HIV/AIDS関連情報

2006年10月19日(木) 中国、売春婦へのエイズ予防教育の波紋

 中国での売春産業は1949年の共産主義革命以降大きく減少しましたが、改革開放政策に移行しはじめた1980年代初頭あたりから再び栄えだしたと言われています。現在でも売買春は違法ですが、これが中国のHIV/AIDS増加の主な原因となっており、実際中国のHIV感染で最も多いのが性行為による感染です。(ただし2位の薬物の静脈注射とそれほど差はありません)

 以前このコーナーで、重慶の画期的なエイズ予防対策をご紹介しましたが(2006年9月13日「重慶の娯楽施設でコンドームを配布」)、黒竜江省でも地域の行政が中心となった新しい試みがおこなわれています。

 10月17日のCHINA DAILYによりますと、黒竜江省哈爾浜(ハルビン)の公立保健関連機関(The Harbin Disease Prevention and Control Centre's Aids Prevention and Control Institute)が、地域の売春婦を対象にエイズ予防の講習会を開き、これまでに180人以上の売春婦が参加したそうです。

 10月11日におこなわれた3回目の講習会では、50人以上の売春婦に加え、彼女らが働く風俗店の店長も参加し、エイズの予防、コンドームの重要性と適切な使い方などについての講習があったようです。

 講習終了後、この保健機関はコンドームが入った箱を無料で出席者に配布し、その箱には質問があればすぐに問い合わせができるように、この機関の電話番号が記載されているそうです。

 売春が違法行為である共産主義の中国で、公的な機関がこのような施策を打ち出したことに驚きますが、やはり波紋は広がっているようです。

 「(このような講習会を開けば)非合法の売春業界を認めることになる」、さらには「売春を奨励することになりかねない」、という声もあるようです。

 特に地元警察は強い反対の姿勢を見せています。黒竜江省に限らず、中国の多くの地域では、「コンドームを所持している」という理由で売春婦を逮捕し抑留しているわけですから、こういった政策に反対するのは当然でしょう。

 10月15日のロイター通信によりますと、ある地元警察の幹部は、「教育はたしかに様々な形でおこなうことができる。しかしこのような講習を認めるわけにはいかない」、と述べています。

 しかし地域住民の多くはこの政策に理解を示しているようです。地元のメディアHarbin Dailyによると、ある地域住民は、「売春婦が存在し、それを警察が抑制できていないのは事実。ならばその結果を受け止め現実的に対処するほうがいい」、と述べているそうです。

 実際に講習をおこなった保健機関のある幹部は次のようにコメントしています。

 「(非合法だからといって)売春婦を無視するのは無責任だ。彼女らはHIVや他の性感染症のハイリスクグループのひとつであるのだから。彼女たちが存在する以上、我々は必要な知識を伝える責任がある。それに、このような講習会を開いたのは我々が初めてではない。北京や上海ではすでにおこなわれていることだ」

 この波紋は、売春を合法化しようとの動きにもつながっているようです。

 中国性科学協会(China Sexology Association)に所属する性科学者のFang Qiang氏は言います。

 「結果として何らかの悪影響を与えることになったとしても、現在の中国が抱えている問題に正面から向き合い、HIVや他の性感染症の蔓延を最大限に抑制するためには、売春の合法化が必要だ。我々は二つの悪のどちらかましな方を選ぶべきなのである」

 警察が主張しているような、「売春婦は社会には存在しないはずだから売春婦に対する啓発はすべきでない」などという考えをしていれば、いずれ国家に大きなダメージを与えることになるのは必至です。共産主義の中国で実際に売春が合法化されることになるとは思えませんが、この性科学者が言うように、ふたつの悪のましな方を選択するというのは現実を見据えた対応であると言えるでしょう。

 それにしても、中国でこのようなことが堂々と発言できるようになったということに驚かされます。

(谷口 恭)