GINAと共に

第147回(2018年9月) 買春に罪の意識がない日本人は世界の非常識

 2018年8月16日、ジャカルタで開催されたアジア競技大会に日本代表として参加していた男子バスケットボールの20代の選手4人が現地女性を「買春」していたことが発覚し、JOC(日本オリンピック委員会)は4人を代表から追放し自腹で強制帰国させました。JBA(日本バスケットボール協会)は記者会見を開き、4人に対し1年間公式試合の出場権を剥奪することを発表しました。この記者会見は当事者の4人も出席する「謝罪会見」となりました。

 出席した記者から「どんな気持ちで店に行ったのか」、「日の丸を背負っている自覚はあったのか」、「違法と思わなかったか」といった質問を次々と浴びせられ、顔と実名を晒した4人は「一生背負うつもりです」「これからの人生でも立て直せないかもしれません」「全国民の皆様に泥を塗る行為をしてしまいました」「国民の皆様へ謝罪がなかったことをお詫びします」などと謝罪の言葉を述べました。さらに、この謝罪会見の模様は世界中のメディアで報道され4人は全世界に恥をさらすことになりました。

 これに対し、日本のSNSなどでは「かわいそう」「そこまでひどいしうちをしなくてもいいのでは?」「ジャカルタ在住の日本人駐在員の多くは経験がある」など4人を擁護する声が多数あるようです。買春を認めるような発言には慎重にならざるを得ないのか、さすがに大手新聞や著名な評論家・文化人は4人の味方になるようなコメントは差し控えていましたが、「週刊新潮」は、2018年9月6日号で「特集・そんなに悪いか『ジャカルタ買春』!~『バスケ日本代表』の未来を潰した『朝日新聞』」というタイトルで4人を擁護する記事を載せました。

 わざわざタイトルに朝日新聞の名前を入れているところが興味深いと言えます。この事件が発覚したのは朝日新聞の関係者が偶然4人の「行為」を見かけたからで、朝日新聞が余計なことをしなければ彼らは罪に問われなかったということが言いたいわけです。

 なるほど、週刊新潮の読者のマジョリティは愛国心にあふれた高齢の男性と言われていますから、朝日新聞の悪口を書き、本人たちにも経験があるであろう買春を擁護するような記事にすれば読者からのウケはよくなるのでしょう。また、週刊新潮はこの記事で社会学者の古市憲寿氏の以下のコメントを引用しています。

「スポーツ選手にどうして過度に"聖人君子"であることを求めるのでしょうか。ジャカルタに行ったのもバスケットをするためで、試合以外の時間に何をするのも、彼らの自由のはず。一般人以上の規範を求める必要はないはずです」

 これは私の見解ですが、おそらく古市氏は4人を擁護するコメントを他の知識人が表明しないものだから"炎上"覚悟でこういった意見を発表したのではないでしょうか。古市氏ほど知識が豊富で国際的なセンスを身に着けている学者が100%の本心でこのようなことを考えているとは私には思えません。古市氏のことですから、はじめから週刊新潮の読者層を想定してこの言葉を選んだのだと私は考えています。

 GINAのこれまでの活動を通して私が感じるのは「日本人の買春に対する考え方はとてもヘンであり日本の常識は世界の非常識である」ということです。解説していきましょう。

 まず、私は今回の4人の報道を聞いたときに「あり得ること」と感じました。そして、大手メディアは4人を非難するであろうが、世間は彼らに同情的になり、そのうちに彼らを擁護する有名人も出てくるだろうと思ったのです(そしてその通りになりました)。私の予想ではこの「有名人」は芸人(お笑いタレント)でした。「誰にも迷惑かけてないし、売春婦もお金もらって楽しい時間を過ごしたんだから放っておけばいい」という意見が必ず出てくると考えたのです。実際に芸人がこういう発言をしたかどうかは調べきれませんでしたが、いずれにしても「彼らを許してあげて」という雰囲気になっていくはずです(もうなっているかもしれません)。

