GINAと共に

第123回(2016年9月) タイでLGBT対策が不要な理由

 LGBTという言葉が知名度を得るようになってきましたが、まだまだ問題は山積みです。これは日本だけでなく、比較的急進的な考えを持つ人も多いアメリカでも同様です。

 例えば、アメリカでは2016年5月、政府(オバマ政権)は、全米の公立学校に対し、生徒が自ら望む性別のトイレ使用を認めるよう通達しました。ところがテキサス州など13の州が、この政府の通達を「認められない」としてテキサス州の連邦地裁に提訴し、地裁は「必要な手続きを経ていない」といった理由で政府の通達を「差し止め」としたのです。また、ノースカロライナ州では州政府が「出生証明証に書かれた性別のトイレを使う」と義務付けた州法を制定しており、米国政府と対立しています。

 建築上の観点から学校などではむつかしいでしょうが、トランスジェンダー対策に積極的な企業や自治体は「多目的トイレ」を利用しているようです。日本でも、例えばいち早くLGBT支援宣言をおこなった大阪市淀川区では、区役所内の多目的トイレがトランスジェンダーの人に使ってもらえるよう工夫がされています(私も見学しました)。

 しかし、全体でみれば日米とも問題は多数あります。以前お伝えしたように(注1)、日本ではLGBTが働きやすい職場づくりを目指す任意団体「work with Pride」が、企業のLGBT施策を評価し優秀企業を表彰する事業を始めることを発表しました。しかし、各企業・団体を、ゴールド企業、シルバー企業、ブロンズ企業と「認定」するとしたこの企画は、LGBTのためではなく、企業のイメージアップを目的としたものとならないかを私は懸念しています。

 実際、「LGBTに優しい」というイメージを打ち出そうとしているある企業で働く私のゲイの知人は、「とても会社でカムアウトできる雰囲気じゃないし、実際にカムアウトしたなんて話は聞いたことがない」と言います。その企業の規模を考えると、少なく見積もっても数百人のLGBTの人たちがいるはずなのですが、まだまだ実態はこのようなものです。

 では、LGBTの先進国(と、言ってもいいでしょう)のタイではどうでしょうか。タイではLGBT(を含むセクシャル・マイノリティ)の割合は、2割とも3割とも、あるいはそれ以上とも言われています。もしも、タイにはよく訪問するがそういったことは感じられないという人がいれば、観光地ではなく、中学校(それは公立でも私立でも)の周囲を訪れてみればすぐにわかります。化粧を上手にした男子生徒と女子生徒が楽しく歓談している風景が当たり前のようにあります。

 デパートに行く機会があれば、化粧品売り場を覗いてみてください。私が以前訪れたある地方都市のデパートでは、美容部員(カウンセラー)の半数以上がトランスジェンダー(男性から女性)でした。タイでは男性から女性のトランスジェンダーのことを「カトゥーイ」と呼び(ただし日本語にない母音があるためこのまま発音しても通じません)、英語では最近は「レディボーイ」と言われることが増えてきました。(日本風にいえば「ニューハーフ」でしょうか) 

 そのレディボーイをPCエアーというタイの航空会社がフライトアテンダントとして大々的に募集した、ということを過去にこのサイトで紹介しました(注2)。その後この話も聞かなくなり、うやむやになったのかと思っていたのですが、当初の予定より規模は小さくなったものの、数名のレディボーイのフライトアテンダントが誕生し、現在も勤務されているようです(注3)。

 ただ、私の知る限り、トランスジェンダーの人たちは、就職で不利になることが一切ないとまでは言い切れないと思います。実際にそのような声を聞いたことがあるからです。しかし、ゲイ、レズビアン、バイセクシャルの人たちは、ほとんど差別はないと言いますし、職場でもカムアウトしていることが非常に多いと言えます。もしもタイ人に友達ができれば聞いてみるといいでしょう。どこの職場でもカムアウトしているLGBTの人が当たり前のようにいます。

