タイの若者は急進的か?保守的か?

谷口 恭     2007年2月

目 次

1 急増する若者のHIV感染
2 チャットで出会った見知らぬ相手と・・・
3 軍人の感染率は再び増加するか
4 10代の中絶率は日本の20倍以上
5 バレンタイン・キャンペーン


 
1 急増する若者のHIV感染

 タイのHIV新規感染は、2005年が約17,000人、2006年が約15,000人で、今年(2007年)は約14,000人と試算されています。これだけをみると、わずかではありますが少しずつ減ってきているのですが、実は大きな問題が隠れています。

 それは若い世代の新規感染の急増です。

 2006年に新たにHIV感染が判った約15,000人のうち、およそ4割が15歳から24歳の若者です。このなかには15歳から19歳の母親も含まれており、全体の0.44%に相当します。また、HIV感染が判った妊婦のうちおよそ半数が10代の妊婦でした。

 日本人を含む外国人にとって特に重要な意味をもつのはタイの売春婦の感染率です。GINAが繰り返し指摘しているように、先進国の中年男性のHIV感染は、海外でのアバンチュール、特にタイでの男女間性交渉によるものが増加しているからです。HIVに新規に感染したタイの売春婦は、2005年には売春婦1,000人あたり23人だったのが、昨年(2006年)は35人にまで増加しています。売春婦の3.5%がHIVに新たに感染しているということです。


2 チャットで出会った見知らぬ相手と・・・

 The Nation(タイの英字新聞)の報道(*1)によりますと、タイのある研究機関がおこなった調査で、調査に回答した若者の10人中6人が、ポルノ写真やビデオをウェブサイトで閲覧していることが判りました。この数字は昨年おこなわれた調査では61.6%だったのに対し、今回の調査では62.6%とわずかではありますが上昇しています。タイ健康促進基金の代表者スニット・シェレスタ(Sunit Shrestha)氏によりますと、この増加傾向は今後も継続していくことが予想されるそうです。

 さらに、10人中1人がチャットなどで見知らぬ相手とセックスに関する話をし、実際に会い性行為(casual sex)をおこなっていることも判りました。(ちなみにタイ語では出会ってすぐにセックスする者のことを”コン・ジャイ・ンガーイ”と言います。”コン”は人、”ジャイ”は心、”ンガーイ”はイージー(easy)という意味です)


3 軍人の感染率は再び増加するか

 新規感染の4割が若い世代で、売春婦の感染率が上昇し、チャットで知り合った見知らぬ相手と性交渉する者が10人に1人・・・。これらを聞くと絶望的な気分になってきますが、ここで軍人のデータをみておきましょう。

 タイでは徴兵制が取られており、軍人の感染率の増減が国全体へ大きな影響を与えます。軍のなかにも(男性どうしの)性交渉があろうことは想像に難くありませんし、基地の近くに置屋が密集していることは周知の事実です。彼らは20代前半の一定期間、軍に入隊し任務が終われば家に帰ります。そのときにHIVに感染していれば家庭内感染へとつながり、これが90年代半ばに家庭内感染が広がった理由のひとつであることが指摘されています。

 このため90年代後半あたりから軍人に対するHIV啓蒙がさかんにおこなわれるようになりました。その結果、1993年には軍人の4%がHIV陽性だったのに対し、2003年には0.5%にまで減少しました。さらに2005年には0.4%にまで低下しています。

 ところが、昨年(2006年)には0.5%とわずかながら再び上昇に転じています。軍人といえども彼らの大半は一定期間のみの入隊です。若い世代のHIV感染が増加すれば、入隊するまでに感染する可能性も増えるでしょうし、売春婦の間で感染率が増加すれば入隊中に新たに感染することもあり得ます。

