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第185回(2021年11月) 米国の新しい違法薬物対策

 米国の違法薬物汚染が進行しているという話はこのサイトで過去に何度かおこないました(例えば、第161回(2019年11月)「パーデュー社の破産と医師の責任」、第137回(2017年11月)「痛み止めから始まるHIV」)。今回はまず、その「続編」と呼べる動きを紹介し、その後米国の新しい対策について述べたいと思います。

 2021年11月17日のWashington Postの記事「10万人の米国人がコロナ禍の12か月間に薬物過剰摂取で死亡 (100,000 Americans died of drug overdoses in 12 months during the pandemic)」によると、2020年4月から2021年4月の一年間で、薬物の過剰摂取で死亡した米国人は10万人以上に上ります。米国の人口は日本の約3倍となる約3億3千万人ですから、薬物による死亡者の割合が同程度だとすると、日本では約3万3千人となります。1998年から2011年まで日本の年間自殺者が3万人を超えていましたから、当時の自殺者全員が薬物により死亡したと考えれば米国の10万人がいかに異常な数字かが分かると思います。

 もう少し国際比較をしてみましょう。Washington Postの同記事に欧州諸国との比較が掲載されています。15歳~64歳の人口10万人あたりの薬物による死亡者は、米国が第1位で21人。2位との差を大きく引き離してダントツです。2位以下はノルウェー(5人)、スウエーデン(4.8人)、アイルランド(4.6人)、フィンランド(4.1人)と続きます。米国以外はすべてヨーロッパ北部であることも興味深いと言えます。

 米国の違法薬物の内訳をみてみましょう。先に紹介した過去のコラムでは「オキシコドン」(商品名はオキシコンチンが有名)が諸悪の根源であり、これらを販売していた製薬会社、なかでもパーデュー社に大きな責任があるという話をしました(ただし、そのコラムで述べたように、私自身は製薬会社よりも医師の責任が大きいと考えています)。

 ところが、現在では危険薬物の代名詞がオキシコドンから「フェンタニル」に変わっています。ここで麻薬の分類を確認しておきます。違法薬物にはたくさんのものがありますが、(狭義の)麻薬としてはコデイン、トラマドール、モルヒネ、オキシコドン、フェンタニルの5種類をおさえましょう(注)。このうち、コデイン(咳止めに入っています)とトラマドール(日本ではトラマール、トラムセットなどの商品名で処方されます)は「弱オピオイド」(弱い麻薬)、残りの3種、すなわち、モルヒネ、オキシコドン、フェンタニルは「強オピオイド」(強い麻薬)と考えて差支えありません。

 ただし、誤解してはいけないのは弱オピオイドのコデイン、トラマドールでも依存性は充分にあることです。日本では、知らない間に薬局で売っている風邪薬や咳止め(ブロンが最も有名)でコデイン依存症になっている人も少なくありません。また、トラマドールは医師が充分な説明をしないまま患者さんが知らない間に依存症になってしまうこともあります。

 他方、強オピオイドのモルヒネ、オキシコドン、フェンタニルは、医療に用いるのは日本では原則としてがんの疼痛緩和時のみです。しかし、米国では頭痛や関節痛、腰痛といった誰もが経験する慢性の痛みにも処方され続けてきました。そして、一気に広がったのが過去のコラムで紹介したオキシコドンです。オキシコドンはモルヒネに比べて作用が強力であるのみならず、副作用の便秘や嘔気・嘔吐が起こりにくいのです。

 ところが、2014年あたりからフェンタニルの消費量が増え始めその後急激な増加をみせます。Washington Postに掲載されたグラフによれば、2020年4月から1年間の全薬物での死亡者100,306人中、6割以上に相当する64,178人がフェンタニルが原因です。他方、日本では覚醒剤が第1位ですから、日米で大きな差があることになります。

 それにしてもフェンタニルを中心とした薬物で年間10万人以上が死んでいるというのは異常です。米国に比べれば、最近若者の間で大麻使用者が増えてきた......、などと騒いでいる日本はなんて呑気な国なのだろうと私には思えます。ちなみに、日本で大麻使用者が増えているという意見は正しくないと思っています。こんなもの、昔からちょっと手を伸ばせばいつでも簡単に入手できました(少なくとも関西では)。逮捕者が増えているのは、単にSNSなどで証拠を残す若者が多いからでしょう。

