GINAと共に

第150回(2018年12月)フレディだけじゃないHIVのミュージシャン

 日本では2018年11月9日に公開された映画「ボヘミアン・ラプソディ」が記録的なヒットを続けています。私にとってこれは意外で、日本にはクイーンのファンがそんなにいたのかな、と疑問に感じたのですが、報道などによると、中高年だけでなく若い世代の間でも人気があるとか。

 過去に、「LGBTには芸術家・アーティストが多い」ということを述べ、LGBTのミュージシャンについてのコラム(GINAと共に第141回(2018年3月)「美しき同性愛~その2」)を書きました。そのコラムで取り上げたアーティストは、私の個人的趣味からダンスミュージック中心となりました。今回のコラムでは、「HIVに感染したミュージシャン」について述べていきたいと思いますが、やはり個人的嗜好が大きく入ってしまっていることを先にお断りしておきます。

 HIVに感染しそれをカムアウトしたミュージシャンで最も有名なのはやはりフレディ・マーキュリー(以下フレディ)で間違いないでしょう。ロックにはあまり興味のない私でさえ、ヒット曲をいくつか挙げることができます。フレディはタンザニアのザンジバル島出身で、生きていれば現在72歳になります。生きていれば60歳の誕生日を迎えた2006年9月5日には、世界各地で記念フェスティバルが開催されました(当時はこのサイトでも紹介しました)。

 1991年11月24日、つまりフレディが他界した日には大きなニュースとなり、インターネットが普及していなかった当時でもその訃報は世界中に届けられました。私もこのときの報道は記憶に残っています。そして、フレディのエイズでの死亡がいくつものエイズ関係の基金設立になったと言われています。

 フレディ以外でHIVに感染したミュージシャンをみていきましょう。以前、LGBTのコラムでも紹介したのがシルヴェスター(Sylvester)です。シルヴェスターの曲はおそらく一般のヒットチャートではさほど上がらなかったと思うのですが、当時ハイエナジーと呼ばれていたディスコサウンド界では有名で、代表曲「Do you wanna funk」は当時のマハラジャなどに通っていた人にはお馴染みのサウンドのはずです。シルヴェスターは、私がその存在を知った1987年にはすでにHIVに感染していることをカムアウトしており、88年にエイズで他界しました。

 ブラックミュージックやラップフリークの間ではN.W.AのEazy-Eがエイズで他界したことは有名です。90年代当時「ギャングスター・ラップ」というジャンルが誕生しました。これは、イメージとしてはギャング出身のラッパーが物議をかもすような歌詞(といっても私には今もほとんど理解できませんが)をラップするのが特徴です。実際、薬物使用や売買で逮捕されたラッパーも少なくなく、Eazy-Eも経験があるはずです。この世界は人間関係も複雑で、誰と誰が仲が悪い、という話は絶えませんでした。

 (おそらく)Eazy-Eよりも有名なスヌープ・ドッグ(Snoop Dogg)(「what's my name?」が最も有名でしょうか)とは犬猿の仲と言われていましたし、ワールド・クラス・レッキン・クルー(World Class Wreckin' Cru)のメンバーであったドクター・ドレー(Dr. Dre)とも相当仲が悪かったことは有名です。尚、ワールド・クラス・レッキン・クルーという名前に聞き覚えがないという人も、80年代後半のディスコフリークなら「The Fly」と言われれば、「あの曲!」と分かるのではないでしょうか。そう、アフリカ・アンド・ズールーキングズ(Afrika & The Zulu Kings)の「The Beach」やアキーム(Akeem The Dream)の「The Unbeatable Dream」などとよくミックスされていたあの曲です。ドクター・ドレー自らがラップをしている曲には有名なものがあまりないのですが、スヌープ・ドッグのファースト・アルバム「ドギー・スタイル(Doggystyle)」をプロデュースしていますし、2パック(2Pac)の「California Love」をプロデュースしているのもドクター・ドレーです。2パックはおそらく最も有名なギャングスター・ラッパーでしょう。

 そして、これはwikipediaからの情報ですが、Eazy-Eがエイズで1995年に他界する直前に、電話でスヌープ・ドッグやドクター・ドレーと和解したそうです。尚、感染ルートはよく分かりませんが、薬物の静脈注射が原因ではないかという噂があります。

 次に挙げたいのがジャーメイン・スチュワート(Jermaine Stewart)(以下ジャーメイン)です。おそらくジャーメインにはさほどヒットした曲がなく、ジャンルはR&Bのダンスミュージックですが、当時ダンスミュージックを聞き込んでいた私にもあまり印象に残っている曲がありません。にもかかわらず有名なのは、シャラマーと一緒に活動していた時期があったからだと思います。ジャーメインはゲイであることをカムアウトしており、HIVの感染源は公表されていないと思いますが、性感染ではないかとみられています。死亡したのは1997年、39歳時ですが、私が知ったのは他界してからであり、いつ頃からHIV感染を公表していたのかは分かりません。

 私は一時サルサにハマっていたことがあります。1990年頃、クラブのフロアでかかるダンスミュージックに少し飽きていて違うジャンルのものが聴きたくなったのです。そのとき最も夢中になったアーティストがウィリー・コロン(Willie Colon)というトロンボーン奏者です。ウィリー・コロンはヴォーカルもつとめますが、トロンボーン奏者として他のヴォーカリストと共演することも多く、そのヴォーカリストで私が最も好きだったのがエクトル・ラボー(Hector Lavoe)です。現在の私はサルサにさほど詳しいわけではなく、これは私の想像に過ぎませんが、今もエクトル・ラボーは伝説的な存在ではないかと思います。そのエクトル・ラボーが他界したのが1993年。死因はエイズです。感染経路はおそらく違法薬物の静脈注射ではないかと言われています。

 もうひとりだけ、HIVに感染したミュージシャンを紹介したいと思います。彼の名はポール・レカキス(Paul Lekakis)。この名前に聞き覚えがないという人も1987年にディスコ界で大ヒットした「Boom Boom」を聴けば思い出すでしょう。「Boom Boom」はイタリア系のレーベルから発売されたユーロビートだったため、イタリア人だと思っている人が多いのですが(私も長い間そう思っていました)、実はアメリカ人です。今回紹介した他のミュージシャンと異なり、彼は現在も生きています。また、バイセクシャルであることをカムアウトしておりHIVへの感染は性感染ではないかと言われています。

 さて、今回HIVに感染したミュージシャンを紹介したのは、フレディ以外にもたくさんいるんですよ、ということを単に言いたかったからではありません。おそらくHIVに感染し公言していないミュージシャンは大勢いるでしょうし、他界してからも本人の意思を尊重し事実が伏せられていることもあるに違いありません。

 では、なぜフレディはじめ今回紹介したミュージシャンたちは世間にHIV感染を公表したのでしょうか。全員が感染発覚後すぐにカムアウトしたわけではありません。実際、フレディも長い間公表しておらず、エイズを発症しているのではないかという噂が出てからも否定し続けていました。では、最期に公表したのはなぜなのでしょう。医療者には患者の死後も守秘義務が課せられますし、親族以外には死因を知らせないという選択肢もあったはずです。

 にもかかわらず世間にカムアウトしたのは、「何かを訴えたかったから」ではないでしょうか。その「何か」は全員が同じではなく、その人それぞれのものがあるでしょう。映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観ながら、フレディにとっての「何か」を考えようと思っているのですが、なかなか時間が取れずにまだ映画館へ足を運ぶスケジュールが立てられずにいます。