 結局のところ、若い世代での新規感染の増加は、加速度的に国全体へのHIV蔓延をきたす可能性があると考えるべきでしょう。

 ここでタイの徴兵制度について述べておきます。

 タイでは韓国などのように強制的に全員が徴兵されるのではなく、高校時代の履修単位として「軍事学校での演習」があります。この軍事学校(タイ語で「リアン・ロードー」といいます)は、毎週土曜日の半日を使って軍事演習をおこないます。タイによく行く方なら、土曜日になるとピックアップトラックに大勢の軍服を着た若者が詰め込まれているのを見かけたことがあるのではないでしょうか。それがおそらく軍事学校への通学の様子です。この軍事学校に出席し履修単位を取得すれば徴兵されることはありません。

 タイでは日本ほど高校進学率が高くありません。バンコクと地方では進学率がまったく異なりますが、イサーン地方の奥地などではほとんど高校がないのが現状です。では、高校に行かない人はどうするのかというと、ちょうど20歳になった頃に軍から召集がかかります。

 タイの徴兵制のユニークなところは、召集をかけられたからといって全員が徴兵されるわけではないということです。召集がかけられると”くじ”を引きます。このとき赤い札をひくか黒い札をひくかで運命が別れます。(たしか黒札が「徴兵決定」で赤札が「免除」だったと思うのですがこれは逆かもしれません) この確率は誰も本当のことは分からないそうですが、タイ人の多くは「ハーシップ・ハーシップ(50%・50%)」と言います。

 ときどき、タレントが徴兵制のために芸能活動を断念せざるを得ないというニュースがタイのマスコミで報道されていますが、”くじ”を引いて徴兵が決まれば何があろうと拒否することはできません。

 もうひとつ補足しておくと、軍事学校(リアン・ロードー)で単位をとらなくても召集されない方法がひとつだけあります。それは医学部に入学することです。医学部の学生は原則として徴兵制が免除されるという規約があるのです。しかしながら、タイでは医学部入学はかなりの難関で、高校時代に「絶対に医学部に入学する」と自信のもてる生徒はそれほど大勢いるわけではなく、医学部の学生も大半は高校時代に軍事演習の単位をとっています。


4 10代の中絶率は日本の20倍以上

 タイではバレンタインデーは一大イベントです。とかく縁起をかつぐタイ人の多くは、この日に入籍することに価値を置いていますし、バレンタインデーに処女を失う(失った)という女性は珍しくありません。

 しかしながら、バレンタインデーに未成年の性行動が活発になるとする世論とは逆に、実際は多くの若者が処女性を大切にしていることがタイ健康促進基金のバレンタイン・キャンペーンの一環でおこなわれた調査で明らかとなりました。

 Bangkok Postの報道(*2)によりますと、この調査はバンコクとその近郊県の10歳から24歳の若者を対象におこなわれ、女性回答者の36.8%が「バレンタインデーにボーイフレンドからセックスを求められても拒否する」と答えています。29.2%は「分からない」と答え、16.4%だけが「セックスの求めに応じる」と返答しています。

 また、回答者のおよそ3分の1は、「セックスは18歳までおこなうべきでない」と考えており(ちなみにタイの現行法では酒、タバコも18歳から合法です)、15歳になればおこなってもよいと考えているのは13.4%のみであることが判りました。

 同姓の友達に「ボーイフレンドとセックスすべきか」を相談された場合、43%が「その友達にセックスをおこなわないようにアドバイスする」と答え、35%が「安全におこなうのならかまわないと言う」と答えています。11%は「絶対に止めるように説得し(セックスのない)友達の関係を維持するようアドバイスする」と答えています。

 「10人に1人が見知らぬ相手とセックス」とは程遠いような保守的な結果であるように感じますが、この基金の健康性プログラムのスタッフであるナタヤ・ボーンパクディ(Nathaya Boonpakdi)氏(女性)は、「多くのティーンエイジャーがセックスについて誤った考えを持っており、それが望まない妊娠や中絶につながっている」、と述べています。

 また、ユース・デベロップメント・ネットワークのスモンサ・チュトン(Sumontha Chuthong)氏は、「同じような調査は10年前からあるが、その頃の若者と考え方はほとんど変わっていない」、とした上で、次のように述べています。

 「多くの若者は妊娠に対する誤解をしている。コンドームやピルの使用を知らない者もいる。月経から危険日を勘定する方法を誤って覚えている者もいる。コンドームの使用が絶頂を妨げると考えている者すらいる」

