GINAと共に
第243回(2026年9月) 日本国内でエムポックスが再び流行
本稿を書いている2026年9月25日時点では当局による正式な発表はないようですが、2023年に流行したエムポックスが再び流行り始めました。私が院長を務める谷口医院でも陽性者が出ました。後述するように、本格的な流行が始まると、ちょっとやっかいなことになるかもしれません。そこで、今回は現在のエムポックスの特徴をまとめ、あるべき対策について考えてみたいと思います。
まずは2023年の流行をおさらいしておきたいのですが、その前に病気の「名前」を確認しておきましょう。もともとこの感染症は「monkey pox」と呼ばれていて、日本では「サル痘」と命名されていました。私は個人的にmonkey poxという響きとリズムが気に入っていたのですが、世界の一部で「サルに失礼だ」という声があがり、mpox(日本ではエムポックス)に変更されました。ではこれまでの歴史を振り返ってみましょう。
・エムポックスは2022年から欧州で流行しはじめ(それまではアフリカに限局)、日本での1人目の報告は2022年7月25日。2022年は合計7例の報告
・2023年初頭から流行が拡大し、日本では年間225例の陽性例が報告された
・その後急速におさまり、国内では2024年は19例、2025年は23例の報告のみ
・2026年の報告数は9月9日時点ですでに123例。東京都が107例で全国の約9割を占める。次いで神奈川県9例、千葉県2例、大阪府2例。
谷口医院で発見されたのは9月10日以降ですから、大阪府の3例目になるのかもしれません。谷口医院では2023年に2例プラス「幻の1例」が見つかりました。その「幻の1例」の話は後述するとして、2023年当時と2026年現在の違いを述べたいと思います。
といっても、2023年に私が診察した事例は2例(+幻の1例)、2026年はまだ1例ですから、症例数が少なすぎて正確に違いを表現するのは(統計学的には)困難です。ですが、2023年の2例(+幻の1例)と今年の1例は症状が大きく異なるのです。
2023年3月、私はエムポックスを生まれて初めて診ました。しかし、初めてではありましたが、患者さんに患部を見せてもらった瞬間に「これはmonkey poxに間違いない!」と確信しました。なぜなら、論文で報告されていた写真とそっくりだったからです。
一応教科書的には「エムポックスは単純ヘルペスや帯状疱疹と鑑別が必要」ということになっています。実際、エムポックスの検査を保健所に依頼すると、頼まなくてもルーチンとして保健所は単純ヘルペス(HSV)と帯状疱疹ウイルス(VZV)のPCR検査を実施してくれます。しかし、私の意見としては「そんな検査は不要」です。なぜなら、エムポックスと単純ヘルペスや帯状疱疹は見た目がまったく異なるからです。たしかに、単純ヘルペスも帯状疱疹も水泡をつくります。しかしエムポックスの水泡はそれらとは似ても似つかないもので、まず大きさが全然違います。
たくさんの症例をみればエムポックスの皮疹にもいろんなタイプがあることが分かってくるのでしょうが、私が診た第2例目も「これはmonkey poxに間違いない!」でした。
そして3例目、いえ、「幻の1例」となる患者さんが受診しました。その患者さんは数日前から鼡径部に皮疹が出現したとのことで受診しました。診させてもらうと、第1例、第2例のエムポックスにそっくりの大きな水泡があります。痛みもあって、「これはmonkey poxに間違いない!」と感じました。
そこで、丁寧に説明し、まずは検査が必要であることを理解してもらい、エムポックスの検査は保健所でしかできず、その際に保健所の職員からいくつかの質問をされて、答えなければならないことを伝えました。「どんな質問をされるのか」と問われたために、「どこで感染した可能性があるか」「どのように感染したと考えられるか」といったことを聞かれるだろうと答えると、「そんなプライバシーに関わることを答える義務はない」と拒否されました。
公衆衛生学的な視点からは「根掘り葉掘り聞きたい」ということなのでしょうが、患者側の立場からみれば「まだ確定診断もついていないのに、なんで見ず知らずの保健所の職員にそんな込み入った話をせねばならないの?」となるわけです。この点についてはまったく患者さんの言う通りで、私はその後もたびたびこの問題を保健所に提示しているのですが、現時点では保健所はその方針を改めようとしません。
話を今年の流行に戻しましょう。今年谷口医院第一号となった事例は、患者さん自身がエムポックスを疑って受診されました。私は過去の2例(+幻の1例)を経験していますから、視診だけでエムポックスかどうか判断できるだろうと高をくくっていました。そして診させてもらうと小さな膿疱が3か所にあるだけ。ただの毛包炎だと判断しました。この事例、患者さんからの申告がなければ私はエムポックスを疑うことはありませんでした。
「検査をしましょう」と言いましたが、それは「エムポックスを疑っている患者さんを安心させるために陰性であることを示すため」でした。ところが、検査をすると結果は「陽性」。私が間違っていた、つまり誤診していたのです。患者さんからの「エムポックスと思う」という言葉がなければ、もしかすると他人への感染が広がっていたかもしれません。
