GINAと共に

第135回(2017年9月) 性風俗がやめられない人たち

 今回は私の元に寄せられたアキラさんからの相談メールの紹介をしたいと思います。ただし、本人が特定できないように一部を変更していること、さらに、同じような質問は非常にたくさん寄せられていることを先にお断りしておきます。

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【お名前(ニックネ-ム可)】アキラ
【内容】先生こんにちは。30代の既婚者です。僕は自分が性依存症でないかと疑っています。というのは風俗通いがやめられないんです。GINAのサイトなどを見て、HIVよりもB型肝炎が重要ということを知ってワクチンはうちました。HIVには絶対にかかりたくないのでコンドームは使うようにしていますが、オーラルセックスのときはコンドームなしのこともあります。というか、そちらの方が多いです。もうやめようと思うのですが、少し時間がたつとまた行きたくなるのです。遊んだ後に充実しているかというと、後悔する気持ちの方が強いです。妻とは仲が悪くはありませんがもう何年もセックスしていませんし、まったくやる気が起こりません。ただ、子供はほしいと思っています。
【私の回答】
アキラさんへ。同じような質問をよく受けます。そして、いつも回答に苦労します...。性依存症については、はっきりとした概念がなくそのような病気はないとする意見もありますが、本人やパートナーが苦痛を感じていることも多く、ひどい場合は借金や性感染症の問題が起こる場合もありますからやはりひとつの疾患と考えるべきだ、という意見が増えてきています。最近では自助グループもできているようです。

さて、アキラさんの問題を具体的に考えてみましょう。まずは性感染症から。

B型肝炎(以下HBV)のワクチンを接種しているのはいいことです。念のために聞きますが、抗体が無事にできたことは確認されていますね。HBVのワクチンは3回接種しても抗体ができていないことがあります。抗体があると思い込み「悲劇」が起こることがときどきありますから今一度確認してください。

HBV以外に「命に関わる感染症」はHIVとC型肝炎(HCV)です。これらの感染力は強くなくコンドームをしていればほぼ100%防げます。オーラルセックスでのリスクは高くありませんが、私が診察した患者さんのなかには生まれて初めてのオーラルセックスでHIVに感染した人もいますから、やはり危険と考えるべきです。それに、コンドームなしのオーラルセックスがあれば尿道や咽頭への淋菌やクラミジア感染が起こります。これらは命に関わるものではありませんが、他人へ感染させれば大変ですから、そういう意味でもオーラルセックスにもコンドームは必要と考えましょう。

ワクチンがなく、コンドームで防げない感染症には、梅毒、性器ヘルペス、尖圭コンジローマなどがあります。正確に言えば、尖圭コンジローマには非常に有効なワクチンがありますが日本では男性に認可されていません。(未認可でも希望が多く、接種する男性は年々増えてきていますが)

性感染症以外の最大の問題は「奥さんとのコミュニケーション」ですね。思い切って一度セックスについて話し合ってみてはどうでしょうか。こういうケースは、奥さんの方からは言い出しにくいものです。(もっとも、アキラさんも言い出しにくいでしょうが...) 女性からセックスレスの相談を受けたときも「思い切ってご主人と話してみましょう」と助言しますが、「女性の方からは言い出せない」と多くの女性は言います。「男らしくアキラさんから...」という表現は時代錯誤かもしれませんが、今も変わらず「愛している」ことは伝えるべきだと思います。というのは、セックスレスの相談をする女性が最も気にしているのは「愛されていないのかも...」ということだからです。

世の中には、セックスレスの解決方法として、互いに別のセックスパートナーを持てばいいとか、スワッピングが解決になる、といった無責任な助言をする人がいるようですが、医師としてはこのようなことは勧められません。第一に性感染症の問題があるからです。ワクチンでもコンドームでも防げない感染症、例えば梅毒に感染して、さらにパートナーに感染させると(梅毒は些細なスキンシップでも感染することがあります)、それで夫婦関係が悪化しかねません。

もしもアキラさんが性器ヘルペスに感染したとしましょう。そして奥さんに感染させてしまうと出産時に相当のストレスがかかります。分娩時に生まれてくる赤ちゃんにヘルペスを感染させてしまうと命が助からないこともあります。もしもこのような事態になれば、きっとアキラさんは後悔の念に苦しむことになります。

アキラさんにとってセックスとは何でしょう。出会ったばかりでよく知らない女性とすぐに関係をもつ非日常的な刺激を求めているのでしょうか。このような非日常的な刺激で快楽が得られたとしてもその快楽はすぐに終わります。さらに、その後に虚無感に襲われることもあります。また、同じことを繰り返していればそのうち快楽自体がなくなります。アキラさんもすでに思い当たることがあるのではないですか。

奥さんとのセックスで幸福感を味わっていた頃を思い出してください。そのときには出会ってすぐのセックスでは決して体験できない平和的な幸福感を実感できたのではないですか。これはオキシトシンというホルモンの影響と言われていて、非日常的な刺激で得られる興奮系のホルモンとはまったく異なるものです。

奥さんとのセックスでは非日常的なドキドキする刺激感は期待できないでしょう。ですが、何とも言えない幸せ感につつまれた平和な時間を二人で共有することはできるはずですよ。
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 アキラさんのように性風俗がやめられないという男性は少なくなく、実際、日本人の性風俗利用率は他の先進国に比べて抜きんでています。数字をいくつか紹介してみましょう。

 京都大学の木原正博医師らが1999年におこなった全国の5千人の男性を対象とした調査では、日本人男性の買春率は10%を超え、欧米諸国が数%程度であることを考えると「著しく高い」と結論づけられています(http://idsc.nih.go.jp/iasr/21/245/dj2452.html)。

「成人男性の買春行動及び買春許容意識の規定因の検討」というタイトルの宇井美代子氏らの研究によれば、4~5年の間に「性風俗(ソープ,ファッションヘルス,デートクラブ,ホテトルなど)を利用した」、「女子高校生に金品を渡して,セックス等の性的行為をした」、「海外で売春婦を買った」のいずれか1項目にでも「はい」と回答した者は14.6%にも上ります(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/79/3/79_3_215/_pdf)。

 NHKも「日本の性プロジェクト(2002)」という調査をおこなっており、過去1年間に性風俗施設を利用したことがある男性の割合は13.6%になるという結果がでています。(『データブックNHK日本人の性行動・性意識』NHK出版223ページ)

 もっと驚くデータもあります。『日本エイズ学会誌』という医学誌に掲載された「日本の就労成人男性におけるHIV/AIDS関連意識と行動に関するインターネット調査」では、なんと「日本人男性の46%が風俗施設利用経験あり」とされています(http://jaids.umin.ac.jp/journal/2013/20131503/20131503183193.pdf)。 ただし、この調査結果はあまりにも数字が高すぎます。この原因としてインターネットを使ったスノーボールサンプリングという方法を用いたことで参加者に偏りが生じたのではないかと私は考えています。

 ですが、先述した3つのデータが示しているとおり、1割程度の日本人男性は性風俗の経験があるのは間違いないでしょう。そしてこれは欧米諸国からみれば異常な数字です。ちなみに、他国のデータをみてみると、米国0.3%、英国0.6%、フランス1.1%となっています。

 ワクチンでもコンドームでも防げない性感染症の存在を考えれば、余程の覚悟がないと性風俗など利用できないはずです。思い当たることがある人は今一度考えなおしてみることを勧めます。


参考:GINAと共に第89回(2013年11月)「性依存症という病」