GINAと共に
第238回(2026年4月) トランスジェンダーは"流動的"と理解すべき
私がトランスジェンダーの人たちと深く関わり始めたのは、2004年にタイのエイズ施設でボランティアをしていた頃です。当時は2か月ほど連続で滞在し、その後も日本とタイを行き来していたため、患者さんたちとは医師と患者という関係を超えたつながりが生まれていきました。施設にはM to F(男性から女性へ)の人が多かったものの、F to M(女性から男性へ)の人もいました。施設内だけでなく、プライベートの時間に仲良くなるタイ人の中にも、なぜかトランスジェンダーの人が多くいました。
尚、最近は「AMAB」(Assigned Male At Birth=出生時に男性と割り当てられた)、「AFAB」(Assigned Female At Birth=出生時に女性と割り当てられた)という表現が、Z世代のSNSの自己紹介欄で使われることが増えているようですし、ジェンダー研究の分野ではすでに一般的です。しかし、私自身は日本人に限らず外国人の一般の人からもこの表現を聞いたことがありません。そこで本コラムでは、従来よく使われてきた M to F、F to M という表現を用いることにします。
トランスジェンダーの彼(女)らの多くは、タイ人特有の明るさを差し引いても、一緒にいるだけで楽しくなるような人たちでした。しかし一方で、いつも浮かない表情をして悩み続けている人もいました。特に10代には、非常に傷つきやすく、繊細な心を持つ若者が少なくありませんでした。今も印象に残っているのは、北タイのある施設にいたノック(仮名)という15歳の女子です。
ノックの両親はともにエイズで亡くなりましたが、ノック自身は感染を免れ、幼少期から親戚に育てられていました。本人は自分を女子だと言いますが、他のタイでよくみるトランス女子らしさがなく、コミュニケーションが苦手で、笑顔を見せることもほとんどありません。私の拙いタイ語では会話がすぐに途切れてしまいました。
ある日、施設でボランティアをしているタイ人がノックの生い立ちを教えてくれました。ノックは幼少期から親戚やその連れの男性たちに繰り返しレイプを受けていたというのです。その影響なのか、自分の性について確信が持てず、「女子であらねばならない」と思い込んでいるように見える、とそのボランティアは話していました。結局、ノックは私に心を開くことはなく、いつの間にか施設を去っていました。その後の行方は分かりません。
トランスジェンダーの人たちからは、よく「幼少期から何か違和感があり、小学校高学年になってようやく自分の性が違うと気づいた」という話を聞きます。そして、「幼少期には無理やり"男(女)の子らしく"振る舞うよう強制されたけれど、性は他人や社会が決めるものなんかじゃない」と言います。
これはレズビアンやゲイの人たちからもよく聞く言葉で、とても説得力があります。セクシュアルマイノリティについての理解が浅いシスジェンダーに対して、「あんたは自分の性を他人に決められたわけじゃないでしょ。あんたが男(女)であるという事実は、他人が何を言おうと変わらないでしょ」と説明すると、多くの人が納得します。トランスジェンダーの人に対し、「あなたが女(男)であることを社会は認めません。だから手術も認めません」と言う権利は誰にもないわけです。
つまり、「自分のセクシュアルアイデンティティ(性自認)が男か女か、あるいはどちらでもないかは、自分で決める」が民主主義社会においては保障されるべき「自由」となります。
セクシュアルマイノリティの歴史はつい最近まで暗黒の時代でした。トランスジェンダーはもちろん、ゲイやレズビアンであることも犯罪とされ、重罪が課せられてきました。今でも同性愛で死刑が求刑される国があります。現在のリベラルな社会において、「平等」や「人権」は金科玉条であり、これらを侵害するものは強く忌避されます。そのため、「セクシュアルマイノリティに疑問がある」とは言えない空気があります。
KADOKAWAから刊行予定だった『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』が直前で中止になった背景にも、こうした社会状況があります。2010年代以降、社会的支持を得て力をつけてきたセクシュアルマイノリティ団体は、「自由」「平等」「人権」を掲げてKADOKAWAに抗議し、発刊中止に至りました。この書籍の原書は、米国のジャーナリスト Abigail Shrier氏による『Irreversible Damage: The Transgender Craze Seducing Our Daughters』です。日本での出版騒動に先立ち、米国でも当事者団体から反対の声が上がり、Amazon は「ヘイトコンテンツに該当する可能性がある」として広告掲載を拒否しました。
KADOKAWAは発刊を中止しましたが、産経新聞出版が『トランスジェンダーになりたい少女たち SNS・学校・医療が煽る流行の悲劇』というタイトルで出版しました。私も読みました。
