GINAと共に

第128回(2017年2月) そろそろきちんと「難民」の話をしよう

 第45代アメリカ合衆国大統領に就任したトランプ氏は就任前からいくつもの発言で物議を醸していますが、現在最も問題になっているのは、2017年1月27日に署名した「すべての国からの難民の受け入れと、中東やアフリカの7ヵ国(イラク、シリア、イラン、リビア、ソマリア、スーダン、イエメン)からの入国を一時的に禁止する」とした大統領令でしょう。

 これを聞いたとき、ほとんどの人が耳を疑ったのではないでしょうか。すでに世界中のいろんなメディアやSNSなどでこの大統領令がいかに無茶苦茶なものかということが語られています。何しろ、米国の市民権を持っている7か国の人が母国に一時帰国してアメリカに戻ってくると入国できない、というのですから現実の米国の大統領令だとは信じられません。その後、連邦裁判所が大統領令を無効とする判断を下し、ワシントン州シアトルの連邦地方裁判所が大統領令を一時差し止める命令を出しました。

 すでにいろんなところで指摘されているように、イスラム圏7か国のなかにサウジアラビアが入っていないのも筋が通りません。トランプ氏はテロを懸念して7か国を選定したとしていますが、ならば「9.11同時多発テロ事件」の実行犯19人のうち15人がサウジアラビア国籍だったことをどう説明するのでしょうか。おそらく、トランプ氏が手掛けている事業がサウジアラビアと関係が深いために同国は外されているのでしょう。

 さて、今回ここで述べたいのはトランプ氏の外交政策批判ではありません。あまりマスコミは取り上げませんが、私が注目したいのは、その7か国ではなく、件の大統領令の前半の「すべての国からの難民の受け入れ(を禁止する)」というところです。

 これが米国の大統領の発言かと思うと虚しくなるのは私だけではないでしょう。世界中から積極的に難民を含む移民を受け入れてきたのがアメリカ合衆国ではなかったでしょうか。

 そして私が失望しているのは大統領令だけではありません。なぜ、日本ではこのトランプ氏の行動に対する抗議活動が起こらないのでしょうか。あるいは起こっているのだけれど日本のマスコミが取り上げないのでしょうか。メディアの報道を通して私が感じる日本人のトランプ氏への印象はむしろ「好感」のような気すらします。トランプ氏の娘のイヴァンカさんが手掛けるファッション・ブランドは日本で最も人気があるとか・・・。

 この点で対照的なのが英国です。トランプ氏の訪英に反対する署名がすでに180万人以上集まっていると聞きます。同国では10万人以上の署名が集まれば議会で取り上げなければならないという法律があるそうです。英国に長年住んでいる人からは「この国はとても閉鎖的だよ」と聞きます。一方、米国、特に西海岸に住んでいる人からは「この国ほど人種差別のない国はない」と何度も聞いたことがあります。しかし2017年2月に起こっている現実を考えると両国がまったく逆転しているかのようです。

 そろそろ本題に入ります。今回私が言いたいことは「日本人は難民に対し無関心すぎないか」ということです。難民が急激に増えていることはほとんどの人が感じていることかと思います。アフリカから南欧にボロボロの船で大勢の難民がやってくるニュースがしばしば報道されることからもそれは分かるでしょう。どれくらい難民が増えているかをUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)のウェブサイトでみてみると、2007年の時点でUNHCRは支援対象を1140万人としていました(注1)。2017年2月現在のUNHCRのサイトには、「2015年初めには、世界で6000万人に上る人が難民、国内避難民あるいは庇護申請者として避難を余儀なくされていた」と記載されています。

 アフリカから欧州に密入国を試みる難民についてもう少しみてみましょう。過去20年間で、約27,000人の難民が地中海を越えようとして亡くなったと言われています。ユニセフの報告(注2)によれば、地中海ルートで亡くなる難民の数は増加の一途をたどり、2016年11月から2017年1月末にかけて死亡した人の数は1,354人に上り、これは前年の同期間の約13倍にも膨れ上がっています。

