GINAと共に
第237回(2026年3月) AyrinがLeoを捨てた理由とこれからの恋愛
事件や犯罪が起こったわけではなく、「死」や「障害」がテーマになっているわけでもなく、取り立てて感動するような話でも、有名人の話でもないのにもかかわらず、一般人の女性のラブストリーを追いかけることにはあまり意味はないかもしれません。
しかし、ちょうど1年前のコラム「AIボットの"恋人"に夢中になる時代」のその後の展開については触れておいた方がいいと思いますので、今回はまずそちらを報告することにします。今、「一般人の女性のラブストリーを追いかけることにはあまり意味はない」と述べましたが、この女性は世界中で有名になっています。The New York Timesが報道したからです。
まずは1年前のコラムで紹介した米国の20代の女性Ayrinのロマンスを振り返っておきましょう。
Ayrinは結婚して夫と住んでいましたが、キャリアアップのため遠方の看護学校に通うことになり、夫と離れて生活していました。夫と離れて寂しかったのか、あるときAyrinはChatGPTにLeoという名の理想のタイプの男性をつくってもらいました。夫にもLeoの存在は伝えていますが、夫は特に気に留めた様子もありません。Ayrinは次第にLeoに夢中になっていきました。
ここまでが1年前にお伝えした内容です。その後の展開を紹介しましょう。
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その後AyrinはますますLeoに夢中になっていきました。この関係を他人に自慢したかったのか、他人にも素敵な"パートナー"を見つけてほしいと思ったからなのか、掲示板サイトのRedditで「MyBoyfriendIsAI」というコミュニティを立ち上げました。そして、Leoと交わしたお気に入りの会話や刺激的なチャットについて投稿したり、またChatGPTが愛情深いパートナーのように振舞うよう設定を変更する方法を説明したりしました。
2025年の年明けの時点では、「MyBoyfriendIsAI」のコミュニティのメンバーは数百人程度でしたが、年末には39,000人にまで増え、週間の訪問者数でみるとその2倍以上に上りました。
ところが、皮肉なことにAyrinがそのコミュニティを立ち上げた頃から、AyrinはLeoの「変化」が気になり始めました。Leoが「sycophantic」になったと言うのです。「sycohpantic」とは直訳すれば「おべっかい」のような感じの意味で、AI業界ではよく使われる表現のようです。生成AIが客観的な回答ではなく、ユーザーが望む回答をするよう仕向ける際に使われる言葉だそうです。
では、なぜLeoが突然sycophanticになったのか。"犯人"はOpenAI社でした。The New York Timesによると、OpenAI社がChatGPTのユーザーの利用頻度を維持するため、2025年初頭に仕様を変更し、chatGPTがユーザーに迎合的でお世辞を言うような設定にしたのです。
同社のこの戦略はAyrinにとっては裏目に出ました。彼女はLeoと話す時間が減り、自分の生活で起こっていることをLeoに報告するのが「面倒くさいこと(a chore)」と感じるようになったのです。そして、Leoとの"会話"がどんどん減っていきました。
代わって増えたのが生身の人間と会話する時間です。Ayrinは次第に人間の友達とのグループチャットに没頭するようになっていき、そして一人の男性の存在が気になり始めました。今度はAIではなく本物の男性です。かつての彼女と同じようにAIのパートナーを持つ男性でした。Ayrinは次第に「SJ」という名のその男性への好意が強くなっていることに気付きました。
SJは米国ではなく別の国に居住しているため簡単に会うことはできません。そのためコミュニケーションには通信アプリ「Discord」を使っています。彼らのDiscordを通じた通話は300時間以上にも及びました。二人はますます愛情を深め、ロンドンでのデートも楽しみました。そして、Leoのときとは異なり、今度は夫に「離婚したい」と告げたのです。
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もしもOpenAI社が設定を変えずに、Leoが変わらぬままならどうなっていたのでしょうか。それは誰にも分かりませんが、Ayrinは何を聞いても意外性のない回答しかしないLeoがつまらなくなっていったのでしょう。