この本、私の視点でみれば、たしかにトランスジェンダーの治療を受けて後悔している当事者への取材を丁寧に重ね、突然トランスジェンダーが増えた現象への疑問を提示する点では正当な「問題提起」と言えます。ただ、一方で、治療に満足している人たちへの取材がじゅうぶんとは言えず、客観性の担保という意味において少し疑問が残ります。とはいえ、治療を急いで後悔している若者がいるという事実を知る上で読むに値する書籍です。
発刊中止はそれだけで話題を呼び、「〇〇氏は反対」「△△氏は賛成」といった二項対立の議論になりがちです。しかし大切なのは、トランスジェンダー医療によって人生の満足度が上がった人がいる一方で、後悔している人もいるという事実を、社会全体が認識することです。議論が過熱すると政治的な対立に発展し、当事者が自分の経験を語りにくくなります。
例えば、トランスジェンダーの治療を受けて後悔している人は、そのことを当事者のコミュニティ内で発言することができなくなります。
英国にMichael Kerr(以下「Kerr氏」)という30代の「男性」がいます。彼は以前ジェンダークリニックで女性になるための治療を受け、男性器切除術の待機リストに名前を載せていましたが、治療を中止し、リストから名前を削除しました。現在彼は、トランスジェンダーの治療を中止したいと考えている人々を支援する団体「Detransition Pathway UK」を立ち上げる準備をしています。The Timesの取材から経緯をみてみましょう。
あるときKerr氏はクラブのトイレでレイプの被害に遭いました。その後、自分の体が自分のものではないように感じた彼が見つけたのがトランスジェンダーのコミュニティでした。当初はゲイとみなされていましたが、そのうちに周囲がトランスジェンダーではないかと教唆し始めました。「まるで洗脳されたようだった」と彼は取材で語っています。訪れたジェンダークリニックでは、30分の診察を2回受けただけで、カウンセリングもなく、すぐにホルモン治療を開始するよう勧められました。ところが、ホルモン剤にも「自身が女性である」ことにも馴染めず、セクシャルアイデンティティを女性にしても自身のトラウマが癒されないことに気付きました。そして「detransitioning」という概念を知り、治療を中止しました。
この話を聞いて思い出すのが、前半で紹介した北タイのノックです。彼女も幼少期に複数の男性からレイプされています。タイは英国に比べると、他者のセクシュアリティにずっと寛容ですが、それでも「自分は男性だった」と思い直したとしても、それを周囲にカミングアウトするのは容易ではありません。Kerr氏は治療をやめたことを公言すると、 TikTokで殺害予告を受け、コミュニティでは「自殺しろ」と言われたそうです。
ノックの行方は今も分かりません。「本当は男性だったのではないか」という疑問は私の単なる想像にすぎず、詮索するのは失礼です。しかし、会話時に視線を合わせず、どこか遠くを見つめるように小さな声で話していた彼女の横顔が、今も私の脳裏に残っています。
尚、最近は「AMAB」(Assigned Male At Birth=出生時に男性と割り当てられた)、「AFAB」(Assigned Female At Birth=出生時に女性と割り当てられた)という表現が、Z世代のSNSの自己紹介欄で使われることが増えているようですし、ジェンダー研究の分野ではすでに一般的です。しかし、私自身は日本人に限らず外国人の一般の人からもこの表現を聞いたことがありません。そこで本コラムでは、従来よく使われてきた M to F、F to M という表現を用いることにします。
トランスジェンダーの彼(女)らの多くは、タイ人特有の明るさを差し引いても、一緒にいるだけで楽しくなるような人たちでした。しかし一方で、いつも浮かない表情をして悩み続けている人もいました。特に10代には、非常に傷つきやすく、繊細な心を持つ若者が少なくありませんでした。今も印象に残っているのは、北タイのある施設にいたノック(仮名)という15歳の女子です。
ノックの両親はともにエイズで亡くなりましたが、ノック自身は感染を免れ、幼少期から親戚に育てられていました。本人は自分を女子だと言いますが、他のタイでよくみるトランス女子らしさがなく、コミュニケーションが苦手で、笑顔を見せることもほとんどありません。私の拙いタイ語では会話がすぐに途切れてしまいました。
ある日、施設でボランティアをしているタイ人がノックの生い立ちを教えてくれました。ノックは幼少期から親戚やその連れの男性たちに繰り返しレイプを受けていたというのです。その影響なのか、自分の性について確信が持てず、「女子であらねばならない」と思い込んでいるように見える、とそのボランティアは話していました。結局、ノックは私に心を開くことはなく、いつの間にか施設を去っていました。その後の行方は分かりません。
トランスジェンダーの人たちからは、よく「幼少期から何か違和感があり、小学校高学年になってようやく自分の性が違うと気づいた」という話を聞きます。そして、「幼少期には無理やり"男(女)の子らしく"振る舞うよう強制されたけれど、性は他人や社会が決めるものなんかじゃない」と言います。
