GINAと共に

第186回(2021年12月) 薄れていくHIVへの世間の関心

 私の実感で言えば、HIVに対する世間の関心が最も高かったのは2008年です。そして、その後は一定のスピードでゆっくりとその度合いが低下しています。GINAへのメールでの問い合わせは依然たくさんありますが、それでもピーク時に比べると半分以下に減っています。新型コロナウイルスの影響もあるでしょうが、タイでボランティアをしたいという人はほぼ皆無となりました。

 最近はHIVに関するイベントを企画しても人が集まらないと聞きます。2010年頃までは、大学の学園祭でもHIV関連のイベントが多数開催され、私もその関連で講演をするために呼ばれたことが何度かあります。最近はHIV関連の講演で依頼を受けるのは、医療関係か教育関係(学生にではなく教師向けのもの)ばかりです。

 では、なぜ世間の関心が減ったのでしょうか。今回はこの理由を私見を織り交ぜながら明らかにしていきたいと思います。

 例えば、現在も世界各国で猛威を振るい歴史に残る感染症となった新型コロナを考えてみましょう。現在のワクチンは高い効果が期待できますが、それでも感染して死亡する人は少なくありませんし、安全性にも懸念があります。ですが、ワクチンが改良され、感染をほぼ100%防ぐことができて、副作用がほとんどなくなり、さらに安くてよく効いて副作用がほとんどない飲み薬ができたとしましょう。こうなれば1年もしないうちに新型コロナは話題に上がることすらなくなるでしょう。

 HIVも、もしも有効で安全なワクチンができて、安くてよく効いて副作用がほとんどない飲み薬が登場すれば、しかも飲み薬を数日間内服すれば完全に治るようになったとすれば、関心が低くなって当然であり、HIV関連のイベントなど誰も企画しようと思いません。

 では、そこまでは到達していないとしてもHIVはもはや恐れるに足りない感染症になったのでしょうか。ワクチンはなく、薬は「よく効いて副作用が少ない」、までは達成しましたが「安い」わけではありませんし「数日間で治る」わけではありません。依然として費用は高く(そのため障がい扱いとなり公費で自己負担を減らす手続きが必要)、生涯飲み続けなければならないことに変わりはありません。「飲み忘れれば耐性ができて薬が効かなくなり、エイズを発生するかもしれない」、というのは感染者にとって依然恐怖です。

 また、きちんと薬を内服しウイルス量をおさえられたとしても、少しずつ腎臓の機能が悪くなってきたり、骨がもろくなってきたりする人がいます。これらは抗HIV薬を変更したり、別の薬を足したりして凌ぐことはできます。ですが、HANDと呼ばれる認知機能が低下する現象を完全に予防することは現時点ではできません。「きちんと薬を飲んでいれば日和見感染を予防しエイズを発症しません」と言われても、「HANDを発症し認知症になるかもしれません」と言われればやはりこれは恐怖です。

 つまり、HIV感染は依然「何としてでも感染しないように努めなければならない感染症」なのです。

 社会的な観点からみていきましょう。GINAを立ち上げた2006年の時点では、HIV感染告知は、ある意味で「社会的な絶望」を意味していました。差別が蔓延し、学校でも会社でも感染していることを告げられず、家族へのカミングアウトも多くの人ができず、生涯パートナーができないと思い込んでいた人が多かったのです。エイズ拠点病院以外の医療機関はかなり多くのところが診療拒否をしていました。

 現在は少しずつ変わってきています。障がい者枠で就職することができるようになりましたし、家族へカミングアウトする人も今では珍しくなくなりました。会社や学校で全員にカミングアウトしている人はほとんどいませんが、それでも「仲の良い友達だけには伝えている」という声を聞く機会が増えてきました。では、着実にHIV陽性者が住みやすい社会になってきているのでしょうか。

 私見を述べれば、日本の実情は「以前より少しマシ」という程度であり、例えばタイとは大きな差があります。このサイトを立ち上げた頃に伝えていたように、2000年代前半まではタイは日本よりもひどい実情がありました。食堂に入ればフォークを投げつけられ、バスに乗ろうとすると引きずりおろされ、街を歩けば石を投げられ、家族からも地域社会からも追い出されていたのです。さらにほとんどの医療機関では門前払いをくらっていました。

 ところが、その後正しい知識が伝わることで激変します。一部の地域では地域住民全員で感染者を支えています。私が個人的に知るあるHIV陽性のタイ人は、大学時代も就職活動でも堂々と感染をカミングアウトしており、現在銀行員をしています。職場の誰もが彼がHIV陽性であることを知っています。

 翻って日本をみてみましょう。下記は、今年つまり2021年に私が直接HIVの患者さんから聞いたエピソードです。

・ある大手財閥グループの会社に「障がい者枠」で就職を希望した。面接時に「うちの会社は障がい者は積極的に雇用しているが、あなたの病気はすべて断っている。〇〇系のグループ会社すべてで同じ方針だ」と言われた。

・視力が低下してきたためにある大手チェーンの眼科クリニックを受診した。問診票にHIVと書くと、別室に呼び出され「あなたの病気があると診られない。これは当グループのすべてのクリニックで同じ方針だ」と言われた。

 たしかに、一部の外資系グループや、一部の大手建設会社のグループでは積極的にHIV陽性者を障がい者枠で雇用しています。ですが、上記の大手財閥グループの企業では一律に拒否しているというのです。医療機関は、10年前に比べれば随分と改善されてきましたが、受診拒否は今も珍しくありません。特にひどいのが眼科、耳鼻咽喉科、婦人科、それに歯科です。

 ところで、HIVの社会活動に関わりイベントの開催などを積極的におこなっている人たちはどのようなことを目的としているのでしょうか。これは大きくわけて2つあります。1つはリスクのある人に関心を持ってもらい早期発見のために検査を促し(無料検査の実施など)、そして予防(コンドームの使用の啓発、PrEP/PEPの広報など)をしてもらうことです。そして、もうひとつが正しい知識の普及につとめ感染者への差別・偏見をなくすことです。

 世間がHIVに対する関心を失えば、正しい知識が伝わらず差別や偏見がなくなりません。先述の大手財閥グループや医療機関で辛い思いをすることがなくならないわけです。そして、関心の低下は予防への意識低下とつながり、感染者が増加する可能性もあります。実際、私が院長を務める太融寺町谷口医院を受診する患者さんで、「危険な性行為があったので性感染症が心配」という人から「梅毒は気になるけど、HIVは大丈夫」と言われることがあり驚かされます。

 誤解を恐れずに言えば、梅毒など恐れる必要がまったくない感染症です。早期発見して治療をすれば完治するのですから。ワクチンがなくコンドームでも防げませんが、何度かかっても治療をすれば治ります。実際、「今回で梅毒は5回目で~す」などという患者さんもざらにいます。一方、HIVは感染すると生涯薬を飲み続けなければならず、飲み続けたとしてもHANDのリスクが残り、就職や医療機関受診でとても辛い思いをすることもあるわけです。

 恐怖心を煽るようなことはしたくありませんが、世間の関心が再び高くなることを願いながら2021年最後の「GINAと共に」を締めたいと思います。