しかし、AyrinはLeoの"設定"が変わる前から「批判されることがない」という感覚があったことは認めています。そして、実在する人間との関係はAIパートナーとの関係よりも「少し複雑」とも述べています。人間のパートナーになると、「何か言って相手に悪い印象を与えてしまうのではないか」と不安になるというのです。
Ayrinのこのコメントを聞いて「そこがいいんだ。それが本物の恋愛でAIにはまねできないんだよ」と感じる人もいるでしょう。私自身もそう思いたい気持ちはあるのですが、どうやら最近の若い世代はそうでもないようです。
恋愛が面倒くさい、という話を谷口医院の患者さんからも聞く機会が増えてきました。彼(女)らは、その相手から傷つけられたり、傷つけたり、あるいは他人からどうのこうのと言われるのが煩わしいというのです。最近(2026年3月7日)、湯山玲子さんが日経新聞(NIKKEIプラス1)の連載「なやみのとびら」で興味深いコメントをしていたので紹介しましょう。このコーナーは読者の悩みに対して返答する形式の連載です。
読者からの質問は「大学生の子供(性別は不明)が恋愛をしない。このまま天涯孤独になるのではないかと心配になる」というものでした。この相談に対し湯山さんは次のように答えます。抜粋して紹介します(一部を省略しています)。
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残念ながら恋愛はオワコンになってしまいました。かつては「男らしさ」として女性が仰ぎ見、「女らしさ」として男性が心を揺さぶられた能力やセンスの正体がバレてしまい、自分にないものに憧れるといった情動はもはや過去のもの。そして、恋愛の大いなる動機でもある性も、ネットなどを通じ、もう、現実の相手なしで処理できてしまうというのが今なのです。
私が学生たちと話していて、リアルに感じるのが「恋愛は危険な人間関係だ」という感覚です。タブーやモラルをやすやすと超えてしまうのが恋愛。その結果である不倫に対してのバッシングの激しさはご存じの通りで、恋愛の火種はすぐに消さないと身の破滅だと思わざるを得ない。そして、彼らが最も嫌うのが自分が傷つくことと、人を傷つけること。となると、三角関係もあれば、フラれるという自己否定の可能性が大いにあるリアル恋愛には積極的になれないのでしょうね。
ただし、子供を産み育て、家族をつくりたいという欲求は彼らにもあります。相談者氏の世代では「恋愛(形だけでも)をし、心身ともに深い関係になってからの結婚」が世間相場でしたが、今ではパートナー選びに恋愛という前提は不要。マッチングシステムでスペックを吟味してから相手を選ぶので、まるでお見合いのようです。
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湯山さんによると、「恋愛はオワコン」「性は現実の相手なしで処理する」「子供が必要ならマッチングシステムでスペックを吟味して相手を選ぶ」とのことです。
湯山さんの文章には出てきませんが、「性(セックス)は現実の相手なしで処理する」とはAIのことを差しているのでしょうか。先述のThe New York Timesの記事にはOpenAI社のCEO、サム・アルトマン氏の次の言葉も紹介されています。
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ChatGPTとの性的関係は、まもなく誰でも簡単に楽しめるようになる。OpenAIは年齢確認を導入し、18歳以上のユーザーが性的なチャットに参加できるようにする予定だ。これはOpenAI社の「成人ユーザーを成人として扱う」という原則の一環である
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Ayrinは生身の人間の世界に戻ってきましたが、これは少数派であり、これからの若者は、AIとのロマンス、AIとの性(セックス)を楽しみ、子供がほしくなってようやく生身の人間を探すけれども、それもマッチングアプリを利用してスペックを吟味する、ということなのでしょうか。
私がGINAを立ち上げた2000年代の半ばには「理性ではわかっていても危険なロマンスを求めてしまう」「セックスへの欲求に自分が支配される」といった、いずれ不幸にたどりつくであろうという相談が多く、あるいは、たとえば「障害を乗り越えて結ばれたロマンス」のような感動する話を聞く機会がしばしばありました。しかし、そういえば最近はこの手の話はあまり聞かなくなってきています。「ロマンス」や「セックス」に依存する人が減ってきているのでしょうか。「フーゾク通い」がやめられないという性依存症を自認する人からの相談は今もときどきありますが。