これはレズビアンやゲイの人たちからもよく聞く言葉で、とても説得力があります。セクシュアルマイノリティについての理解が浅いシスジェンダーに対して、「あんたは自分の性を他人に決められたわけじゃないでしょ。あんたが男(女)であるという事実は、他人が何を言おうと変わらないでしょ」と説明すると、多くの人が納得します。トランスジェンダーの人に対し、「あなたが女(男)であることを社会は認めません。だから手術も認めません」と言う権利は誰にもないわけです。
つまり、「自分のセクシュアルアイデンティティ(性自認)が男か女か、あるいはどちらでもないかは、自分で決める」が民主主義社会においては保障されるべき「自由」となります。
セクシュアルマイノリティの歴史はつい最近まで暗黒の時代でした。トランスジェンダーはもちろん、ゲイやレズビアンであることも犯罪とされ、重罪が課せられてきました。今でも同性愛で死刑が求刑される国があります。現在のリベラルな社会において、「平等」や「人権」は金科玉条であり、これらを侵害するものは強く忌避されます。そのため、「セクシュアルマイノリティに疑問がある」とは言えない空気があります。
KADOKAWAから刊行予定だった『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』が直前で中止になった背景にも、こうした社会状況があります。2010年代以降、社会的支持を得て力をつけてきたセクシュアルマイノリティ団体は、「自由」「平等」「人権」を掲げてKADOKAWAに抗議し、発刊中止に至りました。この書籍の原書は、米国のジャーナリスト Abigail Shrier氏による『Irreversible Damage: The Transgender Craze Seducing Our Daughters』です。日本での出版騒動に先立ち、米国でも当事者団体から反対の声が上がり、Amazon は「ヘイトコンテンツに該当する可能性がある」として広告掲載を拒否しました。
KADOKAWAは発刊を中止しましたが、産経新聞出版が『トランスジェンダーになりたい少女たち SNS・学校・医療が煽る流行の悲劇』というタイトルで出版しました。私も読みました。
この本、私の視点でみれば、たしかにトランスジェンダーの治療を受けて後悔している当事者への取材を丁寧に重ね、突然トランスジェンダーが増えた現象への疑問を提示する点では正当な「問題提起」と言えます。ただ、一方で、治療に満足している人たちへの取材がじゅうぶんとは言えず、客観性の担保という意味において少し疑問が残ります。とはいえ、治療を急いで後悔している若者がいるという事実を知る上で読むに値する書籍です。
発刊中止はそれだけで話題を呼び、「〇〇氏は反対」「△△氏は賛成」といった二項対立の議論になりがちです。しかし大切なのは、トランスジェンダー医療によって人生の満足度が上がった人がいる一方で、後悔している人もいるという事実を、社会全体が認識することです。議論が過熱すると政治的な対立に発展し、当事者が自分の経験を語りにくくなります。
例えば、トランスジェンダーの治療を受けて後悔している人は、そのことを当事者のコミュニティ内で発言することができなくなります。
英国にMichael Kerr(以下「Kerr氏」)という30代の「男性」がいます。彼は以前ジェンダークリニックで女性になるための治療を受け、男性器切除術の待機リストに名前を載せていましたが、治療を中止し、リストから名前を削除しました。現在彼は、トランスジェンダーの治療を中止したいと考えている人々を支援する団体「Detransition Pathway UK」を立ち上げる準備をしています。The Timesの取材から経緯をみてみましょう。
あるときKerr氏はクラブのトイレでレイプの被害に遭いました。その後、自分の体が自分のものではないように感じた彼が見つけたのがトランスジェンダーのコミュニティでした。当初はゲイとみなされていましたが、そのうちに周囲がトランスジェンダーではないかと教唆し始めました。「まるで洗脳されたようだった」と彼は取材で語っています。訪れたジェンダークリニックでは、30分の診察を2回受けただけで、カウンセリングもなく、すぐにホルモン治療を開始するよう勧められました。ところが、ホルモン剤にも「自身が女性である」ことにも馴染めず、セクシャルアイデンティティを女性にしても自身のトラウマが癒されないことに気付きました。そして「detransitioning」という概念を知り、治療を中止しました。
この話を聞いて思い出すのが、前半で紹介した北タイのノックです。彼女も幼少期に複数の男性からレイプされています。タイは英国に比べると、他者のセクシュアリティにずっと寛容ですが、それでも「自分は男性だった」と思い直したとしても、それを周囲にカミングアウトするのは容易ではありません。Kerr氏は治療をやめたことを公言すると、 TikTokで殺害予告を受け、コミュニティでは「自殺しろ」と言われたそうです。
ノックの行方は今も分かりません。「本当は男性だったのではないか」という疑問は私の単なる想像にすぎず、詮索するのは失礼です。しかし、会話時に視線を合わせず、どこか遠くを見つめるように小さな声で話していた彼女の横顔が、今も私の脳裏に残っています。











