GINAと共に

第79回 間違いだらけのオーラルセックス(後編)(2013年1月)  

 オーラルセックスでの性感染症を防ぐためにコンドームを用いましょう・・・

 このようなことを耳にする機会が最近増えてきていますが、私自身はこの表現には少し抵抗があります。コンドームがオーラルセックスでの危険性を完全に回避できるわけではないからです。

 ここで、「オーラルセックス」とは何か、について考えてみましょう。オーラルセックスには3つのタイプがあります。1つは女性(もしくは男性)が男性のペニスを口で愛撫するフェラチオ(fellatio)、2つめは、男性(もしくは女性)が女性の外性器を口で愛撫するクンニリングス(cunnilingus)、3つめは、男性・女性が相手の肛門を口で愛撫するリミング(rimming)です。このうちコンドームは1つめのフェラチオにしか有効でないのは自明でしょう。

 しかも、では3種類のうちのひとつであるフェラチオに対してならばコンドームは完璧な予防法か、と問われればそういうわけでもありません。それについては後半に述べるとして、まずはクンニリングスとリミングについてみていきましょう。

 クンニリングスやリミングによる性感染症を防ぐには、「デンタルダム」と呼ばれるラテックス製のシートを用いるという方法があります。つまりこのシートを女性の外陰部や男女の肛門にかぶせた上で、愛撫をおこなうのです。ただ、日本ではこのデンタルダムがほとんど売れない、という話を聞いたことがあります。

 以前、このサイトにメールでオーラルセックスについての相談をしてきた人(男性)に、デンタルダムの紹介をしたことがあるのですが、その人の返信には、「クンニリングスの醍醐味は膣分泌液を味わうことにあるんだから、デンタルダムでは意味がない」と書かれていました。「醍醐味」などという言葉が使われるなどとは考えてもみなかった私には返す言葉がみつかりませんでした・・・。

 このような人は、特定の信頼できるパートナー以外とはクンニリングスという行為はやめるべきです。HIV感染のリスクを背負ってでもすべき行為、とは私には到底思えません。

 肛門を愛撫する行為、リミングについて考えてみましょう。この行為では、考えなければならない感染症の種類が大幅に増えます。まずは、A型肝炎のリスクを考えなければなりません。A型肝炎は不潔な水や、し尿(人糞)を肥料としてつくった野菜、生ガキなどが口から入って感染します。日本でも戦後までの不衛生な時代には当たり前のように存在していた感染症ですし、タイを含む東南アジアでは今でも珍しくありません。

 なぜそのA型肝炎が性行為で問題になるかというと、リミングにより感染するからです。よく教科書には「性感染症としてのA型肝炎は同性愛者に多い」と書かれていますが、私の実感ではそのようなことはなく、ストレートの男性にも女性にも起こります。ということは、リミングをおこなう人は医学の教科書を書く偉い先生が考えているよりもずっと多い、ということなのでしょう(注1)。

 リミングで感染する感染症としてはA型肝炎以外にはアメーバ赤痢が有名です。しかし、これらだけではありません。感染性胃腸炎を引き起こすすべての病原体が感染すると考えるべきです。つまり、ノロウイルスであろうが、大腸菌Oー157であろうが、コレラであろうがサルモネラであろうが、肛門に付着している病原体が口の中に入るわけですから、簡単に感染が起こることは容易に想像できると思います。

 こういった病原体が口腔内に入り感染が成立すると下痢を起こすことが多いのですが、ときに診断がつきにくいことがあり悩まされます。特に、東南アジアでの性交渉が原因の可能性があれば、日本には存在しない病原体も視野に入れなければなりません。例えば、ジアルジア症という疾患はランブル鞭毛虫という寄生虫が原因となるのですが、積極的に疑わない限りはこの診断をつけるのは大変です。

