GINAと共に

第190回(2022年4月) フロリダが変わり果てたのはなぜか

 個人的な話になりますが、私はアメリカ大陸(北米も中南米も)に行ったことがありません。これは誰に話しても相当珍しがられるのですが、事実です。「そんなにアメリカが嫌いなのですか?」と問われることもあるのですが、決してそういうわけではありません。米国の地図を見ながら「どこを巡ろうかな......」とまだ見ぬ土地を空想し、勝手に「全米の素敵な街トップテン」を決めることもあるほどです。決して米国が嫌いなわけではなく、米国への想いを聞いてくれる人がいるなら一晩でも話し続けることができます。

 そんな私が「米国で1か所だけ行けるとすればどこに行きたいか」と尋ねられたなら、迷わずマイアミと答えます。ニューヨーク、シカゴ、シアトル、ポートランド、サンフランシスコ、カリフォルニアなど定番の都市も捨てがたいのですが、私の頭のなかでは昔からマイアミは別格の存在なのです。

 その起源ははっきりしないのですが、10代の頃に聴いた「マイアミ・サウンド・マシーン」のサウンドとテレビドラマ「マイアミ・バイス」の影響は間違いなくあります。暖かい気候、まぶしい日差し、エメラルドグリーンの海、幻想的な夕陽、洒落たカフェ、陽気な人々、などが私がマイアミと聞いて想起するイメージです。

 マイアミを舞台にした映画には名作がたくさんあります。007の「ゴールドフィンガー」「カジノロワイヤル」にもマイアミでのシーンがありますし、「白いドレスの女」「フェイク」「エニイ・ギブン・サンデー」などもそうです。最近ではアカデミー賞を獲った「ムーンライト」も後半はマイアミが舞台になっています。

 もちろん私も年を重ね、マイアミが私が10代の頃に描いていたパラダイスからはほど遠いことは分かっています。貧困地区やスラムが問題となり、凶悪犯罪が増え続け、全米で最も危険な街と呼ばれていることも知っています。先述のアカデミー賞受賞作の「ムーンライト」も、恵まれない黒人を描いたドラマです。しかし、例えばこの「ムーンライト」の最後の方のシーンで、主人公のシャロンとケヴィンが再開するレストランなどは私のイメージするマイアミに一致します。ちょっと物悲しい哀愁漂う雰囲気もまた私にとってはマイアミの魅力なのです。

 話を進めましょう。私が、そのマイアミを含むフロリダ州が「ちょっとおかしい......」と感じ始めたのは「ムーンライト」が日本で公開される少し前の2016年です。

 2016年6月12日未明、フロリダ州オーランドのナイトクラブ「パルス」にイスラム教徒の29歳の男が侵入し銃を乱射、この男を含む合計50人が死亡しました(男はその場でSWATに射殺)。「パルス」はセクシャルマイノリティ(LGBT、以下は「マイノリティ」で統一)のミーティングスポットで、犯人の男の父親は「息子はマイノリティを嫌悪していた」と証言しています。ただし、犯人の男はゲイだったという記事もあります。

 きちんとした数字は見たことがありませんが、フロリダではマイノリティの比率が多いという話を聞きます。「ムーンライト」もゲイカップルのラブストーリーです。一般に、マイノリティが多い地域は、リベラルが多く、民主党が強いと言われています。カリフォルニアやシアトルはその代表でしょう。

 私の印象としてはマイアミとオーランドを抱えるフロリダ州もそんなリベラルな地域の一つだったのですが、ここ数年で大きく変わっています。今やフロリダ州は「保守王国」のひとつとなってしまいました。きっかけ、というか決定的になったのは2016年の大統領選挙でしょう。フロリダではヒラリー・クリントンが破れ、トランプが勝利しました。