 ですが、これはやはり"おかしい"のです。GINAのこのサイトで何度か紹介したように、タイのマッサージパーラー(日本でいうソープランドのようなもの)を利用するのは日本人がほとんどです(ただしここ数年は韓国人、中国人も増えていると聞きますが)。私の知る限り、欧米人はこのような「性風俗店」には行きません。そもそも、「買春」などという行為は、異常とまでは言えないとしても、ごく少数の人たちがとる行動です。過去のコラムでも紹介したように、買春の経験のある男性は米国0.3%、英国0.6%、フランス1.1%というデータがあります。一方、日本では1~(なんと)4割もが性風俗の経験があるとする調査があるのです。

 ただし、バンコクやパタヤをみればすぐに分かるように欧米人もタイ女性との金銭を介した「love affair」を楽しんでいます。彼らはどうしているかというと、タイ女性のいるバーやカフェ、あるいは他のミーティングスポットに行くわけです。そこで気に入った女性を見つけて話しかけ女性と"意気投合"するとその後は二人の時間となるのです。そして別れ際に金銭を"プレゼント"します。これに対し、「結局欧米人のやっていることは買春と同じじゃないか」という意見があり、ある意味では確かにその通りです。ですから先述の買春経験の数字も買春の「定義」を変えると日本と差がなくなるかもしれません。

 ただ、私が個人的に(GINAの調査という名のもとに)欧米人にインタビューしたところによると、話をしていくなかで盛り上がらなかったり、気が変わったりして結局その女性とは進展がなかった、ということもよくあると言います。まあ、すぐに次の女性を狙いにいくわけですが。

 以前バンコクである日本人の駐在員(男性)に面白い話を聞いたことがあります。その男性は取引先の日本企業からタイに出張にくる男性を「性風俗接待」して業績を挙げています。調子に乗ったこの男性は、それをドイツ人の営業マンに持ち掛け、大ヒンシュクを買い商談が流れてしまったそうです。軽蔑された目で見られとても気まずい思いをしたと言っていました。

 その話を聞いた翌日、偶然にもドイツ人のカップルと仲良くなった私は、女性がトイレで席を外したときにこの日本人駐在員の「失敗談」を話しました。そのドイツ人男性によると、ドイツにも有名な性風俗エリアがあり、敷地内全体が買春施設になっているところもあるそうです。ですが、そのようなところに出入りする男性は「社会の底辺」であり、まともなビジネスマンは絶対に行かないと言います。日本人駐在員が軽蔑されたのは、そのドイツ人が「そのような施設に行く底辺の層と見なされたと感じたから」ではないかと話していました。

 先述した週刊新潮の記事でも触れられていたように、元行革担当大臣の佐田玄一郎氏は女子大生との1回4万円の援助交際で、元総務大臣の新藤義孝氏はソープランドの常連であることを週刊誌に曝露されました。元新潟県知事の米山隆一氏が複数の女性と1回3万円を支払って買春していたことや、奈良県天理市の市長が東京出張時に性風俗を2回も利用していたことも報じられました。

 過去のコラムでも述べたように、自由恋愛との境界が曖昧な「後払い式欧米型買春」はHIVを含む性感染症のリスクが高く、売買春することを先に決める「前払い式日本型買春」は恋愛に発展する可能性も性感染症のリスクも低いということはいえそうです(上記「4人」のうち一人はsex workerとLINEで連絡先を交換したと報道されていますが)。

 欧米型買春を肯定するわけではありませんが、日本型買春は「世界の非常識」だと認識すべきだと私は思います。今回の事件はもちろん中国や韓国でも報じられています。従軍慰安婦を含め性的搾取が実際にあったのかどうか私には分かりませんが、中国や韓国の人たちは4人の事件をどのように感じるでしょう。

 最後に、事件を報じたReuterの記事の最後の1行を紹介しておきます。

 2020年に東京で開催される次のオリンピックは日本がホスト国だ。