まだ1例だけでは判断できないのですが、現在流行っているタイプ(クレードIb)は、2023年に流行したクレードIIbとはウイルス学的な違いだけではなく、皮膚症状も異なるのかもしれません。
その後、たまたま同じような症状を有した患者さんが受診されました。「あの患者さんがエムポックスだったのだから、この患者さんもエムポックスに違いない」と考えた私は、話をしてエムポックスのPCR検査を受けてもらいました。ところが結果は幸にも「陰性」。またもや私の"誤診"となりました。
まったく同じような皮疹で片方は陽性、もう片方は陰性。これからどうやって診断をつければいいのでしょう。
一般に感染症は症状が軽い方がいいわけですが、それはきちんと診断できたときの話です。ちょうど麻疹(はしか)が、重症であれば誰でも診断できるのに対し、軽症(ワクチンを1回接種して感染したときに起こります)の場合は、症状が強くならないのでなかなか診断にたどり着きません。それと同じように、現在流行しているエムポックスも症状が軽いが故に診断がつきにくいのです。
軽症であればありがたいのはその本人にとって、です。もしも軽症の患者さんが、まさかエムポックスに感染しているなどとは思わずにハイリスク者に感染させたとすれば大変なことになります。エムポックスには有効な薬がないのです(少し前まで期待されていたテコビリマット(tecovirimat)は有効性がないことがあきらかとなっています)。
エムポックスの感染力はかなり強いと考えるべきです。クラブで肌が触れ合った程度での感染の報告もありますし、米国では家庭内感染で小児に感染した事例もあります。ウイルスが付着した布などから感染することもあります。ECDC(European Centre for Disease Prevention and Control=欧州疾病予防管理センター)によると、「ウイルスが家庭内にある布などに付着すると、少なくとも15日間は感染力を持つ状態で検出される」とされています(注)。
これからエムポックスがどれだけ流行するかは分かりません。周知のようにゲイコミュニティで広がっているようですし、2023年の流行時も日本では大半がゲイ男性だったようですが、当時も世界では女性や小児へ感染が広がったのです。当分の間、原因不明の皮疹を自覚し、それが過去のエピソードからエムポックスの可能性があるときには医療機関を受診し、さらにそのエピソードを医師に伝えなければなりません。
現在流行中のエムポックスは医師に任せてはならない、と考えてください。
注:ECDCは2023年の時点では「ベッドリネンなどに付着したウイルスは、数カ月から数年間にわたり感染性を維持する」と書かれていたのですが、現在この記述は削除されています。しかし、2022年の「Annals of Internal Medicine」には「ポックスウイルスは非常に安定性が高く、環境中で数ヶ月から数年にわたり感染力を維持する可能性があります」と書かれています。
まずは2023年の流行をおさらいしておきたいのですが、その前に病気の「名前」を確認しておきましょう。もともとこの感染症は「monkey pox」と呼ばれていて、日本では「サル痘」と命名されていました。私は個人的にmonkey poxという響きとリズムが気に入っていたのですが、世界の一部で「サルに失礼だ」という声があがり、mpox(日本ではエムポックス)に変更されました。ではこれまでの歴史を振り返ってみましょう。
・エムポックスは2022年から欧州で流行しはじめ(それまではアフリカに限局)、日本での1人目の報告は2022年7月25日。2022年は合計7例の報告
・2023年初頭から流行が拡大し、日本では年間225例の陽性例が報告された
・その後急速におさまり、国内では2024年は19例、2025年は23例の報告のみ
・2026年の報告数は9月9日時点ですでに123例。東京都が107例で全国の約9割を占める。次いで神奈川県9例、千葉県2例、大阪府2例。
谷口医院で発見されたのは9月10日以降ですから、大阪府の3例目になるのかもしれません。谷口医院では2023年に2例プラス「幻の1例」が見つかりました。その「幻の1例」の話は後述するとして、2023年当時と2026年現在の違いを述べたいと思います。
といっても、2023年に私が診察した事例は2例(+幻の1例)、2026年はまだ1例ですから、症例数が少なすぎて正確に違いを表現するのは(統計学的には)困難です。ですが、2023年の2例(+幻の1例)と今年の1例は症状が大きく異なるのです。
2023年3月、私はエムポックスを生まれて初めて診ました。しかし、初めてではありましたが、患者さんに患部を見せてもらった瞬間に「これはmonkey poxに間違いない!」と確信しました。なぜなら、論文で報告されていた写真とそっくりだったからです。
一応教科書的には「エムポックスは単純ヘルペスや帯状疱疹と鑑別が必要」ということになっています。実際、エムポックスの検査を保健所に依頼すると、頼まなくてもルーチンとして保健所は単純ヘルペス(HSV)と帯状疱疹ウイルス(VZV)のPCR検査を実施してくれます。しかし、私の意見としては「そんな検査は不要」です。なぜなら、エムポックスと単純ヘルペスや帯状疱疹は見た目がまったく異なるからです。たしかに、単純ヘルペスも帯状疱疹も水泡をつくります。しかしエムポックスの水泡はそれらとは似ても似つかないもので、まず大きさが全然違います。
