GINAと共に

第177回(2021年3月) 日本の同性婚、米国の3人親家族

 最近、日本のセクシャルマイノリティに関する画期的な法的出来事が立て続けに起こりました。今回はまずこれら日本の出来事を振り返り、ついで米国の状況をみていきたいと思います。しかし本題に入る前に言葉の整理をしておきましょう。

 現在最も人口に膾炙しているセクシャルマイノリティを表す言葉はLGBTでしょう。ですが、他のところでもしばしば述べているように(例えばこちら)、私自身はこの表現に違和感を覚えます。なぜなら、この表現ではすべてのセクシャルマイノリティが、L、G、B、Tのいずれかに含まれてしまうという誤解を与えかねないからです。これら4つに分類されないマイノリティがはみ出ることになるのが問題だと思うのです。

 では、LGBTQIA+ならいいのかというと、そういうわけでもありません。そもそもこれでは長すぎて多くの人に覚えてもらえません。SOGI(Sexual Orientation and Gender Identity)という言葉は便利なのですが、これは性的指向/性自認を表した表現であり、人そのものを指しているわけではありません。

 また、マイノリティのなかには、性自認が揺れ動く人がいます。例えば、私の知人(タイ人)に、ストレート→レズビアン→ストレート→バイセクシュアル→ストレートと変化した人がいますし、私が日頃診ている患者さんのなかにもこういった人たちはそれなりにいます。

 では、LGBTが適切でないのだとすればマイノリティを表すのにはどのような表現がいいのでしょう。私の案は、そのまま「セクシャルマイノリティ」と呼べばいいではないか、あるいは略して「セクマイ」「マイノリティ」ではどうか、というものです。というわけで、ここからはセクシャルマイノリティ(またはマイノリティ)で進めていきます。

 2021年3月17日、北海道の同性カップル3組6人が「同性どうしの結婚が認められないのは憲法で保障された婚姻の自由や平等原則に反する」として1人100万円の損害賠償を国に求めていた訴訟に対し、札幌地裁が原告の主張を認めました。つまり、「同性婚は違法ではない」という判決が日本で初めて出されたのです。正確に言えば、損害賠償請求は棄却された(100万円はもらえなかった)のですが、訴訟の目的は「同性婚が認められないのは違憲である」という判断を司法に認めてもらうことでしたから、事実上原告の「勝利」と言えるわけです。

 偶然にも同じ日の3月17日、「事実婚」が同性カップルで成立するかが争点だった損害賠償請求訴訟で、最高裁は「事実婚において同性カップルと異性カップルに差はない」という決定をしました。この訴訟のあらましは次のようなものです。

 レズビアンのカップルの一方(被告)が不貞行為(浮気)をし、もう一方(原告)が慰謝料などの支払いを求めていました。被告側は「(同性だから)事実婚ではなく浮気をしても法的責任はない(浮気をしたのは認めるけれど、慰謝料を払う必要はない)」と主張していました。これに対し、最高裁はその訴えを認めず、原告の主張どおり「同性どうしでも事実婚と認められる(だから浮気をしたのなら慰謝料を払う義務がある)」と判断したのです。

 さらにもうひとつ、興味深い司法のニュースがあります。3月23日、三重県県議会で「アウティング」を禁止する条例が全会一致で可決されたのです。アウティングとは過去のコラム(参照:「性にまつわる"秘密"を告白された時」)で紹介したように、性的指向や性自認を本人の許可なく他言することで、そのコラムでは被害者が自殺した「一橋大学法科大学院アウティング事件」について紹介しました。

 その忌々しい事件のあった一橋大学が位置する東京都国立市では、日本の自治体初の「アウティング禁止条例」が2018年に制定されました。国立市に続き条例が成立したという話はその後聞きません。今回条例が制定された三重県は(市町村でなく)「県」ですから、このニュースはもっと注目されていいと思います。ただし、三重県のこの条例には罰則はありません。