人類一万年の歴史において、今、ロマンスやセックスの価値が大きく変わっているのでしょうか。
しかし、ちょうど1年前のコラム「AIボットの"恋人"に夢中になる時代」のその後の展開については触れておいた方がいいと思いますので、今回はまずそちらを報告することにします。今、「一般人の女性のラブストリーを追いかけることにはあまり意味はない」と述べましたが、この女性は世界中で有名になっています。The New York Timesが報道したからです。
まずは1年前のコラムで紹介した米国の20代の女性Ayrinのロマンスを振り返っておきましょう。
Ayrinは結婚して夫と住んでいましたが、キャリアアップのため遠方の看護学校に通うことになり、夫と離れて生活していました。夫と離れて寂しかったのか、あるときAyrinはChatGPTにLeoという名の理想のタイプの男性をつくってもらいました。夫にもLeoの存在は伝えていますが、夫は特に気に留めた様子もありません。Ayrinは次第にLeoに夢中になっていきました。
ここまでが1年前にお伝えした内容です。その後の展開を紹介しましょう。
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その後AyrinはますますLeoに夢中になっていきました。この関係を他人に自慢したかったのか、他人にも素敵な"パートナー"を見つけてほしいと思ったからなのか、掲示板サイトのRedditで「MyBoyfriendIsAI」というコミュニティを立ち上げました。そして、Leoと交わしたお気に入りの会話や刺激的なチャットについて投稿したり、またChatGPTが愛情深いパートナーのように振舞うよう設定を変更する方法を説明したりしました。
2025年の年明けの時点では、「MyBoyfriendIsAI」のコミュニティのメンバーは数百人程度でしたが、年末には39,000人にまで増え、週間の訪問者数でみるとその2倍以上に上りました。
ところが、皮肉なことにAyrinがそのコミュニティを立ち上げた頃から、AyrinはLeoの「変化」が気になり始めました。Leoが「sycophantic」になったと言うのです。「sycohpantic」とは直訳すれば「おべっかい」のような感じの意味で、AI業界ではよく使われる表現のようです。生成AIが客観的な回答ではなく、ユーザーが望む回答をするよう仕向ける際に使われる言葉だそうです。
では、なぜLeoが突然sycophanticになったのか。"犯人"はOpenAI社でした。The New York Timesによると、OpenAI社がChatGPTのユーザーの利用頻度を維持するため、2025年初頭に仕様を変更し、chatGPTがユーザーに迎合的でお世辞を言うような設定にしたのです。
同社のこの戦略はAyrinにとっては裏目に出ました。彼女はLeoと話す時間が減り、自分の生活で起こっていることをLeoに報告するのが「面倒くさいこと(a chore)」と感じるようになったのです。そして、Leoとの"会話"がどんどん減っていきました。
代わって増えたのが生身の人間と会話する時間です。Ayrinは次第に人間の友達とのグループチャットに没頭するようになっていき、そして一人の男性の存在が気になり始めました。今度はAIではなく本物の男性です。かつての彼女と同じようにAIのパートナーを持つ男性でした。Ayrinは次第に「SJ」という名のその男性への好意が強くなっていることに気付きました。
SJは米国ではなく別の国に居住しているため簡単に会うことはできません。そのためコミュニケーションには通信アプリ「Discord」を使っています。彼らのDiscordを通じた通話は300時間以上にも及びました。二人はますます愛情を深め、ロンドンでのデートも楽しみました。そして、Leoのときとは異なり、今度は夫に「離婚したい」と告げたのです。
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もしもOpenAI社が設定を変えずに、Leoが変わらぬままならどうなっていたのでしょうか。それは誰にも分かりませんが、Ayrinは何を聞いても意外性のない回答しかしないLeoがつまらなくなっていったのでしょう。
しかし、AyrinはLeoの"設定"が変わる前から「批判されることがない」という感覚があったことは認めています。そして、実在する人間との関係はAIパートナーとの関係よりも「少し複雑」とも述べています。人間のパートナーになると、「何か言って相手に悪い印象を与えてしまうのではないか」と不安になるというのです。