 デンタルダムを使わない直接のリミングではHIVのリスクも出てきます。肛門粘膜というのは意外にもろく、これまで痔になんかなったことがないという人でも、少しの刺激で小さな傷ができてそこからわずかな出血が起こることがあります。また、自身は気づいていなくても胃を含む消化管のどこかに炎症があって、そこからわずかな出血が起こっている、ということもあります。ということは、リミングをする方もされる方も気づいていないけれども血液を介した感染が起こっている可能性があるわけです。

 つまり、デンタルダムを用いない直接のリミングなどというのは危険極まりない行為であり、オーラルセックスでの性感染症を防ぐためにコンドームを用いましょう、という標語では何も解決しないのです。

 では、クンニリングスやリミングは一切しない、あるいはしてもデンタルダムを用いる、そしてフェラチオにはコンドームを使う、というケースでは完全に安心できるかというとそういうわけでもありません。

 まずコンドームには「破損する」というリスクがあります。薄いラテックスに歯牙が接触するわけですから、膣交渉のときよりも破損するリスクが増えるのは当然です。

 もうひとつはアレルギーのリスクです。ラテックスアレルギーは従来言われていたよりも実際の患者数が多いのではないかと私はみています。これは、ラテックス製品に触れる機会が増えているからではないかと思われます。ラテックスアレルギーというのは、体質で生まれたときから決まっているものではなく、ラテックスに何度も触れることによって発症します。

 代表的なものが医療者が用いるグローブで、ラテックスアレルギーの職業別罹患者第1位は医療従事者です。医療従事者というのは、医師や歯科医師だけでなく看護師も、さらには最近では介護士もラテックス製のグローブを用いることが増えてきています。工場勤務の人やケーキなどをつくる仕事をしている人もラテックス製グローブを用いています。変わったところでは、風船(ラテックス製です)を膨らます機会の多い人にも起こります(注2)。

 さらに最近増えているアレルギー疾患にラテックス・フルーツ症候群というものがあり、これは特定のフルーツとラテックスの分子レベルでのかたちが似ているために、フルーツでアレルギーが成立するとラテックスにも反応してしまう、というものです。この疾患を起こしやすいフルーツは、キウイ、アボガド、パパイヤなど従来日本人がそれほど食べていなかったものに多いという特徴があります。つまりこういった南洋のフルーツを摂取する機会が増えた結果、ラテックスアレルギーが増えている可能性があるのです。

 ラテックスアレルギーはある日突然現れてその日のうちに重症化して死亡した、というケースはありません。通常は、何度も繰り返しているうちに重症化していきます。海外では死亡例もあります。初期のうちに対処すれば問題ありませんから、例えば、コンドームを用いるとその後陰部が赤くなったり痒くなったりする、という人は早めに医療機関を受診した方がいいでしょう。また特定のフルーツや野菜を食べると口の中がかゆくなる、という人もこれからラテックスアレルギーが生じる可能性がありますからかかりつけ医に相談してみるべきでしょう(注3)。ただし、ラテックスアレルギーがある人はポリウレタン製のコンドームを用いれば対処できます。(ポリウレタン製のデンタルダムというのは聞いたことがありませんが・・・)

 コンドームはたしかに性感染症の予防になくてはならないものです。しかし、同時にその限界についても知っておかなければならない、というわけです(注4)。


注1:A型肝炎にはすぐれたワクチンがあり、それを接種しておくとまず間違いなく感染しませんし、ワクチンはかなり長期間に渡り有効です。ただし、現在需要が多く供給が追いついていない状態で入手困難となっています。

注2:「阪神ファンで甲子園に行くと口がかゆくなる」という人がときどきいます。こういう人はラテックスアレルギーを一度は疑うべきでしょう。甲子園名物のジェット風船もラテックス製です。

注3:下記コラム「ラテックスアレルギー」も参照ください。

注4:下記コラム「コンドームの限界」も参照ください。

参考:
GINAと共に第16回(2007年10月) 「コンドームの限界(前編)」 
GINAと共に第17回(2007年11月) 「コンドームの限界(後編)」
太融寺町谷口医院はやりの病気第35回(2006年7月) 「ラテックスアレルギー」