たくさんの症例をみればエムポックスの皮疹にもいろんなタイプがあることが分かってくるのでしょうが、私が診た第2例目も「これはmonkey poxに間違いない!」でした。
そして3例目、いえ、「幻の1例」となる患者さんが受診しました。その患者さんは数日前から鼡径部に皮疹が出現したとのことで受診しました。診させてもらうと、第1例、第2例のエムポックスにそっくりの大きな水泡があります。痛みもあって、「これはmonkey poxに間違いない!」と感じました。
そこで、丁寧に説明し、まずは検査が必要であることを理解してもらい、エムポックスの検査は保健所でしかできず、その際に保健所の職員からいくつかの質問をされて、答えなければならないことを伝えました。「どんな質問をされるのか」と問われたために、「どこで感染した可能性があるか」「どのように感染したと考えられるか」といったことを聞かれるだろうと答えると、「そんなプライバシーに関わることを答える義務はない」と拒否されました。
公衆衛生学的な視点からは「根掘り葉掘り聞きたい」ということなのでしょうが、患者側の立場からみれば「まだ確定診断もついていないのに、なんで見ず知らずの保健所の職員にそんな込み入った話をせねばならないの?」となるわけです。この点についてはまったく患者さんの言う通りで、私はその後もたびたびこの問題を保健所に提示しているのですが、現時点では保健所はその方針を改めようとしません。
話を今年の流行に戻しましょう。今年谷口医院第一号となった事例は、患者さん自身がエムポックスを疑って受診されました。私は過去の2例(+幻の1例)を経験していますから、視診だけでエムポックスかどうか判断できるだろうと高をくくっていました。そして診させてもらうと小さな膿疱が3か所にあるだけ。ただの毛包炎だと判断しました。この事例、患者さんからの申告がなければ私はエムポックスを疑うことはありませんでした。
「検査をしましょう」と言いましたが、それは「エムポックスを疑っている患者さんを安心させるために陰性であることを示すため」でした。ところが、検査をすると結果は「陽性」。私が間違っていた、つまり誤診していたのです。患者さんからの「エムポックスと思う」という言葉がなければ、もしかすると他人への感染が広がっていたかもしれません。
まだ1例だけでは判断できないのですが、現在流行っているタイプ(クレードIb)は、2023年に流行したクレードIIbとはウイルス学的な違いだけではなく、皮膚症状も異なるのかもしれません。
その後、たまたま同じような症状を有した患者さんが受診されました。「あの患者さんがエムポックスだったのだから、この患者さんもエムポックスに違いない」と考えた私は、話をしてエムポックスのPCR検査を受けてもらいました。ところが結果は幸にも「陰性」。またもや私の"誤診"となりました。
まったく同じような皮疹で片方は陽性、もう片方は陰性。これからどうやって診断をつければいいのでしょう。
一般に感染症は症状が軽い方がいいわけですが、それはきちんと診断できたときの話です。ちょうど麻疹(はしか)が、重症であれば誰でも診断できるのに対し、軽症(ワクチンを1回接種して感染したときに起こります)の場合は、症状が強くならないのでなかなか診断にたどり着きません。それと同じように、現在流行しているエムポックスも症状が軽いが故に診断がつきにくいのです。
軽症であればありがたいのはその本人にとって、です。もしも軽症の患者さんが、まさかエムポックスに感染しているなどとは思わずにハイリスク者に感染させたとすれば大変なことになります。エムポックスには有効な薬がないのです(少し前まで期待されていたテコビリマット(tecovirimat)は有効性がないことがあきらかとなっています)。
エムポックスの感染力はかなり強いと考えるべきです。クラブで肌が触れ合った程度での感染の報告もありますし、米国では家庭内感染で小児に感染した事例もあります。ウイルスが付着した布などから感染することもあります。ECDC(European Centre for Disease Prevention and Control=欧州疾病予防管理センター)によると、「ウイルスが家庭内にある布などに付着すると、少なくとも15日間は感染力を持つ状態で検出される」とされています(注)。
これからエムポックスがどれだけ流行するかは分かりません。周知のようにゲイコミュニティで広がっているようですし、2023年の流行時も日本では大半がゲイ男性だったようですが、当時も世界では女性や小児へ感染が広がったのです。当分の間、原因不明の皮疹を自覚し、それが過去のエピソードからエムポックスの可能性があるときには医療機関を受診し、さらにそのエピソードを医師に伝えなければなりません。
現在流行中のエムポックスは医師に任せてはならない、と考えてください。
注:ECDCは2023年の時点では「ベッドリネンなどに付着したウイルスは、数カ月から数年間にわたり感染性を維持する」と書かれていたのですが、現在この記述は削除されています。しかし、2022年の「Annals of Internal Medicine」には「ポックスウイルスは非常に安定性が高く、環境中で数ヶ月から数年にわたり感染力を維持する可能性があります」と書かれています。