 2016年8月15日、私は、タイ国パヤオ県プーサーン郡のエイズ自助グループ「ハック・プーサーン」の会議に参加しました。この会議では、グループのメンバーが問題なく生活できているか、新たにメンバーになってもらう人はいないか、などを検討します。その会議の終了後、私はタイのLGBT対策について尋ねてみました。

 その答えは、「そんなものはない」でした。

 つまり、そんなものは必要ない、というのです。私が、日本ではLGBTの医師や看護師の99%以上はカムアウトしていない(できない)ということを話すと、「信じられない。タイでは医療者のLGBTはみんなカムアウトしている」と言います。そして、タイ東北地方のウボンラチャタニ県にある大きな病院の話をしてくれました。この病院の院長がレディボーイで、長い髪を束ね、毎日きれいないメイクを欠かさないとのこと。「腕がいい」との評判で遠くから多くの患者さんが集まってくるそうです。

 私はLGBT対策が大変なのは日本だけではなくアメリカにも問題があることを話し、冒頭で紹介したトイレのことを説明しました。すると、一笑され、「タイ人はそんなことを考えない」との答え。「プーチャイ・コ・ダーイ、プーイン・コ・ダーイ」(男用でも女用でもどちらでもかまわない)と言われ、この言い方が可笑しくて思わず笑ってしまいました。「まったく、日本人もアメリカ人もいったい何を考えてるの?」というのが彼(女)らの意見なのです。

 タイ人は、会話のなかでよく「ニサイ・ディー(性格が良い)」「ニサイ・マイディー(性格が悪い)」という表現を使います。日本でも、他人の話をするときに、「あの人は性格が・・・」という会話になりますが、タイ人の方がはるかに他人の性格のことを話題に取り上げるような気がします。つまり、タイ人にしてみれば、大切なのは「性格」であり、生まれたときの性別がどちらであろうと、その人の性の対象がどちらであろうと、どのような格好をしていようが、化粧をしていようがしてなかろうが、そんなものは対人関係に何ら問題がないと考えているのです。

 私が参加したこの会議でもうひとつ興味深いことがありました。それは、「タイではこれだけLGBTが暮らしやすいのになぜ同性婚が認められないのか」という私の質問に対し、「同性婚?そんなものとっくに認められているよ」という答えが返ってきたからです。その後私は、タイの比較的知識階級が高いと思われる人たちに同じ質問をしてみましたが、けっこうな確率で「同性婚は合法」と言われました。

 タイでは同性婚は法的に認められていません。では、なぜ世間の人たちは合法と考えているのでしょうか。それは、全員ではないものの多くの人たちが「籍を入れることにこだわっていない」からです(注4)。考えてみると、元首相のインラック女史は、パートナーと子供がいますが入籍はしていません。(ですから、おそらく世界初の「事実婚の国家元首」となるはずです) つまり、同性で一緒に暮らしている人が周りにいくらでもいることと、異性どうしでも「入籍」することにあまり価値を置いていないことから、彼(女)らは「同性婚は合法」と思い込んでいるというわけです。

 どこの国でもそうですが、タイにもいい人もいれば悪い人もいます。おしなべて言えば、タイ人の長所は他人に優しくて細かいことを気にしない、となりますが、短所として、いい加減、時間を守らない、約束をすぐ反故にする、などがあります。タイ人のすべてがいいわけではもちろんありませんが、ことLGBT対策については学べるところがたくさんあるのではないか。私はそう考えています。


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注1:下記を参照ください。
GINAと共に第121回(2016年7月)「時期尚早のLGBT対策」

注2:下記を参照ください。
GINAと共に第60回(2011年6月)「同性愛者の社会保障」

注3:下記の新聞記事を参照ください。
https://www.theguardian.com/world/2012/jan/17/pc-air-transgender-flight-attendants

注4:LGBTの権利について法整備をすべきという声も一部にはあります。