 タイ健康促進基金のクリスダ・ルアンアレーラット(Krisda Ruang-areerat)医師は、セックスが若者に危険をもたらしていると指摘し、次のようにコメントしています。

 「15歳から18歳の中絶率は人口1,000人あたり90人で2年前の70人から上昇している。この数字は他諸国と比べて極めて多く、中絶が多いといわれている日本でさえ人口1,000人あたり4人のみで、タイの20分の1以下である」


5 バレンタイン・キャンペーン

 タイのバレンタインは日本のように女性から男性にチョコレートを贈る習慣はなく、通常は男性から女性にプレゼントを贈ります。プレゼントにはチョコレートも人気がありますが、もっとポピュラーなのは花束です。また、バレンタインデーに入籍するカップルが大変多いのもこの国の特徴です。

 「愛によってすべての問題が解決し、どんな困難でも乗り切ることができると考えている夫婦が多いが、事実はそうではない」

 これはバレンタインデーに入籍するカップルに配布されるハンドブックに書かれている警告文です。

 バンコクポストの報道(*3)によりますと、このハンドブックはタイの社会発達省(Ministry of Social Development and Human Security)やバンコク都市管理局(Bangkok Metropolitan Administration)などが共同でおこなっている結婚準備キャンペーンの一環で作成されたものです。

 タイの新婚カップルは婚姻届を縁起のいい名前が付けられた地域に提出することが多く、例えば、バンラック(愛の地域)、バンスー(正直の地域)、サンパンタウォン(親密な関係)といった名称の地域への届出が今年も多いことが予想され、そういった地域ではたくさんのハンドブックが用意される予定です。

 およそ2万組のVCDとハンドブックのセットが新婚カップルに配布される予定で、家族をもつにあたる準備、結婚生活をうまくおこなうコツなどが記載されています。

 このハンドブックには結婚生活をうまくおこなう21のコツが紹介されています。例えば、「楽観的に考えて結婚生活に柔軟性をもたせよう」、「お互いを助けることを学ぼう」、「この世に間違いを犯さない人や完璧な人はいないことを忘れないようにしよう」、などです。

 夫婦には、正直、信頼、受容、尊敬、忍耐、許容などが必要で、非合理な期待を相手に要求してはいけない、などといったことも述べられています。また、夫婦関係に適度なバランスをとること、コミュニケーションをしっかりととること、適度な性交渉をもつこと、家族のための時間をとること、なども幸せな結婚生活には重要であると書かれているそうです。

 女性問題家族開発局(ministry's office of women's affairs and family development)の局長であるスウィット・クンタロ(Suwit Kuntaroj)氏は、「このキャンペーンは、社会や経済、文化の変化で弱くなりつつある家族の結びつきを強くすることを目的としている」、とコメントしています。

 国連開発プログラムが試算しているタイのデータによりますと、タイの離婚率は17.3%となっています。タイの県別のデータを集計すると、2002年に離婚したカップルが77,735組だったのに対し、2005年には90,688組と増加傾向にあります。

 弱くなった家族の結びつきは家庭内暴力(DV)につながる、とスウィット氏は言います。「家庭内暴力を禁じる法律を強くするよりも、結婚前のこのようなキャンペーンが家庭内暴力を抑制する効果が高い」、と氏は述べています。

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 「タイラット」などタイの大衆紙をみていると、三角関係がもつれて殺人がおこったとか、恋人の浮気に憤慨し顔に硫酸をかけたとか、あるいは夫婦心中を図ったとか、そういった恋愛が犯罪や死に結びつく事件があまりにも多いことに驚かされますが、これも”愛”を過信しすぎた結果なのでしょうか・・・。


<参考文献>
*1 The Nation 2007年2月9日 One tenth of young Net surfers have casual sex with strangers: survey
*2 Bangkok Post 2007年2月8日 Young people 'still value their virginity'
*3 Bangkok Post 2007年2月7日 Love doesn't conquer all, couples told


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