GINAと共に

第161回(2019年11月) パーデュー社の破産と医師の責任

 過去の「GINAと共に」(第137回(2017年11月)「痛み止めから始まるHIV」)で、現在の米国では麻薬汚染が深刻化しており、その結果としてHIV感染者が急増している状況についてお伝えしました。

 その諸悪の根源のひとつが製薬会社であり、なかでもパーデュー・ファーマ(Purdue Pharma)社(以下「パーデュー社)が、いかに悪質な方法で麻薬を広めていったかについて紹介しました。「ロサンジェルス・タイムズ」の報道によれば、パーデュー社は自社が販売する麻薬性鎮痛薬「オキシコンチン」を"夢のクスリ"のように謳い、売り上げを急増させ、1996年の販売開始以来、米史上最大規模の700万人超という薬物乱用者を発生させたのです。

 こんなことが許されていいはずがありません。案の定、パーデュー社は大勢の患者や患者団体から訴訟を起こされついに破産することになりました。Reuterによれば、1999年から2017年の間に約40万人の命がオキシコンチンによって奪われており、同社は2,600以上の訴訟を抱えています。そして2019年9月15日、ついに破産が決まりました。Reuterによれば、パーデュー社は和解に100億ドル(約1兆1000億円)を充当する予定で、さらに事実上の同社のトップであるSacklers氏は30億ドルの現金を提供し、さらに15億ドル以上を追加するようです。パーデュー社のウェブサイトにも概要が掲載されています。

 麻薬性鎮痛薬で破産したのはパーデュー社だけですが、パーデュー社と同様麻薬性鎮痛薬を販売していたテバ社(Teva Pharmaceutical)は、被害者への「和解」として230億ドルのオピオイド依存症治療薬の寄付及び10年間で2億5000万ドルを支払うことが決まっています(報道はCNBCの記事)。

 また日本でも有名なジョンソン・エンド・ジョンソン(Johnson & Johnson)も麻薬性鎮痛薬を販売しており、米国オハイオ州の2つの郡から訴訟を起こされており2,040万ドル支払う和解案に同意しました(報道はBBCの記事)。

 麻薬依存になれば最悪の帰結は「死」であり、死に至らなくても依存症を克服するのは非常に困難です。被害者の人たちは「パーデュー社に(テバ社に、ジョンソン・エンド・ジョンソンに)人生を返してほしい」と思っているに違いありません。いくらかのお金をもらえばそれで解決するわけではないのです。

 改めて考えてみると、このようにたくさんの麻薬の被害者を生み出した諸悪の根源である製薬会社が責任を取るのは当然なのですが、それで済ませてしまっていいのでしょうか。私は一連の報道をみていて感じる疑問が3つあります。

 まず製薬会社の従業員には「良心」がないのか、という点です。ある程度の薬学の知識があれば、こんな鎮痛薬を売り続けていればやがてこのような事態になることは予測できたはずです。おそらく従業員は、自分の身内が慢性の痛みに悩んでいたとしても(末期がんなどを除けば)自社製品を使わせなかったはずです。それを"夢のクスリ"のように謳い患者を"騙した"わけです。

 「ロサンジェルス・タイムズ」の報道によれば、オキシコンチンの謳い文句は「12時間効く」です。つまり「1日2回の服用で痛みが完全にコントロールできる」といってセールスしたのです。しかし麻薬には「耐性」があります。製薬会社の従業員がこんな常識を知らないはずがありません。耐性ができればどうなるか。まずは医師に増量を求めるでしょう。それができなければ闇で入手しようとし、そのうちに内服から注射にうつっていきます。そして、針の入手が困難なため使いまわしをするようになりHIV感染、という事態が実際に起こっているわけです。

 ところで「麻薬の耐性」というのは専門家しか知らない難易度の高い知識なのでしょうか。自慢になるはずもありませんが、私は医師を目指すはるか昔、小学生の頃から知っていました。なぜなら「ヘロインで身を滅ぼしていく若い男女」が登場する刑事ドラマを何度か見ていたからです。こんな小学生でもわかる常識がなぜ顧みられなかったのでしょう。