 さて、では日本社会も、性自認や性的指向に寛容になり多様な「性」を受け入れるようになってきているのでしょうか。私個人としてはそのようには感じていません。それどころか日本は世界から取り残されているような印象を持っています。アジアだけをみてみても、同性婚が完全に合法化されている台湾との隔たりが目立ちます。

 一方、米国では同性婚どころか「3人親」がすでに当たり前になっています。3人親のことを英語では「トリ・ペアレンティング(tri-parenting)」と呼びます。全米のすべての州で、というわけではありませんが、カリフォルニア州、ワシントン州、メイン州などいくつかの州ではすでに「3人親」が合法化されています。つまり、3人の親それぞれに親権が保障されているのです。

 米国の月刊誌「Atlanta」2020年9月4日号に掲載された記事「3人親家族の増加(The Rise of the 3-Parent Family)」によると、両親はストレートの夫婦が当たり前という考えはもはや時代遅れで、そのような家族は今日のアメリカの典型的な家庭ではないそうです。

 同誌によると、米国の「ピュー研究所(Pew Research)」の報告では、2014年の時点で初婚の2人親を持つ子供(つまり、両親がストレートの夫婦で離婚していない)はすでに半数以下となっています。

 では、どのような「3人親」が一般的なのでしょうか。同誌によれば、「レズビアンのカップルと精子ドナーの男性」というパターンが最多です。男性は2人の女性とはプラトニックな(つまり性行為のない)関係で、子供は共同で養育するようです。

 おそらく現在の日本では3人親の家族はほとんどないと思います。ですが、私自身は今後日本でも(合法化され親権が認められることは当分の間ないにせよ)増えてくるのではないか、とみています。少なくとも求めている人たちがいるのは確実です。なぜ、そんなことが言えるのか。それは日本でもエイセクシャル(asexual)の人がそれなりにいるからです。私の元にもときどき相談が寄せられます。尚、エイセクシャルを「アセクシャル」と呼ぶ人がいますが、普通に発音すれば(少なくとも私がこれまでネイティブの人たちから聞いた発音では)「エイセクシャル」が近いですから、ここではエイセクシャルで統一します。

 エイセクシャルとは男性に対しても女性に対しても性的指向をもたない人のことです。性自認はたいていははっきりしていて、私の知る限り生物学的な性と一致していることが多いと言えます。性行為には関心がなくリビドー(性欲)というものを感じませんが、他人と一緒に過ごしたいという気持ちを持っている場合が多く、子供がほしいと考えている人もいます。

 先述の「Atlantic」の記事でもエイセクシャルの男性が紹介されています。この男性は結婚しているストレートの夫婦と一緒に住み、2017年8月に元々の夫婦の間にできた子供が生まれるときには分娩室にいたそうです。この家族は3人親が合法のカリフォルニアに居住しており、男性は誕生した女の子の「3人目の親」となり、3人で子育てをしています。親権は残りの2人(つまりストレートの元々の夫婦)とまったく同じです。
 
 現在その女児は生物学的な父親を「ダディ」、エイセクシャルの"父親"を「ダダ」と呼んでいるそうです。近所には、母親2人と父親1人の3人親家族や、両親が同姓の家族が住んでいるために、まだ3歳のこの女児も、家族のかたちはいろいろで、自分の家族はいろいろな家族のなかの一つだと認識しているそうです。

 インディアナ大学の社会学者Pamela Braboy Jacksonは、「家庭で大切なのは互いの関係やコミュニケーションが良好かどうかということであって、そこに何人いるかは関係ない」と同誌の取材に答えています。

 米国では連邦最高裁が2015年6月、「全米の全ての州で同性婚を合法化する」と明言し、現在では同性婚はもはや常識で、今や3人親も当然となりつつあります。一方、日本はようやく「同性婚を禁じるのは違憲」という初の判決が出たばかりです。今後もこの「差」に注目していきたいと思います。