 パームビーチというのはマイアミの北に位置する富裕層の別荘地かつリゾート地として有名な街です。この街には「マー・ア・ラゴ」と呼ばれる豪華な建物があります。この建物は米国国定歴史建造物のひとつですが、現在の所有者はトランプ前大統領です。そして、報道によると、トランプはマー・ア・ラゴを「サザン・ホワイトハウス」と呼び、最近はこの豪邸で過ごす時間が多いそうです。2020年の大統領選挙で敗れてからは地元のニューヨークに居づらいのかもしれません。

 話を進めましょう。そのフロリダ州で「教育における保護者の権利(Parental Rights in Education)」という名の法案が議会を通過し、2022年3月28日、デサンティス知事は法に署名しました。Independentによると、7月1日より法が施行されます。

 この法の何が問題なのかというと、子供にマイノリティについての話をすることを禁じているからで、リベラルの間では「ゲイと言わないで法(Don't say gay bill)」と呼ばれています。もちろん少なからず反対運動が起こっていて、ディズニーも社を挙げて反対しているのですが(ちなみに「ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート」はオーランドにあります)、すでに法が施行されることが決まっています。

 まずは、どのような法案なのかをThe Washington Postの報道からみていきましょう。

 この法のポイントは3つあります。1つは「幼稚園から小学校3年生まで、マイノリティに関する教師の指導や教室での話し合いを禁止」しています。話し合いを禁止しているわけですから、「人間はストレートだけではない」という当たり前のことを口にすることができなくなります。

 2つ目は「保護者はこの法に違反した学校や教師を訴えることができて、学校(行政)は罰金を支払う」ことになります。これを危惧した学校のなかには、すでにマイノリティ関連の書籍を図書館から取り除いているところもあるそうです。

 3つ目は「子供が学校でカウンセリングを受けたときには保護者に伝えなければならない」という規則が設けられたことです。例えば、子供が自分の「性」について自宅で話しづらいときに、学校で相談すれば、学校はそれを保護者に伝えなければならなくなります。親の言うことに違和感を覚えるからこそ子供は学校で相談するわけです。この規則により、「親に"告げ口"されるなら誰にも相談できない」と子供が考えるようになるのは明らかです。

 「この法は悪法とまでは言えないのでは?」と感じる人もいるでしょう。アイデンティティがはっきりしない年齢の子供に余計なことを吹き込んでほしくない、と(保守的な)親が考えるのは当然かもしれません。

 ですが、この法を擁護する人たちには"悪意"があります。デサンティス知事の報道官クリスティーナ・プショウ(Christina Pushaw)がとんでもないツイートをおこないました。しかも、悪意に満ちた内容で、もちろんリベラルから批判を浴びているのにも関わらず、本人は、そしてデサンティス知事も、まったく意に介していないのです。なんと、今もこのツイートは取り消されておらず、これを書いている2022年4月24日現在も読むことができます。

 彼女のツイートを訳すと、「リベラルの人たちは『ゲイと言わないで法』なんて呼んでいるけど、それは正確じゃないわ。より正確には『反グルーミング法』よ」となります。

 グルーミング(grooming)は、アンチ・マイノリティの人たちがマイノリティを揶揄するときに最近よく使う言葉です。グルーミングとは元々は動物が自身や他の個体に対しておこなう毛づくろいのことです。それが派生し、大人が子供を性の対象とするために手なずけることを指すようになりました。本来は、マイノリティに限らず、ストレートのペドフィリア(小児愛者)も含めての意味のはずですが、反マイノリティの人たちは「マイノリティは小児の性を搾取するペドフィリアだ」と決めつけているわけです。

 こんなことを言いだす女性が知事の報道官をしていて、更迭されるどころか、そのツイートが消されもしないフロリダ州。グロリア・エスティファン(マイアミ・サウンド・マシーンのヴォーカリスト)やマイアミ・バイスの主役の2人の刑事に「What happened in Miami?(マイアミでいったい何が起こったの?)」と聞いてみたくなります。