GINAと共に

第149回(2018年11月) 許されざる同性愛者の罪

 今回は一部の同性愛者を非難する内容です。
 
 セクシャルマイノリティ(LGBT)を理解するよう努め、偏見をなくさなければならない、ということを私はこれまでいろんなところでさんざん言い続けてきました。悪意のある差別は言うまでもなく、悪意はなくても結果として当事者が傷ついてしまう場合もあるということも伝えてきました。逆差別はしませんし、「放っておいてくれ」と言う当事者の人もいますが、世間の無知と誤解のせいで苦しんでいるセクシャルマイノリティの人たちに対して無関心でいることが私にはできません。

 ですが、その逆に当事者の人たちがストレートの人たちを傷つけているとすれば、しかもその人の生涯を踏みにじる行為をしたとすればどうでしょう。このことを考えるきっかけになった数年前に診た症例を紹介したいと思います。

 それは一部上場の巨大企業で管理職に就く50代の男性。身なりもさわやかで話もうまく、どこからみても人望があり人の上に立つ紳士という感じです。持参された人間ドックの結果の説明をするなかで、梅毒に感染している可能性のあることが分かりました。こうなると性生活の話をしないわけにはいきません。性行為の相手は男性だけど(女性と)結婚していると言います。奥さんとの性行為はまったくないどころか、奥さんの体に触れたことすら過去20年以上ほとんどないそうです。さらに、自身の性指向が男性(つまりゲイ)であることを奥さんに隠していると言うのです。

 この奥さんが私の元を訪れたわけではなく、話を聞けたわけではありません。もちろん夫婦には様々なかたちがあってもかまわないわけで、幸せだと感じているふたりの間に入る権利は誰にもありません。ですがこのケース、奥さんはこれでいいのでしょうか。

 「同妻」は(おそらく)日本にはない言葉です。中国語として広く人口に膾炙しているこの言葉、アルファベットではTongqiと書きます。意味は「ゲイと結婚しているストレートの女性」です。中国語で「同志」と言えば本来は共産主義革命の「同志」のことですが、現代では同性愛者のことを指します。その「同志」と結婚している女性だから「同妻」と呼ばれるそうです。結婚後に自分の夫がゲイであったことを知った女性が絶望感に苛まれ自らの命を絶つ事件も中国のメディアでときどき報道されています。

 中国のLGBT研究の第一人者と言われている青島大学医学部元教授のZhang Beichuan氏によれば、中国にはゲイの男性がおよそ2千万人存在し、その8割がストレートの女性を騙し偽りの結婚をし、被害にあった(あっている)(trapped in false marriages)ストレートの女性は少なくとも1,400万人に上ると、ChinaDaily.com.cnが報じています。

 同妻はここ数年、中国全体でクローズアップされており、2015年には同妻をテーマにした北京理工大学珠海学院の学生が作製した映画も公開されています。

 セックスがさほど好きでないという女性もいるかもしれませんが、自分の夫の性指向が男性であり、自分は身体に触れてもらえないと知ったときの絶望感は計り知れません。これだけでも騙したゲイの男性を憎みたくなりますが、問題はまだあります。

 ゲイと同妻の間には子供がいることが少なくありません。これは養子をもらったという意味ではなくて、ゲイ男性が(本当はしたくない)セックスをして子供をもうけるからです。なぜ、したくないセックスをしてまで子供をつくるかというと、結婚の目的が自分の子孫を残すためだからです。中国では伝統的に親の面倒は子供がみるという社会規範があり、また(日本の年金や生活保護の制度のような)公的支援が望めませんから、自身の老後のために子供が必要と考えるのです。さらに、社会での地位を安定、向上させるためには結婚して子供がいなければならないと考える人も多いと聞きます。

 さて、このような関係で生まれた子供は自身の存在をどのように思うのでしょうか。子供自身は親のセクシャリティなど気にしないと考える人もいるかもしれませんが、母親、つまり騙されて結婚しセックスし子を産んだストレートの女性はそうは思いません。自分の子供に本当のことを伝えるべきか否かに悩み苦しむことは想像に難くありません。事実を知らされたときにすんなり受け止める子供ばかりではないでしょう。父親のセクシャリティと自身の出生の真実を知ったことがきっかけで精神を病んでしまう人もいるかもしれません。

 問題はまだあります。女性を主な対象とした米国のメディア「Broadly」が報じたZhang Beichuan元教授のコメントによれば、同妻の性感染症罹患率はなんと3割以上です。そしてその多くが、自身が夫から感染症をうつされたことがきっかけで夫の「真のパートナー」が男性であることを知るというのです。そして、HIV検査を受けた同妻のうち、5.6%がすでにHIVに感染していたという論文もあります。

 同妻の精神状態が良くないことは想像に難くありません。CHINADAILYによれば、夫からの性的無関心(sexual apathy)が恒常化し、9割の同妻がDV(domestic violence)の被害者となっています。ある論文によると、同妻の90%が抑うつ状態となり、40%が自殺企図を持ち、10%が実際に自殺を試みています。

 ここで中国の同性愛の「歴史」を簡単に振り返っておきましょう。中国では伝統的な規範により同性愛が長らく禁じられてきました。実際、1997年までは「流氓罪」という厳しい罰則が課せられる犯罪と見なされてきました。2001年までは、同性愛は精神疾患の扱いで矯正治療の対象とされていました。現在は次第にセクシャルマイノリティを受け入れる社会になりつつあるという声もありますが、Pew Research Centerの2013年11月の報告によれば、「社会が同性愛を受け入れるべきだ」と答えた中国人は21%のみです(ちなみに日本は54%)。逆に「受け入れるべきでない」と答えた中国人は57%に上ります(日本は36%)。

 先述したように現在中国には約2千万人のゲイがいて、その8割がストレートの女性を騙して結婚、騙された女性は少なくとも1,400万人にのぼるというのですから、これを看過するわけにはいきません。こうなると、この逆のパターン、つまりレズビアンの女性がストレートの男性を"騙して"結婚する例がどれくらいになるのかも知りたいところです。

 レズビアンの女性に"騙されて"結婚したストレートの男性は同夫(tongfu)と呼ばれます。同妻に比べて同夫の実態はよく分かっておらず信頼できるデータがありません。しかし、「The New York Times」が興味深い報告をしています。同紙によると、中国の同夫は200~400万人は存在するようです。興味深いことに、境遇は同妻よりは良く、性感染症をレズビアンの妻からうつされる可能性はその逆のパターンよりも少なく、また、男性の方が経済的に独立しやすいことから同妻よりも離婚に踏み切りやすいことも指摘されています。DVの被害者は同妻よりもずっと少ないでしょう。

 さて、日本ではどうでしょうか。実は過去のコラムで少しだけ中国の同妻について触れたことがあります。そのときは中国と同じ割合で日本に同妻がいるとすれば単純計算で150万人もの女性がゲイの男性と結婚していることになると述べました。セックスレスで悩んでいるという男女は少なくなく、「配偶者をセックスの対象とみなせない」という声もありますが(これについては過去のコラムで述べました)、その逆に「パートナーが誘ってくれない」という声もちらほらとあります。

 あなたのパートナーが同妻または同夫でないと言い切れるでしょうか。そして性感染症の心配は不要でしょうか。中国の同妻は性交渉がわずかしかないのにもかかわらず3人に1人が何らかの性感染症に罹患し、20人に1人以上がHIV陽性なのです。