事からは誰の弟か分からず)の世話を娘にさせるためで、娘を置き去りにしたのは娘のタイへの帰国航空券を買うお金がなかったから。
7月中旬、母親は少女を残してタイに帰国した。少女は店が用意した部屋で働かされ、わずかな食費しか支給されなかった。
9月中旬、少女は地元に住むタイ人に相談し入管(東京入国管理局)に強制労働を訴え支援を求めた。そのタイ人らからは「入管に駆け込めば自らが逮捕される」と警告されたが、少女は助けを求めた。そして、少女のこの決断が事件の発覚につながった。
少女は約1か月間に約60人の客にセックスワークを強要され、売り上げは約627,000円となり、一部が母親の知人の銀行口座に振り込まれていた(その1カ月が過ぎてから、つまり7月中旬から9月中旬までに少女がどのような生活をしていたのかについては報道からは分からず)。少女は母親から「迎えに来るまで店で働いて待つように言われていた」と供述している。帰国を望んでいたものの、(自分が働かなければ)母国にいる家族は生きていけないだろうと思い、耐えるしかないと考えた(The Nationの報道では「her family back in her country wouldn't be able to survive, so she felt she had no choice but to endure」) 。
少女は入管の職員に「タイに帰りたい。中学校に戻りたい」と訴えた。しばらくは日本当局の保護下に置かれることになる予定。当局によると「少女は日本の警察がこれまで接見した中で最も若い人身売買被害者」となる。
11月4日、このマッサージ店の51歳の店主、細野正之容疑者が労働基準法違反の罪で逮捕・起訴された。この店は「タイ式マッサージ」と宣伝し、他にも30歳のタイ人女性が働いていた。複数のウェブサイトや掲示板には、性的なサービスが密かに提供されていたことを示す証拠がある。
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絶対にあってはならない許せない事件ではありますが、日本、タイでの報道に私は違和感を拭えません。あえて誤解を招くような表現をとれば「えっ、"この程度"の事件でNHKの報道番組のトップに?」と思わずにいられないのです。
おそらくタイ人の知人がおらずタイに行ったことのない日本人であれば、「とんでもない母親だ」と感じ、「航空券を買うお金がないって、そんな嘘をつくなよ。最初から用意しとけよ」と思うでしょう。しかし、タイ人との付き合いが長い人であれば、タイ人のいくらか(もちろん全員ではない)は「準備」というものが苦手であることやよく嘘をつくことを知っているでしょうし(ただし、嘘をつかれた側もそれほど罪だとは思っておらず、たとえ騙されていたとしてもそのうちに許すことが多い)、タイの北部や東北地方では実の親が娘(ときには息子)を女衒に売り飛ばしていることにもある程度の知識はあるでしょう。
このことは2010年のコラム「自分の娘を売るということ」で、すでに述べました。タイ北部のある地域にあるときから"場違いな"豪邸が建ち始めました。豪邸に住む者は自分の娘を売っていたのです。なかには、(男子ではなく)女子が生まれたことで将来は安泰、と考える者すらいたとか。
2010年のそのコラムではもうひとつ実例を紹介しました。やはりタイ北部に居住するある母親は、仕事が見つかりそれなりの暮らしができるようになったのにもかかわらず、わずか3千バーツ(当時のレートで約9千円)で自分の娘を女衒に売り飛ばしたのです。
それらは例外的な話ではないのか、と感じる人がいるかもしれませんが、このような話は過去のタイではいくらでもあり、厚労省の資料でも言及されています。一部を抜粋してみましょう。
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こうした家族の窮乏状態を救おうとする若い女性の自己犠牲の行為は、商品化の浸透とともに貨幣経済に巻き込まれコミュニティの基盤が弱まった地域や家族には好意的に受け止められ、ときには奨励される傾向にあった。小学校卒業前に性産業のブローカーから値をつけられ、卒業とともにバンコクや南タイにある性産業現場へ送られる少女の「青田買い」も北部で発生した。一次的に現金収入が発生する「青田買い」に積極的に娘を送る親も出現した。
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貧困から娘を"売る"行為はタイに限った話ではありません。我々の把握している限り、隣国のラオス、カンボジアでも同様の現象が見受けられます。ラオスの少女売春の実態については前回のコラム「買春がやめられない日本と韓国の男たち」で述べたばかりです。そして、過去には日本でも同様のことがありました。過去のコラム「からゆきさんを忘るべからず」で取り上げたように、「からゆきさん」と呼ばれた当時10代(あるいはそれ以下)の少女たちは、親たちに売られ、主に東南アジア諸国で春を鬻がねばならなかったのです。
では、このような悲劇をなくすにはどうすればいいでしょうか。「供給」をなくすのは困難です。そのような母親を取り締まればいい、という声があるかもしれませんが、極度の貧困のなかではそんな考えはきれいごとに過ぎません。タイはバンコク、パタヤ、プーケットなどの観光地だけを見ていると貧しい国などとはとても思えませんが、件の少女が生まれ育ったペッチャブーン県には今も昔ながらのタイがあります。東京新聞に掲載された、件の少女が暮らしていた「家」の写真と、私のこれまでのタイ北部や東北部での経験から推測すると、この家には水道がなく雨水を貯めて生活しなければなりません。電気やガスもないために食事をつくる際には毎回火を起こしているはずです。主なたんぱく源はイナゴやタガメなどの昆虫で、アリの卵はぜいたく品でしょう。
少女の「供給」が止まらないのだとすれば「需要=少女を買う大人たち」に社会から消えてもらうしかありません。本サイトで繰り返し述べているように、セックスワークは社会に必要だとしても児童のセックスワークは絶対に許されません。その許されないことに加担してしまう可能性があるのなら少女(あるいは少年)に日々近づかないように自分を律するしかありません。過去のコラム「小児性愛者は悪人か」で紹介した「M君」はその参考になるかもしれません。