 この常識が周知されていれば製薬会社が金に目がくらんだとしても製品を認可する行政(米国の場合FDA)でストップがかかったはずです。これが私の2つめの「疑問」です。例えば私がFDAの担当者なら「麻薬を継続すればいずれ耐性がでる。よって1日2回で有効と断言したいのなら長期の安全性を示すデータを提出せよ」と製薬会社に要求します。もちろん耐性が生じれば効果が低下しますから有効性・安全性を兼ね揃えたデータが出せるはずがありません。よって認可されることはありません。まったく証拠はありませんが、製薬会社から何らかの賄賂が行政側に渡ったのではないかと疑わずにはいられません。

 私が感じる3つめの「疑問」は医師です。製薬会社の者は薬を売るのがミッションですから多少の(時に多少でない)誇張は日常茶飯時です。自社製品を売らねば会社に在籍できないわけですから何とか医師に処方してもらおうとあの手この手を尽くしてきます。しかし、一方で医師はそんなことは百も承知ですから、たとえ何かのプレゼントをもらったとしても(現在はこのようなことは禁じられていますが)、患者にとって有益でない薬は処方できないのです。薬の処方にはいつもリスクとベネフィットを天秤にかけているのです。

 例えば末期がんなら耐え難い痛みに対し麻薬を使うのは理にかなっています。そして「末期」ですから、麻薬に耐性ができることがあったとしても依存症になる前に他界します。私にはなぜ米国の医師たちが慢性疼痛を有する(末期がんでない)若者にこのような麻薬を処方し続けたのかが理解できません。世論は麻薬を"夢のクスリ"のように謳って販売した製薬会社が悪いと言っていますし、先述のReuterの記事にも「製薬会社が医師を誤らせた(misleading doctors)」と書かれているのですが、私には医師にも同じかそれ以上の責任があると考えています。

 この私の意見には反論がでてきます。「では、耐え難い痛みを持つ患者を見殺しにするのか!」というものです。もちろん、「耐え難い痛み」があれば処方はやむをえないでしょう。ですが、必ず耐性ができてくること、どれだけ麻薬が欲しくなっても決して闇で入手しないこと、絶対に使いまわしの注射針を使ってはいけないことなどを本当に説明しているのでしょうか。

 賭けてもいいですが、このような説明を米国のすべての医師がしているわけではありません。なぜそのようなことが言えるかというと、実は日本でも同じ事態が起こっているからです。たしかに現在の日本では米国のように700万人もの麻薬依存症の患者がいませんし40万人もの命が奪われたわけではありません。

 ですが、日本ではある意味でもっと巧妙な手口で麻薬が広がっているのです。これについては冒頭で紹介したコラム及び太融寺町谷口医院のサイトで述べたので詳しくはそちらを読んでほしいのですが、重要なポイントを繰り返しておきます。米国では初めから「麻薬」として認可されていますが、日本では添付文書やPR用の文書にわざわざ「オピオイド(非麻薬)」と書いてあるのです(例えばこちら)。しかし、日本で販売されているオピオイドもれっきとした麻薬です。そもそもオピオイドとは麻薬のことです。オキシコンチンのような強力な麻薬と比べると日本で広く使われている麻薬はたしかにその作用は弱いのですが、耐性や依存を引き起こすことには変わりありません。日本ペインクリニック学会のウェブサイトでは「強オピオイド」「弱オピオイド」と区別されており、これなら理解しやすいと言えます。

 話を戻すと、現在の日本ではこのわざわざ「非麻薬」と強調された麻薬(オピオイド)が危険性の説明もなく処方されているのです。最近私が太融寺町谷口医院で経験した症例を紹介しておきましょう。

【症例】30代男性

背中に「できもの」ができて近くの医療機関で手術がおこなわれた。「できもの」は1cm未満の良性腫瘍で傷はごく小さい。術後に痛み止めとして処方された薬が「トラマール」だった。このサイトを読んでいて「これは麻薬ではないのか」と思い太融寺町谷口医院を受診。患者によれば痛みはさほど強くなく手持ちのロキソプロフェンで充分コントロールできるとのこと。「トラマールの注意点について何か聞きましたか」という私の質問に対しこの男性が答えたのは「よく効く薬としか聞いてません」...。

 これが日本の現実なのです。

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参考:
GINAと共に
第151回(2019年1月)「本当に危険な麻薬(オピオイド)」
第137回(2017年11月)「痛み止めから始まるHIV」
はやりの病気
第189回(2019年5月)「 麻薬中毒者が急増する!」