 では、米国ではこの異常事態に対してどのような対策を講じているのでしょうか。最近、バイデン大統領が興味深い発表をおこないました。米国のメディア「NPR」の10月27日の記事「薬物過剰摂取による死亡者多数のため、バイデン政権がかつてはタブーだった政策を取り入れる (Overdose deaths are so high that the Biden team is embracing ideas once seen as taboo)」から紹介します。

 同記事によると、バイデン政権はこれまで反対意見の多かったハーム・リダクションをついに開始しました。ハーム・リダクションとは分かりやすく一言で言えば「薬物を与え続けながら患者を見守ること」です。違法薬物だからと言って処罰を与えるのではなく、例えば、感染予防のために新しい注射器と針を支給したり、薬物の種類によってはより依存性の少ない別の薬物を与えたりする対策です。私が院長を務める太融寺町谷口医院でも、ベンゾジアゼピン依存症の人に対してはこの治療を取り入れています。

 麻薬のハーム・リダクションとしてはメサドン療法が有名で、タイではかなり普及しています。同記事にはメサドンの名前が出てきませんから、米国での具体的な方法は分かりませんが、注射器と麻薬を用意して、それを依存症の人に支給して医療者の目の前で摂取してもらいます。

 しかし、反対意見も小さくないようで、現在ニューヨーク市やフィラデルフィアではすでに開始されていますが、今後どこまで広がるかは不透明のようです。ハーム・リダクションには「なぜ、犯罪者の犯罪を助長するのだ」という声が必ず出てくるのです。

 カルフォルニアでは別の試みが始まろうとしています。2021年8月27日のAP通信の記事「薬物依存症の者への報酬支給を検討しているカリフォルニア(California looking to pay drug addicts to stay sober)」を紹介しましょう。

 タイトルからはカリフォルニア州が画期的な対策を考えだしたかのような印象を受けますが、記事を読むと、このような試みは連邦政府ですでにおこなわれていることが分かります。連邦政府は過去数年間、退役軍人のコカインや覚醒剤(メタンフェタミン)依存症者に報酬を払ってやめさせています。対象者は薬物検査を受け、結果が陰性であればいくらかの報酬を受け取れます。一定期間を過ぎれば数百ドルのギフトカードをもらうことができ、これを現金に換えることができます。

 現在カリフォルニア州はこれを住民を対象に実施できるよう連邦政府に申請しています。興味深いことに、同州では刺激系薬物(覚醒剤やコカインのこと)の過剰摂取による死亡者が2010年から2019年の間に4倍に増え、さらに増加しています。

 麻薬はハーム・リダクション、覚醒剤は報酬支給、と単純に分類できるわけではないでしょうが(例えば、麻薬にも報酬支給を試みてみてもいいかもしれません)、米国のこういった試みは注目に値します。

 日本の最大の薬物問題は何といっても覚醒剤です。なかには上手に付き合っているという声も聞きますが、私の知る範囲で言えば人生を破滅させる人が大半です。「初めから手を出さない」が私が以前から提唱している最善策です。しかし、いったん依存症になってしまった人に対する治療も考えなければなりません。自助グループなどの集団療法は確かに有効性があるのですが、そういった場に行きたくないという人も少なくありません。

 最後に先述のWashington Postから興味深いデータを紹介しておきます。それは米国の医師の麻薬処方量です。何年も前から異常事態が生じていることを実際に処方している医師が気付かないはずがありません。2012年には2億5千万枚以上の麻薬の処方箋が発行されていましたが、そこから減少に転じ2020年は約1億4千万枚と半数近くにまで減っています。しかし、麻薬依存症者は一貫して右肩上がりです。闇で入手する者が多いからです。

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注:もう少し麻薬の定義を広げると、文章に登場した合成麻薬のメサドンも含まれます。さらに広げると、日本の疼痛管理でよく使われるペンタゾシン(商品名ではソセゴン、ペンタジンなど)、ブプレノルフィン(商品名ではレペタン、ノルスパンテープなど)なども入ります。