Ayrinのこのコメントを聞いて「そこがいいんだ。それが本物の恋愛でAIにはまねできないんだよ」と感じる人もいるでしょう。私自身もそう思いたい気持ちはあるのですが、どうやら最近の若い世代はそうでもないようです。
恋愛が面倒くさい、という話を谷口医院の患者さんからも聞く機会が増えてきました。彼(女)らは、その相手から傷つけられたり、傷つけたり、あるいは他人からどうのこうのと言われるのが煩わしいというのです。最近(2026年3月7日)、湯山玲子さんが日経新聞(NIKKEIプラス1)の連載「なやみのとびら」で興味深いコメントをしていたので紹介しましょう。このコーナーは読者の悩みに対して返答する形式の連載です。
読者からの質問は「大学生の子供(性別は不明)が恋愛をしない。このまま天涯孤独になるのではないかと心配になる」というものでした。この相談に対し湯山さんは次のように答えます。抜粋して紹介します(一部を省略しています)。
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残念ながら恋愛はオワコンになってしまいました。かつては「男らしさ」として女性が仰ぎ見、「女らしさ」として男性が心を揺さぶられた能力やセンスの正体がバレてしまい、自分にないものに憧れるといった情動はもはや過去のもの。そして、恋愛の大いなる動機でもある性も、ネットなどを通じ、もう、現実の相手なしで処理できてしまうというのが今なのです。
私が学生たちと話していて、リアルに感じるのが「恋愛は危険な人間関係だ」という感覚です。タブーやモラルをやすやすと超えてしまうのが恋愛。その結果である不倫に対してのバッシングの激しさはご存じの通りで、恋愛の火種はすぐに消さないと身の破滅だと思わざるを得ない。そして、彼らが最も嫌うのが自分が傷つくことと、人を傷つけること。となると、三角関係もあれば、フラれるという自己否定の可能性が大いにあるリアル恋愛には積極的になれないのでしょうね。
ただし、子供を産み育て、家族をつくりたいという欲求は彼らにもあります。相談者氏の世代では「恋愛(形だけでも)をし、心身ともに深い関係になってからの結婚」が世間相場でしたが、今ではパートナー選びに恋愛という前提は不要。マッチングシステムでスペックを吟味してから相手を選ぶので、まるでお見合いのようです。
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湯山さんによると、「恋愛はオワコン」「性は現実の相手なしで処理する」「子供が必要ならマッチングシステムでスペックを吟味して相手を選ぶ」とのことです。
湯山さんの文章には出てきませんが、「性(セックス)は現実の相手なしで処理する」とはAIのことを差しているのでしょうか。先述のThe New York Timesの記事にはOpenAI社のCEO、サム・アルトマン氏の次の言葉も紹介されています。
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ChatGPTとの性的関係は、まもなく誰でも簡単に楽しめるようになる。OpenAIは年齢確認を導入し、18歳以上のユーザーが性的なチャットに参加できるようにする予定だ。これはOpenAI社の「成人ユーザーを成人として扱う」という原則の一環である
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Ayrinは生身の人間の世界に戻ってきましたが、これは少数派であり、これからの若者は、AIとのロマンス、AIとの性(セックス)を楽しみ、子供がほしくなってようやく生身の人間を探すけれども、それもマッチングアプリを利用してスペックを吟味する、ということなのでしょうか。
私がGINAを立ち上げた2000年代の半ばには「理性ではわかっていても危険なロマンスを求めてしまう」「セックスへの欲求に自分が支配される」といった、いずれ不幸にたどりつくであろうという相談が多く、あるいは、たとえば「障害を乗り越えて結ばれたロマンス」のような感動する話を聞く機会がしばしばありました。しかし、そういえば最近はこの手の話はあまり聞かなくなってきています。「ロマンス」や「セックス」に依存する人が減ってきているのでしょうか。「フーゾク通い」がやめられないという性依存症を自認する人からの相談は今もときどきありますが。
人類一万年の歴史において、今、ロマンスやセックスの価値が大きく変わっているのでしょうか。











