GINAと共に

第168回(2020年6月) 差別が生まれる二つの条件

 最近見た映像で頭にこびりついて離れないものが2つあります。ひとつは白人の警官に首を踏みつけられて窒息死した黒人男性ジョージ・フロイド氏の息が絶えるシーンです。この事件が撮影された動画は瞬く間に世界中に拡散され、世界各地でデモがおこなわれました。

 この事件に比べると規模は比較にならないほど小さいものですが、私にはもうひとつ頭から離れない動画があります。その事件のあらましは、「Washington Post」の姉妹誌「The Lily」2020年5月26日号の記事「黒人のバードウォッチャーの撮影に対し、警官を呼んだ白人女性。"日常的なありふれた"アメリカの人種差別(White woman calling cops on black birdwatcher puts on display the'everyday, run-of-the-mill racism'of America)」で紹介され、記事のなかに動画があります。

 5月のある日、ニューヨークのセントラルパークでバードウォッチングをしていた57歳の黒人男性が、飼い犬と一緒にいた白人女性に「犬をリードにつないでほしい」とお願いしました。セントラルパークではリードなしでの犬の散歩が禁止されているからです。

 するとその女性は「警察に電話する」と言い出しました。なんと「アフリカ系アメリカ人の男性に脅かされていると通報します」と言うのです。当然と言えば当然ですが、男性は「どうぞ電話してください」と返答しました。

 女性は実際に警察に電話をかけ「私と私の犬がアフリカ系アメリカ人男性に脅かされています。すぐに来てください!」と訴えました。「アフリカ系アメリカ人(African American)」という言葉を何度も繰り返して、です。

 この一連の流れを撮影していた男性は、この画像を妹(か姉、原文はsister)に送ったところ、その妹(か姉)がツイッターに投稿しました。すると、なんと翌日の午後までに再生回数が3000万回を超えたのです。

 The Lilyの記事によると、この動画に衝撃を受けた人も多いものの、このような"事件"はアメリカの黒人にとっては日常的にありふれたシーンだそうです。記事のなかで当事者の黒人男性は「アフリカ系アメリカ人で同じような経験をしたことのない人はいないでしょう」とコメントしています。

 では、なぜこの動画がこれほどに短期間に拡散され多くの人から注目を浴びたのでしょうか。そして、私自身がこの動画が頭から離れないのはなぜなのでしょうか。

 それは、この女性の言動が「差別」というものの最も醜い部分を露呈しているからだと思います。私はこの女性のふるまい、取り乱しながらも自分は白人女性であることを誇示しようとするその様子、自分がいかにか弱く守られるべき存在であるかを必死に訴えるその姿に抑えようのない嫌悪感を覚えます。「悲劇のヒロイン」になりきって自己陶酔しているのです。もしも私が英語をまったく解さなかったとしたら、女性の放つ言葉はこんなふうに聞こえたと思います。

 私は休日のセントラルパークで愛犬と散歩を楽しんでいる白人女性よ! あなたみたいな黒人男性とは生きる世界が違うの! そのあなたがこの私に注意するって、どういうことか分かっているの?! あなたは私に口を聞ける立場の人間じゃないのよ! 早く去ってよ! さもないと警察を呼んであなたを逮捕させるわよ! あんた、何? 私を撮影するのやめなさいよ! そんなことしてただで済むと思ってるの?! さっさと去りなさい。さもないと私を守ってくれる警察があなたを逮捕するわよ......

 このサイトで繰り返し述べているように、私にとって「差別」とはタイのHIV/AIDS問題に関わりだしてからの一貫したテーマです。なぜHIVに感染したことで不当な差別を受けなければならないのか。なぜセクシャルマイノリティやセックスワーカーは差別されるのか。こういった問題に対する答えを見つけたいという気持ちがGINA設立のきっかけのひとつです。

 私は医学部入学前に関西の私立大学の社会学部を卒業しています。そこで差別について学んだ経験があります。部落差別、女性差別、外国人差別など、です。その頃にはあまり差別というものが理解できておらず、関心はあったものの、単に単位をとるために勉強した記憶しかありません。しかし、タイのHIV/AIDS問題に関わりだしてから、感染者への差別のみならず、セックスワーカーへの差別(職業差別)、セクシャルマイノリティへの差別、犯罪者(薬物など)への差別、さらにタイ特有の差別としてバンコク人によるイサーン人(東北地方の人)への差別(参考:GINAと共に第31回(2009年1月)「バンコク人 対 イサーン人」)などに強い関心を持つようになりました。

 もちろん日本にも差別はあります。HIV感染者への差別は現在では日本の方がタイよりも深刻ですし、部落差別は今も根強くありますし、外国人差別もあります。最近では新型コロナの感染者への差別も無視できません。

 これら差別のほぼすべてに共通して存在するのは、「自分の世界との境界の確保」と「自分が他者より優位であることの確保」です。つまり、「私とあなたは生きている世界が違います。私はあなたより優れているんです」という思いが脅かされるときに差別が生まれるのです。

 私は過去のコラム(「GINAと共に第109回(2015年7月)「日本のおじさんが同性愛者を嫌う理由」)で、ストレートの人たちがセクシャルマイノリティを差別するのは、「セクシャルマイノリティが羨ましいからだ」という私見を述べました。これは今も間違っていないと思っています。もしもセクシャルマイノリティの人たち全員がとても弱々しく、なおかつ"不幸"な存在であれば、おそらく差別は生まれず「気の毒な人たち」とみられるだけでしょう。しかし実際には、セクシャルマイノリティの人たちは、おしなべて言えば、平均年収が高く、芸術の才能があり、ファッションセンスも高く、生涯のセックスパートナーの人数も多いわけです。それが許せないが故にストレートの人たちはセクシャルマイノリティを差別するのではないかと思うのです。

 他の差別をみてみましょう。黒人は明らかに自分とは違う存在であり、その黒人がこの高貴な白人の私に意見を言うことが許せない(先述の白人女性)。黒人が白人と同じように街で暮らしているのが癪(しゃく)に障る。白人の警官の言うことにはすべて文句を言わず従って当然だ(ジョージ・フロイド事件)。HIVや新型コロナの感染者と自分は違う。あなた達は"別世界"の人間なんだから私たちの暮らしに入って来ないで。そして私をあなた達の世界に引き込まないで(病気の差別)。部落の人間が俺たちが出入りする店で俺たちと同じように飲み食いして楽しむのが許せない(部落差別)。月経時に体調を崩し妊娠して出産する女性が我々男性と同じような出世街道に乗るのが許せない(女性差別)。自分の身体を売って生活している人たちは私たちとは別世界。そんな人たちに私たちと同じ権利はいらない(セックスワーカーへの差別)。

 このように考えると、あらゆる差別は「自分の世界との境界の確保+自分が他者より優位であることの確保」を脅かすときに起こると考えられます。自分自身も感染する可能性がある感染症は「境界」が脅かされることが差別につながりやすく、「性」「肌の色」「出身地」など生涯変わらないもの(セクシャルアイデンティティは変わり得ますが)については「他者より優位」が脅かされることが差別につながります。

 自分と他者との「境界線」は考え方次第でいくらでも引くことができます。自分が他者より優位に立ちたいというのは、人間を動物と考えると「自然な欲求=本能」と言えるかもしれません。ならば差別はなくならないのでしょうか。そんなことはありません。差別をなくす方法はあると私は思っています。次回紹介します。