現在のタイの問題点とGINAの役割

谷口 恭     2006年8月

目 次

1 世界銀行の報告
2 タイ国の問題点
3 GINAの役割


 
1 世界銀行の報告

 カナダのトロントで開催された第16回世界エイズ会議で、世界銀行は、資源のあまりない途上国はタイ国をエイズ対策の模範とすべきだ、という報告をおこないました。

 タイでは90年代初頭に「100%コンドーム・キャンペーン」が開始されました。多くの売春施設などでコンドームが無料配布され、これが世界銀行に評価されています。

 また、昨年10月から開始された、NAPHA(National Access to Antiretroviral Programme for People Living with HIV/AIDS)、と呼ばれる、HIV陽性者が抗ウイルス薬の治療を受けられるプログラムについても世界銀行は高い評価をしています。現在タイでは、およそ8万人が抗HIV薬の治療を受けており、これは薬剤が必要な患者さんの90%以上に該当します。

 タイでは、2004年あたりから全国的に抗HIV薬が国から支給されるようになりだしましたが、昨年10月に始まったこのNAPHAによって、それがさらに加速されるようになったという経緯があります。

 もしも「100%コンドーム・キャンペーン」が実施されていなかったとすると、2005年に、タイは770万人のHIV陽性者と85万人のエイズ患者を抱えることになっていただろう、と世界銀行は試算しており、この数字は実際の人数のおよそ14倍に相当します。そして、世界銀行によると、タイがとった予防対策は、2012年までに、およそ186億ドル(2兆2千億円)の治療費を節約できる効果があるそうです。

 世界銀行は、中国とインドを名指しにして、タイを模範とすべきだ、と会議で述べました。現在、世界には抗HIV薬が必要な人が、5百万人から6百万人もいるとされていますが、実際に薬剤の恩恵に預かっている人はわずか70万人しかいません。


2 タイ国の問題点

 世界銀行は、タイを模範とすべきだ、と述べると同時に、同国の問題点も指摘しています。

 ひとつは、既存の抗HIV薬を、新しい薬に切り替えていけるか、という問題です。現在、抗HIV薬は次々に改良を重ねられ、たくさんの新しい薬剤が登場してきています。抗HIV薬を新しい高価なものに切り替えていくとすると、現在タイ政府が負担している費用の、いずれ7から28倍が必要になるであろう、と世界銀行は試算しています。

 もうひとつの問題は、製薬会社に対する特許の問題です。現在タイは、製薬会社に特許料を支払わずに安価な薬剤(いわゆるジェネリック薬品)を国内で製造・販売しており、これが国際的な問題になっています。タイ国は今後、この問題にどのように対処するかを決断しなければなりません。

 もしも特許料を支払うことになれば、現在実施しているようなかたちでは、多くの患者さんに薬剤を供給することができなくなります。その結果、途中で薬が打ち切りとされる患者さんが続出することが予想されます。

 特許の問題を克服するのにひとつの方法があります。それは、いわゆる「強制実施権(compulsory licenses)」の発動です。これは、特許料を支払わずに、強引に安価なジェネリック薬品を製造・販売し続けるという方法です。世界銀行の試算によると、強制実施権を発動することにより、タイはおよそ32億ドル(3,800億円)の特許料を支払わなくて済みます。ただし、実際にこれを発動すれば、アメリカやヨーロッパ諸国との関係が不安定になるのは必至でしょう。


3 GINAの役割

 GINAとして、二つの問題点を補足しておきたいと思います。

 ひとつは、地域や病院による不平等性です。世界銀行は、誰もが安価で医療を受けられるタイ国の「30バーツ医療」を評価していますが(たとえ保険に加入していなくても、一回の医療費が100円たらずで受けられる医療政策です)、30バーツ医療でHIVの治療を受けるのは地域によっては相当困難です。

 例えば、病院によっては、30バーツ医療を、1日に何人まで、と枠を決めており、HIVの患者さんはなかなか診てもらえないという問題があります。これが、貧困層、あるいは少数民族、さらにミャンマーやラオスからの不法滞在者となると、実際は30バーツでHIVの治療を受けるのはほとんど絶望的な地域もあります。

 もうひとつの問題点は、HIVの治療は抗HIV薬で事足りるわけではない、ということです。抗HIV薬が無料、あるいは安価で入手できるようになったとしても、HIV感染に伴う様々な合併症の治療が必要なことには変わりありません。抗HIV薬の投薬開始が遅れたり、あるいは副作用が強すぎて抗HIV薬が内服できなかったりすると、様々な感染症を発症することがあります。こういった感染症に対する薬剤もまた非常に高価で、ひとりの患者さんに要する薬だけで月あたり数万円になることも珍しくありません。特に、重症例に用いる抗真菌薬が高価です。

 現在GINAでは、30バーツ医療さえも受けられない患者さんを受け入れている施設を積極的に支援しています。こういった施設の代表がチェンマイのバーン・サバイです。また、抗HIV薬以外の薬剤を、現物で、あるいは現地調達できる薬剤については購入代金というかたちで、患者さんに供給する援助もおこなっています。とくに、パバナプ寺(Wat Phrabhatnamphu)では、患者さんが数百人もおられ、多彩な薬剤のニーズがあります。薬剤によっては、タイで製造されている抗HIV薬よりも高価であることが多いのですが、現状ではこのような支援の必要性はなかなか注目されません。

 我々は、こういった細やかな支援がおこなえる点にこそGINAの存在意義があると考えています。HIV/AIDSの患者さんを支援する団体は他にもたくさんありますが、大きな団体であればあるほど、大規模の予防や治療を考えるでしょう。

 GINAとしては、これからも、大きな組織では取り組みにくいような細やかな支援を草の根レベルでおこなっていくつもりです。タイがエイズ対策に成功したと言われれば言われるほど、逆にGINAの役割は大きくなっていくべきなのかもしれません。

 GINAは、今後タイ以外の国にも支援の手を伸ばしていくことを検討していますが、タイ国からHIV/AIDSに伴う課題が完全になくならない限り、それは予防や治療だけでなく、スティグマや差別といった社会事象も含めてですが、こういった問題がなくならない限りはタイでの活動を継続していくつもりです。

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