 地中海に浮かぶ小さな島、ランペドゥーサ島にやって来る難民の姿を描いた映画「海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~」は2017年2月より日本でも公開されています。(私はまだ観ていませんが)ベルリン国際映画祭を含むさまざまな映画祭で賞を総なめにし、2017年のアカデミー賞では長編ドキュメンタリー賞にノミネートされています。この映画の監督のジャンフランコ・ロージ氏にオンラインマガジンの「クーリエ・ジャポン」がインタビューをしています(注3)。監督は日本の難民の現状についても意見を述べています。

 日本に対し難民申請を出したのは2015年の1年間で7,586人です。この数字自体、ランペドゥーサ島に来る難民の数を考えれば微々たるものですし、難民認定を受けられた人はわずか27人。この事実を受けて、ロージ監督は「日本の社会はもっと開かれるべきだ」と主張しています。

 と、言われてもアフリカは日本から遠く現実的に考えにくいかもしれません。ではアジアはどうでしょう。アフリカの問題も大きなものですが、我々アジア人はアフリカの難民よりも先にロヒンギャのことを考えねばならないのではないでしょうか。

 ロヒンギャはミャンマーの西部に居住するアラブ系の民族ですが、国籍を持っていないこともあり人口などの実態はよく分かっていません。数年前からミャンマー軍に迫害を受け、隣国のバングラデシュに難民として数万人が亡命しているそうですが、バングラデシュ政府は正式には受け入れていません。2015年には、海沿いまで移動し海路で周辺国への流入を図るロヒンギャが急増しました。しかし、タイ、マレーシア、インドネシアのいずれの政府も入国を今も拒否しています。船上で多くの人が亡くなっていることは世界中のメディアにより伝えられているとおりです。

 日本にも難民申請をしているロヒンギャは少なくないようですが、入国管理局により強制退去される事例が多いと聞きます。ちなみに、太平洋戦争時代、日本軍がミャンマーに侵攻したことが原因でミャンマー軍によりロヒンギャが迫害された、という話もあります。ロヒンギャは、その後もミャンマー国籍を与えられず、80年代後半、アウンサンスーチー氏の民主化運動を支持すると、ミャンマー軍による弾圧を受けました。そして現在、日本人に絶大な人気があり、ノーベル平和賞も受賞している、事実上現在のミャンマーの統治者であるアウンサンスーチー氏はこのロヒンギャの窮状に対して沈黙しているのです...。

 ミャンマー軍のロヒンギャに対する弾圧は想像を絶する悲惨な状況となっています。世界の人権問題にかかわる非営利組織「Human Right Watch」の報告(注4)によれば、ミャンマー政府の治安部隊は2016年後半からロヒンギャの成人女性と少女にレイプを繰り返し、わずか13歳の少女も犠牲になっています。治安部隊が大勢でロヒンギャの避難所に押しかけて、男性を皆殺し女性をレイプという事件が次々に起こっているそうです。

 私自身は直接ロヒンギャに会ったことはありません。ですが、北タイでは少数民族(山岳民族)やミャンマーから逃れてきた難民に何度か会ったことがあります。女性のなかには10代前半で売られて売春をさせられていたという例もありました。2002年、私が初めてタイのエイズに関わったとき、そのような話を繰り返し聞きました。当時は、女子の難民が強制売春させられHIV感染、そしてエイズで死亡、という事例が珍しくなかったのです。ちなみに、抗HIV薬が無料で支給される現在のタイでもタイ国籍を持たない難民には治療がおこなわれません。

 さて、我々日本人は難民に対してどのように考えればいいのでしょうか。最後に、ロージ監督が「クーリエ・ジャポン」のインタビューに答えた言葉を引用しておきます。

「もしいま7000人の(日本での難民)申請者がいるのなら、その倍の1万4000人は受け入れるべきです。それを実行したとしても東京の人口が1200万人であることを考えれば、大勢に影響はないでしょう。(2015年に認定された)27人から1万4000人に受け入れを増やせば、世界に素晴らしい変化を示すことができます。それに、その1万4000人の人々は危険から命がけで逃れてきた心に傷を持つ人々です。日本にはそういった人たちに、未来を与えるチャンスがあるのです」

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注1:GINAと共に第24回(2008年6月)「6月20日は何の日か知っていますか? 2008年度版

注2:http://www.unicef.or.jp/news/2017/0024.html

注3:https://courrier.jp/news/archives/75574/

注4:https://www.hrw.org/news/2017/02/06/burma-security-forces-raped-rohingya-women-girls